臨海学校2014~海に荒ぶる

    作者:牧瀬花奈女

     その女は車から降りると、ゆっくり息を吸い込んだ。
     ここは北海道興部町の海水浴場。女が最後の望みをかけてやって来た場所だった。
    「それではチハヤさん、ご武運を」
     運転席の窓から男がそう言って、ハンドルを切る。HKT六六六のロゴが書かれた黒塗りのバンが、緩やかに走り去って行った。
     チハヤと呼ばれた女はそれを見送ると、視線を海水浴場の方へと巡らせた。まだ10代と思しき若者達の楽しげに騒ぐ声が、風に乗って耳に届く。
    「あいつらが、あたしの対戦相手?」
     誰にともなくそう言って、チハヤはふんと軽く鼻を鳴らした。
    「呑気に騒いで……あたしなんか目じゃないとでも言うつもり?」
     軽やかな音を立て、チハヤの爪先が地を蹴る。駆け出した彼女の後を、禍々しい色をしたリングスラッシャーが追った。
    「そっちがその気なら、全力で叩き潰してやるわよ!」
     チハヤの唇が、なだらかな弧を描いた。
     
    「今年の臨海学校は、北海道の興部町で行われる事になりました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、空き教室に集まった灼滅者達に一礼するとそう告げた。随分急な話だといぶかる灼滅者達に、姫子はそうですねと頷く。
    「実は、武神大戦天覧儀が次の段階へ進もうとしている事が分かったんです」
     多くの灼滅者達が予測していた通り、天覧儀を勝ち抜く最後の席を賭けたバトルロイヤルが、業大老が沈むオホーツク海沿岸の海岸で行われるらしい。日本各地で天覧儀を勝ち抜いた猛者達が、北海道興部町の海岸に集まろうとしているのだ。
    「みなさんには沙留海水浴場周辺でキャンプを行い、やって来るダークネスを迎え撃って欲しいんです」
     ダークネスがいつ現れるかは分からないが、海岸でキャンプをしていれば向こうから襲撃して来るだろう。臨海学校を楽しみつつ、警戒も怠らないようにしていれば大丈夫だ。
    「みなさんの所へ襲撃に来るダークネスは、チハヤと呼ばれているアンブレイカブルです。強敵ではありますが、止めを刺した人が闇堕ちするという事は無いので、その点は安心してください」
     戦闘になればチハヤは、ストリートファイターとリングスラッシャーのサイキックを使用してひたすら攻撃を仕掛けて来る。その破壊力は高く、決して油断する事は出来ない相手だ。
     今回は臨海学校で敵を待ち受ける班とは別に、戦闘を支援するチームも編成されている。戦闘開始後、ある程度持ちこたえられれば支援チームが駆け付けてくれるので、ダークネスを圧倒する事が出来るだろう。
    「楽しい臨海学校が天覧儀に邪魔されてしまったのは残念ですけど……集まったダークネスを全て撃破出来れば、武蔵坂学園は天覧儀の勝者の権利を得る事が出来ます。そうなれば、武神大戦の真相を暴くチャンスになるかもしれません」
     頑張ってくださいねと、姫子は灼滅者達に微笑んだ。


    参加者
    神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)
    西条・霧華(高校生殺人鬼・d01751)
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)
    卯月・あるな(正義の初心者マーク・d15875)
    宮澄・柊(迷い蛾・d18565)

    ■リプレイ


     沙留海水浴場は好天に恵まれていた。夏の日差しを受けて海面はきらきらと輝き、白い砂浜が目にまぶしい。
    「『臨海学校を楽しみつつ、警戒も怠らないようにしていれば大丈夫』って、随分な無茶ぶりだよね」
     卯月・あるな(正義の初心者マーク・d15875)は、ちらと海水浴場の入り口に目をやってからそう言った。
    「臨海学校はたくさん遊びたいのに!」
    「臨海学校の前の準備運動……と言うにはハードすぎるな」
     神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)が嘆く傍ら、宮澄・柊(迷い蛾・d18565)も緩く溜め息を吐く。何時になったら平穏無事な臨海学校を楽しめるのでしょうねと、ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)も呟いた。
     楽しい筈の臨海学校に、何故だかダークネスの邪魔が入る。これはもはや、学園の宿命なのかもしれない。そう考えると気分が沈みそうになるけれど、ダークネスに対抗出来るのは灼滅者達だけなのだ。思い通りにさせる訳には行かない。
     予想される襲撃時間までは、まだ間がある。テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)はおやつを食べながら、テントの中で伸びていた。イベントごとには真っ先にお留守番を言い渡されるのが常なのに、今回は参加出来た。それがどうしようもなく嬉しい。
     皆がくつろいだ表情を見せる中、三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)は海辺のゴミ拾いをしていた。想像していたよりは少ないが、それでもゴミは落ちている。滅多な事は無いだろうけれど、戦闘の支障になりそうなものは極力取り除いておきたかった。それに、海を綺麗にするのは気分が良い。
    「朱梨も手伝うね」
    「私もお手伝いします」
     篠原・朱梨(闇華・d01868)と西条・霧華(高校生殺人鬼・d01751)がそう言って、ゴミ袋を手に取る。
     折角の臨海学校なのに、こんな事になるなんて。ゴミを拾いながら霧華は考える。普通の臨海学校だったなら、どんなに良かっただろう。けれど、武神大戦天覧儀の真相に近付けるのなら、そう悪い事ばかりでもないのかもしれない。
     3人がゴミ拾いを終えると、日は大分傾きかけていた。朱梨の灯した明かりと、美潮の起こした焚き火が、海水浴場の入り口をぼんやりと照らしている。
     一日目はそうして、何事も無く過ぎ去った。
     そして二日目の朝。昨日と同じく浜辺で過ごしていると、硬い物を蹴る音が不意に灼滅者達の耳を打った。素早く目をやれば、見知らぬ女が走って来るのが見える。チハヤだ。
    「そっちがその気なら、全力で叩き潰してやるわよ!」
     禍々しい色のリングスラッシャーを引き連れて、チハヤは灼滅者達との距離を詰めて来る。彼女が攻撃射程に入るより早く、彼らは封印を解除した。柊が携帯端末を操作し、戦闘開始のメールを送信する。
    「ん? 何? 夜這い?」
     時間早くないッスかと断罪輪を手に笑う美潮に、チハヤは違うと律儀に怒鳴った。こちらは臨海学校を潰して戦うのだ。これくらいの軽口は許されるだろう。
     火縄銃めいた外見のバスターライフルを構え、あるなは引き金を絞る。魔法光弾はチハヤの肩をかすめ、背後の空間へ弾けて消えた。
    「悪いけど、ここでゲームオーバーだよ!」
     ばん、とあるなは右手で拳銃を作り、引き金を絞る真似をした。


     チハヤが低く身を沈め、ソフィリアの顎を打ち据える。その衝撃を何とかやり過ごし、彼女は槍を構えた。穂先が螺旋を描くのに合わせて、結わえられた鈴が澄んだ音を奏でる。
     かわすために体を揺らがせた隙を逃さず、柊は妖の槍でチハヤのふくらはぎを鋭く穿った。あまり戦いたくないタイプだ。そう思いながら。
     潮風が吹き、朱梨の長い髪が揺れる。その動きを手でなぞるようにして、彼女は無尽蔵の殺気を紡ぎ出した。どす黒い殺意がチハヤを覆い、露出した腕を傷付ける。テレシーが振り上げた縛霊手を、チハヤはリングスラッシャーで受け止めた。
     結月が天使を思わせる歌声を響かせ、ソフィリアの傷を癒す。その傍らで、美潮は足元からするりと影を伸ばした。大きく口を開けた影がチハヤを呑み込む。
     日本刀を構える霧華に、表情というものは無い。眼鏡を外しチハヤと向き合った時から、彼女は完全に戦闘態勢へ切り替わっていた。
     刀が閃き、鈴蘭を模した武器飾りが揺れる。黒死をまとう斬撃はチハヤの足を裂き、その傷口を赤く染めた。
    「その程度であたしを倒せるつもり?」
     チハヤが嘲るように言い、リングスラッシャーを舞わせる。七つに分かれ、鋭い刃と化したそれは、前衛を担う灼滅者達を容赦無く薙いだ。
     攻撃が、予想していたよりも重い。内心で冷や汗をかく灼滅者達の耳に、砂浜を走る足音が聞こえて来た。救援チームが駆け付けて来てくれたのだ。仄かな安堵が灼滅者達に満ちる。
    「いつもはスナイパーだけど、格闘戦も結構イケるんだよ!」
     あるなは拳に雷の闘気をまとわせ、チハヤとの距離を詰める。顎を引かれ直撃は避けられたが、拳は鼻先をかすめた。
     天覧儀を勝ち抜いた強敵。その強さを身をもって体感しながらも、ソフィリアは何処か心が躍るのを感じていた。今の自分がどこまでできるのか、試したい。そう思いながら拳を握る。
    「その盾ごと、撃ち抜いてみせます!」
     小さいながらも鍛え抜かれた拳がチハヤの肩を穿ち、その加護を砕いた。柊の槍が螺旋の捻りを帯びて、脇腹をかすめる。朱梨は縛霊手を叩き付け、網状の霊力を放出する。チハヤの足に、細い霊糸が絡み付いた。
     ぽんと砂浜を蹴り、跳び上がったのはテレシー。流星のきらめきを宿した蹴りはチハヤの腰をえぐり、その機動力を奪った。
     結月がバイオレンスギターを爪弾き、優しい旋律を仲間に届ける。ソレイユもふわふわハートを飛ばしてくれたが、それでも回復が追い付かない。
    「攻撃が大味なのが救いッスけど、回復だけでも骨が折れるな、コレは」
    「やっぱり、すごく強い相手なんだね」
     オーラの法陣を展開する美潮に頷きながら、結月はチハヤをまっすぐに見据えた。援軍は早めに来てくれたが、このアンブレイカブルは強敵だ。戦いは時間と共に激しくなるだろう。
     目を合わせたチハヤが、不敵に笑った。


     戦い始めてから、どれほどの時間が経っただろうか。荒い息を吐きながら、灼滅者達は武器を握り直す。眼前のチハヤはリングスラッシャーを舞わせながら、笑みを浮かべていた。
    「ほらほら、どうしたの? あたしはまだ元気よ」
     チハヤは身を包んでいた炎を振り払うと、テレシーへと肉迫した。鍛えられた腕が華奢な体を軽々と持ち上げ、危険な角度で投げ落とす。頭を強かに打ったテレシーは、そのまま意識を失ってしまった。
     あるなは砂を蹴り、チハヤの懐へと飛び込む。オーラを集束させた連打を、チハヤは腕でかばって威力を殺した。ソフィリアが槍を繰り、引き締まったふくらはぎへ幾度目かの傷を残す。柊はマテリアルロッドを肩へ叩き付け、魔力の奔流を流し込んだ。
    「……おいで、藍影!」
     朱梨は僅かに目を細め、藍を帯びた影を伸ばす。茨めいた影はチハヤの腕や足に絡み付き、締め上げた。結月がバイオレンスギターを爪弾き、仲間を癒す。美潮の奏でる天上の歌声がそれに続いた。霧華の足元からするりと影が伸びて、チハヤを頭から呑み込む。
     チハヤののリングスラッシャーが音も無く宙を舞い、あるなの腹を深く穿つ。砂浜に朱を滲ませながら、彼女はその場に倒れ伏した。リングスラッシャーを繰る腕に、ソフィリアは蹴りを放った。ローラーが摩擦を生み、チハヤの体が再び炎に包まれる。その炎を突っ切って、捻りを帯びた柊の槍が胸をえぐった。体が揺らいだ一瞬を逃さず、朱梨は縛霊手を叩き付けた。
     チハヤが強敵である事は、前衛に出ている仲間の傷の深さでよく分かった。結月は喉を震わせて、癒しの調べを仲間へ届ける。前を守る仲間の傷を、完全には塞げないのが歯痒かった。美潮が断罪輪を掲げ、仲間に天魔を宿らせる。
     禍々しい色のリングスラッシャーが七つに分かたれ、前衛を薙ぐ。積み重なるダメージに耐え切れず、飴と華乃が倒れた。
    「これ以上好きにはさせません」
     表情は変えぬまま、それでも仄かな怒りを声に滲ませて、霧華は刀を構える。閃いた刃はチハヤの肩から腹にかけてをまっすぐに切り裂いた。
     こほ、と血の混じる咳をしてから、チハヤは柊の懐へ飛び込む。雷をまとう拳が彼の顎に叩き込まれた。チハヤが着地した瞬間に、ソフィリアが拳を打ち込む。柊も体勢を立て直し、即座に急所を狙った。
     朱梨の足元からするりと影が伸び、よろめきかかったチハヤを捕らえる。
     崩しに行く。結月にそう言い置いて、美潮も影を伸ばす。影は茨に苛まれるチハヤを頭から呑み込み、加護を噛み砕いた。
    「後衛の癖にやるじゃない」
    「後ろも攻撃の起点になるんスよ?」
     ただの回復役と思ったか? バカめ。美潮の言葉に、チハヤはふんと鼻を鳴らす事で答えた。
     ぱたぱた。赤い滴がチハヤの指先から落ち、砂浜を染める。恐らくはあと一撃。あと一撃で全てが決まる。飛んで来たリングスラッシャーをかわし、霧華はチハヤに向けて踏み込む。刃が死角で閃いて、チハヤの脇腹から血がほとばしった。
     崩れた体勢を戻せぬまま、チハヤは朱に染まった砂浜へ仰向けに倒れた。その体が消え去るまで、数秒とかからない。
    「みんな、だいじょうぶ? すごく、強い相手だったけれど……」
     眉を下げて言い、結月は仲間の回復に回る。幸い、深手を負った者はいない。気を失っている者も、10分ほど経てば自然と目を覚ますだろう。
     不意に柊の携帯端末が震えた。画面を確認した後、彼は仲間達に向けて口を開く。
    「終わったみたいだ」
     それは、天覧儀における、全ての戦闘が終わった事を告げていた。


     心配事の無くなった海は、明るくて気持ちが良い。無事にダークネスの襲撃を乗り越えた翌日。灼滅者達は、海での遊びに興じていた。
     ウォーターガンで水合戦をしよう。そう言い出したのは誰だったか。賛成の声は幾重にも上がり、半数以上の灼滅者達がウォーターガンを手にしていた。
    「こっちだよーっ!」
     満面に笑みを浮かべて、結月が砂浜を走り回る。その合間にウォーターガンの引き金が絞られ、噴き出るしぶきが宝石のようにきらめいた。
     ハンドガン型のウォーターガンを2丁装備したのは霧華。素早くあるなの背後を取り、引き金を絞る。ひゃあ、と楽しげな悲鳴が上がった。
     次の標的を探そうとした霧華の脇腹に、しぶきの一撃がかかる。目をやれば、ソフィリアが愛らしく微笑んでいた。
    「やられましたね」
    「油断大敵ですよ」
     これで涼しくなりましたね――そう言いかけたソフィリアの背中を、朱梨のウォーターガンが撃った。
    「ふふ。朱梨の勝ちだね」
     参加者の中で、ウォーターガンの一撃を受けていない者は朱梨しかいない。本気で勝ちを取りに行ったが故の勝利だろうか。
    「テレシーは何やってるんだ?」
     昼寝から目を覚ました柊は、一人パラソルの下でカメラを構えているテレシーに声を掛けた。昼寝に入る前は彼女も水合戦に参加していた筈だが、ギブアップしたのだろうか。
    「ちょっと記念撮影を」
     そう言ってテレシーは、ビデオカメラを停止させる。見目良い少女達の水着姿。眼福だと思うくらいは許されるに違いない。
    「バーベキューの準備できたッスよー」
     美潮が呼び掛けると、小さく歓声が上がった。網の周りには、あっという間に皆が集まる。
     熱くなった網の上に、思い思いに肉や野菜を載せて行く。香ばしい匂いが立ち上り、食欲をそそった。
    「……よし、みんな食え」
     火の通り具合を見ていた柊が、そう言ってゴーサインを出す。串に通した野菜に、結月が真っ先に手を伸ばした。
    「ボクも手伝うよ」
     飲み物を配ったりゴミをまとめたりと忙しく動く朱梨に、あるながそう声を掛ける。網の上では特産品のカニが良い感じに焼けていた。
     料理が出来なくても大丈夫。バーベキューとは素晴らしい。串を手に取りながら、美潮はそう思った。
     皆で美味しさを味わいながら、臨海学校の一日は過ぎて行く。
     楽しい時間が終わった後は、きちんと後片付けを。灼滅者達が去った後の海岸は、訪れた時よりも綺麗だった。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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