やるせない怒りの矛先。その先の悲劇。

    作者:長野聖夜

     粛々と行われているお通夜。それは、瑠莉と言う名の中学生の少女の父を見送る儀式。
     彼女の父親は、彼女にとっての誇りだった。けれど、ある事故が、突然瑠莉から、彼女の大切な父を奪った。
     静々と訪れる人々。それに淡々と頭を下げる瑠莉。彼女の後ろには、彼女の後見人となる叔父夫妻が、同じ様に粛々と頭を下げている。
     淡々と進む通夜に、少しふっくらとした女性が1人訪れた。 
     その表情は青ざめており、哀しみに満ちている。
    「瑠莉、ちゃん……」
    「葵、さん……」
     気まずい沈黙が訪れる。その間に瑠璃は、憎しみに満ちた目で、葵を見ていた。
    「貴方がいなければ、お父さんは……!」
    「……ごめんなさい……」
     小さく謝罪し、それから俯き加減になり、気分が優れなさそうに口に手を当てる葵。其れが、瑠莉の中の負の感情を刺激する。
     ――殺してしまえ、こんな奴。
     自分の中で蠢いた其の声に、瑠莉は従った。
    「死ね……! 死んで償え!」
     次の瞬間、変貌した瑠莉が葵に襲い掛かる。
     そして……人の死を悼む為の場が、殺戮の場へと姿を変えた。
      

    「瑠莉ちゃんと言う女の子が、闇堕ちしてデモノイドになると言う事件が、予測されました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が沈痛な面持ちで告げた。
    「どうやら、瑠莉ちゃんの父親が交通事故でお亡くなりになり、その通夜の時に、葵さん、と言う弔問客が訪れたことが切っ掛けで、デモノイド化する様です」
     葵はどうやら、この交通事故の時、瑠莉の父親が守った相手で、そのことを瑠莉は知っており、それ故に憎悪を抱いているらしい。
    「……もしかしたら、彼女がいなければ、お父さんは死ぬことはなかったと……瑠莉ちゃんは考えているのかもしれません」
     姫子が、悲しむように嘆息した。
    「けれども、瑠莉ちゃんを救える可能性は残っています。皆さんもご存知の通り、なったばかりのデモノイドには、まだ人の心が残っていることがありますから。最も、その為には……瑠莉ちゃんが、強く人間に戻りたいと願うことが必要ですが」
     尚、葵が弔問客として訪れないようにしても、瑠莉が何時かデモノイド化する事態は避けられない様だ。
    「葵さんは、どうやら瑠莉さんに対して、何らかの償いをしたいと考えているようです。だから、どうしても瑠莉さんに会いに行ってしまう。……そういう事のようです」
    「皆さんが接触できるのは、彼女が覚醒した直後……葵さんが瑠莉ちゃんに殺害される直前です。まずは、葵さんや周囲の人々を避難させることを優先した方がいいでしょう」
     瑠莉の父親は、生前、かなり慕われており、その為、弔問客も多いらしい。
     弔問客を巻き込めば、瑠莉の心は人から離れてしまうだろう。
    「瑠莉ちゃんは父子家庭で父親との絆が強かった様ですので、生前の瑠莉ちゃんの父親が今の彼女の姿を見れば、悲しみます。人として生きることを願う筈です」
     恐らく、其れが瑠莉をデモノイド化から救うための、説得の鍵になるのではないか、と姫子は推測する。
    「また、どうやら生前の瑠莉ちゃんの父親は、葵さんのことを知っており、彼女を瑠莉ちゃんに紹介していた節があります。……もしかしたら、再婚とかを考えていたのかも知れません」
     更に葵さんが、普通の30代位の人より、少しふっくらしているのが気になります、と姫子は続けた。
    「……デモノイド化した瑠莉ちゃんは、デモノイドとしての技の他に、殺人鬼の技も使いこなせる様です。加えて断罪輪を具現化させて、葵さんを殺害しようと襲い掛かります」
     つまり、逃がし切れなければ、葵が襲われる可能性もある……何とか逃がすか、守るかしながら戦う様にするのが葵や弔問客達の為に最も安全かも知れません、と姫子が続けた。
     
    「願わくば、瑠莉ちゃんも、葵さんも、つつがなく救い出せます様に。……皆さんのご無事を心よりお祈り申し上げます」
     姫子の祈りの籠められた其れに、灼滅者達は頷いた。


    参加者
    一・真心(幻夢空間・d00690)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    夏渚・旱(無花果・d17596)
    ドラグノヴァ・ヴィントレス(クリスタライズノヴァ・d25430)
    祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835)
    吉弘・宗一(黒鵙・d28140)
    四辻・乃々葉(よくいる残念な子・d28154)

    ■リプレイ


     蜩の鳴く声が寂しく響き渡る夜。その葬儀場には多くの弔問客が訪れていた。
    「経路は確認してきたが、問題なかろう。……故人は本当に慕われていたのだな」
    「ありがとう、吉弘君。……そうだね。わたしもそう思う」
     吉弘・宗一(黒鵙・d28140) の報告に、四辻・乃々葉(よくいる残念な子・d28154) が頷く。弔問客の列は思ったよりも長く、故人がどれほど慕われていたのかがよく分かる。
     だからこそ、この人たちを瑠莉に手を掛けさせてはいけない、と心から思えた。もしそんなことになれば、彼の死が報われない。
     弔問客達の列の中に紛れ込んでいた 華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) と、御印・裏ツ花(望郷・d16914) も、想いは同じだった。
     彼女たちの目の前には、ゆったりとしたデザインの服に身を包んだ葵が並んでいる。
     宗一と別れ、葬儀屋に紛れていた乃々葉が、彼方此方に隠れるようにしている他の仲間たちにそれとなく合図を送った。
     弔問客に気を配っていた祀乃咲・緋月(夜闇を斬り咲く緋の月・d25835) と、一・真心(幻夢空間・d00690) が小さく頷き、目配せのみで、役割を確認する。
    「瑠莉ちゃん、その……」
    「葵さん……」
     哀しげな声で呟く葵。そして、葵を見つめる瑠莉。
     気まずい沈黙と緊迫した空気が流れ……光が弾けた。
    「死ね……! 死んで償え!」
     その瞬間、裏ツ花が葵を自分の方へと引き寄せて、後ろに控えていたドラグノヴァ・ヴィントレス(クリスタライズノヴァ・d25430) の方へと丁重に預け、紅緋が、深紅のオーラを纏った一撃を撃ち込んだ。
     怒りのままにその力を振るっていた瑠莉は、紙一重でその攻撃を避けながら反撃してくるが、それは割り込むように姿を現した夏渚・旱(無花果・d17596) が縛霊手で受け止めた。
    「殺人鬼としての本能ですね……。ですが、葵さんや、弔問客の皆さんには指一本触れさせません」
     後ろにいた叔父・叔母の悲鳴が上がり、弔問客に混乱が訪れた。
     その中で、ドラグノヴァの隣にいた葵だけは顔を青ざめさせながらも、瑠莉と灼滅者達を見つめている。
    「あの……貴方達は……」
    「瑠莉の友達ってところかしら。……瑠莉はまだ人間性に訴えれば元の姿に戻ることが出来るわ。手伝ってくれるなら、成功率は飛躍的に伸びるハズ。命の危険は伴うけど」
     突き放すようなドラグノヴァ。しかし、葵は彼女の言葉に強く頷いた。
    「……分かりました。それなら、私にも手伝わせてください。それが……私達を守ってくれた、あの人への償いになると思いますから」
     呟き、そっとお腹を撫でる葵。
     そんな彼女たちを押し潰すかの様な殺気が放たれるが、緋月が葵の前に出て真正面から受け止めた。
    「葵さん……やはり、貴女は瑠莉さんの弟妹を宿しているのですね……ならば、瑠莉さんには必ず戻って来て貰わなくては」
     放たれた殺気の一部が棘となり、避難中の弔問客達に向かう。それは、真心が、黎月と共に防御する。
    「御免、ニノマエちゃん、皆! もうちょっと時間掛かりそう! 其れまで……お願い!」
     宗一が混乱している弔問客を割込みヴォイスで誘導している中、乃々葉が、親とはぐれてしまった子供を背負いながらそう伝える。
    「……少し厄介ね。でも……必ず助けるから」
     けれども、もしもの時は……と内心で呟きながら、真心は戦場へと駆け出した。

    「邪魔を……するな!」
     怒りのままに瑠莉は手に持つ煌めく光輪を葵達のいる後列に向けて投げつける。
     高速で回転して全てを切り刻もうとするその刃に、葵を庇った旱が深く肩を切り裂かれながらもそれを弾いた。
    「瑠莉さん、どうか気付いて下さい。このままでは、貴方は、貴方のお父さんの気持ちだけでなく、葵さんの気持ちも無駄にしてしまうことになるのですよ」
     光輪が、まだ避難中の弔問客へと流れたが、緋月が刀で斬り伏せた。
    「アンタの父親が命をかけて守ったものをアンタが殺してどうすんのよ!」
    「煩い! アンタなんかに、私の気持ちが分かってたまるか!」
     露骨に怒りをあらわにしながら、上空から蹴りを叩きこむドラグノヴァ。瑠莉が、その蹴りを受け止めながら怒声を上げる。
     だが、一瞬動きが止まったその隙に、紅の人形で一撃を加える、紅緋。
    「瑠莉さん、あなたの相手は此処にいますよ! 幾らでも、私達にその気持ちをぶつけて来なさい!」
    「わたくし達はそう易々と壊れはしませんわ。おいでませ!」
     裏ツ花と紅緋の息の合った一撃は、強かに瑠莉を打ち据えたが、瑠莉は、怯む様子を見せるどころか、目に怒りの炎をちらつかせながら早九字を唱えた。
    「私の苦しみ、アンタ達も味わえ!」
     叫びと同時に九つの球体が瑠莉の周囲に浮かび上がり、我先にと、紅緋達に襲い掛かる。その一撃を真心が旱の代わりに受け止めた。
     弔問客達を守っていた緋月が、黎月を握りしめて小さく祈り、生まれ出でた風が仲間たちの傷を癒す。その脳裏に、闇堕ちして人を傷つけた過去が過ったのを振り払いながら、彼女は叫んだ。
    「……衝動に身を任せてはいけません! お父さんは、葵さんだけじゃない、貴方の未来の家族を守ったのですよ!」
    「! 違う!……あいつは動けないからって、お父さんを見殺しにしたんだ! 許せる……もんか!」
     緋月の叫びに動揺しながらも、瑠莉は振り切る様に走り、光り輝く輪で、葵を切り裂こうとする。
     だがそれは、カメラを遺して去って行ったユーリが誰かを庇って死ぬ幻影に苛まれながらも、真心が光の盾を生み出し受け止めた。
    「私はニノマエ。もしかしたら私も、瑠莉ちゃんと同じになっていたかも知れない。ある日を境に、私を助けてくれたユーリがいなくなったから。もしかしたら、誰かを守った結果なのかも知れない」
    「なら、どうして邪魔をするの!?」
     勢い込む瑠莉。だが、真心は、首から下げている二眼レフカメラにそっと触れながら続けた。
    「ユーリがそんな私を見たら悲しむと思う。それに……瑠莉ちゃんにはまだ守れる家族がいるから。……絶対にやらせない」
     言いながら膝をついた真心だったが、その傷とトラウマを、彼女を優しく包み込むように放たれたリングスラッシャーが癒していく。
     それは、無事に弔問客達の避難をすませた宗一だった。
    「瑠莉よ、ニノマエの言う様に、お前の父が今のお前の姿を望む様には思えない。泣くのは良い、思い返すのも良い。だが、もう大丈夫だよと送り出してはやれんか? ……お前はたとえ父がいなくとも、もう独りではないのだぞ?」
    「そうだよ、るりちゃん。お父さんはきっと、るりちゃんと葵さんが一緒に生きていく、幸せな未来を迎えて欲しいって思っているよ?」
     叔父や叔母、葬儀屋だけで後は大丈夫と判断した乃々葉が戦列に戻り、優しく、包み込むようにそう告げる。
    「うっ……くっ……!」
     その勢いが少しだけ減じる瑠莉。その彼女の様子を見ていた葵が、灼滅者達に背を押され、そっと呟いた。
    「瑠莉ちゃん……いいえ、瑠莉。……どうか、私達の所に戻って来て下さい。私達……家族の所に」
    「……!」
     動揺し、思わず後ろに下がる瑠莉。話を聞き、デモノイドから人に戻ろうとしているかのように。
    「これで終わり、かな……?」
     乃々葉がそう呟き、少しだけ肩の力を緩めたその瞬間……瑠莉の全身から、凄まじい力の奔流が放たれた。
    「わ……わぁぁぁぁ!?」
     それに当てられるように、蜩の鳴く声がけたたましく葬儀場に響き渡った。

    「! 何で……?!」
    「瑠莉……?!」
     乃々葉が唖然と呟き、葵が咄嗟に前に出ようとするが、それは、ドラグノヴァが止めた。
    「暴走ですか!?」
    「そうか、怒りの中に迷いが生じたことで……!」
     同じ寄生体を持つ、旱と宗一が気付き、灼滅者達に動揺が走る。
    「灼滅を……!」
     真心がそう呟き、再度武器を構え直そうとした時、瑠莉の声が響いた。
    「ヤ……ダ……!」
     瑠莉が涙を流しながら放つ光輪が出鱈目に周囲の葬儀道具を傷つける。
     加えて葵に光輪が襲い掛かるが、旱が深くその胸を切り裂かれながらも受け止めた。その傷は、深い。
    「……瑠莉さん……貴方、これ程までに怒りを……」
    「……旱ちゃん?!」
     乃々葉が気遣い、宗一がシールドリングで彼女を癒そうとするが、容易にそれは塞がらなかった。
    「瑠莉さん……貴方は帰りたくないのですか!? この怒りの全てを吐き出して! だから暴走しているのではないのですか?! 貴方が本当に望むのは何なのか答えて、瑠莉さん!」
     痛みに顔を顰めながらも怒気と悲哀の籠められた旱のそれに、瑠莉は、泣きながら首を横に振る。
    「……タス……ケテ……おかあ……さん……ミンナ……!」
    「!」
     呟かれた瑠莉の其れに葵が目を見張る。
     力の暴走に飲まれている瑠莉を救う為、誰よりも早く飛び出したのは、裏ツ花だった。
    「助けます、必ず。先ほども言ったでしょう? わたくし達は、そう易々と壊れたりしないと。貴方が、その怒りの全てをぶつけ……その後に家族と一緒に過ごしたいと言うのなら、最後までお付き合い致しますわ!」
     誓いを告げると同時に、変異させた腕で攻撃を仕掛ける裏ツ花。その一撃が強かに彼女の腹を打ち据え、瑠莉の口から、黒い液体が毀れる。
     それは……彼女の中の負の感情が、寄生体によって具現化したもの。その全てを吐き出させれば、きっと彼女は元に戻る。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します。貴方の中の、その怒りを!」
     紅緋の心を漆黒の帳が包み込む。その瞳が鋭く細められ、確実に次の一撃を定められるよう、注意深く相手を観察していた。
    「さあ、ショータイムだ」
     呟きながらまるで幻影であったかの様に姿を消す真心。
     次の瞬間、彼女は瑠莉の死角に姿を現し、深く抉るような一撃を見舞う。
     更に瞳を深紅に染めあげた乃々葉が、真心によって生み出された傷口をさらに深く抉った。
    「瑠莉ちゃんはもうすぐお姉ちゃんになるんだよね? だったら、そんな所にいちゃ駄目だよ。 わたし達と一緒に帰ろう、るりちゃん!」
    「うっ……うわぁ!」
     零れ落ちる涙を拭うことも出来ず、圧倒的な殺意で灼滅者達を抹殺しようとする、瑠莉。その涙は、彼らを傷つけている自分への責めなのだろうか。
    「させません!」
     旱が傷だらけの体をおして葵を庇おうとするのを緋月が守り、刀で其れを打ち払った。
    「いい加減にしなさいよ、瑠莉! アンタ、そんなことやればやるほど、父親にも、葵にも失礼だってわからないの!?」
     真心の影から飛び出しながら鋼糸を放ち、瑠莉の四肢を縛る、ドラグノヴァ。鮮血の中に黒い液体と共に周囲にばら撒かれ、瑠莉が、苦しげな声を上げる。
    「イタイ……イタイ……!」
    「その程度の痛みで苦しむなら、デモノイドなんてとっととやめちゃいなさい!」
     ドラグノヴァによって生み出されたその隙を、紅緋は逃がさなかった。一気に肉薄して緋色の刃を一閃させながら、励ます様に、諭す様に、瑠莉に声を掛ける。
    「大丈夫ですよ、瑠莉さん。貴方にはまだ帰る場所があります。もっと葵さんや、貴方の……生まれて来る家族のことを強く願って! そうすれば、その呪縛から、貴方は必ず解き放たれますから!」
    「くっ……ううっ!」
     その激励に更に激しく涙を流しながら、鋼糸を断ち切り、鬼神変で再度殴り掛かろうとしていた裏ツ花に、腕に融合させた光輪で切り掛かる瑠莉。
     鮮血を撒き散らして苦痛に顔を歪めながらも、裏ツ花は、腕を振りぬき、強かな一撃を与えながら力強く頷いた。
    「それでいいのです、瑠莉。そうやって、怒りを発散させれば……きっと、元に戻れます」
    「くっ……わぁぁ!」
     裏ツ花の其れに背を押される様に、瑠莉が本能のままに暴れ続けた。
     ……一進一退の攻防が、暫く続いた。
     瑠莉の負の感情は想像以上で、それに抗する灼滅者達の負傷と疲労も蓄積していた。
     特に重傷なのは、旱だった。
     意識こそ保っていたが、切り刻まれた胸からの出血が酷く、血の気のない表情のまま立ち尽くしていることしか出来なかった。
     治癒の力があまり効果を得られなくなり、宗一は回復の手を止め、戦場の推移を見守っていた。
     それは、最悪の場合に備えての構えだった。
     同じく疲労の極みに立っている筈の瑠莉が地面を蹴り、肉薄する。
     俊敏なその一撃は、葵を狙った攻撃だったが、長い戦いの中で消耗していた緋月と、黎月、真心の反応は一瞬遅れた。
    「ヤ……お……!」
    「瑠莉!」
     絶望しながら攻撃を仕掛ける瑠莉に呼びかけながらも、思わず胎児を庇う様にする葵だったが、彼女に光輪が突き立てられることはなかった。
     ――宗一が、身を挺して彼女を庇ったから。
     彼は、瑠莉に胸を激しく貫かれつつもその腕を掴み、じっと瑠莉を見つめた。
    「瑠莉よ、恐れるな。己が怒りも、その力も。一度抑えさえすれば、制御は出来る。……俺と同じ様にな」
     彼がその腕にある寄生体を見せた時、瑠莉の表情に動揺が走った。
     逃げる様に飛び離れる彼女だったが、同時に引き抜かれた刃に合わせて宗一が膝をつく。
     ……あと一息だけど……。
     最悪の決意を心に決めながら、真心が黒死斬を繰り出した。
     その一撃が、瑠莉の肩を深く切り裂き、追撃する様に、裏ツ花と紅緋、緋月、乃々葉が一斉に攻める。
     ――そう……葵と生れて来る弟妹と一緒に、生きて欲しいと言う願いを、力に籠めて。
     連撃が瑠莉を打ち据え、遂にぐらり、と瑠莉がよろける。其の瞬間を、ドラグノヴァは逃さなかった。
    「とっとと人に戻って、葵と、生まれて来るアンタの弟妹に謝りなさい……瑠莉!」
     仲間たちが切り開いた道を流星の如く駆け抜け、ドラグノヴァが蹴りを見舞った。
     それは、瑠莉を蹴り飛ばし……彼女は近くの壁に叩きつけられ、ズルズルと地面に蹲った。


     地面に蹲っていた瑠莉の元へと葵が駆け寄り、彼女をそっと抱き上げる。意識を取り戻し、人の姿へと戻った瑠莉が、泣きながら、葵にむしゃぶりつく。
    「お母さん……お母さん……御免なさい……私……!」
    「もう、大丈夫よ。貴方の事は私が必ず守るから。だから、貴女も私達を守ってね、瑠莉。……私達の大切な、家族」
     肩を貸し、支え合いながら灼滅者達は、2人の様子を見て微笑んだ。
     やり遂げた、という静かな満足に胸が満たされている。
    「ふ~。何とか無事に終わって良かったよ~」
     脱力しながら、その場にへたり込む乃々葉に笑いが弾ける。
     和やかな空気になった所で、緋月が瑠莉に手を差し出した。
    「瑠莉さん。私達の仲間になっていただけませんか? ……貴方の家族の生きる世界を守るために」
     涙を流しながらも瑠莉は頷き、緋月の手を掴んだ。

     ――……何時の間にか蜩たちの鳴き声が穏やかなものへと変わり、何かを祝福するかの様に、星が1つ流れ落ちた。

    作者:長野聖夜 重傷:夏渚・旱(無花果・d17596) 吉弘・宗一(黒飃シュライク・d28140) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
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