至高のスパイス、それは恐怖

    作者:飛翔優

    ●追跡者・グスト
     男は追う。
     夜闇の中、一人歩いている女性の後を。
     足音を立てながら、されど決して近づくことはなく。かと言って遠ざかることもなく。
     女性が歩調を早めれば、男も合わせ早足に。
     女性が歩調を緩めれば、男も合わせ遅足に。
     振り向いたならば笑顔を見せた。彫りの深い外国人風の容貌を持つ壮年男が、口元を持ち上げるだけの歪な笑みだ。
    「っ!」
     唇を噛み締め、女性は走りだす。
     男は即座に跳躍。
     女性の進路を塞ぐ形で、着地。
    「ひっ」
    「ダメじゃないか、そんなふうに逃げちゃ。ねぇ……おねぇさん……!」
     満面の笑みを浮かべた上で手を伸ばし、女性の首を締め始め……。
     ……音が鳴る。ポキリと、一つ。
     恐怖に引きつり果てた女性を投げ捨てて、男は闇の中へと消えていく。
     名を、グスト。首輪を付けられし、解き放たれた奴隷化ヴァンパイアの一人……。
     
    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、表情を引き締め口を開いた。
    「新潟ロシア村の戦いの後、行方不明になったロシアンタイガーを捜索しようとヴァンパイアたちが動き出したらしい……そんな事件、今までにもいくつか起きていたことをご存知でしょうか?」
     強大な力を持つヴァンパイアは、その多くが活動を制限されている。が、今回創作に出てくるのは、爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われたヴァンパイア達。
     彼らは奴隷から開放される事と引き換えに、単独での捜索を請け負ったらしい。が、長いこと奴隷とされていた鬱憤から、捜索よりも自らの楽しみを優先しているらしい。
     つまり、一般人を虐げ、殺し、苦しめて快楽を得ようとしているのだ。
    「彼らはある程度満足すれば、ロシアンタイガーの捜索を開始するために事件を起こすのをやめるでしょう。しかし、それを待っていることなどできません」
     奴隷化ヴァンパイアの蛮行を阻止する。それが、このたびの依頼となる。
    「それでは、具体的な説明に移りましょう」
     今回相手取るヴァンパイアの名は、グスト。堀の深い外国人風の要望を持つ壮年男。 
     性格は幼稚、かつ残忍。相手に恐怖を与えた上で殺すことを至上の喜びとしている性質を持つ。その手段として、夜な夜な一人で歩いている人間の下へ赴いては後をつけ、恐怖を与えていく。最高潮に達したと判断した段階で絞殺する……と言った活動を行っている。
    「当日の夜零時もこの駅から住宅街へと向かう裏通りで、一人の女性を追跡……ストーキングしています。ただし、女性の側に他者がいた場合は即座に諦めるといった判断力もあるため、女性をストーキングするグストの背後から近づいていく必要があるでしょう」
     射程圏内に収めた後は、先制攻撃を仕掛けるなどすれば良い。
     肝心の戦力はグストのみ。能力を抑制されているためか、力量は灼滅者八人分程度。
     耐久力に自身があり、持久戦を仕掛けながら一定範囲内に存在する相手の背後に恐怖の影を作り出す、恐怖を与える音色を響かせることにより一定範囲内の動きを止める、影の力で一瞬だけ相手の動きを止めた隙に首を絞める威力の高い技……といったものを仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図など必要な物を手渡し、葉月は続けていく。
    「状況は予断を許しません。しかし、皆さんならきっと灼滅することができる……そう、信じてます」
     ですので、と締めくくりに移行した。
    「どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    華鳴・香名(エンプティパペット・d03588)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    御門・心(金魚姫・d13160)
    渡来・桃夜(道化モノ・d17562)
    弓束・小兎(兎起鶻落・d25316)

    ■リプレイ

    ●stalker of Vampire
     電灯を頼りに道を歩く。電車が行き交う音から遠ざかり人の住処へと向かっていく。
     慣れた足取りで帰路を辿っている女性を、同じ速度で追う男が一人。灼滅者たちは男を奴隷化ヴァンパイア、グストだと断定し、更にその後ろから後をつけていく。
     電柱の陰に身を隠しながら、ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)は指先を震わせていた。風に運ばれてきた葉が地面を壁をこする音、石を蹴る音が聞こえるたびに、肩を強くびくつかせていく。
     仕掛けるまでは、怖いことは堪忍して欲しい。鼓動を跳ねさせ続けた彼女の願いは、果たして叶ったのだろうか?
     灼滅者たちは女性が、そして男が曲がり角の向こう側へと消えた時、一気に距離を詰めた。
     塀の影から女性とグストを確認した後、無言のまま頷き合う。
     呼吸を重ね、渡来・桃夜(道化モノ・d17562)が飛び出した。
     グストの後頭部めがけ、魔力を込めた杖をフルスイング!
    「がっ」
    「こっちこっち!」
     爆発させた魔力の余波にのり、異変を感じたか歩を早めていく女性と立ち止まったグストの間に割り込んだ。
    「通せんぼ、だよ♪」
     軽い調子で告げながら、左肩に巻きつけたライトでグストの顔を照らしていく。堀の深い外国人風の男が、不機嫌そうに唇を尖らせていた。
    「おやぁ、もしかして邪魔者かぁい?」
    「ふふっ、奴隷だかなんだか知らないけど、イケナイことしたんだから、容赦してあげないよ♪」
    「アンタを灼滅しに来たんだよ、覚悟しな♪」
     同様に回り込んだ弓束・小兎(兎起鶻落・d25316)も不敵な笑みを浮かべながら、音を遮断する力を放っていく。
     一方、グストは残る灼滅者たちにも気づいたか、静かに眉を潜めていく。
    「へぇ……なるほどなるほどぉ。それじゃ、邪魔者は排除しないとねぇ!」
     ニヤリと歯を見せ、影を分裂させて近づく灼滅者たちへと送り込んだ。
     小兎は影を伸ばし跳ね除けて、肩越しに女性の姿を確認する。
     電信柱二つ分ほど向こう側で、女性が振り向いていた。
    「早く逃げて!」
    「今のうちに、早く……!」
     グストの背後に立つ神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)も女性に警告し、脳天めがけて魔力の弾丸をぶっ放した。
     影に弾かれていく様を横目にしつつ、グスト正面に回り込んだ御門・心(金魚姫・d13160)は殺気を解き放つ。
    「逃げて、この人は私達が何とかします」
     殺気に煽られた事も重なってか、女性は前を向き一目散に逃げ出した。
     安堵の息を吐きながら、華鳴・香名(エンプティパペット・d03588)は背中めがけて氷の塊を発射する。
    「これで、当座の安心は確保出来ましたね。それでは……てめぇをぶっ倒すとしようか!」
    「あれ? 僕に勝てると思っているの? 脆弱な灼滅者ふぜいがさぁ!」
     氷は影に切り裂かれ、煌きを残しながら霧散。浴びるグストは片手を握り、まっすぐ香名を指さした。
    「っ!」
     香名が動きを止めていく。
     即座にグストが駆けだした。
     蒼がグストの進路を阻んでいく光景を眺めながら、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)はハートのスートを浮かべていく。
    「それじゃあ、はじめましょう……グストさん……!」
     輝く月が見守る中、煌めく星々が眺める中……悪行を重ねるヴァンパイアの灼滅を……。

    ●恐怖に傾注せしヴァンパイア
     穂先が示す虚空で氷の塊を精製しながら、香名は言い放つ。
    「だぁ~めじゃないかぁ、オッサ~ン? 今の世の中、そんな風に女の子に声かけちゃ事案でブタ箱まっしぐらだぜぇ?」
     反論は許さぬと撃ち出して、影に刃に対応していたグストの背中へとぶち当てた。
     氷結していく様を横目にしつつ、さらなる言葉を紡いでいく。
    「ヘイヘイどうしたんですかぁ~? 持久力高ぇだけの野郎はモテませんよー?」
    「……ははっ!」
     グストは心、蒼を跳ね除けて、香名へと視線を向けた。
    「確かにそうかもしれないねぇ。でも、僕は気長で身持ちが固くて図太いよぉ!」
    「貴方も奴隷だったそうですね」
     走りだそうとしたグストの背に、アリスが穏やかなく長で語りかけた。
    「……」
     眉根を寄せ振り向いてきたグストに対し、アリスは金色の巨大な鍵を突きつけながら続けていく。
    「今迄虐げられて、辛い思いもされてきたでしょうに」
     先端には影色の弾丸を。
     視線には哀れみを。
    「私のお側付きのメイドさんも……淫魔の奴隷でした。でも、だからといって。貴方のように弱い方を虐げようとは決してせず、未熟な私をいつも護って下さいます……それに比べたら貴方は弱いです。弱い貴方の与える恐怖なんて、たかが知れてます」
     冷たく言い切るとともに影色の弾丸をぶっ放し、瞳を細めるグストの肩へと撃ちこんでいく。
     拳が、糸が重なった後、グストは笑い出した。
    「ははっ、なるほどなるほどぉ……うんうん、わかる、わかるよ君たちの言いたいこと。でも、世の中そう簡単じゃない、簡単じゃないんだよ……ねぇ、だから味わってみなよ。僕の恐怖っ」
    「うるさい黙れ」
     半ばにて、小兎がグストの凍てつく背中に盾をぶち当てた。
     砕けし破片がグストの腕に埋め込まれていくのを眺めつつ、アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)は槍を螺旋状に回転させながら口を開く。
    「……奴隷にお似合いの趣向と言った所か」
     一言目は、所業に対する感想を。
    「しかし、杜撰な遣り口だね。そんな程度で本当の恐怖が与えられるとでも?」
     二言目には評価を行い、視線を己へと向けさせた上で地面を蹴った。
     盾代わりに掲げられた影を突き破らん勢いで、回転刺突を仕掛けていく。
     力を、体重を載せた刺突は、影を突き破りグストの左肩へと到達。上部を刳り、深い傷跡を刻んでいく。
     アイナーはグストがのけぞっているうちに着地して、向こう側へと駆け抜けた。
     卑劣で下衆な所業を重ねていたグスト。決して許すわけにはいかないのだから……。

     挑発が、グストから正常な思考を奪い去ったのだろう。驚くほど、灼滅者たちに降り注ぐ攻撃は単調。狙いもわかりやすく、蒼は守り役を担う仲間と共にそれ以外を担う仲間たちを庇うことができていた。
     今もそう。アリスへと放たれた力を受け止めて、身構えたまま静止する。
    「く……」
    「ふふふ……」
     瞬く間に距離を詰めてきたグストが、首に手を伸ばしてきた。身を捩るも逃れられず、強い力でしめられた。
    「……っ」
     瞳の端に涙を浮かべながら、唇を噛み声は上げないよう努めていく。同時に腕を肥大化させ、呪縛を跳ね除けると共に押しのけた。
    「っ、ケホっケホっ……はぁはぁ……」
    「ちっ」
     舌打ちするゲストの体を、アイナーの放つ影が包み込む。
    「そろそろ恐怖を味わう側になるのも、良いと思わないか」
    「きっと、恐怖にはそんなに強くないんでしょうね」
     心は一歩踏み込んで、影の中にいるグストに一発、二発と拳を連打。最後の一発が顎を捉えた時、影は風船が破裂するかのように砕け散った。
    「っ……この、お前らぁ!!」
    「っと、やらせはしないよ!」
     アイナーへと放たれた影を、桃夜がオーラを流しこんで跳ね除ける。杖でグストを指し示し、影の弾丸を放っていく。
     一方、ベルタは風に力ある文字を乗せ仲間を癒やした。
     ついでとばかりにグストへと向き直り、ほほ笑みを浮かべていく。
    「恐怖を与えるんがそんなに好きやったら、自分でも味わってみるといいんよ。いらでことしてしもうたと後悔するとええで」
     返答はない。
     ただただ、グストは周囲を憎々しげに睨みつけるだけ。すでに、開幕時の余裕は伺えない。
    「……はっ」
     ベルタは鼻で笑い、改めて仲間たちの状態を確認する。
     最も傷ついた仲間が一人いるならば、優しい光を。
     それ以外ならば清らかなる風を送り、万全の状態を維持していく。それこそが、己に課せられた役目なのだから……。

    ●恐怖をあなたに
     灼滅者たちは順調に攻撃を重ね、反撃も受け止めていた。結果、大きな危機を迎えることなく、膝をつかせることに成功する。
     ベルタは口の端を持ち上げた。
     言葉を力を風に載せた。
    「ジワジワと逃げられない恐怖、たっぷり味わいや」
    「くっ……お前たち、よくも、よくも!」
    「……」
     地団駄を踏みながら奏でられる耳障りな音色を聞き流し、アイナーは再び影を放つ。
     グストを飲み込んだ直後、小兎もまた縄状に変えた影を発射する。
    「さあさあグスト、覚悟を決めな! もう、逃げ場はないよ!」
    「ウオォォォォォ!!」
     手足を縛り付け、地団駄すら踏めない状態へと陥らせる。
     己を包む影だけは打ち破り、形で息をし始めた。
    「……」
     心は冷たい瞳で見つめていく。赤き糸を縦横無尽に振り回しながら、口の端を持ち上げ告げていく。
    「せっかく私ら一人一人よりは強いのに、やってることがだっさいんですよね」
     手首を返す度、グストの腕を足を切り裂いた。
     腕を振るう度、糸を深く、深く食い込ませた。
    「どうでもいい話ですが、女の尻追っかけ回す男より、他人より前に出て、大きな背中を見せる男性のが私は数百倍かっこいいと思いますね」
     言葉を終えると共に糸を握り、グストの体中に食い込ませたまま引き締めた。
     小さな悲鳴を聴きながら、エアシューズをこすり炎熱させている香名が問いかけていく。
    「どう? 死にそうになって怖い? 怖くなっちゃった? 良かったねぇ~、テメェその味が大好きなんだろ?」
     返答も待たずに、炎熱した足を振り上げた。
    「じっくり味わって噛み締めながらイッちまいなぁッ!!」
     思いっきり蹴りあげて、星空へと届かん勢いで浮かばせる。
     動けぬグストは受け身も取れず、炎に包まれたまま墜落した。
    「かはっ」
     空気の塊を吐いた時、グストを蝕む炎が、氷が、巻き付いていた影ですらも消え失せる。
     姿すらも薄れ始め、気配が小さくなっていく。
    「はは……ははは……ここで終わり、かぁ。もっと……楽しみたかったなぁ……」
     言葉を紡ぎ終えた後、月へと立ち上る闇に変貌。風に運ばれるようにして、この世界から消滅した。

     傷を癒やすなど、後処理を行った灼滅者たち。アリスがグストの消えた場所を静かに眺め、静かに瞳を細めていく。
    「奴隷の方の動きも日に活発になりますね……ボスコウさんは、一体どこに……?」
    「ほんと、余計な奴らを開放しちゃったもんだから……ね」
     桃夜は肩をすくめながら、広がる夜空を仰ぎ見る。
     同様に蒼も空を見上げ、紡いでいく。
    「……ロシアンタイガーは、何か、ヴァンパイアにとって、優位な何かを、持っている、のでしょうか……」
     疑問は、風に運ばれ消え失せた。
     変わらず世界を見守ってれている……瞬く星々に輝く月、優しく広がる夜空へと……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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