●
人気のない道を歩いている幼い少女の息は、何かを抑え込むように乱れていた。
手に持つナイフはカタカタと震え、歯が固くかみしめられている。
そして、目の前を歩いている大人の男性を見つめると――。
襲い掛かった。
腕を切り裂き、足にナイフを突き刺し、男性に声にならない絶叫をあげさせる。
すると、少女の息が落ち着いてきた。
少女がナイフを抜くと、男性は地面にはいつくばりながら、動かない足を引きずって逃げ出した。
だが、少女は後を追わない。
代わりに、べっとりと手についた血を見て、今にも泣きそうな表情で笑った。
「……どうして、人の血を見ると、こんなに心が弾むの? あの絶叫を聞いたら、胸がすっとするの? いけないことなのに……うぅ……」
少女は、ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんなさい……。なつきは、こうでもしないと人を殺してしまいそうなの。ごめんなさい……。お父さん、お母さん……ごめんなさい。なつきは、なつきは――!!」
少女は泣き崩れて、両親に嫌われたくないと叫んだ。
そして、少女は心の底から思う言葉を吐き出す。
「誰か、こんな、なつきを消して!!」
●
「闇堕ちしてダークネスになった少女が、通り魔事件を起こそうとしているの。かわいそうに。人を傷つけたくないという想いとの狭間で苦しんでるよ」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の告げた事件は、闇堕ちしてダークネスの力を持ちながらも人間としての意識を残している六六六人衆が、殺人衝動を抑え込むために一般人を襲ってしまうというものだった。
「だから、みんな。少女が灼滅者の素質を持っていたら闇堕ちから救い出してほしいの。
ただ、完全なダークネスになってしまうようだったら……その時は、お願い。そうなってしまう前に、灼滅してほしいんだ」
ダークネスとなった少女の名は、赤石なつき。
両親が大好きな小学4年生だ。
闇堕ちした原因はわからないが、今は両親が教えてきた「人を傷つけてはいけない」という行為をしたがる罪悪感で自分を責め続けている。
そして、その行為をしてしまう自分を両親に知られることを恐れている。
そのため――。
少女は、自分を殺してくれる誰かを知ったら、自我を手放してダークネスの意識に身をゆだねる。
「お父さんやお母さんに嫌われるくらいなら、自分が死んだ方がいいって思っちゃうんだろうね」
少女と出会う方法は、至って簡単だ。
人通りの少ない通りを歩いている少女の前に姿を現せばいい。
そうすれば、少女は、ナイフを持って、殺人鬼の使うサイキックで攻撃してくる。
「相手の実力は、六六〇位だけど、強敵には変わりないから十分気をつけて戦ってね。
そして、どんな結果になっても、少女の願いを叶えてあげて」
参加者 | |
---|---|
天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165) |
杉下・彰(祈星・d00361) |
柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798) |
夢月・にょろ(春霞・d01339) |
佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044) |
ティオ・トレント(星海廻り・d12970) |
遠夜・葉織(儚む夜・d25856) |
ドール・ドールズ(ドール・d27288) |
●1
幼い少女――赤石なつきと灼滅者は人通りのない道で向かい合った。
なつきは息を荒らし、ナイフを持つ手の震えを、もう片方の手で押さえた。そして、息をのむ。
それが、何を意味しているのか、灼滅者たちはわかっていた。
「こんばんは。一人で歩いていたら危ないよ?」
「……」
「どうしたの?」
ティオ・トレント(星海廻り・d12970)の呼びかけになつきは答えず、歯をカタカタ鳴らしている。
そして――。
「――逃げて!」
そう叫ぶなり、なつきは灼滅者たちへ襲い掛かった。
六六六人衆としての力を持っているなつきの一撃の威力は強いが、灼滅者たちはそれに耐えられるだけの力を持っている。
灼滅者たちは一気に散らばった。
例え、いきなり襲われても灼滅者側からの戦意は見せないという確認が生きていると、天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)は乱されていない仲間の反応から見て取った。
ティオも、言葉が届くまでは極力攻撃を控えたいと思っている。
すぐに殺界形成で一般人が近づくことを防いだ柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)は、自分の攻撃を避けた灼滅者たちに驚いているなつきへ、にこっと笑った。
「まずは、落ち着いてくださいね。私たちは、なつきさんを助けに来たんですよ」
「何を……言ってるの?」
「なつきさんが抱えている殺人衝動は、なつきさんの中にいる悪い存在のせいです」
「ナツキの心には怪物が潜んでいるのでゴザルよ。比喩で無く、本当に、お主では無い別の者が。そ奴を祓えば、その殺人衝動も消えるでショウ」
「かいぶつ……」
なつきは、ウルスラが指した自身の胸を見下ろした。
闇堕ちをしている、なつきには感じる何かがあるのか、胸にナイフの柄を握った手をぐっと当てる。
「赤石なつきさん。貴方は今、無性に人を傷付けたくて仕方ない。……そうですね?」
遠夜・葉織(儚む夜・d25856)の問いかけに、なつきはコクリとうなずいた。
素直ななつきに、憂い帯びた葉織の表情はわずかに緩まり、
「それは貴方の中にいる悪いもののせいです。そして、それは抑え込むことが出来ます」
「本当……? それじゃあ、お父さんとお母さんに知られずにすむの?! 人を殺したいっていうなつきの気持ちも消えるの?! どうすればいいの?!」
陰っていたなつきの表情に光がともった。
期待に満ちた顔がパッとあげり、灼滅者たちは表情をくもらせる。
教えて。と、葉織にすがりつく、なつきになんていえばいいのか。
人を傷つかせたくないと思っているなつきにどう答えればいいのか。
佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)とドール・ドールズ(ドール・d27288)は、黙ってその場を見守る。
葉織はゆっくりと口を開き、
「……一度、私達にその衝動をぶつけてみてください。大丈夫です、私達はちょっとやそっとでは傷付いたりしませんから」
「やだ!」
なつきは、そんなことはできないと訴えた。
夢月・にょろ(春霞・d01339)たちが大丈夫だとなだめても、なつきの顔に絶望が浮かんでいる。
「やっぱり……なつきは……人を傷つけなきゃいけないんだ」
「違うよ。君を突き動かしているものを倒すために必要なことなんだ」
ティオは、泣きじゃくるなつきと同じ目線に立ち、
「今は君の中にいる悪いものが、君を焚きつけているだけだって信じて。だって、そうだろう? なつき自身はそんなことしたくないって、そう思っているからこそ、今の苦しい気持ちがあるんだ。だから、負けないで。ボクたちを傷つけることを恐れないで。大丈夫。それだけで君のことを嫌いになったりしないよ」
「その通りです」
慈しんだ笑みで杉下・彰(祈星・d00361)は、なつきを柔らかく包み込むように抱きしめた。
落ち着いてきたのか、しゃっくりを繰り返すなつきは、ナイフを握りしめて灼滅者たちを見つめた。
「大丈夫ですよ」
彰がなつきの背を押すようにうなずく。
なつきは、腕で涙をぬぐい、一呼吸を置いてから立ち上がった。
●2
なつきは灼滅者たちへ殺人衝動をぶつけてきた。
人間としての心があるためだろうか、その動きに鈍りがあり突き刺す力にも弱さがある。
だからこそ、灼滅者たちは、自分たちがなつきを殺せる存在であることを隠しつつ戦っていた。
「どうして……どうして、こんなに楽しいの?」
泣きながら六六六人衆の存在を感じるなつきに、灼滅者たちは自身の怪我よりも心を痛ませた。
ナイフが宙をかけめぐり、灼滅者たちの体から血が飛ぶ。
「だめ……もう、抑えられ……ない」
「なつきさん、今からその気持ちを抑えるために、痛いことをしますけど……少し我慢してくださいね」
「え?」
にょろは日本刀を構えなおすと、なつきへ切りかかった。
「その気持ちを抑えるためには、貴方ごと倒さなくてはいけません。ですが、貴方は死にません。絶対に助けますから」
「なつきを……倒す?」
「誤解しないで……。貴方ではなく、貴方を苦しませているものを倒すのです」
にょろの穏やかな表情がつらそうにしかめられた。
人を傷つけることを嫌うにょろが、なつきに剣先を向けた決意はどれほどのものだったのだろうか。
「あ……。だ……め……。いや、何? この激しく殺したい衝動は?!」
「なつきさん?」
「殺したい! 血を、絶叫を――いやあぁぁ!!」
「両親と、その教えを守りたいなら、強く心に願え。赤石なつきは自分だ……お前の好きになんかさせない。人を傷つける者は許さない……と!」
「あ……うぅ」
仁貴の言葉どおり、さつきは内側から湧き上がる衝動にあらがった。
だが、ひとたび全身を駆け巡った衝動からは逃げきれない。
「守りたい……」
なつきは自我があるうちに灼滅者たちへ願いを託す。
「お願い……消して!! 今すぐ、なつきを倒して!!」
●3
自我を失ったなつきは、六六六人衆として灼滅者たちへ襲い掛かった。
今までとはうってかわって殺意をまとったなつきの攻撃に容赦はない。
「六六六人衆の一人、赤石なつきの誕生か。だが、お前は彼女の魂の中で、大人しく彼女の力になっているんだな」
クルセイドスラッシュを繰り出しながら、仁貴は、なつきの魂は戻ると言い切った。
なぜなら、なつきは消えていないからだ。
なつきは自らの意志でダークネスの意識に身をゆだねていない。
「なつきさん……助けてあげます」
彰は、殺してではなく倒してと言ったなつきの言葉に活路を見出した。
死を望まない希望がここにある。
「なつきさん、聞こえていますか? 優しいなつきさんに戻って、お父さんとお母さんの所に帰りましょう? なつきさん! きゃあぁ!」
なつきは灼滅者たちの言葉を振り払うかのように、どす黒い殺気を放った。
「なつきさん、戻ってきて……。貴方がいなくなったら……大好きな人が悲しみます。戻って大好きな人に会いましょう。それで大好きな人といっぱい笑って、たまにはぎゅってしてもらって。……だから、いなくならないで」
にょろは、エンジェリックボイスを歌いながら涙をうかべた。
自分にも大好きな人がいるからこそ、相手を失うつらさがわかる。
「なつきさん!」
灼滅者たちは、闇の中へ飲み込まれたなつきへ語りかけた。
「もし、なつきさんがいなくなったら、ご両親は悲しみます!」
なつきの逃げ道をふさぎながら真夜が叫べば、なつきが、わずかに反応をした。
「そうなってしまえば、ご両親の「心」を傷つけていることになりませんか? 負けないでください。戻ってきてください!」
「気を確りと持ってください。まだ、家族と一緒に生きていたいのでしょう? まだ諦めないで。ともに乗り越えましょう」
葉織は抜刀した斬撃でなつきの足取りを鈍らせる。
ティオは、足をもつれさせながらも戸惑いの色を浮かべ始める、なつきの目を見逃さなかった。
闇堕ちをして傷つけてしまうことをおそれて家族の元から姿を消したティオは、あのような痛みをなつきに負わせたくないという想いで暗き想念のデッドブラスターを放った。
それは、自分の暗い所とも向き合うことにもなるが、なにより今はこの力を誰かのために使いたい。
「……戦いに慣れていないから、皆のようにうまく動けるかはわからないけれど」
なつきの動きが、一歩遅れてくるようになった。
ドールは封縛糸でなつきを絡めとると、向かってくる刃をその身に受けた。
「……どう? 落ち着いた?」
「?!」
にらみつけるなつきへ、ドールは人形を愛でるような愛しさを返す。
「お話、聞いてもらえそうかしら? 貴女も悩めるお人形さんなのね。悪意たる繰り糸に逆らえない……人形の辛いところよね。でも、舞台の上でどう踊るかは、決められるわ。悪意の糸に手繰られながら、それでも喜劇を演じましょう? それが、意思という力なのだわ。最高の結末を呼び寄せましょう?」
「ナツキ本来の気持ちを取り戻して、まっとうな側に帰ってくるのデース」
くるり、と体を半回転したウルスラが高速な動きでなつきを切り裂いた。
「殺人鬼由来の殺人衝動、小学生には重すぎるでゴザろうが、これで終わりにするデース!」
「あ……あぁぁ……あぁぁぁ!!」
「オーウ、さっきより威力が格段に下がっているでゴザるね」
ウルスラは切られた傷の浅さを、なつきに見せつけた。
奥底で閉じ込められているなつきの意識が六六六人衆の力を弱めているのかもしれない。
実力を出し切れていない相手なら、一気に片づけると、灼滅者たちの攻撃が集中する。
「彼女の悪意よ。さようなら」
頭にも似たマテリアルロッドでなつきを殴りつけたドールは、なつきの意識を完全に失わせた。
●4
「……ん……」
なつきが目を覚ましたのは、しばらくたってのことだった。
「なつきさん、武蔵坂学園へ来ませんか?」
落ち着いたところでなつきを武蔵坂学園へ誘う真夜は、同じように殺人衝動を抱える人たちがいることを伝えた。
相談できる人がいること。
それが、これからのなつきの助けとなるはずだという真夜の言葉になつきが目を輝かせると、ウルスラがなつきの背中をバンバンと叩いてきた。
「それが一番デース。苦しい時は、助けてと叫ぶでゴザル。さすれば、誰かがきっと、聞き届けるでゴザろう!」
「みんなみたいに?」
一瞬の沈黙から一転、笑いがあがる。
葉織が見守る中で、仁貴に髪をぐしゃぐしゃとなでられ、にょろに抱きつかれ、なつきは人の温かさに顔をほころばせ続ける。
「これで、人を殺してしまいそうな、なつきさんは消えましたね。改めて、はじめまして、なつきさん。私と、お友達になってくれませんか?」
彰は、差し出した手を戸惑いながらも手に取る小さなぬくもりに微笑みをうかべた。
なつきの願いは叶えられたのだ。
救われた一つの笑顔を側に、ドールとティオは消えていく悲しみの帳を感じていた。
作者:望月あさと |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2014年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|