水無月火華

    作者:佐伯都

     暑さ本番を迎える七月下旬から夏の終わりまで日本全国津々浦々、花火大会が目白押しだ。
     菊、牡丹といった古式ゆかしいシンプルなものから、しだれ柳のように長く火花が尾を引く錦冠菊(にしきかむろぎく)、スターマイン、火の粉が一斉に滝状に流れ落ちる仕掛け花火ナイアガラ。
     夜空をとりどりに彩る夜の華は、夏の風物詩そのものと言えるだろう。

    ●水無月火華
    「花火大会があるみたいなんです!」
     梅雨の湿気と関東の暑さに半ば灼滅されかけだった松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)が、久々に元気な声をあげていた。その手にはとある川の河川敷で行われる花火大会のチラシがあり、七月末の日付が記されている。
    「隅田川とかのに比べれば少ないですが、けっこう打ち上げ数もあるみたいですね。ちょうど夏休みにはいったばかりの日付ですし、まだ宿題の心配をする必要もなさそうです!」
     心配する所がそこなのか、と思わず言いたくなるのを我慢して成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)はチラシを受け取った。
     夜七時から打ち上げがはじまり、その数約七千発。
     大きな中州と観覧席がもうけられた河川敷の対岸が主な打ち上げ場所となっており、観覧はもちろん無料。かなりの数の出店もあるようで、夏祭り気分を楽しむのも悪くない。
    「浴衣とか着て行ったりするのも楽しそうですよね。地味に向こうって浴衣着られる期間短くって……」
     寒冷地出身の人間として、そこもイリスにとってはこっそり嬉しいポイントだったのかもしれない。
    「まあ、いいんじゃない? 松浦の場合花火より綿飴とかたこ焼きのほうが大事そうだけど」
    「人生にとっておいしいものは重要です!」
    「……せめて建前でもいいから否定しようか、そこは」
     花より団子ならぬ、花火より綿飴、もまた一つの楽しみ方だろう。


    ■リプレイ

    ●華開く
     長く連なる出店の明かりを後にして、とんでもない甘党のスヴェンニーナを、黒地にちぎれ縞の浴衣な流はゆるい傾斜がついた河川敷へ連れて行く。
     宵闇に映える、白地に赤糸菊の浴衣へ蔦模様の透かしが入った紺の帯を結んだスヴェンニーナは、何かいつもと違う雰囲気を漂わせている気がした。
    「おおきい花火、初めて」
     林檎飴を受け取り、たこ焼きも一つちょうだい、とばかりに首をかたむけた彼女へ流はひとつ差し出してやる。
    「そろそろだな」
     初めて見るはずの打ち上げ花火、楽しんでくれたらいい。
    「打ち上げ花火見たかったのよね。背高いと見え方って違ったりする?」
     少しだけしか変わらんぞ、と七の要望通りやや地味な濃縹の浴衣を着込んだかまちは小さく唸った。
    「ソレより下で見た方が変わると思う。花火って立体らしいしな。空いてて落ち着くトコで見ようぜ」
     あずましい、で伝わるかどうか不安だったので微妙に言い回しを変え、紺地に朝顔柄の浴衣の七を、すし詰め状態の河川敷を避け少し離れた所へ誘ってみる。
     やはり人混みを避けた高台のベンチには、やはり浴衣姿の結城と夕の姿があった。
     夕の手元では出店で買ってきた水風船ヨーヨーが、軽快な音を立てている。
     過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけ、とどこかの誰かも言っていた。せっかく二人だけの静かな空間、手を結んでただその通り過ぎる時間を楽しみたい。
     打ち上げ開始が近い事を告げる、合図の花火がふたつみっつ上がった。
     みぞれのかき氷片手に白地に青と紫の朝顔柄の浴衣姿の樹は、焼きそばを買い込んで楽しげな様子の彩歌を穏やかな笑顔で見守る。
    「花火って、なんだかわくわくしますよね。……そういえば去年は修学旅行でお兄様と花火を見たっけ」
     いい思い出は花火とセットな事が多いのかも私、と首をかしげた彩歌の眼前、金色の尾をひいた花火がひとつ、夜空いっぱいに広がった。昇り竜付の、オーソドックスな芯入り菊。
     それを皮切りにして、夜空いっぱいに色とりどりの錦変化菊が打ち上がった。観客席から歓声があがり、こんな見事な光景を見ることができる自分は幸せ者だ、と流希はひとり夜涼みを楽しむ。
     ふんわりと広がるレトロ柄のサマードレスの裾を押さえたイコの隣へ、円蔵は並んで腰を下ろした。
    「ヒヒヒ、イコさんはちゃんと見たことないんでしたっけ? 単発の花火は割物(わりもの)と言うんですよ」
     図書館で予習したものの、頭上近くから落ちてくる大音響に首をすくませながらイコは何度か首肯してみせる。ほどなく講義に聞き入り、串焼きを握ったまま夜空を見上げるイコの横顔に、一瞬円蔵は言葉に詰まった。
    「ねぇイコさん。……本当に、綺麗ですねぇ」
     華の綻ぶ音に聞き逃したのか、なあに、と聞き返したイコへ円蔵はただ笑うだけ。
     次々と夏の夜空に咲く千輪菊を見上げる樒深の右隣、ふとハナの視線を感じた気がして樒深は口を開きかけた。
     白地にレトロな椿花を浮かばせた、細身の華奢な佇まい。長い髪も今日はすっきりと結われている。
     何なのか尋ねようとした瞬間、深藍の甚平の肩へ、ことり、とミルクティブラウンの頭が凭れかかってきた。洋服のそれとは違う、シャリ感のある布地越し、伝わってくる確かな体温。
     淡い疑問を樒深はそのまま飲み込む。絡ませあった指をただ黙って、しかし少しだけ力を入れて握り返した。
    「今回は、いきなり誘ってすみません……でも、良い思い出になります。先輩はどうですか?」
     姉が誰か誘って行けと焚き付けてきたわけだが、淡い紫に朝顔の浴衣のさくらは純粋に楽しんでくれている様子で、凍路は少しほっとする。
    「謝ることなんてないのですよ? とても嬉しかった。素敵な思い出は沢山増やしてもいいと思うのです」
     腹に響く重い音に紛れるように、さくらは群青の浴衣の袖をやや所在なさげに揺らす凍路へそっと呟いた。また遊んで下さいね、と。
     はぐれないよう、淡い朱赤の市松柄に琉金が泳ぐ浴衣へ兵児帯を結んだ彩の手を引き、文具は肩越しに振り返る。
    「二人きりですし、今は大夏さんでもいいですよね? ……浴衣もすごく似合ってます。とても可愛いです」
     諸事情で地味な厚着ばかりの彩だ、愛らしい浴衣を着るのはそこそこ勇気が必要だったに違いない。綿飴片手の彩は一瞬驚いたように目を瞠るが、すぐに頬を染めありがとう、と俯いてしまった。
    「……あの、常儀くん」
    「なんですか?」
    「――ううん。なんでもない」

    ●夜流れる
    「皆々様、夏らしくて良いですねぇ」
     そう言う鈴音自身甚平が妙に似合っており、ビー玉に似た水玉模様の浴衣で林檎飴を手にしたひかりがくすりと笑った。
    「ひかは狙った獲物は逃がさないの。想真くんと鈴音先輩はどのこする、の?」
    「僕は犬のぬいぐるみかなー。あの黒いやつかっこいい!」
     【灯り星】の三人組が陣取る射的の店前は、多くの花火見物客でごった返している。気合い充分で想真は青い浴衣の袖をまくり、射的用の銃を構え狙いをつけた。
     何度か目でそれぞれ意中のアイテムを見事撃ちおとし、つぶらな瞳のうさぎを店主から受け取ったひかりはご満悦だ。
    「ね。金魚すくい、誰が一番上手くすくえるか競争っこしません?」
    「いいですね。ちょうど金魚を飼いたいと思ってましたので」
    「勝負? もちろんいいよ!」
     実は細かい作業が苦手な想真は、鈴音の腕前にこのあと閉口することになる。
     そんな賑やかな店先を、焼きたてのたこ焼き片手に一狼太と文子が行き過ぎた。一狼太の地元では焼きまんじゅうも定番なのだが、それを聞いた文子が興味を示す。
    「食べてみたいわ、焼きまんじゅう」
     せんぱいの地元が見てみたい、とこぼれた文子の本心に果たして気付いているのかいないのか、一狼太はさらりと言ってのけた。
    「今度連れてったるから、楽しみにしといて。たこ焼き、持ってるから文子食わせてよ」
     繋いだ手を離す気はないらしく、鳥のヒナ状態の一狼太に文子はほんの一瞬半目になる。しかし努めて柔らかな笑顔ではいあーんっ、とノリ良く焼きたて熱々のたこ焼きを放り込んでやった。
    (「ナハトは一体何を求めてここに来たのだろうか、その動向を探ってみたいと思う……オーバー」)
     犬変身で屋台の物陰を行く空斗の視線の先、女物の浴衣にガチメイクで女装中のナハトムジークと山葵をかじる十六夜が歩いている。
    (「つか、ナハトなんで女装してるんやろ。誰か教えてくれ……オーバー」)
    「浴衣女性に割引してくれる所もあるから仕方ないね。花より団子だ」
    「割引って言ってもそんなに……おい待て、オレは男だ女じゃない」
     割引するねー、と勝手に店主に言われて切なくなりつつ、十六夜はモーリスの姿を探した。
     【赤毛連盟】の7名で出店を回るつもりだったのだが、この人波のせいかなかなか見つからない。出店を回りつつナハトムジークを探す芽生と柚季の二人は、綿飴とイチゴ味かき氷を攻略するのに忙しい。
    「あ、頭キーンてしてきた。一口要ります?」
    「ゆずにゃん、次はどこに……」
     白地に赤いクローバー柄の浴衣の芽生が視線をさまよわせた瞬間、目の色を変えた。
    「ナハトさん発見! 女装してますけどわかります!」
    「ま、待ってーめいにゃんー」
     大騒ぎで突撃する芽生と柚季とは別方向、竹垣に朝顔柄、こなれた藍色の浴衣に赤い髪をアップにした背中を見つけ、モーリスは軽く溜息をつく。浴衣を着るという発言から、女装だろうと踏んではいたんのだが。
     ヘイ、ムジーク、といつものように声をかけると別人が振り返った。
    「……Who are you?」
    「え? ええと、どちら様で?」
     全く知らぬ相手に呼び止められたイリスが目を瞬かせる。しかしその後方から、女装のナハトムジークと十六夜、そしてそれを追ってくる芽生と柚季が見えた。この分ならどこかに空斗もいるだろう。
    「怪盗が迷子とかクソ笑えるな」
    「HAHAHA、話していれば現れるかと」 
    「学園に馴染めるか心配だったが、学園祭の様子を見かけて安心してるよ」
     どこをご覧だったんでしょうかお恥ずかしい限りです、と何か色々、本当に色々と思い当たる節があるらしく、イリスが顔を赤くして恥じ入っている。
    「髪色や年齢も同じだから他人の気はしない、何かあったら頼るといい」
    「お、ナハトが二人もいるぜ、ドッペルゲンガーか! そうか、ナハトは死ぬ!」
     真面目な話だったはずが絶妙なタイミングで横から現れたリリアドールが茶々を入れてきて、【赤毛連盟】の面々はにぎやかに人の流れに乗って次なる出店を品定めに向かう。
    「ヤハハ、何ともお節介サンデ。マー、コンナ方らでよろしければお気軽に」
     軽く会釈するムジークに笑顔を返し、イリスは桐下駄を鳴らして歩き出した。

    ●華燃える
     麦茶にかき氷、綿飴に林檎飴にチョコバナナ。眉間に皺を寄せた仏頂面のまま人波を避けていたにあは、樹を発見してこんばんは、と挨拶をする。
    「こんばんは……って、何か、すごい荷物」
    「そうですか?」
     器用と言えば器用だが、両手に荷物で黙々と仏頂面で綿飴にかぶりつくにあを見かねたらしく、樹は林檎飴とチョコバナナを預かった。
    「永星はどんな花火が好き?」
    「ポカ物、かな」
     尾を引かずにポンっと空で咲く花火、とにあが呟いた瞬間、次々と銀色の群蜂が宵闇を飛び回った。
    「灯倭は何を着てもよく似合うなぁ」 
     なんだかとっても新鮮さね、浴衣姿も凄く可愛いよ、と空の開口一番がそれだったので、白地に淡い蝶々が舞う浴衣姿の灯倭はつい上機嫌になってしまう。
    「えへへ、ありがとう……着てきて良かった」
     しかも当の空が紺色の浴衣を完璧に着こなしているものだから、一瞬見惚れてしまったのは秘密だ。
    「え、あ、えっと、さっき出店で買ったチュロス、ひ、一口食べる?」
    「お、ありがとう、お返しに綿あめなんてどうだい?」
     こちらが圧倒されてしまいそうな大きな紅光露の下、水華は黒無地の浴衣に白い帯を結んだ香代の呟きを、黙って聞いていた。
    「古くは禍払いの意味もあったと言いますけれど、今ではすっかり夏の風物詩ですね……ダークネスにも効いたりするのでしょうか」
     ふと赤や緑の飛遊星が乱れ飛ぶ空をながめ、水華は義妹に軽く苦笑してみせる。
    「かつての魔祓いも総じてダークネスには効かん物の方が多いし、難しいかもな」
     でも、こんな日常こそが灼滅者には必要だ。そちらの意味では、この花火もれっきとした魔祓いなのかもしれない。
    「どうよ、ボクの浴衣姿、完璧じゃない?」
    「……ん? んーんひゃへー?」
     たこ焼きと綿飴を抱えたあげくフランクフルトを咥えた俊輔へ白地に朝顔の浴衣姿をご披露した有紗は、花火と食べ物に負けた……! と肩を落とす。
    「って、おーい、せめてこっち向けよーっ!」
     せめてもうちょっとこう、何かないのか、と内心泣けてきそうな気分で有紗が精一杯ツッコむと、事も無げに俊輔はへらりと笑った。
    「ちゃんと一番最初に見たってー、スゲー似合ってるぜー」
     夜叉丸も見れたらよかったねー、とあっけらかんと宣ってくださる俊輔に、ありがとう、と有紗はぼそぼそ呟く。何かこう、負けた気がする。物凄く。
     川沿いの低い位置ではナイアガラが水飛沫のように白銀の火花をとばし、あえて間隔をあけたスターマインが天上へかけあがる流星を描く。やがて流星は流星群となり、次第に激しさを増して噴水のように視界を覆った。
     花火の音に負けぬよう、いつもより大きな声で喋る千波耶はどこか幼く見える。何か花火よりも、彼女を見ている方が葉には面白かった。
    「子供の頃はね、「立ち入り禁止」のロープのギリギリにシート敷いて、寝っ転がって見てたわ。見てる間に寝ちゃったりしてね」
     速射が続くスターマインの根元、白と赤の閃光が入れ替わり立ち替わり、ストロボのように二人を照らす。なんとはなしに互いに視線が合うと、葉はくしゃりと笑った。
    「お前はガキの頃の話をよくすんのな」
     伝統的な割物へ新作ものが混じり始めた空を見上げ、優奈は素朴な疑問を口にする。
    「ハートとか星とか、色んな形があるのも可愛いなー。色が変わる花火ってどうやって作るんだろ」
    「そうね、詳しくは知らないけど」
     んー、と口元に指先をあてて考え込む表情になった暁は、割と真剣に聞く姿勢になっている優奈に気付いて少し笑った。
    「いっそ夢でも詰め込んでるんじゃなぁい?」
    「ゆめ……」
    「指先が紡ぐ夢、創り手としては、興味も湧いちゃうわ」
     浴衣姿、最後にひどく深い笑い方をした暁に思わずどきりとして、優奈は慌ててその紫瞳から視線をはずした。
     おっきい花火でおいしくにゃーれ、とばかりにシートを広げ、出店で買い込んだものを並べた夏蓮は、蓮次のひいき目を抜きにしても何かいつもより大人びて見えた。首すじがすっきりして見えるお団子頭のせいか、それとも白地に薄ピンクの牡丹柄の浴衣のせいか。
     手持ち花火も楽しいが、やはりこの音と音と色とりどりの光の迫力はテンションが上がる。
     一尺玉の大音響に驚いたのか夏蓮が身を震わせた事に気付き、蓮次は場所を移した方がよいかと思案したもののそっと小さな肩を抱き寄せた。
     今年はたこ焼きは買っていないよな? との陽己の呟きに、何かを思い出したらしく安寿がものすごい勢いで否定した。一体何があったのか。
    「今年は買ってない!買わなかったからね!!」
    「いや他意はない! 思い出していただけだ!」
     何でかこちらも物凄い勢いで否定して、陽己はこほんと咳払いをこぼす。
     こんな状況なのに、気のきいた台詞さえ一つも出てこず陽己は少々惨めな気分になる。
    「どうかしたの?」
     だが時々彼女の横顔を盗み見る事位は許されるだろうか。
     しだれ柳のように手先をゆっくりと下ろしてくる銀色の火花が、安寿の顔をあかるく照らしていた。
     互いに選びあった浴衣姿で、からころりと下駄を鳴らして河川敷を歩く。
    「手、貸して? 迷子防止。離さないようにね」
    「ん。迷子ト……逆なン防止、ヨ」
     小3のはずだがなかなか耳年増な夜深に、芥汰はつい苦笑する。
     まだまだ幼い彼女の横顔を覗いてみれば、大輪の花が瞳に映りこんできらきらと輝いていた。気のせいばかりではなく、大人になったら何だか相当悩み事が増えそうだ。
    「帰ったら手持ち花火もやる? その前に出店も見直そうか」
    「良、の? 其ジャ、出店、満喫後。二人キり、花火大会、ネ?」
     急がなければ夜が終わってしまう、と華やいだ声をあげる夜深にぐいぐい腕を引かれて、芥汰は少しだけ歩みを早めてやる。
     川面に映るいくつもの華は、まだまだ咲き終わりそうにない。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月31日
    難度:簡単
    参加:47人
    結果:成功!
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