窪んだ眼窩が見る夢

    作者:菖蒲

    ●situation
     ザリザリと爪でひっかく音がした。
     草木も眠る時間に響く音は只、それだけだ。
     ザリザリ、ザリザリと何度も同じ様に響く音は無心に何かを求めている様にも思える。
    「愚者めが……」
     しゃがれた声が微かに聞える。
     深夜、人が訪れる筈のない墓地から響く声はしゃがれた老人の声だ。その声音は何かに怒るかの様に震えている。黒いローブを纏った『ソレ』は足元をじぃと見つめているだけだ。
    「睡眠などと我等には不要じゃろうて。のう、夜の眷属や」
    『ソレ』は老人ではない。水晶の煌めきを持った歪な存在だった。
    『ソレ』は夜に嗤う。己がこの場所に出てくるなどという皮肉――この皮肉を味わう事になったのはあの愚者のせいだ。愚者を押し返す事が出来たと言うのに、このザマでは情けない。
    「愚者如きに死すらも恐れぬ我々が眠り続ける等とは何たる皮肉か。
     夜は我等の時。死は幸福じゃろう――?」
     しゃがれた声がくつくつと笑って告げる。墓石を、こつん、と何かが叩いた。
    『ぼこり』と。鈍い音を立てて伸びあがった白い『手』を掴み、只、立っていた王はくつくつと咽喉を鳴らして嗤った。
     
    ●introduction
    「ノーライフキングが地上に出てくるようです。現場の様子は、平らですね」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の言葉は何かを揶揄している様に思えた。地面が平らになっている。それは、元からその場所が平らではなかったかのような言い方だ。
    「ノーライフキングの迷宮へとロードローラーが攻め込んだようです。
     彼らの戦いの結果はロードローラーの敗退ですが、ノーライフキング側にも被害はありました。被害の回復のために、ノーライフキングが地上にやってくるそうです」
     戦闘によって昇華した戦力を補給しよう、と言う事だろう。
     ノーライフキングが地上に出てきたのは訳がある。彼は眷属を作ろうとしている。深夜の墓場から埋められた遺骨へと『力』を吹き込む儀式を行うのだそうだ。
    「……スケルトン型のアンデッドと言えば分かり易いでしょうか?
     合計で15体程度のスケルトンが生み出され、ノーライフキングは彼らを連れて迷宮へと帰ろうとしているのです」
     深夜で墓場と言えば人の気配はない。しかし、墓場を荒らし埋葬されていた遺骨をアンデッド化し連れて帰るというのは気分が良い話では無く、その骨の主も喜ばしい事ではないだろう。
    「ここで、一つ。ノーライフキングは強力なダークネスと言う事は皆さんご存じだと思います。しかし、彼は儀式をしている最中……。欠損部位の多く損傷の激しい遺骨からアンデッドを生み出すのはかなりの労力が必要だそうです。そう――尊大なる王にしても、その力を消費してしまうのです。そのタイミングを狙えば、あるいは」
     姫子が言わずとも、簡単だ。灼滅の機会が回ってきたのだ。
    「ノーライフキングがスケルトンを生み出すのは時間にして三時間程度。
     その如何なるタイミングでも彼を倒すために戦闘をしかける事が出来ます。
     ですが……ノーライフキングとて頭脳があります。戦闘開始後10分程度でノーライフキングは迷宮への退却の為の魔法陣を呼び出しアンデッドと共に迷宮へと帰還してしまうのです」
     戦闘開始10分以内に勝利する事が条件となってくる。しかし、この中にも姫子は三つの方法があるのだと言った。
    「一つ、ノーライフキングはアンデッドを呼び出す為に多くの力を使用しています。アンデッドを生み出した後に戦闘を行えばノーライフキングの力は低下しています。メリットはノーライフキングの力が弱まっていることですね。
     二つ、アンデッドを生み出す前に彼と闘えば、ノーライフキングはその強力な力を駆使し戦うでしょう。このメリットは戦闘での対象が彼一人だということです。
     三つ、全てのアンデッドを生み出した後に戦闘を挑めば、ノーライフキングはかなり弱った状態で戦闘をする事となります。メリットは一つ目の条件よりもノーライフキングは弱っている……。デメリットは数が多くなる事です」
     どれが有利であるかなどはない。只、戦い方に違いが出るだけだ。
     アンデッドが半数程度のパターンでも、全て呼び出しても、呼びだす前でも、灼滅者達が戦いやすい様に戦えばいい、と姫子は言う。
     ノーライフキングはエクソシストの力と咎人の大鎌を持ち、全ての魂を刈り取る様に動くのだそうだ。配下となるアンデッド達は全てがバベルブレイカーに似た武器を持っている。
    「ノーライフキングを倒しきれなくともアンデッド達を倒す事が出来れば作戦は成功です。
     危険が付きまとう任務となりますが皆さんなら大丈夫です、どうか、お気を付けて……」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    普・通(正義を探求する凡人・d02987)
    識守・理央(メイガスブラッド・d04029)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    天草・水面(神魔調伏・d19614)
    犬走・戒士(ブラッドバレット・d24427)

    ■リプレイ


     生温い風が吹く山中にその墓地はポツンと存在していた。
     動物達の鳴き声もなく、やけに静まり返ったその場所に吹いた一陣の風は『何か』を運ぶ様に思えて普・通(正義を探求する凡人・d02987)はふるりと身震いを一つ。通の男性にしては細い肩が小さく竦められて、緊張を押し殺す様に息を吐く。
    「それにしても……あのロードローラーを撃退するだなんて、流石はノーライフキングね?」
     通の隣、ハンズフリーのライトのスイッチを指先でOFFにしたアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は月の下では煌めくだろう金の髪を夜風に揺らし、感心した様に囁きを漏らす。大きな声で話す事が出来ないのは戦場が目の前に存在しているからだろう。
    「好都合っすよ。ロードローラーの食い止しっつーか、打ち漏らしってなら確実に」
     仕留められると続く言葉の代わりに笑みを漏らした犬走・戒士(ブラッドバレット・d24427)は永い前髪で隠した視界でも暗い森の中を見通す様に見つめている。何処か下手からくるような口調であるにも関わらず余裕をにおわせるのは仲間への信頼があるのか――それとも、ヴァンパイアハンターとして培った技術に矜持を持っているのだろうか。
    「うーん……正直、敵が弱っているところを突く、ってのは……あんまり好きじゃないんだ。
     今回、相手が出てきてまだ弱ってない時を狙うと言ってもね」
     肩を竦める居木・久良(ロケットハート・d18214)は戒士とは対照的な言葉を漏らしてLED式ランタンの明かりを消す。勿論、久良だってこれを好機と見ていない訳ではない。
    「とりあえずはロードローラー乙ってところか。チャンスは逃がさず、しっかり灼滅させて頂きまさあ」
     頷いて、明かりの灯らぬキャンプ用ランタンを握りこんだ天草・水面(神魔調伏・d19614)の隣でビハインドのペケ太が心配する様に肩に触れる。何処か、ビハインドを思う以上の愛着を思わせながら水面は頷き、暗がりへと目を凝らす。
    「俺は戦士じゃあない。バトルに美意識も誇りもないっすよ。それに、墓荒らしなんて迷惑千万っす」
    「ええ……災難だとは思うけど、墓地の彼らは休んでいるのだから……」
     小さく頷いて、しゃがみ込んだ夕永・緋織(風晶琳・d02007)の黒い髪が生温い風に揺らされる。
     墓には永遠の眠りについた死者たちが存在して居る。無理やりにその眠りを醒ますのは緋織にとっても許しがたいことなのだろう。勿論、無理やりの目覚めには酷い拒絶感を持つ識守・理央(メイガスブラッド・d04029)は感じる底しれない怒りを抑える様にClaiomh Solaisをきつく握りしめる。
     風にコートがはためいた。生温い風が、何かを運んでくる。
     たしん、と尻尾が一度地面を撃つ。恐怖を思わせる神話を信じる少女はその気配が何を運ぶかを良く知っている。
     エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)は足元から影を伸び上がらせて、小さく囁いた。
    「……来るぞ」


     闇色の外套に水晶の煌めきを持ったソレはまさしく異形の姿その物だった。
     ハンズフリーのライトを手に、地面を蹴ったアリスは狙いを研ぎ澄ます様に前線に飛び込み魔力を放つ。その弾丸に気付いたノーライフキングは『配下』を呼び出す時間もなく退却の為の魔法陣の準備をし始める。
    「Good evening。夜色の賢者様? 墓荒らしはそこまでよ――Slayer Card,Awaken!」
    「お主ら……」
     しゃがれた声がアリスを――そして、彼女の背後からスピードを伴い伸びあがった異形を思わせる影の主を指して囁かれる。まるで黒猫を思わせる靱やかさを以って暗闇の中を動いたエリザベスがサイリウムを周囲に撒く。照らされ、水晶が反射する様に煌めくのを素顔を隠す仮面越しに捉えて金の瞳が静かに細められた。
    「お前に死者の眠りを妨げさせはしない」
    「邪魔をすると言うのか……愚者め!」
    「愚か者? それはどっちのことっすか? ――灰は灰に。塵は塵に!」
     バトルオーラを纏い、地面を蹴った戒士。宣言すると同時に、目元を隠していた前髪を掻き上げ、爛と光る赤の瞳を覗かせる。体内から噴出させた炎をバトルオーラに宿し、真っ直ぐにノーライフキングに叩きつけるが、直撃を避けたであろうノーライフキング『夜色の賢者』は手を振るい輝く十字を降臨させる。
    「おっとォッ! 『愚者』と対比して自分は『隠者』のつもりなんだろうが、この状況――
     アンタの境遇は『塔』そのものでオラ達はさながら塔をぶっ壊す『雷』ってとこだな!」
     へら、と笑みを浮かべた水面が地面を踏みしめる。命中を狙った霊施音・兵武薇(れいせおん・ぺいぶうぇい)は真っ直ぐに夜色の賢者の罪を断ち切る鋭い斬撃を繰り出す。彼の隣で装甲を纏っていたペケ太が霊撃を繰り出した。
    「平穏なる眠りに囚われるなど、言語道断! 我等は夜の眷属なのだ!」
    「そんなっ……そんなことない。安らかな眠りを妨げるのは――ッ」
     駄目だ、と言う様に首を振り緋織は足元から伸び上がる鳥に触れる。攻撃を食らった戒士を補佐する様に癒しの力を纏った緋織の表情は何処か歪む。
    「宿敵、ねえ」
     朝焼けの名前を持つロケットハンマーを振るい久良は肩を竦める。春を思わせる優しさを持つ緋織と比べ、夏を思わせる明るい笑顔の少年はランタンを墓石の上に置き、足場に気を配りながら蒸気の力を伴う強烈な打撃を与える。
    「別に恨みもない。でも、ただおまえを倒す」
     真っ直ぐに。その言葉に頷く緋織の表情は曇ったままだ。
    (「ちょっと考えちゃうよね、誰かの笑顔を護るにはどうすればいいか、……って。
     倒していい敵なんていなくて、倒さなきゃならない相手がいるだけじゃないかってさ」)
     倒さなくてはいけないから、倒す。ただそれだけだと言う様に久良が踏み込む足並みを揃える様に通が焔を纏って夜色の賢者の許へと跳びこんだ。
     足元を照らすランタンが彼の動きを真っ直ぐに示す様に揺らいでいる。アラームをかけた時計にも視線を配りながら通は反撃を狙う夜色の賢者の片腕へと焔を叩きつけた。
    「やらせは、しませんっ!」
     攻撃の手を確認しながら理央は片腕を半獣化させ夜色の賢者の許へと跳びかかる。怒りを露わにした理央の黒色の瞳はその色を更に濃く変え、闇色にまで変化して居る。
     唇を噛み締める。鉄の味が口腔内に広まっても少年はその手を止める事はなく、日中に調べ上げた墓石の位置を基に傷つけない様にと気を配り、攻撃を振り翳す。

     ――君の名前を、教えてほしい。

     囁いた言葉の意味は理央しかしらない。救えなかった人が、助けられなかった人が、傷つけた人が――目の前で死んだ人が、いた。
    「死は救い? 安穏? これ以上死人に鞭打つ真似なんかさせないッ!」


     異形を思わせる影はエリザベスが纏い続けている。闇の中を駆け回る彼女の手にしたBast & Sekhmetの切っ先がサイリウムの光りで煌めいた。猫の爪を思わせるソレは夜色の賢者の繰り出す攻撃を器用に弾く。
    「賢者を名乗るのならば道理を弁えるが良い。たとえお前が不死王であろうと、死からは逃れられん」
    「死こそが安穏――我等は死すらも超越する存在である!」
     しゃがれた声を耳にして闇に溶ける黒猫が地面をタン、と蹴る。墓石を避け体を捻った彼女の靱やかな動きは掠る攻撃すら物ともしない。
     黒い猫を追い掛けて白い光が伸びあがる。纏ったバトルオーラはまるで銀河のヴェールだ。
     アリスの知的好奇心は夜色の賢者にも向けられているのだろう。知的な紫苑の瞳がゆっくりと細められていく。
    「世界を織りなす魔力よ、白銀の矢となりて闇に沈むものを撃て!」
     通が確認したタイムリミット。まだまだ時間は存在して居る。それでも10分は余りに――短い。
     アリスの詠唱と共に放つ白い魔力弾。続く水面が体を捻り流星の煌めきと共に重力を宿した蹴りを繰り出せば夜色の賢者が呻き声をあげて『咎』を以って灼滅者達を薙ぎ倒す。
    「ッ――シ……ペケ太!」
     慌てて出した声は並々ならぬ思いを抱くサーヴァントを思ってだ。防御姿勢についていたペケ太はその装甲からは性別は見てとれないが水面は良く知っている。
     驚きを振り払う様に首を振るペケ太にも緋織は願う様に癒しを与え、首を振る。回復の位置に付いていても目の前の夜色の賢者は傷ついている。
     たとえ、敵であったとしても。和を尊ぶ緋織の胸は苦しくなるばかりだ。
    (「私は憎くもないし、嫌悪もないんだよ。討たなくちゃいけない……なんて、哀しい。
     でも――灼滅したら安らかに、心を休める事が出来る筈だから、頑張らなくちゃ、かな……!」)
     天真爛漫な少女が意志を込めた瞳で夜色の賢者を見据える。
     ヴァンパイアハンターたる戒士はバベルブレイカーを手にその強大な威力を伴って地面を蹴った。
    「ブチ貫く! バベルインパクトッ!」
    「貴様ら――!」
     薙ぎ払う様に。儀式で弱まる筈であった夜色の賢者の力は健在だ。その儀式を執り行う事が無かったから。
     だからこそ、緊張はあった。強い相手だと、知って居たから。
    「ミイラ取りはミイラになれ!」
    「手を抜くなんて失礼だし、そんな余裕がある相手じゃないしね? 覚悟は決まってるよ」
     スゥ、と瞳が細められる明るい笑顔に射しこんだ冷ややかな色は久良の覚悟を顕す様に。
     水面が地面を踏みしめる。断罪の輪を手にした彼はバンダナを風になびかせて前線へと跳びこんだ。彼を補佐する様に理央が「こっちだ!」と墓石のない比較的足場の安定した部分へと誘導していく。
     唇が歪む。比較的死角になる場所から攻撃を繰り出す水面の靴が泥を踏みしめる。
    「オラ達に取ってこの戦いは幸運を意味する『運命の輪』を意味するってことになる。
     アンタに取っちゃあ逆位置の不運ってことになるが……」
     確かにこれは好機だった。ロードローラーのやりそこない。それが意味するのはノーライフキングと言う強敵を倒す好機があるということだ。
     草木が擦れ、音が立てられる。静かな空間に風を裂く様に現れた戒士はバトルオーラを纏い、地面を確りと踏みしめた。
    「こいつは得意じゃないんだけどな。ギルティクロスッ!」
     得意じゃなくともやって見せる。それが戒士だろうか。
     続く様に、アリスは知的な瞳を細め、重たい攻撃を受けとめて唇を噛み締める。
    「ッ――ねえ、どんな呪文を唱えたのかしら? 魔法使いとして、気になるの。死霊術……ってのが」
     それは魔術に対する好奇心。唇を歪める夜色の賢者が手招きを繰り返す。
     誘う様に、「此処へ堕ちて来い」とでも言う様に。しかし、その声にアリスは応えない、緩く首を振って彼女は小さく笑った。
    「そんなのに、手は染めないけれど」
     魔女の弟子として魔術を識る理央はその言葉を聞きながら、己の胸の中にある死者の想いを振り払う様に唇を噛み締める。手にした武器をしっかりと握りこんだ掌に爪が食い込むほどに、その怒りは収まらない。
    (「死者を愚弄して――ッ!」)
     その怒りとは対照的なエリザベスはまるで飄々とした猫の様に動き回る。
     地面を蹴るその細い足を軸に置いてエリザベスは「どうした? 終わりか」と蔑むように夜色の賢者へと告げる。
     草木の立てる音よりも早く――その音さえも切り裂いて、エリザベスは猫の爪を振り下ろした。


     誰しも救いが在る筈だ。それは神が与えた『贈り物』なのかもしれないが。
    「だが、ダークネスに堕ちた時点でてめえには元々未来なんぞなかったのさ」
     吐き捨てる様に告げる水面の声に合わせて、泥を蹴った久良は体を反転させる。
     地面にスレるようにロケットハンマーを軸にして体をブレさせた。
     夜色の賢者の攻撃が腹を掠める。その衝撃に瞑った片目は気にしない。
    「ウッオオオオアァアアッ!?」
     獣の唸り声の様に。
     大きく叫んだその声と共に振り翳されたハンマーの衝撃に夜色の賢者が鈍い声をあげる。
     前線で攻撃を受けたのは久良だけではない。戒士は渾身の力を込めて焔を纏ったままにその拳を振り翳す。まるで血を思わせる瞳が夜色の賢者の体で鈍く反射して見えた。
    「流石は屍王……けれど、タイムリミットの様ね」
     くす、と唇を歪めたアリスの影業『汎魔殿』が鈍く伸びあがる。前線で攻撃を受けて居ても彼女の足は止まらなかった。自分が避けれるならばいくらだって避けきって見せる。無理だったならば相殺してやると、アリスはふら付く両足に力を込める。
     後衛から攻撃を加えた水面が体を逸らせ投げ入れる。それに続く様に靱やかに体を追って滑り込んだ黒い猫は夜色の賢者の前で『ブレ』た。
     すれ違う様に、身体を逸らしたエリザベスが異形の影で夜色の賢者を切り裂いていく。
     祈る様に指先を織り合わせる。目を伏せて緋織は温い風に髪を弄ばれながらゆっくりと瞳を開く。
     逃がす訳にはいかないと、黒いローブの下から覗く骨の髄まで攻撃をし見渡させるように、両手に集中させたオーラを夜色の賢者に向けて打ち出した。
    「死を恐れなくても、睡眠が必要なくっても、休息はあって良いと思う」
     唇が『ごめんなさい』と静かに動く。残留思念の様に延々と痛み、憎しみ、苦しむ――そんな現実は酷く悲しくて、仕方が無くなってしまうから。
     壊れて行く体に「この愚か者がァッ!」と声を荒げる屍が目の前には居た。
     支社を尊ぶ様に感情を露わにした理央はその気持ちを抑える様にチェーンソーを震わせる。酷く大きな音を立てて軋む刃を聞きながら、彼は真っ直ぐに踏み込んだ。
    「これでッ――終わりだッ!」
     いつかの、重ねてみてしまったあの思い出を掘り返さない様に。普段通りの知的な色を取り戻す様に。
     感情を曝け出すのは、もうやめた。
    「お休みなさい、夜色の賢者様。永の眠りにつくと良いわ」
    「貴様らッ!」
     許さない、と続くであろう言葉を飲みこませたのはアリスの刃。
     震える手を伸ばす夜色の賢者に通はタイムリミット――帰り路の扉が開く瞬間を感じとり、そうはさせないと手を伸ばす。
    「灰は灰に。塵は塵に。ダークネスは闇に還れ。墓は、故人を悼むものだ。お前には過ぎたもんだよ」
     血色の瞳が、冷やかに告げた途端、ぼろぼろと崩れて行く指先がそこにはあった。
     確かに強敵であった。それでも、灼滅者とて負けてはいない。
     恨み事は、そこにはなかった。
     恨めしげな窪んだ眼窩を覗きこみエリザベスは只、爪を向けるだけ。
     向けられた影が差しこむ。水晶の煌めきを返す様に草木の間から月が覗いている。
    「お前が真に『死を越ゆる者』だというのなら」
     向けられたエリザベスの金の瞳はまるで、今宵の月の様――
    「帰って来て見せるがいい。この灼滅からも、な」
     砂の様に崩れて行く彼の人は何か、小さく囁いて消えた。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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