地に堕ちた翼

    作者:日向環


    『私は、何処へ戻ればいい? 何処へ行けばいい……?』
     心の中に声が響く。
    「ここにいろ。ここにいればいい」
     押さえ付けるように、威圧的に言葉を返した。
    『みんなが待っている……。帰らなければ……』
    「帰るだと? いったい、どこに帰るつもりなんだ『ユーリィ』。お前に帰る場所など無い」
    『黙っていて「ユーナ」。私は……』
    「黙るのはお前の方だ!」
     心の声を打ち消すように、声を張り上げた。仮面で覆われた右目の下辺りにダイヤのマークが浮かび上がると、すぐに消滅した。
     闇色の如き装束を纏った小柄な少女は、トボトボと闇の中を放浪する。左半身の片翼は、今は見る影も無い。美しかった天使の如き翼は、今は骨組みしか残っておらず、申し訳程度に羽毛が僅かに残されていた。
    「私は力を手にした。この力を使えば私は……。っ!?」
     頭の中を、何かが稲妻のように駆け抜けていった。
     どこだろう今の場所は。病院……? 横たわる物言わぬ人々。
    『駄目だユーナ。その力はあいつらと同じ……』
    「煩いぞ、ユーリィ! この力があれば、もう私は失わなくてすむ」
    「ユーナ……」
    「消えろ! いつまでも私の中にいるな! この体は、私――ユーナのものだ!!」
     ダイヤのマークが一際激しく輝いた。
     心の声は聞こえてこなくなった。
    「あはは……。あはははは……!!」
     狂ったように笑う。
     一際笑うと、月の下に白い建物がひっそりと佇んでいるのが見えた。
     記憶の中の建物の姿に良く似ていた。

    「ユリアーネ・ツァールマン(蒼翼のフッケバイン・d23999)ちゃんを発見したのだ」
     目の前の灼滅者たちに、木佐貫・みもざ(高校生エクスブレイン・dn0082)はそう告げた。
     先の武神大戦天覧儀戦において、くうねる・にゃんだーす二世に止めを刺すことによって、闇堕ちしてしまった少女だ。
    「闇堕ちしたユリアーネちゃん――堕ちた方の人格をユーナちゃんていうんだけど、まだ元の人格も残っているのだ」
     元の人格をユーリィという。
    「今はユーナちゃんの方が体を支配している状態なのだ。ユーリィちゃんは意識下に押し込まれちゃってるんだけど、隙あらば体を取り返してやろうって虎視眈々と機会を窺っているみたいなのだ」
     だが、現在はユーナの力の方が強いために、ユーリィの力は抑え込まれてしまっているという。
    「ユーナちゃんは、たまたま見付けた病院を襲撃するつもりみたいなのだ。そんなことをさせてしまったら、ユーナちゃんの力が強くなりすぎて、ユーリィちゃんの意識は永久に封じ込まれてしまうのだ」
     なので、襲撃前に接触し、それを阻止しなければならない。
    「ある程度ダメージを与えれば、ユーリィちゃんの意識が目覚めてくれるはずなのだ。だけど、それだけじゃユーナちゃんは体を明け渡してくれないのだ」
     最後は、ユーリィとユーナ――己の中の光と闇の戦いになるかもしれないという。それを踏まえた上で、灼滅者たちは状況に応じた行動を取らなければならない。
    「戦って、力でねじ伏せるだけが救出ではないのだ。でも、みんななら、きっと大丈夫だとみもざは思うのだ」
     ユリアーネ・ツァールマンを知る者ならば、きっと彼女の力になれるはず。
     みもざはそう言うと、灼滅者たちを送り出すのだった。


    参加者
    唯済・光(つかの間に咲くフリージア・d01710)
    埜々下・千結(杯掬う女帝・d02251)
    パメラ・ウィーラー(シルキーフラウ・d06196)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    分福茶・猯(カチカチ山の化け狸・d13504)
    諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)
    熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)
    甲斐・司(宵空を駆ける・d22721)

    ■リプレイ


     見上げると、ぼんやりと浮かぶ月を視界に捉えることができた。
    「上弦の月……」
     呟くと、ユリアーネ・ツァールマン(地に堕ちた翼・d23999)は視線を元に戻した。
     何かに誘われるように、ひっそりと佇む白い建物に足が向いている。
     夜の闇よりも更に深い闇が、自分の体を支配し始めている。
     先程、無理矢理黙らせた「もう一人の自分」の存在が、次第に小さくなってきているのを感じた。
    「何だろう、これは……」
     自分のその気持ちが、「寂しい」という想いであることすら、彼女はもう気付けないでいた。
    『……それでは何も変わらない』
     もう一人の自分が言った言葉が、脳裏に甦った。
    「何も変わらない? 何が変わらない……?」
     だが、闇に支配された体は、自らの意志に反して歩を進めていた。


     既に消灯時間を過ぎているのだろうか。
     背後に佇む病院の窓からは、灯りは漏れていない。
     今日は学園祭初日だ。日付が変われば最終日。だから、何としてでも連れ帰りたい。
     彼女と学園祭を楽しむ為に。
     万が一のことを考慮し、入院している患者や病院職員の避難誘導を行う為に、何名かの灼滅者達が病院の敷地内で待機してくれていた。
    「……凄いっすね。こんなに大勢の人が集まって」
     埜々下・千結(杯掬う女帝・d02251)は、傍らに浮遊しているナノナノのなっちゃんに囁きかけた。
     この場に集まった灼滅者は、自分達を含めて93人。かなりの人数である。
     千結は、ユリアーネとは直接の面識はない。だから、今回の自分の役目は、彼女の友人達のサポートだ。
     皆、同じネックレスを身に付けていた。「幸運の蒼い羽根」。ユリアーネの手作りの逸品だ。
     分福茶・猯(カチカチ山の化け狸・d13504)は、無意識のうちに、そのネックレスに触れていた。
    「全く、ユーリィもユーナも、困った義妹だな」
     やれやれと、熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)は溜息を吐いた。その視線の先には、見覚えのあるシルエット。ユリアーネだ。
     分かってはいたが、雰囲気はまるで違っていた。自分達の良く知るユリアーネとは明らかに違う波動を感じる。しかし、その中にあって、微かに馴染みある波動を感じ取ることもできる。
     大丈夫だ。まだ彼女は完全に消えてはいない。
     ユリアーネ、いやユーナが自分達に気付いた。足を止め、こちらの様子を窺っている。
    「ちゃれん寺を代表してお迎えにきましたよ~」
     笑顔を作り、パメラ・ウィーラー(シルキーフラウ・d06196)は声を掛けた。クラブ【ちゃれん寺】の仲間達も大勢この場にきている。
    「希望の戦士ピュア・ホワイト! 大事なともだちを迎えに来ました、さあ私達と一緒に帰りしょう!」
     白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)はそう声を投じると、武器を手にした。ユリアーネを傷付けたくはないが、戦闘を回避することはできない。こちらにそのつもりはなくとも、ユーナは違う。
    「なんや不思議な感じやけど、迷子のお迎えにきましたぇ」
     諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)は飄々とした笑みを浮かべつつ、ゆったりと身を構えた。模擬戦より先に、こんなことになってしまうとは、正直言って想定外だった。
    「……邪魔をするならば、排除する」
     感情の籠もっていない声が聞こえた。声は確かにユリアーネの声だ。でも今は、彼女ではない。
     取り戻さなければならない。
     いや、必ず取り戻す。
     突進してくるユーナの前面に、唯済・光(つかの間に咲くフリージア・d01710)が歩み出た。ジュンと猯、伊織が並んだ。
     彼女を倒す為の布陣ではなく、救う為の布陣。
    「実は結構、模擬戦では、ユーリィに負けているんだけどね。……ここで勝ち星を取り戻させてもらうよ!」
     翔也は笑みを浮かべた。
    「奪わせない為の力は、一人で持つ必要なんてない。だって、奪われたくない大切な人達が居るんだろ? なら、その皆で力を合わせれば良いんだよ」
     甲斐・司(宵空を駆ける・d22721)が瞳に力を集中させる。
    「だから……今は俺達がユーリィに力を貸すよ!」
     司の、いやここに集った仲間達全ての想いだ。


     ユーナの中のユーリィに自分達の言葉を届けるべく、ジュンが仕掛けた。ユーリィに声を届ける為には、ユーナの存在が邪魔だ。そして、ユーナの意識を自分達に向けさせることができれば、ユーリィを押さえ付けている力も緩むはずだ。
     手加減をすることなく、ジュンは全力でバベルインパクトを叩き込もうとする。だが、ユーナは難無くそれを躱す。
     夜霧を纏ったユーナは大きく身を翻すと、影を宿した右腕の鉤爪を振るう。
     攻撃を躱されたことでバランスを崩していたジュンが、直撃を食らった。心に、トラウマが覆い被さってくる。
     すかさず、千結が霊力を打ち出し、ジュンの傷を癒やすと共に、心に覆い被さっていたトラウマを打ち消す。
     パメラの神秘的な歌声が、ユーナの心に揺さぶりを掛ける。
     手心を加えつつ、着実にユーナの体力を奪っていく。
    「生温い。生温いよ!」
     ユーナの力は想像以上だった。これが、闇堕ちした者の力。
     麻痺により、体が思うように動かない。毒に蝕まれ、氷が容赦なく体力を奪う。
     千結となっちゃんの力だけでは足りず、後方に待機していたメンバー達からも力が注がれてくる。
     毒に塗れ、膝を突いた光目掛けて、ユーナが突っ込んできた。カバーに入ったビハインドのナオヒトさんを蹴散らし、更に光に肉薄する。
     ユーナの右腕の鉤爪が唸った。
    「……ユリアーネちゃんにやられるんなら、仕方ないか……」
     自分の体はこの一撃には耐えられない。光は観念して、迫りくるユーナの姿を見つめていた。
     だが、そこへ人影が飛び込んできた。
     伊織だった。
     誰一人、倒れさせるわけにはいかない。たとえ、自分が倒れたとしても。
     ユーナの鉤爪が、伊織の胸元を抉った。
     鮮血と共に、蒼い羽根が飛び散った。
     血に染まった蒼い羽根が、ユーナの目の前を頼りなく漂う。
    「……これは、私の……」
     ユーナの口から、吐息のような声が零れた。その声は、どこか懐かしい。
    「……今の、声は?」
     片膝を突き、傷口を押さえ、伊織は驚いたように顔を上げた。


     始め、それはただ雑音でしかなかった。
     意味をなさない音の群れ。煩わしいだけの不快な響き。
    『……てんじゃ…ぞ、自分の……!』
    『……どんな姿……と、……絆は確かに……』
    『皆、……ちゃんが……待って…』
    『一緒に……、…空いたら…な考えも……』
     これは声だろうか。
     誰の声だったろう。
     忘れてはいけない、大事な誰かの声。
     自分を睨んでいるこの男は、誰だったろう。掠れた記憶の中に浮かぶ代紋。
     何かが視界を横切っていく。これは――。
    「アンタの翼はここにある! アンタを救いたいと願う者たちがアンタの翼を持ってきたぜ!」
     声が意味をなして、心に届いてきた。
    「この羽根が集まれば……また、君は羽ばたけるよ!」
     羽根。蒼い羽根。
     これは、私の羽根。
    「おまえが何度地に墜ちても! 俺たちがこの蒼い羽根一枚一枚になって、一緒に飛んでやる!!  だから早く戻って来い、ユリアーネッッ!!」
    「みんなもウチも、ユリアーネちゃんのために何かをしてあげたいんだ。だから、さあ、こっちへおいでよ!」
     差し伸べられた手。手を伸ばせば届きそうな場所にある。
     伸ばそう。手を。
     しかし――。
    『勝手なことをするな、ユーリィ!!』
     強制力のある声が響き、伸ばし掛けた手を思わず引っ込める。


    「勝手なことをするな、ユーリィ!!」
     ユーナが叫んだ。苛立たしげに、声を荒げた。
     この反応は……。
     仲間達が肯き合った。
     堪え忍んできた成果が出たと確信した。
     彼女が目覚めようとしている。
     ならば、自分達がすべきことは一つしかない。
    「ダークネスには仲間はいないよ。利害関係で一時的に協力することはあっても、それはほんの少しの間にすぎない」
    「なに!?」
     光の言葉を聞き、ユーナが顔を向けてきた。
    「私たちは仲間のためにここに来た。サイキックと比べればわかりにくい力ではあるかもしれないけれど、これも守る力だよ」
     それは絆の力。
    「ユーナさん。たとえあなた一人が何でもできたとしても、独りでは限界があります」
     ジュンは武器を収める。戦う為にここに来たのではない。彼女を救う為にこの場に来たのだ。だから、もう武器はいらない。思いの丈をぶつけるのみ。
    「あなたが何かを選んだ時には、その選んだもの以外のすべてを諦めているんですよ?」
     それは本当に、あなたが望んだものなのか。
    「悪いがその力じゃ、失ったもんは元には戻らんよ」
     猯の視線は、どこか哀れみを帯びていた。
    「ユーリィは新しい居場所を作ろうとしておる」
     首に掛けていた蒼い羽根を手にする。これは、ユーリィが大切に思う人達の為に、一つ一つ心を込めて作ったもの。
    「黙れ!! お前達も、ユーリィも黙れ!!」
     ユーナは狂ったように武器を振るうが、当初のような精度は失われていた。ユーナの攻撃は、もはやまともに灼滅者達を捉えることができない。
     パメラを狙ったはずの漆黒の弾は、あさっての方向へ飛んでいく。
    「……大丈夫。ユーリィもユーナも、もう、奪われる心配をしなくていいんだ」
     頼りない兄かもしれない。だけど、お前一人くらいはしっかりと護って見せる。翔也の掛ける言葉は優しい。
    「前に言ってたよね、『私の魂は消えたりしない』って。その言葉、信じてるよ。だから…!」
     司は渾身のレーヴァテインを放った。闇を払い、彼女の魂に火を灯す為に。
    「ぐ……うっ」
     ユーナが苦悶の表情をみせる。僅かに心が痛んだが、詫びの言葉は全てが終わってから掛ければ良い。
    「姉さんの、あんたの求める強さ、ってのは、なんやったん? なんで強くなりたい、思ったん? 忘れた、とは言わせませんぇ」
     伊織は真っ直ぐにユーナの目を見た。いや、ユーナの内のユーリィの目を。
    「ちっと荒療治、やけど」
     気合いと共に打ち込むは、トラウナックル。


    「……この光景は!?」
     そこかしこから聞こえてくる悲鳴。
     目の前に倒れ、動かなくなっている少女は、ほんの数時間前に笑い合った仲間の一人。
     強大な勢力の前では、自分の力はあまりにも無力だった。
     力が欲しい。もっと強い力が。
     そうすれば――。
    『誰を護りたいんだ?』
     誰かの声が聞こえた。
    「護る? この力で、誰かを護る?」
     だが今の自分の力は、あの忌々しい力ではないのか。
     自分の居場所を奪った、あいつらの力ではないのか。
    「ユーナ。それでは何も変わらない」
    「ユーリィか……」
     目の前に、自分と同じ姿をした少女がいた。いや違う。自分と同じ姿ではない。
     彼女には、「翼」がある。
     自分にはないものを彼女は持っている。
    「ユーリィ。お前の存在が、私を惑わせる」
     しかし、ユーリィは無言で首を左右に振った。
    「どっちもユリアーネだよ」
    「戯れ言を!」
     突き出した一撃が空を切る。ユーリィには当たらない。
    「いなくなれ! いなくなれ! 私の中からいなくなれ!!」
    「……それは無理な相談だな」
     ユーリィは自嘲気味に笑った。
     分かっている。どちらも自分だ。
     認めねばならない。

    「もう一人の人格、『ユーナ』、かておんなじ、あんた自身やろ? 『ユーナ』も『ユーリィ』も、同じ大事な仲間、や」
     伊織の声だ。
     そう、これは伊織の声。
    「……大丈夫。ユーリィもユーナも、もう、奪われる心配をしなくていいんだ」
     翔也だ。はっきりと分かる。
    「再び何かを失うかもしれない、それが怖いのはわかる。だからこそ力をこれからも貸してほしくて此処にいるの。一人で楽になんてしてあげない、君の剣はまだ折れていないのだから」
     光だ。彼女も来てくれた。
    「貴女の帰りを待ってる人がこんなにもいます。だから諦めないで。その力を何の為に振るいたかったのか。その意味をどうか否定しないで」
     面識のない少女だ。ナノナノが寄り添うようにしている。
    「ユーナの心とユーリィの体。ふたりがそろってこそユリアーネが返って来られるんですから」
     ジュンだ。顔を向けてみる。彼は少女のような純粋な笑みを浮かべていた。「幸運の蒼い羽根」を指差している。

    「私は帰るよ、ユーナ」
    「馬鹿な。お前に帰る場所など無い」
     ユーナは否定する。手に入れた力全てを使い。全力で否定する。

    「あなたの帰ってくる場所はここにありますよ」
     ユーナとユーリィのやり取りが聞こえたのか。ジュンの声が響いた。
     武蔵坂で育んだ絆。新しい居場所。
    「失う事は確かに怖い、しかしあそこはお前さんの帰る……居たかった場所ではないじゃろう。悪いがその力じゃ、失ったもんは元には戻らんよ」
     猯が闇の中に浮かぶ病院を指し示す。
    「過去を悔やむのではなく、今、築き上げてるものを、お前さんが帰れる居場所を守る為に使ってはくれんかね?」
    「貴方が帰る場所はあの寺子屋です。ほら、みんなが迎えにきていますよ」
     パメラの背後には、クラブ【ちゃれん寺】の面々がいた。
    「おいユリアーネ! てめぇ、俺にリベンジするんじゃなかったかのかよ!」
    「…おい、別に寂しい訳じゃないであるからな」
    「今なら我輩の肉球と毛並みを存分に堪能して良いで御座るよ?」
     猫達も何か言っている。
    「ユーリィが求めたからこそ今のユーナが在り、ユーナが在ったからこそ今のユーリィがいる。その事を思い出して!」
    「とっとと自分を奪い返せよ、そいつが最もハッピーエンドに近い道だ。そうだろ?」
    「みんなと一緒にいるほうが楽しいと、ボクは思うな。独りは、寂しくない??」
    「…迎えに来ましたよ。貴方と机を並べた仲間達と」
    「ユーリィ殿の強さと優しさは拙者ら知っておりますが故!また、共に楽しき『日常』に、帰りましょうぞ!」
    「ユリアーネ、負けるな!ユリアーネなら戻ってこられる! おれ、知ってるぞ!!」
    「無理な力、無くても、強い事、アタシ、知ってる。逆に、その力、全部捨てる必要、ない」
    「いいから二人とも帰ってこい。 皆待ってる」
     友人達の声だ。自分の身を案じ、迎えにきてくれた仲間達だ。

    「皆、ユーナの仲間だ」
    「違う。あれはユーリィの……!」
     自分は一人だ。帰る場所などない。失ってしまった。

    「ユーナ、君は恐れている。ユーリィを。その魂の光を」
     司のマントから影が伸びてくる。
    「もういい、ユーナ」
     ユーリィの力が、その影に乗る。
     飲み込まれる。
     ユーリィの力に。
    「消える!? 私が消える!?」
    「心配はいらない、ユーナ。私が覚えている」
    「まだ……まだだ!」
     ダイヤのマークが煌めく。それはまるで、ユーナの断末魔の悲鳴。
    「ユーリィ、君は自分が其処に居るかも、皆が此処に居るのかも、何処に帰るのかも分からないって嘆いていたね。だから言うよ。俺の瞳には確り映っている。君は此処に居て、俺達も此処に居る…だから、此処が君の帰る場所だ!」
     司が手を伸ばす。
    「帰って来い、ユーリィ!」
    「ああ、帰るよ。そう約束したから……」
     ゆっくりと伸ばされたユーリィの手は、司の手をしっかりと掴んでいた。


    「……ただいま」
    「へ?」
     ユリアーネの手の温もりを感じた司だったが、状況が飲み込めず、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
    「何を間の抜けた声をあげている? ここは『お帰りなさい』という場面だ」
     司の顔を見上げて、ユリアーネは口元を緩めた。
     状況を理解した仲間達が、歓声をあげている。【学生寮『蒼鳥』】と【シス・テマ教団】の面々は大騒ぎだ。【百鬼狂騒 】と【世紀末荘 】の友人達の姿もある。
    「いつまで惚けている気だ!?」
     ユリアーネに手を払われて、司はようやく我に返った。片翼の少女の顔を改めて見つめると、嬉しそうに微笑む。
    「お帰り、ユーリィ。よく頑張ったね」
     そっと頭を撫でて、祝福してやる。
    「は、恥ずかしいことをするな!」
     皆に見られていることに気付き、ユリアーネは頬を赤らめた。
     ホッとしたように、千結が胸を撫で下ろす。
    「おかえりなさい~」
     ぽややんとパメラが迎えてくれた。いつもと変わらぬその様子が、とても嬉しい。彼女の隣には、ナオヒトさんもいた。心なしか、彼も嬉しそうだ。
    「大丈夫でしたか?」
     ジュンが心配そうに覗き込んできた。心配ないと、ユリアーネは肯く。
    「お帰り」
     光が遠慮がちに声を掛けてきた。彼女の後ろには、クラブ【撫桐組事務所 】やその友好クラブの面々の顔があった。
    「戻ったら、模擬戦や」
     伊織がやんわりと笑んだ。
    「帰ろうか。皆が待っているよ」
     手作りクッキーを渡しながら、翔也が言った。
     今から戻れば、学園祭二日目に間に合う。
    「ユーリィには嫌な顔されそうじゃが、また会える日を楽しみしておるよ」
     猯は、ユリアーネの肩をポンと叩くと、友人達の元に駆けていく。それはユーリィにでなく、ユーナに向けられた言葉だ。
    「大丈夫。ユーナのことは忘れない。ユーリィもユーナも、ユリアーネだから……」
    『ああ、そうだな……』
     ユーナの存在が萎んでいく。
     でも、ユーナもユーリィも「私」。
    「ユリアーネちゃん、早く!」
    「もたもたしてると、置いていくぞ」
     友人達の声が、耳に心地よい。
     私は帰ってきたのだ。
     自分のいるべき場所に。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 30/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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