オフィス街にある、小さな公園。
遊歩道、街路樹、季節の花々、木陰にはベンチ。この季節はアジサイが見事で、働く人達の憩のいの場となっていた。
――その公園が、原始化した。
現代世界の生活に疲れたオフィスの住人達が、電子器機を放り出し、スーツを破り捨て、ぼろ布の1丁の姿で、棒きれを振り回しハトを追いかける。
「ウッホッホー、ウッホホホー」
木によじ登り、胸板を叩くサラリーマン。
「アーアアー!」
蔓につかまり大ジャンプ、しかしノラネコの捕獲に失敗するOL。
公園の中央には、恐竜に似た巨大なイフリートがでんと鎮座している。
「オッホホホー、ウッハッハー!」
数人の男女がぼろ布1枚の原始人ルックで、イフリートの周りをぐるぐると踊っている。
文明のくびきから解き放たれ、彼らの目は生き生きと輝いていた。
「街の中に、恐竜のような姿をしたイフリートが現れたんだよ」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が真剣な表情で、こーんな大きいの、と両手を大きく広げてみせた。
この謎のイフリートは知性を嫌い、人の姿はとらない。しかし、厄介な能力を持っている。
「自分の周囲の気温を上昇させ、内部の一般人を原始人化させてしまうんだって!」
最初は公園一つ。しかし、その範囲は徐々に広がっていく。
「イフリートは公園の真ん中にいるから、すぐに見つけられるよ。ただ、原始人化した一般人のうち4人が強化一般人となり、イフリートと一緒に戦おうとするの」
イフリートを灼滅し、公園に集まってる彼らを文明世界に戻してあげてほしい、とまりんは言った。
イフリートと戦う時には、同時にこの4人の強化一般人も相手にしなければならない。彼らは仕事の日々に疲れきっていたため、原始化の影響をまともに受けてしまったらしい。
「この人たちは戦ってKOすれば、イフリート灼滅後に元に戻るよ。あと、何らかの方法で気をそらせば、戦闘から気がそれるかも」
知性が落ちているので、ちょっとしたアピールで敵味方の区別がつかなくなったり、今自分が何をすべきかがわからなくなったりするらしい。
「みんなも原始人ぽくふるまってみるとか、食糧なんかを目の前にちらつかせるとか、かなあ。ただ、現代文明っぽいものを見ると怒っちゃうよ」
彼らは戦闘になれば、間に合わせの棒を振り回し、石を投げてくるという。
「肝心のイフリートだけど、見た目は大きな肉食恐竜みたいだよ。体力が高く、力が強いから気をつけて!」
戦闘になれば、近距離への爪の攻撃と噛みつき攻撃、そして遠くまで届く尻尾の薙ぎ払い攻撃をしてくるという。
「イフリートを灼滅したら、原始人化していた人たちも少しずつ知性を取り戻していくの。多少の混乱はあると思うから、可能なら、フォローをしてあげて」
でも、フォローって何をすればいいんだろう? とまりんは自分で言いながら首をかしげていた。
参加者 | |
---|---|
小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991) |
比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642) |
モーリス・ペラダン(夕闇の奇術師・d03894) |
焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172) |
天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417) |
皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266) |
アストル・シュテラート(星の柩・d08011) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
●原始時代は突然に
気温の上がった都会の公園では、時代を逆行した元ビジネスマンたちが原始の日々を満喫してた。
「ウララ~ァァ~!」
焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)の見る先では、ワイシャツを破りターザンルックになったおじさん2人が、ベンチの上で踊っている。
「うわー、凄い事になってんな」
「一般人を原始人化させるイフリートか……。公園の真ん中に居られても困るだけだよね……」
目を丸くする勇真。天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417)も苦笑せざるをえない。
事前に説明を聞いていても、現代人の名残を残しつつ原始化した大人たちの姿は、インパクトが強い。
「……ある意味、ストレスから解放された姿なのかもしれないね」
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)の言うように、はだしで駆け巡る大人たちからは、一種の開放感が漂う。
「まあ……意外と正気に戻ったら、日頃のストレスが解消されてたりしてね、あの人達」
皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)も目を細める。
しかし、かつてはメイクも完璧だっただろう年輩の女性が、すっぴんで、歯をむいて威嚇する姿は、何とも直視しづらい。
「バロリも食べマスカ?」
モーリス・ペラダン(夕闇の奇術師・d03894)の手には、裏山産トマト、一本ちくわなど各種の食べ物。中華服姿のビハインドは、首を横に振って数歩後ずさる。
モーリスだけでなく、何人かが強化一般人誘導用の肉や果物を持参していた。
また、原始化した人たちは文明的なものに敵意を抱くということで、衣服も装備も、全員が簡素なもの。
アストル・シュテラート(星の柩・d08011)は殲術道具だけでなく、金属系の装飾品もスレイヤカードにしまっている。
「一般の人達を原始人化させてるだなんていったい、何が目的なんだろう?」
「正直、何が目的でこんなことをするのか良く解らないんだよな」
アストルの抱く疑問に、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)も頷く。
「文明を嫌うなら原始人化より力任せに破壊する方が手っ取り早い。……でも、何故かそうしない」
「今回の敵は、気になる点が多いのよね」
例えば出現手段ね、と比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)は難しい表情で眼鏡のズレを直す。
「まるで瞬間移動のように、突如として街中に出てきている」
他所から歩いてきているわけではないようだし、誰かが呼び出しているのかと思うけど……と、八津葉の考察は続く。
「それはそうと、比良坂さん」
「何かしら、八雲さん?」
「その格好には何の意図が?」
……八津葉は一人、目に毒な大胆な水着姿。
「作戦なのだもの。は、恥ずかしいわよ……普通に」
この理不尽はイフリートを殴って解決したいわ、と八津葉は不合理にも聞こえる言いがかりを、イフリートに向けていた。
●知性を捨て、野生を解き放て
公園の中央には、巨体のイフリートがどんと鎮座していた。
小高い丘で体を丸める、恐竜と見まごう大型の爬虫類。オレンジがかった赤の全身からは、肌をじわりと焼く熱気が漂う。
「これが竜種イフリートか。間近で見ると大きいな」
「本当に恐竜のような姿なんだな……ここだけタイムスリップしたようだ」
様子をうかがいながら、八雲とエアンはじりじりと進む。
「ウホウホ、ウッホー! ウ・ホ・ホー!」
攻撃の間合いに入ろうかというところで、4人の強化一般人が飛び込んきた。
棒きれと石ころで灼滅者を威嚇し、イフリートの回りを巡って祈る。
「ほーら、おいしいお肉だよー」
アストルが、美味しそうなマンガ肉を掲げる。他の者も次々と食べ物を出す。原始化した往年の企業戦士たちは、肉のかたまりに狂喜乱舞の大喜び。
「ウホォー!」
「ウホホホォー!」
テンションアップのあまり頭上で手をたたき、飛び回って踊り回る。水着のおかげが、ラブフェロモン効果か、八津葉のマンガ肉には2人が群がる。
――しかしそこに、空気をびりびりとふるわす咆吼が響いた。
「……危ないっ」
とっさに笙音は八津葉を抱えて地を蹴る。巨大な質量が、石畳の破片を巻き上げながら空間ごと一掃し、笙音の背をしたたかに叩きつける。
そのままイフリートの尾は勇真を上空へとはじき上げ、エアンとアストルを樹木へ突きとばした。各々が、とっさにスレイヤーカードを解放する。
「守りは引き受ける……、そいつらは任せたぞ!」
いち早く殲術道具を展開した八雲が、一瞬の踏み込みでイフリートとの間を詰める。
「久当流……始の太刀、刃星ッ!」
右手の日本刀、荒神切『天業灼雷』と、左手のクルセイドソード『ノイエ・カラドボルグ』が、空気を引き裂き、イフリートの後脚を真横に切り裂く。
――ガアアアア……!
イフリートは身をよじり、八雲を踏みつぶさんとする。イフリートの足もとの石畳が砕け、もうもうと土煙巻き上がる。瞬時に距離をとる八雲は、二刀を構え直す。
「原始人サンはご退場願いマスネ! ヤハハ、トッテコーイ!」
ぽーい、とモーリスが煮干しを投げる。
空を飛ぶマンガ肉を2人の強化一般人が空中キャッチ。棒も石も放り投げて、ロマンの塊、マンガ肉へと走る。
怒涛の勢いでかぶりつく彼らの頭に、ごつりとめり込む鬼変の腕。
「マンガ肉はおいしそうだし、見た目には面白いけど、自分はなりたくないかも」
強化一般人を轟沈させたアストルが、転がるマンガ肉を目で追う。
もう一人も、笙音のクルセイドスラッシュであえなく沈んだ。
「強化一般人でなければ、魂鎮めの風で眠ってもらうだけでよかったんだけどね」
笙音の目の前で、霊犬の阿吽がずるずると強化一般人を引きずっていく。
食べ物を気にしつつも戦場を離れなかった残りの強化一般人2人は、エアンの神霊剣と、八津葉のスターゲイザーをくらって、あっけなく戦場から退場した。
仲間たちが強化一般人に対処する間、飛鳥はイフリートへと向かい合う。
「まずは……これで牽制する!」
指輪からイフリートへと魔法弾が放たれる。外皮の一部を石化され、動きづらさにイフリートは実をよじる。
「さあ、原始と現代の炎使いと対決といくぜ!」
エイティエイトに騎乗する勇真が、アクセルを踏み込んでイフリートに向かう。振り下ろされるかぎ爪をかいくぐり、火の粉を舞わせてレーヴァテインで斬りかかる。
イフリートは一撃の痛みに巨大な体を振り回し、旋回させた尾で近づく灼滅者を片端から薙ぎ払った。
●恐竜型イフリート
頭上に影が差し、巨大なかぎ爪が空気を切り裂いて迫る。落下する鉄塊のような勢い。
当たる、と思った直前に、アストルの視界に金の髪が映る。響く金属音と血しぶき。
「エアン先輩っ!」
「……事前に情報を聞いていたとはいえ、一撃が重い、な……!」
全身をオーラで包み、鋭いかぎ爪を自身の肩口で受け止めたエアンは、バベルブレイカーの杭先をイフリートに向ける。
発射音が響き、ドグマスパイクがイフリートへと深く埋めこまれる。埋まった杭の痛みに苦痛の叫びをあげ、イフリートは前足を跳ねあげた。
その隙に前へと飛び出したアストルは、大きく跳躍してイフリートの顔面を狙う。銀の髪が踊り、シャラリと金属の装身具が鳴った。
「恐竜はもう滅んだんだ。君が、人類を脅かす存在ならば、倒すまでだよ」
螺旋を描く槍の穂先が、固い外皮を貫き、イフリートの肉を裂く。かぎ爪の手で振り払われたアストルは、受けた攻撃の勢いを殺さずに後方へと跳んだ。
アストルを追おうと踏み出すイフリートは、しかし突如身をそらし、叫びを上げる。背後をとった八津葉が、妖の槍を深く突き込んでいた。
「このイフリートが操作されているなら、何か特殊な物が付いていないかも……」
ぶうんと振り回される尾を回避し、後方に下がる八津葉。すかさず近寄るモーリスは、小光輪で八津葉を回復させる。
「探し物は見つかりましタカ?」
「あいにく、目ぼしいものはなかったわ」
「それは残念。探しモノは探すほど見つからないのが、世のナライ」
モーリスの横にいたハインドのバロリは、ひらりと身を翻すと中華服の袖から暗器を繰り出す。
「パワータイプには絡め手が利くと、相場が決まっていマスネ、ケハハ」
鉤爪に塗られた毒は、イフリートの体力を確実に奪う。だめ押しのように加わる、飛鳥の飛び蹴り。
「叩き込む……そこだっ!」
重力を宿す一撃が、イフリートの動きを鈍らせる。
防御重視の布陣で、灼滅者たちは少しずつダメージと状態異常を積み上げていく。持久戦を支える防御と回復は、うまく拮抗を保てているようだった。
前衛はサーヴァント含め7人、ダメージの分散効果も大きい。
「ヤハハ、暑い熱い厚いとアツ苦しいデスネ、サッサと倒させて頂きマショウ」
モーリスは解体ナイフをひるがえし、イフリートが受けている傷口を上から切り刻む。徐々に動きが鈍くなるイフリートを、囲みながらじりじりと削っていく。
「火力には火力、ってね!」
フルスロットルで回り込む勇真をすくい上げるように、大口でイフリートが噛みつく。噛みつかれ、ライドキャリバーから浮いた勇真の体が、イフリートの口の中で嫌な音を立てた。
「勇真!」
血相を変えて叫ぶ笙音の前で、イフリートの口の中から勢いよく炎があふれ出る。
たまらず口を開くイフリートの口中から、全身から炎をまとう傷だらけの勇真が飛び出した。
「この程度、炎の熱さじゃ負けないからなっ!」
笙音の霊犬、阿吽が金の目を光らせ、勇真の傷を回復する。血と火の粉を散らしながらも、勇真はエイティエイトに再騎乗。ライドキャリバーの突撃と共に、サイキックの光輪を叩き込む。
「これ以上、好きなようにはさせないね」
イフリートののど元へと、笙音は渦巻く風の刃を放つ。攻撃を翻弄し、迫る牙から逃れる身ごなしには無駄がない。着地の衝撃を感じさせず、笙音は軽やかに身をさばく。
「罪深きモノに……裁きの逆十字をっ!」
飛鳥の放つギルティクロスに、ぐらりとイフリートの巨体がよろめいた。命中の手応えは確実に大きくなっている。
今まで少しずつ蓄積していた効果が、徐々に現れていた。
眼光鋭く機を捉えた八雲が、二刀を掲げイフリートへ肉迫する。
「久当流……封の太刀、撃鉄! その牙と爪……砕かせて貰うッ!」
ノーモーションからの鋭い一撃。
右の荒神切「天業灼雷」の重い斬撃はイフリートの肉に深く食いこみ、致命的な傷を与える。
断末魔の咆吼が、激しく空気をふるわせる。
「まったく、1つ勢力を倒してもまた別なの増える……。毎度のことだけど厄介だな」
消えゆくイフリートを見やり、八雲はひとつため息をついた。
●祭りのあと
イフリートは灼滅され、原始の時代は終わりを告げる。
公園には現代文明と、現代人としての常識が取り戻された。
「え、あ、はあっ!? な、何だこの格好はぁぁぁ!」
「今日は何日だ!? 会議は? 納期は? メールの返信は!?」
あたふたしている企業戦士の肩を、アストルはぽんとたたく。
「疲れていたんだよ。最近、暑かったからね。しかたないね」
「だからってなぜこんな……! 私のかばんは? あそこには見積書と契約書が!」
眉間に縦じわを寄せ悲痛な顔で迫られると、さっきまでのほうが幸せそうにも見える。 もちろん、それはそれで不都合なわけだが……。
「暑さにヤラれた、でフォローはできますかね、ヤハハ……」
「難しそうですね。まあ……やれることはやりましょう」
モーリスに答え、笙音は倒れた女性へと向かう。倒れた理由は熱中症か、心因ショックか、もしかしたら両方かもしれない。
「原始の夢でも見たと思えればいいよ」
「そうそう、暑さのせいだと思って早めに忘れちゃうのが一番だよな、うん」
エアンと勇真は声をかけつつ、新しい衣類を配って回る。
「暑さと疲労で変わった夢を見たんだよ」
「夏だし、我を忘れて服を脱ぎたくなる気持ちも解らなくはないけど、どうせなら海かプールにでも行ったらどうだろう?」
飛鳥や八雲の慰めはどこまで慰めになりえているかはわからないが、冷静に相づちを打ってくれる相手がいるだけで、気が休まることもある。
そんな中で、八津葉は注意深く周囲を見回していた。
「ここにあるには明らかに不釣合いの物や、不自然な人の気配は……」
一人油断なく目を配る八津葉は……最後までやっぱり、大胆な水着姿なのだった。
作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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