●彼女が欲しい
「……はぁ」
抜けるように澄んだ夏の空、肌をさすかのような強い日差し。
権藤敦は河原の草むらに背を預け、ぼんやりとそんな景色を眺めていた。
敦は中学二年生、十四歳というお年ごろ。思春期真っ只中な彼の心を満たすのは、ただただ女の子に関すること。
曰く、モテたい。
女の子とイチャイチャしたい。
この夏を、女の子と一緒に過ごしたい!
別段顔が悪いわけではない。否、高い背丈に引き締まった肉体、整った鼻筋やキリリとした目元は、十人に聞けば八人九人がイケメンと答えるだろう容姿は持っている。
ならば何が問題なのか。
考えても出てこない。だからこそ河原に背を預け、ため息を紡ぎ続け――。
――何、力を使えば良い。そうすれば、どのような女の子もお前の虜だ!
「っ!」
不意に浮かんできた言葉を打ち消すため、起き上がり首を横に振る。拳を固く握りしめ、衝動が落ち着く瞬間を待ち望む。
気づいたら手に入れていた、訳の分からない人を魅了する力。使ってはならないと、彼は固く誓っていた。
しかし、それでなおその力……淫魔の闇は、モテナイ身には甘く、優しく……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを湛えたまま説明を開始した。
「中学二年生、十四歳の男の子、権藤敦さん。彼が、闇堕ちして淫魔になろうとしている事件が発生しています」
本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識はかききえる。しかし、敦は人としての意識を残しており、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
「もし、敦さんが灼滅者としての素養を持つのであれば、救いだしてきて下さい。しかし……」
完全に闇堕ちしてしまうようならば、灼滅を。
「続いて、敦さんについての説明を行いますね」
権藤敦。自称、モテナイ男。
別段顔が悪いわけではなく、むしろイケメンの部類。性格も明るく、何事にも率先して参加するような積極的な性格。それ故、友人は男女を問わず多い。
ならば何故モテナイのか。
「それは、美的感覚とかそういった事ではないかと思われます。本人は気づいていませんが」
というのも敦、映画の主人公に人々の心が奪われている中、一人脇役やエキストラへと思いを馳せ、感想としてそれを語ったり。人々が動物園の動物のしぐさに見惚れている中、一人餌のやり方などを延々と考察したり……と言った、どこかずれた感覚を持っている。
果ては歴史の授業で出てきた鎧甲冑などをかわいい……などと評したこともあるため、女の子たちからは友人としてはいいけど付き合うのはちょっと……イケメンだけど、と思われているようだ。
「ですので、その辺りのアドバイスなどを絡めながら説得するのが良いと思われます」
肝心の居場所は、学校と住宅街を結ぶ場所にある河原。一人寝転んでいるだけなので、声をかければ快く応対してくれるだろう。
後は説得する、という流れである。
そして、説得の成否に関わらず、敦は淫魔と化す。
淫魔としての力量は、八人ならば倒せる程度。妨害、強化能力に秀でており、魅了するような褒め言葉、攻撃の勢いを鈍らせるさわやかな笑顔。攻撃を受け流すための柔らかく穏やかな足捌き……と言った行動を取ってくる。
「以上で説明を終了します」
地図など必要な物を手渡し、葉月は続けていく。
「ずれたところはありますが、本質は明るく心根の良い少年。今なお、淫魔の闇に抗うことができているほどに……」
ですのでと、葉月は締めくくる。
「どうか、可能な限りの救済をお願いします。何よりも無事に帰って来てくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
越前・勇也(愛と勇気だけは戦友さ・d01637) |
メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367) |
桜吹雪・月夜(花天月地の歌詠み鳥・d06758) |
十束・御魂(天下七剣・d07693) |
如月・花鶏(フラッパー・d13611) |
メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856) |
鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076) |
秋桜・コスモス(乙女の愛情・d28652) |
●価値観は人それぞれだから
鮮やかな緑生い茂る河川敷、キラキラと煌く水面の側。独り寝転ぶ少年、権藤敦を発見し、如月・花鶏(フラッパー・d13611)は思わず口に手を当てていく。
「ヤダ、イケメン……! でも年下はちょっとな! ……じゃない、気を確かに持たせないと!」
敦は、淫魔に堕ちようとしている、概ね恋に関する悩みを抱いている少年。
抜けるような青空が広がる夏の日、草の匂いが広がるさわやかな日に、淫らな存在は似合わない。灼滅者たちは頷き合い、静かな足取りで敦の元へと歩み寄る……。
接触役は、十束・御魂(天下七剣・d07693)。寝転ぶ敦の側にしゃがみ込み、顔を覗き込みながら語りかけていく。
「初めまして、わたし十束御魂と申します。少しお話しませんか?」
「ん……!?」
少し寝入っていたのだろう。敦は瞳を開くなり、跳ねるように起き上がった。御魂を改めて見つめた後、きょろきょろと周囲を見回していく。
周囲には、御魂を含め計八人。
驚愕が訝しみに変わった敦に対し、灼滅者たちは伝えていく。
世界のこと、ダークネスのこと、灼滅者のこと、己等のこと。
敦のことを知っている、とも伝えた上で、改めて御魂がアドバイス。
「とりあえず異姓に対してガツガツしている姿勢を正してみてはどうでしょう? それが強がりでも、いえ強がりだからこそ可愛いなあと思ってくれる方も居るかもしれませんよ?」
「……そんなにガツガツしてるかな、俺」
自覚はないらしい。
が、構わぬと越前・勇也(愛と勇気だけは戦友さ・d01637)が手を取った。
「わかる、わかるよその気持ち!俺も彼女が欲しいのだがなかなか頷いてくれる女性がいなくて……」
「あんたもか!」
そう。勇也もまた一般的に見て整った顔立ちで人付き合いも悪くない。更に家柄もよく文武両道で非の打ち所がないと自負しているのに彼女ができない男!
自負してしまっているのが行けないのかもしれないという点は横に起き、勇也は見つめ返してくれた敦に更なる言葉を投げかけていく。
「ただちやほやされたいのではなく、想いを寄り添える人がほしいのだろう? ならば、力に屈してはならない。心を操って得る愛などまやかしでしかない。言っただろう? 君の気持ちはよくわかると。俺も君と同じ闇に抗う者だよ」
「……」
返事の代わりに、力強く握り返してくれた。
ならば、言葉は心に届くはず。更なる希望を与えるため、次に口を開くのは……。
……それは、メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)。
静かに、穏やかに、暗闇を照らすための言葉を紡いでいく。
「これはどちらかと言えばアドバイスですが、価値観は人それぞれ違います。貴方の場合はただ大衆的、普遍的ではなかっただけのこと」
敦は脇役や、本筋とは関係のない所に魅力を感じる性質がある。
「価値観が合わない恋人を持ったところで傷つくだけです。どうせなら、価値観が一致する人の出会いを望んだ方が幸せになれますよ」
「価値観が違う……か……」
呟きの後の沈黙は、指摘を心に巡らせ始めた証。そう信じ、御魂が再び言葉を投げかけた。
「そうですね……もしかしたら、お友達からでもいいので多くの方と付き合ってみるのもいいのかもしれません。きっといつか、貴方にお似合いの方が現れる……そう思います」
価値観は、メルキューレも語った通り人それぞれ。ならば、どこかに敦と同じ価値観を持つ女性もいるはずだ。
「何より、無理して人に自分を合わせるのは疲れてしまいますから。ですから……もし挫けそうになった時はわたしも相談に乗ります……いかがでしょうか?」
敦は瞳をつむり、口を開く。
「……そうかもしれない。そういえば、友達なら……と言われたことはあったかもしれないな」
沈黙し深い思考へと入っていく。
迷わぬよう、花鶏も言葉を投げかけた。
「そうね。ううん、だからこそ……一般的でないからこそ、同じ趣味の人を見つければ他の人より強く惹かれ合うんじゃないかな?」
マイノリティは、多くの場合自分がマイノリティであることを知っている。だからこそ、同士を見つけると嬉しくなる。
「それにさ、ただモテるだけって、あんまり意味が無いと思うんだよ! 共有できないとね!」
親指を立ててのねぎらいに、敦を顔を上げ力強く頷いた。
ならば次は、価値観に対する別の視点を話そうかと、メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)が口を開く。
「あるいは……多分、自分の話をし過ぎているのが問題……」
「……え?」
「自分の好みだけじゃなくて……相手が何を好んでいるのか、どんなものに興味を持ってるか、知ると良いと思う……」
価値観の違う相手でも、分かり合うことはできるのだと。それもまた、必要なことであるのだと。
「自分と相手を比べてみて、時には相手に合わせる事も必要……。特に、なんだか周りに引かれてるな……って感じた話題では……」
「……」
表情の薄い少女の自分と向き合わせるような言の葉を前に、敦は眉根を寄せてていく。あの時は……と呟きながら、思い出を指折り数えている様子も見せていく。
自分を振り返っているのだろうと、灼滅者たちは静かに見守った。
思考が終わり、顔を上げるその時まで……。
顔を上げた敦は、確かにそういうこともあったと。確かに退屈だよなぁ、と自嘲混じりの笑顔を見せた。
静かな笑顔で応えた上で、桜吹雪・月夜(花天月地の歌詠み鳥・d06758)が伝え始めていく。
「でもさ、スゴイと思うんだ」
「えっ」
「皆が映画の主役に目が行ってる中、映画の脇役ばかりに目が言ってたり、動物の餌やりとか……皆の見ていないところを見てるって」
価値観に貴賎はない。
「だからさ、やっぱりさ、皆と一緒に主役の話もした方がきっと楽しいよ。映画には、皆で楽しむって観方もあるんだしさ!」
それは、どちらにとっても違いはない。
「……あ。確かにそうだ。そっちの話もした方が、確かに楽しいよな」
だから、どちらかだけではなく、両方。
キラキラと瞳を輝かせ、優しい笑顔を浮かべ始めていく敦。
光は差した、後は導かんと、鈴森・綺羅(自然の旋律・d21076)もまた言葉を投げかける。
「皆が沢山語ってくれたけど、やっぱりその感性もキミの個性なんだよね」
否定する必要はない、ただ……。
「これもさっき言ってたことだけど……楽しいだけじゃないんだ」
「えっ」
「もっと皆に調子を合わせてみせるのも、モテの秘訣だよ」
ふんわりとして微笑みで、秘訣の裏付けと成していく。
口元に指を当て何やら考え始めた敦に対し、秋桜・コスモス(乙女の愛情・d28652)が穏やかな調子で語りかけた。
「わたしも……というよりも、私の義兄の話になるのですけど……」
それは、大切な人の話。
「義兄、男の方が隙なようで、よく可愛いと追い回しているんですよ」
「……えっ」
「でも、色々な方に慕われている素敵な人。私にとっても大切な義兄なんです」
違っていても、それが魅力を損なうとは限らない。あるいは、より魅力を高めてくれる事もあるかもしれない。
「人とズレていることは、悪いことばかりではないのですよ? それで、私は救われたんですから」
「……」
「そうですね。そんな義兄を好きな私は、もしかしたら権藤さんと似た者同士なのかもしれませんね」
最後に明るい笑顔と共に締めくくり、敦の反応を伺っていく。
敦は驚いていた表情を浮かべてしばしの後、破顔した。
「ははっ、そうだね。うん、そうだ。確かに、色々と欠けてる部分もあった、やらなきゃいけないこともやりたいことも沢山できた。でも、俺という軸がぶれてちゃいけない……だから、頼む。そろそろ限界だった」
言葉の終わりと共に灼滅者たちから遠ざかり、体中から闇を吹き上がらせていく。快活な笑顔をきざなものへと……淫魔へと変貌を遂げていく……。
●イケメン男を隠す闇の仮面
変わりゆく敦を前に、月夜はカードを指に挟んだ右手を真上に伸ばした。
「イッツ・ショータァーーイムッ!」
瞬く間に服が消え、ミニスカートはためく衣装へと袖を通す。頭上に飛び出したギターをキャッチして、軽く弦を弾いていく。
「それじゃ、敦くんを救い出そう♪」
弾んだ調子で明るい歌声を響かせれば、動き出そうとしていた淫魔が動きを止めた。
さなかには綺羅が横に並んでいく。
「さて、俺のデビュー戦だな」
静かな呼吸を紡いだ後、月夜の奏でる音色に合わせリズムを取り始める。
「この歌声を、その身に受けると良いぞ!」
重なりし歌声が戦場を満たし、淫魔の動きを制する中、メルキューレもまた高らかなる声音を響かせた。
「いと高き神よ、私は喜び、誇り御名をほめ歌おう」
白の法衣へと袖を通し、大鎌と杖両方の機能を持つ得物を握りしめる。淫魔へと向き直り、軽く古いながら魔力を送り込んでいく。
淫魔周囲の温度が氷点下まで下がる中、勇也は光の剣で虚空を切り裂いた。
「闇に屈するな、意地でもしがみつくんだ! そうすれば必ず俺達が助ける!!」
「……当てる」
光刃が淫魔を斜めに切り裂く中、メリッサは魔力の矢を雨あられと降り注がせる。
打ち据えられ、砕ける氷に蝕まれてもいるはずなのに、淫魔は爽やかに微笑んだ。
敦に抑えこまれ勢いがないのか、御魂は軽く跳ねのける。
多少は残る影響もあるだろうと、コスモスは光り輝く方陣で前衛陣を包み込んだ。
「全力で支えます! どうか、敦さんを救うために……!」
少しでも早く淫魔を倒し、敦を救出するために……。
高らかなる歌声が戦場を満たし、淫魔を押さえつけていく。跳ね除ける刹那は度々あれど、足さばきさえも上手くいかない状態へと追い込んでいく。
万全の状態を整え続けるため、御魂は清らかなる風を招き入れた。
「頑張ってみましょう、もう少しだけ。そうすれば、きっと……」
「助けられる、楽しい未来が待ってるよ!」
月夜は歌声は途切れさせることなく、されどギターに炎を走らせ跳躍。遥かな空からギターを振り下ろし、脳天を強打。
炎に包まれても、淫魔は笑う。
異性だけではない、同性すらも魅了する笑顔を見せていく。
勇也は眉根を寄せて跳ね除けた。
「力で異性を惑わす淫魔、許し難い存在だ。そんなものに敦くん、いや我が友は渡さない!!」
刀を鞘に収めたまま歩み寄り、居合一閃。
横一文字に斬られたたらを踏んでいく淫魔に狙いを定め、花鶏はハンマーのトリガーを引いていく。
響く銃声。
飛び出す薬莢。
先端部分の背中がロケット噴射を開始し、花鶏は勢い任せにぐるり、ぐるりと回っていく。
「青少年を拐かす奴は、八百万の神様に代わってお仕置きだよーっ!」
「……にがさない」
背中を強打しつんのめった隙を見逃さず、メリッサが虚空に刃を振り下ろした。
駆け抜けし風刃が淫魔を吹き飛ばし、草むらに埋もれさせていく。
「……」
瞳を閉ざし耳を澄ませば、聞こえてくる。
敦が紡ぐ安らかな寝息が。
安堵の息を吐いた後、灼滅者たちは介抱へと向かっていく。
●イケメン男の選ぶ道
敦を柔らかな草むらへと寝かせた後、コスモスは治療を開始した。
灼滅者たちの傷も消し終わり、人心地つけるようになった頃……敦は目覚めた。
キョロキョロと周囲を見回す敦に、コスモスはにっこり笑顔で告げていく。
「おかえりなさい、権藤さん」
「……ああ、ただいま。そしてありがとう! お陰で助かったよ」
頭を下げ、晴れやかな笑みを浮かべていく敦。
しっかりと頷き返し、綺羅はそれじゃあ……と語り始めていく。
モテるためのアドバイスを。
もっと、もっと女の子の心理を勉強して、思い切ってデートに誘うとか……と。
「評判は悪くない……いや、むしろいいみたいだし。きっと、了承してくれる女の子はいると思うよ。後はキミしだい……って事にはなるけど」
「ふむふむ」
どこから取り出したのか、敦はメモにアドバイスを記していく。
そんな男たちのやりとりがひと通り済んだ時、メルキューレが誘いの言葉を投げかけた。
「もしよければ、学園に来ませんか? あの場所なら。価値観のある人もきっと多いはずですよ」
武蔵坂学園、灼滅者の集う場所。
敦はしばし沈黙した後、力強く頷いた。
「そうだね。確かに、この力は皆の役に立つ方向で使いたい。俺からもお願いするよ」
新たな灼滅者が誕生した証として。
価値観が違えど、抱いている想いにそう大きな違いはない。恋人を求めていた少年は一つ大人になり、新たな道を歩みだしたのだ。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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