おねえちゃんと一緒

    作者:海乃もずく

    「……いろはちゃんも、『そう』なの?」
     電話口でその言葉を聞いた時、篠本・彩芭(しのもと・いろは)の目から、ぽろりと涙がこぼれた。
    「おねえちゃん……!」
     ああ、おねえちゃんも一緒なんだ。
     彩芭は携帯電話に向かって、一気に話し出す。
     急に気分が悪くなったこと(本当は、『気分が悪い』とは少し違うけど、そうとしか説明ができない)。
     鏡を見たら目が赤いこと。背中がごつごつすること。
     ……そして、血がとても飲みたいこと。
    「あたし、病気なのかな。怖いよ、これ何!?」
    「いろはちゃん、落ち着いて。今どこ? おうち?」
    「うん……」
    「角の公園、わかる? 1人で行ける?」
    「うん」
    「じゃあ、そこで会おう。私も今からそこに行くから」
    「うん。うん……!」
     心から安心して、彩芭は電話口で何度も何度も頷いた。
     ああ、もう、大丈夫だ。おねえちゃんに任せておけば、おねえちゃんの言うとおりにしていれば、それでいい……。
     
    「小学生の女の子が闇堕ちして、ヴァンパイアになる事件が発生しようとしています」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の予知した相手は、小学校2年生の女の子のものだった。
     通常ならば、闇堕ちしたダークネスは、すぐさまダークネスとしての意識を持ち人間の意識はかき消える。
    「しかし彼女、篠本・彩芭(しのもと・いろは)さんは元の人間としての意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていません」
     もし、彩芭さんが灼滅者の素質を持つなら、闇堕ちから救い出して欲しい。
     完全なダークネスになってしまうようであれば灼滅を……と、姫子は小さな声でつけ足した。 
    「彩芭さんには4つ年上の従妹がいます。その子の闇堕ちが、彩芭さんの闇堕ちのきっかけになりました」
     ヴァンパイアは、闇堕ちする時に元人格の血族や愛する者をも闇堕ちさせるという性質がある。
     彩芭は闇堕ち時は自宅にいたが、直後に闇堕ちした従妹の電話を受ける。そして彩芭は彼女と合流するため、近くの公園に向かう。
    「家を出てすぐの路上で、皆さんは彩芭さんに接触してください」
     姫子は、灼滅者が彩芭と会うべきポイントを示す。戦闘には支障がない一般道だが、人避け対策は必要だろう。
     彩芭を闇堕ちから救う為には『戦闘してKO』する必要がある。KOすると、ダークネスならば灼滅されるが、素質があれば灼滅者として生き残るという。
    「闇堕ちしかけの彩芭さんは、ダンピール相当のサイキックを使う、強力な相手です。ですが、人間の心に呼びかける事で、戦闘力を下げる事ができます」
     今の彩芭は、彼女を公園に呼び出した従妹を信用しきっている。
     普段から仲がよく、同じ市内に住んでいて、親同士の付き合いも密。旅行や親戚づきあいなどで、頻繁に会う間柄だという。
    「自分の身に怖いことが起きているけれど、『おねえちゃん』が何とかしてくれる。……そんなふうに、彩芭さんは考えています。また、『おねえちゃん』も同じ状況なのだから、現状に問題はないのだとも」
     思考放棄に近い精神状態であり、このままだとダークネスに心を明け渡すのは時間の問題だという。
    「彩芭さんがダークネスになるか、灼滅者として踏み止まれるかは、ひとえに皆さん次第です。どうかよろしくお願いします」


    参加者
    色梨・翡翠(黒蝶アンサイズニア・d00817)
    東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)
    和央・貴子(ルビーレッド・d08610)
    杉凪・宥氣(闇を喰らうしんぶんし・d13015)
    佐々木・紅太(プロミネンス・d21286)
    ロバート・ケイ(深い霧の渇望者・d22634)

    ■リプレイ

    ●全てが闇に堕ちる前に
     待ち合わせの公園まで、あと少しという曲がり角。
    「あの……彩芭様……ですよね?」
     色梨・翡翠(黒蝶アンサイズニア・d00817)の声に、篠本・彩芭は振り返る。
     彩芭から見ればずいぶん年上の女性が3人、優しい目でこちらを見つめていた。
    「コンチハ、お嬢ちゃん。不思議な病気にかかってると聞いたよ」
     夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の長身に、彩芭は思わず後ずさる。けれど、身を屈めて視線を合わせる治胡の声も、表情も、とても優しそうだったから。
     こくんと彩芭は頷いた。
    「あの、あ、あのね、彩芭ちゃん! あの……ええとっ……」
    「……落ち着け、和央」
     治胡に軽く背中を叩かれ、和央・貴子(ルビーレッド・d08610)は深呼吸をひとつ。
    「彩芭ちゃん、血が飲みたくて仕方がない、でしょ? それで背中がごつごつして、気持ち悪いんだよね?」
     うん、と頷く彩芭へと、僕も同じだったからわかるんだ、と貴子は告げる。大きく見開かれた彩芭の瞳は血のように赤い。
    「ほんとう?」
    「本当だよ。でも、大丈夫。彩芭ちゃんは治るんだよ」
    「僕も……彩芭様と同じ病気でした。僕でもちゃんと治せたので、彩芭様も頑張ってみませんか……?」
     翡翠も一緒に、優しく、わかりやすく説明をする。
     彼女たちの様子を、少し離れたところから男性メンバーは見守っている。いきなり前に出て、彩芭に余計な圧迫感を与えないように。
     東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)は殺界形成で人払いをしている。自分にも妹がたくさんいる円には、彩芭の小さな姿が、妹達と重なって見えた。
    「……お姉ちゃんに任せれば、か……」
     小学2年生。誰かに助けを求めたいのは、何ら不自然ではない。円自身、頼れるお姉ちゃんがいることへの、羨望に似た気持ちもあった。
     しかし、彩芭の『おねえちゃん』は、とうにダークネスへと変貌している。
    「今回かなりキツいな。……でも、助けてやりたい」
     杉凪・宥氣(闇を喰らうしんぶんし・d13015)は、口の中のアメ玉をかりっと噛み砕く。
    「ダンピールってツラいな。大事な家族巻き込む可能性あるんだろ? それってスゲェ悲しいよな」
     ちっこい子がツラいの見るの、オレ嫌だ、と佐々木・紅太(プロミネンス・d21286)がポツリと言う。
     ロバート・ケイ(深い霧の渇望者・d22634)は物思いに沈みこむように、ポケットの上をなでている。小さな手鏡が、ポケットのふちからちらりと見えた。
    「話がついたようです。私たちも行きましょう」
     クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)が先に立って歩き出す。
    (「救えるものは救いたい……犠牲は少ない方がいいですから」)
     クラウィス自身、血縁者を感染させたことがある。あの時のことを思い出すと、心の中が苦いもので満たされる。
     ――これ以上、このような事件を繰り返したくない。

    ●暗闇の中にひそむもの
    「まずは信じてみてくれ。怖い事をするかもしれないけれど、必ず何とかするから」
     円が優しい口調で語りかけ、ロバートも彩芭の頭を優しくなでる。
    (「彩芭ちゃんは助けられる。だから、絶対に助け出す……」)
     表情は心もとなげに揺れているが、彩芭はじっとこちらの話を聞いている。
    (「出会ったばかりの俺達じゃ信用して貰えるかが心配だったが」)
     態度に出さず、治胡は一つ息をつく。
     まず最初の段階はクリア。
    「お嬢ちゃんはこのままだと危ないから、一旦落ち着かせなきゃならない」
     治胡の説明に、うん、と素直に彩芭は頷いた。
     肝心なのはここからだ。
    「自分だけで抑えるのは辛いだろ。ガマンしなくてイイから、俺達にぶつけて来い」
    「えっ……?」
     思いがけないことを言われたと言ったふうに、こちらを見返してくる赤い瞳。
     しばらくの沈黙。
     瞳が下を向き、目の前の彼らを見、またそらされる。
     ……迷いがちに、彩芭は口もとを手で覆っている。
    (「きっと彩芭様は今すぐにでも……血が欲しいですよね……。そんな自分が怖くて……凄く不安も感じている……」)
     翡翠は安心させるように、彩芭へと頷いた。
    「オレらは味方だからさ、安心して……」
     そう言って、一歩前に踏み出す紅太。その眼前が、不意に赤いオーラで満たされる。
    「うおっ!?」
     血臭に包まれたと思った刹那、紅太の体は平垣に叩きつけられていた。
    「ぐっ、痛っ……」
    「……あっははは、ははははははっ、うふふふ……」
     身を折って笑い出す彩芭から、続けて赤い逆十字がほとばしる。
    「彩芭ちゃん!?」
    「血、きれいだね……あはは、あはははははっ」
    「始まりましたか」
     状況を見て取るや、クラウィスはいち早く前へ飛び出す。思わず彩芭に歩み寄ろうとしていた貴子を後方へと押しやり、クラウィスはクルセイドソードを振りかぶった。
    「clothe……bound……」
     宥氣は額にスレイヤーカードをかざし、水平に振る。紅く染まった瞳に残光を走らせ、マテリアルロッドへと魔力を集積させる。
    「悪い、ちょっと痛いぞ」
     宥氣の振り下ろすフォースブレイクを受けつつも、彩芭は声高く笑う。
    「たのしいね……きゃはははは……いやだ……こわいよ……あはははははっ……」
    「彩芭様!」
     彩芭の名前を強く呼び、翡翠もスレイヤーカードを解放する。
     笑い声を響かせつつも、彩芭の目からはぽろりと涙がこぼれ落ちる。
    「そんな物に負けないで! 治す方を望むなら、皆で何とかしてあげるから!」
    「彩芭ちゃんは怖い病気を打ち負かせるんだよ! その為の手助けを、僕たちがするから……!」
     翡翠の語りかけ、貴子の必死の呼びかけにも、彩芭はかん高く笑うばかり。
    「……ボクの大事な妹は、まだ助けられないんだ。だけど……」
     そんな中でもロバートは冷静に、解体ナイフをふるう。沸き上がる強い気持ちがあるが、それよりも彩芭を助けたい気持ちのほうがずっと強い。
    「やれやれ、成りたての割に強い事で」
     うんざりとした口調で呟きながら、円は回復の弓矢を射る。堕ちかけとは思えないほど彩芭の力は強く、手加減がない。
    「『おねえちゃん』の恐らく望み通りに、堕ちるのを黙って見過ごせはしないからな」
     彩芭の繰り出す攻撃を受け止め、治胡は炎をまとわせたクルセイドソードを強く振り抜く。素早く身を翻して回避する、今の彩芭は人寄りか、それとも……。

    ●伸ばされた手、つかもうとする手
     遮音された空間の中、幼い笑い声が響く。
    「わかる? 今のそれが、病気が進んだ状態だよ!」
     フォースブレイクを振り下ろし、翡翠は声をかけ続ける。人としての彩芭に届いていると信じて。
     翡翠自身も、感染で闇堕ちした同じ境遇。早く彩芭を、苦しい所から助けてあげたい。
    「篠本、その力は、使い方によっては人を傷付けるだけになる。このままだと篠本自身も傷つくだけだが、俺達はやり方を示してやれる!」
     治胡は彩芭の攻撃を受けながらも、構わず前進する。サイキックの霧をエアシューズの一閃で切り裂き、彩芭の前へ。
    「あはははは……あはは、血、いっぱい、まっ赤……あはははっ」
    「篠本!」
     治胡に肩をつかまれ、至近距離から目を合わせられて、くしゃりと彩芭の表情がゆがむ。
    「あはははは……あはははは……たすけておねえちゃん……あははっ」
    「彩芭、その苦しさは彩芭だけのモンなんだよ! 自分で考えてなんとかするしかないものなんだ!」
     紅太の言葉に、ひくりと彩芭の肩が震えた。
     円も彗星の矢を手に、強く言葉を重ねていく。
    「お前と同じ状況で、お姉ちゃんも苦しんでるかもしれない。心配じゃないか? キツい事を言うかもしれないが……今はまず、お姉ちゃんより自分を何とかするんだ」
    「オレらはおねえちゃんじゃねーけど、絶対に彩芭を助ける! ぜってー傍にいるから! 負けないでくれ……!」
     紅太のワイドガードが展開され、ナノナノの笹さんも回復のハートをくるくると飛ばす。
    「……おねえちゃんも、苦しんでるかもしれない……?」
     笑い声はやみ、ぽつりと彩芭は呟いた。
    「彩芭ちゃん、ボクも時々苦しいし、おねえちゃんが大好きな気持ちも、わかる」
     ロバートも彩芭に目を合わせ、しっかりと頷いてみせる。
    「だからこの病気を治して、ボクたちと一緒に、おねえちゃんの病気を治そうよ」
    「……うん……」
     誰のどの言葉でもいい。彩芭の中へと届いてほしい。
     ぎゅっと目をつむる彩芭。小さな体を包む赤いオーラが、徐々に弱くなっていく。
    「……うん、がんばる……っ」
    「そう、その気持ちです。あと一息です、必ず助けますから」
     クラウィスは非実体化させたクルセイドソードで、ためらいなく彩芭の霊的防護をうち砕いた。
     今がその時だと判断したから、クラウィスは攻撃の手を緩めない。それが必要なことであれば。
    「ほら、見て、彩芭ちゃん。この力、彩芭ちゃんと同じ……」
     貴子は両手を広げ、自身の背後に赤い逆十字を顕現させる。
    (「この力は怖いだけじゃない、彩芭ちゃんみたいな子を助ける事もできる、特別な力……」)
     よろめく彩芭へと、貴子のギルティクロスが直撃する。
    「俺もさ、君と同じ苦しみ味わった事あるんだよ。だから……」
     そう言う宥氣の足もとには、戦闘開始前に外した両手首の黒リボン。影業とレーヴァテインのトリガーを外し、宥氣は日本刀を低く構える。
    「絶対なんて言わない。でも、お姉ちゃんを助けたいなら、俺らは全力で協力してやるし、応援もする……!」
     レーヴァテインを纏った宥氣の刀が、横薙ぎに一閃される。
     意識を失った彩芭の小柄な体が、宙に飛んだ。

    ●いつか彼女に届くと信じて
     篠本・彩芭は灼滅者として覚醒した。
     ……だが、それでこの出来事が完結するわけではなく。
    「はやく、おねえちゃんのところにいこう! 今すぐおねえちゃんの病気も治して!」
     意識が戻り、彩芭が開口一番に言ったのは、大好きなおねえちゃんのこと。
     おねえちゃんの病気は重くて治すのは難しいのだと翡翠が告げ、今はまだ無理なんだと説明をしたら、そんなの嫌だ嫌だ、と泣き出してしまった。
     さんざんにぐずる彩芭を慰め、なだめ、どうにか落ち着かせ、現在に至る。
    「ある意味、戦うより大変だったかもね」
     両手首の黒リボンを巻き直しながら、大きく息をついて宥氣が言う。
    「色々な人との別れは辛いだろうが、人を辞めるにはあまりに早い。……辛かったら怒ってもいいし、泣いても良いんだ」
     さっきまで治胡の腕の中で泣いていた彩芭は、今は泣き疲れ、紅太におぶわれて眠っている。
     すぐに気持ちを切り替えろといっても難しいだろう。そうでなくても、今日はいろいろなことが一度に起き過ぎた。
    「マジ、スゲェ頑張ったもんな」
     紅太の背中ではナノナノの笹さんが、彩芭の頬にすりすりとすり寄る気配がする。
    「よく頑張りましたね」
     クラウィスが眠る彩芭の頭をなでる。翡翠も穏やかな表情で頷いた。
    「本当に……彩芭様は、よく頑張りました」
    「彩芭ちゃん、学校に来てくれるかな?」
     紅太の隣を歩く貴子が、眠る彩芭の顔をのぞき込む。円が屈託のない笑みでニカッと笑った。
    「彩芭次第だけど。来たら歓迎してやろうぜ!」
     そんなやりとりを眺めながら、ロバートは一歩離れ、後ろから歩いている。
     小さな少女はダークネスになることなく、人として、こちら側に留まった。
     ポケットの中に感じる固さは、小さな手鏡。ロバートの大事な妹が、人であった頃にくれたもの。
    (「――ボクの妹も、いつか「助ける」ことはできるのだろうか」)
     まぶたににじむ涙をぬぐい、ロバートは皆に追いつくために歩を速める。
     助けることができた、今回は手が届いたという実感を、改めて噛みしめながら。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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