殺業をその身に宿し

    作者:波多野志郎

     ごろり、とその肉塊は坂道を転がっていく。ゆっくりと、しかし確実に――その肉塊は大きさを増していきながら、山の中腹にある草原へとたどり着いた。奇しくも、天候は雨、雨音の中でその肉塊はミシリミシリとその姿を変貌していく。
     肉塊が変貌したのは、長身痩躯の男だ。その顔には、飾り気のない白い仮面をつけ。闇のような漆黒のコートを身にまとうと、ゆっくりと歩き出す。
    「…………」
     言葉は、ない。雨に打たれながら、よろよろと長身の男は山を下っていった。ただ、その身から怖気のするオーラを漂わせながら……。

    「スキュラダークネスが、現われたっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そう厳しい表情で語り始める。
     八犬士が集結しなかった場合に備えて生前の大淫魔スキュラが用意していた厄介な仕掛け、それから生まれるのがスキュラダークネスだ。スキュラの放った数十個の「犬士の霊玉」は、人間やダークネスの残骸を少しづつ集め、スキュラダークネスを生み出すのだ。
     予知が行われた段階では、この霊玉は大きな肉塊となっているが、この段階で倒してしまうと、霊玉はどこかに飛び去ってしまう。その上、このダークネスは誕生後しばらくは力も弱いままだが、時間が経つにつれて予備の犬士に相応しい能力を得ることになる――こうなってしまえば、闇堕ちでもしない限り勝利は不可能となるだろう。
    「だからこそ、短期決戦で勝負するしかないんす」
     スキュラダークネスが誕生するのは、とある山の中腹、草原だ。時間は夜、雨が降る中での戦闘となる。人払いの必要はないが、光源は必須。戦いの邪魔にならない、雨具もあるといいだろう。
    「このスキュラダークネスの霊玉は『孝』っす。生まれるのは、六六六人衆、使って来る武器サイキックは解体ナイフのそれっすね」
     制限時間は十五分、それ以内に倒せなければこちらも闇堕ちするしかない。いかに素早く相手を倒しきるか? それが、鍵となるのは間違いない。
    「こいつは、スキュラによって八犬士の空位を埋めるべく創られた存在っす。仮に力で八犬士に及ばなかったとしても、野に放てばどれ程の被害を生み出すか、想像もできないっすからね、その事を覚悟の上で挑んで欲しいっす」
     翠織の表情は厳しい、それだけの苛烈な戦いが予想されるという事だ。翠織は、眼鏡の奥から全員の目を見て、締めくくった。
    「どうか、ご武運をっす」


    参加者
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    卦山・達郎(無名の炎龍・d19114)
    マサムネ・ディケンズ(サンドリヨンの番犬・d21200)
    神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)
    ナイ・フォリドルミール(混沌と狂気の信仰者・d23916)
    青山・紗智子(入神舞姫・d24832)
    竜胆・幸斗(凍牙・d27866)

    ■リプレイ


     雨粒が、夜空から降り注ぐ。曇天が覆う頭上へとランプを掲げ、マサムネ・ディケンズ(サンドリヨンの番犬・d21200)が呟いた。
    「……ひどい雨、だな」
     手に持つ傘を打つ雨音も、もはや一つの音のように連なっている。まるで、水底にいるような重苦しい天気だ。
    「……スキュラも面倒な物を遺してくれたよね、ホントにさ。主人のいないアレが何しでかすかわかったものじゃないし、さっさと灼滅しよう」
     レインコートのフードの下から、竜胆・幸斗(凍牙・d27866)は言い捨てる。既に灼滅者達は、転がる肉塊を視界に入れていた。
    「スキュラの置き土産ね…また面倒臭い物を遺してくれやがったな、あの野郎。あまり関わりたくは無いんだが……放置したらしたで、面倒になるか」
    「生まれ出でた命に罪は無いとはいえ、危険な事に代わりはありませんし……せめて幕引きだけは、私達の手で確りしてあげましょうか」
      ……ここで確実に潰さないとな、と月雲・悠一(紅焔・d02499)が身構え、青山・紗智子(入神舞姫・d24832)も静かに言い捨てる。笙野・響(青闇薄刃・d05985)も、低くいつでもダッシュ出来る体勢でこぼした。
    「卵で倒しても復活する、生まれたら生まれたで時間制限あり、か。なかなか楽しいルールね」
     今、無力な状態で倒しても意味がないのだ。だからこそ、灼滅者達は供えるのだ――決定的な、その瞬間を。
     ごろん、と不意に肉塊が動きを止める。ミシリミシリとその姿を変貌させていく――それを見た神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)が、傘を放り投げて唱えた。
    「Das Adlerauge!!」
    「15minutesで切り上げるぜ! Vivere est militare!」
     マサムネも傘を放り投げ、二つの傘が宙を舞う。即座に地面を蹴ったのは、響と卦山・達郎(無名の炎龍・d19114)だ。
    「こちとら時間がないんでな、早々にケリつけさせてもらうぜ! おらぁ!」
     背後に赤い龍のオーラが浮かび上がらせ、達郎が吼える。響の周囲の大気密度を極限まであげた拳の一撃と、達郎の三牙ノ顎による一閃が――。
    「!?」
     気づいた時には、視界が反転していた。長い二本の腕、それが絶妙に響と達郎の体勢を崩し、受け流したのだ。だが、その間隙に悠一が踏み込んでいる!
    「イグニッション!!」
     ゴォ!! と引き抜いた戦槌【軻遇突智】のロケット噴射の加速で、悠一が殴りかかった。胴にめり込む戦槌、しかし、その手応えは軽い――踏みとどまらず、長身の影が自ら跳んだからだ。
    「23時15分!」
     腕時計を見た佐祐理の言葉に、スキュラダークネスは反応する。まだ、何者でもない純白の仮面から放たれる殺意の視線に、ナイ・フォリドルミール(混沌と狂気の信仰者・d23916)が言い捨てた。
    「クスクス……相手にとって、不足はありませんね……!」
     直後、草原を黒く塗り潰すようにスキュラダークネスの殺気――鏖殺領域が、灼滅者達を飲み込んだ。


     ザアアアアッ! と横殴りの水滴が、戦場を薙ぎ払う。それに真っ向から抗い、ナイが跳んだ。
    「神よ、ここに捧げます!」
     空中で前に一回転、ナイの胴回し回転蹴りによるスターゲイザーをスキュラダークネスは両腕を掲げ受け止める。ヴン! と重圧に、スキュラダークネスのコートがなびく――そこへ、紗智子が駆け込んだ。
    「一刻ばかりの儚き生、最期の死に水とりましょう。さあさあ、皆様御立会い」
     パチン、と扇をたたみ、紗智子が舞う。パパパパパパパパパパパパパン! と水を弾き、縦横無尽に踊る紗智子のパッショネイトダンス――それに構わず、スキュラダークネスの前蹴りが紗智子を襲った。
    「――うむ、やはりこれが無ければ始まらぬ」
     しかし、宙を舞った紗智子はその蹴り足を鉄棒のように利用、紗智子とナイは互いの靴底を合わせ、即時に大きく横へと跳んだ。
    「なりは大きくても、生まれたばかりの相手というのは、良い気持ちはしませぬが……致し方ありません!」
     翼を広げ、佐祐理が駆ける。その腕から繰り出される殺人注射の一撃がスキュラダークネスの脇腹を捉えるが、深く刺す前に体をひねられ、回り込まれた。
    「流星脚を喰らえッてんだ!」
     スキュラダークネスの手からナイフが引き抜かれた瞬間、雨を伴ったマサムネの飛び蹴りが、スキュラダークネスの右腕を蹴り抜く! 大きく体勢を崩したスキュラダークネスへ達郎は赤い龍のオーラを三牙ノ顎へと宿して疾走した。
    「おおお――」
     それを体勢を崩しながら、スキュラダークネスの右足の踵が蹴り上げ軌道を逸らす。だが、達郎は止まらない。
    「――ぉおおおっ!!」
     ドン! とジェット噴射で更なる加速、横回転で遠心力をつけて、蹴り上げた直後のスキュラダークネスの腹部に牙を突き立てた。
    「雨に濡れた牡丹も綺麗よね」
     スキュラダークネスがその囁きに、振り返りざまにナイフを払う。しかし、その斬撃は響の頭上を薙ぎ払っただけだ。響は髪をかき上げながら、囁く。
    「だけど今回は、咲き誇る前に散らしてあげるわ」
     ヒュガ! と足元の草にたまった水滴を切り裂きながら響の影の刃がスキュラダークネスの太ももを切り刻んだ。そして、その眼前で焔が立ち上る。闘気【赤焔】を燃え上がらせた悠一が、ギシリとその拳を硬く握り締め踏み込んだ。
    「食らえ!!」
     体重を乗せた右フックから始まる連打、焔の軌跡を描きながら悠一の閃光百裂拳がスキュラダークネスを殴打していく――が、その最中に伸ばされた長い腕が強引に悠一の喉を掴んだ。指に力がこもる、それよりも半瞬早く、幸斗がその右手を振り払った。
    「暴風……さっさと応えろ、アレをズタズタに切り裂け!」
     ゴォ! と雨を巻き込み、スキュラダークネスを風の刃が旋風となって飲み込む。指の力が緩んだ瞬間、悠一は跳ね上げた膝の一撃で掴まれた手から後方へと下がった。
    「――――は」
     呼吸を吐いた瞬間、ザーッ! と聴覚が思い出したように耳に届く。ここまでの攻防が、たった一分で行なわれた事なのだ。加えて、時間経過によって強くなっていく目の前のスキュラダークネスを、残り十四分以内に倒さなくてはいけない――。
    「これはこれは、神も面白い戦いを用意してくださいますね」
    「ふふ、何にせよ滾るものよ」
     ナイの笑みの言葉に、紗智子もまた笑って言ってのける。極限のこの状態でも、怯む者はこの場に誰一人としていない。
    『ガ、ギギ……?』
     仮面の下からうめき声を漏らし、スキュラダークネスは黒一色の解体ナイフを振りかぶり――薙ぎ払った瞬間、毒の嵐をそこに生み出した。


     ――雨が、変わらず振り続ける。雨脚は強さを増していくばかり、悠一は水をすって重くなった服で加速した。
    「時間制限があるからな。ガンガン仕掛けさせてもらうさ。攻撃の手は、緩めない!」
     ドォ! とロケット噴射で飛ぶように放たれた戦槌【軻遇突智】の一撃が、雨粒を砕きながらスキュラダークネスへと襲い掛かる。それを、スキュラダークネスは順手から逆手へと構え直したナイフで受け止めた。
     ギ、ギギン! と火花を散らして、戦槌とナイフが弾きあう。そこへ、ナイが側転で間合いを詰めて、跳び込んだ。
    「――ッ!!」
     一呼吸、その間に繰り出される踵落としから跳ね上がってのローキック、後ろ回転蹴りからの跳び膝蹴りを零距離でスキュラダークネスは長い手足を駆使して、受け止めていく。
    (「この足の動きは、私ですか!?」)
    (「あの上半身の方は、わたしね」)
     攻防の中でナイが、隙を伺いながら響が気付いた。戦いながら、確かにスキュラダークネスは成長している。しかも、目の前の敵からも貪欲に学びながらも、我流に昇華していく――まさに、殺人技巧のみを追求する六六六人衆にふさわしい存在だった。
    「十分経過です!」
     佐祐理の言葉と同時、フッとスキュラダークネスの姿がナイの眼前から消える。目の前に黒い壁が迫る――そう見えたのは、黒いコートの裾だ。生み出された死角から放たれるナイフの斬撃を、響が身を盾に庇った。
    「だまって八犬士を集結させるつもりもないのに、スキュラダークネスなんて、動けるようにするわけにはいかないわよね」
     そのまま、響はWiderhallende Schallwelleを振るい、スキュラダークネスはそれを引き戻したナイフで受け止める。一合、二合、三合、と響は己のあるべきポジションを調節していった。
    「くそ、まだかよ!」
     達郎が、暴威顕現に赤い龍を宿して飛び蹴りを繰り出す。ドォ! と受け止めた衝撃と加重にスキュラダークネスの腕が、鈍い軋みを上げた。
    「10minutes…クソっこいつしぶといな。これ以上引きずらせたら、待ってる奴らに申し訳ねえ。大人しくオレらに降参しろってんだ!」
     その間に割り込むように、マサムネが迫る。バベルブレイカーの杭を回転させながら、マサムネは突き出した。
    「しばらく黙ってろ間に合わねえんだ!」
     ギュゴ! とマサムネの尖烈のドグマスパイクがスキュラダークネスの左肩を貫く。そのまま後方へ跳んだスキュラダークネスへ、佐祐理が飛ぶように間合いを詰めた。
    「雨とか水とかを気にせずにすむ事、位かしらね。この姿の良いところは」
     素肌に流れる水の冷たさを感じながら、佐祐理は殺人注射器の針をスキュラダークネスの胸元へ突き刺した。それにスキュラダークネスが上段回し蹴りを叩き込もうとするのに、紗智子が踏み込む。
    「ふむ、舞いも上手くなったではないか」
     胡蝶を手に美しい斬線の軌跡を描く紗智子に、スキュラダークネスは蹴りを中断し、ナイフを引き戻して応える。まさに、死の舞踏――ほんの一瞬の気の緩みが死を招く交差だ。それが楽しい、雨に濡れた紗智子は扇情的でさえある動きでスキュラダークネスと鎬を削った。
    (「厳しいね」)
     響を祭霊光によって回復させながら、幸斗は呼吸を整える。レインコートのおかげで、雨に濡れる事はない。コートを打つ雨の音を感じながら、幸斗は意識を集中させた。
     強い雨の中で行なわれる攻防は、一進一退のものだった。特に、徐々にその力を増していくスキュラダークネスの強さは、目を見張るものがあった。倒し切れるのか? 時間制限の重圧に苛まれながら灼滅者達は挑み続け――。
    「ちっ……皆、後一分!」
     幸斗の言葉と同時に、スキュラダークネスがパシャンと地面を蹴る。草原を、それこそ滑るように、その死角からの足を狙った一閃を――。
    「舞人が転ぶなぞ、笑い話にすらならん」
     宙へと跳んだ、紗智子がかわした。そして、スキュラダークネスの急所を的確に舞った胡蝶が切り刻んだ。パシャン、と紗智子が着地する。クルリ、と横へ回った瞬間、その位置へ入れ替わったナイの上段右回し蹴りから始まる連続蹴りがスキュラダークネスを吹き飛ばした。
    「今です!」
     ナイのその言葉を受けて、幸斗はすかさずマテリアルロッドを振り下ろす!
    「随分デカい図体だし、少しは的にしやすいかな。……焼け焦げろ」
     ドン! という電光が着地したスキュラダークネスを打ち抜いた。カハ、と仮面の下で息をこぼしたスキュラダークネスへ、髪をかき上げた響が一足で懐へと潜り込む。
    「ポテンシャルとはいえ殺人鬼の力を持つ灼滅者として、しっかり殺してあげるわ」
     振り下ろされるスキュラダークネスのナイフ、それをatmosphere deflectorによって受け流し、響のWiderhallende Schallwelleの魔力が斬撃となったコートの胸元を切り裂いた。
    「ここ、だああああああああああああ!!」
     その胸元へ、クリエイトファイアの炎をこぼしながら悠一が戦槌【軻遇突智】を叩き込んだ。スキュラダークネスの長身が、軽々と宙を舞う。今度の手応えはしっかりと手に残っている、芯をしっかりと殴り飛ばしたのだ。
    「あなたには恨みは無いけど、暴れられちゃ大変……私の病院の仲間のように、他人に死なれるのは堪えますからね……!」
     空中で、佐祐理の的確な殲術執刀法の斬撃がスキュラダークネスを切り刻む。スキュラダークネスがその手を佐祐理へと伸ばす――が、届かない!
    「お前らを堕ちさせはしねぇ!!」
     スキュラダークネスへ、赤い龍が舞い降りる。達郎のスターゲイザーによる重圧が身動きを封じたそこへ、マサムネはバベルブレイカーを構えて突っ込んだ。
    「オレのバベルブレイカーで、スキュラの落とし物の死を射抜くってな!」
     加速を得て放たれた杭が、死の中心点を寸分違わず打ち抜く――そのマサムネの渾身の一撃が止めとなる。もがきあがき、そして力なく崩れ落ちた生まれたばかりの六六六人衆は、影も残さず雨の中に掻き消えていった……。


    「やはり、何も残っていないね」
     幸斗は周囲に霊玉の痕跡が残っていないか探したものの、何も見つけられずにため息をこぼした。スキュラダークネスと同時に失われたのだろう、期待はしていなかった分、幸斗の落胆はない。
    「倒し切れた、な」
     お疲れ様、と仲間達を労い、悠一は笑っていった。全員が全力を尽くした、その結果だ。紗智子は威風堂々と、雨に触れて服の張り付いた胸を張って笑っていった。
    「さて、帰って一風呂浴びるかの」
     ――雨は、降り続いている。この雨が止むのは、おそらくは夜が明けた頃だろう。だからこそ、血の雨が降らずにすんだのだと、灼滅者達は自分達の勝利を噛み締めた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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