狂った願い

    作者:天木一

    「ああクソッ! こいつもダメだった……どうしてオレの言う事が聞けないんだ!?」
     痛む頭を押さえて男が呻く。その頭部には左右から2本の水晶の角が生え、肌の色は死人のように血の気が無く、その体を黒く硬い外骨格が覆っていた。
    「せっかく自由になったってーのによぉ。どいつもこいつもオレの思い通りになりゃしねぇ!」
     苛立ちのまま男は拳をコンクリートの壁に打ちつける。すると壁がひび割れて穴が開いた。その様子はまるで思い通りにならない事に癇癪を起こす子供のようだった。
    「力か、そうだ……力が足りないからだ。ククッ、そうだ、そうに違いない! なら力を得てやるぜ! ハハハハハッ」
     先ほどまで鬱々としていたのに、突然閃いたように顔を上に向けて笑い出す。その目に映ったのは満月。瞳に狂気が宿ったように怪しく光った。
    「確か……武神大戦天覧儀だったか、あれを利用してやるか。邪魔な奴を片っ端からぶっ殺せばオレの力は今よりも強くなるはずだ。そうすりゃ理想の眷属を生み出す事ができる……ハハハッ最高のアイデアだぜ!」
     男は鞭剣を振るい弄っていた玩具をバラバラにすると、咽返る程の異臭がする路地裏を後にする。その剣は真っ赤に染まっていた。
     誰も居なくなった路地裏。真っ赤な水溜りの中、月光を反射して何かが輝く。それは打ち捨てられたロザリオだった。
     
    「闇堕ちしたレナードさんの行方が分かったよ」
     教室で待っていた能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)の言葉に、集まった灼滅者達の面持ち真剣なものになる。
     武神大戦天覧儀で闇堕ちしたレナード・ノア(都忘れ・d21577)はノーライフキングと成り、それ以降行方をくらませていたのだ。
    「どうやら理想の眷属を作る為に一般人を殺めては儀式を行なっていたようなんだけど、気に入ったものが出来ずに更なる力を求め、武神大戦天覧儀で力を得ようとしているみたいなんだ」
     だがレナードはアンブレイカブルでは無い、故にどこで行なわれるのか分からずに、まずは自分が闇堕ちした海辺に姿を現す。
    「みんなにはそこでダークネスとしてのレナードを倒して、元の人へと戻して欲しいんだ」
     ダークネスとなってまだそれ程時間が経っていない。今なら元の人格を取り戻す事が可能だ。
    「放っておけば犠牲者が増え続けてしまうよ。だからこのチャンスを活かして彼を止めて欲しい」
     誠一郎の真剣な声に、灼滅者も同意するように頷く。
    「戦いの場所はレナードが闇堕ちしたのと同じ福井県の海岸だよ。時間は深夜で、周囲に人が居ない寂びれた場所だから戦うには適した場所だよ」
     周囲には何も無く隠れるような場所も無い。正面からの戦いとなるだろう。
    「現時点では元の人格は完全に押さえ込まれてしまっているから言葉は届かないかもしれない。けど負傷してダークネスの意思が弱ってくれば、みんなの声も心の奥底へ届くかもしれないよ」
     そうなればダークネスの力は一時的に弱体化する可能性もある。
     大まかな説明を終えたところで、貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が誠一郎の隣に並んだ。
    「今回の戦いにはわたしも同行しよう。かつてはわたしも助けられた身だ。学園の仲間の危機を黙って見過ごす訳にはいかない、必ず助け出そう」
     その言葉には、仲間を助けるという真っ直ぐな意思が籠められていた。
    「これ以上ダークネスとして凶行を犯せばきっともう戻れなくなるよ。これが助けられる最後の機会だと思う。みんなの力なら必ず出来るって、信じてるよ」
     誠一郎は迷い無く灼滅者を送り出す。その信頼を胸に、かつての仲間と戦う為に灼滅者は学園を発った。


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    高槻・灰那(空蝉塵尾・d03271)
    九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)
    暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)
    天草・水面(神魔調伏・d19614)
    佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)
    四十嵜・悠凱(グリチネ・d22325)
    アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)

    ■リプレイ

    ●仲間
    「この場所は本当に色々と因縁の場所になりそうだね」
     月夜の海が見える岸壁から九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)は見渡す。ここは武神大戦天覧儀が2度行なわれ、仲間が堕ちた場所。因縁と呼ぶに相応しい場所となっていた。
    「たまには神様を信じてもいいかも……だからレニさんを助けさせてください……」
     佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)は祈るように目を瞑る。その手にはロザリオがあった。ここに来る前に回収してきたのだ。
    「準備は万全、絶対に連れて帰るぞ。一緒に戦った事のある仲間だしな」
    「ああ、必ず連れ帰ろう。学園の仲間をダークネスのままにはさせない」
     アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)の言葉に貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)も頷いて決意を口にする。
    「仲間の救出依頼は何度やっても慣れないわね」
     もし失敗したらと考えそうになるのを神薙・弥影(月喰み・d00714)は首を振って打ち消した。
    「喰らい尽くそう……かげろう」
     カードを解除しアンティーククラウンキーを模した杖を構える。その瞳には強い意思が籠められていた。
    「さあて、いよいよだ。ふん縛ってでも、あの馬鹿を連れ戻すよ」
     高槻・灰那(空蝉塵尾・d03271)は軽い口調ながらも、視線は鋭く相手の姿を捉えた。
     月に照らされたそこには、何かを探すようにうろちょろとする人影があった。
    「んん?」
     レナード・ノアは顔を綻ばせて振り向く。だがその表情はすぐに曇った。
    「チッ、人間か。アンブレイカブルが来たのかと思って期待しちまったじゃねぇか」
     がっかりしたとレナードは肩を落とす。その姿は人であった時とは変わり、頭部には水晶の角。顔や体は黒い外骨格が覆っていた。
    「レニーはフレンドリーで優しい兄貴分だった。少なくともそうなろうとしていたと思う」
     天草・水面(神魔調伏・d19614)はリング状の武器を強く握る。
    「でも人間はそんなに単純じゃない」
     過去に陰惨な体験をしていれば、ふとした瞬間思い出してしまう。過去は影のように付いて回るものだからだ。
    「ペケ太悪い、今回は無茶させちまうかも。でも分かるだろ。奴の苦悩はオラと同じなんだ」
     ペケ太は返事をするように武器を構えた。
    「レニー! 必ず元に戻してやるぞ!」
     四十嵜・悠凱(グリチネ・d22325)がレナードを指差した。
    「ああ? いったい誰の事を言ってんだ? 人違いってやつだぜ。でもまあ、暇つぶしにオレの玩具になってくれよ」
     レナードはニヤニヤと口を歪ませて灼滅者と向き合う。
    「こんな形で手合せする事になるなんて、思わなかったッスよ、レナード先輩」
     胸の前で右拳と左の掌を合わせると、暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)はクラブの仲間を救う為にオーラを纏って構える。

    ●狂気
    「ああ? まさかオレと戦うつもりなのか? ハハッこれは笑えるぜ。人間がオレと? ククッ面白いじゃねぇか。いいぜ、暇つぶしに楽しませてもらうぜっ」
     嬉々としてレナードは剣を手にする。
    「行くぞレニー! その目を覚まさせてやるからな!」
     悠凱の影が伸びる。足元から広がるそれをレナードは剣で斬り裂いた。そこへライドキャリバーのアオバが突撃を仕掛ける。レナードは地面を蹴って跳躍して躱すと、刀身を鞭にして振るおうとした。
    「随分と変わってしまったな。だが、まだ戻れるはずだ」
     そこへアレスが炎の翼を生やして跳躍し、縛霊手を装着した腕を叩き込む。放たれた霊糸に縛られレナードは落下していく。
    「思い出せレニー! 本当は何を望んでいたのかを!」
     水面が全身を回転させながらリングを振るう。起き上がろうとするレナードの背中を斬り裂き、続けてペケ太が攻撃して腕を撃ち抜く。
    「うるせぇな。オレはオレだ。この体はオレのもんだ。もうあんなヘタレは居ねぇーんだよ!」
     レナードは鞭のように剣を振り回し、水面とペケ太を切り裂き吹き飛ばす。刃は竜巻の如く迫る。
    「そんな悪役似合わないッスよ、レナード先輩!」
     イングリットが立ち塞がり、襲い来る刃の嵐を剣で受け止める。しなる刃が体を切り裂いていく。だが引くことなく剣で防ぎ続けた。
    「その通りだよ、似合わねえ事してんねえ、レニーくんよ……!」
     灰那の瞳に力が集まる。その目には嵐のような剣舞の軌道が見えた。放たれる漆黒の弾丸が刃の嵐をすり抜けて剣を振るう腕に命中する。
    「しつこいんだよ!」
    「あなたは引っ込んでて! レニさんを出して!」
     腕を傷つけられて手を止めたレナードに、結希が突っ込んで足を払うと、レナードは背中から地面に落ちた。そこへ結希は重々しい漆黒の大剣を上段に構えていた。振り下ろされる鉄塊が地面の岩を抉る。
    「危ねぇな!」
     レナードは転がってその一撃から身を躱した。その勢いのまま跳ね起きると、結希が足をとられて転ぶ。
    「きゃっ」
     見ればレナードの影が伸びて足に絡み付いていた。レナードが剣を振り上げる。だが振り下ろすよりも速く横からの衝撃を顔に受けて吹き飛ばされた。
    「ぐあっ」
    「中々場違いかもしれないけど……皆の手伝いはさせて貰うんだよ」
     鬼の如き拳を振り抜いた泰河はレナードに向けて歩を進める。
    「ああそうだ……やっぱりこれを言わないとね……。さっさと元に戻ってね?」
     拳を振り下ろす。しかしレナードはその拳を紙一重で避けると、背後に回って泰河の背中を斬りつけた。更に剣を立てようとしたが、影の獣がその刃に喰らいつく。
    「それ以上仲間を傷つければ後悔するぞ」
     イルマの影が獣の形となって剣を止めていた。
    「不慣れではあるけど、サポートはしっかしさせてもらうわ」
     弥影が穏やかな風を起こす。すると仲間の傷が塞がり出血が止まる。
    「後悔? する訳ねーだろうが!」
     レナードが闇夜に紛れるように低い姿勢で駆ける。一瞬見失っただけでイルマの背後を取る。迫る凶刃を悠凱がオーラを纏った腕で受け止めた。
    「レニー! 誕生日にもらった手帳、オレ、ずっと使ってるぞ! これからもレニーとの予定、いれていくぞ」
     悠凱が腕から血を流しながらも声をかける。同じクラブだった時の思い出を語る。
    「知らねぇって言ってるだろうが!」
     レナードは足に極彩に輝くピンクのオーラを纏い、悠凱を蹴り飛ばす。その攻撃直後の隙にアオバが機関銃を撃ち込んできた。
    「チッ」
     舌打ちしながら被弾したレナードが射線から飛び退く。そこを狙い撃つようにアレスが飛び込み蹴りを放った。
    「ノアさんは気さくで面倒見の良い人だ。そして自分を犠牲にしがちな人でもある」
     脚を打たれてレナードはバランスを大きく崩す。
    「そんなノアさんだからこそ、必ず助ける」
     アレスは着地するとローラーダッシュの加速でその場で回転し、炎を纏った回し蹴りを放つ。レナードは自ら姿勢を崩すように倒れ込んでそれを躱した。
    「アンタが欲しいものって何なんですか? 理想の眷属? ソレを作る為の力?」
     イングリットは剣を非実体化させて振り下ろす。その刃はレナードの体ではなく心を斬り裂いた。
    「ぅああっ」
    「先輩が本当に欲しいもの……願いはそんなもんじゃない。オレはそう思います」
     見えない痛みを堪えながらレナードは続く攻撃に光を放つ。イングリットの腕を貫き、更に腹を向けて撃たれる。
    「貴方は色々と悟った方と聞いた! こんなふざけた真似をする人の自由にさせていいの? 違うよね……貴方が落ちたのは皆を信じたからだろう? 消えて……死んで償える罪なんぞない!」
     その攻撃を受け止め泰河は影を伸ばす。レナードも影を伸ばし、影と影がぶつかりあった。
    「だから……貴方の好きな人達の元に戻れえええええ!!!」
     叫びと共に泰河の影が押し切りレナードを呑み込む。レナードは刃を振るい影を斬り裂いて中から出てくる。すると交代するように漆黒の狼が背後から喰らいついた。
    「少し頑張る事に疲れたのかなって、私には見えるの。だからね、休んでもいいと思うわ」
     その影の先には弥影が居た。
    「だけど、闇に呑まれては駄目よ。それは自分も、周りの人も悲しませるだけ」
    「クソッごちゃごちゃといい加減にしろよ。調子に乗るな人間風情が!」
     レナードは片手で頭痛に痛む頭を抑え、暴風のように鞭剣を振り回し影を裂きそのまま刃は弥影に襲い掛かる。しかし、それを遮るように悠凱が割り込んで攻撃を防ぐ。
    「オレは本当に本当のレニーは知らないかもしれないけど、半年以上一緒に過ごしたレニーはオレの知る本物のレニーだ」
     悠凱の言葉にレナードは顔をしかめて頭を抱える。
    「オレは……オレは……思い出したぜ、ああもう大丈夫だ」
     ふっと表情を緩めたレナードが俯いて呟く。
    「記憶が戻ったのかレニー!」
     悠凱の顔に笑顔が浮かぶ。だが次の瞬間。刃がその腹を貫いた。
    「レ、レニー……?」
    「ククッ……ああ、オレはオレだって事を思い出したよっ」
     獲物を見るように哂いレナードは手の剣を捻った。悠凱の腹部から血が溢れ出す。
    「なにしてやがる!」
     灰那が影を宿した拳で殴りつけて刃を抜かせる。
    「すぐに傷を塞ぐわ」
     弥影とナノナノのイヴが霊力とハートで悠凱の治療を行なう。
     その一瞬の隙にレナードは逃げようと駆け出す。
    「じゃあな!」
    「させん!」
     イルマの影が脚に喰らいつく。水面も反対の脚に飛び蹴りを放った。

    ●友達
     スピードを落としながらも逃げるレナードの前に人影が現われる。
    「な、んだ……仲間か!?」
     レナードが周囲を見渡す。そこには大勢の灼滅者が居た。戦闘に集中するあまり気付けなかった。20人近くの増援が逃がさないように包囲網を作っていたのだ。
    「邪魔なんだよ!」
    「思えば依頼で初めてお会いしただけですので、ノアさんの事を何も知らないんですよね……」
     斬り拓こうとするレナードを絶奈が正面から受け止める。
    「だから教えて下さい。貴方自身の事を……」
    「レナードさん、あの戦いでは、果たせなかったですけど、今度こそ一緒に帰りましょう。ここに来れなかったみんな待ってますよ」
    「あの戦いはまだ終わっちゃいませんよ。帰ってくるところまでが試合……そう言いましたよね」
     めぐみとフィズィも隣に並びレナードの足を止めた。堕ちた時共に居た仲間達が必死に声を届ける。
    「力で従わせるやなんて先輩らしゅうないな」
     レナードの背後に忍び寄った悟が槍で脚を貫く。
    「もっと力強い奴がようけ先輩の周りにおるやろ! 先輩のために体張っとる俺らが! 戻ってきいや! 皆がおるここに!」
    「レニーっち先輩……人は力で自分の理想通りにしていいもんじゃないっすよ……ってんな事言われなくてもわかってるっすよねほんとは」
     天摩はクラブでの事を思い出し、感謝の気持ちが籠もった言葉を投げる。
    「気安くオレの名を呼ぶんじゃねぇ!」
     鞭剣を振るい邪魔者を退けようとする。それをヴィンツェンツと忍が剣に攻撃を当てて軌道を逸らした。
    「ノア先輩!」
    「レナード、戻らなきゃいやです……!」
     煉はここは通さないと道を塞ぎながら名前を呼び。元のひょうきんで頼もしい姿に戻ってとユークレースは声を振り絞る。
    「レニーが居ないとフォルテのワサビ入り菓子食べる係が居なくなっちゃうからさ。……サボった授業の補習も。先生やクラスの皆を待たせすぎだよ」
     一緒に帰ろうと、紫王は影で動きを止める。
    「レニー先輩が何を抱えていようとも、俺はレニー先輩と一緒に歩んで行きたいよ。勿論、ダークネスとしてやってきたことも……」
     維は手を伸ばす。
    「お前が抱えてる傷も闇もお前のもんだ、だけどお前の回りにはこんなにも仲間が居るぞ!」
     一は周囲に集まった灼滅者を見渡した。
    「だから諦めるな、手を伸ばせ!」
     レナードは伸ばされた手を見つめ、苛立つように頭を掻き毟る。
    「人を殺したのはダークネスであってレナードくんじゃないだろう? ダークネスがした事を罪だと思うなら、灼滅者として償えば良い」
     エリアルがレナードの心に語りかける。
    「人間が嫌いとか好きとか、どうでもいいよ。オレは、純粋に、一人の人間としてレニーが好きだよ」
     同じ教室で過ごした時間を大切に思い、エドアルドは声を振り絞る。
    「だから、もっと話をしたいよ……帰って、きてよ。レナード……」
    「ねぇねぇ、レニー。かえりましょ?」
     友達としてルミッカは遊びから帰ろうとでも言うように誘う。
    「クリスマスの思い出は忘れた? 自分がココに来て初めて友人といったイベントや。しっかり、覚えとる」
    「クリスマス、一緒にドーナツ作りをしましたよね……? アザラシドーナツ……」
     紅葉と莉茉は学園での楽しい思い出を語る。莉茉の手にはアザラシドーナツがあった。
    「白くするなら、ホワイトチョコに浸せばいい……なんて、とても男前でしたっけ」
    「レニーの男らしいアザラシドーナツ懐かしいなぁ……! 皆で仲良う作ったやん……」
    「うるせぇうるせぇ! お前らの言葉を聞いてると頭が痛くなってくるんだよ! クソッ何なんだこれはよっ!」
     数々の心の籠もった言葉に、レナードは苦悶の表情で頭を押さえる。そして海の方へと駆け出す。だがその方向には戦っていた灼滅者たちが待ち構えていた。

    ●願い
    「どかなきゃ殺すぜ!」
     レナードがピンクのオーラを纏って突っ込む。
    「貴方の事を大切に思う人たちがこれだけいるのよ。みんな貴方が戻ってくるのを待っているわ」
     弥影は杖に思いと共に魔力を込めて叩き付けた。受けた左腕を折られながらもレナードは駆ける。
    「そうやって逃げ続けてりゃ、いつかは消えて無くなれんのかい? 誰にも関わらず終われるのかい?」
     そこへ灰那が横から蹴りで足を払う。レナードはバランスを崩して手をついて立ち止まった。
    「お生憎様だね馬鹿野郎。甘ったれんな」
     放つ蹴りがレナードの胸を打つ。だがレナードの蹴りも灰那の脇腹に食い込み肋骨を折った。
    「他人への気遣いを忘れない、オレの憧れのレニー。またオレたちと一緒にバカ騒ぎしようぜ!」
     悠凱はレナードに組み付き、持ち上げると地面に叩き付けた。
    「もう一度この台詞を言おう。今助ける。だから頑張って抗ってくれ。……俺達には帰るべき場所があるだろう?」
     起き上がるレナードにアレスは縛霊手を打ち込んで動きを封じる。
    「一人で心の闇に抗うのは難しいことだ。だがこうして助けてくれる大勢の仲間がいる。ならば戦えるはずだ!」
     動きの止まったところへ、イルマが剣を振るい背中を斬り裂く。
    「過去のことなんてどうでもいいんだよ! オレはクソみたいな戒めから解放されて自由を満喫するんだ!」
    「どうでもいい? 興味がない? そんなのウソだ! じゃあ何の為にアンタは苦しんだんだ?」
     水面は傷だらけになりながらも、しぶとく逃げようとするレナードの心に訴えかける。
    「お前は今まで何をやりたかった? お前はどんな人間になりたかった? 思い出せ! お前は一体誰だ!」
     その言葉と共にレナードの胸に拳を打ち込んだ。
    「ぐはっ……げほっ、訳がわからねぇ……何であんたらはそんな必死なんだ? 人間同士の関係なんて薄っぺらいもんだろ」
     口から血を流しながらレナードは理解出来ないと灼滅者を見る。
    「仲良くするふりでもいい! 心から好きになれんくてもいい! それでも私は……みんなも凄く楽しそうやったもん!」
     必死に呼びかける結希は目には涙が浮かべ、大剣を振り下ろしてレナードの剣を弾き飛ばした。
    「これ大事な物なんやないのっ? 何で捨てるんっ? 受け取って貰えるまで帰らんから!」
     震える声で拾ってきたロザリオを見せた。
    「あ……ああ、それは……」
     ロザリオを見たレナードは呻き膝をつく。まるでそれは懺悔するような姿勢。
    「まさかとは思うけど……自分の始末はつけてくれなんてかっこつけなんて……皆きっと許しはしないよ?」
     泰河が拳の連打を浴びせる。一撃一撃がレナードの意識を揺り起こしていく。
    「アンタの帰りを待ってたり、待ちきれずここまで来ちゃったあいつ等もきっと同じ風に思ってるッス」
     イングリットは大勢の仲間達を見て告げる。
    「だから目、覚ましてくださいよ。レナード先輩」
     拳がレナードの意識を奪った。

    「ごめん。みんな……」
     人の姿に戻ったレナードは、目覚めると頭を下げる。
    「……寝すぎッスよ、先輩」
     イングリットが笑い、泰河と悠凱がおかえりと帰還を喜ぶ。
     アレスは安堵したようにそれを眺め、イルマも息を大きく吐いた。
    「……おかえりなさいっ!」
     涙を拭った結希は笑顔でロザリオを手渡す。
    「とんでもない事を……もう戻る資格なんて……」
    「一度誰かと関わったら、もう無関係でなんていられないんだよ。その人たちの為にも、責任持って最期まで、お前の意思で生き抜きやがれ!」
     俯くレナードを灰那が叱咤する。そこに籠められた気持ちは相手の心に強く響く。
    「レニー、お前は世界を愛していたんじゃない、世界を愛そうとしたんだ! 嘘なんかない!」
     力強く言い切った水面。それは共感した自分の気持ちの吐露。
    「一緒に帰りましょう?」
     弥影が優しく言葉をかける。
     ぽたりぽたりと滴が零れ落ちる。泣く資格なんて無いと思っているのに、仲間から貰った温かな思いが溢れ出てくる。
    「……ありがとう、みんな」
     願ったものはすぐ近くにあったのだ。ロザリオが月に反射して優しく輝いた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 6/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ