●situation
夜は虚ろな世界。夢の世界は宇宙のよう。ブラックホールに飲みこまれた先に行きつくのはいつだって誰にも想像できない世界だった。眠りについた少女は幸せそうにくまの人形を抱き締めている。その両腕にきつく力が込められたのは悪夢を見ているから――だろうか?
夢を見る少女の枕元に一人。茫と立っている姿がある。
よく見ればその姿は異質そのものだ。宇宙服の様な服を着た少年は何処からともなく現れて、音もなく眠って居る少女の枕元に立っていたのだ。ちょっとした怪現象を思わせる少年の出現に少女は全くと言っていいほどに気付かない。
――君の絆を、僕にちょうだいね。
囁きと共に少年は手を伸ばす。それから、ああ、それからはまた幸福な夢の世界が広がったのだろうか、少女の寝顔は柔らかくなる。
朝、それは夜とは一転して明るく清々しい物だ。瑞穂、瑞穂と扉を叩く声に少女は小さな欠伸を漏らして一言「はぁい」と間延びした声を漏らす。
「何してるの? 今日はお出かけするんでしょう?」
「……うん」
「何、変な子ね?」
蕪木・瑞穂(かぶらぎ・みずほ)。幼い頃から母と二人暮らしで、大学四年生になったばかりの彼女は大好きな母の姿に違和感を感じて止まない。貴重な休日を母と共に買い物に行って過ごそうと、約束して居たのに。
「あたし、体調悪い」
「……そう、じゃあ今日は安静にしときましょうね。風邪ならお薬だすけど」
「いらない」
何故か、気分が乗らないし、何故か母と話す気にもなれなくて。
『ダイスキナオカアサン』が何処かに行って只の『女の人』の様に感じられる。
どしてしまったんだろう、とぼんやりと自分の両手を見つめて、布団の中で丸くなった。
●introduction
まだ七月も頭だと言うのに茹だる様な暑さに辟易してしまって仕方がないが、仁左衛門に乗った天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は灼滅者に変わらない笑顔を浮かべている。
「強力なシャドウ、絆のベヘリタスが動きだしたんだ。絆のベヘリタスと何らかの関係がある人物が一般人から絆を奪って、絆のベヘリタスの卵を産みつけてるんだよ」
酷いよね、と子供らしさを覗かせるカノンの頬がぷう、と膨らむ。
絆のベヘリタスの卵。それが孵化すると強力なシャドウが増える事に繋がる。シャドウは強力な敵だ。その子達が増え続けると言うのは悪夢その物ではないか。
「シャドウの卵を孵すのは避けたい……けど、避けられない運命だからね、みんなにはお願いしたい事があるんだよ。
チャンスは孵化した直後。直後なら条件によっては弱体化させる事が出来るんだよ。だから、その条件を満たして弱体化して……それで、絆のベヘタリスがソウルボードへ逃げ込む前に灼滅をお願いしたいんだっ!」
条件を満たしてほしい、と言ったのは灼滅者らの事を思ってだろう。仮面をし、膨らんだ風船の様な姿をしたベヘリタスは強力なシャドウである事に変わりはない。それは孵化した直後でも同じ話だ。『条件』を満たしても危険な相手である事は変わりないが、弱体化が叶わない状況で闘った場合は――
「……わたしは皆には出来れば無事で居て欲しいから、できるなら『条件』を満たして欲しいな? ええと、説明するね。ベヘリタスの卵を受けつけられているのは蕪木瑞穂さん。大学四年生で今年二一歳になるよ。小さなころからお母さんと二人暮らしをしていて、瑞穂さんはお母さんを支えながら学校に通ってるそうなんだ」
素敵な人だよね、と笑顔を浮かべるカノンの表情が一転する。
ベヘリタスの卵の孵化の条件は『宿主の絆』を養分として成長し、一週間かけて産まれてくる。母と二人、母親を支える明るい瑞穂は沢山の友人たちとの絆も養分として奪われて行っているのだ。
「なんとしても止めなくちゃ! ……条件っていうのはね、皆が瑞穂さんと何らかの絆を結んで欲しいんだよ」
絆、といっても色々ある。愛情や劣情や感謝や侮蔑、憎悪、なんだっていい。どんな絆でも強く結ぶ事が出来るならばその『条件』に当てはまり絆のベヘリタスを弱体化させる事が出来る。
「絆のベヘリタスは絆を結んだ相手に対してのみ弱体化するんだ。だから、それを狙って欲しいんだよ。
瑞穂さんと絆を結べる時間は一日だけ。その時間を使って彼女と絆を結んで欲しいんだ。前日の瑞穂さんは朝から昼までは花屋さんでアルバイト、その後はカフェで昼食をして、公園に立ち寄ってぼんやり……って感じだそうだよ。孵化は0時ぴったり位」
瑞穂は困っている人を放っておけないタイプなのだという。公園には子猫がおり、こっそりと世話をしているそうだよ、とカノンはひそひそと告げている。何とかして彼女と顔見知りになる事が出来れば絆を結ぶのだって難しくはないだろう。
――おかーさん、ずっといっしょだよ!
小さな頃に、ぎゅっと繋いだてのひらのぬくもりを瑞穂は温かな思い出としては思っていない。あの時、母のてのひらを握りしめなければ今の瑞穂はなかっただろう。
笑顔をくれた母、優しい、母、大好きな、おかあさん。
母を母だと認識して居ても、今は大事な母では無く同居相手の様にしか思えないのだ。
突然の瑞穂の変化に母も戸惑いを隠せない。母との間に、少しずつ溝が出来始めた。
「てのひらのぬくもりをなくしちゃうって、そんなのってやだなぁ……。
でもでも、ベヘリタスを倒せれば失われた絆も取り戻せるよ。その後のフォローをしてあげてもいいかもしれないね?」
カノンは元気づける様に笑顔を見せるが、同時に困った様に灼滅者達に助言を一つ。
「ベヘリタスを沢山逃走させると、絆のベヘリタスの勢力が強大化しちゃうかもしれないから、出来る限り、頑張ってね!」
参加者 | |
---|---|
周防・雛(少女グランギニョル・d00356) |
水島・ユーキ(ディザストロス・d01566) |
小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964) |
領史・洵哉(和気致祥・d02690) |
月見里・无凱(深淵紅銀翼アラベスク・d03837) |
武月・叶流(藍夜の花びら・d04454) |
山田・菜々(元中学生ストリートファイター・d12340) |
桜庭・遥(名誉図書委員・d17900) |
●
初夏の風は生温く、花弁を揺らして居る。花の束を抱えながら忙しそうに歩きまわる蕪木・瑞穂の姿を視界に捉え、小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)は買い物鞄を抱えたまま花屋の軒先へと歩みよる。
「まぁ、綺麗!」
大きな瞳を輝かせ周防・雛(少女グランギニョル・d00356)はやけに芝居がかった口調のまま、花屋の軒先へと歩み寄る。柔らかな花を思わせるゴシック・ロリータワンピース姿の少女は店員の目を引いたのだろう、顔をあげた店員はぎこちない笑みで「いらっしゃいませ」と微笑んでいる。
「どう? 見てかない?」
雛の後ろをゆっくり歩きながら帰瑠が掛けた言葉に静かな雰囲気を持った武月・叶流(藍夜の花びら・d04454)は瞬きを一つ零し、「いいですね」と小さく頷いた。
「――ええと、瑞穂さん?」
ちらり、と名札に視線を送れば『瑞穂』と書かれたプレートが胸元に携えられている。名前を呼ばれた瑞穂が帰瑠を見れば彼女は屈託ない笑顔を浮かべ、お願いがあるんだと微笑んだ。
「ヒナもお願いしたい事があるのだけど……交際中の彼にあげる誕生日プレゼントをさがしてますの。彼とお付き合いして、初めての彼のお誕生日で……は、初めてのお付き合いでして、解らなくて」
恥ずかしそうに俯く雛に瑞穂は唇を三日月の形に変える。照れる少女にお節介焼きをしたくなったのだろう。
「それで」と促す声に「初めてですから、彼の喜ぶお顔が見たいの」と照れくさそうに雛は笑う。
「色待宵草とか……うーん、紫のライラック、とか?」
「わ、私はお世話になって居る人に花を送りたいんです。叔母さんがもうすぐ誕生日なんです。母が亡くなった時は勿論、今でもお世話になってるばかりで、ちゃんと感謝の気持ちを伝えたくて……どんな花がいいでしょうか?」
感激を浮かべる雛の隣、緊張を滲ませる真剣に告げる叶流に瑞穂は小さく唸って見せる。
母、という言葉に何か思う所があったのだろうか。瑞穂は「母の日なら赤のカーネイションとかなんだけどね」と呟く。
「じゃあ、元気が出る夏の花ありますか? お手頃で窓辺に生けるから強い切花がイイな」
帰瑠に差し出されたのは瑞穂が店の奥で保管していた切花の黄色のマム。
「えへへ、ありがと。いつもは庭の向日葵や蒲公英なんだケドね」
「喜んで貰えたら嬉しいな。ヒナちゃんは一番素敵だと思うお花を、叶流ちゃんは自分が貰って嬉しい花を」
名乗った叶流は手渡された花に有難うと笑みを浮かべる、輝く笑みを浮かべた雛が幸せそうに花を抱き締めれば「有難うございました」と柔らかに瑞穂は笑みを浮かべた。
●
昼過ぎの混雑するカフェに座り、月見里・无凱(深淵紅銀翼アラベスク・d03837)は汗を掻いたアイスコーヒーを茫と眺めている。ゆっくりと立ち上がる无凱は先に済ませて置いた会計を気にする事はなく、アイスコーヒーを机の侭に置いたままゆっくりと立ち上がり混雑するカフェで席を探す瑞穂に「ここ、空きますよ」と勧めた。
立ち上がった无凱に小さな会釈を返した瑞穂の視線の先には写真が一枚落ちている。彼の文庫本からはらり、と落ちたものだと気付き椅子の上に大きな鞄を置いた瑞穂は慌てて无凱を追いかけた。
「待って、写真……!」
「あ、……有難うございます。助かりました」
肩を竦め困った様な表情を浮かべる无凱に瑞穂は小さく頷く。
女性、そして幼い頃の无凱を思わせる写真に瑞穂の視線は暫く落ちたままだった。
茹だる様な暑さの中、小さな子猫の世話へ向かう瑞穂が小さく首を傾げる。
(「人……?」)
猫用ミルクを手に座り持ちこんだのだろう毛布に猫をちょこんと乗せた水島・ユーキ(ディザストロス・d01566)は手を伸ばし甘える子猫に右手を掴まれながら紅葉を思わす髪を夏風に揺らしている。
「……あなた、も、この子、が、心配、で、来た、の?」
たどたどしく、抑揚のない喋り口調は口下手から来るのだろうか。丸い瞳を瑞穂に向けるユーキに彼女は小さく首を傾げる。
「君も?」
「うん、私も、最近、この子、見かけ、て……」
じ、と瑞穂が持参した世話用の餌やブラシに目を遣りながらユーキは毛布を指差す。自分もだ、と言う様に訴えかける瞳に瑞穂は小さく頷いた。
「まだ、小さい、みたい、だから、心配、だよ、ね……」
事前に公園に訪れ、猫の下へと足を運んでいたユーキに子猫は安心を覚えたのか甘えた様に擦り寄った。子猫の態度から嘘ではないのだと瑞穂はほっと胸を撫で下ろす。本心から猫を心配するユーキの真摯な瞳は決して嘘偽りを感じさせなかったから。
「優しいんだね」
「……せめて、飼い主、が、見つかる、まで、は、無事、に、過ごせる、ように、って」
私も飼えない、お母さんがアレルギーなんだと雑談交じりに告げる瑞穂の心の引っ掛かりは大きい。お母さんがアレルギーだからなんだっていうの、と口から出かけた少女はユーキの瞳を真っ直ぐに見詰めた。
「あ、猫……」
何処か緊張した様な桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)はぽそりと声を漏らした。遥の様子に違和を感じたのだろう瑞穂はユーキに「少し待ってね」と手をひらひらと振ってから遥へと走り寄る。
「どうしたの? 一人?」
「あ、兄と逸れてしまって……」
肩を竦めた遥に瑞穂はユーキへと「一緒にお兄さん探してあげない?」と笑いかけた。
●
幼い頃、迷子になった後に繋いだ母の手のぬくもりを良く覚えている。
父を亡くし、母を護らなくちゃと思ったわたしが最後に泣いたのはその時だろう。
――おかあさんまで瑞穂を置いてっちゃうの?
莫迦ねと母は笑っていた。
そんな思い出が風化していく感覚が。ぎゅ、と握りしめたてのひらのぬくもりが。
今は……。
山田・菜々(元中学生ストリートファイター・d12340)はランニングのついでだろうか、『山田』と書かれたジャージに身を包み公園を通りかかる。
「……どうかしたんすか?」
迷子の女の子と困った様な女子大生二人。そんなただならぬ雰囲気に感じる物があったのだろうか。
ぴたり、と足を止めた菜々は瞬き一つ首を傾げて彼女達に歩み寄る。内気な遥は「えっと」と菜々の顔を見て肩を竦めた。
「兄と逸れて、しまって……」
「迷子っすか? ああ、じゃあおいらもお手伝いするっす」
にっこりと笑った菜々に瑞穂は嬉しそうに微笑んだ。
日が傾きだした公園の入り口で領史・洵哉(和気致祥・d02690)はサルビアの小さな鉢を袋に仕舞いこんで周囲を見回して居た。
洵哉の目的は『妹』を迎えに行く事だ。彼の近くに合流した叶流と帰瑠は遥達が瑞穂を連れてくるのを待った。
「あ、お兄さんってあの人?」
菜々の声に顔をあげれば、そこには瑞穂の姿がある。
「あれ? お花屋さん!」
驚いた様に瞬いて帰瑠はゆっくりと歩み寄る。ゆっくりと洵哉へと近寄った遥に微笑んでいた瑞穂が驚いた様に顔を上げた。
「あ、お花、気に入ってくれた?」
「勿論。あの花ね、思い出の写真の隣に飾ったんだ。とっても鮮やかだから、きっと喜んでると思う」
肩を竦めて微笑む帰瑠の背後から彼女の瞳色と同じ陽がゆっくりと落ちて行く。
お世話になりました、と小さく頭を下げた叶流に驚いた様に瑞穂は首を振る。
「おや……? 先程の」
公園の向こう、文庫本のページに添えた指を下ろし、无凱が瑞穂とその周囲を囲う灼滅者達に驚いた様に瞳を向ける。
何だか、今日は不思議な縁があるみたいと小さく笑みを浮かべた瑞穂に无凱は頷いてお礼を告げた。
「あ、さっきの写真、お母様? 大事なモノだね」
「もう居ない人なので……生きてるうちに親孝行が出来たらよかったんですが。
母は女手一つで僕を育ててくれて……それと、一緒に写ってるこいつは母からの最期のプレゼントだったんです」
思い出話ですが、と肩を竦めた无凱に瑞穂は驚いた様に瞬いて、首を振った。聞かせてくれただけで嬉しいとそう伝える様に。
「……瑞穂さん、ちょっと元気ない?」
肩を竦めた瑞穂は帰瑠の言葉に肩を竦める。
視線を交えた叶流は眼を伏せて次の言葉を待つ。傾く陽光に照らされて、静かな公園で子猫の頭を撫でた帰瑠は小さく微笑んだ。
「夕食、良かったら一緒にどうかな? 星見をするのもいいかも」
「とても楽しそう。一緒に行かせてほしいな――家に連絡は……まあ、いいや」
●
花束を抱え雛はぼんやりと立っていた。黒いボンネットのフリルの中に隠した殺意を感じさせない様に、彼女は花束を抱き締める。
時計の針が少しずつ、少しずつ進む様子を彼女は見つめていた。
騒がしい集団に連れられて、鏑き瑞穂その人はゆっくりと公園へと足を踏み入れた。
「ボンソワール? またお会いできましたの」
星空の下、花束を抱えた雛は小さな会釈を一つ。
夜は虚ろな世界。夢の行きつく先は――灼滅者だけが知って居た。
秒針がゼロへと動く。ゴシックロリータのフリルを大きく揺れ動かした雛の掌から花束が落ちて行く。彼女の顔を覆った仮面。同時に、熊と人形が少女の周囲へと顕現した。
「サァ、アソビマショ!」
膝を付き驚きに己の身体を抱き竦めた瑞穂の頭上から『何か』が顕現する。
酷く鈍い音と共に生まれ落ちた黒い物体に无凱は唇を吊り上げた。
「やぁ、ベヘリタス……貴様と相見えるのは二度目か」
丁寧な物腰で――人と距離を置く為の口調なのかもしれないが――対話を楽しんでいた青年の口調に瑞穂は驚いたままにしゃがみ込む。
Endless Waltz 総てを肯定し抗い続ける――。
言葉と共に手にしたクルセイドソード。地面を踏みしめた彼が周囲の音を遮断すれば、そこに存在したのは『夜』という異質な空間、只、それだけだ。
前線の灼滅者をサポートする様に広めた遥のワイドガード。緊張した様な彼女にも思う事があるのだろう。
(「お母さんや、友達を好きって思う気持ちを奪ってしまうなんて、許せません!」)
ぐ、と拳に入れた力、タイマーを手にした叶流はスレイヤーカードを構え声を張り上げる。
「明けない夜に終わりを告げるよ」
それはこの夜と言う異質な空間を切り裂く様な鬨の声。やる気を満ち溢れさせる様に声を発した菜々がバトルオーラを纏ったままに地面を踏みしめた。
「おいらのように、なってほしくはないっす!」
メールアドレスを交換し一番に絆を深めていたのだろう帰瑠は北風の娘へと腰掛け地面を蹴った。
「ソレは、アンタが盗んでイイ様なモノじゃない! 返せ!」
叫ぶ様に。『心の中身』の抜け出た様子に呆ける瑞穂の眼前に跳びこむ制約の弾丸。
弟を得て、母を喪った。帰瑠は瞬いて『花を飾った』その隣に置いた写真を想いだす。
(「――まだ、憶えてるもん」)
忘れられない、忘れる訳がないと嵌める指輪が今までよりも強い光を発した。
怯える瑞穂の前へと滑り込む様に体を逸らしたユーキはThe tempesterを滑らせて眼前の孵化したベヘリタスへと闘気を雷撃に変換し、拳に込める。
彼女の攻撃にベヘリタスは黒き靄の様な姿から風船を思わせるフォルムへと変化し、その体全てを使った打撃を繰り広げる。
クルセイドソードで受けとめて、己を鼓舞する洵哉の鮮やかな赤い瞳が焔の様に煌めいた。
地面を踏みしめた无凱の両手首を飾る枷と戒めがじゃらりと揺れる。『鈴束と珊瑚の連珠』こそが自分の証明だと言う様に、手首の重みを確かめて无凱は息を飲んだ。
「貴様の奪った物――大切な親子の絆、返してもらうぞ!」
ベヘリタスは何食わぬ顔を浮かべて下卑た笑みを浮かべている。その笑みを崩す様に異形の腕で殴りつける菜々の体がその衝撃でふわりと浮きあがった。
「……い、いきます!」
焔を宿した侭で滑り込む遥は唇をきゅ、と吊り上げる。
叶流はアラームをぎゅ、と握りしめて唇を噤む。母子家庭で育ってきた彼女にとって瑞穂は親近感を抱かずに居られなかったのだ。
(「大切な絆を奪うなんて酷過ぎるんだよ……」)
思い入れが深いのは瑞穂と同じ境遇で――母をシャドウの事件で失くしたからだろうか。
深く踏みしめた公園の土に爪先が食い込みそうになるほどに力を入れた。
「あなたの思い通りにさせないんだから!」
速効勝負なのはベヘリタスを逃がさぬ為に。戦闘はスピーディに進んでいく。
だが、驚異のベヘリタスは弱体化していても強いことには変わりはない。瑞穂を庇う様に布陣するユーキの肩を掠める攻撃にも彼女は動じない様にふるりと首を振った。
洵哉が剣を振り翳す。街灯に照らされた金の髪が夏の風に揺らされて、薄らと煌めいた。振るい上げた刃がベヘリタスへと深く突き刺さる。ぶよぶよとした体はそのまま剣を抱き締め、洵哉の身体を押し返した。
「こっちだ、ベヘリタス!」
非物質化した剣を振るいベヘリタスの『中』まで攻撃を繰り出した无凱は己の中の衝動を振り払う。
タイムリミットはもう少し――小さく笑みを浮かべ、「アーレ、『ドールズ』!」と声をあげる雛の傍からオベロンが真っ直ぐに向かう。
「返してもらうわ、貴方へのカデューじゃないの……アデュー?」
●
「お花屋さんっていいよね。小さい頃憧れてたんだ」
「……え?」
「そしたらいつもお母さんに綺麗な花束をあげられるじゃん?
瑞穂さんは知ってる? 星の明るい夜は願いも届き易いんだって祖母ちゃんが言ってた」
輝く星は、星見には丁度良い。頬を滴る雫に瑞穂は「お姉さんなのに」と困った様に肩を竦める。
如何したら元に戻れるんだろう、とぽつりと零した瑞穂に洵哉は頬を掻く。
「これ、さっきのお礼のサルビア。花言葉は家族愛なんです。
この程度で親子の縁は無くならない物じゃないでしょうか。心配でしたらこの花を渡してあげて下さい」
そっと小さな鉢上を手にして瑞穂はそれをぎゅっと握りしめた。
掛け替えもない絆が失われる感覚はぽっかりと心に穴が開いた様で、とても怖くて仕方が無くて――
「いつも通りでいいんだよ。そうしたら直ぐに元のふたりに戻れるから。
人ってね、絆を紡いで生きてくの。これまでも、これからも」
座り込んだ瑞穂に『友達』は手を伸ばす。鮮やかな夕陽を思わせる瞳を細めた彼女のてのひらをそっと握りしめる。
花束を拾い上げ、てのひらをじっと見つめた雛は眼を伏せた。
(「てのひらから、伝わる、優しい絆……」)
小さく浮かべた笑みは殺戮衝動をも感じさせない優しい雰囲気を滲ませた。
握りしめたぬくもりが。
てのひらの温かさが――おかーさん、ずっと、一緒だよ?
立ち上がった瑞穂に歩み寄り、叶流はぽつり、と零す。
「お母さんにちゃんと今の気持ちを伝えるのが良いと思うよ?」
「解って貰えるかな」
「『お母さん』だから」
それ以上は告げなくてもきっと解るだろうと叶流は眼を伏せる。俯いた瑞穂が顔をあげれば虚ろな世界はそこには広がっては居なかった。
作者:菖蒲 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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