臨海学校2014~キャンプ襲撃警報

    作者:叶エイジャ

     扉を開けると、潮の香りと波の音が身体を包み込んでくる。
    「世話になったな」
     着流しの男は運転席――『HKT六六六』と書かれた黒のバンだ――に声を掛け、夜の海岸へと歩き出した。車はややしてエンジンを噴かすと、元来た道へと走り出した。車体はすぐさま闇にまぎれ、テールランプも小さくなって消えていく。
    「さって、刀鬼・槍十郎様の相手はーっと……あいつらか?」
     海岸のすぐ近くにはテントがあり、キャンプファイヤーが煌めいていた。何人かの人影が見え、楽しそうな声が聞こえる。暗くて判別できないが、複数人の若い男女のもの。だが一般人ではない。
     とすれば『死合う』相手に相違ないのだろう。
     ――なんだこの騒ぎは。
     男の周囲を自然とは違う風が吹いた。勝利するために、日頃から神経を尖らせているモノだけが放つ気配。鋭い「ソレ」はしかし、目の前の楽しそうな雰囲気とはどこまでも相容れない。
    「来るのが遅れて待たせちまったか? そりゃあ悪かった。だが余裕のつもりなら――ぶっ潰す」
     右手に槍、左手に刀を構え、男が地を蹴った。高々と舞った身体は急降下し、振るった獲物はキャンプ場へと衝撃波を迸らせる。

     強襲だ!

    「ねぇねぇ、臨海学校だって! 北海道の興部町だって!」
     灼滅者たちに、天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が目を輝かせて迎えた。
     例えば沙留海水浴場の中にあるキャンプ場などでは、オホーツク海を眺めながらのキャンプライフが楽しめる。10km以上にわたる真っ直ぐな海岸線があり、海の水も綺麗だ。コテージなどがある高台から見る朝日などは絶景なのだという。
     でもね、とカノンは少し真顔になった。
    「武神大戦天覧儀が、新しい段階に入ろうとしてるみたいだよ」
     天覧儀の突破、その最後の席を賭けたバトルロイヤル。それが業大老が沈むオホーツク海の沿岸で行われるようだ。日本各地から天覧儀を勝ち抜いた猛者が、北海道興部町の海岸に集まろうとしている。
     そう。奇しくも、まったくの偶然に、臨海学校で灼滅者たちが来ている場所に!
    「凄い偶然だねっ……むむ、そんな目で見ても何も知らないよ! 知らないよ?」
     仁左衛門のクッションで顔を隠すカノン。何を知らないのだろう。
     とにかく、武蔵坂学園の生徒には、行くところダークネスの影があるようだ。
    「みんなには、沙留海水浴場周辺でキャンプをして、やってくるダークネスを迎え撃って欲しいんだよ!」
     ただし、予知を持ってしても正確な時間は分からなかった。それでも海岸でキャンプをしていたら襲撃してくるのは確実。臨海学校を楽しみながらも、警戒を怠らないようにしなければならない。
    「キャンプについては、少人数に別れての形になると思うよ。あまり密集してるとバベルの鎖で気取られちゃうけど、警戒されない程度の規模なら戦闘を仕掛けてくるハズだから」
     だから恋人や友達と来たとしても、別グループになってる可能性は大きいかもと、カノンは続けた。
    「アンブレイカブルのことだけど、刀鬼・槍十郎(とき・そうじゅうろう)って名前みたい。武器は刀と槍と、拳。力量は灼滅者八人よりも上――でも、大丈夫だよ。戦うのはみんなだけじゃないから」
     今回、待ち受ける灼滅者たちとは別に、戦闘を支援するチームも編成されることになる。
     そのため、戦闘開始後しばらく持ちこたえれば、支援チームと合同する形でダークネスと戦える。そうなれば、十分勝機がある。
    「臨海学校が、天覧儀に邪魔されちゃうのは残念だけど……ダークネスを倒して、出来る限り臨海学校も楽しんでね?」
     それとね、とカノンは言った。
    「集まったダークネスを全て撃破できれば、学園が天覧儀勝者の権利を得られるかも!」
     そうなれば、武神大戦の真相を暴くチャンスになるかもしれない――強くなる熱気は、転換点を告げているようにも思えた。


    参加者
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179)
    火室・梓(質実豪拳・d03700)
    ストレリチア・ミセリコルデ(筋肉おっぱい・d04238)
    二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)
    犬祀・美紗緒(傾愛妃護・d18139)
    猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)

    ■リプレイ


     夏だ。
     海だ。
     臨海学校だ!
     ついでにダークネスだ!
     今年も、ダークネスだ!
     ……。
    「たまには純粋に遊びたい」
     ぼやく高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)。砂浜を犬祀・美紗緒(傾愛妃護・d18139)と犬耳のこまが楽しそうに駆けて(飛んで)いく。日差しに海は輝いていた。
    「なにも学校行事に、という思いはあるな」
     小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が潮風に目を細める。関東よりかなり涼しかった。
    「とにかく、まずは臨海学校を楽しもう」
     戦う前に英気を養うのも必要だから。最年長の二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)の言葉に二人も頷く。こうなれば可及的速やかに済ませて臨海学校を楽しむしかない。目前では少女たちが早速、海へと乗り出していた。
    「沖まで行ってみましょうか」
    「出陣でござるな!」
     火室・梓(質実豪拳・d03700)がゴムボートを浮かべ、猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)が嬉々と乗る。後に続くのは、狼耳と尻尾を生やした銀髪のおねーさん。
    「すさのおえんじん、始動ですわ!」
     ESPで十八歳となったストレリチア・ミセリコルデ(筋肉おっぱい・d04238)だ。純白のキッズビキニを着たまま発動したので、身体の成長に布地が追いつかない。そんなことにも頓着せず彼女はボートを押して泳ぎ出す。
    「あう~♪」
     進み出すボートに繋がった浮輪の上、浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179)は楽しそうに揺られていた。


     ボートは沖まで順調に進む――と思われていた。
    「エンジントラブルがー」
     棒読みで揺らす人狼娘に梓やブレイブの笑い声が響く。
     ソレが見えたのはそんな時だ。
    「大きい波ですね」と仙花が呟く。
     オホーツク海の波だ。海面が急激にうねる。波の高さは、灼滅者たちのために今唐突に用意された試練にも思えた。
    「ふふ、丁度いいですわ。すさのおえんじんの錆にしてあげますの!」蹴り足に力を入れるストレリチア。その目前で梓たちが立ち上がった。
    「そろそろ潜ろうかと思います」水に飛び込む梓。「拙者も。艦長の無事を祈っているでござるよ」ブレイブも続く。艦長と呼ばれ少し嬉しい人狼娘。
    「仕方ないですわ~艦長と呼ばれたからには艦と命運をともに――なんて言ってる場合ではないですの!?」波は目前。ひとりボートで乗り切るのは正直、無謀だ。「そうだ、仙花さ……」
    「♪」
     仙花はすでに繋いだ紐を解き、離脱しつつあった。波に乗って帰還する模様。
    「そんな薄情な……きゃー!?」天地が水に包まれ、転覆したボートに巻き込まれる。
     彼女はこの後水着を波に持っていかれそうになり、布地が少ないリスクを体験することになるのだが……それはさておき。
     水中ともなれば水面の影響は少ない。
    (さすがは北海道、水も綺麗だしいろんなものがいますね)
     流れに身をまかせ、梓は泳ぐ。群れで進む魚を追っていると、ブレイブが合流した。
    『ba〇%△deg(カニがいたでござる)!』
    『ve&☆(え、ウニ)?』
    『△☆zo☆(そうそう)!』
     水中言語。魚の群れに囲まれながら、二人は食材を求めいざ進む。

     空がオレンジに染まり、薄闇がそれを追いかける。
     海を満喫した後は、みんなでバーベキューだ。
    「お肉とお魚、こっちにおいておくですよ」
    「ん、サンキュ」運んできた仙花に八雲が応える。「刃物は洗ってたよな?」
    「洗ったッス」琥太郎が火を起こし、鉄板の様子を見ながら続けた。「美紗緒は包丁重くない?」
    「はい、大丈夫です!」レパートリーは和食メインだが、切るのは問題ない。「頑張ろうね、こま」と、傍らのビハインドに微笑む。
     用意された肉、野菜、魚介類が八雲たちによって切り分けられ、次はいよいよ「焼き」の時間だ。
    「召し上がれですわー」
     肉な奉行を買ってでたストレリチア。隣で空もそつなく焼き、取り分けていく。
    「肉!」
     ブレイブの目が輝いた。女性陣は肉食系が多いらしい。美紗緒もそう。皿の上の肉だけが減り、野菜は取り残されていく。カボチャこそ口にするが、それだけだった。
    「――」こまの唇が困ったと言う風に歪む。野菜を食べさせようと皿に取り、美紗緒に見せるが。
     ぷい。
     美紗緒がそっぽを向いて拒否。肉を入れても、ぷい。野菜を除くと、美紗緒が受け取って笑う。つられて微笑んで、当初の目的を思い出したこまが落ち込んだ。
    「ピーマンは?」
     琥太郎の疑問は梓にだ。彼女が摂るのは肉、肉、更に肉。
    「苦くて嫌いです」流石にがっついてると感じたのか、咳払いしつつ琥太郎に肉を渡す。「それにしても、おかずのカレーも作れば良かったですね」
    「はい?」梓の焼いた肉や野菜や野菜を受け取り、琥太郎が反駁する。「おかず?」
    「あれ、飲み物でしたっけ?」
     想像した。「……熱くて、濃い夜になりそうだな」水がないと死にそうだ。

     焼き肉の煙がくゆる。見上げた空はもう暗い。
     灼滅者たちはキャンプファイアを熾し、夕食の熱気のまま炎を囲んだ。自然と話は、明日の日程となる。別に「その」話題を避けていたわけではない。ただ楽しさが壊れる気がしたから、しなかっただけ。警戒を怠っていたわけでもない。
     だが災害は忘れた時に来るもの。
     前触れは突如変わった風だった。
    「――ッ!」
     首筋に添えられたナイフを思わせる、突然の殺気。緊張と驚愕に見上げた空には、闇に紛れる弧影。
     放たれた衝撃波が、キャンプ地に突き刺さった。


    「待ち人のご登場ッスかね!」
     吹きつける砂塵。飛び退り琥太郎が槍を構える。
    「迎え撃つまででござる」ブレイブが腰元の剣の鯉口を切った。
     着弾した場所には誰もいなかったものの、その余波は設置したテントなどを破壊し、吹き散らしていた。仙花のまなじりが上がる。
    「皆で楽しんでいたのに、台無しにするなんてひどいです!」
    「連絡を……!」携帯を取り出したストレリチアが、画面を見て硬直した。
    「どうした?」近くに着地した八雲が表示された文を見、事態を理解する。
     チームKREMITHS(クレミス)、戦闘中。同じくヤマト班まもなく接敵――それは別の二カ所で、戦端がほぼ同時期に開かれたことを示していた。戦闘不能二名で要請する予定だが――果たしてその時、救援チームは来られるのか。
    「あり得ない状況、でもないけど……」
     美紗緒が言葉を濁す。激しい戦いは避けられない。
    「こちらは遭遇したばかりだ」空が砂煙の向こうを見据えた。事態を打開するには、「助けは来ないものとして戦った方が、救援班にも利となるだろう」
    「背水の陣ですわね」後ろは海だ。「なら、可能な限り自力で頑張ると添えておきますの」
     覚悟の一文が送られ、折しも襲撃者が姿を現す。梓が拳を握りしめた。
    「来ましたね」
     威圧感を備えた長躯の男。右の長槍を緩く握り、左の刀を肩に預けている。潮風になびく着流しから発するのは溢れんばかりの覇気と、幻視すらできる域の闘気。紛うことなきアンブレイカブルだった。名は刀鬼・槍十郎。
    「良い反応だ」声には嬉しげな響きがあった。「実は罠、だったりするのか?」
    「どうでしょうね」梓が嘯く。「聞きますが、なぜ正面から堂々と来ずに襲撃を?」
     刀鬼の気配が鋭さを増した。
    「問いで返そう。このバトルロイヤルで、他者に流儀を押しつける気か?」
     低く獰猛な声とともに、槍の穂先が持ち上がる。
    「初撃は外したぜ。状況を理解する時間もくれてやった。十分に正々堂々だろうが。それでなお謗るなら――弱い身で戦場に立つな。灼滅者」
     傲岸ともとれる物言いは、アンブレイカブルの典型例だった。力無き者、可能性無き者は塵芥の価値も無し。常在戦場と弁え牙を研ぎ続ける者に、戦場においての更なる「開始作法」など些事に過ぎない。
     そしてこの男が八人を指し「弱い」と言うだけの力を持つのも、事実なのだろう。
     殺意をその身に受けた、あの時。全員の封印は強制解除されていたのだから。
     しかし、
    「地力の差は確かにある。だが、その差を殺すことは出来る」
     八雲が右に日本刀、左に十字剣を構えた。
    「個では勝てなくても、オレ達は組織でアンタ達に挑む」
    「フン。俺にとってその決意は、武神に到る踏み台でしかない」
     高まる気配が、干戈の刻を告げた。既に持ち上げていた穂先に加え、刀身がゆらりと月光を跳ね返す。
     真っ先に動いたのは琥太郎とブレイブだった。吹きつける圧力を貫き、刺突が二条。螺旋を描いて繰り出される。僅かな時間差をもって放つそれらは、相手がどう動こうとも手傷を与える――はずだった。
     刀のただ一振りが、刺突を苦もなく弾く。
     風が唸りを上げた。体勢を崩した琥太郎たちの足を旋転する槍が払い、刀鬼が突進する。進路上のストレリチアが吹き飛ばされた。梓も槍の軌跡に巻き込まれる――寸前、鋼鉄の如く硬化した拳で穂先を弾く。
     そのまま梓は一気に、相手の懐へと拳打を叩き込んだ。
    「!」
     手応えが、ない。真綿に包まれたような感触。次の瞬間、梓の身体が螺旋に巻き込まれた。纏糸剄。僅かに接触した刀鬼の腕から膨大なベクトルが流れ込む。サイキックではないが、梓の身体を弾き飛ばすには十分な力。
     刹那の攻防で前衛が乱された。立て直すより早く、刀鬼が刀を掲げる。
    「お?」
     男がよろめいた。足元に絡みつく仙花の影が追い撃ちを妨害する。男が拘束する影を破ろうとし、八雲の気配に止まった。
    「久当流・始の太刀」
     ノイエ・カラドボルグ――黒い剣が持ち手の力を宿し、死角から斬撃を迸らせる!
    「刃星ッ!」
     鋭い一閃に刀鬼の反応が遅れた。赤が舞う。同時に空のガトリングガンが火を噴いた。回転する砲身が吐き出す弾丸は炎の魔力を宿し、敵を穿たんと宙を駆ける。
    「悪くない連携だ」
     刀鬼が双眸を楽しげに煌めかせた。後方に身を翻し、射線が追った。槍と刀が尋常でない速度で弾丸を打ち落としていく。数発が炎呪と共に命中するが急所からは遠い。弾幕から逃れる刀鬼が刀を掲げる。
    「来ますわ!」
     その刃が跳ね返す銀光に、ストレリチアが警告を発し――刹那、男の刀が一閃した。
     火線が目標を見失い、途切れる。
     灼滅者の視界に巻き起こったのは砂塵――下方から噴き上がる衝撃波の壁だった。キャンプ地を襲った技に他ならず、迫る速度はその時の比ではない。仙花と八雲が飲み込まれ、瞬く間に四散した。
    「蜃気楼か」男の視線の先にはストレリチア。その身から溢れ出る白い炎が攻撃の着弾点を見誤らせ、仲間を守っていた。代わりに衝撃波を受けた彼女が膝を突く。
    「判断は良いが、高くついたな?」
    「回復を!」
     美紗緒が手にした弓に癒しの霊力を込め、矢を放った。こまが前に出て、力を放つ。周囲の石や木材が浮遊し、つぶてとなって男を襲った。こまが足止めをしている間に灼滅者たちは態勢を立て直し、美紗緒が傷具合を見る。完全には癒し切れていない。救援が来るまで、自分たちは保つのだろうか。
     ポルターガイスト現象を刀鬼の一閃が砕いた。灼滅者たちの衰えていない戦意に、無骨な笑みを浮かべる。
    「そうこなくてはな」
     ダークネスが加速し、刀と槍の第二陣が迫ってきた。


     槍の刺突。
     それを琥太郎が魔杖で受け、逸らす。凄まじい力に抗う彼を反対の刀が襲い――空のガンナイフが受け止めた。しかし返し刃を放つ暇なく、刀鬼の槍が消失。咄嗟に身を投げ出した空の肩口に氷柱の弾丸が刺さった。美紗緒が矢を放ち、彼の凍傷を癒す。入れ替わりに迫ったブレイブの妖冷弾が、今度は刀鬼の足を凍らせた。畳みかけようとした八雲はしかし弧を描く槍に打ち弾かれ、翻った刀が仙花の斬撃とかみ合う。不安定な態勢で受け止めた仙花の一瞬の隙に、雲耀の刃が叩き込まれた。暗器の手甲ごと彼女を斬らんとする斬撃だ。梓が受け止め、苦鳴が漏れる。後退しオーラで負傷を癒そうとする梓と交代し、ストレリチアが仕掛けた――だが、螺旋を描く刺突に牽制され、踏み込みが潰されていく。
     刀鬼の槍捌きは力任せに見え、精妙に急所を突いてきていた。それを凌ぎ、連撃の隙を突こうにも、今度は刀が絶妙な間合いで牽制してくる。攻めにくい手合いだ。
     対して、灼滅者たちは八雲の言ったように、連携することで負傷を最小限に抑えていた。攻防の間隙を減らし、受ける損害速度を鈍らすことで付かず離れずの状況を生み出し、形勢はほぼ互角――だがそれも、誰かが倒れるまでの制限時間つきだ。
     主導権は、いまだアンブレイカブルが握っていた。

     幾度目かの剣戟が、纏ったサイキックを激しく散らす。大気が震えた。
    「なるほど、な」
     打ち合いが暫く続いた末、刀鬼が呟いた。灼滅者たちが注視しながら、サイキックで負傷に対処していく。すでに癒し手、護り手だけでカバーできる状況ではなかった。
    「組織で挑む、か。戦いに興じてるにしては妙な素振りがあると思ったが……まだ仲間が来るわけか?」
    「ご明答。来るまで待つッスか?」
     負傷を堪えて軽い笑みを浮かべる琥太郎を、戦狂いは満更でもないと笑う。
    「面白そうだが、お前達に勝った後、仲間にも敗北を味あわせてやろう」
    「まずいですね」
     梓が呟く。刀鬼から強壮なエナジーが溢れ出ていた。「決め」にくるつもりだ。
    「もう長引かせるのは限界――なら、全部ぶつけよう」
     ガンナイフを両手に構え、空が駆けた。同時に刀鬼が迫る。空は振り下ろされる刃を正面から受けず、刃にナイフを添えた。刀の上をナイフの刃が駆け抜ける。瞠目する刀鬼。火花と擦過音を散らし、ナイフは敵の首へ。
    「温い!」
     寸前、螺旋の巻き込みが空を宙へ投げ出した。身体が受け止めたのは浅瀬の水――そう理解した時には、空に敵が追撃の拳を繰り出している。
     出現する、巨大な水柱。空の無事を確認する暇もなく、ストレリチアと琥太郎が水を蹴立てた。
    「スリルが足りませんわ――感じさせてもらえますわね?」
    「くれてやろう――死ね」
     螺旋の刺突に、今度こそ人狼娘は踏み込む。腕が貫かれるのも厭わず跳躍し、蹴り出す足には既に白き炎が宿っている。肉を斬らせて骨を断つ。衝撃に揺れた刀鬼へと、琥太郎が魔杖を叩き込んだ。
     交差する、長柄の武器。
     フォースブレイクは敵を捉え、吹き飛ばす。大打撃を与えた琥太郎はしかし、首筋を槍に斬られ、鮮血と共に倒れた。刀鬼が、トドメの投槍を放つ。
    「――!」
     轟!
     裂帛の気合と共に、梓の放った手刀が槍を両断。彼女が両腕に紫電を纏うと同時に、ブレイブと八雲が剣を手に突き進む。拳と剣技が乱れ咲いた。
     驚愕すべきは、それら全てに刀鬼が応じた事である。
     衝撃波が梓を打ち据えた。居合いが八雲の胴を薙ぎ、停滞を見せず高速の刃がブレイブの膝上を裂く。苦痛を堪えた彼女の足が、さらに外側から梱歩で崩された。続く拳の猛襲にブレイブが吹き飛び、その手から剣が弾き飛んだ。
     得物を片方失ってなお、脅威は衰えない。
    「せっかくの臨海学校なんです。邪魔しないでください!」
     叫んだ仙花の影が伸びた。影は仙花と瓜二つの形をとり、海面を高速で移動。刀鬼の剣をくぐり抜けると、影剣を作り首を裂く。反転した刃が心臓を狙い、それが阻まれた時には巨大な波濤となって敵を覆う。容赦のない苛烈な攻撃だ。
    「ユリ……!」
     仙花が胸を押さえ、膝を突く。影の中心点が刀に斬られ、そこから刀鬼が出てきた。憔悴した顔は追い詰めた事を示すが、まだ余裕がある。
     その目が美紗緒を捉えた。
    「こま!」
     主に向かうのを止めようとして、こまが斬られ消滅する。美紗緒は唇を引き結び、弓を引き絞った。放たれる矢に貫かれつつ、刀鬼は彼女へと衝撃波を放――とうとした。
     鮮血が、波紋を作る。
    「限界を越えてきたか」
     男が己に拳を打ち込んだ人物――琥太郎を見る。
    「行くぜ」
     琥太郎の拳が閃光となった。打ち据えられた刀鬼が笑う。
    「いいねえ。とことん殴り合おうぜ!」
    「する気はありません」
     声に男が背後――梓へと刃を放ち、弾丸に弾かれた。空は無事だ。紫千振煌めく銃身から更に弾丸を放ち、刀鬼の動きを封じる。
    「抗、雷、撃!」
     梓の渾身の一打が突き刺さった。手応えを確信して、限界に来た梓が意識を手放す。
     そして、刀鬼は。
    (まだ立つか)
     八雲が重い身体をひきずり、二刀のうち十字剣を投げた。すかさず荒神切「天業灼雷」を構え進む。飛来した剣に態勢を崩しながらも、刀鬼は居合いで迎撃する。
     それが敗因だった。
     背後――八雲の剣を受け取ったブレイブに気付いた時には、剣が振り下ろされている。
     斬!
    「負け、か」
     前後からの同時攻撃に刀鬼の身体が揺らぎ、倒れた。骸が波間に消えるまで、幾ばくもない。
     そして、穏やかな波の音が戻ってきた。

    「……倒したんだよね?」
     美紗緒が呟く。「たぶん」と仙花が頷いた。戻ってきた静寂が徐々に、実感を伴わせる。
    「勝ったな」
     息を吐く空。完全な格上相手に苦境を繋いで繋いで勝ちとった、見事な勝利だ。
    「救援班に勝利の報告ですわ!」
    「報告がてらお肉の差し入れもアリでござる!――と、梓殿!」
     ブレイブが沈みそうになる梓を抱きとめ、岸に向かう。
    「別に倒しても問題ない、ッスよね?」
     フッと笑った琥太郎がぐらつき、八雲が支えた。出血多量だ。
    「さて、何処で寝たもんかな?」
     滅茶苦茶になったキャンプ場。満身創痍の今はちょっと、直す気力も起きない。
     ただ心地よい達成感もまた、あった。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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