ご老人達の原始時代

    作者:波多野志郎

     その団地の建物は、周囲では「ご長寿棟」と呼ばれてた。その名の通り、ご老人が多く住んでいるそこは、普段なら大変静かな空間である。
     が、今日は静かさなど、どこにもなかった。むしろ、騒がしいぐらいだった。
    「うっほっほっほ!」
     ビリビリと破れた服を着たご老人達が、ゲートボールのスティックを木の槍のように担いだご老人達が、建物前の公園で円陣を描いて踊っていた。目を疑う光景だが、仕方がない――とにかく、いつもの静けさはどこにやら、原始人化したご老人達がそこで騒いでいるのだけは確かだった……。

    「元気なのって、いい事じゃね?」
    「あー、そりゃあイフリートが関わってなきゃ、そうっすねー」
     南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)の言葉に、しみじみと湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)が唸った。
     今回、翠織が察知したのは謎のイフリートの存在だ。そのイフリートは猛獣のような姿ではなく、どこか恐竜じみた姿をしているのだという。
     加え、この謎のイフリートは知性を嫌い人の姿を取る事も無いが、厄介な能力を持っており、自分の周囲の気温を上昇させ、内部の一般人を原始人化させるのだ。
    「イフリートがいるのは効果範囲の中心点、今は住人の誰も使ってない駐車場にいるっす。原始人化した一般人は、戦闘になったら強化一般人化してイフリートを守る事があるんすけど、今回はそういうのはないっす。逆に、面倒なんすけど。これには、サポートの人達に原始人化したご老人達の避難誘導を頼みたいっす」
    「あ、オレも手伝うなー」
     玄之丞もそう笑って答える。以外に敬老精神のある少年である、特にご老人の遣いには慣れているので、大丈夫だろう。
    「残ったみんなには、イフリートと戦って欲しいっす。昼間っすから、一応の人払いをESPでお願いするっす」
     全長六メートルにもなる、トリケラトプスによく似た姿をしている。このイフリートの戦闘能力は、イフリートのサイキックとバベルブレイカーと影業サイキックを使用してくる。その巨体と、重量感にふさわしい耐久力のある相手だ。油断すれば、こちらが返り討ちにあうだろう。
    「駐車場は車とかないんで、大分戦いやすいはずっすよ。ただ、敵が一体とはいえ強敵っすから、そこは忘れないで挑んで欲しいっす」
    「うん、オレも避難が終わったら応援に駆けつけるぜー!」
    「あ、イフリートが灼滅されれば、原始人化していた一般人も徐々に知性を取り戻していくっすから、多少の混乱はあるだろうっすから、それなりのフォローがしてあげられれば良いかもっすね」
     とにかく、このまま放置は出来ない。灼滅者達と玄之丞は、翠織に見送られ現場へと向かうのだった……。


    参加者
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    火土金水・明(総ての絵師様に感謝を・d16095)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)

    ■リプレイ


    「な、なんだかすごい光景ですね……」
    「ナ、ナノ……」
     まったく同じ表情で、マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)とナノナノの菜々花は呆然とそれを眺めていた。
    「うっほっほっほ!」
     ゲートボールのスティックを木の槍のように担いだご老人達が円陣を組む姿は、一言で言えば異様と呼ぶしかない。
    「…………」
     メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)など、いつものぼんやりした表情の中で目が虚ろだ。どうやら、原始人となったご老人達は刺激が強かったらしい……あらゆる意味で。
    「ご長寿棟、結構な事じゃねーか。けど知性無くしちまうのは違うよな、玄之丞?」
    「だなー、少なくとも楽しそうじゃねぇよな」
     時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)と南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)は、そう言葉を交わした。理屈ではない、感覚で『これ』は違う――似た者同士そう思えたのだろう。
    「とりあえず元凶を断っておくか」
    「じゃあ、こっちは任せてくれなー」
     竜雅と玄之丞が、拳を合わせる。そして、璃理が買ってきた大量のフランクフルトを掲げた。
    「さぁ、このお肉が欲しい人はついて来い~☆」
    「うほ、うほほ」
     手振り身振りでジェスチャーする登、そして不気味に派手派手しい死神がその原始人化ご老人達をゆらゆらと誘導していく。ぺこり、と頭を下げる芽生と手を振る玄之丞、仲間達に後を託して灼滅者達は駐車場へと向かった。
    「おいおい、マジでデケーな。何メートルあんだよ……ったく」
     駐車場で身を横たえていたモノ――恐竜のトリケラトプスによく似た姿をしたイフリートに野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が悪態をつく。だが、その実強敵を前にそのテンションは上がっていた。
    「竜……?」
     メリッサなどは、竜という単語からかけ離れた姿に小首を傾げる。確かにこれは竜――ドラゴンというよりも、恐竜と言った方が正確だ。
    「竜種、とやらいうイフリートと戦うのは初めてだな。面倒なことは考えず、正面から力任せにぶつかれる相手だ。いや、楽しみだな」
     精神が研ぎ澄まされていく伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)の言葉に、リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)は笑みをこぼす。
    「さて面白い敵が相手ね。どういう原理なのかとても興味深いわ。人の深層心理には原初の記憶が眠っている等かしらね? なんてね」
    「ああ、ダークネスってのは人の魂から生まれるもんか。つーことは、コイツも元は人ってことか?」
     御伽が言った言葉に重ねるように、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が言った。
    「起きたみたいだよ?」
     いや、正確には眠っていたのかも定かではない。ゆっくりと起き上がったイフリートの気配に、明確な殺気を誰もが感じた、それだけだ。
    「いろはは使わないから良く知らないけど、竜因子宝珠……って言うんだっけ? 龍砕斧のアレと何か関係あるのかな?」
     体長六メートルのトリケラトプスを前に、いろはは小首を傾げて見上げる。その答えを持つ者は誰もいない――目の前の、イフリートでさえだ。
    「あまり大きい音は近所迷惑ですよね」
     ドスン、と地響きを立てて踏み出したイフリートに、火土金水・明(総ての絵師様に感謝を・d16095)のESPサウンドシャッターが発動する。それは、戦いの幕が上がった証左だ。
    「さて、それでは面倒くさそうな相手のお掃除を始めるとしましょうか」
     リリシスがそう告げた瞬間、イフリートの角がアスファルトを貫き、衝撃を撒き散らした。


     ドォ! という衝撃音が、青い空の下に鳴り響いた。
    「男の子はこう言う実物大の恐竜とかは好きそうだよね、潰されそうだけど」
    「否定はしない」
     いろはの呟きに、蓮太郎は短く言い捨てる。地面から角を引き抜くイフリートへ、いろはは素早く振りかぶった右手を突き上げた。瞬時に異形化した怪腕による掌打、鬼神変がイフリートの顎に直撃する。
    「お?」
     ズズ、と自分の足が後方へずれるのを感じて、いろはは目を丸くした。打ったこちらが掌打を振り抜けず、体をずらされたのだ――純粋な質量差、膂力の差だ。
    「――ォオッ!!」
     それを見てなお、蓮太郎はシールドに包まれた正拳突きを真正面から叩き付ける。盾竜、そう呼ばれる由縁であるそのフリルはまさに岩石のように硬くびくともしなかった。
     構わず、イフリートが踏み出した。それにいろはと蓮太郎が左右へ跳んだ瞬間、御伽が豪快にフォースイブレイドを振り下ろす。それに合わせるように御伽の背後に生み出された氷柱が、イフリートへと着弾する――が。
    「構いもしねぇか……!」
     手応えは確かにあった、自身の妖冷弾を受けて平然と突き進むイフリートの姿に御伽の血がざわめいた。本能が告げる、ヤツを倒せと――その先にこそ、強くなれるのだ、と。
    「おっきいのにも、ほどがある……」
     メリッサも螺旋を描く槍を繰り出すが、その穂先は硬い皮膚を削るに留まった。イフリートの突進は、重量や質量的にトラックの突進に等しい。真・改造バイオレンスギターをかき鳴らし、リバイブメロディを奏でながら明が言い放った。
    「戻って来ます!」
     灼滅者達の間を突っ切ったイフリートが、大きくカーブしながら再度突っ込んでくる。その地響きは、トラックのエンジンよりも本能的な、原初の恐怖を呼び起こしそうな轟音だった。
     しかし、その轟音の中へ一瞬の躊躇いもなくリリシスが跳び込んだ。
    「そうね、さしずめ狩りといったところかしら」
     空中に描いた魔法陣、その中心を貫いた異形の右腕、リリシスの鬼神変が、イフリートを殴打する。その反対側から、マリーゴールドも跳躍した。
    「どういう経緯で闇堕ちしちゃったか知りませんが、原始人にするとか迷惑すぎるので退治します!」
    「ナノ!」
     菜々花のふわふわハートの回復を受けながら、マリーゴールドの燃え盛る蹴りが炸裂する。
    『――ッ!』
     しかし、二人が弾かれた。拳や足から伝わる感触はただただ重く、ただただ硬い。着地するリリシスとマリーゴールドを通り過ぎて、ようやくイフリートは停止した。
     ザッザッ、とアスファルトを蹴りながらこちらへ向き直るイフリートへ、竜雅は無敵斬艦刀を高々と掲げる。
    「上ォ等ォだ!!」
     髪を炎のように逆立たせ、竜雅が吼えた。身構えなおした灼滅者達へ、イフリートは低く身構える。そして、ドォウ! と爆音を轟かせ、その口から怒涛のごとく炎の瀑布を叩き付けた。
    「おもしれぇ!」
     バニシングフレアの炎を掻き分けながら、御伽がこぼす。自分と似ていて、自分より強い――そんな敵の強大な炎に、魅了される想いだった。ずっと戦っていたい、そんな気持ちすら湧いてくる、だからこそ御伽はその衝動に身を任せてイフリートへと突っ込んだ。


    「止まって。凍って……」
     ヒュオッ! とメリッサの放った巨大な氷柱がイフリートと激突する。バキン! と盛大な破裂音に、イフリートの一歩が鈍る――その間隙に、いろはがイフリートの懐へと滑り込んだ。
    「ここ」
     大太刀【月下残滓】――その白銀の斬撃が横一閃に振り払われる。イフリートの太い足を切り裂く一撃に、イフリートが揺らぐといろはは再行動。跳ね上げた純白鞘【四鳳八院】が、イフリートの腹部を強打した。
     ドン! と衝撃を受けて揺らいだイフリートの足元から、いろはは駆け抜ける。その頭上を、リリシスが描いた魔法陣からヴン! と浮かび上がった無数の魔法の矢が走り抜けた。
    「貴方の動き、丸見えよ?」
     ガガガガガガガガが! とリリシスのマジックミサイルが突き刺さっていく。イフリートがズン……! とその場を踏みしめると音もなく巨大な影の刃がリリシスへと走った。
    「させるか」
     それを、回り込んだ蓮太郎が庇う。蓮太郎は影の刃に切り裂かれながらも怯まず疾走、全体重を乗せた鋼鉄拳を叩き込んだ。ドォ! と鈍い打撃音を響かせ、蓮太郎とイフリートが拮抗する。
    「はははっ! 楽しくなってきたじゃねぇか!」
    「電光石火!」
     そこへ、タイミングを合わせて己の身すら焼く程に激しく炎をまとって御伽が突撃、そして巨体の死角を利用した竜雅が雷を宿したその拳でイフリートの顎を強打した。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     三人が力を合わせ、イフリートの巨体をこの戦いで初めて大きくのけぞらせる事に成功する。前脚を浮かせたイフリートへ、クルセイドソードを振りかぶったマリーゴールドが駆け込んだ。
    「さっさと絶滅しちゃってよ!」
    「ナノォ!」
     マリーゴールドの非実体化させた刃が、イフリートの魂を切り裂く。しかし、イフリートはアスファルトに亀裂を走らせながら、再び体勢を整えた。
    「切りがないですね」
     おおきな断罪輪によって明は巨大なオーラの法陣を展開、菜々花はふわふわハートで蓮太郎を回復させた。
    (「わくわくもすっかりなくなっちゃったよ……」)
     呼吸を整えながら、マリーゴールドは内心でため息をこぼす。恐竜イフリートって事で、ちょっとロマンを感じてわくわくしていたのだが、原始人化したご老人達にドン引き、イフリート自身の強さとしぶとさに辟易としてなっていた。
    「時代考証とか無視してるけど……何で原始人化させる能力なのかな?」
     夏のそれとは違う蒸し暑さを感じながら、いろはは呟く。それが何なのか、おそらく知るであろうイフリートとは意志の疎通も出来そうになかった。
     イフリートが、突進する。三本の角を炎に覆う突撃――そのレーヴァテインに、蓮太郎は縛霊手の拳を振りかぶった。
    「面白い、来い!」
     真っ向から、蓮太郎は縛霊撃の一撃で相殺、迎え撃った。蓮太郎の体が宙を舞うのと同時、イフリートも大きくのけぞり停止する――その蓮太郎は、空中で体をひねり、見事に着地した。
    「おっ待たせええええええええ!!」
     そこに、巨大な縛霊手を炎に包んだ玄之丞が降って来る。全体重を乗せたレーヴァテインの一撃を、蓮太郎も決めた鼻面へと落とした。ズンズン! とその場で足踏みして暴れるイフリートに、蓮太郎と玄之丞は称え合うように縛霊手の拳を重ねる。
    「……隙だらけ……」
     そして、暴れるイフリートへメリッサが動いた。その足元から伸びた影が膨れ上がり、刃の群れとなって襲い掛かる! ザザザザザン! とその硬い皮膚を切り裂いていくそこへ、御伽が跳びこんだ。
    「おっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     背負うように構えた炎を模したような大剣を、渾身の力で御伽は振り下ろす。空中で一回転するほどの勢いで、沸騰する血が暴れるのを押さえ込んだ御伽の戦艦斬りがイフリートの喉笛を切り裂いた。
     ドォ! と血とともに炎を吹き出しながら、イフリートが体勢を崩す。そこへ、明はマジッキミサイルを雨あられのように降り注がせた。
    「お願いします!」
    「ええ、任せなさい」
     明の言葉を受けて、リリシスは指先を滑らせ魔法陣を描く。その魔法陣を切り裂くように薙ぎ払われたサイキックソードが巨大化、イフリートを大きく切り刻んだ。
    「爬虫類ってしぶとい、……でも、これで!」
    「ナノ!!」
     それに続きマリーゴールドのオーラを燃やした突撃、レーヴァテインと菜々花の巻き起こしたたつまきがイフリートを襲う。それを、イフリートは踏ん張って耐え抜いた。
    「新時代の炎の進化、見せてやる! 俺の一撃必殺!」
    「いろは、行くよ?」
     燃える無敵斬艦刀を引きずりながら炎の道を描いて竜雅が疾走、大太刀【月下残滓】を白鞘に納めていろはが踏み出す。下段から振り上げる竜雅のレーヴァテインといろはの居合い斬りの横一閃の斬撃が、同時にイフリートを捉えた。
     ズ、ズン……! とイフリートの巨体が崩れ落ちる。そして、瞬く間に燃え尽きていくのを見やって灼滅者達は深い息をこぼした……。


    「これで大丈夫、かしらね?」
    「そうですね。みなさん、お疲れ様でした」
     魂鎮めの風でご老人達を木陰で眠らせたリリシスに、明はタオルを差し出した。蒸し暑い中で戦ったのだ、知らず汗が流れていた。
    「あとはバベルの鎖の力に任せるとしよう」
    「うん、そうだね」
     蓮太郎の言葉に、いろはもそううなずく。風邪を引かないように、ご老人達へと色々と対処を終えると、灼滅者達はその場を後にした。
    「お疲れ」
     御伽はそう一言だけ残して、足早に去っていく。考える事が出来たのだろう、戦っていた頃とは打って変わって静かな表情だった。
    「げんきなのは、たぶんいい事だよね……たぶん……」
     ご老人達のエネルギッシュさが少し羨ましい、とメリッサはこぼす。それに、竜雅も振り返って言った。
    「長生きしてくれよな」
    「そうだなー、生きてればいつでも会えるもんな」
     玄之丞も、明るく言ってのける。大事な人にもう会えない、彼だからこそ笑顔で心の底から言える言葉だ。
    「もしかしたら、ティラノサウルスとかブラキオサウルスとかのイフリートも居たりするんでしょうか?」
    「ナノ~?」
     マリーゴールドと菜々花のやり取りに、仲間達も二の句が告げなかった。ありえないとは限らない――この事件の背景を知らない灼滅者達からすれば、そうかも知れないとしか言えないのだから……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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