Blood vs barbarous

    作者:立川司郎

     彼は、ぽつりと闇から解き放たれた。
     主の元を離れて見知らぬ町に置き去りにされた彼の心にあるのは、永遠の牢獄から解放された、つかの間の安らぎだけであった。
     このビル街の雑踏から見えるのは、人々が闇の事など何も気づかず……または気づかぬふりをして生きているという事。
     彼はのろりと歩き出すと、その一人の後ろについて歩き出した。
     時刻は既に八時を回り、残業帰りのサラリーマンや仲間と飲み歩く大学生、それから、女子会OLが雑踏の中を行き交っている。
     彼が尾行したのは、一人の女性であった。仕事に疲れているのか、それともストレスから化粧落ちが激しい。
     香水のようなものは使っていないのが、匂いで分かる。
     彼女の前後をウロウロしながら彼は観察すると、その髪が思いの外美しい事に目をとめた。
     ああ、やはり美しい。
     その髪が、欲しい。
     彼は古びたサマーコートのポケットにナイフがあるのを手で確認すると、足を速めた。
     その時である。
     背後から、誰かが彼の手を掴んだのである。
    「来い」
     短く言うと、廃ビルへと押し込まれた。彼を連れ込んだのは、黒い胴着にデニム姿の青年であった。
     しかも、ヒトではない。
    「……この辺りで人間を殺して回っていた『髪切りクルト』と名乗るヴァンパイアはお前か」
    「何だお前」
     ヴァンパイアの男、クルトは下からじろりと見上げるようにして青年に視線を向けた。姿からして、この男はアンブレイカブルであろう。
     アンブレイカブルが、何故自分を呼び止める。
     戦いか?
     無言のままのクルトに、アンブレイカブルは拳をたたきつけた。かろうじて直撃は回避したが、その拳の重さに耐えきれず壁に背を打ち付けた。
     クルトには、サッパリ分からなかった。
     何故このアンブレイカブルは自分を止めた?
     何故殴られねばならない?
    「俺は恭二。どうもここ最近吸血鬼どもがロシアンタイガーの弱体化装置を狙っているようだが、あいにくとお前達に先回りされる訳にはいかない。師の名にかけてもこの争奪戦、喧嘩を売らせて貰う」
     そう言うと、恭二は身構えた。
     
     椅子に腰掛け、相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は古い報告書をじっとながめていた。
     今日はめずらしく、制服を着ている。
     手の内にあるのは、富士急ハイランドでのものであった。
    「覚えているか。柴崎の命令で富士急ハイランドに向かっていた所を迎撃したアンブレイカブルが居ただろう。……あいつがどうやら、吸血鬼の配下に喧嘩を売っているらしい」
     現在各地で、ロシアンタイガーの捜索が続いている。バンパイアもその勢力のうちの一つで、現在爵位級ヴァンパイアの奴隷の一人が隼人によって確認されているという。
     名は、髪切りクルト。
     ナイフを使い、どちらかというと殺人鬼のような戦い方をするという。
    「性質は残忍。放っておけば次々人を手に掛けちまう。そのまま俺達が先回りして戦うにしても、ちょっと手こずる相手だ。だが今回は先に恭二が到着して、廃ビルで喧嘩を始めているはずだ」
     クルトは速度とパワーはこちらを圧倒しており、強さはこちらを上回っている。実力は恭二の方が上手だが、うまく立ち回れば勝てると考えているのか、逃走する可能性は低い。
     ただし恭二の方はここで倒れるつもりが無いようで、何かあれば逃走を図るはずだ。
    「今回の絶対条件は、クルトを倒す事だ。……恭二はともかく、クルトを逃がしちゃならねぇ。そこで、だ」
     一つ。恭二と共闘して、クルトを倒す。この場合、連戦して恭二を倒すのは困難になるだろう。
     二つ。恭二がクルトを倒すのを待ってから、介入する。この場合、恭二がクルトとの戦闘途中に灼滅者の気配に気づけば、恭二は逃走する。それまでの戦況次第では、クルト戦に苦戦する事になるだろう。
     三番目。逆に、クルト側に加勢して恭二と戦う。逃がしさえしなければ恭二は確実に倒せるかもしれないが、クルトと連戦する余力があるかどうか……。
     いずれの方法をとるのも、灼滅者次第だと隼人は言う。
     双方倒す事が出来ればベストだろうが、それが困難な状況である以上はまずクルトを優先せよ、と。
    「……こいつ、プレスター・ジョンの国に柴崎の残留思念がある事を知ってるのかな。師ってのは柴崎のだろうが」
     消えた獅子の背を見続け、恭二はいまだアンブレイカブルとして迷っているのだろうか。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    クラウィス・カルブンクルス(叶わぬ夢に酔いしれて・d04879)
    鳴神・千代(星月夜・d05646)
    天神・ウルル(イミテーションガール・d08820)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    カトリーナ・レーゼ(魔法使いに憧れた一匹狼・d26740)

    ■リプレイ

     雑踏を行き交う人々は、すぐ近くで騒動が起きている事など全く気付いてはいなかった。いや、気付かないフリをしていたのかもしれない。
     細い路地に足を踏み入れた若宮・想希(希望を想う・d01722)に、暗闇から細い体が飛び込んで来た。軽く手で受け止めて見下ろすと、若い女性が不安そうな顔でこちらをハッと見返した。
     とっさに想希が笑みを浮かべると、彼女はちらりと後ろを振り返る。
    「すみません」
     想希がぶつかったことに謝罪をすると、彼女は首を振った。
     いえ、と小さく返事を返して通り過ぎてゆく。想希は彼女が無事に行った事に安堵すると、廃ビルの敷地に足を踏み込んだ。
     反対側からは、同じようにライトを付けずに仲間が挟み撃ちにしてくれているはずだった。廃ビルの入り口側からは千布里・采(夜藍空・d00110)や仲間が、裏手に想希が回り込む。
    「人が来ないうちに立ち入り禁止にしちゃおう」
     鳴神・千代(星月夜・d05646)がテープを荷物から取り出し、路地をぐるりと見まわした。
     仲間が敷地に入ると、最後に千代とクラウィス・カルブンクルス(叶わぬ夢に酔いしれて・d04879)が立ち入り禁止のテープを貼っていく。裏手のドア前に立った想希へ、クラウィスが軽く手を振り合図。
     こくりと頷いた彼が、音を遮断した。
     続けて天神・ウルル(イミテーションガール・d08820)が、殺界を形成する。中で対峙する二人に、殺界は気付かれていないはずだが……ウルルはちらりとビルの方へ視線をやった。
     その時、何かが倒れる音が廃ビルの中から響く。
    「見つかった?」
     ハッとウルルが身を固くするが、クラウィスはそれを否定した。隼人に聞いていた話の通りなら、廃ビルに連れ込んだ恭二が殴った音だ。
    「始まったようですね」
    「速くいかなきゃ!」
     飛び出した千代の後に続き、クラウィスも歩き出した。ウルルは、想希の後を追って裏手に回る。
     ビル内に入ったクラウィスのライトが、二人の男の影を作り出す。
     壁際で転がっているのが、恐らくクルト。
     そして、立って拳を握っているのが恐らく恭二だ。
     千代の後ろに立った采が、クルトに声を掛けた。
    「あんたさんが此処らで悪さしてはる人やろ?」
     さらりとした問いかけであったが、クルトは立ち上がりながら油断なくこちらの動きを見た。その首には、汚れた首輪がぶら下がっている。
     ちゃり、と首輪の鎖が鳴った。
    「アンブレイカブルの群れ、か?」
    「巫山戯るな、こいつらは灼滅者だ」
     恭二が言い返すと、クルトは驚いたようにこちらを見た。
     逃げるか、と采が聞くとクルトはククッと卑屈に笑った。腰から抜いたナイフをしっかりと握り、ぎらぎらとした目で見据える。
     ようやく解放されたという喜びと、そして欲に飢えた目。
     さっと前に飛び出して仲間を背に庇いつつ、千代が恭二と肩を並べた。
    「共通の敵が居るみたいだし、便乗させてもらうね」
    「共通? 俺は今、手助けを頼んだ覚えは無いな」
     強気で言い返すと、恭二は勝手に飛び込んだ。身を引きつつ、クルトが霧を発生させる。恭二の拳がやや先、しかしその傷を癒しつつ攻撃の隙をクルトが伺う。
     だが恭二に気を取られていたクルトの横合いから、槍を構えた想希がその脇腹を貫いた。ややタイミングが遅れてウルルが影を放つが、それに気付いてクルトは弾く。
    「あなたにとって誰かの手を借りるのは、プライドに関わるのかもしれません。ですが生憎俺は、ヴァンパイアを灼滅出来るのなら、他のダークネスの手を借りるのなんか些細な事です」
     そう言うと、想希は恭二に横に並んだ。

     恭二の拳は、タイマンで戦ってもクルトに勝ち目は無い程に重い。
     それは、傍でクルトの攻撃を止めようとする森沢・心太(二代目天魁星・d10363)から見てもそう感じて居た。だが、戦争で戦った数々の強敵や柴崎に比べると、届かない相手ではない気もする。
     吸血鬼はナイフに鮮血のオーラを纏わせ、くつくつと笑う。
    「髪を切らせてくれよォ……お前のキタネェ髪をよ」
    「うるさい」
     妙な所で怒りやすい恭二の、その染めた金髪を見て小さく心太は笑った。
     そして深呼吸をひとつすると、息を吐きながら盾を突きだした。体ごとぶつかるように盾をクルトに叩き込むが、ちらりと視線をこちらに向けてクルトは間一髪で受け流す。
     心太が正面からぶつかっても、攻撃を流されてしまう。
    「それでは、これでどうでしょう?」
     静かなクラウィスの声が背後から聞こえ、矢が心太へと放たれた。真っ直ぐに撃たれた矢は、心太の背へぴりりと電流のように刺激を与える。
     間を開けず、躱したクルトに反対側から想希が冷気を放つとクルトの腕が白く氷に包まれた。
    「今です」
     想希の声は、心太と恭二、そして仲間へのかけ声であった。正面からただひたすら殴り掛かる恭二の拳と想希の攻撃が、クルトの意識を引きつける。
     それを見た心太が、今度こそクルトへと盾を叩き込む。
     まともにくらったクルトが、じろりと不愉快そうに心太を睨んだ。
    「たしかに貴方は速い。…ですが、僕はそれ以上の攻撃を知っています」
    「そいつは、殺し甲斐のある相手かい?」
     クルトは低い声でそう言い、ナイフを下からぬるりと捻り上げるように刺した。さくりと切られた身から、血が吹く。
     心太の傍に立ったウルルが、そっと一歩下がって采へと小声を掛けた。
     静かに、影を這わせるようにと。
     その言葉に頷き返すと、采はウルルに合わせて影を這わせた。ひたひたと、仲間が戦う合間を縫ってその足元へと二人は影を這わせて、攻撃を使い分ける。
    「逃がしませんよぉ」
     凛と、ウルルの声が廃墟に響いた。
     その声が聞こえた時には、影はクルトの足元に届いていた。その影は、今にも飛びかからんとしていたのである。
    「行こか?」
     采が霊犬に声を掛けると、霊犬は同時に飛びかかる。霊犬がクルトの足元に食らいつくと、采とウルルの影がクルトの体に絡みついた。

     采が縛り上げた影から逃れようとするが、クルトはその呪縛から逃れられず、霊犬へナイフを突き刺す。
     跳躍して後方へと逃れた霊犬は、再び采の傍で攻撃の隙を伺った。
    「ぎょうさん人殺したんやろ。ほな、もう消えても悔いは無いやろな」
    「これが付いたまま死ぬのは御免だなぁ」
     ちゃり、とクルトは首輪を引いて見せる。
     クルトにとって、これは奴隷の証……身も心も、逃げ場のない鎖であった。そこに何があったのだろうか。
     影から逃れようと暴れるクルトは、歯を食いしばって睨み付けた。今までに見せなかった、獣のような表情である。
     強引に影から逃れ、ナイフをひらめかせる。
     その行く手に千代が立ちはだかると、ナイフを食い止めた。断罪輪で受け止めたナイフの一撃は、衝撃で千代の腕を切り裂いている。
     一撃の重みと腕の痛みで、ビリビリと痺れた。
    「菊千代」
     名を呼ぶ声で、菊千代が千代の前へと飛び出す。千代が防ぎきれない場合は、菊千代が代わりに飛び出すつもりで身構える。
     傷ついた千代と心太に、ゆるりと風が撫でた。
     風に身を任せるように意識を集中したカトリーナ・レーゼ(魔法使いに憧れた一匹狼・d26740)は、目を開いてふと千代へと笑いかける。その風は、恭二の傷も優しく塞いだ。
    「余計な事を」
    「……と言うと思ったがのう。態々避けるでもないものじゃ、嫌なら止めるがどうする?」
     自分より年下のカトリーナの、冷静な一言に恭二は無言で視線を反らす。
     嫌なら止めるが、手間が掛かる訳でもない清めの風を避ける事などしなくともいいというのがカトリーナの言。
     それよりも、吸血鬼を倒すのが最優先である。
    「そしてお主にはこれをお見舞いするぞ!」
     風が仲間に行き渡ると、カトリーナは冷気を放った。クルトは更に千代をナイフで斬り付けて体力を吸い取っていくが、それを上回る力が叩き込まれる。
     滅多矢鱈に斬りかかるクルトに余裕が無くなっているのが見え、カトリーナは笑う。
    「髪は女の命じゃ、それを弄ぶとは実に悪趣味じゃのう。……所詮は奴隷という訳か」
    「その命をくれと言っている」
     とりあえず奴隷という部分は耳には入らなかったと見える、とカトリーナは呟く。クルトは飛び込みざまにナイフを突くが、ターゲットになった千代は菊千代が飛び込んで庇った。
     心太、千代、菊千代の三者が、油断なくクルトを囲んで威圧する。
     くつくつと笑うクルトは、のそりと身を起こした。
     その背に煌々と、赤いオーラを輝かせる。
    「邪魔くさい……どいつもこいつも、髪を置いて消え失せろよォ、俺はまだ遊んでいたいんだ!」
     鎖から解かれた獣は、怒号を上げて力を放った。
     力の奔流に晒された千代が、くらりと姿勢を崩す。その体を因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)が支えると、じわりと闇の力が千代の体に流れ込んだ。
     ひやりと冷たい感覚は、千代を正気に戻す。
    「少し辛坊してね」
     亜理栖は千代を支えた手を離すと、さっと飛び出した。クルトが背後を気にしたのが見えたのである。その行く手を阻むように、窓辺に立った亜理栖。
     窓を背にして、そっとうしろの窓枠に手をやった。
    「今更逃げるの? でも、逃がす訳にはいかない」
    「めんどくせぇなぁ……俺は切りたいんだよ、髪を。せっかく解放されたのによぉ」
     ぞわりと背筋の寒くなるような、声。
     じわりと、彼を包む霧の中に毒を混じらせて放つクルト。霧は、じわりじわりと亜理栖の傍に這い寄った。
     這い上がる毒の悪寒にろ、亜理栖がちらりとカトリーナへと目配せを送る。
     即座にカトリーナは風を放ち、霧を一掃。
     亜理栖はすうっと指を差し出した。
    「これ以上、誰の髪も切らせない。だれの命も、奪わせないよ」
     亜理栖の静かな声の奥には、強い意志が込められていた。
     首に輪を掛けられた吸血鬼の奴隷は、とても不遇な目に会っているダークネスではあるが、彼のしている行いは同情に値しない。
     逃がさず、ここで必ず倒す。
    「ここで石となり、崩れてお逝きください」
     クラウィスからも更にひとつ、呪いが掛かる。
     じわりと這い上がる石化の呪いに身もだえするクルトを見つつ、ウルルが剣で軽く床を叩いた。正面から、とか動かぬ相手に、とか言いたいだろう恭二の言葉は、どうでもいい。
    「隙見せた方が負けなんですよぉ」
     愛らしい笑顔から、そんな言葉を吐いてウルルは剣を振り上げた。

     クルトが消え去ったのを見届けると、恭二はじっとこちらを見た。
     言いにくそうにしているが、手助けされたのは事実である。采が首をかしげて、さらりと聞いてみた。
    「何ですのん? お礼でも言うてくれるん?」
    「礼など言う訳がないだろう」
     采にそう言われると、恭二もそう言い返さなければならなくなる訳で。分かって居てあえて采がそう聞いたようで、何だか可笑しい。
     くすりと千代は笑い、恭二の腕を掴んで止めた。
    「ごめんね、もうちょっとお話ししてもいいかな」
     話しておきたいのは、柴崎の事であった。
     どこまで話せばいいのか、千代がちらりと心太達を振り返る。プレスタージョンの国に関しては、話さない方がいいだろうと皆の意見が一致していた。
     最後に柴崎と戦った心太が、ぽつりと口を開く。
    「あなたに、柴崎さんの事で伝えたい事があります」
     その名を聞いた恭二の顔色が変わる。
     思わず心太の胸ぐらを掴むと、その手をカトリーナがそっと押さえた。
    「おちつけ、こらえ性の無い奴じゃのう」
    「……」
     とたんに落ち着きが無くなった恭二の様子を、まるで弟でも諭すようにカトリーナが言う。心太はほっと息をつくと、言葉を続けた。
    「あの戦争の後、コルネリウスが柴崎さんの残留思念を連れて行ったのです。行き先は、分かりません」
     学園の仲間が、その様子を見ていたのだと心太は恭二に話した。
     ところが、返った返事は想定していたものとは全く違っていた。
    「残留思念? お前達の使う力か何かかそれは」
     そもそも戦争で柴崎師は消えたのだと恭二は溜息をつく。それを聞いた時、はたと心太達も思いだしたのであった。
     恭二はよく分からない話で引き留められた、と背を向ける。
     そこに掛ける声が無く、心太は千代と顔を見合わせる。
    「恭二さんとも、また戦いたいですねぇ。残念です」
     ウルルが言うと、恭二は足を止めて半身振り返った。
     しばし言葉を飲んでいたが、やがて口を開いて問うた。
    「いずれ戦うだろう相手に、何故協力した。俺が戦い終わった頃に手を下せば、俺も共に倒せたかもしれん」
    「うーん……わたしも戦いたかったですよぉ、でも一般の人に怪我がないようにするのが一番ですから」
     八人で戦う為上で、話し合った結果そうなった……ただ、ウルルも一般人保護が最優先であると思っている。
    「僕達も一般人に被害を出したくなかったから。その面では、今回はお互いに味方同士だったんじゃないかな」
     亜理栖が言うと、恭二は激しく否定した。
     あり得ない。
     一般人保護の為に来たのではない、と。
     ただ、弱体化装置について口にしなかったのは、ある程度恭二にもまだ理性が働いていたのかもしれない。
     亜理栖もまた、弱体化装置について問うつもりはなかった。
     二人の言葉に、恭二は納得したのだろうか。
     ふ、と薄く笑って歩き出した。
     それにしても。
     恭二が去ると、亜理栖はちょっと困ったように首をかしげて腕を組んだ。
    「そういえば、残留思念って何かと聞かれたら、ちょっと困るよね。そもそも、残留思念自体は誰も見てないだろう?」
    「見えて居るのは、コルネリウスだけではないでしょうか。言い換えてみれば、コルネリウスが『残留思念がある』と言い張っているのに過ぎません」
     話に介入せず聞き入っていたクラウィスが、亜理栖に答える。
     覚えて居る限りでは、実体化するまでは誰もそれを確認出来て居ないし、戦った後も残留思念の残骸とかそういうモノは確認されていない。
     クラウィスは、これで恭二達下位のダークネス達がまだ残留思念を確認してない事だけは分かりましたね、とさらりと言った。
    「弱体化装置の事も、今はあまり突っ込んで話したくはないね。いつか破壊した方がいいとしても、共闘するなら言わない方がいいのかもしれない」
     亜理栖がそう『共闘』とは言ったが、その時が来るかどうかは分からない。むしろ、弱体化装置を巡って漁夫の利を得るという方があり得そうだ。
    「……残留思念など無い……ですか。何も残らない存在だからこそ、彼らダークネスは遺志を継ぎ何か形在るものを残そうとするのかもしれませんね」
     想希はそう言うと、胸元に手をやった。
     握り締めた冷たい首飾りの感触に、目を伏せて意識を合わせる想希。
     それは感傷に過ぎないのだろうか?

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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