深夜、人っ子ひとりいないオフィス街に続々と集まる男達がいた。
人数は10人足らず。歳の頃はばらばらだが、皆一様にTシャツにジャージ、ハーフパンツといった動きやすい服装をしており、1人はCDラジカセを持参している。
「皆、揃ったな!」
「「「応!」」」
「それでは、次のライブに向けて練習を開始する!」
1人の男の号令に従い、他のメンバーは足を肩幅に開く。
やがて、地面に置かれたラジカセから流れ始めたのは、如何にもといった風のアイドルソング。
ポップでキャッチーな曲に合わせて、男達は機敏に一糸乱れぬ動きを見せた。
「サビ! サンダースネイクからのロマンス!」
「「「応!」」」
両腕で複雑な円軌道を描いた後、肘を斜めに引く――美しく揃った動作はまさに圧巻の一言だ。
それは、俗に『オタ芸』と呼ばれている動作。アイドルのライブなどでファンが見せる、一種独特な文化。
男達は街灯に照らされるオフィスビルを鏡代わりに、その練習を行っていたのだった。
だが、そのとき。機敏な動きを繰り返す男達が次々に倒れ始めて。
動く者のいなくなった、静かなオフィス街にずももも……と姿を現したのは、獣のパーツを繋ぎあわせたような姿をした、人間程度のサイズの眷属――ブエル兵だった。
●
「オタ芸は……踊る、じゃなくて、打つって言う」
覚えた、とひとつ頷くのは柊・久遠(小学生ダンピール・dn0185)……って、おい誰だ無駄な知識教えてるの!
「エクスブレインから、予測、貰ったの。……深夜のオフィス街に、ブエル兵が現れる、って」
ブエル兵。『新しい知識の持ち主』を襲い、その知識を根こそぎ奪って実体化するはぐれ眷属だ。
今回の予測における新しい知識というのが、久遠の口にした『オタ芸』であるらしい。
ブエル兵の出現場所は深夜のオフィス街。近辺に勤務している人々はほぼ帰宅しているため、多少の音楽を流しても誰の迷惑にもならず、ついでに街灯の反射するビルのガラス張りの壁面が鏡代わりになるため、練習にちょうどいい――と集まっていた人々が今回の被害者だそうだ。
その人数は10名ほど。ちなみに、どこかのアイドルの私設ファンクラブらしい。
灼滅者達の到着は、ブエル兵の実体化とほぼ同時となる。
ブエル兵に知識を奪われた人間は昏睡状態に陥り、およそ15分後に死亡する。そのため、それまでに実体化したブエル兵を倒し、知識を取り戻さなければいけない。
今回出現するブエル兵は3体。オタ芸で言うところの『ロマンス』に似た攻撃、『サンダースネイク』に似た列攻撃、その場で回転する『マワリ』に似た自己回復……と、奪った知識に酷似したサイキックを使用する。
強さは3体で灼滅者8人と互角。15分の時間制限があるため、注意して戦いに臨む必要があるだろう。また、ブエル兵に奪われた知識は、灼滅によって自動的に持ち主へと戻る。
「……好きな人を応援するために練習してるのに、邪魔するのは許せない、から」
行こう、と簡潔に告げる久遠へ、灼滅者達はそれぞれ了承の意を示すのだった。
参加者 | |
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巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647) |
久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155) |
八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377) |
外道・黒武(外神の憑代・d13527) |
宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693) |
周防・天嶺(狂飆・d24702) |
レイヴン・リー(寸打・d26564) |
クロード・ナシカ(薄幸な演奏の魔術師・d27809) |
●
ぽつりぽつりと光る街灯に照らされ、灼滅者達はビルとビルの只中を駆け抜けていた。
聞こえるのは自分達の足音だけ。深夜のオフィス街は昼の喧騒が嘘のように静かだ。
やがて予測された事件現場に到着すれば、そこには既に10人弱の一般人が倒れている。その傍ら、醜悪に佇むのは、獣のパーツを繋ぎあわせたような姿の眷属、ブエル兵。
――ていうか、本当に『オタ芸』吸収しちゃってるよこの眷属。
くいっくいっと妙にエッジの効いた動きをしているブエル兵へ、クロード・ナシカ(薄幸な演奏の魔術師・d27809)は微妙な視線を向けた。
「それって知識として必要なのかな……アイドルの追っかけでも始めるつもりなのかな?」
と、小首を傾げるも、すぐに苦々しい顔で。
「……あれに追い掛けられても全然嬉しくないよな……」
「相変わらず何が基準なのか全然解らないチョイスなの」
久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)はあどけない顔をむぅ、としかめた。
とはいえ、気は抜けない。タイムリミットは15分。それまでに敵を灼滅できなければ、知識を奪われた一般人はそのまま命を落としてしまう。
「……知識に貴賎無し。……どんな知識でも何かの役には立つ、ということかしら?」
小さく呟くのは八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377)。刹那、その身に纏う空気が一変する。
「……なんにせよ、人の命がかかっとるんや」
鬼神化させた腕で、文は最も手近なブエル兵に殴り掛かった。
同時に、宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)がサウンドシャッターを展開。これで戦闘音が外に漏れる心配はないだろう。
「しかし、なんだこのキモい敵……プエル兵? あ、違うのブエル兵? まぁいいや!」
豪快に笑い飛ばすと、紅葉は腕時計のタイマーをセット。限られた時間の正確な管理に務める。
「オタ芸ってのはなんか独特の文化って感じのイメージだな」
獣の足を器用に動かしながら突撃するブエル兵の攻撃を防ぎ、レイヴン・リー(寸打・d26564)はホーミングバレットを撃ち出して。
「こうしてブエル兵がやってるとこを見ると、独特を通り越して異様だけどな」
傍ら、ビハインドのラオシーを見上げれば、無言で放たれる霊撃。
「詳しいワケじゃねぇから何とも言えねぇけど、どんな知識を取り入れたらこうなるんだ」
ブエル兵からの攻撃を食い止める巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)の声も、さすがに困惑気味。
「別に他人を攻撃するためにあるモンじゃねぇんだろ、コレ」
反撃にスターゲイザーを繰り出しつつ、苦々しく眉間に皺を寄せた。
眷属というからにはどこかのダークネスが放っているに違いないのだが……こんな知識を吸収して、何に利用するつもりなのだろうか。
ダークネスの考えることは、やはりよく分からない。
「遠くから見る分には面白いが」
と、薬剤を自身に投与しつつ、周防・天嶺(狂飆・d24702)はシンプルに一言。
(「しかし、よくあれだけ派手に動けるもんだな……」)
急激に湧き上がる力のままに飛び出しながらも、思わず遠い目になってしまう。
なにせ、足ばかり5本もあるブエル兵、せっかく奪ったからとばかりに知識を総動員である。
創意工夫の結果、わりとそれらしい動きにはなっているのだが。
「違ーうっ!!」
外道・黒武(外神の憑代・d13527)はすかさずブエル兵の前に飛び出すと、足を肩幅に開いて。
「ロマンスを打つ時は『あなたに捧げるロ・マ・ン・ス!』と、掛け声を出さなければダメだろうが!」
と、キレッキレの動きで実演。ブエル兵が『な、なんかスゲェよこの人……!?』みたいな表情になった瞬間を逃すことなく、キレた動きのままその顔面へ閃光百裂拳を叩き込む。
「オタ芸とは! 他の人達に迷惑をかけない事を前提に行うものだ!」
だからこそ、人の命を奪ってまで知識を吸収するブエル兵、許すべからず!
黒武のテンションに、若干驚いた仲間達だったが――思いは皆、同じ。
灼滅者達は、敵をきつく見据えた。
●
「知識を追い求めるとは聞いたけど、オタ芸まで守備範囲内とは驚いた」
不可思議な動きで灼滅者へ迫るブエル兵達を目の前に、紅葉は挑むように笑った。
「んじゃ、俺の結界内でそのオタ芸とやらを見せてみろよ! ……動けるならな!」
鋭く叫ぶと同時に除霊結界を構築。3体をまとめて強制停止させる。
その隙を逃すことなく、文は滑るように戦場を駆けて。
「……殺技、雹」
高々と跳躍し、赤い羽根の如き光を散らす蹴りを放つ。
「……ウチは刃。……あんたを切り裂き、穿つ……刃や」
鋭い瞳で見つめた先、ブエル兵の動きが僅かに鈍るのが分かった。
すかさず一姫が繰り出すのは螺穿槍。螺旋の如き一撃は、敵を吹き飛ばすと同時に自らの破壊力をも高めていく。
「ここでしっかり灼滅するの! 覚悟するの!」
背中は味方に預け、ただ前へ――迫り来るブエル兵の攻撃は、冬崖がその巨体を以て受け止めて。
「俺がいる限り、ここは通さねぇ」
仲間の誰も傷つけさせたりはしない、と。強い決意の滲む声と共に豪快に放たれたグラインドファイア。ブエル兵の体が炎に巻かれていく。
「久遠ちゃん、おいら達は攻撃に集中したいので、なるべく回復を中心にお願いしますね?」
一方、黒武の指令にこくんと頷くのは柊・久遠(小学生ダンピール・dn0185)。
「……ん、頑張り、ます」
微かに緊張した面持ちで、久遠は戦場を観察。負傷の蓄積しやすいディフェンダーを中心に闇の契約を飛ばしていく。
お願いだぁよ、と黒武もひらりと手を上げて――再びきりっとした顔に豹変。
「おら、そこっ! 回る時はちゃんと『はい! はい! はい! はい!』と、掛け声をかける!」
くるくる回って自己回復に務めていた敵の1体へ正しい手本を見せた後、トラウナックル。それはもう生き生きとした姿だった。
「オタ芸って、実際に見たのは初めてだけど……なんか、すげぇな」
ロマンスに似た屈伸攻撃から仲間を庇いながら、レイヴンは思わずそう呟く。……ブエル兵はもちろん、黒武も、だ。
とはいえ、驚きに手が止まるようなことはない。ブエル兵の攻撃を器用に捌き、レイヴンはその顔面目掛けてオーラキャノン。ビハインドの霊障波もそれに続く。
戦場に響き渡るブエル兵の悲鳴は獣そのもの。だが、そこには隠し切れない醜悪さが滲む。
再度の突撃を試みるブエル兵。複雑な動きは、庇いに入るディフェンダーごと前衛を切り裂き、同時にその破壊力をも高めていった。
「奇妙な姿でよくまあ、器用に打つもんだ!」
傷を負いながらも飛び出すクロードは、螺旋の如き一撃で破壊力を高めつつ、光の剣を振るった。
「でも、動きだけ真似ても意味ないよ! 知識だけを手に入れて、それに何の意味があるのかな!?」
ブエル兵の体を切り裂く一撃は、その体に蓄積された力を奪う。オフィスビルの壁面ガラスはまばゆいばかりに剣の光を反射し、戦場を――駆け抜ける天嶺の横顔を照らし出す。
天嶺は勢いよく地を蹴り、敵へ肉薄。閃光百裂拳を受けた敵は、ビルとビルのちょうど狭間へ跳ね飛ばされて。
周囲の建物を壊さないように気を付けつつ、しかし決して容赦はしない。冷静に行うコントロール。
「急ごう」
簡潔にそう告げる天嶺の後方、紅葉はちらりと腕時計へ視線を落とす。
残り時間――あと、10分。
●
激しく灼滅者達の後方では、紅羽・流希(挑戦者・d10975)が紋付袴で学生帽をかぶり、三三七拍子での声援を行っていた。
「あ、そーれぃ、いちにっさん、いちにっさん!」
前線で戦う仲間達の勝利を願い、信じて、腹の底から声を出す。
オタ芸とは異なるものの、これも立派な、しかも正統派の応援である。
同じくサポートに駆け付けた上崎・湊(武蔵坂学園高等部二年・d28465)も戦況を確認しつつ、逐一仲間達の補助へと走る。
一方、重なる行動阻害と負傷の蓄積により、ブエル兵の動きは徐々に精彩を欠いてきていた。
それでもなお、流麗な動きで獣の足を突き出してくるんくるん、再びまた突き出す――とサンダースネイクを模した動きで前衛を薙ぎ払っていくのだが。
「腕の動きを激しく! 腰を大きく旋回させて! そんな不思議な踊りでサンダースネイクとは言わーん!」
またも黒武のお説教タイムがスタート。素早く実演しつつ、腕を突き出す動きのまま縛霊手を振るった。網状の霊力が衝撃と共にブエル兵を捕らえる。
その隙を逃すことなく飛び出したのは、冬崖。鋼鉄の如き拳は、ついにブエル兵に致命の一撃を与えて。
「まずは1体! この後も気ィ抜かねぇよう行くぞ!」
ブエル兵が地へ伏せるのを見ても緊張を緩めることはなく、冬崖は仲間達を鼓舞するように腹の底から声を張り上げた。同時に白い炎を放出。仲間達の傷を癒すと共にジャマー効果を高める。
白い炎を纏いながら、一姫は素早くブエル兵の死角へと回り込んだ。幾重にも斬撃を重ね、その護りを剥ぎ取る。
「いい加減、倒れちゃえばいいの!」
とどめとばかりに一閃。ブエル兵の足が数本、深々と切り裂かれる。
堪らず回転で自己回復を試みる敵を、しかし、クロードは見逃さない。
「マワリの手伝いをしてやろうか? それ、回してやるよ!」
自身の体ごと回転させるような動きで放つ螺穿槍。破壊力を増す一撃が、敵を力任せに回転させた後、大きく弾き飛ばす。
「……やはり違和感があるな」
と、天嶺が不意に呟いた。いくら得た知識を元に動いたとしても、五足、獣面の怪物では再現もたかが知れている。
狙いを定めるように目を細めると、天嶺はバベルブレイカーの噴射で飛び出した。勢いのまま敵の『死の中心点』を貫き、その体を地へと縫い止める。
「あと1体」
静かに告げるその横を風のように駆け抜け、文は残る敵へ『五連粉砕爪”アインハンダー”』を起動。
「……殺技、暴風」
静かに告げると同時、鋭い杭は次々と敵の体を穿っていく。
「……一方的に奪うアンタ等のような存在は……ここで消えてもらうで」
狙い定められたその攻撃は、見事に敵の急所を突いた。苦痛の咆哮が上がる。
幾重にも累積された行動阻害もあり、ブエル兵が激しく痙攣しながらその動きを止めた瞬間――紅葉は地を滑るように接近。
「知識奪うのに夢中で、キュアまで気が回んなかったのが致命的だな! 萌え……じゃねえ、燃えやがれ!」
流れるような動作で繰り出したグラインドファイアは、ブエル兵の体を取り巻く炎を更に燃え上がらせる。
と、紅葉は腕時計で残り時間を確認。小さく笑みを浮かべ。
「あと3分!」
「了解っ!」
集気法で自身の傷を回復すると、レイヴンは攻撃の機とばかりにブエル兵目掛けて足元の影を飛ばした。
敵の動きは目に見えて鈍っている。ならば――この一撃で、決める!
「終わりだぁぁぁっ!!」
レイヴンの叫び声と共に影業がブエル兵を包み込む。
漆黒の向こうから聞こえるのは、苦痛の絶叫。
やがてその影が霧散した後、残ったのはかつてブエル兵だったはずのモノ、その残骸だけだった。
●
地へ堕ちたブエル兵がゆっくりと消滅していく。同時に、その体からは白いもやが生まれ、近場に倒れていた一般人達の元へ吸い込まれていった。
一姫とクロードが手分けして彼らの様子を確認する。幸い、全員がすぐに意識を取り戻した。特に大きな怪我もしていないようだ。
「念のため、救急車を呼んだ方がいいかもな」
レイヴンの提案にリーダー格の青年が頷いた。慌てて携帯電話を取り出し、手配を始める。
「しかし、ブエル兵の動きじゃよく分からなかったが、オタ芸ってのはなかなか独特の動きなんだな」
「そう、そうなんだよ! 完璧にこなすにはそれこそ血の滲むような習練が……!」
と、興味深げな冬崖へ、黒武は実演を交えていくつかの動きを教える。
こうか? と教わった動きを再現する冬崖は、持ち前の筋肉も相まって、かなりの迫力。傍らで様子を見守っていた久遠が、おお……と目を輝かせる。
天嶺はしばらくそれを眺めていたが、ふと頭上を見上げて。
ビルとビルの隙間に挟まれた夜空は細く、狭く、月どころか星ひとつ見えない。
けれど――。
「街灯がビルの壁に反射して、マジで星みたいだな」
どことなく楽しそうにそう呟いたのは、紅葉。
きらきら、きらきらと乱反射する乳白色の光に、文は柔らかく目を細めた。
ひとつの危機は去り、再び、静かな夜が訪れる。
さあ。救急車が来る前に、そっとここから去るとしようか。
作者:悠久 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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