●ラブレス
愛を憎悪し、愛を嫌悪し、愛を恨み、愛を嫌い……愛を否定し続け、愛に負けた。
負けた? そんなわけがない。ただただ俺は負けただけ。力でねじ伏せられただけ。
憎い、憎い、奴らが憎い。愛を掲げる全てが憎い!
復讐だ! 奴等に鉄槌を下すのだ!
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ! 今、この身で何ができるか。どうすれば奴等に復讐できるか。
考えろ、考えろ、考えろ……。
「悩んでいるようですね。でも、もう大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
誰だ!
「私は慈愛のコルネリウス。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
慈愛? だと。
「……プレスター・ジョン。この哀れな男をあなたの国にかくまってください」
……まあいい。慈愛なんだろうがなんだろうが、力をくれるのならなんでもいい。奴等に復讐するためなら、なんでもな……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちと挨拶を交わした倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、真剣な光を瞳に宿し口を開いた。
「慈愛のコルネリウスが、灼滅者に倒されたダークネスの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしているみたいです」
本来、残留思念に力はないはず。しかし、大淫魔スキュラは残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていた。故に、高位のダークネスならば力を与える事は不可能ではないのだろう。
「力を与えられた残留思念はすぐに事件を起こすということはないようですが、このまま放置することはできません」
故に、慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の作戦を妨害する……それが今回の作戦概要。
慈愛のコルネリウスは強力なシャドウであるため、現実世界に出てくることはできない。事件現場にいるコルネリウスは、幻のような実態を持たないものなので戦闘能力はない。また、コルネリウスは酌滅者に対して強い不信感を持っているようなので、交渉などは行えないと思われる。
「また、残留思念も自分を灼滅した灼滅者を恨んでいるため、コルネリウスから分け与えられた力を使って復讐を遂げようとするため、戦闘は避けられません」
更に、コルネリウスの力を得た残留思念は、残留思念といえどダークネスに匹敵する戦闘力を持つ為、油断はできないだろう。
「さて、それでは向かってもらう場所。及び、戦う相手について説明しましょう」
葉月は地図を広げ、結婚式場の近くにある倉庫を示した。
「現場はここ。荷物なども特に収められていない、広い場所。相手取ることになる残留思念の名は、ラブレス」
ラブレス。愛を否定し、恋人同士を殺しあわせるといった悪行を行っていた。ヴァンパイアの男。少し前に、灼滅者たちによって灼滅された男。
力量は八人ならば倒せる程度。
妨害能力に秀でており、見えない糸を用いたマリオネット、急所に咲かせるブラッドローズ、コウモリたちによるダークアレスト……と言った攻撃を仕掛けてくる。
また、マリオネット、ダークアレストの影響は複数人に及ぶ。そして、愛を語る者にブラッドローズを放つ性質も持つ。
「……そう。以前、皆さんが倒したラブレスと、ほぼ変わりのない力量。あの頃より成長した皆さんなら、十分に倒すことができるでしょう」
これにて説明は終了と、葉月は地図などを手渡していく。
「慈愛のコルネリウス、その行動に良い面もあるように想えるダークネス。そんな存在によって力を与えられた、愛を否定する吸血鬼ラブレスの残留思念……色々と浮かんでくる言葉はあれど、倒さなければならないことに違いはありません。どうか、全力での討伐を。何よりも無事に帰って来てくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942) |
八嶋・源一郎(颶風扇・d03269) |
アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) |
神虎・華夜(天覇絶葬・d06026) |
望月・小鳥(せんこうはなび・d06205) |
日影・莉那(ハンター・d16285) |
天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417) |
永星・にあ(ヘリオトロープ・d24441) |
●慈愛により、愛を否定する男は目覚めた
風のない夜、車のエンジン音すらも聞こえてこない倉庫街。
以前、吸血鬼ラブレスと戦った倉庫へと、灼滅者たちは侵入した。
中央部には、仮面を被る少女とうずくまる男……慈愛のコルネリウスの幻と吸血鬼ラブレスの残留思念。
間合いへと踏み込む前に振り向いてきたコルネリウスに、望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)は軽く会釈する。
されど変わらぬ眼差しを受け止めながら、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)が語りかけた。
「コルネリウスさん……また、お会いできました。やっぱり、苦しむ思念を救おうとされているんですね。でも……私も灼滅者なんです……」
返答はない。
構わずアリスは続けていく。
「プレスター・ジョンさんの思惑が何であれ……コルネリウスさんは、純粋に思念を苦しみから救おうとされてるんだと思います。でも私達も、一般の方に被害を出す訳にはいかないんです……私は、灼滅者として、思念を灼滅します――コルネリウスさん……ごめんなさい」
返事の代わりに、コルネリウスは煙のように消え失せた。
残されしラブレスの残留思念が立ち上がっていく様を眺めながら、永星・にあ(ヘリオトロープ・d24441)は思い抱く。
コルネリウスとプレスター・ジョン……2人は何をしているのだろうか? と。今はその意味を知る時ではないのだろうけど……。
「……粛々と執り行います」
そう、今は戦う時だからと、にあは解放の言葉を響かせた。
一方、ラブレスはただ笑っていく。
「ふははははは! 良い、俺は非常に運が良い! 早くも、あやつらと同じ匂いを感じる貴様等と戦えるとはなぁ!!」
「……」
面倒くさい。そのまま寝ていれば良い物をと、日影・莉那(ハンター・d16285)は険しく瞳を細めていく。
されど滅ぼさぬ訳にはいかないから、霊犬ライラプスを呼び出した。
「いくぞ、ライラプス」
軽妙な返事を聴きながら、拳を握り最前線へと向かっていく。
ラブレスを再び滅ぼすため、さあ、鐘が聞こえるはずの倉庫での戦いを始めよう!
●愛を否定するのは
刀を抜き放ち、小鳥は告げる。
「お仕事のお時間です。望月小鳥、推して参らせて頂きます」
愛に負け、否定したはずの愛に力を与えられ、思想を捨てて復讐する。理想も思想も捨てた男を、ただただ切り捨てると。
「ロビンさん、お手伝いお願いします!」
ビハインドのロビンさんに援護を願い、高く、高く跳躍した。
ニヤリと口の端を持ち上げながら顔を上げたラブレスに、ロビンさんが霊障を浴びせていく。
「むっ」
「っ!」
わずかに身を固めた隙を見逃さず、小鳥は体重を乗せて振り下ろした。
それでなを影で防いでいく様を横目に、天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)は背後へと回りこむ。
「……」
言葉なく脚を切り裂いて、勢いのまま最前線から離脱した。
振り向くなど許さぬと、神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)が盾を掲げながら口を開く。
「貴方がラブレス? 従妹から聞いたわ。愛が分らない人だって。残念な人ね」
「……なんだと」
領域が前衛陣を覆う中、ラブレスが華夜を睨みつけてきた。
受け止めなお微笑み、尋ねていく。
「貴方は愛が無いと否定するのね?」
「……はっ、無論だ。この世に愛など存在しない! 愛などまやかしに過ぎん!」
「ふふ、可笑しいものね」
熱弁を一笑に付し、華夜は小さく肩をすくめていく。
ラブレスは瞳を険しく細めた。
「何がおかしい」
「神命、皆の盾になるのよ」
会話を打ち切り、華夜は霊犬の神命を前線へと向かわせた。
アリスもまた前線へと向かいながらラブレスに語りかけていく。
「お久しぶりです、ラブレスさん。貴方を灼滅した一人、アリスです」
「……覚えているぞ」
「私にも、大好きな人がいますから……愛の力って、強いんですよ!」
微笑みながら闇に心を浸し、力を更に高めていく。
その言葉が癪に障ったか、ラブレスはアリスの胸元を指さした。
くいっ、と曲げると共に赤い赤い……血の薔薇が咲いていく。
すかさずライラプスが瞳を煌めかせ、アリスの治療を開始した。
追撃は許さぬと、四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942)が影の弾丸をぶっ放す。
「アリスさんの治療を重点的にお願いします」
「……はっ」
一方、ラブレスはただ静かに笑った。
「一つだけ言っておく。俺は愛に負けたわけではない。俺は」
「……ほう」
半ばにて、八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)が遮り語りかけた。
「これが愛に負けた男か」
「……貴様」
「そんな姿になってもまだ足掻くとは、往生際が悪いのう。慈愛からの力を受け入れたお主が、愛を否定する資格などあるまい。芯を曲げた魂に価値など無いわ。大人しく消え失せるが良いよ」
睨まれても気にせずに、言葉を畳み掛けていく。
「それとも、その状態で再び負けてみるか。そうすればやはり愛の力などくだらぬと笑って逝けるかもしれぬぞ?」
「……」
静かな笑みと共に問いかけたなら、ラブレスは憎々しげな声音を漏らす。
「相変わらず不遜な輩だ……貴様等は。だがな、俺は受け入れたのではない、利用したのだ! 俺は、愛など認めない!」
「……」
指摘されてなお気づかぬ、認めぬ矛盾。
源一郎は小さく首を横に振り、ステッキに魔力を込め始める。
ラブレスの動きを観察し、仕掛けるべきタイミングを伺っていく……。
囮役を庇う防衛役を多く擁した反面、治療役はライラプスのみという灼滅者たちの構成。防衛役と源一郎が逐一治療を行う事によって、ラブレスからの攻撃に対処していた。
元々、以前とはさほど力量の変わらぬ相手。十二分な余裕があったのだろう。華夜は影に力を与えながら、微笑み再び話しかけた。
「ふふ、愛を否定しても無駄よ」
「……何?」
睨まれても臆さず続けていく。
「貴方が生まれた時、貴方を愛してはくれなかった? 貴方のご両親は」
「……仮に無償の愛というものがあるのならば、捨て子など存在し得ぬだろうよ」
眼差しに込められし感情も怒りではない。かと言って困惑でもない。
呆れたようなため息を吐いた後、ラブレスは華夜から視線を外していく。
華夜は小さく肩をすくめた後、影を放った。
「聖刀忍魔に代わって、貴方をもう一度黄泉に送ってあげるわ」
「……」
そんな光景を含めた、仲間たちとラブレスのやりとりを見守っていた白虎。
愛にも色々な形があるのだと。あるいは、ラブレスが気づいていないだけなのではないだろうかと、認めたくないだけなのではないだろうかと、静かな思考を巡らせる。
もっとも、今はまだ時ではないと、影を打ち破りしラブレスに氷の塊を差し向ける。
凍りつきながらも、ラブレスはアリスを指さした。
すかさず、莉那が間に割り込んだ。
左胸を薔薇の色に染めながら、小さく肩をすくめていく。
「やれやれ、ガキにご執着か? 良い趣味だな」
「……やはり貴様等は殺されたいらしいな」
「さて、それはどうだか」
冷たく言葉を返しながら拳に雷を宿し、懐へと潜り込んでアッパーカット。
顎を打ち据え仰け反らせていくさなか、源一郎が莉那を優しい光で照らしていく。
「そろそろ辛くなって来たのではないかのう」
「……ちっ」
反論せず、着地すると共に距離を取っていくラブレス。
隙を突き、莉那を治療していくライラプス。
星椿の名を持つ刃に影を宿し仕掛ける機会を伺いながら、雛菊は想いを巡らせた。
愛を否定するヴァンパイア、ラブレス。
手を差し伸べたのは、慈愛のシャドウ。
受け入れた時点で自らの信念に矛盾が生じたことに、果たしてラブレスは築いているのだろうか?
「……」
気づいていないのだろうと、雛菊は首を横に振る。
ならば、コルネリウスと言うように、哀れな男なのだろう。
「……」
いずれにせよ、灼滅するという結論に違いはない。
影を宿した刃を振るい、肩を深く切り裂いて――。
「……! ……またか」
――斬撃の軌跡に、漆黒蝶のような残滓たちが羽根を煌めかせながら飛び去った。
雛菊が戸惑いながらも距離を取っていく中、にあは腕を砲塔へと変えていく。
「こっち、こっちです!」
治療役を担うライラプスに害が及ばぬよう隠すような位置に移動しつつ、重々しき砲弾を発射。
頬へと掠めさせ、内部に毒を送り込んだ。
限界が近いのか、ラブレスが脚をふらつかせていく。
されど……否、だからこそより一層気を引き締めて、にあはラブレスの動きを観察する……。
●愛を知らぬ者
逐一行われる治療により万全の状態を保つ灼滅者に対し、時が立つに連れてどんどん傷が深くなっていくラブレス。
死期を悟ったか、狂ったような声を上げていた。
「愛、愛、愛! 何故貴様等は愛を謳う、存在しない者に身を寄せる! 愛などまやかし、愛など幻、弱き者の言い訳でしかないわ!」
「何故そうまで……愛を否定するのですか?」
アリスが疑問を挟みながら、炎熱した飛び蹴りを繰り出した。
肩を打ち据えられながらも、ラブレスは退かない。
狂気に染まりし瞳でアリスを見据え、離れていく胸元を示していく。
再び、莉那が間に割り込んだ。
「やはり、分かりやすいな」
左胸が激しき痛みを訴えても、表情一つ崩さず拳を固めていく。
「さあ、もう終わりの時間だ。二度と出てくるなよ?」
一跳躍で懐へと入り込み、みぞおちへと突き刺した。
くぐもった声を上げながら体を曲げていくラブレスの下に、源一郎も向かっていく。
「そうじゃな、終わりにしよう。哀れな男の、偽りの生に……な」
体勢を整えようとしていたラブレスの右胸へと右ストレートをぶちかまし、編みこんでいた霊力で縛り付ける。
満足に動けぬ状態へと追い込まれ、ラブレスは身じろぎを始めていく。
「この……貴様等ぁぁぁぁ!!」
「愛で……逝きなさい!」
すかさず華夜が跳び上がり、巨大な剣を振り下ろし左肩を断ち切った。
よろけるラブレスの右頬を、小鳥の炎の回り蹴りが張り倒す。
「今です」
受け身も取れず倒れたラブレスに、ロビンさんが得物を打ち込んだ。
跳ね上がったその肉体を、にあの剣が切り裂いていく。
落ちていくラブレスと視線を交わし、ただ短く問いかけた。
「そういえば、執着という感情は、愛に似ている気がするのだけど……どうかな?」
「知らん、知らん知らん知らん!!」
否定の言葉は紡げど、立ち上がる力はないらしい。
倒れたまま、ラブレスは体を薄れさせていく。
小さな息を吐いた後、白虎はラブレスの下へと歩み寄った。
「ラブレスさん。わたしあなたの事、好きですよ」
「……何?」
「あなたの極端なまでの自己愛の強さ、ちょっとわたしと似ているかなって思ったんです」
博愛、動物愛、隣人愛、自己愛……数ある愛の、一つの形。
自分勝手な、自分への愛だとしても、愛である事に違いはない。
「わたしのあなたへの好意、愛情、否定出来るものならしてみて下さいね?」
ただ静かに言い放ち、白虎は消え行く瞳を見据えていく。
瞳は、驚愕に見開かれていた。
拳はただただ震えていた……。
「俺は、俺は……」
……あるいは、そう。
愛を教えられた吸血鬼は、言葉を紡ぎ終えることなく消滅した。
治療の為の休憩を挟んだ後、灼滅者たちは帰還を開始した。
倉庫街を歩く中、雛菊は1人星空を眺めていく。
「コルネリウスの慈愛は見返りを求めたものと捉えている。節操無く対象や手段を変えている事からも……な。自覚は無いと思うが」
口ずさむは、コルネリウスに対する考察。
あるいは、遠い場所にいるシャドウへの思い。
誰かが返答する代わりに、一陣の風が吹き抜けた。
風が、遠い場所から鐘の音色を運んできた。
それは、祝福。
平和が訪れた倉庫街への。
勝利を収め、救ってくれた灼滅者たちの送る、愛が実る場所からの……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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