「道は常に無為にして、而も為さざる無し――老子は確かにそうも言ってはいます」
琵琶湖南西部に位置する滋賀県大津市。狭小な木造の平屋に住む老女の家を訪ねた頭巾を被った男が、玄関先で熱弁を振るっていた。
「はぁ……」
一方の老女は戸惑った表情で曖昧な相槌を返すばかりだった。生まれてからずっと大津に暮らし、敬虔な山王信仰の信者でもある彼女は、生憎老子には興味が無かった。
「ですが……ただ一人老いて無為に過ごす日々を、貴方はこれで良いとお思いですか?」
しかし、続いた男の言葉には老女も項垂れた。独身のまま古希を迎え、末路も恐らくは独りだろう彼女にとって、変化の無い毎日の繰り返しは、無意味なものとしか感じられなかったのだ。
「我々に力をお貸し願えませんか。貴方の力が、必要なのです」
必要とされている。その事実に、項垂れた老女が面を上げた、そのときだった。
「ちょっと待ちな!!」
割って入る声があった。老女と男が振り向いたその先には、笠を被った男が仁王立ちしていた。その笠から突き出た巨大な刃が陽光にぎらつく。
「老人の孤独に付け込んで配下にしようなんざ、放ってはおけねぇ。この粟田口怪人が成敗してやらぁ!」
頭部の刀を頭巾の男――慈眼衆へと突きつけて見得を切った怪人と、それに続いて土産物のペナントの頭部を持った怪人たちが後に続き、木造平屋へと突撃して行った。
●鬼と劒と
「琵琶湖の情勢が動くのが見えたよ!」
いよいよ関東も梅雨が明けて、本格的な夏が訪れる。けれど、それに全く堪えた様子も無く、天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が元気な声で切り出した。
琵琶湖。先頃より、安土城怪人と天海大僧正との勢力が睨み合い、戦の準備を行っていた場所である。
「琵琶湖を巡っての戦いは、慈眼衆に力を貸した人が多かったから、天海大僧正側が優勢になったみたい。それで、この状況を打開する為に、安土城怪人側は、新たな戦力を投入したの」
その名も、刀剣怪人軍団。彼らは琵琶湖の湖西地域――つまり、天海大僧正の勢力範囲で慈眼衆が戦力増強の為に一般人を強化一般人へ変えようとしている、そこを狙っているらしい。
慈眼衆と刀剣怪人との戦いが繰り広げられれば、一般人への被害が出る危険性は否めない。一般人に被害が出ないように、灼滅者たちも介入する必要があるだろう。
「琵琶湖の戦いを早く終わらせる為には、両方の勢力を相手取るんじゃなくて、どちらかに肩入れするのもありかもしれないね」
先頃の戦いで、多くの灼滅者が慈眼衆へと力を貸したように、どちらかの勢力と協力する事で、互いに対岸を睨み合うダークネス同士の戦いに早く終止符を打てるようになるかもしれないのだ。
「どちらに肩入れするか、或いは両方を相手取るか……どれが正解なのかは、わたしにも分からない」
ごめんね、と言いながら、移動型血液採取寝台『仁左衛門』の冷蔵庫からサイダーのペットボトルを取り出す。
「だから、判断はみんなに任せるね。みんなの判断なら、きっと大丈夫だって思ってるから」
サイダーを一口飲んでから、カノンがその表情を引き締める。朗らかで軽い調子の声ではあるが、それも灼滅者たちを信頼しているからこそだ。
「独り暮らしのお婆ちゃんを強化一般人にしようと慈眼衆が訪れたところに、刀剣怪人が仕掛けて来るの」
その名も粟田口怪人。頭部の刀、そしてご当地怪人としての能力を操り、更には配下として2体のペナント怪人を従えている。
一方の慈眼衆は1体。戦力としては、数で勝る分刀剣怪人側が有利だろう。だがこれも、灼滅者たちの介入次第ではどちらが勝利してもおかしくは無い。全ては、灼滅者たちの選択次第ということになる。
「ただダークネス同士が戦うだけでも厄介だけど、一般人を利用して、なんて絶対放ってはおけないよね。大変な戦いになるかもしれないけど……みんななら絶対に良い形で戦いを終わらせられると思うの」
だから気をつけて行って来てね! とカノンは、『仁左衛門』の上で寛ぎながら、心配はしていないと満面の笑みを浮かべて灼滅者たちを見送った。
参加者 | |
---|---|
百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286) |
狩野・翡翠(翠の一撃・d03021) |
刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445) |
護宮・サクラコ(猟虎丫天使・d08128) |
月居・巴(ムーンチャイルド・d17082) |
客人・塞(荒覇吐・d20320) |
儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120) |
九形・皆無(僧侶系高校生・d25213) |
●
「功遂げ身退くは天の道なり……と言いますが、我々は、ご尊老を厄介者のように扱うつもりなどございません。長きを生きて来た、貴方がたのお知恵やお力こそ、我々が求めているもの」
一人暮らしの老婆を訪ねた頭巾の男が、玄関で熱弁を振るっていた。必要なのだ、と熱く語られたのは果たして何十年ぶりの事だっただろう。
「まぁ……こんなところで立ち話も何ですから、中でゆっくり、お話を聞かせて下さいな」
次第に老婆の表情がうっとりとしたそれに変わってゆき、男への警戒も解け、家の中へと招き入れようとした――そのときだった。
「お取込み中失礼いたします。武蔵坂学園でいす!」
溌剌とした少女の声がそれを遮った。振り返る頭巾の男、そして声のした方向を見つめる老婆と、護宮・サクラコ(猟虎丫天使・d08128)の視線がぶつかる。
「武蔵坂学園……何の御用でしょう?」
老婆の手前か、或いは琵琶湖を巡る戦いで灼滅者の多くが慈眼衆に味方した事からの敬意か、丁寧な口調を維持したまま、男――慈眼衆の一人が尋ねる。
「一般の方を戦いに巻き込まないで欲しいです」
狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)が新緑の瞳に憂いを湛えて、じっと慈眼衆を見つめる。
「おばあちゃん、その人について行ったらダメです。あなたがあなたじゃなくなります」
サウンドシャッターで周囲に音が漏れるのを遮断しつつ、儀冶府・蘭(ラディカルガーリーマジシャン・d25120)が老婆へと尋ねる。
「わ、私が私じゃなくなる……?」
状況を理解できる筈も無く、困惑したように老婆がぱちぱちと瞬きし、白髪混じりの睫毛を揺らす。
「それは困りますね。来るべき大戦に備え、我々も手をこまねいてはいられません」
ふう、と慈眼衆が溜息を吐く。しかし、頭巾の下から覗く視線は明らかに灼滅者たちを警戒し、老婆との間を遮るような立ち位置を確保している。
「確かに、先般貴方がたの多くは、我々慈眼衆にお力添え頂いたと聞いています。ですが、勝利を確実にする為には、更なる戦力の増強が必要なのですよ」
「って言ってもね。一般人を強化することは学園としてみすみす見逃せないねえ」
困ったね、とでも言いたげに月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)が肩を竦めてみせる。大仰な仕草は道化師のよう。けして外すことの無い仮面の奥から銀月の瞳で慈眼衆を見据えるが、慈眼衆が灼滅者たちの言葉に返す態度に変化は見られない。
「一度助力した以上は協力するのが筋だが、私達にも譲れぬものがある。戦力補強をしたいなら私達と共闘せぬか」
「――それは、武蔵坂学園の総意ですか? それとも、貴方たち個人の考えですか?」
刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)の提案に、慈眼衆の声音に険しい色が混ざる。
「天海大僧正は既に共闘を武蔵坂学園へと提案している。それに対しての、学園の答えは未だ無いでしょう」
それを言われると苦しいのは灼滅者たちの方だった。慈眼衆の言葉は、『個人の灼滅者の協力だけでは受け入れられない』と告げている。だが、天海大僧正と慈眼衆へと全面的に協力するか、それは学園の方針として定まってはいないのだ
「……」
その間、九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)は怒りを押し殺して沈黙に徹していた。仏敵、仏罰。そんな言葉を用いて人を脅し、人ならざる道へといざなうなど、寺に生まれ、かつては自身も僧侶となるべく育てられてきた身としては許せる筈も無かった。けれどここは交渉の場だ。個人の怒りでそれをぶち壊したくは無い。
「今すぐ学園が協力すると確約出来ないのであれば、この交渉は決裂です」
だが、そんな皆無の努力も空しく、にべもなく慈眼衆は灼滅者たちの提案を一蹴し、剃刀を握るその手を老婆へと伸ばす。
「おばあちゃん、ごめんねっ!」
百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)がふわりと風を起こすと、亜麻色の髪が柔らかく揺れる。風を浴びた老婆がふらりと玄関先のたたきの壁に凭れるように倒れ込み、慈眼衆の手が虚空を掻いた。慈眼衆が老婆の前に立ちはだかっていた以上、老婆の強化一般人化を取り急ぎ防ぐには他に術は無い。
「あくまで邪魔をするなら……容赦はせん!」
慈眼衆が頭巾を外し、投げ捨てる。いきり立つ鋭い漆黒の角は、まるで灼滅者たちへの敵意の表れのよう。
「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
交渉が決裂した落胆は胸の音にしまい込み、翡翠が解除コードを唱えると、他の灼滅者たちもそれに続いた。
●
「何のつもりだ、灼滅者……っ!」
口元を不快そうに歪ませる慈眼衆の身体には傷一つ無い。それもその筈、灼滅者たちは慈眼衆へと一切攻撃をせず、回復を施すか或いは一切動かない、防戦する一方だ。
「敵対の意思はない。ただ、強化された一般人が戦争に投入されるのが看過できなくてな」
巨大な鬼の手を、客人・塞(荒覇吐・d20320)が聖剣で受け止めた。鋭い爪と刃が、がちがちと音を立てる。
「今日のところは黙って帰ってもらうことはできないだろうか」
これまで、慈眼衆たちと築き上げた幾ばくかの信頼。それを壊したくは無かった。塞の提案に、慈眼衆がハッと短く息を吐く。そこに含まれる色は安堵であったか、嘲りであったか。
「フン。貴様らと戦う必要も無い。貴様らの邪魔のされぬところで、戦力増強を図るとしよう」
吐き捨てて慈眼衆が踵を返し――眠る老婆を抱え上げた。
「あ……っ!」
声を上げたのは誰だっただろう。老婆を抱え、慈眼衆は家の中へと駆けてゆく。一拍を置いて、ガシャンと窓ガラスが破られる音が奥から聴こえて来た。玄関側は灼滅者たちに塞がれている為、窓を割り、そこから慈眼衆は逃走を図ったのだ。
窓が割られた事で風通しが良くなったのだろう、窓から吹き込んだ風が灼滅者たちの汗を乾かす。
この場での強化一般人化こそ阻止したものの、説得以外の術で老婆を救う明確な手段を持ち得ず、そして慈眼衆へと手を出さない事を選択した事で、慈眼衆の動きへの対応が僅かに遅れてしまった。この後老婆がどうなるかは、想像に難くない。
「……ここが怪しいなぁ? 慈眼衆よ、その企み、俺が阻止してやるぜぇ!」
立ち込める沈黙を切り裂いたのは、いっそ小気味良く感じられる程軽快な声だった。
灼滅者たちの背後、老婆宅の塀の外からぬっと、怪人たちが現れる。
「あれっ」
「邪魔でいす。粟田口怪人とやら、灼滅ですねい」
サクラコが『六根清浄』をしゃらりと揺らして、その先端を突きつける。無論、戦意は他の灼滅者たちも同様だ。慈眼衆は既にいないのだ。予期されていた怪人たちの襲来に驚く振りをしてやる必要も無い。
僧服に編笠という出で立ちの皆無の髪と肌の色がまるで逆転したかのように、その皮膚は黒く、その髪は白く染まる。異形へと変じ、或いは武器を構える灼滅者に、騒ぎ出すのはペナント怪人たちだ。
「やぶからぼうに何だペナ!」
「いいから慈眼衆を出すペナ!!」
いきなりの宣戦布告に訳が分からないのだろうペナント怪人たちを片手で制して、刀剣怪人が笠の下でニヤリと笑んだ。
「何だか良く分からねぇが、俺の名前を知って挑んで来るたぁ、いい度胸だ」
戦意が高揚したらしい怪人へと、翡翠が『珊瑚晴嵐』を突きつけた。
「私の斬艦刀と貴方の刃、比べませんか?」
「へぇ、そりゃ楽しそうだ」
慈眼衆を探して来た刀剣怪人だが、売られた喧嘩を買わない訳でも無いらしい。横のペナント怪人たちは、「え、それより慈眼衆は?」と恐る恐る粟田口怪人へ尋ねるも、粟田口怪人は聞く耳も持たない。
「この粟田口怪人の刃、味わわせてやるぜ!」
ギラリ。頭部の刀が、怪人の闘志に応じるかのように、陽光に煌めいた。
●
「いっくよー! 莉奈の魔力、たっぷり召し上がれ♪」
真っ先に動いたのは莉奈だ。粟田口怪人の前に立ちはだかり、『星の囀り』で粟田口怪人を殴りつけ、そこから魔力を流し込む。その威力たるや、囀りなんて可愛らしいものでは無い。
「いってぇな! だが、この粟田口怪人様はこれしきの攻撃じゃ折れないぜ!!」
粟田口怪人がその傷を即座に癒し、絶対不敗の暗示を自らにかけ、自身の膂力を増強させる。
「いざ、推して参る!」
名匠の名を冠した怪人との手合わせに、刃兵衛の心も弾む。だが、それでも最優先で撃破すべきはペナント怪人だ。死角からペナント怪人をその刀で切りつける。
「さて。……遊ぼう、僕と」
仮面越しに楽しげに告げて巴が激しくギターを掻き鳴らし、ペナント怪人たちを揺さぶった。
「九形くん、今すぐ回復します!」
慈眼衆からの攻撃で受けた傷もある程度は残っている。こちらも体勢を立て直さんと、蘭が縛霊手の祭壇を展開させた。指先に集まる霊力を皆無へと向け、その痛みを和らげる。
「儀冶府さん、ありがとうございます」
白髪黒肌の羅刹へと姿を変えても常の彼と変わらず穏やかに礼を述べて、皆無が前衛へとシールドを展開し、守りを固める。
「行くでいす!」
勢い良く地面を蹴って、サクラコがペナント怪人の懐に潜り込む。『二重螺旋』がその名の通り螺旋の如くうねりながら、ペナントの端を貫いた。
「きゃー! 俺のペナントがああ!!」
「良くも兄貴のペナントに傷をつけたペナぁ!!」
もう一体のペナント怪人が、片割れの敵を取るかのように怒りながら、非物質化された剣を振り回す。
(「最低限、怪人は撃破する……!」)
塞がマテリアルロッドでペナント怪人を打ち据える。慈眼衆との交渉が失敗したなら、せめて怪人側の戦力を落としておきたい。
「良くもっ!! 琵琶湖ダイナミーック!! ペナっ」
ペナント怪人が刃兵衛の身体を掴み、地面へと叩きつける。息が詰まるような衝撃ではあったものの、戦い慣れしている少女はその痛みを面には出さない。
どうにも緊張感を削がれる口調のペナント怪人ではあるが、粟田口怪人とは比較にならないものの、強敵である事に相違ない。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
仮面の殺人鬼――巴の挑発に、喚きながらペナント怪人が刃を振り下ろした。聖剣の一撃を食らおうとも、仮面の表情は当然の如く揺るがない。
続く粟田口怪人の攻撃を、癒し手である蘭を庇って辛うじて受け止め、莉奈がオーラを集めて自らの傷を癒す。
「大丈夫? 莉奈が護るよ、攻撃の方お願いねっ」
「ありがとうでいす!」
その言葉に背を押される心地でサクラコが鬼の手でペナント怪人を打ち据え、攻撃に回る余裕が一瞬生じた蘭がペナント怪人2体を纏めて凍らせる。それで1体が倒れた。
もう1体のペナント怪人へと翡翠が大刀を振り下ろす。珊瑚の如き文様が刻まれた巨大な刃が、ペナントを断つ。
「ぎゃああっ!」
ペナントの一部が斬り落とされて悲鳴を上げた怪人を刃兵衛の刀が切り裂き、怪人の背後へと回り込んだ巴が怪人の衣装をも切り刻む。
体勢を崩してたたらを踏む怪人を、皆無が手甲の盾で殴りつけると、どうっと音を立ててペナント怪人が倒れ込み、動かなくなった。
「やるじゃねぇか、灼滅者!」
それでも、この戦いをどこか楽しむかのように粟田口怪人はその刃を振るう。
●
ペナント怪人が倒れた事で、漸く少しずつ形勢が滅者側へと傾いて来た。粟田口怪人は配下を失ってしまえば、傷を癒すには攻撃の手を緩めなくてはならず、結果、灼滅者側にも体勢を立て直す余裕が出来て来る。
「貴方達は……刀狩りで集められた刀ですか?」
問いかける余裕もやっと生まれた。大刀を突き付けながら、翡翠が問うたが――。
「アァ?」
それは、怪人を怒らせるには十分な言葉であった。
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 他所から持ってきた刀なんて言われるのは不本意だぜ!!」
怒りを露わにした粟田口怪人の刀が、前衛をまとめて薙ぎ払う。
「無理しないでください!」
蘭が巻き起こした清浄な風が、前衛たちの傷を癒し、痛みと、乱された心を鎮めてくれる。
「すまない、助かる!」
礼を言い、塞が聖剣を振り下ろした。白光を纏う刃が粟田口怪人の頭部の刀をぶつかり合う。がりがりと耳障りな金属音を立てながらそれを押し切り、怪人の胴を袈裟斬りする。
「くそ……っ!」
膝が笑った粟田口怪人へと、サクラコが詰め寄り、オーラを纏う拳の連打を浴びせ掛ける。
「如何なる名刀であろうと、我が刃にて断ち斬らせてもらう!」
毀れた刃で止められる筈が無い。刃兵衛の『風桜』が風を斬り、横薙ぎに粟田口怪人の胴部を一閃する。
まともに食らった怪人の攻撃による痛みを堪えながら、翡翠が大刀を握り直し振り下ろす。その強大な一撃は粟田口怪人の刀にがりと刃毀れを作った。
「くそっ、この粟田口怪人が、灼滅者なんぞに……っ」
刃は鈍れど闘志は鈍らない。灼滅者たちの攻撃にボロボロになった頭部の刀を、こちらへと突きつけようとするものの、その体はもう殆ど動かない。
「―――おやすみ」
巴が爪弾くギターは、子守唄にもならない激しい演奏だ。誘うのは安らかな一時の眠りでは無く、永久の眠り。
「グッ……!」
粟田口怪人が膝をつく。
「我、折れようとも、名刀は不滅……なりっ!!」
もはや意味不明な言葉を残して。音波に翻弄された粟田口怪人の頭部の刀が、全身が、バキンと砕け散ってゆき、そのまま消えていった。
跡形も無く怪人たちが消えたその場所を見下ろして、塞が溜息をついた。
「厄介なことになったな……」
複雑な情勢中のこと、思い通りになることばかりではない。だが、慈眼衆とこうして交渉が決裂した事が、これからどう響いて来るだろうか。
(「戦わずに済めば……」)
そう蘭は思うけれども、慈眼衆との協力関係を取り戻し、強める事は、この情勢ではけして簡単では無いだろう。
「これ以上、一般人の被害が増える事が起きないように、これからも頑張ろうね!」
重くなりかけた場を明るくしたのは、莉奈の言葉だった。
事実、交渉が決裂しようとも、灼滅者は『一般人を巻き込む事は許さない』という方針を変えなかった。矜持を曲げずに済んだ事。苦い結果ではあっても、矜持を曲げなかった事は――今後戦う為の原動力になる筈だ。
「そうですね。……絶対に、これ以上の被害は出させません」
絶対に。心中で皆無は繰り返す。脳裏を過る凄惨な過去、そして慈眼衆の卑劣なやり方に今も燻ぶる怒りの炎を抑えて、穏やかな表情で彼は仲間たちへと笑みを向ける。
「そうでいす。一般人を守るのは武蔵坂学園の役目。曲げません!」
ぐっと拳を作ったサクラコの灰の瞳に強い意志の光が宿る。
(「安土城怪人……その正体は……?」)
思案しながら翡翠が僅かに眉を寄せた。自分の想像が果たして正しいか否か、それはまだ分からない。
琵琶湖を挟み睨み合う天海大僧正率いる慈眼衆と安土城怪人率いるペナント怪人、刀剣怪人の戦いは――まだ始まったばかりだ。戦いの行方は、まだ誰も知らない。
作者:瑞生 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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