大きなお姉さんは好きですか?

    作者:宝来石火


     それは、とある総合格闘技のリングの上での事である。

     メインイベントを戦おうとしていた二人の外人選手が、突如リングに乱入した彼女のことを見上げていた。
     腰ほどまで伸びた長く艶やかな黒髪。物憂げな瞳が揺れる美貌に、抜けるような白い肌。豊満な肉体は女性的な柔らかさを感じさせるが、見る者が見れば、その下には力強い筋肉が詰まっているとわかるだろう。紫を基調にした露出の高いコスチュームには所々に鋲や鎖があしらわれ、セクシー&デンジャラスなテーマを意図したものなのだろうと思われる。
     だが、何より彼女を際だたせているのは、身長190cmを超える外人選手を上から見下ろす、その巨体だ。
    「う、うぅ……あ、あんまりそんな目で見ないでください……」
     大胆なコスチュームに相反し、巨大な体を縮込ませ――それでも悠に2mは超えている――恥ずかしげに呟く乱入女。
     彼女と共に現れ、早々に赤コーナーに陣取った緑の覆面を被った女――ケツァールマスクがマイクを握る。
    「ふっふっふっ、驚いたかね観客諸君!
     コイツはユグドラシル美美。身長公称2m20cmだが11cmほど逆鯖を読んでいる!」
    「ば、バラさないでくださいよ師匠!?」
     はわわわっ、と師匠を見下ろす顔を真っ赤にさせる美美。その巨体とコスチュームを鑑みなければどこにでもいる恥ずかしがり屋な美少女に見えるのだが、その巨体とコスチュームはどうしたって鑑みられる。
    「さぁ観客達よ、見たくはないか! この巨体が豪腕を振るい、屈強な男を小兵と投げ捨て、華麗にリングの上を舞うその姿を!」
     ――おォォ……。
     ――うぉぉぉっ!
     ――ウォぉおおおおッッ!!
     ケツァールマスクのパフォーマンスが、徐々に観客達の熱を引き起こす。
     高まるボルテージを背に受けて、美美の視線が一旦俯き、前を向く。しっかりと見据えたその先にいるのは、青コーナー側で呆然と立ちすくんでいた二人の外人選手である。
     投げ捨てられる小兵が自分達に他ならないと知り、選手達は戦慄した。
    「さぁ、行くのだ美美よ! そして、お前の中に眠る狂気を引き起こすのだ!」
    「みっ、見られるのは、恥ずかしいですけど……大好きなプロレスのために私、ヤッちゃいます!」
     

    「往年の巨漢レスラーなどは、一対複数のハンディキャップマッチや、バトルロイヤルで一度にかかってきた若手選手を纏めて叩き潰したりも日常茶飯事だったそうだよ」
     デカい=強いの説得力は偉大だね、と鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)は近代プロレス舞台裏の暴露本に栞を挟み、事件についての詳細を語った。
    「ケツァールマスクが配下の一人、ユグドラシル美美を連れて、総合格闘技のリングに乱入し、選手達を圧倒する――という予測が見えた」
     ケツァールマスクの一派はギブアップした相手に追い討ちを加える事はしない。なのでそういった意味で犠牲者が出ることはないのだが、二人まとめて美美にのされた選手達の心の傷は大きなものとなる。
    「君達には、選手の代わりにユグドラシル美美と試合をこなして貰いたいんだ」
     観客を沸かせ、満足の行く試合ができれば、ケツァールマスク達はそのまま帰っていく。重要なのは勝ち負けよりも、試合の内容ということだ。
     派手な攻防と演出で明るく楽しいプロレスを目指すのもよし。真剣勝負を好む総合格闘技の観客を沸かせる、ということに注目して、全力で勝ちに行くことに重点を置くのもいいだろう。
     ただし、積極性のない受け身の戦い方はいずれにせよつまらない、いわゆる『塩試合』になってしまうので、絶対に避けるべきだ。
    「ユグドラシル美美の主な攻撃手段は、いわゆるプロレスの基本技――という奴らしいね」
     つまり、逆水平チョップやラリアットなどの打撃技や、ボディスラムやアームホイップといった投技。アームロックなどのサブミッションに、ドロップキックやボディプレスといった飛び技などだ。だが、そのいずれも彼女の巨体とそれに見合った膂力が故に、見た目の迫力も実際の威力も十二分である。
    「どの技もクリーンな正統派のようだけど、ケツァールマスクは彼女に狂乱ヒールの才能があると見込んでいるようだね。その才能が開花した場合、狂乱ファイトが見られるかもしれないな」
     彼女の理性を奪うほど怒らせたり混乱させたりすることができれば、彼女の異なる一面を引き出すことも可能だろう。敵の技のバリエーションを増やしてしまうことにはなるが、より試合が盛り上がるのは間違いない。
    「もっとも、普段の美美のままでも充分盛り上がる試合は作れるはずだ。どういう風に試合を作るかは、リングに立つ君達に任せるよ」
     灼滅者達は選手兼ブックメーカーとなるわけだ。
    「ケツァールマスクの下で行われる試合におけるルールは3つ。
     観客に危害を加えてはならない。
     ギブアップした者に攻撃を加えてはならない。
     地味でつまらない試合をしてはならない。
     ――ルールを破った者には、ケツァールマスクの制裁が下されるそうだよ」
     ケツァールマスクは強力なアンブレイカブルで、寡数の灼滅者で相手できる敵ではない。ルールには従ったほうが無難だろう。
    「ケツァールマスクの制裁を避けるためにも。ケツァールマスク達にお帰りいただくという、目的のためにも。
     観客の人達を楽しませることを一番に考えて、戦ってきて貰いたい」
     世紀の一戦を期待しているよ、と想心はからかうように言って、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    乾・舞斗(冷たき冬空に振り上げる拳・d01483)
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    聖刀・凛凛虎(黒夜の暴王・d02654)
    海老塚・藍(フライングラグドール・d02826)
    閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)
    リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)
    香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)

    ■リプレイ


    「さぁ、行くのだ美美よ! そして、お前の中に眠る狂気を引き起こすのだ!」
    「そこまでぇーッ!」
     ユグドラシル美美の踏み出す巨体を遮る、青コーナーの入場口から響き渡る少女の声。
     どよめく観客達に、小首を傾げる美美。そしてケツァールマスクは、フッ、と小さな微笑を浮かべてマイクを握り直した。
    「よく来たな――武蔵坂学園プロレス!」
     ケツァールマスクの声に応えるように、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)を先頭にリングへと駆け寄る灼滅者達!
    「覚えていて貰えて光栄ね。
     ユグドラシル美美! 貴女の相手は、私達よ!」
     自前のマイクを手に、晴香は声を張り上げた。扇情的な真紅のリングコスチュームが観客達の耳目を集める。
    「先ずは私が相手だ」
     コーナーポストの上に立つ、ぬいぐるみのような少年が口を開く。その状態で少年と美美との視線が、真正面から交わった。
    「さぁ、我らが武蔵坂プロレスの一番手!
     海老塚・藍(フライングラグドール・d02826)の登場よ!」


     その身長差は、約二倍。
     突然に始まった総合格闘技ではあり得ない体格差の試合に、観客達はざわめきだつ。
     藍がコーナーに乗ったまま、会場一杯にゴングが鳴り響いた。
    「たぁーっ!」
    「しッ!」
     哮りを上げて猛進し、繰り出されたフロントハイキック。その一撃を藍は跳躍して躱し、そのまま繰り出された美美の右脚に降り立つ!
    「なっ……」
     ぐらつく美美の上体に向けて繰り出す、サマーソルトキック!
     しかし、巨人の体は崩れない!
    「今度は――こちらの、番です!」
    「うわっ!?」
     宙に浮いた藍の腕を空中で掴んでの投げっぱなし超高層アームホイップ! 縮尺を見なければ、まるでぬいぐるみを乱暴に振り回す少女の癇癪のようだ。
    「でも……甘いよっ!」
     その高さを逆に利用し、くるりと回って脚から降りる。すかさず、鋭いローリングソバットが美美の胸元を打ち抜いた!
     小柄な藍が美美を攻めるその姿に観客達は一気に沸き立つ。
    「相変わらず、中々の空中殺法だ……が、あの戦い方では膝が持つまい」
     ただ一人、ケツァールマスクのみが表面上の動きにとらわれずに戦いを見ていた。
     繰り返される、数合の技の打ち合い。決着は、藍のコルバタからだった。
    「大樹は……簡単には、倒れてあげられません!」
    「しまっ……!」
     藍のコルバタを、ロープを掴んで堪えた美美は、逆の手で藍の足を捕らえる。
     繰り出されるは、小柄な藍の体を抱えて極める、スタンディングヒールホールド!
     たまらずタップする藍に対し、美美はクリーンに技を外す。リングサイドで戦いを見守っていたナノナノの紫がしょんぼりと肩を落とした。
     第一戦は、ユグドラシル美美の勝利。


    「二回戦もシングルマッチよ! その拳は風を切り、鉄を砕く! 無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)!」
     コールを受けて、理央は執事服の上着に手を掛けた。スマートなズボンはそのままに、上半身をシンプルなタンクトップ一枚へと装い変えた理央の姿に、男女問わず溜息のような歓声が上がる。
    「ほぅ……ボクシングか」
     手際よくグローブを嵌めるその姿に、ケツァールマスクは楽しげに呟いた。
     ゴングが鳴ると同時に、理央は拳を軽く前に突き出す。
    「いい試合にしよう」
     そう言う理央に対し、美美もまた堅く拳を握ってぶつけ合う。
     それを合図に、互いに一歩跳びずさった。

     アウトボクサーらしく距離を取り、隙を突いてジャブを打ち込む理央。
     しかし、美美のパワーとリーチ、タフネスを前にいつまでもこの戦い方は続かない。
    (「せめてリーチの不利をなくすには……行くしかない!」)
     覚悟を決め、理央は虚を突き、一際深く、強く踏み込む!
    「はああぁぁぁッ!!」
     ――懐深く潜り込んでの怒濤のラッシュ。絶え間なく打ち込まれる左右の連打!
    「こ、のオォォっ!!」
     ノーガードで繰り出される拳の嵐に、美美もやはりノーガードからのチョップの嵐を打ち降ろす!
     沸き立つ観客。間合いで言えば理央が有利。
     しかし、やはりそのパワーとスタミナの差は余りに大きく、ついに、理央の片膝がリングに墜ちた。
     激しい『ドツキ合い』を制した美美が両の手刀を天に掲げる。
    「とどめ、を……」
    「――隙あり、だっ!」
     背筋に電流が走るような悪寒を感じ、美美は思わず上体を反らした。
     その顎先を掠めるように、天を打ち抜くようなアッパーカットが疾り抜ける。
     理央の起死回生の抗雷撃は、躱された。
    「……ごめんなさいっ!」
     呟いて、伸び上がった理央の体を強引に抱き込み、変形サイドスープレックスで投げ捨てる美美。
    「ぐぁッ――!」
     強か体を打ちつけられた理央は立ち上がることはできず、ピンフォールを奪われてしまう。
    「美美に攻撃を『避け』させるとはな……だが、勝ちは勝ちだ」
     そう呟いたケツァールマスクは、弟子の失態に些か不満気な顔を浮かべていた。


     グローブを外した理央と美美とが、リングの上で握手を交わす。
     次いで、理央と入れ替わるようにリングに上がるのは、白いコスチュームに身を包んだ金髪紅眼の美少女だ。
     その堂々たる立ち居振る舞いは、気高さと、何より溢れ出んばかりの自信とを感じさせる。
    「ケツァール軍団との戦績、二戦二勝! 閃光ヒロイン、閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)の登場よ!」
     ゴングが鳴る。クリスティーナはリング中央近くに陣取り、格上らしい佇まいで優雅に構えてみせる。
    「さぁ、胸を貸して差し上げますわ」
    「でしたら……お言葉に甘えて!」
     試合の始まりはロックアップ。美美のその場飛びドロップキックが炸裂すれば、クリスティーナの掌底が連続でボディを打ち据える。
     一進一退の攻防。どちらも避けず、そして退かない。意地と気合のぶつかり合いは、観客達のボルテージを否が応でも高めていく。
    (「私と真正面からプロレスをするなんて……!」)
     レスラーとはいえ、『巨人』を相手に全てを受ける。その無謀とも言える戦いぶりに、しかし美美は確かに気圧された。
    「その大きさに頼るだけでは、限界がありますわよ!」
     美美のラリアットに相対し、クリスティーナは激突の一瞬、わずかに姿勢を沈め、て一息に美美の巨体を抱え上げた!
    「レインボー、ダイナミックッ!」
    「――ッ!?」
     ズドォォン、とリングが揺れる。
     己の巨体が投げられたショックからか、美美は未だ余力を残しながらも、このレインボーダイナミック――豪快なデスバレーボムからの片エビ固めで3カウントを耳にする。
    「ふっ、美美を投げたのはお前が世界で五人目だよ」
    「……光栄ですわ」
     応えてリングを降り――クリスティーナはそのまま前のめりにぶっ倒れた。
     巨人の攻撃を受け、体はとっくに限界を超えていたのである。


    「次は一度に三人で相手させてよ。
     きっと面白い試合になるよ?」
     次の試合のためにリングへと歩み寄ったポニーテールの少女の言葉に、ケツァールマスクはニヤリと笑った。
    「いいだろう。いつかのように面白い連携を見せてみろ」
     当たり前のように受け入れられた圧倒的なハンディキャップマッチ。観客達に動揺する間を与えないかのように、晴香のマイクが響く。
    「さぁ、第四試合は三対一の変則マッチ!
     リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)!
     聖刀・凛凛虎(黒夜の暴王・d02654)!
     そして、マスク・ド・FUMA!」
     均整の取れたスタイルをヒョウ柄をあしらったセクシーなコスチュームに包んだリリアナ。
     赤いジャケットに腰に鈴。どこか危険な魅力を漂わせる赤毛の少年、凛凛虎。
     忍者モチーフの覆面をかぶった無口な長身の男、FUMA(その正体は乾・舞斗(冷たき冬空に振り上げる拳・d01483))――三者三様、まるでタイプの違う三人だ。
    「よろしく」
     二人を自コーナーへと残し、美美へ紳士的に握手を求めたのは、意外にも凛凛虎だった。
     先の試合の動揺を残した美美は、どこかぼんやりとしたまま手を延ばす。
    「……しようぜなんて言うと思ったか!」
    「えっ……!?」
     伸ばした腕を拳に握り、不意に打ち上げられる凛凛虎の抗雷撃!
    「行くよっ!!」
    「……っ!」
     同時、素早く左右に展開していたリリアナとFUMAが同時に繰り出すスワンダイブドロップキック!
     不意打ちに膝をつく美美に合わせ、今更のようにゴングが鳴った。

     灼滅者達の勢いは止まらない。
    「……どうした、隙だらけだぜ」
     日常とは違う荒い言葉を呟きながら舞斗――否、マスク・ド・FUMAが美美の腕をくるん、と撚る。
     途端、美美の体が反転しながら宙へと舞い、落ちた――隅落し、又の名を空気投げ。
     巨人には許されない失態に、慌てて立ち上がろうとする美美。しかし、それを許さぬ者がいる。
    「いっ、くよぉー!!」
     しゃがみ込んだFUMAの肩を踏み台に、拳を振り上げリリアナが跳んだ。
     中空でくるりと体を反転させる。その振り上げた拳が鬼の腕へと忽ちに変じる。
     観客へのアピールも忘れない、明るい戦いぶり。だが、繰り出す技のタイミングは逐一、美美の後の先を取り、その攻撃を封殺するえげつなさも秘めていた。
     質量を増したムーンサルトプレスが美美の体を押しつぶす。
    「見て惚れるなよ!」
     凛凛虎が飛んだ。その手に握る、黒き斧。
    「龍の舞を踊る虎。そうそう拝められないぜ!」
     龍翼飛翔――リングの中央で切り刻まれながら、美美の心の中でも何かが、切れた。
    「チビどもがぁ……!!」
    「きゃぁっ!?」
    「んなっ!?」
    「……ッ!」
     三人の灼滅者達が、一度に纏めて吹き飛ばされる。彼らの体に残る鋭い切り傷!
    「……鎖、だな」
     ぼそり、とFUMAが呟く。じゃらり、と金属の擦れる音がする。
    「なに、雰囲気変わった!?」
     驚くリリアナ。
     美美は凛凛虎に跳びかかり――そして舞う、鮮血。
    「オイオイ……随分、情熱的だな……?」
     美美の噛み付き攻撃が、凛凛虎の首筋に食い込んでいた。
    「大樹をも呑み干す狂乱の牙……フェンリル美美の誕生だッ!」
    「ウオォォォッ!!」
     師であるケツァールマスクのマイクに応えるように、リング中央で美美は高らかに吠えた。
    「こいつぅーッ!」
    「邪魔だわよぉ、チビっ子ぉ!」
    「きゃっ!?」
     美美は拳に鎖を巻きつけたナックルパートをぶつけ、ドロップキックを繰り出したリリアナを迎撃する。
     ダークネスの凄まじい攻撃力により、リリアナの体は一撃でリングの外まで吹き飛ばされた。
     その時、影の如くに美美に迫る者がある。FUMAだ。
     足殺しを狙った右膝への拳が狙い違わず美美を打つ。
    「ッざってーのよぉ!!」
    「ぐっ!?」
     その一撃をまるで意に介していないかのように、美美はFUMAの首に鎖を巻き付ける!
     完璧に決まってしまったチェーンスリーパーから、意識を失う前に脱出する術はない。
     第四試合、三対一の戦いを制したのはユグドラシル――否、フェンリル美美であった。


     狂乱ファイトに目覚めた美美によって、試合の性質は一息に変化した。
    「さぁ、狂乱のフェンリルを止められるか! セミを飾るは、香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)!」
    「貴女の次の相手は私よ! さあ、盛り上げていきましょう!」
     コールに応えてリングに上がる、澪。長く伸ばした黒髪をなびかせての入場は、赤い血だまりの残るリングには不釣り合いな華々しさだ。
    「盛り上げてやるわよぉ……チビどもの血でねぇ!」
     妖しい輝きを瞳に宿し、澪に向け美美が駆け寄り、その手を伸ばし。
     ガぁんっ!! ――片手で澪の頭を引き寄せての、脳天へのヘッドバッド!
     先の試合とは逆の、美美からの不意打ちに遅れてようやくゴングが鳴らされる。
     更に連続で叩きつけられるヘッドバッド。澪の額が割れ、その顔が鮮血に染まる。しかし、澪は一歩も引かない。
    「この程度で……私をリングに沈められると思うなっ!」
    「こいつっ……!」
     血に塗れた顔を上げ、澪が繰り出すのは怒涛のエルボーラッシュ!
     果敢な攻めに沸き立つ観客の歓声が、エルボーのに重みを増す。
    「この……痒っちぃんだわよ!」
     リング中央まで押し返された美美が、強引に澪の体を抱え上げ、そのまま飛行機投げでリング下――マイクを握る晴香に向けて放り投げた!
    「危ないっ!」
    「下がって!」
     前半に試合を終えていた藍と理央とが晴香を庇い、澪の体を受け止める。
    「一人じゃ食いたりねぇのよ……テメェも纏めてかかってきなァ!」
     マイク無しでも会場中に響くような絶叫。
    「参ったわね。私は今日のメインの予定なんだけど」
     肩をすくめる晴香に対し、ケツァールマスクがマイクを握る。
    「ふっ、武蔵坂学園プロレスはアドリブは苦手かな?」
    「ッ、晴香さん!」
     流血を拭い、リボンを包帯代わりにして応急処置としていた澪が、プロレス部部長の顔を見た。
    「……その名を出されちゃ、引けないわね。
     行くわよ、澪ちゃん!」


     予定変更し、メインとなった澪・晴香組対フェンリル美美。
     凶悪にして強力なヒールに対し、ベビーフェイスが真正面からぶつかる――それは正に往年のプロレスを思い起こさせる熱戦となった。
     美美の牙が二人のコスチュームにかぎざきを残そうと、澪と晴香のラッシュが美美の白い肌に痣を残そうと戦いは止まらない。
     しかし、決着の時は来る。
    「うっ……」
     晴香へのフォールを澪にカットされ、憎々しげに立ち上がろうとした……美美の右膝がガクン、と崩れた。
     これまでの連戦で蓄積したダメージが、美美の無尽蔵のタフネスをついに削りとったのだ。
    「――ここだっ!」
     晴香は瞳に闘志を燃やし、美美の背後に回りこむ。
     腰を落とし、丹田に力を込めて、そして解き放つ!
    「だあぁぁっっ!!」
    「ガッ――!」
     美美の巨体が、弧を描く。70cmの身長差を覆す、ヘソで投げるバックドロップが美美の後頭部をリングに叩き付ける。
     そのままフォールに、移らない。手応えからか、あるいはレスラーとしての直感か――『これでは終わらない』、そう感じた晴香はコーナーに待つパートナーの元へと転がり駆けた。
    「――澪ちゃん!」
    「はいっ!」
     タッチを受けつつ、澪はコーナー最上段から飛んだ。
     アルティメットモードを解放した澪はリング中央へとその身を預ける。
    「――ッ!!」
     ムーンサルトプレスを受けた美美の体が一瞬跳ね上がり、そのまま力なくリングに沈んだ。
     カウント3――灼滅者は二勝三敗の成績ながら、その最終戦を勝利で飾った。


    「中々いい興行だった――それに、こいつの狂気を引き出すことも出来た。
     お前達には感謝せねばならんな」
     そう言ってケツァールマスクは、リング中央に倒れた美美の体をひょいと担いで肩へと抱える。
     戦士達は、それぞれやって来た花道を辿って会場を後にする。
     観客達の万雷の拍手が、目的の達成を何よりはっきりと示していた。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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