臨海学校2014~波間に眠れ、求道者

    作者:佐伯都

     西の空を赤く染め、陽が沈んでいく。海岸から一段高くなっている場所にたどりつき、何気なく波打ち際を見下ろした。
     見えたのは、数人の人影が見え隠れするテント。これから食事のための火か炭でも熾しているのか、うちわで忙しく風を送り、賑やかに食材をあれこれ用意する声が聞こえてきた。
     最後の席をかけた死闘などどこ吹く風といった風情で夏の海を満喫する、その様子。
     なるほど武神大戦天覧儀の最後の争いなど、二の次ということか。面白い。
    「どこの誰かは知らんが、随分と舐めた真似をしてくれる」
     風になびく長い黒髪。
     斜陽に端正な印象のある半面を赤く染めた女が、黄銅色のナックルをはめた手で髪をローテールにまとめた。
     
    ●臨海学校2014~波間に眠れ、求道者
     いつものルーズリーフを教卓に広げた成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が、急遽、北海道は興部町(おこっぺちょう)の海岸にて臨海学校を行う事になったことを切り出した。
    「急な話なのに北海道とか、ちょっと申し訳ないんだけどね。皆には興部町の沙留(さるる)海水浴場で、そこにやって来るアンブレイカブルを迎え撃って欲しい」
     海岸でアンブレイカブル、とくれば勘の良い者は恐らく想像がつく内容だろう。
     業大老による『武神大戦天覧儀』が、ついに次の段階へ進もうとしているようだ。
    「予測していた人も多かったようだけど、天覧儀の最後の席を賭けたバトルロイヤルが業大老が沈むオホーツク海沿岸の海岸――つまり沙留海水浴場周辺で行われる」
     そこに日本各地から天覧儀を勝ち抜いた猛者たちが終結、というわけだ。
     敵となるアンブレイカブルがいつやって来るかは不明だが、海岸でキャンプをしていれば向こうから襲撃してくる。臨海学校を楽しむのも大事だが、警戒は怠らないほうがよいだろう。
     オホーツク海に面した沙留海水浴場は非常に水がきれいで、海藻の間に小魚が泳ぎ回る眺めを楽しむことができる。ちなみに当日は一般の海水浴客などは誰もいないので人払いの必要はない。
    「天覧儀に参加していたダークネス達を待ち構えて迎撃するわけだけど、少人数のグループに分かれてキャンプをしていれば相手にも警戒されないからね」
     また、相手は天覧儀を勝ち抜いた強敵ではあるが、今回は戦闘支援を行うチームも別に編成される。
     戦闘開始後しばらくすれば支援チームが駆けつけてくれるので、その間持ち堪えることができればアンブレイカブルを圧倒することができるだろう。
    「それから、今回に限り止めを刺した灼滅者が闇堕ちする事はないから、そこも安心していいよ」
     現れるアンブレイカブルは紅月(ホンユエ)と名乗っており、指輪を四つ連結した、ブラスナックル状の契約の指輪で武装している。長い黒髪をローテールに結ったなかなかの美女だ。
     せっかくの臨海学校が天覧儀に邪魔されるというのも悔しい話ではあるが、そこはそれとして、できうる限り臨海学校も満喫する、と考えた方が健全というものだ。
    「何より、もし集まったダークネスを一掃できれば武蔵坂は天覧儀の勝者の権利を得られる。そうなれば武神大戦の真相に迫る機会が開かれるかも、ね」


    参加者
    最上川・耕平(若き昇竜・d00987)
    各務・樹(アジテ・d02313)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)
    咲宮・響(薄暮の残響・d12621)
    華槻・奏一郎(抱翼・d12820)
    三和・悠仁(悪辣の道筋・d17133)
    東堂・昶(赤黒猟狗・d17770)

    ■リプレイ

    ●黄昏に眠れ
    「天覧儀を勝ち抜いた猛者、ねェ」
     寄せては返す波の音を背にして、見事な夕焼け空に沈んでいく斜陽をながめながら東堂・昶(赤黒猟狗・d17770)は真っ赤に熾った炭を団扇で扇ぐ。
     本来なら平和にキャンプを満喫できるはずの臨海学校が、あろうことか武神大戦天覧儀最終ステージに絡むことになるとは。以前関わった天覧儀の依頼で闇堕ちを経験した各務・樹(アジテ・d02313)としても、少し複雑な気分だった。
    「まさか、また関わることになるとは思ってなかったわ」
    「僕も一度は勝者となったから、どんな強者が来るのかは興味あるね」
     さりげなく海を背にしながら、最上川・耕平(若き昇竜・d00987)はセラミックブロックを竈状にならべたその上へアルミ箔を巻いた金網をのせる。
     来襲するダークネスの対策に気をまわすあまり折角の夕食のメニューを詰められなかったのは残念だったが、キャンプといえばバーベキューやカレーあたりが大体の相場ときまっている。
     襲撃の時間が明確でないことを考え、カレーより後始末に手を取られないバーベキューとしたが、当然のように金網をアルミ箔で覆ってしまった暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)を咲宮・響(薄暮の残響・d12621)が興味深そうに眺めている。
    「何かそれ意味あんの?」
    「終わったら剥がすだけでいいし、網の間から下に落ちないから。焼きそばも作れる」
     へえええ、と感嘆の声をあげる響の横で、霊犬のさっちゃんを伴った加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)もまた興味津々といった様子だった。
    「すごい、です。秋吉さん、物知り、ですね……!」
    「……ばあちゃんが言ってた」
     どういうわけか相棒のイヴがどうだとばかりに自慢げに胸をそらしている事に気付いて、イングリットはほんのわずか、照れたような居心地が悪そうな顔でアルミ箔の箱をしまいこむ。
     遠くからパアンと小さく、火薬が爆ぜた音を三和・悠仁(悪辣の道筋・d17133)と華槻・奏一郎(抱翼・d12820)は聞いたが、そのまま黙っていた。一瞬イングリットはもちろん響も音がした方向に視線を向けていたし、ここでいかにも襲撃を予測しています、といった風情で目を血走らせていては折角警戒されないものも警戒されてしまう。それでは意味がない。
     どうせ襲撃を受けるのなら、材料が無駄にならないようせめて焼きはじめる前がいいなと思いつつ、何気なく奏一郎が携帯電話を手に取った時。 
     砂浜からやや離れた、一段高くなっている場所で小さな砂煙が上がったのを悠仁は見た。手にしていた紙皿と割り箸をかなぐり捨て、中衛の昶とイングリットのため場を空ける。
     奏一郎もまた、すぐにメールを送れるようにしておいた携帯の送信ボタンを押してからスレイヤーカードを開放した。たった一足の跳躍で距離を詰めた紅月が、高々と砂を巻き上げて響や樹の眼前へ着地する。
     真っ先に顔や何やらよりも相手の胸のボリュームを確認した昶がヒュウと口笛を吹いた。恐らく紅月自身もその口笛の意味に気付いていたはずだが、大して気分を害した様子もなく口を開く。……気分を害さなかったのではなく、むしろどうでもよかった、のかもしれない。
    「天覧儀も放り出して仲良くおままごと、とはな」
     涼しげな目元を皮肉な笑みに細めた紅月は、ナックル状の殲術武器をはめた手で長い髪を払った。
     奏一郎の携帯にその後、救援班からのレスはない。
     こちらが戦闘を開始した合図として送ったものなので返事がなくとも何ら問題はないのだが、なければないで、レスをする暇もない戦闘の真っ最中だという事実を物語るような気がしてくる。
     じり、と砂を踏み黒髪のダークネスは迎え撃つ体勢になった灼滅者へ油断なく視線を走らせた。
    「それほど最後の席がいらぬなら、私に」
     とっさに前衛の樹を庇いに入ったさっちゃんが払いのけるかのような裏拳で吹き飛び、すかさずイヴと彩雪が回復にまわる。
    「……よこせ!!」
     空手か中国拳法のような構えから、紅月は滑るようなステップで奏一郎への間合いを詰めた。

    ●斜陽に問え
     紅月と奏一郎の間に割り込んだ響が、巨大な縛霊手で受けて攻撃を相殺する。
    「こういう出会いじゃなけりゃ、美人は歓迎したんだが」
     武器らしいものと言えばナックル状に繋げられた指輪のみだと言うのに、紅月の拳は思わず響の膝が砕けるほど重い。砂浜に両膝をつき、響は力量差に眉を寄せる。
    「美人に殴られるんなら本望……って言うが、負ける気はないからな?」
    「宴の席に殴り込み、無粋にも程があるんじゃないッスかね」
     まぁ承知の上で待ってたんだけど、と呟いたイングリットは、パンと音を立てて右拳を左掌へ打ちつけた。イングリットはイヴを回復へまわし、自らは中衛としての仕事へかかる。
     足止めを狙って叩き込んだその超高速の蹴りに合わせ、悠仁はそこに巧みに死角へ回り込んでの一撃を重ねた、が。
    「ぬるい!」
     まるで灼滅者を叱咤するような勢いで紅月が吠えた。鞭のように長い黒髪がしなりサイドエアリアル、いわゆる側宙の要領で高く反転した紅月はイングリットと悠仁のコンビネーションをあざやかに躱すと、即座に反撃に出てくる。
    「天覧儀勝者の力、拝見させて貰うよ!」
    「大変だけれど……お願い、さっちゃん」
     耕平と並んだ樹がそれを迎え撃ち、砂浜は激戦の舞台と化した。
     彩雪の指示でさっちゃんが懸命に前衛を庇い戦線の維持をはかるが、やはり紅月は天覧儀をある程度勝ち抜いた強敵、という表現に値する力量を持つらしい。
     救援班が到着するまで持ち堪えられれば、その後は造作もなく圧倒できるだろうと表現されていた。もしかしたら下手に遠慮などせず早々に救援を呼ぶべきだったのだろうか、という考えが悠仁の脳裏をかすめる。
     さっちゃんは当然のこと、灼滅者の間を文字通りに飛び回り回復を配るイヴは、紅月にとって早い内に始末したい相手のはずだ。どこか遠くでまた、火薬がはじける音が聞こえる。
     サーヴァントの限界が近いことを悟り、戦闘不能が2名以上出た場合は支援要請を行う、という指針の通りイングリットは青の打ち上げ花火を素早く砂浜へセットした。その横で果敢にメンバーを庇いに行っていたさっちゃんが、そして続いてイヴが力尽きる。
     イングリットが花火に火をつけると、暮れなずむ空を背に破裂音と青い火花が広がった。
    「姉さん強いな、惚れそうだ」
    「最後は僕らが勝ってみせるよ」
     救援を乞う花火を上げてはみたものの、灼滅者達は紅月の猛攻にさらされ、次の戦闘不能者は消耗の激しい響か耕平か。
     複数対象のサイキックを紅月が所持していなかったのは幸運だった、もしこれで所持していたとなれば、救援班を待つヒマもなくわずかな時間で総崩れとなっていたかもしれない。
     そこまで考えをめぐらせた耕平はふと紅月が姿を現した、あの高台に視線が吸い寄せられる。そこから、ばらばらと何人かの人影が飛び出した。
     実はそれほど長くない時間、恐らくイングリットが支援要請の花火をあげてたった1・2分程度。それが、なぜだか耕平には妙に長く感じられるものだった。
    「何者ッ……!!」
     どうやら加勢を想定していなかったらしい紅月が、割り込んできた人数に目を瞠る。一度バックステップで間合いを取り直そうとした足元へ、蛇じみた俊敏さと速さで黒い影がのびた。
    「通りすがりの風紀委員長だ」

    ●波間に沈め
     法権が何かを手繰るように腕を引くと、全身を掻き裂かれた紅月が一瞬大きくよろめく。
     ……風紀委員長が【服破り】ねェ、いや【服破り】ッつッても本当に破れるわけじャねえけどさ、といつもの調子で軽口を叩いた昶に、奏一郎は色々な意味で目元を覆うしかない。ヒュウと軽薄そうな口笛を吹いた昶は、到着した救援班の様子に目を細めた。
    「まァ……テメェの最後の死合だ、精々楽しませてやらァ」
     どうも、救援班の前衛の消耗と疲労はこちらが想定していた以上らしい。恐らくこちらへ来る直前ぎりぎりまで戦闘をして急行してくれたのだろう、心霊手術を受けた様子はなかった。
     それにサーヴァントも伴われていたはずだが、その姿はどこにも見えない。既にサーヴァントは全て力尽きた後という事か。
     しかも、こちらが体勢を立て直すあいだ、もともと満身創痍であった救援班のメンバーがまるで身代わりのように次々倒れていく。しかし比較的まだ体力を温存していたらしき救援班後衛からの援護射撃は、樹の心を奮い立たせるに充分だった。
     まだやれる。
    「堕ちたことが無駄にならないようにしなければね」
     マテリアルロッド【La pierre qui copie un souhait】を構え、樹はそこからぎりぎりまで狙い澄ました魔法矢を放つ。ようやくイングリットと昶による行動阻害も効いてきたらしく、紅月は当初の身軽さからは考えられないほど鈍い動きで身をよじるしかなかった。
     もともとかなり削れた状態で合流した救援班とイングリットのイヴが力尽きたことも手伝い、前衛中心に回復を配る彩雪はまさしく目も回るような忙しさとはこのことだろうなと頭の片隅で考える。
     形勢逆転を知った紅月が苦々しげに吐き捨てた。
    「先ほどの間抜けな姿は罠か!」
    「……さゆたちはいつだって全力、です」
     そう、遊ぶ事も、もちろんダークネスとの戦いも。
     聞き捨てならぬといった様子で彩雪が珍しくも強気な表情を見せた。
    「だって、生きてる、から……全力で生きてるから、貴方には……負けられない、です……!」
     激しく消耗しながらも立ち向かう救援班、そして最年少の彩雪に負けてはいられない、とばかりに灼滅者たちは奮起する。
     徹底して縛霊撃と黒死斬、そしてグラインドファイアによる行動阻害と、高い命中率による的確なダメージを狙い続けた、悠仁の地道な削りがダークネスを追い詰めつつあったのかもしれない。
    「必ず私たちは勝って、帰るの!」
     腰だめに振りかぶった樹の右腕が爆発的な勢いで膨れあがり、鬼の腕となって強かに紅月を打ちすえた。
     高々と砂煙を巻き上げて吹き飛んだ臙脂色のチャイナブラウスへ、満身創痍の響が追撃を仕掛ける。念のためワイドガードで一度守りを固め援護に入った耕平と息を合わせ、灼滅者たちは紅月を確実に追い詰めた。
     高い攻撃力でみるみるダメージを積み上げた樹が、心得たタイミングで大きく一歩を退く。次が止めになると悟り、入れ違いに踏み込んできた耕平と奏一郎に場を譲った形だ。
     鞘走りに速度を乗せる抜刀術の要領で放たれた奏一郎の一撃と、まばゆく拳へ絡みつく稲妻を伴った耕平の、渾身のストレート。
    「最後に立つのは、僕らだ!」
     最後の席を賭けた、海辺のバトルロイヤル。そのうちの一戦は、灼滅者達の思いをそのまま表現した耕平の一言で幕が引かれる。
     苦悶の声も、怨嗟の叫びも何もなかった。激戦の最後にそれが似つかわしかったどうかは誰にもわからない。
     名の通り深紅の衣装に身を包んでいたはずのダークネスは二人分のサイキックを強かに食らって、波打ち際を洗う波の上へと高く吹き飛ばされる。そのまま海の中へ沈むかと思われたが、水に触れるかどうかというところで紅月の身体は無数の赤い砂と化して消滅した。
    「皆さん、すぐ、治します」
     まだサーヴァントが復帰しないものの、紅月の消滅を見届けた彩雪は急いで救援班の心霊手術に取りかかる。ここへ来る前の戦闘の傷も残した状態では、夜明けまで断続的に続く襲撃を戦いぬくことなど不可能だという事は誰の目にも明らかだった。
     さらなるダークネスの来襲など、想定外の事態はどうやら起こりそうにないことを確認した響、そして樹やイングリットなども次々と施術に加わったおかげで、作業中に他チームからの救援要請の花火は上がらなかった。
    「おかげで助かったッス。まだ先は長いから、気をつけて」
    「本当に、臨海学校って何でしたっけ……まあいっか、大体こんな感じですけどねこの学校」
     イングリットの労いと、悠仁のやや疲れたような言葉に送り出される形で救援班はその場を離れていく。まるでそのタイミングを見計らったように、さほど遠くない場所で青い花火が上がったのを、奏一郎は見た。
    「……それじゃまァ、来れなかったダチ達の為にも、こっから先は楽しんで帰……どわっ!?」
    「響、なんてもの持って来たんだあっぶねっ!」
     いつの間にか昶の背後でネズミ花火に火をつけていたらしい響が、大騒ぎしている昶と奏一郎をその場に残して逃げていく。
    「ふふふ奏一郎さん捕まえてみ! ……って、縛霊手は勘弁!」
    「――花火も良いけれど、まず先に夕食を済ませませんか?」
     何とも元気な男子勢に苦笑しつつ、樹はさっちゃんを労っている彩雪を伴い、テントのほうへと歩き出した。

    ●星影に踊れ
     斜陽が西へ没し、誰も手をつけぬまま紅月の来襲で中断していた夕食を済ませた頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
     夕食のバーベキューに使った炭火から小さなバケツへと種火をとったイングリットの横、彩雪がさっちゃんを抱き上げ、興味津々といった様子でいくつもの大きな花火セットを覗きこんでいる。
    「さゆ、大きな花火が、やりたいです……!」
    「パラシュートでも打ち上げてみましょうか」
     打ち上げると色とりどりの火花が見えるのではなく、小さな紙帽子のようなパラシュートが開いて落ちてくるアレだ。……実はこっそり、樹自身箒でそれを追う気満々だったりする。
    「こんなの、あるんッスね」
    「打ち上げ花火に線香花火、ロケット花火も持ってきたよー」
     あまり花火をした事がないのだろうか、彩雪ほどダイレクトに表情には出ていないがイングリットもまた、耕平が砂の上に広げる数々の手持ち花火や吹き出し式の花火を興味深そうに眺めていた。
     街の明かりは遠く、一番近い街灯さえ軽く200mは先。夜空を見上げれば、紺碧のスクリーンに無数の星々がきらめいていた。
     東京ではまずお目にかかれない、これこそ本物の『満天の星』。
    「こうも星ばかりだと、どこが天の川かわからないね」
     どうかしたら、ライトや、足元に置かれた花火用の種火を消してしまっても、星明かりだけで足元に影がおちるのではないだろうか。耕平はそんなことを思う。
    「援護班のは……使ったら来るのか?」 
    「使うなよ?」
     もうここにはダークネスなど来ないはずだが、朝方までダークネスを待ち構える者たちもいるだろう。もちろん響自身支援要請用の花火に火をつける気はないが、奏一郎も当然彼にそのつもりがない事はわかっていた。
     耕平が、どこかから拾ってきた竹竿の先へ手のひら大の小さな箱を、付属する長い糸で結びつけている。ちょうど餌をつけた釣り竿のようになった所で、持ち手にあたる箇所を砂の中に突き刺し、箱に火をつけた。
    「おぉー……」
     何が起こるのかとイングリットが見守っていると、糸で吊られた箱から徐々に火花が吹き出し、しゅんしゅんと音をたてて回りはじめる。
     相棒のイヴに至っては花火そのものすら見るのは初めてのはずだ。激戦のあとの花火のご褒美に喜んでいる様子を眺めつつ、イングリットは軽く微笑む。
     あまり人の輪の中に自ら入っていくようなタイプではないらしく、少し距離を置いた場所から悠仁は響や昶の様子を眺めているが、それはそれとして彼も楽しんでくれているようなので奏一郎はほっとする。年長者としては一応、気になるものなのだ。
    「逃げんな昶! 若いんだから向かってこいよ!」
    「ざッけンな響、このバカチビ眼鏡! 花火、人に向けて投げンじゃねェ!」
     実のところ、大学1年の響と中2の昶では若いも何もあったものではない。皆元気だなぁ、と悠仁は完全に傍観者気分で響と昶の大騒ぎを眺めている。
    「やられっぱなしでいられッか!」
     ロケット花火で応戦しようと張り切る昶に、奏一郎がにこにこと悪魔の囁きを吹き込んだ。
    「昶、こっちも見てみろ、へび花火もあるよ」
    「うっし、奏一郎マジグッジョブ!」
    「……もう少し落ち着いてゆっくり楽しめば良いのに、ねえ?」
    「さゆも、そう思う、です」
     樹と彩雪は顔を見合わせ、小さく笑い合う。
    「皆さんと一緒に……戦って、遊んで」
     幸せです、とさっちゃんを抱きしめたまま呟く彩雪の笑顔に嘘はなさそうだ。
     ……それにしても、とにぎやかな一幕を眺めながら樹は思う。
     クラスの皆で臨海学校に来ることはできなかったから、帰ったらどこかに誘おう。考えてみれば来年はもう、今のメンバーで同じ教室で勉強することはないのだ。残された時間はもう約半年、無為に過ごすのは惜しい。
     悠久の闇の中に浮かぶ星々が、金紗のように美しい夜だった。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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