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北海道は阿寒湖畔。人気もなくなった真夜中、湖を見つめていた女はぎりりと唇を強く噛む。
「許せませんわ……! ワタクシは、ワタクシはこんなにも貴重で愛されている天然記念物だというのに……!!」
悔しさに震え、瞳を滲ませた女……阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリンだった。
灼滅者達との戦いに敗れ、残留思念として彷徨い続け、そしていつしか生まれ故郷へと戻っていたレディ・マリリン。自分が灼滅されたことを未だに信じようとしない彼女の目が、復讐に燃えている。
「憎き灼滅者共め……今にみてなさい! いつか必ず、ワタクシがこの手で……っ!!」
「……あなたのその願い、叶えてあげましょう」
「誰っ!?」
「私は『慈愛のコルネリウス』。大丈夫。私にはあなたが見えています。嘆き、苦しむあなたを、私は見捨てたりはしません」
振り返り、驚きに目を見開いているレディ・マリリンを、コルネリウスはじっと真っ直ぐに見つめた。そして、彼女を安心させるよう小さく頷いてみせる。
「……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえますか? あなたに私の慈愛を分け与えましょう。この哀れな天然記念物をあなたの国にかくまってください……」
●
「あのね、コルネリウスちゃんが、レディ・マリリンの残留思念に力をあげて、どっかに送ろうとしてるみたい」
「マジか……はぁ……」
班目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)の最初の一言に、緑山・香蕗(大学生ご当地ヒーロー・dn0044)は微妙な顔つきで息をついた。
灼滅されたかと思えばゲルマン風味に復活し、なんやかんやで灼滅者達と衝突していた阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリンは先の灼滅者達との戦いでようやく灼滅されたというのに、その残留思念はまだしぶとく残っていた、らしい。
「ったく、しつけぇ奴だな」
「まあ、今回は今すぐどうこうっていう事じゃないんだけど、このまま放っておくのもちょっとね……妙齢女子を怒らせたらめんどくさいってホントだねぇ」
そう冗談っぽく言いながら、スイ子は手にしていた資料のノートを捲った。
本来、残留思念自体に力はない。しかし、かの大淫魔スキュラは残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていた。高位のダークネスならば力を与える事は不可能ではないのかもしれない。
「コルネリウスちゃんも、すっごく強いシャドウだしね、そういう事できちゃうんだと思う。でも……っていうか、だからかな。コルネリウスちゃん本人は現実の世界に出てこられないんだ」
残留思念となったレディ・マリリンに接触を図っているのは、慈愛のコルネリウスの幻にすぎない。実体もなければ戦闘能力もない。加えて、コルネリウスは灼滅者達に対して強い不信感を持っているようで、交渉なども行えない。
「……っつう事は、だ」
見えてきた任務内容に、香蕗がにっと口の端を持ち上げる。
「うん。今回、みんながやる事は、コルネリウスちゃんがレディ・マリリンの残留思念に呼びかけをしたところに乱入して邪魔する事、だよ」
頷き、スイ子もにまりとした笑みを返して机の上に地図を広げた。
「現場はここ。阿寒湖だね。レディ・マリリンの残留思念は、みんなにも見えないから、接触するのはコルネリウスちゃんが力をあげた後だね」
レディ・マリリンは与えられた力を使って実体化する。灼滅者達を見れば復讐しようと襲い掛かってくるため、接触後の戦闘は避けられない。
「レディ・マリリンがいるのは、ホントに阿寒湖のギリギリの湖畔だから、戦い方によってはけっこう濡れちゃうかも」
「いっそ水着でも着てくか? 夏だし、寒くもねぇべ」
「そうなの? 道民の寒くないは信用できないんだけど……」
「寒くねぇって! まあ、夜だら20度はねぇかもしれんけどよ」
「……まあ、それで大丈夫って人は水着でもいいかもね」
やっぱり、という目をちらりと香蕗に向けつつ、スイ子は説明を続ける。
「あと、レディ・マリリンの能力は、前とだいたい同じだよ。ムチで叩いてきたり、マリモのビーム飛ばしてきたり……強さは最後に灼滅された時かそれ以上になってるから、戦う時は十分注意してね」
ペンで印をつけた地図を畳み、それを灼滅者達に手渡しながら、スイ子は首を傾げてみせた。
「うぅん、コルネリウスちゃんはきっと悪いことしてるつもりじゃないんだとは思うけどねぇ……けどまあ、とりあえず! 今回の事はみんなに任せるよ! にひっ♪ がんばってね! いってらっしゃい!」
参加者 | |
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ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253) |
泉・火華流(自意識過剰高機動装甲美少女・d03827) |
ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954) |
炎導・淼(ー・d04945) |
文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076) |
ユークレース・シファ(ファルブロースの雫・d07164) |
レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887) |
花衆・七音(デモンズソード・d23621) |
●
真夜中の阿寒湖には、当然ながら人の気配はほとんどなかった。念には念を入れて周辺の警戒にあたっていた者達も、ほどなくして仲間達が潜む場所へと戻ってくる。
あとは、その時を待つばかり。いつでも飛び出していけるよう、灼滅者達は準備を進める。
「ったく、この復活騒ぎはいつになったら落ち着くんだ?」
ぼやきながら、炎導・淼(ー・d04945)は上着を脱ぎ捨て、軽く体を動かし始めた。
湖畔での戦いになるとのことで、淼をはじめ何人かは水着を着用しているものの、いかんせん流石は北海道。真夜中ともなれば夏といえど空気が冷たい。ひやりとした風が、露出した肌を撫でる。
「……っ、どういう事だ!? やっぱり普通に寒いじゃないか!!」
「はは、せやねぇ」
ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が自分の体を抱きしめながら思わず身震いするその横で、花衆・七音(デモンズソード・d23621)も少し困ったような笑みで小首を傾げてみせた。
「よく考えたら、うちは戦う時ダークネス形態やし水着いらんねんけど……まあ、ええか。香蕗くんたっての希望やし? もう、スケベなんやから♪」
「はっ!? ちちちちっげぇよ! 俺はそんなつもりじゃ……つか、寒ぃなら無理しなくてもだな……」
「はわっ!? 濡れるから水着がいいと聞きまして……へ、変ですか?」
悪戯っぽく笑って、うりうりと肘で小突いてくる七音。ついでに応援として付いてきていたレイラが、生まれて初めてのビキニ姿で恥ずかしそうに身をよじる。
「こっ、ここはやはり動いて体を温めるしか……っ」
おまけに、ヴァイスは寒さを凌ごうと動き回る。
面積の狭い水着から、いろいろ零れそうになるアレやそソレ。
「……っ、勘弁してくれ」
居てもたってもいられなくなった、緑山・香蕗(大学生ご当地ヒーロー・dn0044)は、赤くなった顔を手で覆った。
束の間の時間。わりとリラックスした様子の仲間達を、ユークレース・シファ(ファルブロースの雫・d07164)は、にこにこと眺めていた。だが、ふと込み上げてきた不安には勝てず、表情を落としてしまう。
「……大丈夫?」
「あ、はい……えへへ、ごめんなさい。ちょっとだけ、怖いのです……」
心配そうに顔を覗き込んでくる、レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)に、ユークレースは、小さく笑って応えながら、ナノナノのなっちんを、ぎゅっと抱きしめた。
「それでも、コルネリウスも、マリリンも、止めなくちゃです……!」
震えそうになる唇を結んで、ユークレースは大きく頷いてみせた。
「ああ、聞かせてやろうぜっ、俺たちの思いってやつを!」
にっと笑って、ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)も頷いて返す。
阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリンの残留思念に力を与え、復活させようとする慈愛のコルネリウス。彼女の意図や目的はよく分からないが、どちらにせよ灼滅者として見逃すことはできない。
準備を万端に整えて、灼滅者達はその時を待つ。
「……! みんな、あれ!」
泉・火華流(自意識過剰高機動装甲美少女・d03827)が、声を潜めて指を差す。少し先の湖の岸辺に、ぼんやりと浮かぶ人影があった。
「コルネリウス……」
暗闇にじっと目を凝らしていた、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)が、低くその名を呟いた。
正確に言えば、あれはコルネリウスの幻だという話だった。息を潜め、灼滅者達は機会を窺う。
月明かりに照らされて、ゆらゆらと湖際を漂う彼女の幻。耳を澄ませば、微かに話し声が聞こえてくる。
『……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえますか? あなたに私の慈愛を分け与えましょう。この哀れな天然記念物をあなたの国にかくまってください……』
少女のか細い声が響いた次の瞬間、それは起こった。
暗闇の中、眩い光が集結する。
「……っ、ついに、ついにやりましたわ!」
集まった光が、ゆっくりと消えていく。
「……フフッ、感謝するわ、お嬢さん……この力があれば、灼滅者共を……オーホッホッホッホ!!」
現れたのは、上機嫌にふんぞり返る緑の女。
阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリン復活の瞬間だった。
●
「何というか、個人的には少し気の毒な気もしてたんだが……そんなこともなかったな」
けたたましく響いている高笑いに、咲哉は頭を抱えた。
「厄介な相手ほど、存外にしぶといもの……レディ・マリリンとて例外では無かったという事か……」
一方、ヴァイスは分析するような視線で高笑いの主を見つめ、ふむ、と小さく頷いてみせる。
ついに、その時はやってきてしまった。やれやれと息をついて、咲哉は余計な邪念を払うように頭を振った。
「ともあれ、今まで散々やってくれた訳だしな。これで最後にしてやろう」
言いながら、愛用の日本刀、十六夜をすらりと鞘から引き抜く。
「っしゃあ! いくぜ!!」
掌に拳を打ち付け、地面を蹴った淼の背から、燃え盛る炎が噴き出した。まるで翼のように羽ばたいた炎が、疾走と共に暗闇を引き裂いていく。
炎に照らされ、間近に迫った緑の人影。
「くらえっ!」
振り被ったファルケが、手にしていた蛍光塗料入りのゴム風船を投げつける。
「っ!? なっ……!」
勢いよく飛んできた物体を咄嗟に手で払ったレディ・マリリンだったが、あまりに突然なことに、その表情は驚きの色を隠せずにいた。
「まずは小手調べに一発!」
隙をつき、一距離を詰めた淼が、雷を纏った拳を一気に振り抜く。
「っ、灼、滅者……!」
レディ・マリリンの見開かれた目が、にやりと、凶悪に歪む。
「いやっほー、こんばんはレディ。手荒なのはお好きかい? 俺とも遊んでよ!」
軽い調子で返しながらも、しっかりとその眼差しを見据えて、レインは自身の獣化した腕を振り上げる。
「いくよ」
「くっ……!」
ためらいなく振り下ろされた鋭い爪の斬撃。レディ・マリリンは身を翻して致命傷を避ける。その隙を、咲哉は見逃さなかった。
「折角復活したとこ悪いがな、大人しく海の藻屑……ならぬ、湖のマリモにさっさと還れ」
素早く死角に潜り込み、低い体勢から刀身を払う。
「っ、不意打ちだなんて……フフフ、相変わらずネェ? 灼滅者!!」
歪んだ笑みで叫び、レディ・マリリンは手にしていた鞭を振るった。
「悪いな、どうせやり合うなら仕掛ける側のが燃える性分でよっ!」
ひゅ、と空を切って伸びてきた鞭を腕で受け止めて、淼は不敵な笑みを返した。その鋭い眼差しに、レディ・マリリンは余裕の表情で目を細めてみせる。
「フフ、悪い子ね……いいわ、丁度アナタたちをいたぶりたくって疼いていたトコロなの……来なさい! 存分に可愛がってアゲルわ!!」
「いいねっ、どちらの魂が上か、勝負だぜっ! てめぇの無念、その思い、しかと受け止めてやらぁ!!」
張り上げられた、ファルケの叫びにも似た歌声。辺りの空気が、激しく震えた。
復讐に燃えるレディ・マリリンと灼滅者達の間に、火花が散る。
『…………』
「あれ、帰っちゃうんだ? オバサン同士の井戸端会議中にごめんね?」
役目を果たし、徐々にその姿を消そうとしていたコルネリウス。そんな彼女の様子に、火華流は皮肉を込めて声を掛けてみた。ちらりと、静かな視線だけが返ってくる。
「コルネリウスさん……なぜ、思念に力を与えようとなさるのですか……? なぜ……!」
「アリスお嬢様、彼女はダークネスなのですわ……やはり、わたくしには……!」
身を乗り出そうとするアリスを、ミルフィは彼女の小さな肩を抱くようにして止めた。
慈愛のコルネリウス。彼女の真意、その欠片だけでも掴めないかと、この場に駆けつけてきた者達も少なくない。
「聞かせてくれないか。死者の意識を送って一体、何がしたいんだ?」
『…………』
流希の問いかけにも、コルネリウスは応えようとしなかった。不信感に満ちた瞳を静かに閉ざし、何も語らぬままコルネリウスの幻はとうとう姿を消してしまう。
「コルネリウス……」
彼女の消えていった暗闇を見つめて、火華流はきゅっと唇を噛んだ。
コルネリウスに対しては、いろいろと思うところがある者も多い。だが、今はそれを探ろうとしても、満足のいく答えは見つからないだろう。
「コルネリウスは、何を、考えているのでしょう……」
「さあなぁ……まあ、何考えとんのかは知らんけど……」
不安そうに呟くユークレースの肩を軽く何度か叩いてやって、七音はにっと笑った。
「企みは、うちらで潰させて貰うで!」
「っ、はい……っ!」
ユークレースも、決心する。
今は、何よりも先にやらねばならない事がある。
「生ける者の場所である現世に、亡霊は相応しくない」
魔力の斬りを展開して、ヴァイスは構えたバベルブレイカーをガチリと鳴らす。
「ウフフ、せいぜい楽しみましょう? 焦らず、じっくりとね……」
そう、淫猥に笑ってみせて、レディ・マリリンは手にした鞭の先をぺろりと舐め上げた。
「さあっ、灼滅者共! ひれ伏しなさい!!」
復讐の始まりを告げる合図のように。夜の阿寒湖に、乾いた鞭の音が高く響いた。
●
振り抜くように叩きつけられた鞭の先。
湖面から、激しい水柱が上がる。
「ふふふ、愉しめそうだね……いくよ、ギン」
相棒の霊犬、ギンと共に、レインは駆け出した。滴る飛沫を振り切って、レディ・マリリンへと接敵する。
「さあレディ、愉しいコロシアイの時間だよ」
雪の結晶のオーラが煌めき、茨の影が忍び寄る。レインの中の、狼の血が騒ぐ。膨れ上がった畏れを纏った斬撃が、レディ・マリリンを捕らえた。
「くぅっ!」
「うわ、っと……結構濡れるなあ」
再び大きく上がった水飛沫。濡れたジャージの上着を摘まんでみせて、レインは挑発気味に笑う。
「フン、やってくれるじゃない……なら、こういうのはどう!?」
前に突き出されたレディ・マリリンの手の中から、たくさんのマリモが飛び出した。それは光線の如く、灼滅者達の陣形の中を突き抜けていく。
「そっち、いったぞ!」
「うん。ギン、援護して」
何とか、レインと淼が立ち回りそれを抑えた。
「あっ、わわ、えっと……!」
ユークレースは慌てて手の中に護符を揃える。
前線に出る仲間達を守るため、怖がってばかりじゃいられない。目の先にある背中をしっかりと見つめて、ユークレースは護符を飛ばした。
「う、後ろは任せてください! みなさんを支えるのが、ユルのお役目です……!」
できる限りの大きな声で叫んだユークレースの声に、傍にいたナノナノのなっちんも元気よく鳴いて応えた。
「っし、背中は俺達に任せろ! 行ってこい!」
香蕗も陣の後方について援護に回る。
「よっしゃ! ほな任せたで!」
後ろに頼れる仲間達がついている。一度振り返って笑った七音が、笑顔のまま前へ向き直る。
「ほな、行くで……覚悟しいや」
七音の体が、ずるりと溶け落ちていく。人造灼滅者である彼女の本来の姿。闇が滴る魔剣が顕現した。
瞬間、大きく跳躍した七音は、レディ・マリリンを眼下におさめる。黒く、禍々しい刃から、白く輝く眩い光。
「こっ、これしきのこと……っ!」
一気に体ごと振り下ろされた七音の斬撃に、レディ・マリリンは堪らずよろめいた。
「おい、マリモ。余所見してんじゃねぇ!」
そこへすかさず、淼は構えた盾ごと突っ込んでいく。
「ついでにおまけだっ、聞け! 俺の魂の叫びをっ!!」
間髪を入れずに、反対側から挟み込むように突き出されたファルケの槍の切っ先が、レディ・マリリンの体を貫いた。
「くうぅぅっ! な、なんという仕打ちなの……!」
容赦のない灼滅者達の怒涛の攻撃。がくりと膝をついて、レディ・マリリンは唇を噛み締める。
「アナタ達、ワタクシにこんなことをしても良いと思って!? ワタクシはっ、ワタクシは貴重で愛されている天然記念物っ……」
「貴方はひとつ勘違いをしているわっ!!」
レディ・マリリンの言葉を遮る、火華流の一撃。ぐんぐんとスピードに乗ったエアシューズからの回し蹴り。死角から放たれたそれは、レディ・マリリンの後頭部を捕らえた。
「きゃふっ!?」
「貴重で愛されている天然記念物なのは、『マリモ』であって貴方自身じゃないわっ!!」
大きく水飛沫を上げ、前のめりに倒れ込んだレディ・マリリンに向かって、火華流はびしりと指を差す。
「……っ。ま、まだよ……! まだ、終わるわけには……っ」
髪もマントもびしょびしょに濡らしたまま、レディ・マリリンはゆっくりと起き上がる。
「流石に、堅いな……」
構えたままになっていた日本刀の柄を鳴らして、咲哉は追い打ちを仕掛ける。
「なら、これでどうだ!」
「くっ、あああぁっ!!」
月明かりに煌めいた刃が、レディ・マリリンの体を刻んでいく。
「ぐっ、ううぅ……ゆ、許しませんわよ! こ、このような仕打ち……!」
ボロボロになったレオタードの胸元を押さえたレディ・マリリンが、身震いしながら涙目で睨み付けてくる。
「っ!? わ、わざとじゃないぞ! わざとじゃ……!」
「まあ、待て。落ち着け」
予想外の展開に、あわあわと取り乱す咲哉を真顔でたしなめつつ、ヴァイスはレディ・マリリンと向き合った。
「まだよ……っ、まだ諦めるわけには……」
「……死してなお彷徨う、か……哀れだな」
細く息を吐いて、ヴァイスはバベルブレイカーを目の高さに構える。
「今度は迷うことがない様、二度と戻れぬ冥府へと送り返してやろう」
激しく回転する杭が打ち込まれた。
「あああぁっ!! う、うぅ……」
高く悲鳴を上げたレディ・マリリンが、よろめきながら湖の中を一歩進んだ。
「逃がさないよ」
その退路を塞ぐようにして、いろはが現れた。湖の中、濡れてもいいようにとしっかり水着に着替えていた彼女は、いつでも刀を引き抜けるように低く構えを落とす。
「これ以上は、やらせない……!」
横に並んだ透流も、愛用のハンマー、雷神の籠手でレディ・マリリンの行く手を阻む。
「さあ、どうするの? この程度なの……Madame?」
両手に構えたガンナイフを突きつけて、シャルロッテが小首を傾げる。
「……っ、まだこんなに仲間がいたのね」
次々と現れる灼滅者の姿に、レディ・マリリンは舌打ちを漏らした。
「マっ、マリリンさん! 聞いて! 僕はマリリンさんを……!」
そんな中、フゲはレディ・マリリンに駆け寄っていく。そうして語った。自身の中に溢れるマリモに対する深い愛を……。
「……だ、そうだ」
切りのいいところで止めに入ったクロードが、そう相槌を打つ。
「……灼滅者共となれ合うつもりは、ないわ……」
「そう……ならせめて、マリリンさんの毬藻、一つ僕に頂戴……?」
「フン……勝手になさい」
髪を飾っていたマリモをひとつ放って寄越して、レディ・マリリンは手にした鞭を構えた。
「よくお聞きなさい、灼滅者共……ワタクシの復讐は、まだ、終わっていなくてよ!」
「いい覚悟じゃない! でもね、胸がでかけりゃいいってもんじゃないのよっ!!!」
レディ・マリリンの振るった鞭と、火華流が前に構えたバベルブレイカーが、激しくぶつかり合う。
「あああぁぁっ!!」
突き抜けた杭に体を貫かれ、レディ・マリリンは悲鳴を上げて倒れ伏した。
「……っ。ま、だよ……まだ……!」
倒れてもなお、レディ・マリリンは手放した鞭を掴もうと腕を伸ばす。
「もうええやろ、いい加減安らかに眠っとき」
思わず、七音はそう声を掛けた。だが、もうその言葉も、彼女の耳には届いていないようだった。
強い復讐の念だけが、そうさせているのだろう。終わらせてやることが、せめてもの手向けになるはずだ。
「……歌エネルギー、チャージ完了。受け止めたぜ、てめぇのその思いっ!」
手の中のロッドをくるりと回して、ファルケはにっと笑ってみせる。
「刻み込め、魂のビート、これがサウンドフォースブレイクだぜっ」
外れた旋律に魂の歌声をのせて。ファルケの放ったロッドから大量の魔力が溢れ出す。
「くっ、うっ、あああぁっ! こ、この仕打ち、死んでも、忘れはしない、わ……灼滅、者……!」
レディ・マリリンの緑の体が、キラキラと光る粒子となって暗闇に溶け込んでいく……。
「終わったか……」
消えていく光と、レディ・マリリンの声。ヴァイスは目を閉じ呟いた。
「……いい加減、ゆっくり眠ってくれ」
咲哉はやれやれと息をつく。レディ・マリリンは、最期まで悪態をつきながら消えていった。つくづく、見上げた根性である。
「じゃあな、マリモババア。俺はてめぇもドイツ鮫も大っ嫌いだが……マリモは嫌じゃないぜ。特に阿寒湖のマリモは最高だ」
「さよなら。これに懲りたらもうここに居座ろうとしないこと。いいね?」
淼は自分なりの敬意を表して。レインは言い聞かせるように薄く笑って。
灼滅者達は皆、それぞれの形でレディ・マリリンの終焉を見送った。
「ユルたちは、ダークネスに支配されないために戦ってるです。なにがあっても、負けないのです。みんなが、いるから……」
ユークレースは胸の前でそっと手を握り、祈る。
「……おやすみなさい」
阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリン。復讐に駆られた彼女の魂は、ここでようやく解き放たれたのだった。
作者:海あゆめ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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