ヘイト・ホーム・アプライアンス

    作者:鏑木凛

     週末にもなれば車や自転車が集まり、老若男女を問わず、賑やかさと生気にあふれる場所。
     そこは町の外れ。開けた場所にそびえたつショッピングモール。
     ところが――。
    「うおぉぉぉ……!」
    「だぁぁああぁ!」
     建物を囲う駐車場に、奇声と共に響き渡る音。堅いものを容赦なく叩く音だ。
     家電の山を囲んだ人々が、既に機能していない電化製品を、完膚なきまでに叩き壊していた。
     その人々の装いは、破られた服に裸足。整えられることのない髪や、伸びっぱなしの髭と、一言でいうならば、映像などで目にしたことのある、原始人。
    「がああぁ!」
    「おおお!」
     雄叫びと、点在する家電の山を越えた先、照明が落ちた建物の内部に、煌々と輝くものがあった。揺らめくのは、焚き火とは異なる炎。
     大型の爬虫類――言うなれば古代に存在したという恐竜に似た姿が、そこでからだを休めていた。外で散りばめられる破壊音には目もくれず、悠々と。
     全身から、消えることのない炎を発しながら。
     
     謎のイフリートがショッピングモールに現れたと、狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)は苦々しく口を開いた。
     猛獣の姿をしたものがイフリートであるはずなのに、見目は巨大な爬虫類そのもの。これまでのイフリートと全く違うものだと、付け加えて。
    「知性を嫌って人の姿をとることもないんだ。ただ、厄介なことがひとつあってね」
     厄介なこと。それは、イフリートの周囲の気温が上昇することだ。
     この時期、気温が上がるだけでも辛いというのに、その一帯にいる一般人を、原始人化させてしまう。それが、このイフリートの能力だ。
     効果範囲は徐々に広がっていき、やがては街ひとつが原始時代のような空間になってしまうだろう。
     そうなる前に、対処しなければならない。
    「イフリートは、能力が及ぶ範囲のちょうど中央にいるんだ。建物の中に」
     駐車場に囲まれた、三階建てのショッピングモール。
     ガラス張りの壁面からは様々な店が覗け、建物の中央部と東西に、それぞれ出入り口が設置されている。イフリートがいるのは、その中央玄関から入ってすぐの開けた場所だ。
     本来であればそこは、人々が足を休める憩いの場。ベンチや観葉植物が置かれたスペースで、三階まで上がれるエスカレーターもあり、吹き抜けとなっている。
    「皆には、夜に動いてもらいたいんだ。……日が暮れたら眠りに就く人も多いからね」
     原始人化が要因だろうか。駐車場では、日が沈みお腹を膨らませた後、火の番を残し殆どの人は就寝する。中には眠りの浅い者もいるだろうが、うまくいけば、イフリートの元へ辿りつくまで、強化一般人との戦闘を避けられる。
     手間を省くに越したことはない。なぜなら、原始人化した一般人のほぼ全員が、強化一般人になっているのだ。
    「彼らが眠っているのは、電化製品の山の傍。そこで焚き火をしているんだよ」
     駐車場に点在する、壊れた家電の山。一つの山に五人前後が集っていて、火の番はどこも一人か二人。
     強行突破するのも手だが、うまく火の番と交渉してイフリートの元へ行くのが一番だと睦は言う。
    「戦いになったら、強化一般人の彼らはナイフや棒で襲い掛かってくるよ」
     攻撃は単調だが、家族連れに学生グループ、老夫婦や子どもたちなど、とにかく数が多い。
     しかも、駐車場のような開けた場所で戦闘になれば、他の山にいた強化一般人たちが押し寄せてくるだろう。
     反対に、建物の中へ入りさえすれば、ある程度騒いでも気づかれない。
    「イフリートの攻撃は、ブレスや尻尾を使ったものだね」
     距離も人数も構わずに吐く炎のブレスは、消えにくい炎を纏わりつかせる。下手をすれば、行動する際、炎による外傷を受ける。
     また、炎に包まれた尾で叩かれれば、服破りの効果も受けてしまう。尾は近接にしか届かず、しかも単体のみを叩くものだが、威力は侮れない。
     相手は一体のみとはいえ、正真正銘のイフリートだ。油断は命取りになる。
    「イフリートさえ灼滅できれば、原始人化していた人たちも、徐々に知性を取り戻すよ」
     変貌してしまった彼らのためにも、目指すは一体のイフリート。
     武運を祈るよ、と最後に告げて、睦は灼滅者たちへ頭を下げた。


    参加者
    三上・チモシー(牧草金魚・d03809)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    香坂・颯(優しき焔・d10661)
    不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    暁月・燈(白金の焔・d21236)
    足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)
    壱風・アリア(光差す場所へ・d25976)

    ■リプレイ


     絶えた風が、夏の夜を重く蒸していく。
     薄汚れた外套の裾を引きずり、足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)が頬を砂で拭った。裸眼で見る世界は、眼鏡を通した普段と何ら変わりない。唯一普段と変わっているものがあるとすれば、駐車場に広がる光景だろう。
     点在する壊れた家電の山。その麓に集う、原始時代を思わせる格好の人々。眠ってしまっている者が多い中、火を焚いて番をする者までいる。いずれも、現代の日本には似つかわしくない。
     けれど住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)を始めとする灼滅者たちは、その『似つかわしくない光景』に身を紛れ込ませていた。彼らは標的へいち早く、そして穏便に近づく方法を採ったのだ。痛んで破れた衣服やビーストスキンを纏い、一つの焚き火へ近寄る。すると、火の番をしていた二人の男が振り返った。
     最初に苺を差し出したのは、無造作な髪を揺らす朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)だ。好物を自信たっぷりに勧める穂純から、片方の男が嬉しそうに苺を受け取った。
     もう一人の男は、腹部を擦って首を振った。満腹だと言いたいのだろうか。
     不意に、爽やかな香りが漂う。命刻が皮を剥いたライチを、もう一人の男へ差し出し、相槌と眼差しだけで訴えた。一般的な果物に比べれば、珍しいものだったのだろう。男はライチの香りに惹かれるように手を伸ばしてきた。命刻の思惑通りに。
     そうしてデザートを頬張った男たちへ手を振り、灼滅者たちは一歩ずつ建物へと近づく。
     少し先の焚き火に辿りつくと、壱風・アリア(光差す場所へ・d25976)はバナナを火の番に与えた。自分とショッピングモールを交互に指差し、歩く動作をしてみせるアリアに、火の番はきょとんと不思議そうな表情だ。しーっ、と人差指を唇へ押し当てたアリアに漸く合点がいったのか、火の番も頷いてから同じ仕草を返してきた。しかも妙にイイ笑顔と共に。
     柄でもないことをした、と瞼を伏せたアリアの傍らで、暁月・燈(白金の焔・d21236)が火の番へキウイをプレゼントしていた。
     ――態度や表情で、気持ちは伝わるものですよね。言葉を交わさずとも。
     やや不安を抱いたまま挑んでいた燈の面持ちも、すっかり血色の良さを取り戻す。
    「うほー! うほうほ?」
     誰一人として口にすることの無かった原始人らしい言語を用いたのは、慧樹だ。
     両手を挙げて敵意の無さを示せば、火の番をしていた老人からの返事は、
    「うほほほー?」
     同じ鳴き声だった。
     ――原始人を想像すると、言語に代わって、こういう声を思い浮かぶのでしょうか。一般的に。
     うほうほと会話を続ける慧樹と老人を傍観しながら、不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)は首を傾ぐ。
     そんな彼女をよそに、肉を見せて道を通してもらおうと考えていた慧樹だが、意外にも火の番の食いつきが悪い。腹を膨らませてから眠りに就くという話だった。満腹とまではいかなくとも、ある程度は満たされているのだろう。ならばと彼が取り出したのはクラッシュアイスだ。小さく刻まれた氷は、彼らの好奇心を煽る。
     こうして難なく二つの山を乗り越えた灼滅者たちは、ショッピングモールの入口手前に陣取る、最後の山を前にしていた。
     さすがに火の番たちも満腹だろうと考えていた三上・チモシー(牧草金魚・d03809)は、ガラス玉で、番をしていた男たちの気を引く。揺らめく炎の輝きを、ガラス玉は見事に映し出す。
     桃花は、火の番を気遣い木製のコップに冷たい飲み物を入れて差し出した。それが功を奏したのか、火の番たちは有り難そうに飲み物を受け取り、またガラス玉のひんやりした心地と煌めきに喜んだ。
     そのおかげか、犬に姿を変えて共に歩んでいた香坂・颯(優しき焔・d10661)にも、火の番たちは興味や疑問を示さなかった。
    「……言葉って、便利なものだったのね」
     ショッピングモールの前までやってきたところで、漸くまともに喋ることが叶い、アリアが染み入るように呟く。ついつい頷いた仲間たちも、すぐに意識を建物へ向ける。
     出入り口から溢れ出るのは、今の季節特有の熱気と、イフリートの能力による熱だ。踏み入れれば、濛々と立ち込める暑さがじとりと肌を伝う。腰の高さまで一気に覆った熱気が、灼滅者たちを出迎えた。
    「いよいよ、ご対面やね」
     命刻がごくりと息を呑む。
     戦場内の音をチモシーが遮断するのを確認した桃花が、戦闘開始ですね、と告げて唇を引き結んだ。
     ショッピングモールの中で横たわっていたのは、堅そうな身に燃え盛る炎を纏う巨大なイフリートだ。侵入者の出現にも動揺する素振りを見せず、のそりと身を起こす。
     橙は静かにイフリートを仰ぎ見る――聳え立つ巨躯は正しく、現代に蘇った恐竜そのもの。


    「っ……会いたかったぜ、竜型っ!」
     緑の瞳を爛々とさせて、巨大なイフリートを仰ぎ慧樹が叫んだ。灼滅者の噂などで人伝に耳にしていた、竜型のイフリートの存在。けれど自らが遭遇することは侭ならなかった存在。彼にとって待ち焦がれた相手でもある。螺旋の如き捻りで槍を突き出せば、慧樹の一撃がイフリートを貫く。
     もう原始時代ではない。そう胸の内で呟いて、燈はキッとイフリートを睨みつけた。
    「お引き取り願いましょう。ここは、あなたの好きにして良い時代ではありません」
     荒削りな殴打がイフリートを叩く。網状の霊力が放たれると同時に、燈の霊犬プラチナが斬魔刀で応戦する。
     図体の大きさに似合わぬ速さで、しかし確かな重みを乗せ、イフリートが尾で桃花を薙いだ。炎があどけなさの残る少女の柔肌を焼く。
     炎には炎をと言わんばかりに駈け出す穂純のエアシューズが、火を噴いた。摩擦によって生み出された灼熱の赤が、穂純の踵と共に、イフリートの炎を搔き消しながら表皮へ埋もれる。穂純の蹴りが炸裂する間に、霊犬のかのこが桃花へ浄霊眼を施す。ふわりと白い毛を揺蕩わせて。
     燃え上がる音は、何もイフリートばかりが生み出しているのではない。体内から噴出させた炎を殺人注射器へ宿して、命刻がその巨躯へ針を差し込んだ。
    「ドラゴンみたいな見た目やね」
     一瞬で、注射器の針が強固なイフリートの肌に食い込む。
    「……気ぃ抜かれへんわ」
     命刻の呟きは、引き抜く針の音に紛れて消えた。
    「マジックシールドっ!」
     突如として響いたのは桃花の声。仲間の盾となるワイドガードを展開するその眼差しは、イフリートの炎にも負けぬほど、熱い。
     ――イフリートに、こんな種類の奴が居たとはね……。
     激しくギターを掻き鳴らしながら、颯は宿敵をじっと見据えていた。戦場の空気を震わせた音波は、確実にイフリートへ衝撃を与える。苦痛にか吼えるように吐息を零すイフリートを見上げて、颯は決意を指先に込めた。
     新種だろうと変わらない。敵であることに、何も変わりはないのだ。
    「いつも通り、始末するだけだ」
     同意を求めるように、颯はビハインドの綾を一瞥した。しかし綾は黙ったまま顔を彼へ向けるだけ。だから颯も、何も言わずに敵へ意識を戻した。
     ライドキャリバーのフリューゲルと共闘するアリアは、得物へ影を這わせる。
     ――原始化、か。フリューゲルに何かあったら困るわね。
     影を連れて殴りつけたアリアの近くから、フリューゲルがイフリートめがけて突撃する。迷いのない突撃に、イフリートもさすがに呻きを漏らした。
    「知性が嫌いなら、なんでショッピングモールにきちゃったの……」
     イフリートの意図がさっぱり読めず、チモシーはダイヤのスートを胸元へ具現化する。チモシーの呟きにも、イフリートは全く反応しない。問い質す気も、チモシーにはもとより無かったが。
     物言わぬイフリートが、灼滅者たちを見下ろす。空気が張り詰めるのを、灼滅者の誰もが感じた――来る、と。
     イフリートの口が開かれる。まるで歯向かうものを軽くあしらうかのように、僅かな隙間から炎の息が吐き出された。


     夏の湿った熱気が、床や壁を伝って放射される。そこへ加わったのはイフリートの発する炎だ。ある意味、視覚の暴力でもある。今にも足元から火がつき、それが全身を駆け巡りそうなほどに、熱い。
     垂れる汗もべたつく肌も厭わず戦いに没頭する灼滅者たちでさえ、戦いが長くなるにつれ、蒸した空気に気圧されてしまいそうだ。意志を強く持たねば呑まれてしまうほどに、暑い。
     だからだろう。氷にゃ弱いのかな、と小さな好奇心を胸に、イフリートに見惚れていた慧樹が冷気の氷柱を撃ちだした。
    「次は俺の炎で焼かれてみるか?」
     最後に宣言も添えて。
     がイフリートの動きを少しでも鈍らせるため、燈は影を仕向けた。影は炎にあてられることなく、イフリートを縛る。僅かによろめいたイフリートへと、プラチナの六文銭射撃が飛ぶ。
     ――纏わりつく炎は、危険だから。
     大きな瞳をくるりと動かし、穂純が招いたのは清めの風だ。新緑の優しい香りが、戦場へ癒しを呼ぶ。霊犬のかのこも、仲間の傷を塞ぐべく駆け回った。
     複数の異常をイフリートへ付与しながらも、その波はまだ止まず。命刻は急所を瞬時に見出し、鋭利に斬る。
    「これ以上は、やらせません!」
     杖を振りかざした桃花の細腕が、鋼鉄の魔力を込めてイフリートの尾へ強撃を加えた。痛みゆえか、イフリートの吐き出す炎の音が、心なしか濁る。
     颯は縛霊手に内蔵していた内蔵した祭壇を広げ、結界を構築した。眼差しの先にあるのは、燃えたぎる竜にも似たイフリート。
     ――僕らの闇堕ち後とは違う新種なのか……それとも闇堕ち姿の進化系……?
     疑問は尽きないが、答えも出ない。今は置いておこうと、颯はすぐに吹っ切るようにかぶりを振った。ビハインドの綾が、その隙にもイフリートへ一撃を与えていて。
     油断をすればあっという間に戦線が崩壊する。それを理解していたアリアは、癒しの矢を射出することに専念していた。そしてアリアの気持ちを掬い取ったフリューゲルも、時には仲間の盾となり、時には敵を穿つ刃にもなって。
     込み上げる興奮を、チモシーは全身から溢れさせていた。鳥肌が立つ。それでも、龍砕斧を握る手に籠もる力は変わらない。
    「……わくわくしちゃう」
     チモシーは唇を震せた。斧を構え、トラウナックルでイフリートの肌を叩き割りながら。
     先に燃え尽きるのはどちらか。
     宿敵を前にして駆け巡る血の炎が、慧樹の体内から噴出する。得物を這った炎が残像を落としながらイフリートを叩いた。
    「アカハガネを探してる! 知ってるか? クロキバは?」
     慧樹の叫び声が、イフリートの表皮を滑る。
    「俺の言うこと、理解できてんだろう? だから文明嫌いとか、言ってんだよな?」
     何がしかの音を慧樹が発しているのは、感じているらしい。叫ぶ慧樹をちらりと見遣った。それだけだ。言葉は一切届かない。
     的確に拳で敵を狙い澄ました燈は、息を大きく吸った直後、高く跳躍した。そして巨体であるがゆえの死角となるであろう位置へ、飛びこむ。拳に宿った力によって繰り出される連打は、凄まじい衝撃音を轟かせた。
     続けざま、燈の動きに沿って霊犬のプラチナが斬魔刀を仕掛ける。
     止まぬ攻撃の雨に、イフリートの大口からこぽこぽと炎が零れゆく。漏れる音は何処となく苦しげだ。
     とにかく当てることを優先して穂純が振るった精霊手は、イフリートの肌膚を抉る。鎧のように強固な箇所へ殴りつけた武器から、同時に霊力が放射された。霊犬のかのこも、主に負けまいと身を砕く勢いでイフリートを攻めたてる。
     ふと、よろめくイフリートへ、命刻が「なあ」と呼びかけた。
    「アンタ喋ったり出来へんの? 目的は何なん?」
     緩やかな問いにイフリートは聞く耳を持たない。仕方がないと、命刻は削った魂で凍てつく炎を模り、解き放った。炎と炎が混じり合うようにぶつかり、昇る。互いの炎が消えるまでの刹那、桃花がワイドガードで味方へ加護をもたらした――桃花の判断は賢明だった。
    「くるで! 気を抜かんといくよ!」
     イフリートの動きに注視していた命刻の叫びと重なるように、イフリートが口を開く。顎が外れんばかりに開かれた咽喉から放出されるのは、灼熱の息。確かに激しく痛みは覚えたものの、高められた灼滅者たちの耐性が、ブレスによって纏わりつきかけていた炎を掻き消す。
     獣は倒れる寸前が一番怖い――それを改めて思い知り、命刻はぎりっと歯を噛み締めた。
    「……始末、しなきゃ」
     ビハインドの綾の攻撃に重ねて、颯が縛霊撃をぶつける。意志を宿した眼差しでイフリートを見上げれば、一瞬だけ視線が合った――ように感じた。宿敵を眼前にした優しき焔は、イフリートが宿す瞳に、決して負けない。
     唐突に、アリアの声が戦場を震わせた。
    「フリューゲル!」
     唸る駆動音が軌跡を生む。ライドキャリバーのフリューゲルが一手攻める間に、アリアの指先が矢を番えた。矢は癒しとなって滑空し、ブレスを受けたばかりのチモシーから苦痛を拭う。
     斧の勢いに振り回されかけながら、チモシーは龍の骨をも叩き斬るほどの一太刀を浴びせた。龍砕斧にびりびりと響く確かな手ごたえ。ぐらりと目の前で大きな影が揺らぐ。
     誰かが、あっ、と声を漏らす。誰かが、呼吸を忘れて目を見開く。
     その一瞬、その一拍の後――イフリートは自らが生み出した炎に呑まれ、消えていった。

     軽やかな靴音が、熱気を溜め続けていた床を蹴る。
     霊犬のかのこへ、穂純が抱き付いた。がんばったね、よくがんばったね、と何度も喜びを声に出しながら。
     その光景を微笑ましげに眺めていた灼滅者のうち、桃花は思い出したように踵を返し、駐車場へと駆けだした。原始人化していた人たちを介抱するために。
    「きっと、夏が見せた幻なんだよ。この出来事は」
     かのこを抱きしめながら、穂純が出入り口の方へ視線を移す。
    「だから原始人化してた人達も、早くこのことは忘れた方が良いよね」
     少女の呟きに、かのこがか細く鳴いた。
     灼滅者たちは、汗ばむ肌を拭うのも忘れて、恐竜にも似たイフリートが残した爪痕を消すために動き出す。ショッピングモールの駐車場では、少しずつ本来の自分を取り戻してきた一般人もいるだろう。だからこそ颯も、蒸した空気が待つ建物の外へと向かう。
     ――イフリートが周囲の気温を上げるのは、理解できる。だが……。
     周りの人間を原始人化させる効果があるのは、どういうことなのか。ダークネスにはまだまだ謎が隠されていそうだと、颯は短く息を吐いた。
     彼らが踏み出した夜空の下は、やはり夏らしさをはらんでいる。けれど、その夏らしさにダークネスの影は無い。灼滅者たちが消し去ったからだ。
     イフリートを倒したにも関わらず充分すぎる、この暑さ。どうにかならないものかと命刻が呟いたのを耳にして、仲間たちは思わず笑った。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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