ヱンジェヰル~MARRY ME

    作者:那珂川未来

     公園の木の枝の上に、器用に寝転がって。ジェイル・マッケイガンは夜空を見ていた。
     ああ愛し合いたい。
     あそこのねーちゃんとにーちゃんの間に滑り込んで、公共の場っていうスリリングな状況の中愛しあったら、スゲェ気持よさそ。
     なんて思っちゃったものだから、ちょっとブラッディなナンパでもしょっかな~なんて六六六人衆と変態思考フル動員させたその瞬間に、
    『マテ。もしやこーゆー場合も、愛しい灼滅者諸君に電話をしなければいけないのか……って、いやいやいやいや、もうそんな義理も義務もねぇ。この前だって、オサレなウォーターベッド(海辺の戦場)用意したのにスゲェ気に食わなそうで機嫌悪かったしよ』
     まぁなんて素敵なベッド(戦場)なの! これを私たちの為に用意してくれたのね! 早速愛(殺)しあいましょ!
     っていう(盛大に脳内修正された)ノリを期待していただけに、なんかムカムカ。
     が、ふと気付いた。
    『何やってんだ俺ェ! なんで中身イフリートちゃんなのにウォーターベッドなんて嫌味なモンにしたんだ!』
     燃え燃えしやすい森とか原っぱっていう、日本アルプスのおじょうちゃん的干し草ベッドにしてやりゃよかった!
     なんだそこかよってステキ解釈繰り広げる六六六人衆、なんておめでたい。
    『ヤベェ……女の機嫌治す方法なんてサッパリ思い付かねぇ……』
     色々考えた挙句――ジェイルの頭の中は殺すことでいっぱいに……。


     夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は、いつものバイトを終え、家へと。
     街灯の光りを避けるような形で、男の姿が見えたものの。特別気にすることなく、ただ家路を急いでいたのだが。
    『よう』
     声を掛けてきた顔を見て、目を見開いたものの。相手が理由もない不意打ちをするタイプではないと知っているから。
     ただ、偶然知人と会った様に、
    「初めてだな。アンタの方から来るなんて。それと」
     相変わらずそいつはニヤニヤしていて。けどいつものようなだらしない恰好ではなく、きちんと聖職服を纏い、左耳のピアス以外は全部外して。わりと正装と言ってもいい恰好をしている。
    『幽霊君……いや、ジェレミーがもしも成人して神父になったら、こんな感じになるんだろうな、と思わね?』
     ジェイルは相変わらずニヤニヤしながら、消えた元人格を偲ぶような事を言う。
    「……そうか、アンタの昔の名前は、ジェレミーっていうのか」
    『いや。名前は俺が付けた。ジェレミーがこの世から消える一週間前にな。喜んでたぞ。名前も与えてもらっちゃいなかったからなァ……。ああでも、一つだけあの女から貰った物がある』
     角のピアスと並んでいるこのネジマキピアスが、唯一ジェレミーが母親から貰ったもので、大事にしていたと。
    「それは、元はなんなんだ?」
    『ネジを巻くと動くロボットの部品だ。幽霊君にとって、唯一の玩具であり、遊び相手であり、正義のヒーローだった』
    「……アンタがネジマキで自身を装飾してるのは、アンタにとって大事なジェレミーが大切にしていたからなのか?」
     治胡は出来る限り、ジェイルにとっての地雷を踏まない様に言葉を選びながら、問う。
     この男は、例え元人格の話をしていようとも、そこにジェイルを無視するような発言は嫌う。
     けどジェイルは、その問いには答えたりはせずに。
    『ジェレミーがもしも生きていて、お前と出会っていたとしたら。きっとこうも言うと思うぜ?』
     小さく翻した手には拳銃、指輪を小指にひっかけて。
    『結婚しよう』
    「……へ?」
     愛し合おうぜなら迷いなく受け止められたけど。いきなり真面目な顔で言われた言葉に、治胡の頭は処理速度を急激に低下させた。
    『俺の嫁になれ』
    「……え、は? け、ケコーン……?? へ?」
     軽く日本語喋られなくなるくらいには動揺し、神父は結婚できないんじゃなんてツッコミする柔軟性も、馬鹿言うなといなす余裕も、何もかもままならない治胡だが、ジェイルはお構いなし。
    『ついこの前序列も上げてきたし、そう簡単に俺の作った天国は崩れたりしねぇからよ。めいっぱい愛してやる』
     まるで係長から課長にでも昇進したから結婚しようぜみたいな今の話を正しい日本語に直すと、

     俺の為に死ね!
     頭の中でお前の人格も尊厳も俺好みに好き勝手に弄り倒して、散々辱めてやっからよ!

     なのだ。
     そしてこの男の結婚観なんて、一般のソレとは全く違う。元人格と同じように永遠に閉じ込めたい人の記憶というだけで、一人殺したとしても終わりはない。次々と欲しいものを手に入れる為に終わりのない殺戮を繰り返す。
    『俺のジェレミーと三人だけじゃ寂しいなら、他の奴も連れて来てやる。同じく俺の為に堕ちた朱祢や愛し合った奴らは勿論、お前が最も大事な……』
     ジェイルの視線が、ちらと家の方角へ向いて。
    「ジェイル!!」
     思わず向かっていこうとしたけれど、それより早く首を掴まれ、コンクリートの外壁に押し付けられ。
    「……母さ……ぐっ!」
    『ああ、そうだよなァ。お前は、自分は俺に愛し抜かれる事は覚悟しているが、他の奴らは許せねータイプだよなァ! 抗うなら、待ってやってもいい。お前らはこーゆーことに鼻が利くから、すでにこっちに誰かが向かってるだろうからなァ!!』


    参加者
    獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    東屋・紫王(風見の獣・d12878)
    土岐・佐那子(夜鴉・d13371)
    廻谷・遠野(架空英雄・d18700)
    災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)

    ■リプレイ

     天の川を、遥か遠くまで辿れるほどの闇の中で。残り火の向こう側を、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)はじっと見ていた。
     自分を殺す意志を固めているというのに、すぐに行動に移さないのは、拒否できるだけのチャンスが到着するのを待っているからだろう。そういう部分は相変わらず。
    「今迄人殺しせずいてくれたんだろ」
     約束をちゃんと守ってくれた。これをきっかけに、今後も人間らしい生き方を身につけてくれればもっと嬉しいと治胡は思うのだが、ジェイル曰く、それはわざわざ危険を冒してまで正面から向かって来て、止めに入ったことに対する願いの一つが、『今度は』最初から余所見しないで私達を愛してみせてだった。故に、それを二カ月の不殺と愛し合いで応えた、と。
    『それにあの時、今回だけと俺は言った』
     現実的な理由。
     今までの様に灼滅者が対峙するまでの間、一般人の命の保証はないのだと。
    『で、先に聞いておこうか。結婚(死亡)したいか、しないか』
    「俺を殺すことで、オマエが人殺し再開する切欠にしたくねーんだ。だから、死んでやらない。けど、俺が想い返せず不公平だ」
    『別に不公平じゃねぇよ。最後の記憶がお前に愛された事実なら、俺はそれでも悔いはない』
     そうじゃない。そんなの愛じゃない。求めているのはそんなものじゃない。
    「今回も満足したら退いてくれ……頼む」
    『ああ。お前と結婚できたら満足だから退いてやる』
    「違う……俺にとって、オマエはオマエだけ。思い出でしか会えねぇのは嫌だ」
    『なんで泣きそうな声なんだ? 頭ン中でずっと一緒にいれるんだぞ? 死ぬ瞬間まで一緒だぞ? 全てを独占できるなんて最高じゃねーか』
     噛み合わない心。ぶん殴ってやりたいくらい、治胡は寂しさと苛立ちにどうにかなってしまいそうだったけれど。
     冷静さを届けてくれたのは、草の上を駆ける音。
    「その結婚、ちょっと待つのだー!」
     獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)は、声が野山にリフレインするより早くやってきて。
    「ハロー、ジェイル。お久しぶりっ!」
     高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)は揚々とジェイルの正面を陣取って。いつまでかはゲスヤローと呼んでいたが、一貫した姿勢に好意があるのは嘘じゃなくて。そして淑やかにお辞儀するイブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)。
    「お会いしとうございました」
     宿敵、それだけじゃない。同じにおいのする目の前の神父に、イブは抱える衝動を抑えることなく溢れさせ。
     土岐・佐那子(夜鴉・d13371)は静かに佇みながら、皆の意志を尊重し、ひとまず冷静に成り行きを見守るようだ。けれど、それがあらぬ方向に流れようものなら、灼滅者の責務を果たすための覚悟も忍ばせる。
    「私は廻谷遠野。ヒーローだよ。今日は縁の下の力持ちだけどね」
    「強引な求婚者さんから花嫁さんを奪いに来たわ。私達を倒してからにして頂戴、ってロマン、あなたにならわかってもらえるかしら」
     子供に挨拶するみたいに気さくに、廻谷・遠野(架空英雄・d18700)は揚々とした表情向けて。同じく名乗り、災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)は外見にそぐわぬ白衣を纏い、小首を傾けて見せた。
    「結婚式乱入って憧れるよね」
     ふんわりと微笑む東屋・紫王(風見の獣・d12878)。
     ジェイルは楽しそうに笑いながら治胡の背を押すと、合流を勧めて距離を取る。
    『さぁて愛しい灼滅者諸君。俺は治胡と結婚する気満々だ。下衆から仲間を守るため、全力で立ち向かってきていいぞ』
     殺しにかかる以上、自分も殺される覚悟を決めて。拳銃とナイフを手にするジェイルを、くるりはまあ待つのだと嗜めつつ、
    「初対面だが話は聞いていた。その上で如何にもお前が憎めない」
    『ほう?』
    「此方の感覚も麻痺してるのかもしれぬ。ここで父から提案だ!」
    『ちち?』
     くるりが、コイツの? っていうジェスチャー。
    「うむ。父はてぃこの父なのだ」
     くるりは大黒柱たる威厳を胸に、優しく諭すような語調で、
    「武蔵坂に来い。うちに来れば無関心に怯える事など無くなる。灼滅者になれと言っているのではない。お前はお前のままでいい。私達だけとずっと愛し合おう」
    『あー……』
     ジェイルは額を押さえ、この前行かないって断んなかったっけと回想。
    「楽しい事に終わりはいらない。終わらせる必要は無い。死んだら終わりだ。記憶に残すも何も、目の前に相手が居ない空しさは良く知っているだろうに。娘(治胡)の貞操(いのち)は簡単にやれはせぬが、勿論今すぐでなくてもいいし、そんな選択肢もあるということ覚えておけ」
    「俺も獅之宮と同じ思いなんだ。ジェレミーと共に来い。いつでも愛してやれるから。友好結べとは言わないが敵対したくない」
     治胡は、数カ月不殺を守り、愛を求めるジェイルなら、こちらの訴えを聞き入れられるのでは、と。
    「ヒトを殺すな、なんて言えた立場じゃねー。別に、絶対に学園に来いとは言わないし、お前以外の六六六衆とかどうでもいい。でも、オレは――」
     どこかで学園に行く気はないと言っていたことを知っての事だろう、選択肢の幅を広げる為の言葉も怠らず、琥太郎が続けていたら、
    『ありがとな。気持だけ受け取っとく』
     遮るジェイルの眼差しは今までになく真面目。
    『愛してるから、敢えてきついことを言わせてもらう。軽い誘い程度のつもりだったのかもしれないが、理想が先走り過ぎて、現実と空回りしてるぞ。つーか具体的な事を言わないから多少相違があるかもだが、武蔵坂学園として敵対せざるえない状況になる事をしないでくれってことだよな。ようは不殺の永続的確約諸々をしたいんだろうと思うが……けど俺から今まで以上に安心を得るために、お前らの都合で雁字搦めにするだけして、対価は何を支払う? 腕試しみたいな愛し合いがそうだと思っているなら、それは俺を繋ぎとめる鎖にはならない。そんな報酬で喜ぶほど、俺は六六六人衆としてのプライドがないわけじゃない。お前らも枷を背負わせるだけの、相応の覚悟を示すべきじゃないのか? 確かに俺は愛し合えれば誰でもいい。けど愛し抜きたい個人は別として、わざわざ窮屈な思いをしてまで武蔵坂学園に限定しなければならない理由がねぇ』
     冷たい夜風が沈黙を運ぶ。
     リスクを背負わない故に、まるで逃げ道を用意しているように感じて、ジェイルは灼滅者の考えに疑問を持ってしまった。
     せめて愛し合う事に灼滅者の命を除いていたら。全力で臨むなら、そのくらいの心構えは当然必要なのだから、命を差し出す覚悟くらいきっぱり言ってやるべきだったかもしれない。今までもそんな戦いを乗り越えられた力があるのだから、逆に自ら掛けた枷が信頼にも繋がる可能性もあった。
     けれどもう、それを試す機会はないかもしれない。
     種族の違い。
     思想の違い。
     やはり、互いに納得できる場所は遠い。
    『……言ってるほど怒っちゃいねーよ。好意を寄せる相手と繋がりたいと思えば、我儘になるのも仕方ない。俺だって治胡を愛しに来たんだからな。お前らから見れば理解できない行為だろうよ』
     漆黒の目を見て、彼の意志は揺らぐことはないのだと紫王も感じて。
    「ね、ジェイル。君にハッピーエンドは来るのかな?」
     遠野は聞き取れないほどの声で囁いた。ただ真剣に愛を得たいと躍起になるジェイルが、何処か生き急いでいるような気がしたけれど。
    「いつもどおりだ。助けるだけさ、ヒーローらしく」
    「ご満足頂けるよう、沢山愛して差し上げます」
     誰にも邪魔させませんよ。艶やかな笑顔を浮かべ、イブは殺界で闇を覆って。
    「夜鴉衆……参る」
     佐那子が八枷と闇を飛び、共に弧描いて。
     火炎吹き荒ぶ世界の向こう、癒しの旋律を届ける瑠璃。横にいる深々と帽子のつばを下ろしている治胡は、泣いているように見えた。

     また炎波が吹き上がる。
    「救いの力よ……」
     瑠璃は広がる血色の翼持に六弦の音を反響させて、更なる浄化を広げる様に。イブは、翻るヴァレリウスにエスコートされるように守られながら、リバイブメロディの旋律に合わせる様に、Der Rosenkavalierで赤い軌跡を躍らせた。
     紫王が三度目の弦を引く。溜めもなく放たれた矢は、柔らかな緋を零しながら闇を裂き。
    「オレの全力で愛してやんよ!」
     煌めきの矢をその手に受け取って、尾を引く様に加速する琥太郎の矛先。
     漆黒の目と闘志弾きあいながら、琥太郎はどうしてこの男が憎めなくて、だからこそ何かじれったくて。
    (「会話ができないヤツじゃねーんだよ……母親に捨てられた……とか、オレに似てるトコあるし……」)
     だからほんの少しだけでもいいから、共存の道を探したかったのに。
     それなのに、通じあえない心。
     もう灼滅するしかない現実だけが、鮮明過ぎて。
     遠野が腕に宿すカミの力を振るい、連携を以てその軌道を支えんと。着地点を危ぶまれ、ジェイルの体勢が崩れたところへ走る一閃。鋭く捻じり上げる矛先に、肉が千切れ飛ぶ。
     相手は確かに万全であるが、前回の僅かな弱体化を差し引いても、灼滅者側が成長している。ポジション効果や能力補正、連携を駆使して、少しずつだがダメージを重ねていた。
     六六六人衆の序列は技術以外に、殺人領域や眷族の数、特殊能力も反映される。そういう意味では、この男は身一つでその序列であるが故に、強いわけだが。更に仕留めづらい理由とされるのは、狡さと逃げ足の速さ。
     この男は自身の愛が本物であると示すために、撤退の選択肢を排除している為、例え四百番台も灼滅を目指せるのである。
     ジェイルが佐那子の斬撃をするりとかわして、狙うはヴァレリウスの喉元。しかし的確に分散しようと、八枷が進み出て、体制が整うまでの戦線維持に、必死に努め。瑠璃の葡萄色の光輪が、障壁を生む。
     霊障波の衝撃と共に飛び込んできた佐那子。翻る刀身、滑り込んできた遠野の足が跳ね上がる。
     連撃をジェイルは紙一重で避けるものの――治胡の腕が追いつめる。
     交差する視線。相変わらずのにやにや顔。苛立ちが露わになっている縛霊撃の戒めは、狂わんばかりに暴れている。
     自分だけに向けられた永遠の愛が欲しい。
     その意味を、ここにいる誰かは気付いているのか――。
     いや、気付いていたとしても、否定したいのだ――きっと。
     深い笑みをと共に爆発する、天使の毒。ヴァレリウスが純白を翻しながらイブとへの攻撃を遮って。佐那子はちりりと肌を焼きながらも、八枷と共に間断なく連携を仕掛ける。
     右翼、左翼。佐那子と八枷、振るう刃は夜鴉の両翼の如く。
     そししてはためく翼に踊る、瑠璃が奏でる厳かな音色に、背徳耽美の茨が奔る。
     縛りたい。
     縛り付けたい。
     雁字搦めに。
     イブの操る影が横に薙げば、血を払いながらジェイルは艶やかに笑った。
     紫王はくるりへと癒しの矢を撃って。次は守りを厚くするため駆け出す手番。
     その隙を狙われないように。琥太郎は槍を翻し、くるりがマテリアルロッドに魔力を集中させ、ジェイルの側面にぶち当てようとした矢先。
    『父よ、心臓ガラ空きだ!』
     銃口が、属性反応が良い攻撃の隙を目聡く突いて。衝撃を感じ取るより早く、爆発する炎。
     確かに幾度かの列攻撃で、くるり自身ダメージが皆無だったわけではないが。僅か五分、ディフェンダーより先にクラッシャーを落とされた、一つの綻び。これを広げられては勝機などない。
    『なァお前ら、一生懸命愛してくれるんだろォ!』
     平常時とは似ても似つかぬ狂気露わに、ジェイルはするりと遠野と佐那子の連携抜けて。治胡の腱を斬る一撃にも怯まず、ぶちまけるのは火炎の翼。
     消滅したヴァレリウスに、イブの愛も密やかに速度増し。
    「愛させてくださいまし」
     たっぷりの微笑と狂気で、ジェイルの肌に鮮血を引いて。治胡の爪先が抉り取る。
     勢いよく突き出された銃口。確実に琥太郎を潰す勢いで。
     紅、藤、闇に滑る紫王の体が咄嗟にせき止めた。
    「思い通りになんてさせないよ」
     本能の赴くまま、ジェイルとは違う意味での灼滅者への興味の往くまま。紫王はただ、思いの先に在る何かを見てみたいから、傷を怖れずに。
     振り下ろした足が虚しく空を切ることに舌打ちしている彼女を、佐那子は横に見て。彼女自身、敵に対して特に拘りも感情も無いものの。ただ治胡が拘りすぎている事を危惧していて。
     その拘りを誘う性質そのものは、灼滅者としての意識すら危うくしてもおかしくない。
     灼滅しなければ。そう思うのに。
    「ぐっ……!?」
    『ああ、残念だ……』
     吸い込まれるように入った、ジェイルの言葉と刃。
    『同じ言葉で返してやったぜ?』
     紫王へと向けた、嘲笑う目。戒めを吹き飛ばしながら笑い声をあげる。
     次いで八枷が毒に潰され、果敢に動く紫王の傷も酷い。イブと瑠璃が呼吸を合わせ、危険の少ない状態でスイッチする。
    『この前のがかなり利いてんのな』
     笑っているものの、ジェイルの体も傷が増えている。複雑に曲がっている左腕を難なく振るう様子は、化け物そのもの。
     草むらに飲み込まれてゆく琥太郎を見送りながら、ジェイルは楽しげに炎翼を広げて、傷深いイブの意識を奪って。
     それを狙い落とさんと、遠野と治胡の彗星の様な一閃。
     攻撃陣を常に生存させて、常にジェイルへと攻撃を叩きこむべく立ち回りながら、出来る限り隙を埋めつつディフェンダーを配置し、分散して。一撃の漏れもないように繋ぐ。
     一閃、そしてまた一閃。
     流れてゆく光に穿たれて、とうとう瑠璃は強打に意識を失う。
     ジェイルの銃口轟く。次の攻撃手を落とすため。だがすでに前へと動いていた遠野が、身を呈して遮った。
     紫王、佐那子、二体のビハインド、イブから瑠璃へ、更に遠野。危い状態もあったが、決して攻撃の手を止めさせないように。
     けれど、それが繋いだのだ。最後の一撃。
     だが――。
    『……なんで止めた?』
     ジェイルは、低い声で言った。
    「頼む、退け! 退いてくれ!」
     もう治胡は泣きそうだった。
    『愛してくれないのか?』
     三分待つ。そう言って。
     けれどその三分に何が変わっただろう。
     生きていれば、必ず共生の道が見えると告げて。
     だから希望を繋ぎたい一心で、彼女はただ訴える。
    『遠野、俺を刺せ』
     ジェイルが怖い顔で脅す。
    (「彼女の願いを尊重したい。けど、他の人の気持も否定すべきじゃない……」)
     この問題に、一つの回答なんてあるわけもなく。
     出せない答え。けれど悩める時間は僅か。
     沈黙の二人に、ジェイルは静かに顔を伏せた。
    『……どうして……』
     子供の様な声をあげて。
     嘆きそのまま、ジェイルは叫んだ。

    『愛して……』
     草むらには、肩を震わせて泣いている、小さな小さなジェイルの姿があった。
     そして倒れている八人の影。
     炎の天使は、闇へと消えた。

    作者:那珂川未来 重傷:獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583) 高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463) 夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486) イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460) 東屋・紫王(風見の獣・d12878) 土岐・佐那子(朱の夜鴉・d13371) 廻谷・遠野(からっぽサンクチュアリ・d18700) 災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月9日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 33
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