硝子細工と千の花

    作者:高遠しゅん

    「こうも暑いと、屋外に出たくなくなるね」
     涼を求めて入ったカフェで。偶然出会った櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)は、涼しげなレモンソーダの氷を鳴らして苦笑した。
     暑い暑いと言いながら、薄手だが長袖の上着とストールは欠かさない。なんでも日焼けが嫌というのだが、日焼けと熱中症と、どちらに比重をおいているのか疑問に思う。
    「ああ、そうだ。今日はこれから時間はあるかい?」
     とくに予定は入っていない。
    「少々熱い場所に行くのだが、よければ一緒にどうだろう」
     手帳を開いて、挟んであった薄いパンフレットをテーブルに出した。

     伊月は手工芸を趣味としている。
     聞けば、やたらとじゃらじゃら着けているアクセサリーは、パーツだけ購入しての自作とのこと。機材が揃えばパーツも自作したいらしい。
    「銀粘土にレジンも試してみたいが、今は硝子が気になってね。ミルフィオリ、というものを知っているかい?」
     開かれたパンフレットを見れば、色とりどりの紫陽花のような硝子玉が載っていた。
     ミルフィオリ。イタリア語で『千の花』。小指の先に乗せられるほど小さな、花を模したパーツのことだ。ベネチアンガラスなどによく使われている。
    「透明な硝子玉に幾つか埋め込むだけで、花咲いたような細工ができる。体験工房を見つけるのに少し苦労したんだ。興味がある人がいれば、何人呼んでもいい。こういった遊びは、一人より大勢のほうが楽しめるものだ」


    ■リプレイ

     透ける藍紫にとろける白と紫の小花、隣を見やれば似た紫の瞳があわい笑みを含んでいた。アリスは暁の視線の意味に、然りと頷いてみせる。
     確たる言葉にしなくとも、それぞれの造る珠は互いを映すようで。
     暁は空に似た青の硝子を溶かし、白い小花を散りばめる。天に近い髪結い紐に通そうか、それとも鼓動により近く揺れるペンダントにしようか。
     ともに想うは思い出の花、クロッカスの優しく蒼い園。

    「そび、これ。お星さまみたい、見える?」
     アスルが選び出したのは黄色の花たち。澄んだ水色に散らしたなら星空に見えるかもと、傍らの草灯を見上げた。草灯は微笑み首肯して、自分の色を選び始める。
     飾り気もなく素朴だけれど、心惹かれる水滴のような澄んだ珠にしようか。選んだのは淡い淡い空の色。花のように飾っても、きっと綺麗だ。
     バーナーの炎の中、赤く熱した硝子を巻き付けた芯棒をくるりくるりと回しているけれど、どうにもいびつに歪んだ珠。暑さとは違う汗を額ににじませ、裕也は思わず眉を歪めた。
    「……御剣さんって、結構不器用?」
     隣から覗き込む藍の言葉に、自他共に認める不器用だと苦笑する。たとえ多少いびつでも、同じものが一つとしてない手作りの味。大切な人に贈るつもりだ。
    「龍ヶ崎さんは、どなたに……?」
     珠が似合う友人に、アクセサリーにして贈るとの言葉。二人は顔を見合わせて笑う。互いに大切なひとの笑顔を思い浮かべながら。

    「エルさん今のでわかったか、大丈夫?」
    「ん? ウン」
     エルメンガルトが遠い目でイイ笑顔。だめだ説明なんにも聞いてない。供助と民子は同時に突っ込む。ちゃんと聞いて、そして手順とか覚えて、お願い。
    「キョンた黒ベースかー、じゃーあたしトルコ風にしよかな」
     民子の手にはターコイズのような水色の硝子棒。山吹と赤と白、三色のミルフィオリを溶かし込んだなら、きっと異国情緒あふれる珠になる。
     黒のベースに白と青の花、供助は危なげない手つきで細工を始める。不透明の黒い硝子が熱せられて赤くとろり溶け、棒に巻き付ければ珠に変わる、その変化が興味深い。気付けば熱さも忘れて。
     二人の様子に、エルメンガルトも気を取りなおして細工に入る。透明な硝子に白と黄の花、二人がはっきりとした色なら、趣向を変えるのも面白い。
    「モチロン結構ゆがんだけど!」
     三人での熱いひとときは、真夏の思い出に。

    「う、なかなかきれいな丸にならないのよ」
     【古ノルド語研究会】のひとり、琥珀は炎の中の珠を見つめる。淡い青と透明のマーブルになっているはずの珠は、形が安定せずあっちへ歪みこっちへ歪み。
    「あっ、やばい原型なくなる」
     埋め込んだ花が熱しすぎて流れてきている、悠仁も悪戦苦闘。それでも皆、真剣に目の前の炎と硝子玉を凝視する。まあるくなあれ、まあるくなあれと。
     優しい桃の花色に白の花を咲かせ。ブレイブもまた真剣に、くるりくるりと炎の中、形変える珠を回す。できたなら紐を通して髪に飾れたらいい。
     そんな様子を、透流は首を傾げて眺めていた。少し事前のイメージと違い、色とりどりのちいさな花を前に、どれを使おうか迷ってみる。
    「たくさん埋め込んだら、綺麗な蜻蛉玉さんにきっとなってくれるよね」
     手のひら一杯に掴もうとしたが、それはちょっと多すぎる!
     それぞれに造ったひとつぶの花の珠。熱から冷めればそれぞれに光を弾き、世界でひとつだけの花束になる。

     空の色を、何色にも変化しすべてを覆い込む透明だと沙百合は言う。手のひらに転がすのは、まだ熱の冷めきっていない透明の蜻蛉玉。空といえば青を思うものだけれど、
    「透明というところが、終空さんらしいですね」
     熱を取る砂の中から藍色の珠を取り出して、磨き上げながら海碧は言う。空が透明なら、海は藍色だろう。
     互いに造られ永らえた命、互いに心にやわらかな闇を抱く、似たもの同士。二人、想いを込めた珠は象徴のようで。
    「機会があれば、また」
     やわらかな闇を含んだ笑みを交わし、ふたり、珠を光に透かしてみた。

    「名前の由来は、模様をとんぼの複眼に見立てたそうです。以前は他にも細かい呼称もあったのですけど……」
    「へー、ケンゴくん詳しーんだねっ!」
     はしゃぐアイリスがケガをしないよう、健護は見守りながら作業を進める。解説にアイリスはきらきらと瞳を輝かせ、鼻歌交じりに作業を終えた。
     熱のとれた珠はふたつ、ひとつはモノクロのリボンを通して健護からアイリスの手に。
     もうひとつは、紐を通してアイリスから健護の手に。
    「楽しかったですか?」
    「うんっ! えへへっ、ぱぱ、またこよーねっ♪」
     アイリスの笑みは、千の花よりまぶしく健護の目に映った。

     優しいひとの手の温もりは、心まで温かく包み込んでくれる。
     【Luciole】の三人は工房の職人さんに礼を言ってから、互いに珠を見せ合う。
     煌介は柔らかく目を細めた。
    「助言、助かった、すよ」
     蜻蛉玉作りは経験者の嘉月からも助言を受けて、作り上げた珠を手のひらに転がす。澄み切った湧き水に咲いて流れる蒼と白の花。
    「首にかけられるように、金具を取り付けてもらいました」
     嘉月の珠は少し大きめ、春の草原のような淡い緑に様々な色の花が咲く。革紐を通せば、存在感のあるペンダントヘッドになるだろう。
     えへん、と胸を張り、陽桜はできたての蜻蛉玉を披露する。少し形がいびつだけれど、それが手作りらしい風情を見せる、桜と白の花畑。
    「ひおは、このままでとっときたいなぁって思ってるの」
     宝石のように、箱に入れてそっと飾る。手のひらにのせる度に、この日の楽しさを思い出すことができるから。
    「煌介おにーちゃんは?」
     工房に飾ってある小皿を指す煌介。小皿の上では蜻蛉玉に、革紐やリボンの代わりに細い香が立てられて、ほのかな白檀の香りを漂わせている。
     珠のきらめきと香の薫り、皆でいつでも楽しもう。それは素敵だと、二人は微笑んだ。

     じーっと覗き込む視線を感じ、伊月はバーナーの炎から視線を上げた。
    「誕生日おめでとう」
     律花が決めた、と呟いて笑っていた。手に取るのは青の硝子棒と紫の花。誕生日の人にあやかって、とのことらしい。
    「誕生日おめでとう、プレゼントは……」
     言いかける春翔に、伊月は小さく首を振る。その言葉だけで充分充ちる。
     響も顔を出し、全員でバーナーの前に座る。見れば三人とも手元に涼しげな青や水色の硝子がある。光の加減で紫にも変わる、透明な水色の硝子棒を手にした春翔が律花に、瞳の色だと囁けば、律花の頬に紅がさす。
    「って、あーもーリア充爆破すりゃいいのになー」
     額の汗をぬぐい、響は苦笑交じりに呟いた。
    「仲良きことは美しい、古くからの言葉を贈ろう」
    「言うよなー、伊月も。隣もバーナーも、予想以上に熱いぞ!」
     見れば律花も春翔も、暑さにやられてやしないかと心配になる伊月ですら、集中して涼しげに炎を見つめている。
    「……ファイアブラッドだから平気なの」
    「暑さに強いワケじゃないわよ」
    「顔に出難いだけだ」
     二人から即座にツッコミ。妹に後で燃やすとまで言われては、響は天井を仰ぐしかない。
    「そういうものらしいな」
     目を細めて笑う伊月の手元、紫の花が咲く。

    「伊月さん。あの、ね」
     静佳はそっと囁く。誕生日おめでとう、と。伊月は照れたように眼鏡の蔓にふれた。
    「ありがとう。一年もあっという間だ、光陰矢のごとしとは本当だな」
     伊月の照れ隠しの言葉に小さく微笑み、静佳は手元で紫の花を咲かせた。澄んだ淡い紫の珠に咲く、赤紫の千の花。雨に濡れる紫陽花に似て。
    「……あの子たちの、傍に咲く花」
     かつての悲しい出来事を、静佳は決して忘れない。伊月もまた、観た光景を思い出して頷く。
     どんな? と視線で尋ねられ、伊月は作った珠を手のひらに乗せた。乳白色にかすむ紫の花々。霞がかる紫陽花の園に似ていた。
    「伊月がハマるのも、よくわかる気がするぜ」
     誕生日おめでとうなあ、と背後から煌希が声を掛けた。
    「熱いけど、こうして出来上がってくのを見るのはすげえ、楽しいな」
     透明な珠に深い藍色の花を咲かせた煌希は、伊月の手元を覗き込む。
    「次は何を造ろうと考えていたら、いくら時間があっても足りなくなる」
    「はは、それもすげえな」
     工房内には様々な蜻蛉玉や、ミルフィオリを使った作品が展示されている。窓からの光を受けてきらきらと光るそれらを見渡し、煌希は息をついた。こういう物が作れるようになれば、もっと楽しくなるのだろうかと。

     気付けば炎の中に、綺麗な珠ができあがっていた。細心の注意を払い手元に集中するあまり、熱と硝子の溶け合う様を時間を忘れて見入っていた。静樹はそっと、溶けた珠に深い緑の花を添える。あまり華やかなものよりも、珠の色を見せるものを造りたい。
     熱を取る灰の中で生まれる水色の珠、目にするときが待ち遠しく、額ににじんでいた汗を拭った。
     透明という色を纏った珠に桔梗色の欠片を浮かべ、樹は炎纏う珠の完成を想像する。胸元や手首を飾る紐を付けようか、それとも鞄やポーチの飾りにしようか。
    「人魂……」
     濃い藍色に黄の花、夏の夜に花火を咲かせたつもりだった。なにをどう間違えたか、できあがった珠は夏の夜の墓場のようにも見えて。流希は小物作りの奥深さに、それもいいかと頷いた。
     
     蜻蛉玉にグラスフュージング、様々に加工された花のパーツ達が並ぶ前に、括と名雲は高鳴る鼓動を押さえられない。情報収集の画像も見ていたけれど、
    「ネットで見たのより、実物の方がかわいいね。千の花なんて、形容まできれい」
    「ええ、やはり実物は違いやすね。千の花、言いえて妙!」
     なに作るの? と隣を覗き込めば、名雲は根付か帯留めと。それを聞き、括は髪飾りのパーツを戻し、平たいパーツを探し出す。
    「私、帯留めにするー」
     桃で桜を模すか、寒色で紫陽花を模すか、二人は千の花咲く硝子を幾つも並べ、迷う。たった一つ、選び出すことも難しい。だがたった一つを選び出せば、それが世界で一つのものになる、心躍るひととき。
    「……紫陽花のが似合いやす?」
     括の勧めに沿わない理由はないと、名雲は紫の濃淡の花を探しはじめ、『花言葉も似合う』と、括の小さな囁きを聞きのがした。

     モチーフは黒揚羽。
    「ふぬぉ!? まるで宝石のようじゃの!」
    「これ、かわいい!あ、こっちも!」
     花が咲きこぼれるような歓声を上げ、悠とにあはパーツ選びに花を咲かせる。同じパーツは一つとしてなく、色あわせに苦心するも。夜闇の黒に緑の燐光浮かぶパーツをやっと探しだし。革紐を通して羽のモチーフを添えれば、片羽の蝶ができあがる。
     手首に通してそっと合わせれば、二人の手に蝶がとまったよう。
     花に憩う蝶、ふたり視線を交わす。
    「できました!」
     こぼれる笑みもまた花になる。

    「さて、いったいどんなものを作ったもんか」
     式夜は黙々とパーツを選び、紐と珠の色合いを決めていく、が。
    「……まあ、人間誰しも苦手なものはあるのである」
     隣の呟きに目を向ける。エウロペアの斜めの視線と視線が合った。パーツがぱらぱらと並んでいるが、なんとも言えない、形容しがたい色合わせが。
    「やめよ、そんな目で見るでない……」
    「いや、そうじゃない」
     言わずとも語らずとも知れている、誤解はとりあえず解いておく。
    「どんなの作る予定?」
    「無論、内緒であるよー」
     聞いておきながら、式夜は言葉にしない。モチーフなど最初から決まっている。星空のような蜻蛉玉に水色の糸で房を付け、エウロペアをイメージしたストラップを器用に作り上げる。エウロペアもまた、気を取りなおして選ぶのは薄桃色のグラデーション、濃紫の蜻蛉玉を薄緑の革紐に通し。しっかりした紐に結いつければ、藤の花に似た髪留め紐が完成する。
     互いが互いを模したものにしたことは、打ち明けるまでの小さな秘密。

    「自分で蜻蛉玉作ったら、えっらい惨劇を起こしそうだよ……」
     美的センス惨劇。遠い目をして語るシスティナを、励ますように見つめる光莉。
    「アクセサリー作りも、きっと楽しいと思うの」
     並べられたパーツはどれも職人さんの心づくし。数え切れないほどの組み合わせから、自分だけのたった一つを創り出すのだから。
     システィナが選ぶ透明な水色に流れる白い糸、朱色の水玉が浮かぶ蜻蛉玉は、まるで金魚が泳ぐ硝子鉢のようで。三つ連ねて結べば、涼しげなストラップに。光莉は桜色にミルフィオリ咲く蜻蛉玉に、薄紫の珠を連ねる。
     視線を交わして、同じ青紫の珠を通して完成。
    「……光莉が嫌じゃなきゃ、交換しない?」
     光莉はふわりと笑みを浮かべた。システィナの言葉に、否などない。

     何度回しても、何度形を整えても。なぜか灯倭の蜻蛉玉はまるくならない。どうして。
    「……お前、もしかしてぶきっちょ?」
     昶の手元には、炎熱が冷めても炎色した丸い珠。
    「否定しないけど。否定しないけど……へこんでないもんー!」
     熱にあぶられた灯倭の目が潤む。
    「良いじゃないか、世界に一つだけの蜻蛉玉だよ。な?」
     流れるような奏一郎のフォローと、
    「世界に一つだけの蜻蛉玉、か……いいじゃないか」
     背中を支える里桜のアシスト。
    「うぅ、お兄ちゃんも、里桜ちゃんもありがとう」
    「つか、苛めてねェッつの、このシスコン!」
     昶、かなり形勢悪し。
     それぞれ思い思いに作った蜻蛉玉を手に、次は頭を揃えて何やら相談し、こっそりパーツを選び始める。
    「伊月くん、伊月くん! お誕生日おめでとう!」
     呼ばれ、振り向いた伊月の前に差し出される、一つのストラップ。
     制作担当、昶が選んだ透明な水色の硝子に、灯倭が選んだオレンジと、里桜が選んだ黄色のミルフィオリを咲かせ、奏一郎が選んだ革紐を結んで。
    「良い一年になりゃいいな」
    「またこれから一年、良い年にしていこうな」
    「素敵な一年が過ごせますように!」
    「これからの一年、貴方にとって実りあるものとなるよう祈っている」
     手のひらのストラップはほんのりと温かく。伊月の心を温める。
    「ありがとう。これは……使うのも飾るのも勿体ない」
     心から大切にすると誓い。
     伊月は心強い守りを得たと、目を細めた。

     手のひらに咲く千の花。
     心にも咲く、千の花。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月2日
    難度:簡単
    参加:40人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 2
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