「ここがハカタか」
微妙にイントネーションのズレた口調で、紫髪の女が告げた。
女はギラギラとしたアイメイクを施し、血の毛のひいた青のリップをしている。皮膚は病人めいた白皙に染められていた。
全身を拘束具のような衣装で整え、ギターケースを手にした姿は、重厚なロッカーを想像させるだろう。
女はイルミネーションの見える大通りから背を向けると、裏路地へと入る。首元の悪趣味な意匠のチョーカーが、鈍く光を反射した。
裏路地に入った女は、ギターケースを地面に置くと、中から髑髏意匠のギターを取り出す。女の唇は三日月のように曲げられ、肩が歓喜に揺れていた。
裏路地にはまだ、外の喧噪が漏れ聞こえてくる。
「賑やかだねぇ……いいなぁ……」
女は震える声で言った。
「あんた達は、そうやって昨日も一昨日も謳歌してきたんだねぇ……」
女の声には一抹の怨嗟と、抑えきれぬ衝動がこもっていた。
「いいなぁ。あたしも混ぜてくれよ」
女は底冷えのする声で告げると、ギターを掲げる。
「今日からは、あたしも一緒に歌わせてくれよ」
女は歌うように口ずさむと、路地の奥へと足を踏み入れる。
聴衆という名の、獲物を求めて。
パンクな少女が黒板の前にいた。
「よぉ、来てくれたかい?」
ぽかーんとした灼滅者たちを、少女はハスキーな男口調で迎える。長い銀髪を結わえて後ろに垂れ流し、音楽に合わせてベースをかき鳴らしている。
教室に現れた謎のベーシストの名前は野々宮・迷宵(ののみや・まよい)。先日武蔵坂の生徒によって救出されたラグナロクの少女で、学園にエクスブレインとして招かれたのだ。彼女は衣装によって――いわゆるコスプレによってキャラが変わるというアレな体質を持っている。
「爵位級ヴァンパイアのボスコウって知ってるか? 新人のあたしより詳しい灼滅者も多いだろうが、奴は奴隷化した配下のヴァンパイア達にロシアンタイガーが持つ『弱体化装置』を探させている。その内の一人が街に現れるんだ」
響き渡るベースの音に、他の教室からも何だ何だと人が集まる。ゲリラライブ的な雰囲気を醸し出した周囲の状況にかまわず、迷宵は気ままな様子で説明と演奏を続ける。
「本名は不明だが、『カリナ』と呼ばれる女のロッカーだ。彼女はこれまで支配されてきた分の鬱憤を晴らすつもりで、探索をそっちのけで、博多の街で暴れるつもりらしい。仕掛けるタイミングはカリナが裏路地でケースからギターを取り出した後からだ。それより前に仕掛けるとバベルの鎖に感知される恐れがある」
彼女はそのまま裏路地の奥へと入っていく。人払いを済ませ、誘い込んだところで仕掛けるのがベストだろう。
「奴は気が済むまで楽しんだ後はまた探索に戻るだろうが、それまでどれだけの血が流れるかわからない。皆にはできるだけ迅速にカリナを止めて欲しい。カリナはボスコウの隷属化の影響で能力が弱まっているが、元々が強力なダークネスだ。ダンピールに似たサイキックの他、バイオレンスギターに類似のサイキックを仕掛けてくる。容易な相手じゃないから、十分に気をつけて対処してくれ」
それと同時に、曲が終わる。ベースの余韻が鳴り止むのを待ってから、迷宵はたずねてきた。
「説明は以上だけど、よかったらもう一曲聞いてくか?」
参加者 | |
---|---|
鏡・剣(喧嘩上等・d00006) |
鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181) |
瑠璃花・叶多(硝子の剣・d01775) |
シエラ・ザドルノフ(疾風雷華・d19602) |
ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004) |
銀城・七星(銀月輝継・d23348) |
ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954) |
細石・十十十(青色信号・d26079) |
●こころがまえ
博多の街には、ぬめりとした生ぬるい風が吹いていた。
事前に集まった8人は2班に分かれて、路地の入口に進入禁止のテープやコーンを張っていく。一般人が戦闘に巻き込まれないようにという配慮だった。
8人の内の1人、ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)は電話機を取り出し、別動隊として行動している細石・十十十(青色信号・d26079)へと通信をかける。
「十十十(みと)さん。A班は設置を全部完了したよ。そっちはどうだい?」
『こっちも今しがた終わったところっす! 途中、一般人と遭遇しましたけど、狭霧先輩と銀城先輩が言い含めてうまく追い払ってくれました』
「そうかい、よかった。じゃあ、内側にはもう一般人はいそうもない?」
『ええ! 後は本星を捕まえるだけっすよ!』
陽気な十十十。それに口元だけで笑んでから、ヴィンツェンツは言葉を続ける。
「そうだね。じゃあ予定していた場所で合流しよう」
通信を切ったヴィンツェンツは、他のメンバーに声をかけて、合流地点へとむかう。
先行するヴィンツェンツの背中を、エイティーンで18歳の少年へと変貌した瑠璃花・叶多(硝子の剣・d01775)が追いかける。白い陶磁人形を思わせる少年は、整った面立ちを硬く引き締めて路地を駆け走る。怜悧な双眸は、路地の暗がりをブレずに睨み付けていた。
(「王子様はうろたえない。王子様はうろたえない」)
呪文のように内側からつぶやき、自らを律する。だがその緊張は、端々から周囲に伝わっていて、シエラ・ザドルノフ(疾風雷華・d19602)が斜め下から見上げていた。
「叶多君、緊張してますー?」
「え? えと……」
小さなシエラに気を使われたことで一瞬動揺するも、自分が周りに迷惑をかけたくないという本心が先に出て同意する。
「はい……少し緊張しています。自信が無いわけではないのですが………。やっぱり、初めてですから」
「大丈夫ですよー。気負わず、皆の動きをよく見る見るですよー」
「かかか。気負ったって何も始まらねぇ。ちょっとしたストレス解消ぐらいでのぞんだ方が気持ちいいぜ」
白い歯を剥きだしにして清々しく笑うのが鏡・剣(喧嘩上等・d00006)。彼の双肩には気負ったところはなく、むしろ来る戦いの期待に打ち震えているようだった。
そうこうする内に4人は合流地点へと到着する。そこには既に、もう一方の班である十十十達が辿り突いていた。
メンバーの1人、鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)が、全員そろっていることを確認してからサバサバと声を張る。
「全員そろったわね。それじゃあいってみましょうか」
彼女の声に7人はうなずく。
と、狭霧は肘で剣の腰をつつきながら言った。
「剣先輩、あんまりムチャしないでよ? ……まぁどーせムダだろうけど、一応言っとかないと」
「わーってるって」
意に介した風もなく、剣がヒラヒラと手をふった。
●オープニング
『絞首卿』ボスコウにより隷属化されたヴァンパイアの一人、カリナは、エクスブレインの予知通りに動いていた。
路地に入ったところでギターケースからギターを取り出す。彼女が取り出したギターは、黒の下地に白い髑髏がプリントされた攻撃的な意匠を施されたものだ。
ケースからギターを取り出した彼女は、路地の奥へと足を踏み入れようとする――ところで。
彼女を取り囲むように、8つの人影が路地から飛び出して彼女の進路を断つ。
「アンタら……何者だい?」
胡乱気に問いかけつつ、カリナの指はもはやギターの弦にかかっていた。元より暴れるつもりだったのだ。その後の返答が如何なるものだったとしても、多くの場合、彼女の行動は変わらなかっただろう。
「今晩は、素敵なギターですね」
カリナを囲むような8人の内、叶多が穏やかな声をかける。
「前座のセッションは如何でしょうか」
「セッション……?」
言葉通りのものではないことは、わかる。犬歯を剥き出しに拳を打ち付ける銀髪の男や、怜悧な双眸をむける黒髪の女など、明らかに敵愾心を見せる者は少なくない。
つまり………こいつらは。
(「アタシのしようとしていることを知っていて、その相手をつとめてくれるっていうのかい」)
なぜこちらの意図を見抜かれたのか、そのカラクリはわからない。だがカリナにとって些細なことだった。溜まりに溜まったこの鬱憤を晴らせるのなら、全てのことが万事些事だった。相手が誰かなど、もはや関係ないほどに。
「アタシのプレイは、少々ハードだぜぇ……?」
ギターの弦を、短くかき鳴らす。それに応じて、8人の人影は一様に手元にカードを取り出すと、武器を出現させた。
いや、一人だけずっと素手のままの男がいる。男は拳の骨を鳴らすと、獰猛な笑みを剥き出しにして、楽しそうに笑った。
「憂さ晴らしに暴れてえなら、たっぷり相手してやるからよ、楽しい喧嘩を始めようぜ!!」
「ケンカか……! ステージファイトはロッカーの勲(いさお)しさね!」
それが、戦闘の合図となった。
ヴィンツェンツが張り巡らされた殺界形成と、ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)が展開したサウンドシャッターにより、この周囲は余人の入り込めぬ戦闘区域と成り果てる。
凶暴な笑みを浮かべるカリナは、思うが儘に歌を奏でた。彼女の放った不協和音が、銀城・七星(銀月輝継・d23348)を襲った。
七星の衣服が、不可視の衝撃波を受けて張り裂ける。
「………っ!」
攻撃を受けた七星は、漏れ出そうになる苦痛の呻きを押し殺して腕を振るう。彼の腕の動きに呼応するように広がった影が、カリナを飲もうとアギトを広げた。
「ユウラ、ヤミ! 喰い尽せ……!」
しかし俊敏な動作でカリナは地面を蹴る。地面から染み出た黒い影が、むなしくガチンと虚空を噛み取った。
「はんっ! トロいよ!」
中指を立てて挑発するカリナ。と、ゆらりと正面から、銀色の影が迫った。剣だ。
「おらよっ」
放たれる閃光百烈拳。無数の拳が乱舞し、その内の幾つかがカリナに命中する。
「チッ……!」
ギターで殴りつけて剣を追い払う。剣は安定したスウェーでその一撃をかわした。と、カリナの背後でざわりと殺気が持ち上がる。剣が注意を引き付けている間にカリナの背面へとまわった狭霧だった。
死角から容赦なく振るわれる解体ナイフの一撃が、カリナの背中を抉り取る。
カリナの敵意が狭霧に集中したところで、シエラが己のサーヴァントを呼んだ。
「ゼルーヴァ! ゴー!」
シエラのライドキャリバーのゼルーヴァが、キャリバー突撃を敢行する。カリナの胴体に鈍い衝撃が走った。
「くっ……ちょこまかとぉっ!」
激昂するカリナ。だが退く様子は見せない。
ナターリヤは、拙い日本語を精一杯駆使して、喉を震わせた。
「もやもや、を。ずっとずっと、ためておく。の、つらく、イタイ、です。が、それ、ヒトにむけ、は。ダメ、です」
彼女は幼いながらに、奴隷として支配されたカリナに憐憫を抱いていた。彼女がこれまで聴いたことのある歌は、もっと温かくて心地よいものだった。だがカリナが奏でる音楽は、攻撃的で張り裂けそうなものだった。
「ヒト、きずつける、センリツ。とてもとても、カナシイ。て、おもい、ます!」
ナターリヤは精一杯の言葉を紡いで、サーヴァントと同時に攻撃する。サーヴァントの霊障波を援護に、エアシューズで地面を走り、タイヤと路面の摩擦を利用して炎を巻き上げる。
炎に炙られたカリナが、苦痛の呻きを上げる。
「こざかしいよっ。アタシの唄はアタシの心だっ。それが受け止められないというのなら、押し潰れちまいなっ!」
再度放たれるバイオレンスビート。押し殺せぬ衝動を伴った衝撃が、灼滅者たちを襲った。
●降り積もった怨嗟
ヴィンツェンツはじっとりと汗ばんでいた。湿り気を帯びた7月の熱気のせいだけではない。カリナの高い攻撃性に圧されるようにだ。
(「僕だけじゃ回復の手がまわらない」)
状況を冷静に見据えて、ヴィンツェンツは仲間たちに要請する。
「僕だけじゃ回復の手がまわない。回復してあげてくれ!」
「わかったっす!」
応じたのは両手に縛霊手を装着した十十十だった。
(「回復系は得手じゃあないっすけど、しっかりとサポートにまわるっすよ!」)
拳に力を込めて放った集気法が、先頭に立って戦う剣の傷を癒す。己の拳のみで戦う剣のスタイルは、両手に縛霊手をはめて戦う十十十のスタイルと酷似している。十十十はこの短い共闘の中で、後の糧にしようと貪欲に剣の戦いぶりを記憶していた。
七星は紅い髪を翻して、バベルブレイカーと影と鋼糸を使った緩急のある攻めを用いていた。カリナにとって、特に意識を払っていないところで死角から襲ってくる影の一撃が、集中力を欠く原因となっていた。
操る糸と影から伝わる手ごたえに、七星が声を上げた。
「さっき、俺のユウラとヤミがトロイと言ったな? どうだ、今でもそんな口が利けるか!」
「――うっざいんだよっ!」
激昂したカリナが、ギターを振り上げて躍りかかる。七星は、ユウラとヤミ、それぞれ烏と猫の影を走らせ目くらましにすると、一瞬で換装を終えてバベルブレイカーを振り上げる。
「――死を穿て!」
放たれる蹂躙のバベルインパクト。カリナのギターが激しく七星の肩骨を打ち抜くのと同時に、カリナの腹部にバベルブレイカーの杭が食い込む。この一撃には、さしものカリナもバランスを崩す。
よろめいたところに、シエラが上体を前にして駆け込んだ。そして、腰元に刺した鞘から一瞬で抜刀。――居合抜きを放つ。
「拙い太刀筋ですが、とくと見てくれていいんだよー!」
「っつ――!」
カリナの右腕を打った一撃が、カリナの手を痺らせる。
カリナは震える手でギターの弦を弾くが、思うように指先が動かない。
狭霧が、ここぞとばかりに嘲弄した。
「あら、今のひょっとして演奏だった? 私はてっきり、踏み潰されたカエルの悲鳴かと思ったわ」
挑発の意図は、路地の奥にひきずりこむため。ここはまだ人通りに近すぎる。
「その程度で演奏家を名乗ろうなんて笑っちゃうわね。それが演奏なら、工事現場の騒音だってクラシック音楽に聞こえるわよ」
言いつつ、後ろに下がる。カリナはギリリと奥歯を噛んで形相を歪めて、そして咆哮を上げた。
「それでもこれがアタシのロックなんだ――!」
彼女にとっては、既に歌とは聴いてもらうものではなく、聞かせるモノに成り果てていたのかもしれない。
振り絞られた音色が、狭霧を襲った。
だが繊細さを欠いた衝動のまま放たれた情動は、大ぶりすぎた。
(「見える!」)
狭霧は不可視の刃を瞬時に見極め、肩口からローリングするように跳び込む。紙一重の差で衝撃波を回避した狭霧は、跳び上がると、一気にカリナに肉薄した。
息も擦れ合う至近距離。
零距離から、狭霧の解体ナイフがカリナの肉を抉った。
「ぐぅうう」
口から真紅の血と共に、怨嗟を吐き出しながらカリナが顔を歪める。噴き出したヴァンパイアミストが傷を癒すが、血を戻すには足らない。
戦況は着実に灼滅者たちに傾いている。灼滅者たちは元より逃すつもりがなく、退路を塞ぐように立っていたが、カリナは初めから逃げるつもりがないようだった。
荒い息を吐きながら、カリナが吼える。
「アタシの唄を聞け――!」
幾星霜の年月か。鬱積したものを晴らすリサイタル。
それに彼女は、全てを賭けるつもりのようだ。
「オンガク、は。とてもとても、ステキ」
ナターリヤの唇が、緩やかな言葉をつむぐ。
「ヒト、ほわほわ、いやすこと、できる。きらきら、キレイ。いっぱいいっぱい、できる、もの。それが、ウタ」
彼女は少しだけ、泣きそうにしていたかもしれない。
「タイセツに、しましょ?」
振るった騒音刃が、トドメを刺した。
●エンドロール
カリナだったものは、路地裏から消え去った。
彼女が愛用したギターも、忌み嫌っていた首にはめられていたチョーカーも、余さず消えた。
「……奴隷って、いやな響きですね」
カリナがいたはずの虚空を見つめて、叶多がつぶやいた。
色々事情があったと思う。
積りに積もった物があったはずなのだ。
お話聞いて、辛かったですね、大丈夫ですよ。
それで終わらせられればよかった。けれど終わるはずも無かった。
「自分、帰ったら野々宮さんの演奏もう一曲聴くんすよ」
まわりに表情を悟らせぬ大人びた顔で言ったのは、十十十だった。
「野々宮さんの演奏は、もっとのびのびとしていて楽しそうにしていたっす。あれをまた聞きたいっす」
スカッとするような歌を聴きたい。それは、この場に集まった人間の多くの想いだったように思える。
サバサバとした口調で、狭霧が言った。
「ま。今回もなんとかなったようだし、帰りましょうか。剣先輩もお疲れ様」
「おう」
気心の知れた様子で、剣と狭霧はハイタッチをする。
ナターリヤが、ヌイグルミを抱きしめながら言った。
「みんな、いっしょ、おうち、かえりましょう」
それに、誰ともなしに、歩み始めた。
その中で七星はふと立ち止まると、路地裏の奥の一点を眺める。そこは元はカリナがいた場所。
「……最期まで隷属させられるなんざ、死んでもゴメンだな」
灼滅者たちは、闇を抱えて、闇と戦う。
目の前の闇も、その奥に潜む闇も振り払うために。
作者:渡瀬徒生 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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