婆さまたちがウホウホ、ウッホーッ

    作者:雪神あゆた

     大阪府は富田林市。ある街の一角。一軒家の庭で、
    「ウホホホ」
     老人女性が奇声をあげていた。体には毛皮を巻きつけている。
     そして、どすん。落下音。
     屋根の上から、
    「ウホホホッ!」
     もう一人が降りてきたのだ。こちらも年をとった女で、毛皮を纏っている。
     老女二人は、両手をバンザイするようにあげ、
    「ウホ」
    「ウホホホッ!」
    「ウッホーッ」
     わめきだす。いや、歌っているのだ。足をあげ、踊る。
    「「ウホホホーーッ」」
     富田林市にお住まいのカネさん80歳と、ヨリさん83歳の現在の姿であった。
     
    「老女がウホウホだと……?」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は呆然としていたが、ごほんと咳払いし、本題に入る。
    「謎のイフリートが現れた」
     今まで確認されてきたイフリートは、猛獣の姿をしたダークネス。だが今回現れたイフリートは、大型爬虫類のような姿をしており、その常識から大きく外れている。
     今回のイフリートは能力や行動も、これまでのイフリートと全く違うものだ。
     この謎のイフリートは知性を嫌い人の姿を取る事も無い。が、厄介な力を持っている。
     その力は、自分の周囲の気温を上昇させ、効果範囲内部の一般人を原始人化させる、というもの。
     最初は狭い範囲だが、範囲は徐々に広がっていく。最終的に都市一つが原始時代のようになってしまうだろう。
    「そうさせないためにも、皆にはこのイフリートを退治してほしいのだ」
     現場は大阪・富田林市のある町。
     この町の一角が、イフリートの力の効果範囲となり、町の住民たちが原始人化している。
     ヤマトは地図を取り出した。
    「イフリートは効果範囲の中心点にいる。即ち――この、空き地だ」

    「俺の予測では、この空き地には、近くの家の庭を通っていくのが最適な行動だ。
     ただしその庭には、原始人化するだけではなく強化一般人になってしまった老女が三人いる」
     三人とも、もともとは、おしゃべり好きな老婆だったのだが、イフリートの影響を受けて、言葉を忘れ、ウッホウホホホしか口にしなくなった。
     強化一般人は石槍や石斧を妖の槍や龍砕斧の如く使う。
    「でも、彼女達は原始人っぽいふるまいをする者には、好意的に接する。
     皆が、原始人っぽく、しかも友好的に接すれば、戦わずに、通してくれるかもしれない」
     ただし、言葉は通じないので、言葉以外でやりとりしなくてはならない。また、彼女らは現代文明的なもの、たとえば、機械などを極端に嫌う。
     接する際にはそれらに留意しなくてはいけないだろう。
     彼女らと戦って倒すにせよ、戦わずに進むにせよ、彼女らへの対処をした後は、空き地に行き、イフリートと戦わなくてはならない。
     このイフリートは体長三メートルのトカゲの姿をしている。平常時は四本足で歩くが、戦闘時には二本足で歩く。
     イフリートとしての三つの技のほかに、次の様な技を使う。
     舌を伸ばして離れた相手一人を捕縛する攻撃。
     近くにいる相手一人を噛みつきさらに追撃する技。
     強力な相手であるから油断はならない。
     
     説明を終えて、ヤマトは言う。
    「このままでは、町全体が、都市全体の住民が『ウホウホ、ウッホー』になってしまう。それでいいのか? いい筈がない!
     ……皆よ、なんとしてもこの事件を解決してほしい。頼んだぞ!」


    参加者
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    ヴィルクス・エルメロッテ(穴埋め・d08235)
    三和・悠仁(悪辣の道筋・d17133)
    鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)
    カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)
    アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)
    日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)

    ■リプレイ


     日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)は目を閉じていた。
     彼女は今、オオカミの姿をして、神輿の上で横になっている。鼻には隣におかれた果物や花の匂いが届く。耳には神輿を担ぎ自分を運ぶ仲間の足音。
    『うっほーっ』離れた場所から、年老いたけれど逞しい声が聞こえた。瑠璃は、
    「(皆さん、よろしくお願いしますね……)」
     口の中だけで言うと、呼吸を潜ませ死んだふりをする。
     彼女が載った神輿を、二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)が仲間達とともに、運んでいた。
     雪紗はずたぼろの毛皮マントを身につけ、原始人に扮している。眼鏡は今はかけていない。
    「(メガネがないと落ち着かないが……とにかく、まずはあの庭を通過しないとね)」
     雪紗の視線の先、後数歩の距離に開きっぱなしの門があり、その向こうは家の庭だ。
     その庭に、三人の老女がいる。彼女らは細い体にいずれも毛皮を纏っていた。
    『うほ』『うほほ!』『うっほーっ』
     叫びながら、激しく足踏みしている。
     灼滅者は神輿を担いだまま、門を潜り庭の中へ。
     庭の老女たちは灼滅者に顔を向けた。顔は皺くちゃだが、眼光はやたらと鋭い。
    『うほ……?』
     此方を警戒する老女たちにアレス・クロンヘイム(刹那・d24666)が歩み寄る。
     アレスは神輿と庭の出口を指さし、
    『これを持っていくから通してくれ。頼む』
     と身振りで示す。
     そして三和・悠仁(悪辣の道筋・d17133)がずいっと前に出る。
     悠仁の手には、バナナ。そう、バナナだ。
     不思議そうに瞬きする老女たちの前で、悠仁はバナナの皮をむく。もぐもぐ、と食べ始めた。
     ごっくん、飲みこんでから、悠仁は親指をびっと立て『コレ、ウマイ!』とアピール。
     カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)がすかさず、一房のバナナを差し出す。
    「うほうほ!」と言いながら『おすそわけですよ、召し上がってください!』と伝えるべく、老女の目の前でバナナの房をゆらゆら揺らす。
     老女の口から、じゅるり。よだれが垂れた。
     ヴィルクス・エルメロッテ(穴埋め・d08235)は無言で一礼。
     老女へ花束を差し出した。
    「うほ……」
     ヴィルクスはごく控えめな声を出しつつ、贈り物を老女の顔へ。くんくん。老女がヴィルクスの花の匂いをかぐ。
    『うほ~』
     甘い匂いにうっとりする老女。
     鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)は花束から一輪の花、黄色い花びらの花を抜く。老女に近づき、彼女の白髪頭に挿した。
    「うほうほ」平坦な声で言いつつ、相手の目を見て、『お似合いですよ』と頷く。
     久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)も、昭子が挿した花を指差して、
    「うほ~~!」
     手を挙げ、もう一度、
    「うほ~~~!!!」
     雄叫びや贈り物が老女のテンションを高めたようだ。
    『うほほほっ! うほーっ!』
     釣られたように叫びだす。
     老女の一人が花に頬ずりし、別の一人がバナナや肉をむさぼる。頭に花をつけられた老女は喜びのダンスを踊った。
     灼滅者たちはそっと歩きだす。老女の横を通過し、庭の出口へ歩いていく。


     庭を通過した灼滅者はほどなく、空き地に辿りつく。雑草がまばらに生えた空き地。そこに――巨大なトカゲが寝そべっていた。灼滅者が倒すべきイフリートだ。
     イフリートはおもむろに体を起こす。三メートルの高みから、灼滅者を見下ろしてくる。
     灼滅者は既に封印を解き、臨戦態勢をとっていた。
     ヴィルクスは大鎌の柄を握りながら、走り出す。
    「ったく、好き放題してくれやがって。テリトリーを作るのは習性って奴だろうがよ、周りを巻きこむもんじゃねェぜ!」
     相手の前で大鎌を振りあげ――しかし鎌はフェイント。ヴィルクスは足から伸びる影を黒い大狼に変化させ、相手の足を喰らわせる。
    「URGAAAAAA!!!!」
     イフリートは吠えつつ、後ろに跳びのいた。口を大きく開く。顔を前に突き出し、ヴィルクスに噛みつこうとする。
     だが――カリルがヴィルクスの前に立つ。牙はカリルの胴に刺さった。
     痛みに顔をしかめながら、けれど、カリルは悲鳴を上げない。
     ドーベルマン型の霊犬ヴァレンが、跳びかかる。主に噛みつく敵の首に、刀を突きたてる。カリル自身もクルセイドスラッシュを放った。
     一匹と一人の攻撃は、共に命中。イフリートの口がカリルから離れた。カリルは宣言する。
    「街のへいわとみんなのぶじは、僕とヴァレンで守るのですよ!」
     が、彼の傷は浅くない。血が零れていた。
     彼の元に、昭子が駆け寄る。
     祭霊光を灯した手を、カリルに近づけ、体内に力を注ぐ。昭子の力で、彼の出血が止まった。
    「みんなでがんばりましょう。わたしも力をつくしますから」
     静かな声で告げる昭子。仲間の数人が首が縦に。

     数分がたち、雪紗は眼鏡越しに戦場をみまわし、戦況を確認する。
     灼滅者はイフリートに攻撃を加えていた。しかし、イフリートの動きは機敏。攻撃のいくつかを回避されてしまっていた。
    「だが……二足歩行であるかぎり、バランスに変わりはない。……トリガー」
     雪紗は片膝を地面につけ、白のライフルを構える。漆黒の弾丸を相手の脚部に叩き込む。
     イフリートは雪紗に顔を向けた。
     そのイフリートの不意を突き、悠仁は相手の側面に回り込む。マテリアルロッド『慨心』を振り――、
    「(確かに早いが……まずは足からっ)」
     斬撃! 悠仁は敵の足の付け根から血を飛び散らせた。
    「GAAAA?!」
     のけ反るイフリート。バランスを崩しつつも、それでもイフリートは口を開く。が、その首に黒いものが巻きついた。巻き付いた黒は、瑠璃の影業。
    「封じます!」
     瑠璃は影を操り、イフリートの手や足を絡め取る。
    「UGOOOO!!」
     イフリートは力任せに首を動かした。イフリートの口が開く。口から噴出された炎が、前列の灼滅者に降り注いだ。
     アレス、ビハインドのイグニス、織兎は、それぞれ炎を浴びてしまった。
    「強い攻めだ……が、耐えきれないほどじゃない」
     アレスは言いながら、イグニスに目で合図する。
     イグニスに霊障波を放たせ、アレスは跳んだ。長大なイフリートの腹に、アレスは己の足を突き刺した。スターゲイザー!
     ドスン。音を立てて、崩れるイフリート。前脚も地面につけ、四つん這いの体勢。
     織兎はイフリートの目を見つめ、正面からイフリートへ突っ込んだ。
    「超勝負だぞ~!」
     相手の顔面へハンマーを叩きつける! イフリートの体が大きく揺らいだ。
     イフリートはよろめきながらも、立ち上がる。歯をガチガチと鳴らす。全身から漂う殺気。


     イフリートの動きは鈍りだしていた。にもかかわらず今まで以上に、苛烈な攻めを灼滅者に浴びせてくる。
     今も、瑠璃がイフリートの爪でえぐられ、その爪からあふれた炎で体を焼かれていた。
     畳みかけようと、イフリートはダブルの動きで、舌を瑠璃へ伸ばす。
    「ヴァレン、瑠璃さんをドラゴンさんから護って欲しいのです!」
     カリルが強く声を飛ばした。ヴァレンは、イフリートに跳びかかる。舌を己の体で受け、瑠璃を庇った。
     カリルはヴァレンと瑠璃の傷を見比べる。消耗が大きいのは、瑠璃だ。
     カリルは掌に気を集めた。気の塊を飛ばし、瑠璃を焼く炎をかき消す。
     瑠璃は姿勢を立て直した。カリルに目礼し、イフリートへ向き直る。
    「彼奴の因果に報いを!」
     空中に七つの光輪を浮かべ、それを動かす。光の輪がトカゲの尾に刺さり、顔を斬る!
    「UGOOO?!」
     イフリートは叫ぶ。傷口から血を、口からよだれを零しながら、聞く者の鼓膜を破らんほどに叫ぶ。
     イフリートの瞳には、激しい怒り。一分後には、炎を吹きかけてきた。
     今回標的になったのは、灼滅者後列。昭子と雪紗の体が炎で傷つけられる。
     だが、昭子は落ち着き払った顔。
    「ぐっ……これなら、私の風で……」
     昭子は腕を胸の前で組む。清らかな風を吹かせる。
     昭子は、隣を見やる。
    「イフリートが攻撃を放ったばかりの、今がチャンスです。雪紗ちゃん、いけますか?」
    「ああ、ボクに任せてほしい」
     雪紗は昭子の力で痛みが和らぐのを感じながら、駆けた。腰を落とし滑るこむように、イフリートの股下を潜りぬける。
     背後に回り込んだ雪紗は、すかさず炎の蹴りを見舞う。グラインドファイアだ。炎上するトカゲの巨体。

     その後も昭子たちの治癒能力に支えられ、灼滅者はイフリートの攻撃をしのぎ、逆に反撃する。今、イフリートの皮膚には、無数の傷が出来ている。
     むろん灼滅者も無傷ではない。織兎も肩などに傷を作っていた。しかし、織兎は痛みを無視して問いかける。
    「お前、なんで人を原始人にしたりするんだよ?」
    「GAAA!!」
     返ってきたのは、咆哮。
     織兎は問いかけるのをやめ、足を半歩前へ。クルセイドソードを一閃させた。
     ほぼ同時に、イフリートも動いていた。一閃の直後、イフリートの舌が織兎に巻きつく。織兎は舌に持ち上げられ、投げつけられる。地面に転がされてしまう。
     しかし、
    「GYAAAAAA!!!」
     投げたイフリートもまた、苦痛の叫びをあげる。織兎の斬撃は確かに当たっていたのだ。織兎が与えた精神の痛みに、イフリートは悲鳴を響かせる。
     悠仁は走っていた。仲間が打ちのめされる様子を見て、ちぃ、舌打ちを鳴らす。
     舌打ちする間も足を止めず、悠仁はイフリートに迫る。手を伸ばした。悠仁の指先が尻尾に触れる。
     悠仁は呼吸を止めた。指先から霊力の糸を放出し、イフリートを縛りつける。
    「トドメをっ!」
     仲間へ声を飛ばす。
     悠仁の声を聞き、アレスとヴィルクスがイフリートの左右に立つ。
    「エルメロッテさん、合わせよう」
    「ああ、やってやろうぜ。――せえのっ!」
     ヴィルクスが言い終わった次の刹那、
     アレスの炎を宿した拳が、ヴィルクスの振るう餓狼刀・蒼牙が――、腹を殴り、切り裂いた! イグニスも霊撃で、アレス達を支援。
     ゴウ! 地面に巨体が激突する音。
     舞う土埃。
     そして、倒れたイフリートは灼滅者を睨み、
    「GU……OO……」
     弱々しく鳴いて消えた。


     アレスは、武装を解除し息を吐く。
    「敵は完全に消えたし、気温も元に戻った。敵の力もなくなったようだな」
     瑠璃は嬉しそうに笑う。満足そうに、
    「ウホウホし損ねましたが、結果オーライです」
     昭子はそんな瑠璃の様子を僅かに細めた目で見ていたが、ふと、
    「しかし、なぜ、原始時代……?」
     と疑問を口にする。昭子の隣で、織兎も腕を組み、
    「そうそう。なんで原始人に戻したりしたのかな~」
     と首をかしげる。
     ヴィルクスはわからないと、肩をすくめるが、
    「しかし……恥ずかしかった分が無駄にならなくて済んだし、お婆さん達も助けられて、よかった」
     ヴィルクスの言葉に、仲間達は、そうだよかった、いやもっとウホウホしたかった、と言葉を交わす。
     そんな風に会話をしながら灼滅者は空き地を出る。
     出てしばらく歩いたところの路上で、老女に出会った。庭にいた老女とは別人だが、同じ毛皮姿だ。
    「あたしゃ、どうしてこんな場所で、こんな恰好をしとるんのかのう?」
     首をひねる老女。
     カリルは、
    「たぶん異常気象と熱中症のせいなのですよ~、お家に帰ってお大事になさって欲しいのです」
     と優しい笑顔で、話しかける。
     雪紗と悠仁は、カリルと老女を見つつ、言葉を交わし合う
    「街の人達は正気に戻ったようだね。原始人の時のコミュニュケーションがどんなものだったかもっと観察したかったが……」
    「私も面白い構図が撮影できなかったのは残念ですし、何より原始人姿はとても……はぁ……ま、あのトカゲもどきを仕留められましたし、よしとしましょうか……」
     それより今は、カリルを手伝おう。雪紗と悠仁、そして仲間達は、一般人へのフォローをするカリルを手伝うべく、足を動かす。
     毛皮姿の老女はまだ混乱しているようだったが、話しかけてくる灼滅者たちに愛想よく笑顔を浮かべてくれた。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ