猛る龍

    作者:天木一

     夕日に照らされた海を一望出来る場所で、つなぎ状のジャージを着た若い男が武道の型らしきものを繰り出していた。
     淀みない動きはまるで舞うようだ。演舞をしながら男は声をかける。
    「何者だ……」
    「おや、気付かれちまったか」
     岩の陰から1人の男が姿を現した。夏らしくアロハシャツにハーフパンツとラフな格好をした中年だった。
    「それほど濃密な血の匂いをさせて隠れていたとでもいうのか」
    「いやはや、お恥ずかしい。そこで活きのいい少年達と遊んでしまってね」
     中年は頭を掻いて悪びれなく笑う。
    「いや見事なもんだね、カンフーかい?」
    「截拳道だ」
     男は演舞を終えて中年と向き合う。
    「六六六人衆か……何の用だ」
    「ご名答。いやね、アンブレイカブルが面白い事をしてるって聞いて覘きに来てみたんだけどね」
     中年はいつの間にか何本ものナイフを持っていた。
    「何でも倒したダークネスの力を手に入れられるとか」
    「試してみるか……?」
     暗い殺意を宿した中年に、男は堂々と手招きして挑発した。
    「それじゃあお言葉に甘えて!」
     投擲、男は蹴りで弾き飛ばす。中年は間合いを詰めてナイフを突き刺そうとする。だが男はその手を裏拳で弾き、反対の拳で顔面を殴りつけた。
    「がふっ……流石に近接は不利か。じゃあ弄り殺しといこうか」
     無数のナイフをバックステップしながら投げつけた。男は弾こうとするが数が多く捌き切れない。体中に切り傷が走る。
    「そらそら、どうしたね。もしかして大した傷じゃないと思ってるのかな? 傷口をよーく見てみるといい」
     傷を受けた場所が変色している。ナイフには毒が仕込まれていたのだ。
    「はっはっはぁっ! 言ったよねー弄り殺しにするって」
     ニヤニヤと哂いながら反応を窺う。男は傷口に手を当て、その血を舐めた。
    「ホワアアアアアッ!」
     怪鳥の如き声が発せられる。オーラを纏った男の傷口から血が噴き出た。すると青くなっていた皮膚が元に戻る。
    「アチョーッ!」
     男が接近しようと走り出す。そうはさせじと中年はナイフを投げて突き刺す。だがナイフが刺さっても怯まずに跳躍した。
    「ホワァア!」
     飛び蹴りに対して中年は避けられぬとナイフを構えた。左腕を犠牲にして蹴りを受け、着地したところへナイフを腰に突き刺す。
    「調子に乗るな! このまま死ね!」
     ナイフをぐりぐりと捻じ込む。だがそれを抜こうともせずに男は拳を握る。
    「アチャーーーッ!」
     拳が、蹴りが、目にも留まらぬ速度で打ち出される。
    「あばっやめっこのぉ殺してやるぅあ!」
     止まらぬ攻撃に中年もナイフを滅多刺して応戦する。だが遅きに失した。男は自らの傷を顧みず、元より相打ち覚悟の攻撃だったのだ。
     両者が無数の傷から血を垂れ流す。二人分の血溜まりの中、最後まで立っていたのは真っ赤に染まったジャージの男だった。その身から放たれるオーラの強さが格段に増していく。
    「これはヤバイことになったぜ」
     その様子を遠くから窺っていたレナード・ノア(都忘れ・d21577)が呟く。
    「手遅れになる前に、早く報せねぇとな」
     気付かれぬよう静かにその場を離れ、急ぎ学園へと駆け出した。
     
    「今回の事件は以前もみんなに解決してもらった、アンブレイカブルの武神大戦天覧儀だよ」
     能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が教室に集まった灼滅者に向けて話始める。武神大戦天覧儀とはダークネス同士が戦い、勝った者が力を得て強くなるというものだ。
    「レナードさんが調査したところ、ちょうど戦いが行なわれていたらしいんだ」
     結果、勝利したアンブレイカブルは力を増してしまった。
    「アンブレイカブルがそれ以上力を増す前に、何としても倒して欲しいんだ」
     力を得たアンブレイカブルは更に戦い強さを増していく事になるだろう。
    「それと注意して欲しい事が一つ。敵に止めを刺した人は、闇堕ちしてしまうんだよ。その後、すぐに倒せば元に戻るんだけど……」
     眉をひそめて誠一郎は言葉を詰まらせる。
    「今回の敵は既に1人倒して強くなってるからね。その余裕があるかどうかは分からないんだ」
     前とは違う状況に、自信を持って断言する事が出来ない。
    「敵となるのはアンブレイカブルの与那覇・龍。截拳道の使い手で、近接戦闘の達人だよ」
     攻撃能力が高く、油断すればあっという間に倒されてしまうだろう。
    「場所は前に戦いのあった場所と同じ、福井県の海岸だよ。一般人は居ないから全力で戦う事が出来るよ」
     見晴しのいい場所だ。正面からぶつかり合う事になる。
    「倒したら闇堕ちしてしまうなんて、大変な依頼だと思うけど、それでも放置して強大な力を持つダークネスを生み出す訳にはいかないんだ。だからみんなの力を貸して欲しい。そして無事に帰ってきて欲しいんだ。どうかお願いするよ」
     誠一郎が頭を下げる。灼滅者達は任せろと、力強く言うとアンブレイカブルの待つ戦場へと向かった。


    参加者
    若生・めぐみ(歌って踊れるコスプレアイドル・d01426)
    本堂・龍暁(龍撃・d01802)
    フィズィ・デュール(麺道四段・d02661)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    結城・麻琴(陽鳥の娘・d13716)
    レナード・ノア(都忘れ・d21577)
    神隠・雪雨(アンプルブラック・d23924)

    ■リプレイ

    ●武神大戦天覧儀
     夕日の下、海から押し寄せる波の水飛沫がオレンジに輝く。剥き出しの岩肌が血のように赤く染まっている。
     そんな場所を灼滅者達が進んでいくと、1人の男が立っていた。武術の型をゆっくりと確認するように行なっている。その姿を見ただけで長い年月、功夫を重ねているのが分かった。
    「何者だ……ここは命を賭けた戦い、武神大戦天覧儀の場。死ぬ覚悟があって来たのか?」
     ジャージ姿の男は動きを止めて少年少女を見ると、殺気を放って試す。
    「同じ拳法家として、勝負を願うですよー!」
     フィズィ・デュール(麺道四段・d02661)が堂々と声を張って殺気に負けぬ戦意を示す。
    「正々堂々、勝負と参りましょう」
     手にした槍を一回しして霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)は構える。ピタリと切っ先を相手に向けていた。
    「ほう……挑戦者だったか。それは失礼。ならば互いの命を賭けて、いざ尋常に勝負!」
     与那覇が構えると、若生・めぐみ(歌って踊れるコスプレアイドル・d01426)は言葉は不要と、手にしたカードを解除して槍を手にした。間合いの外から槍を振るう。その穂先に宿る冷気が形を作り、氷柱となって敵を襲う。
    「ホァアッ」
     一閃。目にも留まらぬ速度の蹴りが氷柱を弾き飛ばす。めぐみは更に槍を縦横に振るう。
    「ここでアンタを倒して、武神大戦天覧儀を止めるわ」
     七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)が弓を構えた。放たれた矢はめぐみに吸い込まれ。槍から放たれる幾つもの氷柱は鋭さを増して放たれた。蹴りが一つ二つと弾く、だが最後の一本が蹴りの迎撃を擦り抜けて与那覇の腕を凍らせた。
    「前よりも強そうな相手だけど、今回は完全勝利を目指すわよ!」
     続けて結城・麻琴(陽鳥の娘・d13716)が雷を纏った拳を顔面に叩き込み、衝撃に上体が仰け反る。更に仕掛けようとした足が止まる。見れば与那覇の蹴りが麻琴の腹を抉っていた。
     今度は逆に与那覇が前に出る。放たれた拳を横から差し込まれた太く筋肉質な腕が受け止める。
    「お前に恨みはないが、戦うと決めた以上は全力でいかせて貰う」
     割り込んだ本堂・龍暁(龍撃・d01802)は、次は自分が相手だとオーラを纏って立ち塞がる。
    「アァッ!」
     放たれる蹴りを腕でガードする。体の芯まで響くような衝撃を抑え、龍暁は雷を纏った拳を打つ。それを敵は足で受け止めた。
    「マズイな……六六六人衆とやってた時より動きが鋭くなってやがる」
     二人が対峙する様子を見て思わず呟き、レナード・ノア(都忘れ・d21577)は背後から仕掛ける。角材に魔力を込めて横に薙ぐ。
     だがその一撃をまるで背中に目でも付いている様に察知して、与那覇は避けながら龍暁と拳を交わす。
    「強いのは承知の上です」
     神隠・雪雨(アンプルブラック・d23924)が矢を射る。放たれた矢はレナードの体に突き刺さり吸い込まれるように消えると、レナードの動きに鋭さが増し、角材を敵の背を叩き付ける。
    「アチャーーッ」
     与那覇が龍暁の鳩尾を蹴り上げ膝をつかせる。そして振り向き様にレナードに向けて後ろ回し蹴りを放つ。顔を陥没させるような鋭い一撃を麻琴が受け止めた。
    「これは効くわ……ねっ!」
     骨が軋むような痛みに耐え、相手を押し返した。

    ●拳法家
     押されて体が泳いだところへ絶奈が槍を突き立てる。切っ先が左肩を抉る。
    「ホォアッ」
     与那覇は槍の勢いに逆らわず、倒れるように穂先を抜くと同時に足払いを放った。
    「相当な使い手とお見受けいたします。あなたのような武人と相見えるとは望外の喜び」
     絶奈は跳躍して躱すと、嬉しそうに槍を振り下ろす。与那覇は転がり跳ね起きて避ける。その顔もまた戦いを楽しんでいるようだった。
    「まずは一手、行きますよー!」
     そこへ巨大な杭を装着したフィズィが踏み込む。高速回転する杭が拳と共に撃ち出される。
    「ホォォォォァッ」
     躱せぬと、与那覇はオーラを高めて受け止める。杭がオーラを削りその先端が胸に届く。だが僅かに皮膚を傷付けたところで勢いが止まった。
    「アァーッ」
     杭を弾き間合いを詰めると与那覇の拳が放たれる。その拳の前に龍暁が体を割り込ませる。腹を抉る一撃に思わず口から息が漏れる。だがそれでも引かずに巨大な杭を撃ち込んだ。フィズィと同じ胸を狙った一撃。与那覇はまたオーラで防ごうとする。
    「こじ開けます」
     そこへめぐみが横からオーラを纏った拳の連打を叩き込んだ。殴られ思わず緩んだオーラを貫き杭が胸を撃つ。与那覇は咄嗟に腕を差し入れ、致命傷を逃れながら吹き飛ばされる。
    「今の内に……」
     ホナミが敵に見られぬよう、背後から龍暁に向けて矢を放って受けた傷を癒す。
     地面を転がり仰向けに止った与那覇は、まるで背中で跳ねるように立ち上がる。胸に付いた血を指で拭って舐めると、怪鳥の如き声を上げた。
    「ホワアアアッ!」
     鋭く視線を向けるとフィズィに向かって駆け出す。
    「通さないよ!」
     麻琴が間に割り込み剣を振るうが、与那覇は跳躍して躱して麻琴の肩を蹴り、飛龍の如くフィズィに飛び蹴りを放つ。
     胸を狙った強力な一撃。それをナノナノのらぶりんが庇って受ける。衝撃に吹き飛ばされて岩に打ち据えられ、ボールのようにバウンドして転がっていく。
     飛び蹴りからの着地、その隙を突きレナードが槍を低く薙ぐ。足を払われ与那覇が手を突いた。そこに渾身の力を込めて槍を突き入れる。避けようと身を捩り刃は脇腹を斬り裂き、そのまま地面の岩をも砕く。
     与那覇は槍を掴み、逆立ちするように蹴りを放った。レナードは咄嗟に槍を手放して腕でガードする。蹴りが食い込み鈍い音と共に左腕が折れた。
    「あたしを無視するってどういうことよ!」
     追いついた麻琴が影を広げ敵の体を呑み込む。そこへレナードは霞色のオーラを纏って蹴り返した。足は顔面を捉えて与那覇はバランスを崩して転がる。
    「腕が……すぐに治療します」
     雪雨が腕を一振りする。すると穏やかな風が吹き抜けて仲間達の傷を癒していく。
     絶奈が影を伸ばす。それは起き上がろうとした与那覇に絡みつき動きを封じる。そこへめぐみが駆け寄って杖を振り下ろした。杖が腹部を叩き肋骨を砕く。
     与那覇はめぐみを蹴り飛ばして影を千切ると起き上がる。
    「次はこれでどうですか」
     フィズィが剣を振るう。鞭のようになった刀身が影から逃れたばかりの与那覇の体に巻き、逃れようとする体に刃を食い込ませる。
    「一人倒しただけでこれ程の力とはな、放っておけん訳だ」
     龍暁は雷を纏わせた硬い拳で殴りつける。衝撃に巻きついた刃が一層食い込んだ。
    「ホゥアアァァァァァッ!」
     全身にオーラを纏い与那覇が力を込める。すると巻きついた刃が耐え切れずに弾け飛んだ。

    ●死闘
     構えると軽くリズムを取り、片手を上げて掛かって来いと手招きする。
     ならばと正面に立つ龍暁が鋼の如き拳を打ち込んだ。その拳に与那覇もまた拳で迎撃する。拳と拳がぶつかり互いの骨にひびが入る。
    「アチャーーー!」
     だが与那覇の動きは止まらなかった。反対の拳が、蹴りが連続して暴風の如く叩きつけられる。目で追うのも難しい程の速度で放たれる連打。骨を折られても龍暁は急所だけは守るように打たれ続ける。
     それを邪魔するように絶奈が槍を突くと、与那覇はそれを手で捌いた。その反対側から雪雨が背中目掛けて蹴りを放った。それに対しても反射的に蹴りを放って受け止める。
    「それ以上はさせません」
    「流石ですね。さあ存分に武を競いましょう」
     蹴りと突きの挟撃に晒され、全てを捌き切れずに与那覇は徐々に被弾していく。
    「深い傷だけど、まだ大丈夫よ。でも無理はしないでね」
     重いダメージに片膝をつく龍暁に、ホナミは矢を射る。ダメージは抜け切らないが折れた骨は繋がった。龍暁は黙って頷くと立ち上がって敵に向かう。
    「あたしも混ぜてもらおうかな!」
     跳び込んだ麻琴が剣を振り下ろして加わり、与那覇は輪を逃れる為にまずは雪雨を狙う。間合いを詰めたかと思うと鋭い蹴りが放たれる。それを麻琴が剣を差し込んで防ごうとする。だが蹴りは途中で止まり、向きを変えて麻琴の腹を蹴りつけた。
     息が止まり麻琴の動きが止まる。その隙に与那覇は囲いを抜ける。しかしその時だった。足元から影が膨れ上がり全身を覆い尽くす。
    「そうくると思っていたですよ」
     影はフィズィの足元に繋がっていた。敵の足が止まる。そこへ駆け寄ったレナードが拳の連打を浴びせる。顔、胸、腹に次々と打ち込む。ぐらりとよろめくように与那覇はレナードにもたれるかかるように体を付けた。拳がそっと胸に向けられる。
    「アチャーッ!」
     予備動作も無く押し出された拳。普通ならば威力などない押す程度の力しかないはずだった。だがその一撃はレナードの体を吹き飛ばした。地面を転がり止るとその口からは血が溢れる。ほんの数センチから打ち出すこの技こそ、男が功夫の果てに得た絶招であった。
    「まずいわね、かなり傷が深いわ」
     ホナミはレナードの傷を見て、急ぎ矢を番え治療を施す。その慌てた行為が敵の目についた。ホナミへ向かって与那覇が駆け出す。
    「ここは通さん」
     その前に立ち塞がる龍暁。与那覇は跳躍してその上を越えようとする。
    「同じ方法が通用すると思った?」
     その目の前に同じく跳躍した麻琴が現われた。剣を振るい与那覇の勢いを止める。そこで与那覇は足を引っ張られる。見れば龍暁が手を伸ばしてしっかりと足首を掴んでいた。そのまま勢い良く振り下ろされる。地面に叩きつけられる間際、その腕を蹴って手を離させる。何とか受身を取りながら地面を転がると、与那覇は起き上がる。
    「アァァアチャーーー!」
     与那覇はまた駆け出す。龍暁はまたその前に立つ。先程と同じく跳躍するが、その軌道は低い。龍暁目掛けて龍が飛翔する。放たれた蹴りは防ごうとした腕を砕き、そのまま胸部に衝撃を与えて内臓を傷つける。口から血がながれ普通ならば昏倒するダメージ。だが龍暁は立ち塞がったまま道を開けなかった。
    「本堂さん!」
     めぐみが動きを止めた龍暁を庇うように敵に攻撃する。拳の連打で敵を釘付けにするが、その隙間を縫って反撃の蹴りが襲い来る。それをらぶりんが受け止め、左右から絶奈の槍が脇腹に突き刺さり、雪雨の杭が左の腕を貫いた。
    「ホアアァ!」
     怪鳥の如く叫び与那覇は傷を無視して前に出る。めぐみを狙う一撃の前に麻琴が割り込んだ。
    「ここであんたを止めるわ。こんな儀式、クソ食らえよ!」
     放たれる蹴りを剣で打ち払う。だが勢いは止まらずに体がぶつかるように近づく。麻琴の胸にすっと拳を向けられた。放たれるはほんの数センチから放たれる拳の一打。絶招である。麻琴が崩れ落ちて手をつく、だが気を失う程ではない。一撃必殺の自信を持つ技、何故威力が出なかったのかと見れば、右腕に影が巻きついていた。
    「一度見た技です。そう何度も打たせはしませんよ」
     絶奈が影を引き寄せるようにして威力を弱めたのだ。影を蹴りで断とうとするところへフィズィが鞭剣を脚に巻きつけた。
    「さーて、そろそろ終わりにしますかね」
     手と足を引き寄せられて動きを封じられる。その間にホナミが治療を施し麻琴も立ち上がった。
    「ホォォォ」
    「もう自由にはさせません」
     息を吸い戒めを弾こうとするところへ、雪雨が背中に杭を撃ち込む。吸った息が口から漏れて与那覇は血を吐く。
     麻琴が剣で腹を刺し貫く。根元まで刃が埋まり背中から刀身が突き出た。仕留めたと思った一撃。だが与那覇は血を流しながらもその瞳には闘志が消えていなかった。触れ合う程の距離。それは絶招の間合い。
    「しまっ……」
     放たれた拳は心臓を打ち、麻琴は意識を手放した。倒れる麻琴を庇うようにめぐみとフィズィが前に出る。剣が刺さったままの与那覇は凄惨な笑みを浮かべて拳を固めて放つ。だがその拳は横から出た大きな手に摑まえられる。
    「まだだ」
     立つのもやっとな筈の龍暁がそこに居た。与那覇はその手に蹴りを入れる。だが手は離れない。そこへめぐみとフィズィが杖と杭を叩きつけた。更には絶奈が影で縛り雪雨が蹴りを放つ。
     与那覇は満身創痍でありながらも気力の衰えを見せない。死が近づく程闘志が高まっていく。
    「アチャーー!」
     龍暁を蹴り上げると意識を失う。だがその手は意識が無くなっても掴んだままだった。手を外そうとする与那覇。視界の外から倒れていたレナードが起き上がり、最後の力を振り絞って拳を突き出す。その一撃は刺さった剣の柄を殴った。
    「終わりだな」
     剣は矢のように勢いをつけて背中から飛び出た。腹から胸に大きな穴が開き、与那覇は傷口を見て眉をしかめると、ゆっくりと倒れ伏した。

    ●堕ちる者
    「みんな気をつけて、レナードが堕ちるわ!」
     ホナミの言葉に、休む間もなく仲間達がレナードを囲むように動く。
     安堵した表情のレナードの体から血の気が無くなり、頭部の左右から水晶の角が生える。
    「クックッ……ハッハッハー! また出れたぜ! お前はゆっくり寝てろよ、後は俺に任せてなぁ!」
     表情が一変して厭らしく口を歪ませた。
    「ノアさん元に戻ってください」
    「まだ今ならば!」
     めぐみと絶奈が左右から槍を突く。
    「今度こそ誰にも邪魔させねー! 俺は自由だ! まずはお前から始末してやる!」
     レナードは転がるように攻撃を避け、ホナミを指差して襲い掛かろうとする。それを守ろうと雪雨が動き包囲に穴が出来た。元より戦う気の無いレナードはその隙を突く。包囲の薄くなったところへ走り出した。
    「逃がさないですよ」
     フィズィの鞭剣を拳で弾きながらも脚は止めない。
    「待って!」
     ホナミが魔力の弾丸を放つがレナードは跳躍して躱した。
    「精々大事にしな、限られた生をよ」
     そう捨て台詞を残すと、あばよと指を振りレナードはそのまま海に向かって落ちていく。夕日に染まる海面に水飛沫が上がる。やがて波が覆うと、その姿はどこにも見当たらなくなった。
    「ノアさん……」
     肩を落としためぐみが消えた水面を見下ろす。
    「帰ってくるところまでが試合……だからまだ終わってはいないのですよ」
    「ええ、必ず探し出して助けましょう」
     フィズィがぐっと拳を握って呟くと、絶奈は力強く頷いた。
    「……ん、あたし……どうなったの!?」
     応急処置を受けた麻琴が目覚め、痛みに顔を歪めながらも体を起こして尋ねる。
    「残念だけどレナードは……」
     治療を行なっていたホナミが俯いて言葉を濁す。
    「そうか……」
     隣で雪雨から治療を受けていた龍暁も言葉少なく頷いた。
    「また、8人揃って集まりましょう」
     雪雨の言葉に皆が賛同して、闇堕ちしたレナードを案じる。
     ゆっくりと夕日が落ちて海岸は夜の帳に閉ざされる。だがどんな闇であっても朝にはまた日が昇るのだ。
     灼滅者は一度海を見ると、決意を胸にその場を後にした。

    作者:天木一 重傷:本堂・龍暁(残骸・d01802) 結城・麻琴(陽鳥の娘・d13716) 
    死亡:なし
    闇堕ち:レナード・ノア(夜行・d21577) 
    種類:
    公開:2014年7月7日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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