高貴なる復讐

    作者:小茄

    「くっ……この私が……こんな……こんな苦しみと屈辱を……ぐうぅっ!」
     闇の中、永劫とも思える苦しみに悶える女が居た。
     いや、正確には、かつて女だった者の残留思念である。
    「可哀想に、でも大丈夫。私には貴女が見えていますよ」
     そんな苦悶の残留思念に、優しい声が掛けられる。
    「だ、誰……」
    「私は『慈愛のコルネリウス』……傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
    「誰でもいい! この苦しみから解放して!」
    「……プレスター・ジョン。この哀れな女性を、あなたの国にかくまってください。良いですね」
     かくして、その残留思念はプレスター・ジョンの城へと送られたのである。
     
    「慈愛のコルネリウスが、灼滅者に倒されたダークネスの残留思念に力を与え、いずこかに送ろうとしている様ですわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)によれば、その残留思念がすぐさま何か事件を起こす事は無い様だが、見過ごすのは危険だろう。
    「慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の行動を妨害して下さいまし。現場に居るコルネリウスは、いわば幻であり、戦闘力はありませんわ」
     ただし、灼滅者に対し強い不信感を持っており、説得や交渉は不可能であるらしい。
     また、当然の事ながら残留思念は灼滅者を強く憎んでおり、戦闘は避けられないだろう。
    「残留思念とはいえ、ダークネスに匹敵する戦闘能力を有している為、油断はできませんわ。十分な力をつける前に、叩いて下さいまし」
     
     残留思念は「爵位級ヴァンパイアの奴隷として、力を奪われたヴァンパイア」として、行方不明になったロシアンタイガーの捜索などに当たっていた敵で、戦闘力はかなり高めであると言う。
    「仕込み傘に内蔵したレイピアで戦いますわ。ダンピールに似た技を持っていますし、敏捷性に優れる強敵と言って良いでしょう」
     ただし敵は彼女一人であり、その他の妨害なども気にする必要はない。
     戦場となる廃工場跡も見晴らしが良く、足場も良好で戦いやすいはずだ。
     
    「慈愛のコルネリウス……一体何を考えて居るのやら。ともかく、速やかな帰還をお待ちしておりますわ」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者を送り出すのだった。


    参加者
    化野・周(トラッカー・d03551)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)
    ハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)
    桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)

    ■リプレイ


    「誰でもいい! この苦しみから解放して!」
    「……プレスター・ジョン。この哀れな女性を、あなたの国にかくまってください。良いですね」
     そこはかつて、町工場が存在した跡地。それと同時に、灼滅者とダークネスが命を賭けた死闘を繰り広げた古戦場でもある。
     戦いは灼滅者の勝利に終わり、吸血鬼エリザベトは残留思念になり果ててこの地に留まり続ける……かと思われたが、救いの手をさしのべんとする者があった。
     彼女こそ慈愛のコルネリウス。目覚めたプレスター・ジョンの国に、今まさにエリザベトの残留思念を送らんとしていたのである。
    「残留思念か……話には聞いていたが、実際に目にするのは初めてであるな」
    「誰っ?!」
     一般人が立ち入るはずもない廃工場。第三者の声に振り向けば、そこに立っているのは鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)。
    「き、貴様らはっ……!」
    「はいはーい、灼滅者ですどうも! ちょっと邪魔しに来たよ!」
     ひらひらと手を振りつつ、軽い口調で名乗りを上げる化野・周(トラッカー・d03551)。
    「ちょっと邪魔……ですって?」
    「貴女も大変ですわよね。手当たり次第に残留思念を集めようとされていて」
     不快感を隠さず聞き直すコルネリウスに対し、呆れたように肩を竦めて告げる彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)。
    「うんざりはしていないよ。僕は君の邪魔が好きだからね」
     一方、表情を変えぬままシニカルな言葉を発するのはハイナ・アルバストル(持たざる者・d09743)。
    「早く……誰でもいい! 私に力を! アイツらに復讐させて! それさえ叶うなら、どうなっても構わない!」
    「……解りました」
     残留思念の極めて強い要望に応じ、コルネリウスはその力を彼女へと与える。
     風前の灯火の如く弱々しかったその思念は、見る見るうちに実体化し、吸血鬼エリザベトがかつての姿を取り戻してゆく。
    「おおっ……! ふふふ……はははは! 素晴らしい……この時をどれほど……否、この時だけを夢見ていた! 貴様らに復讐するこの時を!」
    「憎悪に燃えた思念に囚われ未だこの世に未練を残すとは……哀れなことだ。だが、他人の苦しみを愛でるお前が苦しみからの解放を乞い願うなど見苦しいな」
     自身も吸血鬼の血族に産まれた雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)。ねじ曲がり堕ちた同族を、嫌悪感混じりの視線で見遣る。
    「黙れ小僧っ子が! この私が受けた屈辱と苦しみ、数百倍にして返してくれるわ!」
     黒一色のゴシックロリータドレスに身を包み、流れる様なブロンドの髪。しかしかつて持っていたであろう高貴な美しさよりも、怒気混じりの狂気的な表情で灼滅者を見回すエリザベト。
    「力持った残留思念とかなにそれ面白い! いいねいいねー」
     メモを片手に、そんなエリザベトの挙動や様子を逐一記録しつつ言う六条・深々見(螺旋意識・d21623)。彼女もまた、ある種の狂気に身を委ねた少女なのだろう。
    「始めましょうか。もともとヴァンパイアも、気に食わないと思って居たしね」
     灼滅者への憎悪と復讐心に支配されたエリザベトと、まともな会話のやり取りなど出来るはずもないと確信した桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)。すぐさまスレイヤーカードを解放し、刀の柄に手を掛ける。
    「アハハハ! いつまで生意気な口を聞いていられるか、楽しみだわ!」
    「行きますよ、無天さん」
     仕込み傘から刀を抜き放つエリザベトを、静かに見据えながら、霊犬へと告げる桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)。
     再びこの工場跡地において、吸血鬼と灼滅者の戦いが始まる。


     ――ガキィン!
    「生意気なガキ共めっ! 生まれたことを後悔させてやる!」
    「あらー、俺らも嫌われたもんで。まあ好かれても嬉しくないけど。俺悪いことする奴嫌いだもん」
     周のチェーンソー剣とエリザベトのサーベルが交錯し、火花が散る。
    「ほざけっ! かつては久方ぶりの自由を邪魔したばかりか、今度は私の復活を邪魔し……どこまでも目障りな奴らめ!」
    「安らぎの地など与えない。死の安息だけがお前たちの居場所よ。炎獄、舞え」
     愛刀の心壊に炎を纏わせ、鋭く斬りかかる理彩。
    「っ……貴様らに復讐を果たす、その一念のみで私は耐えてきた!」
     柔軟に身を反らし、切っ先をかわすエリザベト。数本の金髪が宙に舞ってそのまま燃え尽きる。
    「貴女はどこでボスコウに捕らわれたのですか? 彼の目的や特徴は」
    「不愉快な奴らが不愉快な名を口にするな!」
    「そう仰ると思いましたわ」
     元々理性的な会話が成立するとも期待していなかった麗華は、掌に集中させた光弾を放つ。
    「奴隷の次はゾンビとはねェ。吸血鬼っていうのは誇り高いのが常だと思ってたが、どうやら君はそうでもないらしい」
    「ぐっ……その程度の挑発に乗る私ではないわ!」
     ハイナもまた、挑発が奏功するかどうかはさほど重視していない。敵を煽るのは半ば趣味でもあると言う。
     口を動かしつつも跳躍した彼は、流星の如き煌めきをそのエアシューズに纏わせ、鋭い蹴りを繰り出す。
    「くっ!?」
    「さすがは吸血鬼、見事な身のこなしですね」
     衝撃に多少表情を歪めるエリザベトを、貴明の除霊結界がその範囲に収める。
    「黙れ……いや、黙らせてくれるわ!」
     細身のサーベルを構えたエリザベトは、踊るように流麗な動きで灼滅者達の間をすり抜け、同時に無数の斬撃を繰り出す。
     その鋭さは、灼滅者を持ってしてもとっさに急所を外すのがやっと。
    「へぇ、生き返ったばかりとは思えない動きだね。ねぇねぇ、死ぬのってどんな気持ちだった? 私死んだことないからすごく興味あるよ!」
    「焦らずとも、これからたっぷりと味わわせてやるわ!」
     しかし深々見は、すかさずワイドガードを展開し、仲間達の傷を治癒しつつ挑発的問いかけ。ナノナノのきゅーちーもまた、甲斐甲斐しくメディックとしての勤めを果たす。
    「……中々の太刀筋。ならばこちらも……鬼の一手、馳走致そう!」
    「何っ!?」
     肩口に受けた斬撃の痛みに怯むこと無く、すぐさま反撃に転じる神羅。異形巨大化させた腕で、エリザベトの背後を突く。
     ――ギィンッ!
     予想より早い反撃を、とっさに刀の腹で受け止めるエリザベト。
    「美人って聞いてちょっと期待してたのに、近くで見たら結構おばさんじゃんよ! 騙された!」
     あくまで余裕綽々であると言うアピールを兼ねて、挑発の言葉を紡ぐ周。無論、動かすのは口だけではない。再びチェーンソー剣が唸りを上げてエリザベトの首筋を狙う。
     ――キンッ!
    「甘いわ!」
     やや直線的な攻撃を、容易く受け流す吸血鬼。
    「とっとと、性格のきつさが顔に出てるよおばさん!」
     剣を弾かれた衝撃でよろめくように装う周。その片手は素早くナイフを抜き放ち、エリザベトの脛付近を斬り付ける。
    「くっ!? 小細工を……」
    「思い出すがいいわ、己の断末魔を。あるべき場所へ還りなさい」
     その傷は決して深い物では無いが、動きを鈍らせるには十分。好機を見逃す事無く、理彩の拳が悔しげに歪む吸血鬼の頬を打つ。
    「ふ、ふざけるなっ! 私は二度と……お前達になど殺されはしない!」
     ――バッ!
     両手を大きく広げたエリザベトから放たれる無数の影。それは翼と牙を持つコウモリの群れ。意思を持つ刃となって灼滅者達の身体を傷つける。
    「……優雅に……とはいかないものですわね」
     ――ヒュッ!
     麗華は所々に負った手傷の鈍い痛みを堪えつつ、非物質化したDuran caliberを素早く振るう。
    「ぐあぁっ!!」
     その一撃がエリザベトの左腕を切断する事はないが、霊魂に対する直接的な痛撃により、絶叫を響かせる。
    「どうぞくれてやるさ。2度目の死をね」
    「わ、私は死なぬ! 死んでたまるものか!」
     常に血を滴らせる槍――裂帛を冠する捻断を手に、重心を低くするハイナ。灼滅者達を相手に復讐心を満足させるどころか、再び引導を渡される可能性を突きつけられ、怒りと憎悪に加え恐怖の感情が吸血鬼の心中を支配し始める。
    「どうせもうすぐまた私達にやられて消えるんだし、その前にさっきの質問に答えてもらえたら嬉しいなー♪」
    「くっ……!」
     きゅーちーや無天と共に急ピッチで仲間の治癒に当たりつつ、楽しげな態度を崩す事のない深々見。演技ややせ我慢ではなく、彼女自身の特異な性格のなせる技だろうが、苦戦を表に出さない灼滅者達の振る舞いが、一層エリザベトの精神を波立たせる。
    「この夢は砕かれるべきだ……覚悟!」
     手にした宙天ヲ崩ス理に魔力を籠めた神羅。ハイナ、貴明と視線を交わすと、一斉に間合いを詰める。
     ――ガッ! ガキンッ!
     剣と傘を両手に持ち、灼滅者達の波状攻撃を受けるエリザベト。圧倒的な戦力差を感じさせない奮闘ではあるが……
    「さすが自信満々なだけある。確かに君に勝てる相手は居ないかもね……万全ならな」
    「お前達如き……今の私でも十分よ!」
     彼女は爵位級ヴァンパイアの奴隷として、力を制限されている状態。であれば、十分に付けいる隙を見出すことは可能。
    「華麗にして峻烈な剣捌き。お見事です……が」
    「格上とは言え、種の割れた暗器ならば捌く余地は有る」
     神羅、貴明もまた、相手の速度に次第に順応し、これを受け切りつつある。
     そして灼滅者達の連携が、ついには吸血鬼の体力の限界を超えた瞬間。
     ――ドスッ!
    「ぐ……っ!」
     ハイナの槍の穂先が彼女の脇腹を貫く。彼女の身体が硬直するのを見逃さず、次々に直撃を見舞う灼滅者達。
    「ぐあぁぁっ!! ……こ、こんな事……認めるわけには……」
    「こんなもんかなー……。あ、まだいたんだ? もう消えていいよ、ばいばーい」
     深々見はメモを懐にしまうと、戦う力を亡くした敵に対し、興味を無くしたように手を振る。
    「私が……二度も、こんな……ごほっ……」
    「……もう一度、今度はエリザベト……お前に相応しい最期を贈ろう」
     鮮血を吐いてよろめく吸血鬼を介錯すべく、霧雨の鯉口を切る直人。
     ――ヒュッ!
     ドサリと小さく音を立て倒れ伏した吸血鬼は、やがて跡形もなく掻き消えた。
     かくして、再び灼滅者と干戈を交えた吸血鬼エリザベトは、復讐を果たす事無く灼滅されたのだった。


    「ん、お疲れー。えっと、塵は塵に、だっけ? まあそんな感じでー」
    「こう言うシンプルな任務もいいよねー」
     相変わらず軽い調子で仲間を見遣る周と、服の埃をぽんぽんと払いつつ、こちらも普段通り笑顔の深々見。
    「終わったか……いや、これから何かが始まろうとしているのか……」
    「これは単なる慈悲ではなく。僕らへのメッセージかなにかなのかな」
     改めて、静けさを取り戻した廃工場を見回し、呟く神羅。ハイナも思案気な表情で自問するが、コルネリウスの気配はなく、その意図はいまだ明らかではない。
    「今まで戦ってきた敵も……灼滅された後も尚、憎しみと怒りは残り続けているのだろうか。ならば、命を断つ俺たちはせめて正しく誠実でありたいものだな」
     一方直人は、これまでに引導を渡し、そしてこれから灼滅するであろう敵に思いをはせる。
    「それにしても最近は敵の拠点が見つかっているようですけど、日本国内だけと思えませんわね」
     大きな事件の予兆……と言う可能性もあるのだろうか。軽く肩を竦めつつ言う麗華。
    「コルネリウスの手がかり……なんてありそうにないし、さっさと帰りましょう」
    「そうですね、長居は無用です」
     理彩の言葉に頷く貴明。
     かくて一行は、廃工場の敷地を後に、静かに凱旋の途に就いたのであった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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