ごちそうさまは聞きません

    作者:鏑木凛

     あてどなく転がる玉に浮かぶ、『礼』の文字。
     玉は人間の亡骸を、灼滅されたダークネスの残骸を、次々と飲み込んでいく。飲み込んで飲み込んで、膨れ上がった玉はやがて、人気のない山奥のトンネルの中へと転がっていった。
     死の淵にあった数多のものを巻き込み、玉はそこで肉塊と化す。
     ぴたりと動きを止めた肉塊は、暗く、静かな場所で心音を奏でる。否、果たしてそれが心音であったのかは、わからない。なぜならそれは、ヒトではないのだ。
     見目はヒト――それも割烹着姿の娘でありながら、頭に生えた黒曜石の角に、異形と化した右腕。耳たぶに垂れ下がる『礼』の霊玉。そして左手の薬指に光る、角と同じ色をした契約の指輪。
     鼻歌交じりに、娘はトンネルの出口へ向かう。異形の部分に目を瞑れば、ご機嫌で家路を急ぐ主婦のようだが。
    「お腹いーっぱいにしてあげたいですね」
     うっとりと指輪を見つめる娘は、生まれながらにして主を失った、
    「死ぬまで食べてもらえたら、いいですねえ」
     ――ダークネス、羅刹。
     
    「どうして割烹着姿なのかは解らないけど、スキュラの遺した物は厄介だね」
     そう、狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)は灼滅者たちに告げる。
     生前にスキュラが用意していたのは、あるものを創るための仕掛けだ。その『あるもの』というのは、八犬士の予備となる犬士――八犬士が揃わなかった場合を考えてのことだったのだろう。
     スキュラが放った『犬士の霊玉』は、人間やダークネスの残骸を少しづつ巻き込みながら膨れ上がり、新たなダークネスを産む。
    「産まれたてというのもあるんだろうけど、誕生して暫くはまだ弱いんだ。暫くは、ね」
     ダークネスになる前――肉塊の段階でどうにかしようにも、肉塊を倒した時点で霊玉は何処かへと飛び去ってしまう。
     そのため、ダークネスとして生まれた直後が勝負なのだが、撃破に時間がかかると、スキュラの思惑通り『予備の犬士』に相応しい強さを得ることとなる。
    「だから産まれたばかりのダークネスを待ち構えて、短時間で灼滅してほしいんだよ」
     短時間。
     そのワードを灼滅者の誰かが零したのを聞き、睦は深く頷いた。
    「十五分かな、限界は。それ以上に長引いたら、闇堕ちしない限り勝てなくなるよ」
     羅刹が用いるサイキックは、神薙使いのものと、契約の指輪によるもの。
     よく知ったサイキックばかりだが、その能力は決して侮れない。
     八犬士の空位を埋めるべく創られたダークネスだ。力こそ八犬士には及ばなくても、放っておけば大きな被害をもたらすことは、火を見るより明らかだろう。
    「みんなには空が赤くなってきた頃に、トンネルに入ってもらうことになるんだよ」
     車通りも無い時間帯。
     灼滅者たちが踏み入れる頃には、既に肉塊もトンネルの中だ。
     踏み入れた直後、灼滅者たちはダークネスが生まれる瞬間を目撃することとなる。
    「言葉通り、正面対決になるよ」
     戦場がトンネル内部ということもあり、羅刹とは真っ向から戦いを挑むことになる。真正面からの対決が避けられない点も含め、一瞬の油断が命取りになりかねない。
     そこまで話して、でも、と睦は一度言葉をきった。
    「羅刹は単体だけど、こっちは一人じゃないものね」
     灼滅者たちで力を合わせれば、充分勝てる相手でもある。
    「いってらっしゃい。……ご武運を」
     薄く微笑んだ睦は、灼滅者たちをいつも通りに見送った。


    参加者
    叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)
    雀谷・京音(長夜月の夢見草・d02347)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    高辻・優貴(ピンクローズ・d18282)
    プリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)
    イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)
    興守・理利(明鏡の途・d23317)
    二重・牡丹(ぼたもち・d25269)

    ■リプレイ


     橙を混ぜた朱の色が、空と山の境界をぼかしている。
     静かな夜を待ち望むまでの、僅かな時間。人々が家路につきはじめる時間でもある。しかし山中を走る車は無く、古くより行き交う人や物を見届けてきたトンネルを通過する存在も無かった。
     ただひとつ、灼滅者たちを除いては。
     プリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)は拳を握る。彼女たちはトンネルの内部へ踏み入ったばかりだった。
     そして死した人間やダークネスの残滓が集めに集められた肉塊を前に、叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)が息をのんだ瞬間。
     スキュラの厄介な遺し物――犬士の霊玉。
     霊玉の奏でる心音が、灼滅者たちの立ち止まる音に重なった。
     吐いた息を吸う暇もなく、肉塊は割烹着を纏った娘へ変貌する。頭から角を生やし、異形の右腕を有した羅刹の娘に。
    「くるのです!」
    「興守くん よろしくね!」
     眼鏡を押し上げたイシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)の叫びに、雀谷・京音(長夜月の夢見草・d02347)がタイムキーパーへ声をかける。興守・理利(明鏡の途・d23317)は投げられた言葉に頷きつつ、アラームを起動した。
     ――決着をつけます。15分以内に。
     理利の決意は、仲間の決意でもある。15分がタイムリミットであると、この場にいる誰もが理解していた。そう、それ以上時間をかければ闇堕ちする者が出ない限り、勝利は困難だと予め言われていたからだ。それほどの強敵であると意識して臨まねばならない相手なのだ。
     灼滅者のやり取りになど気も留めず、割烹着姿の娘はうっとりと自分の指輪を見つめていた。
     無駄だと思うけど、と前置きした上で長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)が娘へ問いを投げる。
    「人に危害を加えないつもりはないか?」
     端的な問いに娘は柔らかく微笑む。
    「お腹いーっぱいに、させたいですよ」
     ――それが答えか。
     麗羽は胸の内でのみ呟き、展開したシールドで仲間たちへ加護をもたらす。
     加護を背に飛び出した宗嗣が、三種の武器を死角から振るった。足取りを鈍らせる斬撃は、火蓋を切る一撃としては申し分ない。けれど娘はよろめきもしない。
    「テヤァ!」
     繊細な見目からは想像もつかない、気合いの籠もった掛け声と共に、プリュイの拳が雷の力を宿して娘を殴る。懐へ飛びこんだことで知るスキュラの落とし子の顔に、プリュイは憐憫の眼差しを向けた。
     主を失い生まれたスキュラの落とし子、忌み子。本人が知らず、そして望まずとも、そう呼ばれるさだめを背負った存在。
     ――哀しいでスね。
     ナノナノのノマに吹かせたシャボン玉にも、プリュイの情が乗る。
     天魔を光臨させた結界を張った理利は、じっと羅刹である娘を観察していた。
     何の好奇心を抱いてか、娘は異業と化した腕の巨大さの侭に振るい、凄まじい膂力で宗嗣を叩く。宗嗣は苦みを噛み締めた。地に沈められるのではないかと思うほど、予想以上の力だ。
     高辻・優貴(ピンクローズ・d18282)が軽やかなステップを踏む。足取りは音楽に乗り、情熱に溢れた踊りで娘へ一手目を浴びせた。すかさず霊犬のモモも斬魔刀で斬りかかるが、咥えた退魔神器による一太刀を、娘は軽々と避けてしまう。
     リズムを崩してはならないと京音が向けたのは螺穿槍。生誕間もない羅刹の娘を容赦なく穿ち、イシュタリアのダンスが術式の威力を高める間も、羅刹である娘は灼滅者から目を逸らさなかった。
    「生まれたばかりで悪いですけど、倒させてもらうのです」
     イシュタリアの宣言も、驚きもせず耳にしているようだ。興味があるのか、それとも単なる障害物と認識しているのか。それを確かめる術は、無い。
     ライトを提げた二重・牡丹(ぼたもち・d25269)は、前衛を守る要となるワイドガードを施す。厄介なもんの対策はしておかんとね、と同意を求めるように見遣った先、ビハインドの菊が霊障波の毒を娘へ与えていた。
     娘が割烹着を微かに揺らす。技は効いているはずだが、揺れる身には動揺も戸惑いも無く、代わりにあるのは鼻歌交じりの様相。麗羽の飛び蹴りも、指輪が嵌った娘の手で払われる。まるで、服の埃でも払うかのように、軽く。
     止まず黒死斬を連ねた宗嗣へ、娘が微笑む。一撃をやはり手であしらい、耳たぶから垂れた『礼』の霊玉を、指の背でなぞりながら。
    「死ぬまで食べてもらえたら、いいですねえ」
     望みを口にする娘の物言いは、先ほどと何ら変わりない。
     まるで眼の前の存在には興味が無いように、言葉が淡々と落ちるだけだった。


     正面から対峙することになっていた灼滅者たちは、攻撃を加える中で、じわじわと羅刹を取り囲んでいった。逃さぬよう、確実に仕留めるよう。
     彼らの覚悟に満ちた陣形が成されていく様子でさえ、羅刹である娘には取るに足らないことなのだろう。焦りは微塵も感じられない。
     本来であれば夜空を舞う流星。その煌めきと、更に重力を宿した飛び蹴りを炸裂させたのは麗羽だ。娘の肩へ落とされた足技は、娘から機動力を奪う。
     そして麗羽に合わせて牡丹が地を蹴っていた。斬撃から放たれるは破邪の白光。
    「……決着をつけるばい。ここで」
     己を守る盾の加護を得ながら牡丹から繰り出された一手は、確実に娘の体力を削る。倣ってビハインドの菊も、霊撃を加えた。
     波を途切れさせたが最後、押されてしまう。
     肌身でそれを感じた宗嗣は、手早く黒死斬を仕掛けた。
    「一凶、披露仕る……!」
     ひらりと娘が舞った――舞ったと誤認するかのような娘の動きは、一撃を見切った証拠だ。
     大地から精力を吸い上げるかのように、低い姿勢からプリュイが娘へ飛びかかった。鍛え抜かれた拳の硬度で、娘を守りごと打ち砕く。そして。
    「ノマ!」
     相棒の名を呼べば、ナノナノのしゃぼん玉が娘の割烹着にぶつかった。
     不意に娘は、自らの手へ視線を落とす。ほんの一瞬だったが、そこを見逃さなかったのは理利だ。
    「敵の攻撃、来ます!」
     注意喚起と重なって宙を裂き飛んだ魔法弾が、優貴を撃ち抜く。
     咄嗟に理利が矢を番えた。敵の臓を射抜く矢ではない。仲間の傷だけを射、その身から剥離するための矢だ。矢は、今しがた受けた痛みを優貴から拭い去る。そして理利は主なき従者を見遣った。厄介な相手だ。ならば、手に負える時点で倒してしまうのが道理で。憐れみを抱かずにはいられなくとも、倒す覚悟が揺らぐことは無い。
     矢の癒しを得た優貴が、細指で激しくギターをかき鳴らす。愛用のギターが放つ音波は、味方であれば安らぎを覚えるものだ。だが敵である娘には、身を裂く痛みをもたらす。続けてモモの六文銭射撃が、足止めでやや動きの鈍っていた娘を叩く。
     尚も感情を露わにしない娘に、何を想うのだろうかと、素早く眼前へ踏み込んだ京音が思考を寄せる。娘にとっての視界の隅、言わば死角から日本刀で斬り上げた。闇から流れた刀身の輝きは、娘の腱を絶つ。足元を掬われるとは、このことだろう。幾度も重ねられた足止めの力は、しかと娘の足を鈍らせていく。
     新妻とも連想させられる装いに胸を痛めながら、京音は刀を引き戻す。誰かに危害を加える前に、食い止める。
     ――それが、私の使命だから!
     決した想いを宿した京音の瞳に、映るものがあった。羅刹である娘の眼差しに、心なしか色が備わったかのようで。
     イシュタリアが真っ直ぐに頭上へ掲げた魔導書からは、サイキックを否定する魔力の光線が飛び交った。光は迷うことなく娘を貫き、イシュタリアは片目を瞑って、決まったのです、と声を弾ませる。
     直後、娘から放たれたのは石化をもたらす呪いだ。指輪で牡丹を指示し、軌道から逸れることなくペトロカースは牡丹を襲った。
    「っ……揺らがなかね……っ」
     牡丹が思わず呟く。それもそのはずだ。
     確実に攻撃は重ねているのに。着実に体力を削っているのに。
    「お腹いーっぱいに、なるといいですね」
     娘に、膝を折る気配は無かった。


     重苦しさを増した空気もろとも一蹴するように、麗羽のスターゲイザーが娘を抉った。
     娘は機敏な動作で異形の片腕を振るい、プリュイを殴る。料理の一環だとでも告げるかのような流れで。
     力強く足の裏を地へつけたのは宗嗣だ。威力を重視して選んだ神霊剣で、踏み込んだ勢いを殺さず娘を叩き斬る。非物質と化した一太刀は、外傷なきまま痛みを娘へ施した。
     命中率を調整するべくプリュイは、とん、とつま先で跳ねた。エアシューズで駆け抜ければ、視界に飛び込む『礼』の玉。娘の耳たぶから垂れ下がった一文字――礼を尽くす。それは、プリュイの脳裏に過ぎった言葉。
    「……誰のタメに作る料理かモ、分からなイ侭なのでスね」
     地面との摩擦で生まれた炎を纏い、熱さに満ちた蹴りを繰り出す。
     いざ行動に移そうとしていたイシュタリアと優貴が、ここで顔を見合わせた。長引く戦いで仲間の消耗も激しい。メディックの手が回りきらないならばと、フォローに回ることも考えていた二人の視線が、理利を振り向く。確認は眼差しだけで行われた。一瞬で意識が交わる。
     回復手を担う理利は、ここまで落ち着いて仲間を見守ることができていた。幾らなら不要か、どの程度の疲弊具合ならば要り様か。仲間たちが攻めに専念していた分、脳をフル回転して勤しめた。
     だからこそ、察するのも容易かった――おれので間に合う、と。
    「攻撃をして下さい!」
     一声で、イシュタリアと優貴へ答えを返す。
     頷きで応じた優貴とイシュタリアは、斬影刃と神秘的な歌声を、後ろではなく前方へ向けた意識と共に放つ。
    「イシュちゃんの歌をきかせてやるのです」
     優貴が這わせた影の刃に重なって、片足でくるりと回りながら歌うイシュタリアの声が、躊躇いなく娘を喰らった。霊犬のモモも、相棒の意志に沿って応戦する。
     その合間を縫って、理利の癒しが矢となって空を滑り、京音が高速で娘の死角へ回り込む。
     ――なにがなんでも止める! ここで!
     音もなく、ふわりと京音が娘を捉えた。身を守るものごと斬り裂く、細くも鋭利な一撃。ティアーズリッパーの驚異が、家庭的な雰囲気の象徴でもある割烹着を裂いた。ボロボロになっていく割烹着を前に、僅かながら京音の表情が曇る。それでも、ひとつ、ふたつ、みっつと何事かを指折り数えて確かめ、ぐっと拳を握った。
     牡丹とビハインドの菊が、同時に得物を娘へ傾けた。牡丹の盾が娘の肩を強打するのに合わせて、菊の一撃が圧し掛かる。
     そのとき、10分経過を報せる理利の声が、皆の耳朶を伝った。
     ――時間が迫ってるばい。
     牡丹は唇を噛む。
     不意に、指輪を見つめていた娘が唇を震わせた。
    「死ぬまで食べてもらわないと、ならないですねえ……」
     娘の周りに生じたのは清めの風。
    「……みなさんには」
     飛び切りの笑顔で、割烹着を纏う娘は告げた。ぞわりと灼滅者たちの背に悪寒が走る。


    「12分経過!」
     熾烈な戦いの中で、理利は攻めに転じるべきか迷った。時が迫っている。けれどまだ猶予はある。結局は仲間へ攻撃を託して癒しの矢を撃った。削られた体力を、見誤ることなく取り戻していく。
     生まれてくる彼らが持てぬもの――このような戦い以外の道。長い髪を風に遊ばせて、麗羽は得物を引き戻す。対峙している羅刹に無い選択肢。彼が空想したのは迷いではなく可能性。それでも。何とかしないと、と咥内でのみ呟き、麗羽が盾を渾身の力で振りかぶり、羅刹を殴った。
     ――今は、守らなくちゃならない物を守らないとね。
     声にせずとも響く、麗羽の意志。
     羅刹の霊魂へ直に届く、神の一手。宗嗣が仕掛けた神霊剣だった。目に見えるものが全てではないと、闇に紛れる色を纏った宗嗣が、身をもって羅刹へ伝える。
     余力の程はどれぐらいか、プリュイはじっと羅刹を凝視した。
    「プリュは……アナタと同じトコロには堕ちられなイ」
     静かなる闘気が雷となって姿を現す。轟く雷鳴に似たそれは、プリュイの拳を這う。
    「代わりにあげる。アナタの生きた証!」
     飛びあがりながら拳を喰らわせた彼女が着地すると同時に、ノマのシャボン玉が羅刹に当たって弾けた。
     矢継ぎ早、サイキックを否定する魔の光が、線を描きイシュタリアの指先から放たれる。これ以上やらせるわけにはいかないと、少女の決意を乗せて。
     続けざまに、構えたシールドへ全身を乗せて、小柄な牡丹が振りかぶる。盾で殴りつけたのは羅刹の角。偶然の接触ながら、羅刹の瞳が震えたのを牡丹は見逃さなかった。けれど牡丹の方は揺らがない。一瞥した先、ビハインドの菊が構えたのを知る。だから呟いた。
    「絶対みんなで帰るとよ……」
     菊の霊撃が、羅刹を打つ。
     止まない猛撃が発端か、ここで羅刹の神薙刃が優貴を切り裂いた。
     優貴はそっと指の腹で弦を撫でた。まだ愛する音楽の力を伝えきれていない。まだだ。まだ、膝を折るわけには。
    「……やがれ……」
     振り絞った声が喉の奥で掠れる。
    「俺の歌を……っ、聴きやがれ!」
     彼女の歌声は心持たぬ羅刹の肌を震わせ、その根源をダイレクトに揺さぶる。苦痛にか、羅刹の目が僅かに細まった。そして。
    「もう、お腹、いっぱいになりますか?」
     羅刹から零れた問い。
     はっと顔を上げた優貴の瞳に映ったのは、笑みが崩れない羅刹の顔。
     抱き続けていた親近感を胸に、京音が槍の矛先で羅刹を狙い定める。確かに親近感を覚えていたが、決定的に違うところが、京音と羅刹にはある。それは。
    「ごちそうさまを聞くまでが、美味しい食事だよ!」
     螺旋のごとき捻りで突き出された得物は、羅刹の胸を貫いた。
     玉に浮かんでいた『礼』の字と共に、羅刹の身体が消えていく。溶けるように。笑顔のままで。

     天を覆っていた炎にも似た色は、僅かな時の合間に闇を纏い始めていた。
     逢魔が時。そう人が呼んでいたのを想起した後、麗羽は地面を見回す。霊玉は欠片も遺っていない。一切の余韻も。
    「……さよならだよ」
     京音の声に揺れが混じる。次は普通のお嫁さんになれたらと、願わずに居られない。
     来世では人で在ると良い。理利もまた、彼女と同じように祈りを寄せて。
     踵を返す灼滅者たちの最後尾、髪飾りへ手を伸ばしたプリュイは、人気の失せたトンネルの片隅に、花を分け供えた。迫る夜は、花をトンネルに籠もった闇と一緒に飲み込んでいく。心なしか感じる空腹感。だから灼滅者たちは家路を急ぎ始めた。
     割烹着姿の羅刹には無かった家路を。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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