入れ替えちゃえ!

    作者:雪神あゆた

     お昼時。大阪にある定食屋。
    「ええええ?!」
     刺身定食を頼んだOLが食事中に、スットンキョウな声を上げた。
    「……!? この醤油さしに入ってるの、醤油じゃなくて、ソースよ?!」
     驚くOL。宥める彼女の友人。慌てて飛んでくる店員。
     その様子を、入口から眺める少女がいた。
    「ソースの町・大阪で、醤油を使おうなんて、駄目っすよ!」
     その少女は小柄で、中学の制服を身につけていた。手には、黒っぽいウスターソースの容器を持っている。
    「ソースは大阪が誇る最高の調味料! 串カツにもタコ焼きにもお好み焼きにも、ぜえんぶ、ソースをかけるっす。だから、他のものも全部ソースでたべるべきっす」
     少女の目と声は使命感に溢れていた。
    「だからアタシのやることは――醤油さしの中身を全部、ソースに入れ替えることっす!」
     
     教室で。
    「ダークネスの一種・ご当地怪人へと堕ちた、一人の少女がいる」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002は灼滅者たちに説明を始める。
    「だが、彼女はいまだ、人の心を残している。完全には堕ち切っていない。
     しかし、人と闇のハザマにいれる時間は短い。
     放置しておけば、心も体もすべてが闇に堕ちてしまうだろう。
     その前に彼女と戦い、戦闘不能に追い詰めて欲しい。
     彼女に素質があるなら、灼滅者として目覚めるだろう。そうでなければ、灼滅されるだろうが」
     ヤマトは闇堕ちした少女の説明へ入る。
    「彼女の今の名は、怪人ソース。
     ごく普通の中学生の少女だったが、ソース愛と大阪愛が強すぎ、闇に堕ちてしまったのだ。
     彼女が行っているのは、醤油の入れ物から醤油を抜き、代わりにウスターソースを詰めるという悪行」
     ……。
     灼滅者の何人かが頭を抱えた。
    「と、とにかくっ。どんなにつまらなく見えても、ダークネスの悪行を見過ごすわけにはいかないっ。どうか彼女を止めてくれっ!」
     ヤマトはあわてたように地図を取り出し、一点を指差した。
    「まずは彼女をおびき寄せなくてはならない。まずは、昼の一時にここの公園で、醤油かソースかどちらかを褒めて欲しい」
     そうすれば、怪人ソースは現れる。醤油を褒めた場合は、怒りながら。ソースを褒めた場合は、バンザイしながら。
    「彼女が来たら、戦闘を開始してくれ」
     怪人ソースはご当地怪人の三つの技を使いこなす。
     その他に――ソースの小皿を七つ空中に浮かべ、セブンスハイロウ同様の技を使ってくる。
     また、ソースの入った容器を鈍器として扱い、ロケットスマッシュの様に殴ってくる。
    「やっていることはセコくても、まがいなりにもダークネス。怪人ソースの実力は高い。
     しかし、彼女に言葉をかけ、人の心を刺激する事で、彼女を弱体化する事ができる」
     彼女を叱っても良いし、褒めても良い。
     灼滅者が知恵を絞り、想いをこめて言葉を放てば、言葉はきっと届くはずだ、とヤマトは言う。
    「……彼女のやっていることは、地味だ。
     でも――完全に闇に堕ちれば、もっと酷いことをするかもしれない。彼女の未来は、お前達にかかっている、頼んだぞ!」


    参加者
    夢月・にょろ(春霞・d01339)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    月原・煌介(白砂月炎・d07908)
    近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268)
    香佑守・伊近(イコン・d12266)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    牛野・かるび(絶壁牛・d19435)
    伍井・陽菜(水蘭公主・d28618)

    ■リプレイ


     公園で。灼滅者の六人はビニールシートを敷き、座っていた。
     シートの上には、灼滅者が用意してきた料理が所せましと並べられている。とんかつ弁当に、たこやき、お好み焼き、焼き肉、アップルパイ……。
     漂うソースの甘辛い香り。
     牛野・かるび(絶壁牛・d19435)は焼き肉を頬張り、ほっぺたを押さえた。
    「ソースが美味しい! 綺麗な黒もいいし、甘辛い味と香りが牛肉と最高に合ってるね!」
    「こっちのタコ焼きも美味しいですよ? ……やっぱタコ焼きはソースやわぁ。マヨネーズとソースが最高にタコ焼きにあうんよねぇ」
     関西なまりで答えたのは、夢月・にょろ(春霞・d01339)。
     舟の形した容器に載ったタコ焼きを、爪楊枝で一刺し。アツアツのそれを、はふはふしつつ食べる。
     星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)の前には、お好み焼き。
    「お好み焼きの決め手も、ソース! 全ての具の味を導くまとめ役! ソースでお好み焼きは完成します。ソース凄い! 最高!」
     ソースが塗られた生地の上、熱で鰹節がふわふわ踊る。生地を箸で割って、ぱくり。
     その傍で、ざくざくっ。小気味いい音。香佑守・伊近(イコン・d12266)がアップルパイを齧っている。
    「このパイも隠し味にソースが入ってるんだぜ? 甘いデザートにもあうって、流石はソース」
     ソースを褒める六人。彼らから離れた場所に、伍井・陽菜(水蘭公主・d28618)と狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)は立っていた。
     陽菜は入口を見て、不意に表情を引き締める。
    「いらっしゃいましたね」
    「何もなかったかの如く終えられるといいの、彼女の為にも」
     伏姫は、陽菜に頷きつつ、赤の瞳の目を細めた。
     陽菜と伏姫の視線の先は、セーラー服の少女。
    「今ソースを褒めたっすか? ソースを褒めてくれたッすか?」
     少女の両手にはソースが詰まった瓶。そして、少女の頭には角が、いや、ソース瓶がニョキっと生えている。
     両手と頭にソース瓶を持つ彼女が、怪人ソース。
    「褒められて嬉しいっす! イエーーイ!」
     ガッツポーズする少女に、灼滅者八人は近づいていく。
     近衛・一樹(創世のクリュエル・d10268)と月原・煌介(白砂月炎・d07908)が挨拶と自己紹介をし、言う。
    「貴方もソースが好きなんですね。ソースは良いですね。色々なソースを使い分ければ、料理の味が引き立ちます。でも」
    「でも、このまま、ソースに縛られてたら、君は、世界と君自身を壊してしまう……。だから、俺達と一緒に、来て欲しいっす。俺達、君と同じ力持ってるから」


     灼滅者の前で少女、怪人ソースは目を瞬かせた。
    「ソースが私と世界を壊す? そんなの、あるわけないっす」
     目を見開き、
    「貴方達、ソースの悪口を言う悪人っすね!」
     ダークネスの力が彼女を好戦的にしているようだ。少女はソース瓶を振りあげ構えた。
     伊近は少女の前で、拳を握る。除霊結界を展開!
     少女を束縛する結界。が、
    「ソース愛はとまらないっす!」
     少女は強引に動く。ソース瓶を振る。伊近を狙う打撃を――綾が体で受け止めた。綾が伊近を庇ったのだ。
     鈍い痛み。顔を歪めつつも、綾はシールドバッシュで殴り返す!
     少女は打撃に押され、後退する。
     その隙を突き、綾と伊近は口を開く。
    「貴方がソースを愛してるのは分かります。ソースを褒められた時、心から嬉しそうでしたし」
    「ああ。ソース好きなのは分かるし、皆に好きになって欲しいのも分かる。地元の物なら、なおさら」
     二人の言に、少女の表情が和らいだ。
    「はい、ソースが大好きっす! 貴方達もソースが好きなの? でも貴方達『ソースのせいで世界が壊れる』って悪口を……あれ?」
     戸惑う少女。綾は彼女に、指を突きつけた。
    「それはソースと醤油を入れ替えるからです! その行為は醤油だけでなく、ソースに対する冒涜です!」
     伊近は穏やかに告げる
    「入れ替えし続ければ、店に悪評が立つだろ? それは怪人ソースにとっても、本意ではないよな?」
     少女は攻撃の手を止め、腕を組む。
    「冒涜、悪評……た、確かに……ぁぅ」
     にょろは呻く少女に笑いかける。
    「確かにソースは凄いわ。店から匂いした時、何の料理してるか、分かる。タコ焼きや~、お好み焼きや~って。ほんまソースは凄い」
     にょろはそこで笑みを消す。
    「やけど。食の都なめたらあかん。料理を愛するんやったら、料理ごとに合う調味料つかうべきやろ?」
    「料理ごとに……」
     かるびが、そうだよ、と愛想よく笑う。
    「なんでもかんでもソースじゃなく、ソースに合うものを愛しちゃお?」
    「た、確かに料理によっては……って駄目っす。納得しちゃダメ!」
     少女は頷きかける。が、慌てて瓶を振り回しだす。ダメダメ、と口の中で繰り返しながら、灼滅者に迫ってくる。
     かるびは説得を一旦止めた。斧から炎を飛ばす。少女の体がかるびの炎で、燃えあがる!
     少女は炎上しつつも、一分後には姿勢を整え、小皿を空中に召喚する。
     小皿は宙を舞う。かるびの胸に小皿が激突。……? かるびの胸の形が変わった? いや、胸に詰めていたパッドがずれたのだ。
    「……あ?! これは、違っ」
     胸を押さえ顔面蒼白のかるび。
     にょろは『かるびの胸にパッド疑惑』には、見て見ぬふり。優しさ故に。
     でも、傷は治してあげないと。にょろはエンジェリックボイスで歌い、かるびの痛みを取り払う。

     そんな悲しい事件? を起こしつつも、戦闘はおおむねシリアスに続く。少女は苛立たしげに喚く。
    「黙るっす。貴方達の言うこと聞いてると、胸がざわざわする!」
    「ざわざわするのは、正義の気持ちが反応しているからです。怪人ソースさん、正義の気持ちを取り戻してください、お願いです!」
     陽菜は懸命に訴えつつ、杖を少女へ向ける。フリージングデスを実行。炎上する少女の胴を今度は氷で覆う。
     少女は「冷たいじゃないっすか」と怒る。蹴りを放ってくる。標的は伏姫。
     蹴りは速い。伏姫は避けれず、吹き飛ばされ地に激突。
     追撃しようと走る少女。彼女に、霊犬八房が跳びかかる。咥えた刀で少女の足を斬った。
     伏姫はワイドガードで己を癒しながら叫ぶ。
    「今こそ好機ぞ!」
    「……了解」「まかせとき」
     煌介と一樹が答えた。
     煌介は『Oculs Tuar Ceatha』を手に、跳ねるように園内をかける。一樹は妖気を纏う長槍の柄を強く握り、目を閉じた。
     そして――虹水晶を煌めかせつつ放った打撃と魔力が、少女を吹き飛ばす! 倒れた少女の体に、一樹の放った氷の塊が直撃!
     攻撃は確実に効いた。それでも「ソースのためにっ」少女はふらつきつつも立ち上がる。


     灼滅者の言は、少女の動きを鈍らせていた。故に、灼滅者の攻撃は着実に命中し続けている。
     が、少女の攻撃はなお強烈。
    「ソース・ダイナミック!」
     技名を叫びながら、伊近の両足を掴み、持ち上げ、体を地面に叩きつけた!
     意識を朦朧とさせる伊近。
    「ちょい辛抱してや、香佑守さん? すぐ治すから」
     にょろが伊近の前で膝を突いた。にょろは祈りを捧げるようにして、歌う。歌は伊近に力を与えた。
     伊近は立ち上がる。再度掴もうとする少女の手を逆に掴み返し、
    「悪いがその動きは見切った」
     伊近は除霊結界を発動。
    「!?」少女の動きが停止。結界の力だ。
    「申し訳ありませんが、あなたご自身の為にも、全力で参ります」
     と、陽菜。陽菜は足元の影を操った。影は実体化し、少女の体に食らいつく!
    「このおっ!」
     必死に影と結界を振りほどく少女に――頭上から、鴉形の魔弾が襲いかかる。煌介がジャンプし、魔弾の術を詠唱したのだ。
     ほぼ同時に、一樹がナイフを振る。いびつに変形させた刃で少女の肩を――斬り裂く。

     魔弾と刃に、少女はたまらず、片膝を突く。
    「苦しい。でも、ここで倒れたら……ソースが他の調味料に負け……」
     一樹は戦闘開始直後から、眼鏡を外していた。好戦的な口調で言う。
    「大事なんは、勝ち負けちゃう。料理と舌やろ? 料理にあった調味料を使わんと料理が死んでまう。同じ調味料ばっか使てたら、舌が馬鹿になる。それはあかんやろ?」
     一樹は少女を強く睨む。義憤をこめ、
    「他の調味料も認めて味わってから、ソースを誇れや!」
     少女は立ち上がろうとするのをやめた。
    「他の調味料も認めて……?」
     此方の言葉を繰り返す少女、彼女の肩を、伏姫が軽く叩く。
    「調味料は、それぞれ他にない素晴らしいものを持ち、互いを引き立てあっておる。……まず相手を認めてはみぬか?」
     煌介は両膝を折り曲げ、少女と視線を合わせた。
    「世界に、君が君だけなように、皆違って、そこがいい。ソースの奇跡な味も、他の調味料をいろいろ試して、出来たもの」
     不安に揺れる少女の瞳を、煌介は銀の瞳で柔らかく見つめかえす。
    「だから……もっと広い、食と未来の世界へ、飛び立とう」
     少女は目をパチクリさせる。
    「相手を認め、もっと広い世界へ……?」
     陽菜も少女の前に立ち、手を差し伸べた。
    「今のように、おソースを強引に勧めて嫌われては悲しいです。それより、正義のヒーローとしておソースの良さを広めてまいりましょう?」
     その方がきっとステキですよ、と優しく笑む陽菜。
     陽菜が差し出した手に少女は手をのばし――。
    「うう、皆さんの言葉、きっと正しいっす」
     呻くように言って、少女は顔を悲しげに歪めた。
    「でもでもっ、私の中の何かがソースが一番って、ソースを主食にして世界征服って、わああっ」
     伸ばしかけた手を引っ込め立ち上がる。
     言葉は確かに届いている。が、少女はそれでも戦うことをやめられないのだ。

     少女の正面と背後に、綾とかるびが立った。
    「貴方に命じる何か――それは闇の力。そんなのは捨て、正々堂々ソース愛を語るべきです」
    「君の中の闇は、あたいらが――ミンチにしてやる!」
    『名探偵』の如く断言しきる綾。不敵に笑みを浮かべて、斧を振りあげるかるび。
     次の瞬間、綾は腕を閃かす。縛霊手はめた手刀で黒死斬。
     かるびも少女の背中へ、容赦なく斧を振り落とす!
     二人の一撃は、少女の体力と防御を削り取る。
     少女は、
    「ああああああっ」
     口からよだれを垂らしながら叫び、ソース色のビームを放ってきた。が、心が迷いきってるためだろう、狙いが甘い。
     伏姫が高く跳び上がってビームを回避。そして、急速に落下する。
    「ガイアチャージは既に完了している! 大阪B級グルメキック!! 安い、旨い、デカイの三拍子に……暫し食い倒れてろ!!!」
     言い終えると同時、足裏が少女の顔に刺さる。八房も六文銭を飛ばして加勢。
     ドサリ、と少女は倒れた。頭についていたソース瓶が取れ、地に転がる。


     しばらくし、少女は目を覚ます。体から、既に怪人の力は失われている。
     彼女の横で様子を見守っていた一樹と煌介が声をかけた。
    「怪我はないようですね……痛みはありませんか?」
    「ごめん。……一人で、立てるっすか?」
     眼鏡越しに少女の傷の具合を確認して頷く一樹。手を貸そうかと、無表情でしかし優しい瞳で問いかける煌介。
     少女は、はい、と答え、手を借り立ちあがる。
     伏姫は彼女に湯気の立つ丼を差し出した。中に入っているのは、ラーメンだ。
    「出前で頼んでおいた。運動の後の栄養補給に食うがいい。ただし醤油味だが」
     醤油と聞いて、少女の顔が赤く染まる。自分の悪事を思いだしたのだろう。
    「ぁう。醤油とソースを入れ替えたりして、ごめんなさいっす」
     小声で言い頭を下げる。
     伊近は顔の前で手を振り、許してやる。
    「いいって。調味料に関しての闘争っていつでもあるしなー。ソース、醤油、塩、味噌、マヨ。こだわりの溝は深いってやつだ」
     にょろは飴玉の入った袋を、ゆさゆさと振る。
    「そうそう。もうええて。それより、そや。デザートに飴ちゃんもあるで」
     灼滅者たちの優しさに、少女はもう一度頭を下げる。
    「うう、ありがとうございます。あ、ラーメンとか飴ちゃんもだけど、それだけじゃなくてっ」
     わかってます、と陽菜は微笑んで返す。
    「よかったら、ゆっくりお話ししませんか? 貴方のことをお聞きしたいですし、私達、正義の味方のことについても説明したいです」
     なら、と綾が提案。
    「なら、折角です。本場のお好み焼き屋に行きませんか? ラーメンもありますけど、激しく運動した後だし、この人数なら食べれると思います」
    「大阪のコナモン文化にソースあり、だもんね。賛成!」
     かるびが、手を挙げて賛同の意を示し、どうかな、と自分達が助けた少女を見る。
     少女は、はにかんだ笑みを浮かべ、こくん、と頷いてくれた。
     灼滅者と少女はラーメンを食べ、この後、何処の店に行こう、あそこの店はエビ玉がお勧めっす、と談笑し合うのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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