Bloody Requiem~泡沫銀鱗の水葬

    作者:柚烏

     ――再び、夜は巡る。北国の郊外に佇む、その館の名は『宵荊館』。深き森に抱かれて、永劫の眠りの中に在ると思われた洋館は、新たな客人を招き入れるべく薔薇の門を開く。
    「さあ、そろそろ目覚めるとしようか。母なる海に抱かれて、夢のように揺蕩うのも良いが……共に新たな夜を迎える為に」
     うっとりと、物憂げに伏せられた瞳をゆるりと開いて。深海の蒼に溶けるように佇む男は、天に向けて指先を伸ばした。まるでそこは海の底――ゆらゆらと揺れる灯りは、さながら水面で揺れる月の光の如く。
     その美しい部屋は、蒼の世界に沈んでいた。海神の神殿を思わせる、精緻なレリーフに彩られた壁の四方には、硝子造りの水槽が設えられていて。深い深い蒼一杯に満たされた水は絶えず揺らぎ、悠々と銀色の魚たちが泳いでいる。
    「今宵は……そう、伝説に謳われる海妖のように、優しく水底へと誘おうか。どこまでも深く、甘い囁きに導かれて静かに溺れゆくのであれば、きっと心地良いであろうな」
     そうだろう、と男が真紅の瞳を巡らせて魚たちを見遣れば、共に水底で微睡もうと言うかのように――美しい尾びれがゆらり、と淡い光をはね返して煌めいた。それを満足気に見届けた男は、夜色の黒衣を靡かせて――銀糸の髪をゆっくりとかき上げる。優雅な微笑を浮かべた、その唇から微かに覗くのは牙。
     自らを貴族と称する彼は、血を愛するヴァンパイアであった。この館の主にして、宵闇の世界の住人を謳う。
    「我が渇きを、満たしてくれる者は何処に。ああ、この牙を埋められる瞬間を、ただ夢見ていよう」
     月夜の中でのみ、真実の姿を現すというブレイズゲート。その噂は灼滅者の間でも囁かれるようになり、そして新たな者達が、再び動き始めた災厄を止める為にかの地へ――『宵荊館』に挑む。

     薔薇の香が漂う館を進む灼滅者達を、何処からともなく現れた蝙蝠が誘うように先導する。迷宮のように訪れる者を惑わすと思われた館であったが、彼らは蝙蝠に導かれるようにしてその部屋へと辿り着いた。
     重厚な扉の先にあったものは、四方を硝子の水槽に囲まれた部屋だった。薄暗い部屋を淡く照らす、仄かな灯りに浮かび上がった水の世界――そこはまるで、ひとかけらの海を切り取ってきたかのよう。
     見ればそこでは、様々な種類の魚たちが、銀色の鱗を煌めかせて泳いでいる。まるで水槽を眺める来訪者を、海の底へと誘うかのように。
    「ようこそ、宵荊館へ。我が名はアルフレート・フォン・ベルンシュタイン。貴殿らの来訪を歓迎しよう」
     ゆらり、水底から浮かび上がるかのように、黒衣の男が現われて優雅に一礼する。愛らしい魚たちと戯れ、夢心地の内に深海へ溺れゆくのは如何かな――眠るように静かに朽ちていくのも美しき終焉ではないか、そう囁きながら。
    「ああ。それでも、この蒼い世界に紅の雫を散らすのも悪くない。美しき薔薇に棘があるように、甘美な世界もまた、その裏に牙を忍ばせているものだからな」
     折角だ、その牙をお見せしよう――アルフレートが優雅に手を翳すと、じわりと闇が滲んで銀色の魚の姿を取った。獰猛な牙を持つ、その魚は鮫。血に飢えるかのように、その瞳は真紅の輝きを放っており――それは、ヴァンパイアである彼の眷属なのだと容易に窺えた。
    「さあ、遊戯の開幕だ。ルールは簡単、この子らを全滅させるか、私を倒せば貴殿らの勝ち。逆に我らが貴殿らを全滅させれば、その血潮を存分に味わえるという訳だ」
     鋭い輝きを秘めた魔槍を携えて、アルフレートが宣言する。それと同時、不意に揺らめく泡が湧き上がり――まるで水底へ誘う魚の群れのように、灼滅者に迫って来た。
     心を強く持つ事だ、とアルフレートは嘲笑う。心の僅かな隙をついて、彼らは深淵へと手招くから――けれど、この夜を終わらせる為に、引き摺り込まれる訳にはいかない。必ず帰ってみせる、そう誓って。
     ――ああ、今宵も血塗れの鎮魂歌が奏でられる。深く、激しく、全てを水底へ葬るかのように。


    参加者
    花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)
    陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)
    楪・颯夏(風纏・d01167)
    榛原・一哉(箱庭少年・d01239)
    陽瀬・すずめ(雀躍・d01665)
    九井・円蔵(墨の叢・d02629)
    古城・茨姫(東京ミッドナイト・d09417)
    天瀬・彩(クチナシ歌謡・d24121)

    ■リプレイ

    ●アオイロ世界
     仄かな灯りに照らされて、幻想的に浮かび上がるのは蒼の世界。硝子の水槽では銀の魚が泳ぎ、揺らぐ水は優しく手招くように波打つ。
    (「魚にでもなった気分で、溺れそうだ」)
     柄にもなく、そんな事を思いながら、榛原・一哉(箱庭少年・d01239)の琥珀の双眸が瞬いた。この感覚はそう――彼の親しむ、書物の海へ沈んでいく時のものに似ているだろうか。
    「わぁっ、きらきらのお魚、とってもキレイ、ダネ……!」
     四方に広がる水の空間。淡い光に照らされたそれに少しの間見惚れた、花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)は、蜂蜜色の髪をふわりと揺らして両手を広げた。彼女が纏うのは、古風なワンピース。中世の淑女を思わせるその姿は、この幻想めいた部屋を可憐に彩っている。
    「……アルフレートさん、にとってはゲームかも、だケド……力いっぱいがんばる、ダヨ!」
     と、悠然と佇むダークネスをハッと思い出したチロルは、陽だまりのような微笑みを浮かべて弓を構えた。眷属の吸血鮫を従え、魔槍でヒュン――と戯れに空を薙ぐアルフレートを見て、「あ!」と声を上げたのは、陽瀬・すずめ(雀躍・d01665)だ。
    「吸血鬼こんなところにいた!! ふーん、気取っちゃって……水遊びしたいならプールかなんかで一人でどーぞ!」
     愛らしい瞳を怒りに燃やし、宿敵と対峙したすずめは一気にまくしたてる。大切な家族を狙い、闇堕ちした自分を思い起こさせるヴァンパイアが、彼女は大嫌いだった。
    (「あの時のこと思い出すから、やっぱ俺も大嫌いだ」)
     そんなすずめの兄である、陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)は、妹の身を案じながら一歩を踏み出した。ヒートアップしないかと心配していたのだが、素直に感情を吐き出すのは――いつもの事だと苦笑しつつ、瑛多は拳を握る。
    「大丈夫、皆は俺が守るよ!」
     頼もしい事だ、と微かに口の端を上げて。空の青を思わせる瞳を涼しげに細めた、楪・颯夏(風纏・d01167)は、何処か戯れるように呟いた。
    「水槽の中の世界……ね。神秘的だし、泳ぐ魚達もキレーだけど、鮫はいただけないね」
    「鮫かー、鮫って格好いいよね」
     そこに、天瀬・彩(クチナシ歌謡・d24121)の声が泡のように弾ける。くすりと気の抜けた笑みで、淡々と言葉を口ずさむ彩の心は、容易に捉えられるものではなくて。冗談とも本気ともつかない声音は、思い浮かんだ思考を直ぐに言葉へと変える。
    「けど沢山居ると怖いよねー。食べられるのもやだなー」
    「僕、ここの屋敷結構好きだな。良いじゃないか、涼しげで」
     一方、怜悧な相貌でアルフレートに向き合う、古城・茨姫(東京ミッドナイト・d09417)は、騎士然とした態度で金糸の髪をかき上げた。
    「結構良い趣味してると思うよ、吸血鬼君。……獰猛な鮫と君さえいなければ、ね」
     これは手厳しい、と余り意に介した素振りを見せずに肩を竦めるアルフレートへ、剃刀のような眼差しを向けるのは、九井・円蔵(墨の叢・d02629)。ヒヒ、と妖しい笑い声を響かせる円蔵だが、気取って悪事を働くような輩は、全くもって好ましくなかった。
    「そうですねぇ……貴方は、古めかしい棺の中で永遠に眠っているのがお似合いですよぉ」
     妖しい輝きを放つナイフをぎらりと翳して、円蔵は飄々と囁く。こうやって軽口を叩き合う間にも、彼らは殲術道具を纏い、戦いの中へ身を投じる準備を終えていた。
    「屋上の団結力、見せてやろうよみんな!」
     絶対勝つ――俺について来てと言って床を蹴る瑛多に、仲間達は其々の得物を構える事で応える。
    「……ああ。この手で、世界を隔てる硝子を叩き壊しに行こう」
     眼鏡を押し上げながら、一哉が静かに告げた。ここに広がるのは、創られた水世界――甘い夢にも似たそれを打ち砕く為に、彼らは抗うのだ。

    ●ウタカタ幻影
     泡沫、という名が相応しき、儚き泡は蒼に溶け――深く優しく、灼滅者達を水底へと誘う。
    「ほんとはアンタぶった切ってやりたいんだけど……今日はジョーズ退治の日なの!」
     一瞬アルフレートを睨みつけるも、直ぐにすずめは指輪を翳して魔弾を放つ。その狙いは眷属、中衛に位置する妨害役の鮫へ向けての一撃だった。撃ち込まれた弾丸は制約を与え――敵が怯んだ所へ、一哉が狙い澄ました槍の刺突を見舞う。破滅の輪舞を踊るかの如く、鮮やかな螺旋は血煙を巻き上げた。
    「確かにあのヴァンパイアの倒錯的な口ぶりは癇に障るけど、今回の狙いはあくまで眷属だから」
    「……ふむ。ただ憎悪に任せて攻めるのではなく、あくまでも冷静に動くと言う訳か」
     一斉に眷属へ狙いを定めた挑戦者達を興味深そうに見遣りながら――アルフレートは挑発するかのように、戯れに魔槍の切っ先をすずめに向ける。
    「っと、君の相手はボク達だよ」
     しかし、彼の螺穿を受け止めたのは颯夏だった。霊犬の楓太郎と共に盾となった颯夏は、貫かれた肩口の傷に眉をしかめる。
    「そうそう、アタシを忘れて貰っちゃ困るな。ま、いっちょやりますか」
     アルフレートの抑えに、彩もまたゆらりと立ち塞がった。手の甲に貼り付いた盾が障壁を展開し、守りを固めて――その間も微笑は絶やさずに。
    「空飛ぶサメ……! アオの波、来る!」
     柔らかな歌声で眷属を惑わせていたチロルの表情が、きゅっと引き締まる。反撃に移った鮫達が、彼ら目掛けて波飛沫をぶつけて来たのだ。水の衝撃も勿論だが、肌に張り付いた服と、ひたひたと雫を滴らせる髪が何とももどかしい。
    「……っ! これ位、涼しくて丁度いいよ!」
     乱暴に髪を掻いた瑛多は、高めた力を乗せながら回転させた杭を一気に撃ち込んだ。獲物をねじ切るその一撃は、正に尖烈の名が相応しい。
    「お兄ちゃん、遅れたら私が全部狩っちゃうからね!」
     一気に畳み掛けようと鋸の刃を唸らせるすずめに、瑛多は負けじと応、と叫んだ。
    「ヒヒヒ、紅の雫を散らしてその味を楽しむ、ですか。厄介な事を好みますねぇ」
     ナイフに蓄積された犠牲者達の呪い――それを円蔵は一気に解き放つ。呪いは毒となって敵対者を蝕み、荒れ狂う風を纏って辺りに吹き荒れた。
    「まぁでも、ぼくの墨が貴方達を斬り裂いてあげますから、その願いは叶いませんけどねぇ!」
     ざわざわと円蔵の足元から立ち上るのは、水墨画のような植物の影業。ヒヒ、と言う陶然とした笑みを相変わらずだと思いながら、茨姫の呼んだ優しき風が、浄化の力を伴って仲間達を包み込む。
    「どんな妨害も僕の風がかき消そう。皆は存分に振るっておいで」
     ごぽり。きらきらと輝く泡が、前列を閉じ込めようと次々に弾けた。じんと頭が甘く痺れるような感覚に、ゆっくりと颯夏は呼吸を整える。
    「蒼の世界に紅を落とそうなんて、ちょっと分かり合えないな。蒼はどこまでも蒼くなくちゃ」
     気を集め癒しの力に変えて、燐光は颯夏を奮い立たせるように清らかな輝きを放った。楓太郎もまた浄霊眼を煌めかせ、茨姫の不調を取り除く。
    (「風の遊ぶ、あの空みたいな青がボクの焦がれる帰る場所」)
     水底の誘惑を振り払い、彼らは立ち上がった。ゆらゆらと蒼の世界に溺れていきそうだったけれど、意識が沈む前に、其々が帰りたい場所を強く思い浮かべて。
    (「僕は強くはない。けれど、背中を預ける仲間が傍にいれば、決して溺れはしない」)
     言葉にはしない。けれど今、一哉は確かにそう思えたのだ。閃光を纏った拳が次々に繰り出され、その鮮やかな軌跡は瞳に焼きつくかのよう。
    「たしかにキレイ、だけど……キレイ過ぎるの、カモしれない、ネ」
     片言の言葉を吐き出して水槽を仰ぎ、チロルがそっと瞳を伏せる。淡い光の下、深い海を思わせる部屋で、泳ぐように魚達と戯れて。けれどそこは、偽りの――硝子に遮られた水の檻。美しきが故に、酷く冷たくて寂しいような。チロルはふと、あたたかな陽の光が恋しくなった。
     ――手を伸ばす。皆と過ごすあの屋上から見上げた、どこまでも青い空を掴もうとして。
    「おやすみ、ダネ」
     身体を流れる熱き血は、燃え盛る炎となる。ふわりと軽やかにステップを踏むチロルは、まるでお伽噺の人魚の姫。手にした聖剣に宿った炎は、邪悪な眷属の肉体を跡形も無く滅ぼした。
    (「りっか、いっちー、チロル、茨姫、天瀬、すずめ、楓太郎……円蔵先輩は言うまでもないか。皆大丈夫そうだね」)
     眷属と切り結びながら、瑛多は頼もしい仲間達の姿に目をやった。大丈夫、明るく冗談を言いながら、いつも通りやれば――絶対に勝てる。

    ●オモイデ屋上
     アルフレートを抑え、眷属を一体ずつ仕留めていくという彼らの戦いは、順調に進むかのように見えた。しかし、それは薄氷の上を歩くような、危うい均衡の上に成り立っていたもの。
    「……っう……アタシは、まだ、やれるよ?」
     彩のぼさぼさの髪は血と汗に汚れ、笑みを作った唇からは鮮やかな朱が伝う。そう――眷属との連携によってアルフレートの一撃は鋭さを増し、その圧倒的な火力は彼女の力量を凌駕していた。幾ら万全の回復態勢があったとしても、そう長くは凌ぎきれるものではなかったのだ。
    (「自分の帰りたい場所は、やっぱりクラブの皆に会えるあの屋上。絶対にあの屋上に帰るんだ!」)
     鮫カッコいいけど沢山いると怖いとか、軽口を叩いていられたのも僅かな間だった。何とかアルフレートを抑えようと、彩は片腕を異形の鬼へと変じるが――渾身の一撃は、彼に届く事無く空を切った。
     颯夏と茨姫の呼ぶ風が、ふわりと頬を撫でる。ああ、自分は微笑っているだろうかと考えながら、感覚を失いつつある彩の身体に、鮫の牙が食い込んでいった。
    「馬鹿騒ぎできて……皆のいる場所、カッコ悪いとこ……見せらん、ないし……」
     精一杯の澄ました顔で、彩は微笑みながら力尽きる。共に盾となり攻撃を受け続けてきた颯夏の唇が、わななくように震えた。
    「……えーたとすずめの兄妹のやりとり眺めて、いっちーと軽口叩いて、九井センパイをつついたり、チロルの花みたいな笑顔に癒されて」
     こうやって、背中を預けて戦える皆が一緒って心強い。だから、
    「倒れないし、誰も倒れさせない」
     その誓いは果たせず、それでも颯夏は最後まで皆の盾になる事を願い、傷付いた身体を動かしてアルフレートに食らいついていく。
    「……先ずは一人。綻びが生まれたのであれば、其処を突かせて貰おうか」
     と、盾が一人減った事で、アルフレートが動いた。颯夏の影触手に動じる事無く、彼が次に狙いを定めたのは円蔵であった。妨害役として動く円蔵は、多彩な技を繰り出して敵を翻弄している。しかし、具体性に欠けるその行動を与しやすいと考えたのだろう。
    「ヒヒ、縛り上げて鮫肌を剥ぎ、下拵えはしておきますので。皆さん、最後の仕上げは任せましたよぉ!」
     高速で回り込んだ円蔵の足から伸びた影が、植物の形となり――蹴り上げと共に鮫の肌を斬り裂く。しかし、そこで。遊ばせておくのも面倒だ、そう言ったアルフレートが妖気を氷柱に変え、円蔵の身体を無慈悲に撃ち抜いた。
    「……ヒヒヒ、ぼくが帰るのは確定事項なので!」
     熱い塊が喉をせり上がり、次の瞬間円蔵は紅い血をぶちまける。彼が思い浮かべるラブリーエンジェル――白蛇のオブとオス、そして愛情を抱く少女、自分は彼らの帰るべき場所なのだから。だから、帰らなくてはならないのだ。
    「どうか、どうか間に合って……!」
     攻撃役として、自分は一刻も早く敵を倒さねばならない。仲間を信じているからこそ、すずめは眷属への攻撃に集中し、一哉と協力して二体目を仕留める事に成功した。
    「……しまった……!」
     その時、円蔵の回復に動こうとした茨姫が硬直する。泡がもたらした痺れが、不運にも行動を阻害してしまったらしい。水際で持ちこたえていた回復は間に合わず、円蔵は信じられないといった表情で崩れ落ちていった。
    「二人目、次はそう……貴殿を落とすとしようか。仲間を支える、その働きは侮れぬようだからな」
     にやりと笑うアルフレートは、槍の穂先を今度は茨姫に向ける。必死に抑えに回る颯夏と楓太郎も厄介だが、彼は要の回復手を封じようとしているらしかった。
    「教えてあげるよ、僕の帰りたい場所は『東京』。ご当地ヒーローらしい答えだろ? でも、其処に学校も、家も、家族も友人も在るんだ」
     アルフレートを真っ向から見据えて、茨姫が毅然と告げた。その上で、彼女は宣言する――僕は帰るよ、絶対に。仲間達とね、と。紡がれる祝福の言葉が風となり、そして幾度となく仲間達に力を与えていく。
    「僕はご当地ヒーローだからね。ヒーローだから、ご当地もそこに居る君達も大好きだよ? そう、ケガなんてさせない」
     その時、チロルが駆けた。破邪の白光を放つ聖剣を振りかざし、眷属の鮫へ一直線に斬りかかる。纏わりつく泡を振り切り、声の限りに叫んだ。
    「みんなと過ごす屋上、に帰りたい! 美味しいものたくさん食べて、楽しいことたくさんする屋上、が大好き、ダヨう……!」
     しつこく雫を浴びて回復する鮫を――ヴァンパイアへの憎しみを振り切って、すずめは鋸剣に紅蓮を宿して一気に断ち切る。気付けば、すずめは叫んでいた。眷属を滅した事も、一瞬忘れながら。
    「私の……家は帰りたい場所であり、護りたい場所。ずっとずっと大切な私の巣だよ」
     そこにはお父さんにお母さん、そしてお兄ちゃんもいて。命がけで吸血鬼から守った場所だ。
    「今日もちゃんとお兄ちゃんと、ただいまって言いに帰るよ!」
     傷付いた鮫は、最後の力を振り絞ったのか。その牙が楓太郎を噛み砕き、忠実な霊犬は遠吠えを轟かせて消滅していった。
    「必ず皆揃って、あの屋上へ。帰るに決まってるだろ――全員で」
     何処か遠くを見つめる、一哉の脳裏に浮かぶのは、家で帰りを待つ優しい人。こんな事を考えているのも、あの人には色々バレてるんだろうなと思いながら――一哉は影を繰り、呑み込むようにして眷属を喰らう。
    「ボク、空と風が好きなんでね。空に近い、あの屋上に皆と帰るんで。ここには長居するつもりないよ」
     アルフレートの槍を真っ向から受けて、血を流しながらも颯夏は囁いた。勿論だ、と頷いたのは瑛多。楽しい事を考えれば、どんなに深い水底でも怖くない。
    「体から吹きあげる炎で、この暗い水底を明るく照らすよ!」
     ごう、と激しい摩擦により生じた炎を纏わせ、瑛多の蹴りが最後の眷属を灼滅した。

     ――ああ、今宵の遊戯が終わる。見事だ、と告げたアルフレートの身体は霧となり、大気に溶ける様に消えていく。
    (「帰るが良い、貴殿らの帰るべき場所へ」)
     微風が最後の言葉を届けると、館は夢から醒めたように静寂を取り戻した。
     仲間達は互いに見つめ合って、誰からともなく声を掛ける。
     帰ろう、屋上へ。暗い水底ではない、空と風が感じられる、あの場所へ。

    作者:柚烏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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