おこめ大好きおこめっこ

    作者:笠原獏

     新潟県、魚沼地方。日本有数の米所であるこの地では稲刈りも終わり、緑一面の絨毯が無くなった事による寂しさを伴う田園風景が広がっている。
     時間は明け方の四時。まだ薄暗い空気の中に佇むコンビニエンスストアから、課題明けの専門学生である青年が買い物袋片手に外へ出てきた。
     昼飯のみならず夕飯まで食べ損ねるとか酷いにも程がある。少し奮発したから、帰ったらこれを食べて爆睡するんだ。課題終わりの解放感と買い込んだ好物が覗く買い物袋に青年の足取りは自然と軽くなる。
    「ちょっとだけ時間貰うわよ」
    「え?」
     けれどその瞬間、掛けられた声に青年は驚き振り向いた。まだ点いたままだった明度の低い外灯の下に小柄な少女が腕を組んで立っていて、青年を睨み付けている。
    「こんな時間に何──」
    「何買ったの?」
    「は?」
    「何買ったのって聞いてるの」
    「……えっと、サンドイッチと、ミニパスタと、唐揚げ」
     少女の気迫に気圧され青年が思わず答えると、少女の表情に明かな怒りが付け加えられた。少女はたじろぐ青年の方へとつかつか歩き、
    「この、わさっ子(悪い子)がー!!」
     青年の買い物袋を奪って放り投げた。放物線を描いた買い物袋がコンクリの地面に叩き付けられ嫌な音を立てる。
    「俺の昼飯兼夕飯兼朝飯!? 何すんだよお前!!」
    「ご飯食べなさいよご飯! 何でこのお米の代表的名産地で小麦ばっか食べてるがだ!!」
    「意味分かんねぇよ!!」
    「なんしてこっけんがばっか買うが!? お米と地元への愛は無ぇがか!? どいが!?」
    「何食べようが俺の勝手だろうが!」
    「ごーぎおごったわもー! 世も末だてがー!!」
    「そこまでの話か!?」
     要約すると、ご飯もの以外の食料ばかりを買った青年に対しお米食えよと憤慨する少女が大変だと騒いでいる。そんな少女が、やがて抱えていた頭から腕を離して青年の両肩を掴んだ。そして青年の目を至極真剣に見据え、語り掛ける。
    「──思い出して。小学校の時、あったでしょう? マイ学校田んぼ! やったでしょう田植え! 稲刈り! 最終的に食べたでしょう皆で!!」
    「あ、俺んとこはもち米だったから餅つき大会だったな……じゃなくて、そろそろ帰らしてくれよ。おにぎり買ってやるすけさ」
    「駄目だてが」
     脱力する青年にぴしゃりと告げた直後、少女はそのまま青年の襟首を掴み、持ち上げた。小柄な少女に足を浮かされ青年の顔に焦りと恐怖が浮かぶ。少女は至って本気の目で、言い放った。
    「おめーみてなお米愛に欠けたわさっ子は……そこの魚野川にほん投げてやるわ!!!」
     
    ●おこめ
    「作っている側は逆に割と受け入れてると思うんだよな、米を麺にしてみたりパンにしてみたりアイスにしてみたりしてるって聞くぜ」
     ルービックキューブをカチカチと弄りながら、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はまずそんな雑感を口にした。これを解くには時間が掛かりそうだと思ったのだろう、やがて手を止め一旦机の上に置く。
    「それでもそいつが闇堕ちしてしまったのは事実だ。故に俺の脳に秘められた全能計算域(エクスマトリックス)で、お前達の生存経路を導き出す!」
     今回闇堕ちしてしまった少女の名は小野塚・舞子、米農家出身で生粋のご飯党、ついでにおばあちゃん子。そんな彼女のお米への愛が高じすぎてしまい遂には闇堕ち、そしてお米怪人おこめっこを名乗りお米を食べない一般人に制裁を加えようとしている。
     とはいえ彼女はいわばダークネスに変化する『途中段階』だった。いまだ残る彼女の意識(あと理性)のようなものが活動時間を明け方のみに限定しているようだとヤマトは言った。
    「コンビニから出てきた奴に何を買ったか尋ねて、ご飯ものがあればそのまま帰す、無かったら──って寸法だ。つまり裏返せばおびき寄せるのも簡単って事だな」
     彼女が見張っているコンビニでヤマトの告げた時間に『そういう買い物』をして出て来ればいいのだ。人や車通りの少ない明け方とはいえ駐車場で戦う事は少し、という場合でも店の裏手へ誘う程度ならば難しくは無いだろう。
    「店員から不良学生と思われるかもしれねぇがそこは勘弁しつつ適当に誤魔化してくれ。おびき寄せたら後は倒すだけ。そいつが灼滅者の素質を持っているなら救い出し、完全なダークネスになっちまうようなら、灼滅を頼む」
     途中段階とはいえ、そして色々あれとはいえ、舞子の強さについては侮る事は出来ない。
    「……だが、お前達が奴の心に呼び掛けてそれが響いたなら、戦闘力を下げる事だって不可能じゃねぇ。俺はお前達を信じている、頼んだぜ!」
     そうして力強く灼滅者達を見送ろうとした、その直後。
     
    「あ、そうだ。土産に笹団子頼んでいいか?」
     灼滅者達は返答に困った。


    参加者
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    碓氷・一詩(朽花・d02022)
    襲・千花子(散華の子・d04642)
    雲仙・雲雀(ふわふわ・d04739)
    六波羅・睦美(超残念系大馬鹿ヒーロー娘・d05870)
    上倉・隼人(伝説のパティシエ・d09281)
    久瀬・一姫(小学生神薙使い・d10155)

    ■リプレイ

    ●お米の国で
     秋の終わりも近付いてくれば、日本有数の米所であると同時に豪雪地帯でもあるこの地の明け方は冷え込んでいる。明かりを灯す建物はやや離れた所にある24時間営業のセルフガソリンスタンドと、この異様に駐車場の広いコンビニエンスストアくらいのものだった。
    「いらっしゃいませー」
     来店を告げるチャイムに対し条件反射的に目を向けた店員が、一瞬だけ止まる。すらりと長い茶色の髪、鮮やかな緑の瞳、この上なく良いスタイルの美少女が澄まし顔で入って来たからだった。
     美少女の正体、六波羅・睦美(超残念系大馬鹿ヒーロー娘・d05870)が真っ赤なマフラーを揺らす背中を目で追っていると再びチャイムの鳴る音がして、上倉・隼人(伝説のパティシエ・d09281)と雲仙・雲雀(ふわふわ・d04739)が並んで入って来た。
    「パン買うよ、パン」
    「おにぎりも買っていいです? 雲雀、ご飯大好きなのですね〜♪」
    「……役目覚えてる?」
     さっぱりとした物言いの少年と、ふわふわゆるやかな女の子。似てはいないが兄妹だろうか。どのみちこんな時間に買い物に来る年齢では無いような──そんな風に考えていると店員の目の前に睦美が立つ。レジカウンターにパック入りご飯がふたつ置かれ、朗らかな笑みを向けられた。
    「これ、温めて欲しいんだぜぃ」
    「ぜぃ? あっ、はいありがとうございます!」
     色々な事を勢いで誤魔化すのは、案外簡単だ。

     同時刻、こちらはコンビニの裏手側。
    「焼肉とかご飯ないと食えないよね」
    「お米好きなのは同じ日本人として分かりますが、其れを周りに押し付けるのは感心しません」
    「絶対助けてあげたいな」
    「お仕置きが必要ですね」
    「……えっ?」
     広がる田んぼを眺めながら紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)と久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)がそんな事を話していた。その近くでは襲・千花子(散華の子・d04642)と久瀬・一姫(小学生神薙使い・d10155)が駐車場の伺える位置で様子を伺いながら息を潜めていて、碓氷・一詩(朽花・d02022)が特殊な気流を纏い気配を隠している。やがてチャイムの鳴る音が僅かに聞こえ、睦美のものらしき鼻歌が続いた。
     そして、仲間のものではない声が、聞こえた。
    「ちょっとだけ時間貰うわよ」
     睦美はぴたりと足を止めた。声のした方を向けば明度の低い外灯の下に小柄な少女──聞いた通りだ。
    「あなた、何買ったの?」
     少女、小野塚・舞子の問いに舞子は次の瞬間、天真爛漫という言葉が相応しい笑顔を咲かせた。
    「ご飯! あたし、ご飯大好きなんだ♪」
     そして買い物袋を開く。先刻温めてもらったばかりのご飯がふたつ、舞子の目が輝いた。
    「合・格! 帰って良し!」
     判断基準が単純明快にも程がある。無事合格認定を受けた睦美はけれど、こんな時間にどうしたの、と積極的に話し掛けながら舞子に歩み寄った。
    「お腹減ってない? 良かったら一緒にご飯食べようぜぃ」
    「えっ?」
    「卵かけご飯、ご馳走するぜぃ!」
     そしてどこからか取り出されたのは睦美が丹誠込めて育てた地鶏の新鮮卵、更に卵かけご飯用醤油。
    「卵かけご飯! 基本だよね!」
     王道たる組み合わせに見事釣られた舞子は、場の違和感よりもご飯に意識を奪われていた。こうして打ち解けて心情でも探れたら良いと思っていたものの、何を聞いたものかと睦美が考えていると背後でコンビニの扉が開く音がする。
    「あ、ちょっと待ってて。そこの二人! 何を買ったの!?」
     ご飯とコンビニから出てきた二人組をくるくる交互に見つつ、舞子は律儀に問い掛けた。途端に訝しげな顔を見せた隼人が掲げてみせたのは買い物袋からはみ出る程の、パン。
    「パンだけど」
    「パン!? 今こんげいい子がいたってがにパン!?」
    「あ? 小麦舐めんじゃねーよ」
     一瞬にしてに激高した舞子に対し、隼人は喧嘩腰に返しながらギロリと睨んだ。別に米を否定する訳では無いし恨んでもいない。ただ自分はパティシエ見習い、小麦を潰されたら生きていけないのだ。その相手がご当地怪人ならば容赦なくぶっ飛ばしているところでも、ご当地愛に溢れた女の子なら救出してやらなければならないし、本当は女の子の事は嫌いじゃないし、むしろリア充になりたいくらいに考えていた。
     というのはさておき、隼人の反応に怒りを露わにした舞子が声を荒げる。
    「小麦より米だろがこのわさっ子!」
    「小麦潰されたらお菓子作れないじゃん。お前ちょっと裏に来いよ」
    「そっちの子はお握り!? あ、じゃあいいや合格。あんたは駄目、そう言って逃げるつもりでしょ!」
     そして瞬時に雲雀を許しつつ隼人の買い物袋を奪おうとした、その直後。

    「おーい、こっちでパン食おうぜ!」

     店の裏手からぶんぶんと手を振った殊亜のそれが、最後の地雷スイッチだった。

    ●語尾がいちいち「が」になるのが基本
    「あんたらよったかって、小麦党の刺客か何かんが!?」
    「何その党……」
     コンビニの裏手に駆け込んだ舞子がそこに待機していた面々を認め声を荒げる。最初に追いついた隼人のやや脱力した声は聞こえていないようだった。
    「違う、君を助けに来たんだよ」
    「お仕置きに参りました」
    「……やっぱり?」
     殊亜の言葉に続き静かに前へ歩み出た撫子が、しとやかな笑みを絶やさぬままで着物の袖からするりとスレイヤーカードを取り出した。それにそっと口付けを落とし、紡がれたのは解除コード。
    「殺戮・兵装(ゲート・オープン)」
     一瞬にして纏われる灼滅道具、それを皮切りに次々と武装してゆく少年少女達。
    「どんなおかずも受け入れる、お米の懐の深さを思い出してください」
     ちょっと余所見をしただけでいじめるなんて、そんなのお米だって悲しむのです──ぽつぽつと抑揚無く喋る千花子の内にはお米愛が溢れている。
    「オレも米が好きだ、だけど。無理矢理食べさせるような野暮な真似は──お米の神様も、喜ばない」
     纏う影はまるで優雅に絡む蔦。憂いを帯びた表情で告げる一詩はそれでも、頭の隅で舞子のひたむきな姿を可愛いと感じていた。一詩の表情に僅かに頬を赤らめた少女はけれど首を横に振る。
    「お米をないがしろにする人間、私はこればっかしゃ許せねぇ! 丹誠込めて作ってるがんに!」
     そして、力強く地面を蹴った。米所の力を宿したジャンプキックは鋭さと勢いをもって一直線に隼人を狙う。
    「とりあえずおめーが一番腹立ったわおこめキーック!!」
    「俺の気も知らないでか!」
     小柄な身体が繰り出したとは思えない衝撃と痛みが隼人の中を駆け抜けた。肉を抉るようなそれに堪えきれず膝を折った所で「そういや雲雀が直前に攻撃を受けた人を回復すると言っていたな」と思い出し、目を向けてみれば雲雀は先刻買ったお握りを美味しそうに食べていた。
    「……おい」
    「あっ、お仕事しないといけないじゃないですか。あなたは雲雀にご飯を食べさせたいのですか? 食べさせたくないのですか? 隼人さん大丈夫ですか?」
    「俺の心配が最後かよ」
     ふわふわと文句を言いながら、分裂させた小光輪を隼人の盾とし傷を癒す。
    「君がご飯を好きなのは名産品だからじゃないよね」
     傍らのライドキャリバー、ディープファイアのハンドルをぽんと叩けば相棒は単体で唸るように走り出した。反対側から挟み込むように駆けながら、殊亜は舞子に語り掛ける。
    「おばあちゃんや農家の人達が一生懸命作って、美味しく食べてもらう努力を見てきて、実際に美味しかったから好きになったんだよね?」
    「そーだてが! あんな美味しいもんは無い!」
    「力ずくで広めたら、おばあちゃんが悲しむよ」
     誠実に、強い意志を込め告げる。そして己のサイキックソードに炎を宿すより先、手にしたパンを舞子の手の中へ投げた。
    「もしそのパンが、おばあちゃんが米で作った米粉パンだったらどうする。それでも叩き付けるのか!?」
    「!!」
     炎が爆ぜる。舞子の身体に延焼したそれは力強く燃え続ける。
    「そうですよ。そんな事をして、貴女のお婆ちゃんが喜ぶとでも?」
     踵まで届く黒髪をひらりとなびかせ撫子が舞子に肉薄した。身の丈よりも長い槍を片手でひゅんと薙ぎ、そこへ殊亜と同じく炎を宿す。
    「っ! ば、ばあちゃんは……」
    「更に問いましょう。貴女は今まで一度もお米以外の主食を食べた事は無いんですか? 洋食だって貴女が好きな物はあるはずです」
     けれど撫子は、答えはどちらでも構わないと言わんばかりに、舞子が何かを言うより先に武器を叩き付ける。炎の残滓が桜の花弁の様に舞い散った。
    「今ならまだやり直せる! でも悪い事をしたんだから、その罰は受けてもらうぜぃ!」
     突き抜けるような真っ直ぐな声、笑みを絶やさぬままで死角からの斬撃を繰り出す睦美。お米を愛する彼女の気持ちを尊重しつつ、それ以外を蔑ろにする姿勢は厳しく断罪すべきだと考えていた。
    「おまえのお米愛はよーくわかった」
     雲雀に癒して貰った腹部を複雑な表情で撫ぜながら、隼人は尊敬するよ、と零す。同時に大鎌に宿る咎の力を波動に変えて、薙いだ。
    「だがな、米も小麦も互いに認め合う事が大事なんだと思うぜ?」
    「そうですよ、米は日本人の心の故郷、パンや麺はいわば旅行先だと思うのです」
     礼儀正しく一礼を捧げ、いずれ皆米に回帰すると信じて疑わぬ少女は身を翻す。既に炎の宿された縛霊手、そこからの一撃を受ける寸前。
    「……お米を勧めるのは勝手だけど、食べ物を粗末にしちゃいけないの」
     ぼそりと零すように、これまでずっと無表情のままで事の成り行きを見守っていた一姫が言った。
    「そんな事したらお婆ちゃんに怒られるの」
     カミの力を己に降ろせば生み出されたのは敵を斬り裂く風の刃。渦巻くそれはただ静かに放たれる。
    「──君が望むのは食べた人の笑顔だった筈、だろう?」
     獲物を静かに捕らえた一詩はまばゆく光る十字架から光線を放った。
     戦闘も、女の子を傷付ける事も好きではないけれど自分の役目はそれなりに。一詩は朽ちた薔薇色の目を僅かに伏せる。
    「う、うう。だども売れ残ったお弁当がぶちゃられてるがもめじょげらし、けどもそれは麺もパンも同じんがよな……私ばあちゃんにおっつぁれるがんかな……」
    「ごめん。何となくは分かるんだけれど、標準語でお願い」
     明らかに揺らいでいる。灼滅者達から言われているのはもっともな事ばかり──分かっていても、先刻までは自分が正しいと信じて動いていたのだから。
     厄介に絡み付く思考を振り払うように、舞子は再び地面を蹴ろうとし──躊躇った。気付いてしまったのだ。
     もしかして、皆いい人じゃない?
     お米好きみたいだし、小麦派でも歩み寄ろうとしてくれているし、真剣に考えて良い事言ってくれているし、ちょっと格好いいし、それに、あの卵で卵かけご飯食べたいし。
    「……だ、誰んこと攻撃したらいいが」
    「あえて言うならご当地怪人さんじゃないです?」
     ごくんとお握りを飲み込んだ雲雀が言った。え? と振り向いた所で殊亜が懐に飛び込んだ。舞子に向けられた光の刃が撃ち出され、着ていた服の一部を破く。
     女の子にごめんね、と告げながら、殊亜が笑った。
    「焼肉とご飯、一緒に食べようよ」
    「一緒、に?」
     そしたらきっと美味しいよ、と。

    「舞子ちゃん、早くしないとご飯が冷めちゃうぜぃ!」
    「クッキーもケーキも食べられなくなったら、子供が泣いちまうぞ」
     いつしか戦いは一方的優位に転じていた。ご飯はすごいよ、何でも合うよ。睦美の気持ちを乗せた冷気のつらら、あくまでも小麦党として訴えかける隼人の振り下ろした断罪の刃。
    「お米を食べると元気になれますが、こんな力の使い方は、違います」
     だってこれじゃあ、誰も幸せになれません──悲しそうに告げながらも、必要だからこそ繰り出す千花子の攻撃に遠慮は無く。
    「さあそろそろ終わりにしよう、良い子だ──」
     やがて甘く笑んだ一詩が舞子へ呼び掛けた。その笑みに舞子が再度頬を赤らめた直後、睦美が大きく跳躍した。
     そして、高らかに叫ぶ。
    「地鶏の新鮮卵かけご飯キック! だぜぃ!!」
     それがトドメの一撃、闇堕ちの終わり。倒れる寸前に見えた、睦美が背後に背負った朝日は、眩しかった。

    ●怪人改めヒーロー
    「ごめんなさいごめんなさいどうかしてましたごめんなさい」
    「我に返ったのであれば構いませんよ、こちらこそ手荒な真似を──」
    「私ってば何しとんが!? どーしょもねーわさっ子は私だよー!!」
    「落ち着いてください」
     地面に座り土下座しかねない勢いで謝る舞子を、撫子が至って冷静になだめていた。それを見ていた千花子が慰めの声を掛けようとした所でくぅ、と小さくお腹が鳴る。
    「……頑張ったので、千花はおなかが空きました」
     帰ったら出汁巻き卵に焼き魚、お麩とわかめのお味噌汁、もちろん主役は炊き立てご飯──そんな千花子の言葉に舞子は涙目ながら顔を上げた。
    「舞子さまはどんなおかずが好きですか」
    「……野沢菜漬けで作ったきりざい……」
    「美味しそうですね。一緒に食べて、仲良くなれたら千花はうれしいです」
    「とりあえず今はこれをあげるのですよ〜」
    「これもあげるぜぃ! これで大好きなご飯をいっぱい食べな……」
     微笑んだ千花子の横から顔を出した雲雀が人数分取り出した栄養ドリンクを、睦美が沢山の卵を舞子の前に置いた。舞子と同じ視線の高さになるようしゃがんだ殊亜が笑い掛ける。
    「なぁ、武蔵坂学園に来てお米の良さを一緒に広めないか?」
    「え?」
    「俺達の活動に足りないものを見つけたんだ。そう。ご飯みたいに腹持ちするエネルギーだ!」
     学園には地元名産品も愛する者も沢山いる。けれど彼らはそれに合うご飯に恵まれずに困っている(かもしれない)。
    「だから美味しいご飯があれば学園の問題は半分解決したも同然なんだよ!」
    「……そ、そいが?」
    「そーだてが!」
    「……そっか」
     力強く頷いた殊亜に舞子はようやく表情を綻ばせた。立ち上がろうとした彼女へと一詩が手を差し伸べ、笑う。
    「今日から君は『ご当地ヒーローおこめっこ』だ」
     今考えるとその名前もどうだろなぁ、そんな風に言いながら舞子は一詩の手を取った。

    「とりあえず、何かを買って行きましょうか」
     事の一段落を見届けた後、撫子がコンビニを示す。お米お米と言われ続けて流石に食べたくなったらしい。
    「あと、お土産の笹団子も買って行かないと駄目でしたね」
    「っ! あの!」
     けれど思い出したように言った瞬間に、舞子が撫子を呼び止めた。
    「えっと、笹団子なら駅の売店やスーパーにあると思う、けど。……あのさ、朝ご飯、うちで食べて行かない? したらその、連れて行ってあげるから」
    「連れて行く?」
     そして小首を傾げた撫子や灼滅者達に向け、舞子は少しだけ照れ臭そうに、言った。
    「……凄く美味しい笹団子を売ってる和菓子屋さん、知ってるっけさ」

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 12
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