学園祭2014~夏夜を彩る光の花

    作者:春風わかな

     7月20日、21日の2日間にわたって開催された学園祭。
     たくさんのクラブ企画や水着コンテストなどで多いに盛り上がった時間はあっという間に過ぎていく。
     日が沈み、楽しかった時間は静かに終わりを告げようとしていた。
     ――だが、学園祭の夜はこれから。
     楽しい時間を過ごした仲間たちと共に集い催す夏の宴。
     祭の余韻に浸りながら今、最後のイベント――打ち上げパーティーが幕を開けようとしている。


    ●7月21日、夜のグラウンドにて
     いつもの見慣れたグラウンドは打ち上げを楽しもうと集まった生徒たちで賑わっていた。 
     特別に火の使用許可の出ているこの場所では、キャンプファイヤーが設置されいくつもの炎が星空の下で揺らめいている。
     ――ねぇ、花火、しない?
     誰かの誘いから始まった小さな光の花は、気づけばグラウンドのあちらこちらで宴に彩を添えていた。
     見慣れた手持ち花火だけでなく、ネズミ花火や家庭用の打ち上げ花火、線香花火など、皆それぞれ好きな花火で楽しんでいるようだ。
     ――わぁぁ、見て!
     はしゃぐ声につられて夜空を見上げれば、大きな音とともにぱぁぁっと空が輝き鮮やかな光がきらきらと舞う。
     わいわいと賑やかな声に包まれ夜のグラウンドは昼間にも負けぬ盛り上がりを見せていた。
     火の取り扱いには十分注意をし、危険な行為をしないこと。
     この約束さえ守ればちょっとはしゃいだりしても大丈夫。

     ――きらきら輝く宴の想い出を皆で一緒に作りませんか? 


    ■リプレイ


     夜の帳が下りる頃、グラウンドには後夜祭を楽しもうと集まった生徒たちの賑やかな声が響く。
    「と、いうわけで花火ですね、花火」
     にこにこと嬉しそうに司はいそいそと花火を取り出すと火を点けた。
    「さぁ、今日という今日は思いっきり騒ぎましょう!」
     いつも騒いでいる気がするがそこは気にしない。【ましろのはこ】の仲間たちは各々花火へと手を伸ばす。
    「では、早速」
     手持ち花火を楽しむ遥斗と有葉の傍で芽瑠はロケット花火に着火。
    「夜空へと昇る流星群を見せましょう」
     発射台から放たれた花火は次々と空へ。
    「わぁぁ! 凄いですー!」
    「お見事……」
     おぉぉと目を輝かせるリオンとぱちぱちと拍手を送る有葉。
     だが、そんな彼女たちとは対照的に司はむっと口を尖らせた。
    「えー、僕の花火だってスゴイですって」
     言うなり司は手元の花火をがっと掴み、ばっと纏めて火を点ける。
    「ほら、こっちの花火の方がキレイですよ!」
     各種各様の花火をぶん回して司は得意気に胸を張った。
    「ひ……柊さん! それはもう火遊びのレベルになってますっ」
    「あー……ちょっと目を離した隙に……」
     きゃぁ~と逃げるリオンを追いかける司を見て遥斗は大きく溜息をつく。
    「司さん、花火を振り回したり人に向けたらダメって習いましたよね?」
    「あ、はい、ごめんなさい」
     怒った遥斗に花火を取り上げられしゅんと司は俯いた。
     いつもと変わらぬ光景に【ましろのはこ】の皆の笑い声があがった。
    「めぐ、次はこれ、どうかな?」
    「いいね、私はこっちにする」
     一番好きな線香花火は最後の楽しみにと取っておいて。ソフィアリとめぐるは次々と花火に火を点ける。そういえば、とソフィアリはめぐるに視線を向けた。
    「めぐの水着、とっても似合ってたね」
    「そう、かな?」
     めぐる自身、あまり興味はなかったのだが、褒められるのはやっぱり嬉しい。
    「後で、写真撮りたいな……」
     ダメ? とおねだりするソフィアリを前にめぐるは迷いを見せる。だが、ソフィならいいかなと頷いた。ただし条件が一つ。
    「ソフィのも撮らせてね」
     夏本番。いっぱい遊びに行こうと約束を交わす2人の胸も弾む。
     クラスメイトと花火をしようと集まった【井の頭1-9】。太一と珠緒はささっと花火に手を伸ばして火を点ける。
     勢いよく爆ぜる赤や橙色の光を見つめ緋織はうっとりと目を細めた。
    「綺麗だねえ」
     火は苦手な緋織だが見るのは平気。鮮やかな光に心奪われほぅと溜息をつく。
    「コルネリアちゃん、どれにする?」
     終わった花火をバケツに放り込みながら蒼月はコルネリアに花火を差し出した。
    「私はこれにしてみます」
     暫し迷ったコルネリアが選んだのは線香花火。
    「いいねコルネリア……わたしも線香花火好きだよ」
     澪はコルネリアと並び共に花火に火を点ける。
     パチパチと爆ぜる小さな光を見つめコルネリアはぽつりと呟いた。
    「静かで、儚くて、どこか切なくて……線香花火ってなんだか、桜に似てませんか?」
     彼女の言葉にそうだね、と澪と蒼月は頷く。
     一方、ドサっと広げられた花火を物色していた珠緒の手が止まった。
    「おぉ……これはパラシュート花火」
     珠緒は喜び勇んで火を点け空へと放つと同時に勢いよく走りだす。
    「誰か、私より先にパラシュート捕まえてみなー!」
    「俺に挑むとはいい度胸だ!」
     珠緒の予想通り、挑戦を受けたのは太一。
    「モスト・フリスビーキャッチャーとして名を馳せた俺の強さを見るがいい!」
    「よぉし、いくよー!」
     にやりと珠緒の不敵な笑みに気付かず、太一はパラシュートに向かって駆け出し助走そのままにジャンピングキャッチ!
     よっしゃ! 決まった!!
     華麗な着地を決めようとする太一だったが着地を決めた場所にはちょうど花火に火を点けた蒼月の姿が。
    「あっちー!」
    「わぁぁぁぁ、ごめんー!」
    「蒼月、いいから花火退けてくれっ。俺が焼けちゃうだろ!?」
     太一の切実な声がグラウンドに響き渡った。
     浴衣姿の桜音と朱羽が大量の花火を抱えてグラウンドへとやってくる。
    「花火、見るのも良いけど、やるのも、楽しい、よね……♪」
     シュッと勢いよく吹き出す炎にはしゃぐ桜音の笑顔はキラキラと花火に負けないくらいに輝いていて。そうだな、と頷くも朱羽は「しかし」と思ったことを口に出した。
    「桜音の笑顔の方が綺麗だ」
    「え、そ、そんなこと、ないよっ!」
     頬を赤く染めて桜音の頭をそっと撫でつつ。
    「また2人で花火をしよう――」
     そう、耳元で囁く朱羽はに桜音はこくんと頷いた。


    「お前ら、ライブ2日間お疲れさん!」
     錠の労いの言葉と同時、一斉に花火が錠に向かって襲い掛かる。
     【武蔵坂軽音楽部】の有志一同、未だ学園祭の興奮未だ冷めやらず、といった雰囲気。
    「くたくたになるまで遊び尽くそうぜ」
     葉の台詞に同感とばかりに仲間たちの賑やかな声と色鮮やかな花火が薄闇を彩った。
    「次は打ち上げ系の花火でもすっか?」
     ぐるりと仲間たちを見回す錠に千波耶がじゃーん! と1つの花火を取り出す。
    「特製・飛んだナノこさんでーす!」
     パラシュート花火にナノナノぬいぐるみを仕込んだこの花火。実は昼用花火なのだがそこは気にしない。
     初めて見る花火にきらきらと目を輝かせ朋恵は嬉しそうに手をあげた。
    「ぜったい、ナノこさんゲットしますですっ!」
     もちろん、他の仲間たちも全員参戦。
    「らいもん、しっかりしがみついてろ。落ちるなよ」
     ナノナノのらいもんを頭の上にひょいとのせ貫もナノこさんをゲットする気まんまん。
    「みんな! これは錠くんがパイナップルを食べるかどうかの戦いですよ!」
     千波耶の言葉にキラリと数人の目が怪しく光った。錠が負ければ罰ゲームのパイナップルが待っているとあれば気合も変わる。
    「言っときますけど万事先輩のパイナポーのためではありませんよ」
     ナノこさんが可愛いからです、と説明する成海に「でも」と理央は笑いかけた。
    「せっかくなら、万事の罰ゲーム見たいじゃん?」
    「まぁ、それは否定しません」
     錠のナノこさんキャッチを阻むのは理央たちだけではない。
    「そんじゃ俺は錠を足止めすっから、啓はナノこさん取ってきて」
     葉の指示に「わかった」と啓はこくりと頷く。
    「錠、パインの準備はばっちりだぜ!」
     グっと親指を立てる葉月に錠はふふんと余裕の笑みを浮かべた。
    「罰ゲームが怖くて部長が務まるかってんだ!」
     皆の準備が出来たのを確認して凪流が大声で叫ぶ。
    「千波耶先輩! こっちの準備はばっちしOKですよ~」
    「それじゃ、行くわよ~!」
     5,4,3,2……
     ゆっくりとカウントを数え、千波耶は花火に火を点けた。
     打ち上げられた花火は夜空でパンッと弾けるとナノこさんがふわりふわりとのんびり降りてくる。わぁっと皆一斉に落下点に向かって走り出した。
    「さぁ、勝つのは誰だー!?」
     ひらりと葉月をかわした錠の行く手を葉と理央が遮る。その横をするりと時生が走り抜けた。
    「負けられない戦いが、ここにある……!」
     空を見上げぬいぐるみの落下点を争う凪流と時生の頭上を風にのったナノこさんが超えてゆく。
    「ナノこさん、こっち、です……っ!」
     ナノこさんは懸命に手を伸ばす朋恵もするりと抜けてゆるやかに地面へと向かって下降していった。そのすぐ傍にいたのは、貫。
    (「とれるか……!?」)
     慌ててナノこさんへと手を伸ばす貫の頭上で嬉しそうならいもんの声が響く。
    「ナノナノーッ♪」
    「え、らいもん、お前取ったのか」
     驚きを隠せない貫によっしゃ、と葉は嬉しそうに指をパチンと鳴らした。
    「錠は罰ゲームな!」
     ――【武蔵坂軽音楽部】の祭はまだ終わらない。
    「きーちゃん、『シメ』はね、これやるのよ!」
     さちこが取り出した線香花火をキィンはふぅんとつまみあげた。
    「どっちが長く残るか競争ね!」
     さちこの誘いにキィンは「いいぜ」とあっさり応じる。
     パチパチと元気よく弾ける線香花火を真剣な表情で見つめるさちことは対照的に、キィンはこっそり欠伸をしたりそわそわと視線を動かしたりと暇そうだ。
     ジリジリと火の玉が燃える音だけがさちこたちを包む、その時――。
    「あー!!」
     ちいさいおとーさん(霊犬)のくしゃみに驚いたさちこの花火がぽとんと落ちる。
     さちこの声に驚いて跳ねたキィンの花火もぽたりと落ちた。
    「もーぅ、ちいさいおとーさんってばー!」
     悔しがるさちこの頭をキィンはポンポンと優しく叩いて空を指差す。
    「さちこ、空見ろ。打ち上げ花火が始まるぞ」
     空へと視線を向ければパーンという音とともに赤い花火が弾け空を彩った。きらきらと輝く光りの花びらが漆黒の空へ零れる。
     傍らに立つ人の気配を感じ、流希は空を見上げたままゆっくりと口を開いた。
    「花火、綺麗ですよねぇ……」
    「……僕、別に野郎と一緒に花火を観る趣味はないんだけど」
     流希に視線を合わせることなく淡々と告げる鎗輔に流希はただ一言告げる。
    「……いや、なんとなく話がしたかったのですよ……」
     互いに伝えたいことは山ほどあるが何から話せば良いのやら。
     ――大丈夫、まだ花火は始まったばかり。ゆっくりと語り合えばいいのだ。
    「おねーさん、2日間楽しかった?」
     はしゃぐ六合にヴェロニカはそうね、と頷く。
    「また、いっしょにあそぼうなの」
    「もちろん! 俺達の夏休みはこれからだしね!」
     うんうんと頷く六合にヴェロニカは小指を差し出した。
    「やくそく……ゆびきり、しよ」
     2人そっと小指を絡め約束を交わす。だが、ヴェロニカが口ずさむ歌は六合の知ってるものとは異なるようで。
    「ゆーびきりげーんこつー……」
    「え、それなんか違わない!?」
     約束を破ることは許されないと六合は覚悟を決めた。
     達人ら大正喫茶【風之唄】の面々は大正風の装いのままグラウンドへとやってくる。
    「忙しかったけど、たくさんの人とお話し出来てとっても楽しかったです♪」
     女学生姿でお菓子や飲み物を勧める恋華の言葉に達人もにこりと微笑みを浮かべた。
    「そう言ってもらえると良かったよ……そうだ。おいで、空我」
     お留守番してもらっていたキャリバーの空我を呼び出し、達人はゆったりもたれかかって空を見上げる。
    「きゃっ!?」
    「ナノ!?」
     不意打ちで響く重低音に思わずビックリしてナノナノのましゅまろをぎゅっと抱きしめる結に恋華はくすりと笑みを零した。
    「大丈夫、怖くないよ」
     そっと結の手を握り2人キラキラと瞳を輝かせながら花火を眺める傍ら千草も満足そうな笑みを浮かべる。
    「去年の線香花火も楽しかったですが、ドーンと大きい花火もまたいいですねぇ」
     これからも、皆で沢山の想い出を作っていこう。
     大正喫茶【風之唄】、二日間お疲れ様でした――!


    「みんな、アイス持ったー?」
    「うんっ、準備バッチリだよ、さーや!」
     桜子の声に奏恵ら【TYY同好会】の皆と一緒に夢羽は嬉しそうにレモン味のアイスを掲げる。
     ひんやりと冷たくて甘いアイスに舌鼓を打ちながら眺める花火はまた格別。
    「たーまやー!」
    「かーぎやー!」
     元気の良い桜子の声にあわせ、夢羽が嬉しそうに夜空に向かって声をはりあげた。
     ひゅるひゅると空を昇りパーンと花開く花火にはしゃぐ少女たちを見ているだけでエアンも思わず微笑んでしまう。
    「ねぇ……その『ターマヤー』『カーギヤー』って何?」
     ちょこんと首を傾げるカエデにつられ、霊犬のぴー助と小梅を団扇で仰ぐ手を止め奏恵もうーんと頭を捻る。
    「花火大会とかでよく叫ぶ声を聞くよね」
     同意するエアンにこくりと頷き、カエデはふと思いついた解を口にする。
    「もしかして……花火の妖精さん?」
     悩む少女たちの視線は自然と春翔へ向けられて。
    「玉屋も鍵屋も昔の花火屋の名前ですよ」
     でも、と春翔は悪戯っぽく言葉を続ける。
    「実は、妖精だったかもしれませんね」
    「それなら名前呼んだら答えてくれるのかな?」
     妖精さんだもん、と嬉しそうな奏恵にカエデも花火が打ち上げられると同時に掛け声をかける。
     また、来年も皆で一緒に盛り上がれるように――。そんな願いを込めて。
     気づけば辺りがすっかり暗闇に包まれた頃。グラウンドに漂うカレーの香りに【花風通り】の皆の期待が高まってゆく。
    「いいか? 今日はほんの気紛れだからな?」
     何度も念を押しつつ悠悟が取り出したのは挽肉と青豆のキーマカレー。
    「あー……でも、ナンも米も持ってくるの忘れ……」
    「大丈夫、パン焼いてきたわよー」
     苑の言葉に悠悟は恥ずかしそうに舌打ち一つして頭をかいた。
     バゲットにコッペパン、カレー用のナン。苑は嬉しそうにパンを並べていく。
     そわそわする仲間たちに蒼夜がお待たせと声をかけた。
    「焼きそばも出来たよ」
     鉄板で焦げるソースの匂いはまた格別。いただきます、と皆一斉に料理へと手を伸ばした。
    「ん、そんなに辛くない」
    「うあ、カレー本当に辛い……!」
     顔を綻ばせる蒼夜の横で千夜は思わず顔を歪める。でも美味しいから止まらない。
    「マイスさんが飲み物持ってきてくれてよかった!」
     ごくごくと麦茶を飲む千夜にマイスは笑顔でお代わりを注ぐ。
    「ん、思った通りバゲットとカレーの相性が良いね」
     リクエストして良かった、と嬉しそうなマイスに千風もええ、と笑顔で頷く。
    「どれもとっても美味しいです……ね、千夜様」
    「ほんとに、ご馳走ね! 最高!!」
     デザートのクッキーに手を伸ばしながら千夜は頭上の花火を指さした。
    「見て! ほら、あれすっごく綺麗!!」
    「見事だなぁ……」
     つられて悠悟と蒼夜も空を仰ぐ。
     笑顔の仲間たちと眺める夜空に咲く大輪の花の美しさは格別で。
    「――また、こうして皆様で集まりましょうね」
     ふわりと微笑む千風を頭上の花が照らし出した。
     ――ちょっと座って花火でも見ていかない?
     直也の誘いにニコレッタも凛音も迷わず応じ。3人並んで空を見つめる。
    「ひゃほーう♪ たぁーまやーぁ!」
     夜空に広がる大輪の花に向かって叫ぶニコレッタの掛け声に1人の少年が足を止めた。
    「おや、あそこにいるのは……」
     クラスメイトの姿に気付いた楓を手招きし一緒に観ようとニコレッタが誘う。
     ドーンと響く花火の音。次々と打ちあがる花火を見つめ、凛音はうっとりとした様子で呟きを漏らす。
    「わぁ……きれいですね」
    「こういう音聞くと夏! って感じすごくするね~」
     嬉しそうな直也に水色の扇子を口元に添えて凛音は微笑む。
     学園祭も色々な企画をクラスの皆と回れて楽しかった。
     トラブルや心残りもあれど、総じて楽しい2日間を過ごせたと言ってよいだろう。
    「いいなぁ、来年は一緒にまわれると良いなぁ……」
     羨まし気な楓に3人はもちろん、と満面の笑顔で答えるのだった。
    「久椚さーん! 此処でーす!」
     名前を呼ばれた來未が顔をあげると嬉しそうに手を振る紗月の姿。
     次々と並ぶ美味しそうな食事に和佳奈とヒオの頬も緩む。
    「紗月ちゃん、りんご飴ある?」
    「もちろんですっ」
     と、そこへ空中の花火鑑賞から戻ってきた恵理も合流して【空色小箱】の打ち上げが始まった。
    「あ、久椚さんっ、お一ついかがですか?」
     はいっと紗月は笑顔で來未にたこ焼きを差し出す。野外で食べるたこ焼きの美味しさはまた格別。
    「美味しい」
    「いいなー、ボクにもくださいなー♪」
     あーん、とおねだりする和佳奈にも紗月はどうぞ、とたこ焼きを差し出した。
     笑顔で食卓を囲む少女たちの頭上をいくつもの花火があがる。
    「『花より団子』とは言いますが、花があるからこそ団子が美味しいのですよねっ」
     空の花火と地上の笑顔。どちらもいくつあっても物足りない。
    「まったく、うちの部長さんは欲張りで困ってしまいますね」
     台詞とは裏腹に恵理の口調は優しく、その表情には笑みが浮かんでいた。
     笑顔を照らす花火とともに、楽しい時間はまだ終わらない。


     慌ただしかった学園祭中とは替わり今は穏やかな時間が流れている。
    「綺麗ねぇ……」
     お茶を飲む手を止め、セイナはうっとりと花火を見つめた。
    「流人くん、一緒に来てくれて、ありがとね」
    「いや、これくらいどうってことない」
     ゆるりと首を横に振る流人をじっと見つめセイナはにこりと微笑みを浮かべる。
    「浴衣素敵ね……似合ってるわ」
    「そうか……? 褒めても何もないぞ?」
     思ったことを言っただけよ、とセイナは笑い声をあげた。
     喧噪から解放され、ただ花火が爆ぜる音だけが2人をそっと包みこむ。
     夜空に鮮やかな大輪の花が開いた。一つ、また一つ。
     この場所は清十郎と雪緒、2人だけの特等席。
    「これからも、一緒にいろんなところへ行って、いろんな景色を見ような――」
     清十郎の囁きに雪緒は笑顔を浮かべでこくりと頷く。
    「そして、たくさんの想い出を作りましょう、なのです」
     来年も、また一緒に花火を観よう――。
     清十郎の言葉に約束ですよ、と雪緒はそっと手と手を重ねた。
     暗闇に浮かんだ光の花が一つ咲き、また一つ散る。
     焼きそばを食べる手を休め、射干は寂蓮の瞳をじっと見つめた。
    「こういう時世だ、この先どうなるかわからない……」
     でも、と射干は言葉を紡ぐ。
    「今日の想い出さえあれば、私は生きていける」
    「……一つの想い出で満足か?」
     俺は一つでは足りんな、と寂蓮はゆるりと首を横に振った。
    「この先どうなろうと、一つ決めたことがある」
     花火に照らされる射干を見つめ、寂蓮は悪戯めいた笑みを浮かべる。
    「ま……内緒だがな」
    「なんだ、教えてくれないのか?」
     そのうちわかるさ――寂蓮の言葉は花火が撃ちあがる音に掻き消された。
    「花火、綺麗ね」
     弾むようなソプラノで囁くマリーにノエルは静かに頷き笑顔で応える。
     例えその笑顔が自分だけのものでなくても、今、この瞬間だけはマリーのもの。
    「今年の夏休みはどうするの?」
     マリーの問いにノエルは実家に帰るよと告げた。
    「マリーも一緒の飛行機で帰らないか?」
     思いがけない誘いにマリーは笑顔で頷く。
     昔のように幼馴染どうし一緒に過ごす夏は楽しいことだろう。
     弾む心をまた一つ美しい光の花が照らし出した。
    「帷くん、見て! あの花火すごくキレイっ!」
     はしゃぐましろに帷はふふっと柔らかな笑みを零す。
    「打ちあがった花火も良いですが、花火が上がる瞬間と消えゆく様が儚く綺麗ではありませんか?」
     帷の言葉にましろは黙って空を見上げた。花火の美しさは一瞬で儚いがそれもまた趣き深い。
    「そうだね……散りゆく瞬間までしっかり焼き付けなきゃ」
    「ま、今日くらいましろさんのように『単純』に楽しむのも悪くないですけどね」
    「もーう! わたし単純じゃないよ!」
    「さぁ……どうでしょう?」
     ぷぅと頬を膨らませるましろに帷は笑って答えるのだった。
     花火が途切れた瞬間、闇色の空の下に小さな灯りがともる。時継に寄り添い浴衣姿のユウが線香花火に火を点けたのだ。
    「このパチパチと燃える感じには不思議な風情を感じるよ」
    「そうね……本当に、火の花って感じ」
     徐々に勢いを増して燃える火玉をユウは静かに見つめる。
    「打ち上げ花火もいいけど……ボク、線香花火の方が好きだな」
     だって、先輩と一緒に楽しめるから――。
     ユウの言葉に時継は嬉しそうに微笑んだ。
    「それはすごく嬉しいね」
     再びぱぁっと夜空に咲いた大きな光の花が彼女を照らす。
    「愛してるよ、志良」
     鮮やかに咲き誇る花火を見上げる彼女に天龍はそっと告げた。
    「……どうだ、ドキドキしたかね?」
    「別に――」
     肩をすくめ冷めた反応を返す志良の目元がほんのりと赤く染まっているのは花火に照らされているからだけではないようだ。
    「しかし、学園祭――なかなか良いものだった」
    「そう――。りゅーちゃんが楽しかったなら、何より」
     なかなか素直になれない志良の偽りのない気持ち。
     そして天龍にとって彩りに満ちた煌めく日々をくれるのは志良だけで。
     夜空に打ちあがる花火を背に天龍は再び愛の言葉を囁いた。
     花火の爆ぜる音、煌めく光。ふと途切れた瞬間に想希は悟へ声をかける。
    「悟……線香花火で勝負しませんか」
    「ええで、のった! 負けたら綿菓子奢りや」
     間髪入れずに悟は頷き、2人勝負を開始。
     火玉を落とさぬよう真剣に線香花火を見つめる悟の姿にふわりと想希の口元に笑みが広がった。そして、想希は大きくなった火玉をちょこんと悟の花火にぶつける。
    「想希……?」
    「え、と……花火が、寂しがってたので」
     想希の答えに思わず悟は一瞬きょとんとした後思わずぷっと噴出した。
    「なんでやねん」
     そっと寄り添う想希の肩を抱きしめて悟は愛しい人の名前を呼ぶ。
    「大丈夫やで、想希」
     2人の頭上で本日一番の花火が大きく艶やかに花開いた。
     楽しい時間は儚く短い。それは夜空に咲く光の花と同じ。
     皐臣はそっときすいの肩を寄せ、天を仰ぎ囁いた。
    「来年も楽しみだな」
     今日に負けない想い出をきすいとならきっと作っていける。
    「来年も、その次の年も。ずっと重ねて刻んでいこう――」
     囁くきすいの声に皐臣は無意識のうちに繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。
    「……」
     皐臣の声は咲き乱れる花火の爆音にかき消される。だが、きすいにはしっかりと届いていた。そして、彼女もそっと皐臣に囁く。
     ――愛してる。
     ――わたしの方が、もっと。

     大切な友と刻んだ想い出や愛しい人と交わした約束と共に。
     夏の夜空の下、もう少しだけここに――。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月5日
    難度:簡単
    参加:73人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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