●ボーナスが出ないと知った結果
「祝日のない6月がやっと終わるのに、夏のボーナスないとかマジ……」
「やってらんねえよな……今夜はやたら暑いし」
そんな疲れた心を抱えて、アパートに帰宅した2人のサラリーマン。
――それからしばし後。
夜の街を照らす街灯の下に2人は立っていた。
着ているYシャツはビリビリに破かれ、その手には、木の棒にネクタイとベルトでドライバーを固定しただけの簡素な槍らしきものを握っている。
「ウホホ?」
「ウホウホ」
2人は街灯を指差しなにやら奇声を発すると、片方が街灯目掛けて槍を投げつけた。
その槍が街灯を逸れて落ちると、もう1人が槍を投げ――ガシャンと破砕音が響いて、辺りが暗くなる。
「ウホゥ!」
2人は周囲の暗さを気にせず、手探りで槍を拾う。
そして街灯や自動販売機と言った周囲を明るく照らすものを見つけては、競う様にそれらを2人で壊していく。
「ァーアァー!」
人工の、機械の灯りが減ってどんどん暗くなる街角で、何処かの屋根の上から別の奇声が響き渡った。
●本当はイフリートのせい
「謎のイフリートが現れるわ」
と、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は集まった灼滅者達にイフリート出現の報を伝えた。
少し前から、大型爬虫類や恐竜のような姿をした謎のイフリートが出現しが確認されている。
イフリートは猛獣の姿をしたダークネス。とされる常識から大きく外れるそのイフリートは、その能力や行動も大きく異なる点がある。
「知性を嫌ってて人の姿を取る事は無いけど、自分の周囲の気温を上昇させ、内部の一般人を原始人化するという厄介な能力を持っているわ」
この能力のせいで、イフリートの出現した周囲の人達が、原始人モードに突入してしまうのだ。
最初は狭い範囲だが、能力の範囲はどんどん広がり、やがて都市1つが原始時代みたいになると見られている。
「原因のイフリートはアパートの裏にある公園にいるわ。そこが、効果範囲の中心」
イフリートはすぐに見つかるだろうが、他に問題があると言う。
「原始人化した人達の内、サラリーマンが2人、街灯や自動販売機を壊して回っているのよ。競う素振りがあったから、狩りに見立てた遊びなのかしらね」
そして問題は、このサラリーマン達が、原始人化だけでなく、強化一般人になっている言う事だ。
「別行動を取っていて先に遭遇する事になるから、イフリートと同時に戦う事は避けられるんだけどね?」
この2人と接触する環境は灯りのない、暗い状況だと予想される。
「でも街灯を壊すくらいだから、懐中電灯の類も点けてると壊そうとしてくるのよ」
イフリートのいる公園の街灯も、既に破壊されている。
彼らに壊されない灯りがあれば良いんだけど、と柊子は続ける。
「言葉は通じなくなってるけど、原始人化した事で思考も単純化してるから、交渉で切り抜けられるかもしれないわ」
何か対策を取るか、いっそ戦わない方向を考えてみるのも手だろう。
「イフリートの大きさは4m程で、能力は攻撃的よ。ファイアブラッドと同じ能力に加えて、口から2種類の爆炎を吐いてくるわ」
遠くまで届く攻撃が多く、対峙して安全圏はほぼないと思った方が良さそうだ。
「イフリートを灼滅すれば、原始人化していた人達も徐々に正気と知性を取り戻すわ。夜の間の事だから、混乱はそんなに大きくならないと思う。まずはイフリートを倒す事を優先に考えて、余裕があったらフォローしてあげられると良いかもしれないわね」
夜明けを待てば、原始人化の範囲はどれ程広がるか判らない。
夜の内に、現代を取り戻すのだ。
参加者 | |
---|---|
細氷・六華(凍土高原・d01038) |
透純・瀝(エメラルドライド・d02203) |
ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253) |
秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451) |
中畑・壱琉(金色のコンフェクト・d16033) |
八重沢・桜(ニホンジンスレイヤー・d17551) |
妃水・和平(ミザリーちゃん・d23678) |
ヒュートゥル・マーベリック(ピースオブクラップ・d25797) |
●夏のクリスマス
「出来るだけ高い所。時間稼げるように、工夫を……」
「枝の奥にも巻きつけると、壊され難いかも……っ」
細氷・六華(凍土高原・d01038)と八重沢・桜(ニホンジンスレイヤー・d17551)が、大きめの街路樹の下で手を伸ばしていた。
背伸びしても、届く枝は限られる。
「上は俺が行く。コードの扱いはちっとは慣れてるしな」
透純・瀝(エメラルドライド・d02203)は2人の手から電飾コードを受け取ると、樹を登り始めた。
彼らは、街路樹に電飾を巻きつけクリスマスツリー状態にしようとしていた。
この一帯が暗い原因、原始人化、且つ強化一般人となった2人の目を逸らす為に、敢えて目立つ灯りを用意する、と言うわけだ。
暗さと暑さと戦いながら、灼滅者達は街路樹を飾っていく。
「こうやって高い所に物があると、それを取ろうとして知恵を付け始め――うわわっ」
別の樹に登ろうとした妃水・和平(ミザリーちゃん・d23678)が暗さで枝を見失ったか、不運にも足を踏み外した。
「く……暗いので、気を付けてくださいっ」
落ちかけたところを、秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)が咄嗟に支えて、難を逃れる。
「僕が登るから、下の枝を頼むよ。壊される予定だけど、綺麗に光るようにしたいよね」
中畑・壱琉(金色のコンフェクト・d16033)が代わって樹に登り、下から送られるコードを念入りに巻き付けていく。
2つの樹の間で、ロングのメイド服を着込んだヒュートゥル・マーベリック(ピースオブクラップ・d25797)は、電飾コードが絡まないよう、黙々とコードをより分け綺麗に束ねていた。
「夏のクリスマス……少し楽しくなってしまいますねっ」
「オーストラリア……というか、南半球では夏がクリスマスらしいですね」
「電飾の設置は順調みたいだな」
桜と六華が顔を見合わせた所に、一般人を巻き込まぬよう周辺を見回っていたヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が戻ってきた。
「やはり暗いのは暑い中だけだな。2人はこの暑い範囲内にいるのだろう。範囲外の一般人に危険が及ばないのは助か」
「ウホホ!」
「ウホウホ!」
報告するヴァイスの声を遮って、それを証明する奇声が響く。
目を凝らせば、少し離れた屋根の上に2つの人影。
その手に槍らしき物を持ち、殺界形成の範囲内で平然と動いている事実が、2人が強化一般人であると物語っている。
「ちょっと念入りに時間かけすぎたかな」
持ち込んだ電飾はまだ全部飾り終えていない。壱琉が内心で臍を噛む。
見つからないように灯りをつけずに作業をしていたが、途中で見つかった時の事は誰も考えていなかった。
幸い、原始人達はいきなり攻撃せず、屋根の上から様子を伺っている。
どうしたものかとそれぞれに思案していると――。
「こんな感じかなぁ……うほーうほっうほ!」
和平がいきなり奇声を真似してみせた。
「「ウホッ!」」
しかも原始人もなんか反応している。
「今の内だ。残りの束を上に投げてくれ! こっちで拾う!」
「了解しました」
ヒュートゥル――ヒュッテが、電飾の束を樹上へと投げ渡し、瀝はそれを束のまま樹のに引っ掛けて飛び降りる。
「こっちも引っ掛けた。スイッチを」
壱琉も、同じように投げ渡された電飾を樹に引っ掛けて飛び降りる。
「スイッチ、入れます」
2人とも地面に降りたのを見て、清美が電飾のスイッチを入れる。
「ウホッ!?」
「オゥオゥッ?」
突如現れた2本の眩い光の樹を目の当たりにして、原始人の2人は驚きに目を見開いていた。
●炎の元へ
原始人2人が光に包まれた街路樹に槍を投げ始めたのを確認すると、灼滅者達は急いでイフリートを目指す。
目指したのだが。
数が多いとは言え、電飾に遠方の地面まで照らす様な光量はなく、瀝の持つ鬼灯を模した行灯でも、8人全員の足元を照らすには不十分で。
「……灯りのありがたみを思い知らされますね」
と、しみじみと清美が言う程度の多少の苦労を味わいつつ、無事にイフリートのいる公園に辿り着いた。
「おー……でっかい恐竜。……燃えるね!」
視線の先、公園の中に居座るイフリートの姿に、壱琉は拳をグッと握り口の端に笑みを浮かべる。
「ゴルルルルッ」
「既にやる気のようだな」
威嚇する様に唸るイフリートを見据え、ヴァイスが十字剣の柄を握る。
「ド、ドラゴンさん……大きいのです。まるでファンタジーですね……」
「……実際に間近にするとこれは本当に――大きいですね」
離れていても見上げる程の巨体を前に、桜と六華が思わず同じ言葉を口にする。
「それにしてもこの新種? のイフリートってなんなんだろーねっ」
和平も首を傾げつつイフリートを見やる。
(「知能低下って能力持ってるんだよね。今日戦ったので、テストの言い訳にしよーっ」)
いかにも何かを考えている様子だったが、内心、割と能天気だった。
「竜の姿……まるで火に対する信仰のようですね」
こちらが本来の姿かも知れないと考えながら、清美は戦いの音を断つ力を放つ。
「西洋では火を司る精霊さんは火トカゲですしね……そう呼ぶにはちょっと大きいですが。ところで、どなたか、わたしに戦闘開始の「命令」をして頂けないでしょうか?」
命令を欲するある種の従順さは、ヒュッテなりの生きる術の形だ。
「まあいいぜ、景気づけだ――さあ、竜退治と行くぜ!」
予想外のお願いに一瞬首を傾げつつ、瀝は浮かんだ言葉を敢えて号令のように力強く告げた。
「Yes master」
頷いたヒュッテの瞳に、バベルの鎖が集まり始める。
「ゴフッ……グルァッ!」
一斉に向かってくる灼滅者達を見て、イフリートの口の奥に赤い輝きが生まれる。
「燃える友達なんて沢山いる! だから炎なんて怖くないよ!」
迫る炎の奔流を前に、壱琉の手の甲から障壁が広がる。しかし炎の奔流は止まらず、障壁ごと数人を飲み込んだ。
「覚悟はいいか?」
横から聞こえた声にイフリートが其方を向くより早く、瀝の指先から放たれた制約の魔力がイフリートに撃ち込まれる。
「文明の利器が無くたって、撃てちまうんだよなコレが! シビれるだろ? ――虹!」
名を呼ぶ声に答えてボーダーコリーのような霊犬が炎の中から飛び出し、咥えた刃で斬りつける。
「助かりました」
霊犬の陰から、桜色のオーラを纏った桜が飛び出し、巨体に捻りを加えた槍を突きこむ。
清美がギターを激しくかき鳴らし音をイフリートにぶつけ、その音に乗せる様に、ナノナノが飛ばしたしゃぼん玉がぱちんと弾ける。
「ダメージ通ってるのか不安すら覚えますが……ええまあ序盤ですし、このまま貫きましょう」
感じた不安を小さく呟きながら、六華は縛霊手の拳を叩き付けて霊力の網を絡ませる。
「回復は任せてよっ」
和平がイフリートから離れた所で、無造作に剣を振るう。
刃に刻まれた言葉が、傷を癒し炎を吹き消す風を生み出した。
「ゴルッ……グルルッ」
自身の炎をあっさりと耐え抜いた灼滅者達を見て、イフリートが唸る。
「貴様の能力は厄介だが……原始化など、自らに知性が伴わない事への妬み、逆恨みの類にしか見えんな」
どこか苛立たしげなイフリートへ、霧を纏ったヴァイスが言い放った。
●その炎は誰の為に
オーラを纏わせた両拳の連打を入れた六華が、一旦距離を取ろうとして、足がタイヤの遊具にぶつかる。
「――あ」
暗さが影になり見落としていたと気付いた時には、炎を纏った巨大な尻尾が迫っていた。
炎で暗闇は照らされるが、イフリートの炎は結果的に照らしているだけ。人の為の炎ではないのだ。
轟音と共に、白い身体が軽々と宙に舞う。
「グルゥ……」
喉の奥で唸りながら、イフリートが次の標的を探すように首を動かし――飛来した光線が直撃した。
「水鉄砲の方が良かったでしょうか? 強酸なら用意出来ますが」
tumble weedと名付けたバスターライフルを構えたまま、ヒュッテが淡々と告げる。
「行かせません」
桜が星の輝きを纏わい見かけよりもずっと重たい蹴りを叩き込む。
「ふぅ、彼我の重量差がここまでくると一撃が重たいですね。すみません、回復を――」
「うんっ、任せてよ」
「あんまり無理しないでね?」
膝を付きながら着地した六華が言い終わるより早く、和平が縛霊手から癒しの霊力を送り、駆け寄った壱琉がシールドの護りを与える。
「古き良き時代も悪かねえけどな……少しは大人しくしとけ!」
虹が魂を癒す視線を向けるのを見ながら、瀝が3発目となる制約の魔力を撃ち込む。
「あなたは出現する時代を間違っています。もう、あなたの時代は終わったのです」
回復は充分と、清美は炎を纏わせたギターを叩き付ける。
「人間の知性を言うアドバンテージを奪い、白亜紀の恐竜の如く、再び生物の頂点でも目指すつもりだとでも言うのか」
具現化した闘気を纏ったヴァイスの拳が、連続でイフリートの身体に突き刺さる。
「ゴァァァァッ!」
答えの代わりに響いた咆哮。イフリートの口から、爆炎の弾丸が放たれる。
耳を劈く程の爆発音。
音に負けない爆発が収まった後には、その身を盾とし力尽きて消えかけたナノナノの姿。
戦いは消耗戦の様相を呈していた。
猛然と振り回される炎を纏った尾。
その前に飛び出した霊犬の虹が地面に叩きつけられ、それでも止まらずに旋回した尾を、清美が身体でやっと止めるも膝から崩れて倒れた。
――数を減らそうとしている。
攻撃に専念し出したイフリートの意図は全員が判っていた。
「お前の炎、そんなもんなの?」
シールドを強固に作り直しながら、温厚な壱琉にしては珍しく、怒り気味にイフリートに言い放つ。
もう体力に余裕がないのは自分で判っていたが、それでも盾役としての役目を果たすつもりだ。
「グゴルルルルッ」
ならば、とばかりにイフリートの口内で爆ぜる炎が膨れ上がり――制約の魔力によって炎が消える。
「ゴァッ!?」
自身に起きた異常に、動揺を見せるイフリート。
「アンタも元は、サ……アンタは、理性まで捨てて何になりたかったんだ?」
銃の形に構えた指を下ろし、瀝はエメラルドの瞳をイフリートに向けた。
答える言葉を、このイフリートは持たないと判っていても。
「なんだ、ちゃんと効いてるじゃないですか」
最初に感じた不安を払拭するように、六華がイフリートに自身の魔力を流し込んで内で破裂させる。
「原始的な考えは……おしまいです……っ」
桜は遊具を蹴って跳びあがると、細腕を鬼の拳に変えてイフリートを叩き伏せる。
「こぢんまり生きてるより、ちょっと暴れる位が……って思ってたけど、あなたは暴れすぎだよっ」
和平の振るう西洋剣に足の関節を斬られ、イフリートは身体の向きを変えた。
どんなつもりで身を翻したにせよイフリートが見たのは、既にそこにいるヒュッテの姿。
「わたしの銃弾からは、逃れることはできませんよ」
ショートバレルのガンナイフから放たれた弾丸がイフリートを追って首を撃ち抜く。
「知性を嫌い、奪う。そのような浅はかな考え方だから、嘗ての恐竜は滅びの道を歩んだのさ」
ヴァイスが大型の杭打ちユニットを腕につけ、構える。
「――余り『人間』を甘く見るなよ」
ジェット噴射の轟音の後に、特殊合金製の杭がズンッとバベルの鎖の薄い点を貫いて。
――イフリートの巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
そのまま燃え尽きる様に、静かに消えて行った。
●立つ鳥跡を濁さず
(「竜種、か。そこに辿り付いた先に、何があるんだ?」)
胸中で呟き、祈るようにイフリートのいた場所を見つめる瀝。
周囲の気温は下がり始めており、じきに、冷房で凌げる程度の夏の夜が戻ってくるだろう。
「改めて文明に感謝しないといけませんね。たまには暗い夜もいいですが……」
目を覚ました清美が、ぼんやりと呟く。
「原始生活も悪くないかなっ。考えすぎな現代より、活き活きと生きられる人もいるんだろうなぁって」
腕と背中を伸ばす和平の視線の先に、まさに、ドラゴンさん……原始人……と呟き考え込んでいる桜がいた。
「プテラノドンさんとか……出現するでしょうか……!」
そして、唐突にそんな事を言い出す。
「あれ……? ドラゴンって恐竜ですよね……?」
何故か静かになって、変な事を言ったかと桜が首を傾げる。
「あ、えぇとさ。戦いも終わった事だし、折角飾ったツリーを拝みに戻らない?」
休んで余裕を取り戻した壱琉が、遠くに見える輝きを見ながら明るい口調で話題を変える。
「そうですね。サラリーマンさんたちのフォローもありますし」
酔っていたと言えばフォローになるだろうかと考えながら、ヒュッテも頷く。
「じゃあ……拝んでから、ツリー片付けましょう」
続く六華の言葉に、何人かが思わず固まった。
片付けの事まで考えていたのは、彼女の他に何人いただろうか。
「確かに、電飾をあのままに帰るわけには行かないか」
几帳面さを発揮したヴァイスが頷いて、立ち上がる。
こうして、灼滅者達は自ら飾ったツリーだけでなく、朝日も拝む事になったのだった。
作者:泰月 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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