夏は薄着で

    作者:小茄

    「あははは! これまでの私の人生とは何だったのか!? 規則や決まり事、常識や周囲の目なんてつまらない物に縛られ……自分ではない誰かの人生を生きていたかの様だ! これこそが私! 私とはこれなのだ!」
     夜。静かな住宅街の公園で、外灯の明かりをスポットライトの様に浴びつつ、舞台上の主演俳優の様に舞う男が一人。
     彼は一糸まとわぬ、全裸であった。
    「ひっ……?!」
     大学生かOLか、通りかかった若い女性が彼の姿を見て、思わず立ちすくむ。
    「こんばんは、お嬢さん。良い夜ですね」
     彼はいっそ紳士的とさえ言える微笑みを浮かべつつ、彼女に歩み寄る。
    「僕と踊りませんか? いえ、いっそ貴女も自然な姿に」
    「き、きゃああぁぁーっ!!」
     逃げ出す女性を仁王立ちのまま見送り、彼は満足げに晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。
     
    「『贖罪のオルフェウス』と言うシャドウについてはもうご存じかしら? ソウルボードを利用し、人間の闇落ちを助長していますの」
     人が罪を犯そうとするとき、その人の心には罪悪感が生まれる。それが最後の一歩を踏み留まらせる、或いは再犯を思いとどまらせる重要な要素なのだが……。
    「このシャドウは、夢の中で人間の罪の意識を奪い、闇堕ちを加速させていると言う事の様ですわ」
     罪悪感を奪う「贖罪の夢」を見せられているのは、会田昇(あいだ・のぼる)。22歳で、大学を中退し独り暮らしだと言う。
     彼は、一糸まとわぬ姿で夜の公園などを闊歩し、道行く女性に声を掛けると言った事案を発生させている。
     このままでは、より重大な事件を発生させたり、人生を棒に振ってしまう危険が高い。
     そうなる前に、救って欲しいと絵梨佳は言う。
     
    「昇はアパートに一人で暮らしていますわ。忍び込んで、ソウルボードに入るまでは特に問題ないでしょう」
     贖罪の夢において、彼は神の様な存在の前に跪き、罪を懺悔している。
     その懺悔が妨害されると、敵が出現する事となる。
    「ただ、妨害の仕方によって、2種類のどちらの敵と戦うかが分れる事になりますわ」
     単に妨害しただけであれば、昇がシャドウの様なダークネスもどきに姿を変え、彼と戦う事になる。
     昇を説得し、罪を受け入れさせる事が出来れば、新たに敵が出現する。前者に比べて戦闘力は劣るが、昇を守りながらの戦いになるだろう。
     
    「普通に懺悔を妨害した場合に出現するのは、コートを纏った昇っぽいダークネスですわ。攻撃方法は、コートを肌蹴る……とか」
     説得に成功した場合、敵の外見はコートを纏った中年男になる。外見のパンチはあるが、戦闘力自体は低めだと言う。
    「ただ、この場合は昇も攻撃対象として狙われるのは先ほども言った通りですわ。守りつつ、倒して下さいまし」
     この夢の中では、昇を守りたいと強く念じた者が、彼が受けるはずだったダメージの2倍を、身代わりとして受ける事が出来る。
     ここという場面では、それを活かして守る事も必要になるかも知れない。
     もし昇がダメージを受けてしまえば、シャドウと一体化し、説得失敗時と同様に強力な敵として立ちふさがる事になるだろう。
     
    「説得に成功した場合、無事に悪夢から救い出した後で、彼は罪悪感に苛まれる事になるはずですわ。もし可能であれば、何らかのフォローや励ましをしてあげても良いかも知れませんわね」
     逆に説得しなかった場合、失敗した場合などは、罪悪感を持たない為、また犯罪に手を染めてしまう危険もあるが……。
    「例えそうであっても、既にダークネスとは無関係の事件になっていますから、私達に深入りする事は出来ませんわ」
     ともかく、今は急いで彼をシャドウの魔手より救い出さねばならない。


    参加者
    結月・仁奈(華彩フィエリテ・d00171)
    北逆世・折花(暴君・d07375)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)
    鷹嶺・征(炎の盾・d22564)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    細川・忠継(裁く刃・d24137)
    稲荷・九白(胃次元ブラックホール・d24385)
    ゴリバー・ラーフマン(正義の味方ゴリラーマン・d28009)

    ■リプレイ


    「私はまた、近所の公園で全裸になりました……いけない事とは知りながら……やめられないんです」
     神々しい光、と言う表現が適当だろう。金色の眩い光の前に跪いた男――会田昇は、自らの犯した罪を告白していた。
    「ただ脱ぐだけではありません。最近では、通りかかった女性に声を掛けることも……悲鳴を上げて逃げる姿を見て、心が満たされるのです」
     ここは彼の夢の中。露出によって近隣を騒がせていた彼は、ここで罪を告白し、許しを乞う事によって罪悪感という重荷を捨て去っていたのである。
    「こんなに罪深い私でも、生きていて良いのでしょうか……」
     彼の問いかけに答える様に、その光は一層明るく、目を開けて居られないほどになる。
    「おおっ……なんと言う温もり……」
     まるで聖母の抱擁の如き心地よさに、昇の表情が安らぎ始めた。まさにその刹那である。
    「昇さん、どうして夢で許しを請うんです、か?」
    「っ?! だ、誰だ!」
     昇が振り向いた先に居たのは、結月・仁奈(華彩フィエリテ・d00171)。
    「そこに貴方が懺悔してる人はいないんですよ。直接届かないのなら、それはただの独り言、だよ」
    「お、俺は神に許されて、だから……大体、お前達は一体何なんだ!」
    「突然失礼いたします。本当に今のあなたが、本当の貴方ですか?」
    「お、俺は俺だ……当然だろう!」
     物静かながら、昇の目を見据えて静かに問いただす鷹嶺・征(炎の盾・d22564)。
    「今のあなたが自由だというのであれば、何故懺悔をするのです。自分の行動はいけないことだとわかっているのでしょう?」
    「……そ、それは……」
     正論によって、にわかに口ごもる昇。確かに、彼が根っからの悪人であれば、そもそも罪悪感など感じず、夢の中で懺悔をする事もないだろう。
    「キミだって、自堕落な毎日を過ごし、日々の鬱屈をそんな行為で発散する生き方を望んではいないだろう?」
    「……ぐっ」
     声を荒げる昇に対し、極めて冷静に問いかける北逆世・折花(暴君・d07375)。
    「ここで懺悔したとしても、キミの悪癖が改善されるわけじゃない。そんなことよりも先に、やるべきことがある筈だ」
    「お、お前達に俺の何が解るっていうんだ……」
     反射的に言い返しながらも、動揺を隠せない昇。
    「猥褻物なんとか罪になるんだよー確か。あんなことを続けていると大切なものを失っちゃうぞ」
    「っ……」
     続いて声を掛けた相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)は、単に罪悪感から解放されたとしても、このままでは逮捕されるしかないと昇を諭す。
    「そ、それは……」
    「仕送りを続けてくれてる田舎の家族も泣いちゃうゾ」
    「……」
     両手の拳を握り震わせながら、俯いて押し黙る昇。
    「あんたの父ちゃんやお腹痛めて産んでくれた母ちゃんかて、22にもなった息子が生まれたまんまの姿でムスコちらつかせて人様に迷惑をかけてるとは思っとらんやろしな」
    「くっ、や、やめろっ! 親だって、今更俺に期待なんかしてないっ! その音楽を止めろ!」
     どこから流れる哀愁のメロディに乗せ、ベテラン刑事よろしく情に訴える花衆・七音(デモンズソード・d23621)。
    「会田昇、懺悔中に失礼した。貴様はこの『贖罪の夢』にて懺悔をし、それで現実でどんなに罪を犯そうとも、全て許されると思っている。間違いないな?」
    「……そうだ、神が俺を許したんだ! その俺を誰が裁ける!?」
     細川・忠継(裁く刃・d24137)の問いかけに対し、開き直る様に声を荒げる昇。
    「だが、果たして本当にそうだろうか。現実で犯した罪が、夢の中の懺悔で許されるかどうか」
    「……」
     極めて現実実のある世界ではあるものの、所詮ここは夢の中。
    「もし本当に罪悪感を少しでも軽くしたいのなら、現実世界で真っ当に生き、償うことだ」
    「くっ……」
     夢の中における懺悔が、無意味である事を伝える一同の言葉。昇もまた、その事実に気付きつつあるのだろう。再び俯いて押し黙る。
    「他人と違う部分ってだれにでもあるとは思います。大事なのは自覚することと自制すること。本当はわかってるんじゃないですか?」
    「こ、子供に何が解る! 大人ってのはな……色々と……」
     まだ幼い外見の稲荷・九白(胃次元ブラックホール・d24385)から告げられる言葉に、反射的に反論仕掛ける昇。
    「もういい大人なんですから、私みたいな子供に言われなくても自分で気づいていると思うんですけどね」
    「ぐぐっ……」
     だが、すぐさまぐうの音も出ない正論を返され、またも沈黙させられる昇。
    「ウホッ……ウホウホ」
    「え?!」
     そして説得のトリを務めるのは、ゴリバー・ラーフマン(正義の味方ゴリラーマン・d28009)。
    「人間に諭されているうちが華ですよ。我々の伝えたい事は、既に言葉に籠めました。まだ足りませんか?」
    「……解ったよ……確かにアンタ達の言ってる事は正しい。俺が間違っていた……」
     どうやら灼滅者達の説得は、昇の心の片隅にあった良心に響き、無事罪悪感を取り戻させる事に成功した様だ。


    「ふひひっ、いけませんなぁー。せっかくの彼の懺悔を邪魔してはぁ」
     と、そこに現れたのは、やや小太りでバーコードヘアの中年男性。夏だというのに、ロングコートを羽織っている。
    「生まれた姿は裸だと言うのに、なぜ服を着るのか? むしろ全裸こそ自然な姿ではないですか、ねぇ? ちょっとばかり誰かを驚かせてしまったとしても、それは人類の文化がおかしな方向に発展してしまったからに過ぎない。まして彼はその事を謝罪しているではないですかぁ? こうなればもう、無罪無罪。存分に脱いで構わない。好きなだけ、心のままに」
    「……」
     口の端を歪め、いやらしい笑みを浮かべつつ言う。昇の懺悔を邪魔された事を感知し、現れた悪夢の守り手だ。
     昇を再びあちら側に取り込まんと、勝手な理屈を並べ誘惑し始める。
    「昇はボク達の後ろに下がってて」
    「わ、解った」
    「……変態さんに容赦はしないよっ」
     折花が昇を下がらせる間、仁奈はバベルブレイカーを構え直すと、中年男目掛けて突進する。
    「ぐほっ!? ……くくく、なかなか活きの良いお嬢ちゃん達のようですねぇ……」
     ドグマスパイクを腹部へ直撃され、がくっと身体を折る男。だが、その薄ら笑いは尚も健在。濁った瞳を灼滅者達に向けてくる。
    「さぁ、彼をこちらに渡したまえ。良い子だから」
    「残念だけど」
    「そうはいかないよ!」
     エアシューズで地面を蹴り、瞬時に間合いを詰める折花。鬼神の力を具現化させた腕を、中年の顔面へと叩きつける。これに呼応した貴子もまた、ナノナノのてぃー太に援護射撃を指示しながら、その腕からDCPキャノンを放つ。
    「うごっ! がっはっ……!」
     痛烈な連続攻撃を受け、さすがの中年男も大きく状態をぐらつかせる。
    「……仕方ないですねぇ……それじゃそろそろ、本気で行きますかぁ」
     ――バッ!
     そう言うと男は、羽織っていたコートを豪快に肌蹴る。
     どす黒い閃光(と表現するしかあるまい)が灼滅者達の視界を覆う。
    「きゃー!」
     当然のことながら、乙女達は悲鳴を上げて目を覆う……かと思いきや、貴子は指の間からガン見。
     そりゃ、戦いの最中だから、敵から目を離す訳にもいかないのである。決して、その他の理由などあるはずもない。
    「見苦しいものはしまっていただきたいものですが……しまう必要性すらなくして差し上げましょうか?」
    「それが手っ取り早いな」
     男性陣とて、中年男の裸体など見て嬉しいものではない。口元に笑みを浮かべつつ、しかし冷たい口調で言う征。忠継もまた、冷静な表情を崩すこと無く同意を示す。
    「なっ、ま、まちたまえ! 君たちだって一度解放されてみれば解るはずだ! ありのままの自分になる事の素晴らしさを!」
     ――バッ!
     二人のクルセイドソードが、左右からそれぞれ男の側背を突く。
    「ぎにゃあぁっ!!」
    「なんちゅうかホンマちんけやな、色々と」
    「……な、なんだと……? 今なんと言ったぁーっ!?」
     闇を滴らせる魔剣へと姿を変えた七音。無様にうずくまる男を見下ろして冷たく言い放つ。
     ――ドゴォッ!
    「ごばぁっ!」
     更に殲術執刀法により切り刻まれる男。
    「悪い夢からは早く覚めましょう」
    「ウホホッ!」
     この機を逃さず、燃えさかる獲物を振り上げる九白。男の背後から渾身の力を籠めて振り下ろす。これに呼応したゴリバーもまた、拳に闘気を纏わせ、殴ると同時に魔力を流し込む。
    「ぐわぁぁーっ!!」
     もんどり打って地面を転がり、燃え上がる男。
    「す、すげぇ……やったのか?」
     恐る恐る、灼滅者達の背後から戦いを見守る昇。
    「……ふひはははは! この程度でやられて露出が出来るかぁ!?」
    「!?」
     だが、男は尚も立ち上がる。ボロボロになったコートを纏い、満身創痍になりつつも、まだ昇を取り込む事を諦めていないようだ。
    「往生際悪いよ!」
    「まだまだギアを上げていきますよ!」
     禍々しいオーラを纏いつつ、露出中年は再びそのコートに手を掛けるのだった。


    「へなちょこな姿をみて面白い理由がわからないんだよ」
     ――ドゴォッ!
     地面を削るように滑走した仁奈は、熱を帯びたエアシューズによるハイキックを叩き込む。
    「がぶあっ!?」
     痛烈な一撃を受け、きりもみしながら吹き飛ぶとそのまま地面を転がる男。
     さすがの彼も、立つ事は出来ないかと思いきや……
    「……なぁに、まだまだ」
     鼻血を滴らせながら、尚も立ち上がる。
    「なんてしぶといんだ……」
    「大丈夫です。悪夢はすぐに終わりますから」
     昇を安堵させる様に言葉を掛けつつ、クルセイドソードを炎に包む征。
    「ウホホッ!」
     バベルブレイカーを手に突進するゴリバーに呼応し、征もその切っ先を突き立てる。
     ――ドシュッ!
    「が……はっ……! ま、まだ……」
    「そろそろ手詰まりやろ、覚悟しいや」
     間断なく夜霧を展開して仲間の傷を癒やしつつ、やや呆れた様な口調で告げる七音。
    「我が最終奥義を見るが良い!」
    「何あの大仰な構え……」
     ――バッ!
     大方の予想通り、露出男はコートを脱ぎ捨てる。
    「……それで?」
    「えっ」
     殆どリアクションを示さず、拳に雷を纏わせつつ問う折花。
     彼女は元々反応が薄かったが、他の面子もいい加減慣れつつある。
    「さらけ出せばいいってモンじゃなのだー!」
     強酸性の液体を放つ貴子。間を置かず折花の拳が男の顔面を打ち抜く。
    「ごばっ……」
     足下もおぼつかない様子で、よろめく男。
    「そろそろとどめだ」
    「終わりにしましょう」
     ――バシュッ!
    「ば、かな……」
     忠継の剣が全裸男の足を薙ぎ、九白の蹴りがよろめいた男の側頭部を捉える。
     声も無く地面に転がった全裸男は、暫くその場で痙攣していたが、程なく動かなくなって跡形も無く消え去った。


    「次はきちんとした方法で他人と向き合ってくださいね」
    「……あぁ、君たちの言葉と、アイツを見て解ったよ……自分がいかに馬鹿な事をしてたか」
     征の言葉に、恥ずかしそうに俯きつつ、しかしはっきりと答える昇。
    「人間誰しも、成長の過程で過ちを犯したり、勉強したり、するものだ」
     そんな昇を励ます様に、ぽんと肩に手を置く忠継。
    「罪に気付く勇気、一歩を踏み出す勇気。昇さんは、もう既に一歩を進んでるんだよ。だから、きっと大丈夫」
     仁奈も優しく微笑みつつ、そう告げる。
    「うん。人前で裸になる勇気があるのなら何だってできる。思いきり悔やんだあと、キミの生き方を考えたらいいさ」
    「……皆、有難う。一からやり直すよ」
     折花の言葉に、小さくだがしっかりと頷きつつ、灼滅者を見回してそう宣言する昇。
    「その意気その意気、教訓を残して過去の記憶とか後悔こそを脱ぎ捨てちゃいなよー。勢いでやれるって!」
     うんうんと頷きつつ、ノリと勢いで励ます貴子。
    「後はもうちょい見応えのあるようにした方がええと思うで。ボディービルとかええんちゃうん。身体鍛えられるし合法的に人に見せられて一石二鳥やで」
    「……な、なるほど。確かに最近まともに身体動かしてないしな……」
     七音の言葉に、満更でもなさそうな様子。
    「ウホッ」
    「い、いやそこまでは無理だけど……」
     筋肉をアピールするゴリバーに、苦笑いするその表情もかなり明るくなって様に感じられる。
    「今回は、我ながら柄にもなく真面目になってしまいました。目が覚めたら……とりあえずご飯、ですかね?」
     ふうっと息をつきつつ、箒を抱え直す九白。
     昇を悪夢から無事救い出し、再スタートを切る切っ掛けを与えた。灼滅者に出来る限りの事はしたのだから、後は彼次第だ。

     かくして任務を完遂した一行は、凱旋の途に就くのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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