バッタでねぇ! イナゴだぁ!

    作者:朝比奈万理

     山間の小民家。
     いつもはおばあさんが一人で暮らしているが、今日はおばあさんの孫2人が都会から遊びに来ている。小学生になったばかりの女の子と、幼稚園児の男の子の仲のよい姉弟だ。
     久々の可愛い孫とのひと時に、いつも以上に腕によりをかけて料理を作ったおばあさん。ご馳走が小さなちゃぶ台いっぱいに並ぶ。
    「そいじゃぁ、食べようかねぇ?」
     おばあさんは台所からジャムの大瓶を持って居間に入ってきたが、その大瓶の中身は明かに茶色い。
     女の子はその中身をまじまじと見つめ、その一個一個が何であるかがわかってしまって、その瓶からぱっと目を逸らした。
    「お、おばあちゃん、それ、バッタ――」
    「バッタでねぇ!! イナゴだぁ!」
     突然、大声を上げて居間の大窓を開け放ったのは、頭がバッタの男。
    「うわぁ、バッタ頭だぁー!」
    「だから、バッタでねぇ! イナゴだっつってるずら!」
     バッタ男……いやイナゴ男は、男の子の驚きの声に突っ込みを入れつつ、ずかずかと居間に上がりこむと、おばあさんの手から瓶を奪い取る。
    「いいか? これはイナゴの佃煮だ! 滋養強壮、栄養満点! 醤油、砂糖、水飴で甘辛く煮てあるから、見た目は虫でも口に入れちまえば問題なくうめぇ! さぁ、食え!?」
     と、瓶のふたを開け放つなり女の子の目の前の箸を手に取ると、イナゴの佃煮をひとつ、女の子の顔面へと近づける。
     茶色のイナゴの佃煮……いや、虫の死骸を目の前に突き出されて、女の子は顔をゆがめて今にも泣きそうだ。
     可愛い孫のそんな様子を見かねたおばあさんがイナゴ男にすがる。
    「おめさん、孫が嫌がってるだに、無理には勧めんでくれや……」
    「えぇい、おらのジャマするヤツは、この佃煮を食うばあさんでも……、こうずら!!」
     イナゴ男は、イナゴの佃煮が入った瓶を床に置くと、どこからともなくイナゴを模した覆面を取り出し、それをおばあさんに被せてしまった。
     覆面を被らされたおばあさんはばったりと倒れたが、むっくりと起きると女の子に向かう。
    「おめは、ばあちゃんが丹精こめて作ったイナゴの佃煮が食えねぇだか!?」
     おばあさんはイナゴ男によって強化一般人にされてしまったのだ。
     姉弟は優しかったおばあちゃんの変貌に、とうとう泣き出してしまった。
    「おめぇたもこうなりたくなかったらイナゴを食うずら! おらはイナゴの佃煮の栄養と、イナゴの跳躍力で、世界を征服すんだぁ!!」
     山間に、イナゴ男の宣言が高らかに響いた。

    「ちょうど今が旬のアサリで佃煮を作ってみました。皆さんも食べてみて下さいませんか?」
     西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)は教室に集まった灼滅者に自身お手製のアサリの佃煮を小皿に盛って振舞う。出来立てぷりぷりのアサリの佃煮は、アサリの旨みと醤油の香ばしさに加え、砂糖の甘さが加わって絶妙な一品に仕上がっていた。
     アサリの佃煮に舌鼓を打つ灼滅者たち。
    「……と、このアサリの佃煮が教えてくれた情報を、皆さんにお伝えします」
     アベルは菜箸を箸置きにそっと下ろすと、鍋の中のアサリの佃煮に目を落とす。
    「長野県上田市で、信州イナゴ怪人が事件を起こします。皆さんには信州イナゴ怪人の凶行を阻止していただきたいのです」
     昔は長野県をはじめ、海に面していない地域の貴重なタンパク源は、イナゴなどの昆虫であった。今では交通や流通の便も豊かになったが、その豊かさの弊害が、若者の郷土料理離れだという。
     過去の栄光を再び取り戻さんとばかりに、その強靭な足で飛び跳ね出たのが、信州イナゴ怪人だった。
    「事件はお昼ごはんの時間帯に、この小民家で発生します」
     懐から地図を取り出したアベルが指差したのは、山間の一角。
    「皆さんは、小民家の塀に隠れて、信州イナゴ怪人の登場を待ってください。接触のタイミングは、怪人が小民家の扉を開けたまさにその時です」
     同時におばあさんと孫2人を避難させる必要があるのと、小民家の向かいにある空き地に信州イナゴ怪人を誘導して戦う必要があると、アベルは付け加えた。
    「信州イナゴ怪人は、イナゴの佃煮を食べろと勧めてきますが、勇気がある人はチャレンジしてみるといいでしょう。怪人の弱体化が期待できそうです」
     イナゴの佃煮は見た目は虫だが、その味は小エビの佃煮と似ているという。
    「信州イナゴ怪人の攻撃は主に3つです」
     信州イナゴキック、信州イナゴダイナミック、信州イナゴビーム。いずれもご当地ヒーローの攻撃のそれだ。
     回復はイナゴの佃煮を食べて行うという。
     後、その強靭な足にエアシューズをはいており、時折エアシューズ同様のサイキックを使用してくることもあるという。
    「あと、信州イナゴ怪人に『バッタ』という言葉は効果的です。怪人の冷静さを欠くことが出来ますので、適度に投げかけていただければ……」
     と、アベルは付け加えた。
     イナゴを食べる文化がない土地から見れば、その佃煮はバッタかイナゴかわからないものだからなのだろう。
    「信州イナゴ怪人は単体で行動していますが、立派なご当地怪人、一筋縄では行かないでしょう。けど、このおばあさんとお孫さんたちを守れるのは皆さんしかいません。どうか、信州イナゴ怪人を倒してきてください。よろしくお願いします」
     アベルは地図をたたんで懐に入れると、灼滅者たちを見回して頭を下げた。


    参加者
    佐渡島・朱鷺(佐渡守護者かっこかり・d02075)
    皆守・幸太郎(モノクロームの幻影・d02095)
    ナディア・ローレン(極彩のチェルノボグ・d09015)
    君津・シズク(積木崩し・d11222)
    柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)
    ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)
    ルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)

    ■リプレイ


     梅雨の晴れ間の信州上田。
     民家の塀に隠れながら、君津・シズク(積木崩し・d11222)はこれから目にするであろう食べ物に思いを馳せる。
    「小エビに似た味か。まあ、よく考えれば見た目だって似たようなものかも。脚のわしゃわしゃした感じとか」
     ただひとつ違うのは、マイナーかメジャー化の差。
    「食文化は確かに尊重されるべきとは思うが、食べ物の好き嫌いも尊重してほしいと思うんだうん」
     塀のあっち側を注意深く除き見ながら、棒読み気味につぶやいたのは皆守・幸太郎(モノクロームの幻影・d02095)。
    「国によって……食文化……違うし……、イナゴの佃煮……、否定は……しない……わ。……私は……無理だけど」
     シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)も彼の意見に同意した。
     この2人、虫は大の苦手。
     ルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)はアベルから貰ってきたアサリの佃煮を食べながら、2人の会話を聞いていた。
    「あー……、私あんま覚えてないですけど、一応どこぞの部族出身なんで虫は別に平気かなー……。でもあれですね、これあるしわざわざ食べなくても。あ、じゃあモップに食べさせればいいですねモップに」
     ルーナの足元にいたモップが、ご主人に優しくされたと思い込んでぷるぷる震えだす。哀れ……!
     その時、扉が思いっきり開けられた音が響き、間髪いれずに男の怒鳴り声がこだまする。
    「バッタでねぇ! イナゴだぁ!」
    「出たみたいですね、行きましょう!」
     佐渡島・朱鷺(佐渡守護者かっこかり・d02075)と、幸太郎、そしてたい焼きの袋を抱いた柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)の避難を担う3人がいち早く飛び出す。
    「な、何だおめたは!」
     イナゴ面に緑色のボディスーツ、背には透明な翅を生やし、ムッキムキの脚をこれ見よがしに見せ付けているこの男こそ、信州バッ……、信州イナゴ怪人。
     イナゴ怪人は突然介入してきた3人に戸惑い気味だったため、幸太郎は簡単に怪人とおばあさんと2人の孫の間に入り込むことができた。
    「あれはバッタではなくイナゴだ」
     驚いたままの姉弟に教え、おばあさんに向き直る。
    「孫を危険な目に合わせたくないだろう。ここはひとまず俺らに任せて避難してくれ」
     おばあさんは突然のことに一瞬戸惑った様子を見せたが、ひとつ頷いて孫の手をとった。
    「私がご案内します」
     菊乃はふんわり笑うと小民家の裏口から3人を逃がすべく、家の奥へと向かう。
     その姿を見送った朱鷺は、殺界形成を展開する。
     一方、誘導を担う5人は観光客を装い、言葉巧みにイナゴ怪人の気を引いていた。
    (「まぁ、バッタモチーフのヒーローはいるし、ビジュアル的にそんなに悪くは……」)
     ナディア・ローレン(極彩のチェルノボグ・d09015)はイナゴ怪人をマジマジと見て。
    (「あ、こいつはダメだ。ちびっ子のトラウマだわ。灼滅するわ」)
     そう心に決めつつ、声をかける。
    「それ、虫の佃煮だよね? ちょっと興味ある」
    「……おめはイナゴの佃煮に興味あるだかい?」
     釣られるイナゴ怪人。
    「ん……、イナゴ? つくだ……煮? まだ……日本に来てから……見たこと……ない……わ。どんな……食べ物……かしら?」
     さりげなくサウンドシャッターを展開させたシエラの言葉に少し気をよくしたイナゴ怪人は、子民家にあがりこむと食卓に残されたイナゴの佃煮の瓶をむんずと掴んで5人の元へ。
    「これはイナゴの佃煮だ。滋養強壮、栄養満点。醤油、砂糖、水飴で甘辛く煮てあるから、見た目はこんなだけんど、うめぇ」
    「怪人さん、イナゴの佃煮美味しいわよね。いただいてもいいかしら?」
     空き地からイナゴ怪人に声をかけるのはペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)。
    「よかったらこちらに来ていただけない? もっとゆっくりイナゴの佃煮をいただきたいの」
     その足元にはルーナの霊犬のモップがお行儀よくお座りをしている。イナゴ怪人にわかるように指差して、ルーナは空き地へと彼を誘導する。
    「私もちょっと興味ありますねー。あの子もこんなに食べたそうに見つめてますし、せっかくなんであっちでみんなで食べましょ!」
     空き地に誘導されていくイナゴ怪人の姿を、シズクはただにっこりと笑っていた。
    (「戦闘開始までの我慢よ……」)


     避難を担っていた朱鷺、幸太郎、そして菊乃も合流して、イナゴの試食会は始まった。
    「あっ、意外とおいしい、このバッタの佃煮」
     イナゴの佃煮を食べて一言はなったナディアに、イナゴ怪人の触覚がピクつく。
    「バッ……」
    「バッタではないわよね、イナゴよね。怪人さん佃煮美味しいわ、流石ね」
     ナディアのバッタ発言を打ち消すかのように、佃煮を口に運んでその味を褒めるペペタン。
    「ふむん、なかなか……。お礼にたい焼きをどうぞ♪」
     こくんと佃煮を飲み込んだ菊乃は、にっこり笑ってたい焼きを怪人に差し出す。
    「あららこんなにがっついて……。私は取らないであげるから、どんどん食べていいですよー」
     ルーナはモップにイナゴの佃煮をこれでもかと食べさせる。それは傍から見たら拷問なのだが、モップは震えながら尻尾を振って喜んで食べている。
     一方、食べられない者には食べられない者の事情があるようで。
    「あ、すごくうまそうだなうん」
     口から出た言葉とは裏腹に、幸太郎の心中は穏やかではない。
    「じゃぁ、おめも食うずら!」
     イナゴ怪人に瓶を差し出されて、うっと顔をそらした。
    (「原型そのまま食うなんて、ありえんだろ……」)
     瓶から見えるそれは、虫の形をそのままとどめていた。
    「お、俺はいいから、他の食いたいやつに食わせてやってくれうん」
     苦手だと言うことを隠そうとするが、挙動の不振さはやや駄々漏れだ。
    「そうか。じゃぁ……」
     と、シエラに瓶を向けるイナゴ怪人。
    「……バッタ……、無理……」
     シエラは、腕をさすりながら後ずさる。
    「なっ!? これはバッタじゃねぇずら!」
     怒り心頭のイナゴ怪人にシエラは眉を下げる。
    「ごめん……ね。どうしても……、虫は……、無理なの」
    「うぐぐ、じゃぁ、おめ食え!」
    「お断りします」
     朱鷺はそれを丁重に断った。
    「な……っじゃぁ、おめは食え!」
     ずいっと瓶を差し出されたのはシズク。今まで笑顔でみんなに合わせてきたシズクだが、イナゴの佃煮を差し出されて、とうとう彼女の中の理性が切れた。
    「ゲテモノでしょ!?」
    「ゲッ……!」
    「私は嘘でもイナゴを褒めるのなんて、無理!!」
     きっぱり言ってやった。内心すっきりしたシズクの言葉を受けてイナゴ怪人はわなわなと震えだし、とうとうプッツンと切れた。
    「何だおめぇたは! イナゴだっつってるに、バッタバッタ言いくさって!! それに言うに事欠いてゲテモノ……! もうこうなったら戦争ずら!」
     イナゴ怪人は突き出した右手から緑色と茶色が混ざった信州イナゴビームを放つ。灼滅者の『バッタ発言』により冷静さを欠いて狙いが定まらないその攻撃は、よりによって昆虫が苦手な幸太郎に向いたが。
    「あら、通さないわよ!」
     ペペタンがビームを肩代わりする。
    「助かったぜ……!」
     体制を整えた幸太郎は、影の先端を鋭い刃に変え、イナゴ怪人を切り裂く。
    「いざ、参る!」
     と飛び出たのは朱鷺。光盾『鴇羽』でイナゴ怪人の頭部を思いっきり殴りつける。
    「いでっ!! よくもやっただなぁ!!」
    「初手はイナゴ怪人さんでしたけど」 
     言葉は遠慮がち。でも攻撃は違う。菊乃は、日輪槍『緋魔破』に螺旋の如き捻りを加えて突き出し、イナゴ怪人を穿つ。
    「ん……、いくの……」
     シエラはしっかりギターを構えると、激しくギターをかき鳴らした。
    「ぐあぁ、その音、バッタバッタ聞こえるずらぁ!!」
     音波に悶え苦しむバッタ怪人。音の聞こえはイナゴ怪人の思い込みである。
     シエラの霊犬、てぃんだは傷ついたペペタンを優しく見つめる。すると彼女の傷が癒える。
    「それじゃ、遠慮なく徹底的に叩かせていただこうかしら!!」
     愛用のハンマー、積木崩しを構えたシズク。ハンマーに回転を付けて、イナゴ怪人の緑の体を殴打。
     指輪に誓うのは闇の契約。ナディアの指にきらりと光る指輪がペペタンの残りのダメージを癒すと、ナディアのライドキャリバー、イドもフルスロットルで自分の士気を高めた。
    「バッタ怪人さん、バッタの佃煮うまかったぜ!」
    「だからバッタでねぇってごふぅ!!」
     ナディアの挑発に乗ってしまって防御が疎かになったイナゴ怪人は、ペペタンのクルセイドソードに宿った炎に叩きつけられた。
    「ミート、がんばりましょうね!」
    「ナノっ」
     ペペタンのナノナノ、ミートはしゃぼん玉で攻撃。
    「ところでイナゴってバッタの一種でしたっけ? バッタもどき的な? あっ 一種だったらもどきじゃないですよね失礼なこと言ってごめんなさいバッタ怪人さん!!」
    「だから、バッタとイナゴは『科』が違げふぅ!!」
     ルーナの槍の妖気は冷気の氷柱となり、冷静さを欠いたイナゴ怪人に突き刺さった。そこの輪をかけたのは、モップの斬魔刀だ。
    「ぐぬぬ……、おらとしたことが、抜かっただな!」
     イナゴ怪人は体勢を立て直すと、小脇に抱えていたイナゴの佃煮の入った瓶から掴めるだけのイナゴの佃煮をむんずと掴む。そしてどこにあるともわからない口でバリバリと佃煮を貪りだしたのだ。
    「回復ずら、んぐんぐ」
     バリバリと小気味いい音が戦場に響くが、これはいわゆる共食いである。
    「うっ」
     イナゴ怪人から遠く離れた位置に陣取る幸太郎すら目を逸らす。シエラも眉をしかめている。
    (「うわー、見てるだけできつい。瓶詰めのイナゴごと粉砕してやりたい!!」)
     シズクは訝しげにその姿を見つめ、フラストレーションを溜めるのであった。


     この後も灼滅者たちの攻撃と挑発は、イナゴ怪人の体力と精神面に多大なダメージを与えていった。
     しかし、イナゴ怪人もやられっぱなしではない。
    「『信州人はバッタ食ってるんですか』って問われるこの屈辱!! これはバッタでねぇ、イナゴだキーック!!」
     どこまでが技の名前なの!? と突っ込みを入れたくなるようなキックが朱鷺に命中。踏ん張りきれずに飛ばされてしまう。
    「大丈夫!? すぐ治すわね」
     朱鷺に駆け寄ったペペタンが集気法で、ミートもふわふわハートで朱鷺の傷を癒す。
     ルーナの縛霊撃とモップの斬魔刀。しかしイナゴ怪人はさらっと避けて見せた。
    「もう、避けないでくださいよ、バッタ怪人さん」
    「誰がバッタ怪人だげふぅ!」
     ナディアの、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴り、スターゲイザーが炸裂。
    「よそ見してるからだぜ、バッタ怪人!」
    「だから、バッごふぅ!!」
     イドの機銃掃射が追い討ちをかける。
    「……♪」
     シエラが伝説の歌姫を思わせる神秘的な歌声で歌いイナゴ怪人をさらに混乱させると、てぃんだは六文銭射撃を打ち込んでいく。
    「まだまだっ、イナゴのすばらしさを、お前たちに教えてやるずら……!」
     そう言いつつも、足元はふらふらとしている。
    「その心意気は解ったから、もうそろそろ観念するんだな、昆虫野郎」
     さらりと酷いことを言いつつ、オーラキャノンを放つ幸太郎。
     早く倒したいという鬼気迫る気持ちはオーラへと変わり、イナゴ怪人の鳩尾へクリティカルヒット!
    「そこら辺の昆虫といっしょくたにすんな! 食える昆虫は数少ねぇんだからッ!」
     やっとの思いで立っている様子のイナゴ怪人。
    「そうよ、そうよね。それはバッタじゃなくてイナゴだわ」
     シズクは積木崩しを構えてうんうん頷く。
    「……おめは解ってくれるだか!?」
     やっと理解者が現れた! イナゴ怪人は歓喜したが、その喜びもつかの間。
    「……って、バッタもイナゴも似たようなもんだろ!!」
     シズクは大きく振りかぶってイナゴ怪人を打ち付ける。
    「まだまだいきますよ、怪人さん」
     続くのは菊乃。大大幣『直毘神戒』を大きく振りかぶると、イナゴ怪人の穢れを打ち祓うかのようなフォースブレイク。
     朱鷺は怪人を見据えていた。
    「人には好き嫌いもあり、時にはアレルギーなどどうしようもない理由がある! そういった事情も斟酌せずに無理に食べさせようとしただけでなく、罪の無い者の思想まで染め変えるとは言語道断。この地に滅するがいい!」
     両手を頭の位置まで上げた佐渡おけさの体勢から放たれたのは、佐渡おけさビーム。米どころ新潟を象徴する稲穂の如き黄金の光はイナゴ怪人の緑色のボディに入り。
    「……新潟の炊き立てのお米に、信州のイナゴの佃煮乗せて食べてぇなぁ……」
     そう思えたことが最後の弔いになったのであろうか、イナゴ怪人は穏やかな表情を浮かべて爆散した。
     おらを倒しても第二、第三のおらが……! って言いたかったのは、もう誰も知る由もないことだった。


    「みんな……、大丈……夫?」
     シエラはサウンドシャッターを解くと、傷ついた仲間がいないかどうか確認する。幸い深く傷ついたものはいなさそうだ。
    「しかし、長い戦いだった」
     虫が苦手なものに、この戦いは精神的に来るものがあったのであろう、幸太郎は缶コーヒーを飲んで精神の安定を図る。
     殺界形成を解いた朱鷺は、残されたイナゴの佃煮が入った瓶を見下ろしていた。怪人が爆散した際に転がってしまい、もう中身は土に還るほかなかった。
    「どう見てもバッタですよね……? イナゴとバッタは違う? エビと違ってザリガニなロブスターが食べれるなら、イナゴが食べれる人はバッタも食べれると思うんですが……」
     やっぱりイナゴ怪人の真意は伝わらなかったようだ。
    「イナゴは稲の葉を食べる害虫とされてきただよ」
     声をかけられて振り返った先にいたのは、おばあさんと孫2人。女の子は菊乃のたい焼きの袋を大事そうに抱え、男の子は美味しそうにたい焼きを食べていた。
    「害虫駆除と、たんぱく源を有効活用したのが『イナゴ食』とされているだよ」
    「そうだったんですか」
     朱鷺はもう一度、土に還る運命のイナゴの佃煮に目を落とした。
     ちなみにバッタは大して美味しくないらしい。
    「お姉ちゃん、たい焼きおいしかった。ありがとう♪」
    「どういたしましてですよ」
     菊乃はたい焼きの袋を受け取ると、抱きかかえた。
    「流行りのご当地ヒーローで地域興しをしたかったみたいだけど、やりすぎだよねー」
     ナディアは子どもたちを安心させるようにからっと笑って見せた。
    「本当にありがとうねぇ、よかったらご飯食べていくかい?」
     おばあさんの言葉に反応したのは幸太郎。
    「いや今は腹がいっぱいなんだうん」
     イナゴが出てくると思うと内心冷や冷やなのである。
    「それよりも、見た目の可愛いお菓子でも食べたいわ……。マカロンとか」
     シズクはイナゴのことを忘れたくて仕方なかった。
     
     こうしてイナゴを食べる文化の残る片田舎に、平和が戻ったのであった。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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