咲くや この花

    作者:飛角龍馬

    ●狂い咲きの夜
     からん、ころん、と。
     境内の石畳に鳴る下駄の音色を、他人事のように聞いている。
     夜の神社に満ちるのは、むせ返るような血の匂い。ならず者たちが爆音を唸らせていた境内には、静寂が戻る代わりに、今や惨たらしい死が充満している。
     手を下したのは、他ならぬ私だ。
     顔は飛び散った鮮血で濡れている。頭に巻いた鉢巻も白のままではないだろう。身につけた剣道着も血に染まり、手にした血刀からも赤い粘液が滴っている。足を踏み出すたび耳に届く下駄の音を、黒袴の衣擦れを、違う誰かのもののように私は聞いている。
    「ひ……!」
     生き残りの男が、顔を引きつらせながら後ずさる。
     嫌、もう充分。私は無言で距離を詰める。駄目、倒さなければ気が済まない。
     うめくような声と共に、男が尻もちをついた。助けでも求めるつもりなのか、狂ったように左右を見回す。でも、彼の周りにあるのは、持ち主をなくしたバイクの群れと、仲間の男どもの死体だけ。
     からん、という下駄の音に、男が再びこちらを向いた。
    「や、やめ、てくれ……た、たのむ、命は……!」
     これ以上、殺したくない。剣の切っ先を突きつけたまま、私は思わず口元を歪めた。
     そうか、なるほど。命乞いを聞いてやるのも悪くない。
     胸の中に不思議な葛藤が渦巻いている。
     命を奪いたくないという意志と、更なる闘争を求める衝動がせめぎ合い、私は言葉を口にする。
    「今夜来なかったお前の仲間に伝えるがいい。あらゆる復讐は、全てこの朔夜・小町(さくや・こまち)が返り討ちにすると」
     男は座り込んだまま、なお後ずさったが、やがて転ぶように逃げていった。
     しばしの沈黙。雲に隠れていた満月が、境内を照らし出す。
     自分のしたことに、何故、と私は呟いた。
     心が答えを返してくる。それは、正義のため。
     正義をなすには、力が必要だ。そして今や屍となった彼ら暴走族は、悪であるとともに私の力を試す試金石だったのだ。
     そして、私は勝った。圧倒的な力によって、正しさが証明されたのだ。
    「……ふ、くくっ」
     疑問が嘘のように晴れていく。そう、その通りだ。
     血刀を手に、私は天に向かって哄笑する。
    「くくくっ……はははっ! あはははははっ!」
     ただ一つ、両目からあふれる涙の意味を解き明かせぬまま。
    ●武蔵坂学園・教室
    「過ぎたるはなお及ばざるが如し、と言いますか」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、これから起こる惨劇の一部始終を語り終えた後、溜息混じりにつぶやいた。
    「皆さんには、闇堕ちしつつある女の子を助け出して欲しいんです」
     その人物の名は、朔夜・小町。
    「闇堕ちした一般人は、ダークネスとなって元の意識を失うことになります。でも、小町さんはまだ完全に意識を奪われてはいないみたい。ですから、もし彼女が灼滅者になる素質があるなら、まだ間に合います」
     ただし、もう手遅れだと思われる場合には、容赦なく灼滅しなければならない。
    「小町さんは小さい頃からお祖父さんの剣術道場で腕を磨いてきたみたいです。道場に通う子供たちからも慕われているようで」
     姫子は柔らかな笑みを見せて、
    「正義感も強くて、一度なんて近くのお家に忍び込もうとした泥棒さんを捕まえたとか」
     しかし、その正義感がダークネスに付け込まれる原因となった。
    「彼女にとって、正義は力。力がなくては正義を通せないと考えているみたい」
     だから悪事を働く者に片っ端から挑戦し、勝つことで己の力と正義を証明しようとする。
    「実際、小町さんの力は強大です。具体的には、灼滅者十人分くらい」
     笑みのまま、困ったように姫子は言った。
    「小町さんはお話した神社の境内で、そこを溜まり場にしている暴走族を長いこと待ち構えます。でも、暴走族が来るのは夜遅くなので、いまから行けば余裕を持って戦えます。皆さんが着くのも夜になっちゃいますけど」
     よほど戦闘に時間を掛けない限り、暴走族と鉢合わせることはない。
    「太刀による剣技を得意とする彼女ですが、投げ技も使ってきます。ただ、心はぐらぐらしたままなので、うまく説得が出来れば大きく力を奪えます」
     だから大丈夫、と姫子は言い足して、
    「彼女が完全に闇堕ちしてしまう前に、どうか救ってあげてください。皆さんならきっと出来ると信じています。よろしく、お願いします」
     姫子は穏やかな表情のまま、灼滅者たちにゆっくりと頭を下げた。


    参加者
    陽渡・燐花(陽だまりの花・d00440)
    遥・かなた(こっそりのんびりまったりと・d00482)
    館・美咲(影甲・d01118)
    一橋・智巳(強き『魂』を求めし者・d01340)
    檜・梔子(中学生ストリートファイター・d01790)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    近江谷・由衛(朧燈籠・d02564)
    秋凪・凛(小学生魔法使い・d04174)

    ■リプレイ

    ●この花、咲くや
    「……面白い」
     冴え渡る月の光が、石畳の境内を淡く照らし出している。
     朔夜小町は、八人の灼滅者を前に、歪んだ笑みを見せた。
     彼女には理解が出来ない。何故、突然に現れた八人が自分の目論見を見抜いたのか。
     しかし、小町は沸き上がる衝動の赴くまま、眼前の敵と対峙した。そして後付けの理屈が心に訴えかけるのだ。
     我が前に立ちはだかるもの、それは全て斬り捨てるべき障害であり悪である、と。
     からん、と石畳に下駄音が響く。
     灼滅者達は既に陣形を整えていた。
     闇に堕ちた小町の禍々しい闘気に、不敵な笑みを返すのは、前衛の一橋・智巳(強き『魂』を求めし者・d01340)だ。
     これが一般人であれば、小町と向きあっただけで戦意を喪失していただろう。
     たとえ灼滅者でも震えが来るのは無理もない。思わず息を詰まらせた秋凪・凛(小学生魔法使い・d04174)と、武者震いを覚える檜・梔子(中学生ストリートファイター・d01790)。
     二人を背にして、館・美咲(影甲・d01118)が前へ進み出た。
    「未熟者じゃが……武術家、館美咲じゃ。さあ手合わせを願おうか!」
     武道は礼に始まり礼に終わる。闇に堕ちたとは言え、剣士である小町もそれに応える。
    「朔夜小町だ。挑戦の儀、確かに承った。……いざ!」
     履いていた下駄を後ろへ飛ばし、小町が剣の柄に手を掛ける。
     呼応するように、前衛の日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)が構えを取る。
     短く、凛とした小町の掛け声。
     それが響いた時には、鞘から引き抜かれた太刀が、閃光を伴って夜闇にほとばしっていた。
    「やらせぬわ!」
     手にした盾で、美咲が斬撃を受け止める。手が痺れるどころの騒ぎではない。
    「必ず助け出します! 力に溺れ、闇に飲み込まれる前に」
     叫びと共に放たれた、遥・かなた(こっそりのんびりまったりと・d00482)の抗雷撃を、小町は身を翻して避ける。
    「ライちゃん!」
     指示を受けた梔子のライドキャリバーが小町に機銃掃射を敢行。同時に梔子のオーラキャノンが小町を捉え、直撃弾を喰らわせた。 
    「あーたたたたたたー!!」
     続くかなめの猛烈な連打を、小町は足を踏みしめて防ぎ切る。
     そこへ、
    「行くぜ!」
     足を止めた小町を襲うのは、智巳のロケットスマッシュ!
    「浅いッ!」
     しかし、その一撃は虚しく空を切った。
     かなめの拳を受け続けて尚、小町はさっと飛び退いて打撃をかわしたのだ。
    「朔夜さんっ!」
     陣形の後方から声を上げたのは、戦闘を見守っていた陽渡・燐花(陽だまりの花・d00440)。
    「あなたは、何かを守るために力が欲しかったんじゃないんですか? 壊す為の力が欲しかったんですか?」
     癒しの矢を美咲に向けながら、燐花は声を絞って訴える。
     小町は苦々しげにそれを聞き、叫んだ。
    「壊す力がなければ、何も守れはしない!」
    「守れるかどうかは、妾が証明してくれるわ!」
     癒しの矢の加護を受けた美咲の一撃が、小町の顔面を捉える。
     距離を取った小町は、血混じりの唾を地面に吐いた。
     その顔にあるのは、命を賭けた闘争を楽しむ凄絶な笑みだ。
    「こ、このままじゃ……」
     灼滅者数人の連続攻撃を受けた筈の小町だが、痛手を負っているようには見えない。
     凛は不安に怯えながらも、清めの風で美咲を癒す。
    「無様ね」
     陣形の中程から響いた射抜くような一言は、他ならぬ小町に向けられたものだ。
     言い放ったのは、終始、戦況を見守っていた近江谷・由衛(朧燈籠・d02564)。
    「まあ確かに、力なき正義は通らないと思って良い。その点は正しい」
     その身体から湧き出るのは、小町とよく似た闇の気配。ブラックフォーム。 
    「……で、今している事、これからしようとしていた事は、貴女にとっての正義なのかしら?」
     似て非なる力を目にした小町は、由衛の言葉と姿を前に、両の眼を見開く。
     灼滅者達は彼女から放たれる凶悪な剣気が、僅かに揺らいだのを感じた。
      
    ●光と影
     森を繰り抜いたような境内に、刃がきらめく。
     陣形を保ちながらも敵を包む灼滅者達と、鬼神の如き戦い振りを見せる小町。
     前衛を圧倒すると、小町は時に、月光衝によって後方にも攻撃を届かせる。
     戦闘開始から数分も経った頃には、灼滅者達は誰もが傷を負っていた。
     猛攻を受ける前衛は特に損傷が酷い。
    「お前たちの正義、その力が通用すること……証明して見せろ!」
     叫びと共に、ひときわ大きな一撃が振るわれる。
     それを盾で受け止めた美咲が思わず顔を歪めた。だが、その瞳には強い闘志がある。
    「力なき正義は無力と言えど、力だけで相手を潰すのは暴力と変わらぬ!」
     声を振り絞り、美咲は盾で太刀を押し返す。
     小町はよろけるように一歩退き、隙を突いたかなめが懐に飛び込んで、
    「ほわっちゃー!!」
     体重の乗った衝拳――鋼鉄拳の一撃を胸部に見舞った。たまらずたたらを踏む小町。 
    「私欲のために力を振りかざすのは正義ではなく暴力。力そのものは正義なんかじゃありませんっ!」
     かなめの言葉を受けて歯噛みする小町には、戦闘開始直後の鬼気迫る勢いが薄れている。
     ライドキャリバーの機銃掃射が行われている間に、前衛の損傷を察した梔子がディフェンダーに回る。
    「相手を怪我や死に追い詰めるその剣。そんなものが正しいと言えるの?」
    「悪をかたる弱者には死を! 勝者が正義であれば私は勝つ。この力で勝ち続けるまでだ!」
    「まあ確かに、力なき正義は通らないと思って良い。その点は正しい」
     失望を覚えたかのように、由衛が冷然と言い放つ。
    「けれど……ただ闇雲に大きな力を振り翳すのが正義ってわけじゃない」
     力で命を奪う等は、以ての外。
     明確な意志を込めた由衛のトラウナックルが小町の精神を穿つ。
     襲い来るトラウマを追い払うかのように、虚空に剣を振るって小町が退く。
    「あなたは、正義感の強い人。とても強い光を、感じます」
     告げたのは、清めの風による回復に専念していた燐花だ。
    「でも、光が強ければ強いほど、濃い影……闇も出来てしまう。今のあなたは、その闇に負けてしまっています」
     紡がれる言葉とともに燐花からほとばしったのは、鋭き裁きの光条。ジャッジメントレイ。
     目の眩むような光に、小町は剣を構えながらも後ずさる。
    「心の奥では間違いに気付いているのでしょう? 行き過ぎた暴力を押し通すのであれば、それは最早、正義ではありませんっ」
     声と共に、かなたから発せられた力は、燐花とは対極のものだった。
     影である。
     かなたの影業から伸びた漆黒の触手が、小町の足に絡みつく。
    「くそっ! 私は……私は負けてなどいない!」
     影による束縛を受けながらも、小町は太刀を上段に構え、前衛の智巳に踏み込んだ。
     振り下ろされる雲耀剣。
     後衛の凛が、あっ、と思わず顔を背ける。
     金切り声の悲鳴が挙がる。
     金属の放つ悲鳴だ。
     凛が恐る恐る見れば。
     智巳は自らの武器によって、小町の一撃をしっかと受け止めていた。
    「……期待外れだな」
    「何、だと……」
     小町の瞳が小刻みに揺れる。
    「期待外れだよ。テメェは『弱ぇ』。何が圧倒的な力。何が正義の力。所詮、テメェはそんなもんさ」
     動揺を表情に張り付かせた小町は、呻き声とともに自らの足を見た。絡みつく影が、一段と力を強めたのだ。
     見れば、瞳に強い意志を湛えたかなめが、影業を手に小町を見据えている。
    「こんなことで……あなたを慕う子供たちを失望させないでください」
    「そうだよ。今のあなたは、慕ってくれた子供たちに胸を張れるの?」
     かなたに続いた梔子の言葉に、美咲も呼応して、
    「そうじゃ! お主は血に濡れたその剣を、子供たちに伝えるつもりか!」
     凛もまた、仲間の声に、意を決して小町を見据えた。
     怖がっていては、戦えない。
     口にしなければ、伝わらない。
     伝わらなければ、救えないのだ。
    「正義を大事にする朔夜さんは、格好いいと思います……でも」
     決意を固めた凛の表情に、最早、怯えの色は見えない。
    「その表し方を間違えちゃ駄目なんです! そんなの、そんなのは正義じゃない……目を覚ましてくださいっ!」
     その叫びを耳にした小町は、驚きに大きく目を見張り、息を呑んだ。
     まるで凛の姿から、大切なものを思い出したかのように。
       
    ●夜を裂く炎
     絶叫が境内に轟く。
     精神的な動揺、そしてトラウマに苛まれた小町が、虚空に向けて、全てを振り切るような叫びを放ったのだ。
     追い詰められた獣のような咆哮は、灼滅者達を巻き込み、あたり一面に響き渡る。
     それは心に巣食うダークネスの叫喚か。或いは心の内で抵抗を続ける小町の意志によるものか。
     風に吹かれるように、トラウマが一気にかき消される。
    「面白ぇ!」
     未だ折れない敵を目の前にして、智巳は笑った。前衛に居続け、満身創痍になりながらも、である。
     心の闇が再び理性を押し殺したのか、淀んだ瞳を灼滅者達に向け、小町は太刀を構え直す。
     踏み込んで行った先は、かなめだった。居合いの要領で放たれた一閃は、直撃すれば相当の痛手になる。
     しかし、
    「水鏡流合気技、『渦』ッ! ……なのです!」
     合気には小手返しと呼ばれる技がある。小町の剣を見切って腕を取ったかなめは、そこに自身の両腕を絡ませ、正に渦の如き動きで小町を投げ飛ばした。
     すぐさま立ち上がった小町を、梔子を乗せたライドキャリバーの機銃掃射が襲う。
     そして燐花が、まるで暗闇から引き上げるように小町の名を呼んだ。
    「どうか闇に負けないで……あなたの本当の光を、優しさを見失わないで……!」
    「違う……私は、負けてなど……!」
    「違うと言うなら、なんで泣いているんですか!」
     燐花の言葉に、小町は頬に手を当てた。
     その指に触れたのは、我知らず流れる一筋の涙だ。
    「わたしも、闇に負けてしまった事があります。だからこそ……今此処にいるんだと思います。あなたを、助けたいから」
     闇堕ちから救われた経験を持つ燐花は、強く、闇の奥で戦う小町の本心に訴える。
    「心の底で涙しているなれば!」
     美咲のシールドバッシュが再び小町に直撃する。
    「ぐ……っ」
     太刀を杖に膝を突き、それでも尚立ち上がる小町に、智巳は問う。
    「なぁ、小町。『決して消えない火』って知ってるか?」
    「なに……」
    「魂に灯る火さ。今、お前に相対する八人全員にそいつが灯ってる。魂から信じられる道を、胸張って歩いてるからだ」
     一様に傷を負った灼滅者達は、智巳の言葉通り、瞳にそれぞれの強い意志を湛えている。
     震える腕で太刀を構えた小町に、灼滅者達の攻撃が襲う。
    「ライちゃん!」
     ライドキャリバーに乗った梔子が小町に突撃、鋼鉄拳を見舞い、
    「鉄拳制裁! その歪んだ正義を叩き直してあげるなのです!」
     かなめが高まる闘気を武器として、小町に躍りかかった。
    「水鏡流奥義、爆砕徹甲拳ッ!」
     鬼神変により増大した一撃は、小町に致命的な衝撃を与える。
    「……これで」
     命を奪うのは以ての外。そう、由衛は言った。その言葉通りに、彼女が放ったマジックミサイルは小町の足止めに終始する。
     そして、
    「小町、テメェの魂には火が灯ってるか!? お前自身の魂に胸を張れてんのかよ!」
    「私は……私は……っ!」
     小町は叫ぶ。
     大地を蹴った智巳を迎え撃つべく、太刀を構え、残る力で懸命にそれを突き出した。
    「甘ェ!」
     智巳が最後の攻撃を掻い潜る。
     一気に間合いを詰め、武器を振りかぶり、攻撃と共に智巳は叫んだ。
    「何が正しいかは――テメェの魂で決めな!」 
     重い一撃が小町の身体を吹き飛ばす。
     全力を込めた、渾身の、手加減攻撃。
     小町は宙に投げ出され、やがて境内の石畳にどさりと倒れた。
     横たわる彼女の身体には、最早、ダークネスの気配はない。
     戦いは、終わったのだ。
        
    ●咲くやこの花
     命を削るような死闘が幕を下ろし、神社の境内には、普段と変わらない夜が舞い戻った。
     月明かりの下、戦いを終えた灼滅者達は、石畳に倒れた小町を介抱する。
     しかし、それだけではない。由衛は石畳ではない露出した地面を、足でならしていた。戦闘の痕跡を消すためだ。
    「あっ、目が覚めたみたいですよ」
     かなたの言葉を受けて、由衛は気だるげに小町に歩み寄った。美咲に抱きかかえられている小町は、確かに目を開けて、周囲の面々と短く会話を交している様子。
    「……御免なさい。私は、誤っていた」
     由衛の方を見て、小町は言った。
     今更と言えば今更だが、手遅れではない。由衛は表情を動かすことなく、
    「……ダークネスを灼滅し、結果として人を救う。それが貴女の考える正義と重なるなら、学園に来るのも良いと思うけれど」
     まあ、どちらにせよ――そう投げやりに言って、由衛は付け足す。
    「貴女の信じる正義は何なのか、ちゃんと考えることね」
     小町はその言葉に、瞑目して深く頷いた。
     再び目を開けた彼女が次に気に掛けたのは、自分を抱き起こす美咲の様子だ。終始、攻撃を受け止め続けた彼女は、正に傷だらけである。
    「これか? なに、武芸者の勝負に多少の怪我は付き物じゃろ」
     同じく見た目はボロボロな智巳も、晴れやかな笑みを見せて、
    「なあ小町。また喧嘩しようぜ? さっきまでのお前より、今のお前の方が強いしな」
     ある意味で筋の通ったその物言いに、小町もまた笑みを含む。
     それを見て、かなめが安堵するように言った。
    「正義の人は言いました。『強い奴ほど笑顔は優しい』と。きっと一番大事な力って、優しさだと私は思うなのですよ」
     緊張が解れたのか、少し瞳をうるませた凛に、小町は目配せをする。
    「ありがとう。……言葉、届いていた」
     言いながら起き上がろうとする彼女を支えたのは、梔子だ。
    「学園で、一緒にがんばろう」
     笑みと共に差し出されたその手を、小町は握り返す。
    「あー、そうだ」
     唐突に言ったのは智巳だ。
    「暴走族がどうとか言ってたよな。アレどうする?」
    「……警察に連絡しましょう。ここは、いつも溜まり場にされていますから」
     袴の埃を叩きながら、小町は言った。
     力ずくで打ちのめし、正義を誇示しても、それは根本的な解決にはならない。
     折角それに気付けたのだから、と。
    「それより、学園の近くに、綺麗なお花畑があるんです。一緒に……見に行きませんか?」
     燐花の言葉に、小町は嬉しそうに、
    「いいな。私、花は好きなんだ……」
    「似合わねぇ……いや嘘、嘘だから!」
     なるほど、先程までの戦い振りを見れば、智巳がそう言いたくなるのも無理はない。
     反撃しようとする小町に、面々が沸く。
     由衛は依頼を完遂したことへの満足感からか、表情はそのままに肩の力を抜いた。
     死闘を繰り広げたことが嘘のように、賑わう灼滅者達。
     仲間たちに囲まれながら、月光の下、新たな笑顔の花が咲いた。
     

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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