臨海学校2014~夏の頂

    作者:来野

     北の海水浴場の日が暮れる。潮騒は絶え間なく、風は心地好い。
     魚も休もうという夜の帳の中、まるで暗闇に溶け込むかのようにして黒塗りの車がやってきた。長い海岸沿いに静かに停車する。良く見ると、車体に記されているのは『HKT六六六』の文字。送迎車か。
     後部席のドアが開いた。そこへ潮風に乗って届く楽しそうな声。
     海辺で遊ぶ者たちがいるなどとは、思ってもいなかったのだろう。降り立った男が、動きを止めた。
    「やつらが、対戦相手か? にしては、緊張感が感じられないが」
     呟く声は野太い。路肩の常夜灯に照らされた影も、いかつい。
    「うん。……まあ、良い」
     2m近い巨漢が、ザリッと踏み出した。掌に打ち付ける拳には、きっちりとバンテージが巻かれている。
    「私は、我が欲するところを――」
     どっと溢れ上がる闘気。無骨なブーツで刻む深い靴跡。
    「なすまで!」
     それは一直線に、浜辺へと向かっていく。
     
     暑い。集中豪雨に熱帯夜。東京の夏は、焦げ付きそうなほどに暑い。学園の昇降口ではセミの声が煮えている。
     アイリスエル・ローゼスフォルト(戦場のマエストロ・d22427)と行き会った石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)は、しかし、次の瞬間に暑さを忘れた。
    「え……それは」
    「大変でしょう?」
    「ですね」
     一報をもたらせてくれた彼女の腕を取り、共に教室へと急ぐ。
    「聞いてくれ。臨海学校の行き先は北海道の興部町に決まった」
     ダンッとドアを開けるのと、そう告げるのが、ほぼ同時。
    「天覧儀最後の席を賭けたバトルロイヤルが、業大老の沈むオホーツク海沿岸で行われるらしい。彼女を含め多くの人が予測してくれたが、間違いない。日本各地から、天覧儀を勝ち抜いた連中が興部町の海岸に集結しようとしている」
     皆にアイリスエルを紹介し、教壇に立つ。
    「ということで、興部町の沙留海水浴場周辺でキャンプを行い、訪れるダークネスを迎撃して欲しい。到着のタイミングはわからないが、海岸でキャンプをしていれば恐らくは向こうから襲いかかって来る」
     ホワイトボードに掲示する地図は、長く真っ直ぐな海岸線を描いている。広い。キャンプをするにも戦うにも絶好の場所といえた。
    「少人数のグループに分かれて臨海学校を楽しみつつ、しかし、警戒も怠らないでくれ。やってくる敵はかなりの強敵だけれど、今回は止めを刺した人が闇堕ちすることはない」
     不幸中の幸いだ。それから、と続ける。
    「今回は、他に戦闘支援のチームも編成している。戦闘を開始してからしばらくを持ちこたえたら、この支援チームが駆け付けてくれるので、いかに強敵といっても圧倒することができるはずだ」
     アイリスエルと顔を見合わせて頷き、峻は教室内へと向き直る。
    「せっかくの臨海学校がこんなことになってしまったのは口惜しい。敵を倒しつつも、それはそれとして臨海学校もきっちり楽しんできてくれ。毎度、無茶を言って申し訳ない」
     なにせ――
    「集まったダークネスの全てを撃破できたら、武蔵坂学園は天覧儀の勝者の権利を得る事になる。それが、ことの真相を暴くきっかけとなるかもしれないから」
     ここまで何人もの犠牲を強いてきた天覧儀。それだけに得ることのできるものは得たい。
    「貝殻とか土産話とか、楽しみにしている。だから、思い切りはっちゃけて、でも、無事に帰ってきてくれ。お願いします」
     眦をぐっと細めて笑い、そう締めくくった。


    参加者
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    ユークレース・シファ(ファルブロースの雫・d07164)
    フィーネ・シャルンホルスト(黄昏の調べ・d20186)
    七塚・詞水(ななしのうた・d20864)
    アイリスエル・ローゼスフォルト(戦場のマエストロ・d22427)
    鼓郷・鷹飛斗(次代灯鳴・d23546)
    フーゴ・クラフト(ヴィントシュトゥース・d24450)
    峰山・翔(猫と山をこよなく愛す・d26687)

    ■リプレイ

    ●戦士の休息
     臨海学校当日。切れ間のない潮騒が灼滅者たちを出迎えた。
     キャンプ場に向かいながら、七塚・詞水(ななしのうた・d20864)が何度も言い直している。
    「お、おき……」
     おきぶ? おきべ? 疑問の顔つきに誰かの声が返った。
    「おこっぺ」
     そう、おこっぺ。ここは興部町の沙留海水浴場。ちなみに沙留はさるる。海面の青と波頭の白が目に眩しい。ぐんと伸びをすると空気も美味い。
     まずは皆で寄り集まり、連絡先の交換など後の救援要請の準備を済ませてしまうことにした。無用であればそれが一番だが、手を抜くことはできない。砂浜の片隅で額を寄せ合い、携帯を付き合わせる今どきの子供たち。
     それを終えると、アイリスエル・ローゼスフォルト(戦場のマエストロ・d22427)は水平線を見つめ、
    (「ここまで来たからには戦いあるのみ。ここで負けて帰ったらそれこそ何しに来たかわかんないし……」)
     一つ頷いて、
    (「臨海学校も楽しんで、ついでに全勝して楽しい夏休みにしたいもんだね!」)
     ということで、まずは、寝た。寝るのか。寝るのである。
     ダークネスの襲来は夜が更けてからだとわかっている。彼らには体力の温存が必要だった。仮眠の耳元に漂うのは、穏やかな波の音。まるで小さく揺するように眠りへと誘う。
     皆の荷物番と称して小さな日陰に腰を下ろしたレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)が、膝の上に本を広げる。ページを繰り、そっと傍らに声をかけた。
    「海なんて見えるんですか、モトイ兄さん」
     荷物を覆ったパラソルの陰、ひっそりと控えるビハインドの姿はこれならば目に付かない。唇からこぼれ出たのは、平素はまず口にしない兄の名だった。
     そこかしこから海辺の午後を楽しむ声が聞こえる。いつも戦いの中にあり、今日も免れようのない彼らの、つかの間の休息時間だ。それは壊れそうなガラス細工にも似ている。
     陽が傾き始めると、波打ち際を離れた皆で夜に向けての下準備の開始。まずは鼓郷・鷹飛斗(次代灯鳴・d23546)が、ESPを用いて巣を作り上げた。身を休める場所が欲しい。
    「ここからここまでが巣です」
     彼が場所を示すと、起き上がったアイリスエルがキャンプファイヤーの手引書を手の上で開く。さあ、組み上げよう。しかし、どうやって。
    「うん?」
     大きな影を落として覗き込んだのは峰山・翔(猫と山をこよなく愛す・d26687)。
    (「せっかくじゃし依頼さっさとすまして、臨海学校を楽しもうかの!」)
     指で押さえられたページを見てぐっと袖をたくし上げると、積まれた薪の元へと向かう。広い両肩にたっぷり担ぎ上げるので、仕事の進みが早い。ゴンッ、ゴンッ、という重たい音が響くたびに木々が組まれ、それは程よい四角形をかたどり始める。
     あっち、こっち、と指差していたアイリスエルが数歩下がって、ぐっと顎を引いた。
    「こういう組み上げ方でいいのかな……? まあ、大丈夫でしょう」
     大きな火の元となるそこを中心に夜の光源を配置しながら、フーゴ・クラフト(ヴィントシュトゥース・d24450)が頷いた。これならば十分に目立つし、戦うにも不足はない。傍らにはバーベキューの準備も始まった。
     火が入れられると、フィーネ・シャルンホルスト(黄昏の調べ・d20186)の華やいだ声が上がる。
    「えへへー、キャンプファイヤーなのー!」
     それを聞きつけたかのように、金色の火の粉が散った。すぐ傍でジューッというお腹の空く音が鳴り始め、潮風に香ばしい匂いが入り混じる。荷物置き場から運ばれてくるのは、飲み物、取り皿、そして花火。
     ゴスロリ服に潮風を浴びながら、ユークレース・シファ(ファルブロースの雫・d07164)がせっせと駆け回る。片手の皿の上にはレインが配膳したBBQ、そして逆の手には花火。そこに翔が、火を差し出してくれた。
    「……」
     じっと見つめる皆の前で、今夜最初の火花が上がる。シュッ、という音。火薬の匂い。ホースの水のように迸った炎は淡いラムネ色。
    「わぁっ! 花火綺麗ーっ!」
     フィーネの声が上がり、全員の影が大きく揺れる。次から次へ。火が手渡しにされて、火花が花開く。
     鷹飛斗が、それを遠慮がちに手に取った。手つきはもの慣れないが、光を受けた瞳は輝いている。こんなふうに楽しむことは、今までなかった。
     見ていた詞水が、横で花火を持ち上げて直線に動かす。斜め下、斜め上、真横。書きあがるものは、☆形。
    「星!」
     両手に花火を握ったフィーネがその周りを駆け、反対側にはナノナノのなっちんと駆けるユークレースの姿が。砂が跳ねても気にしない。まるで七色の蛍が乱れ飛んでいるようだ。
     そこから火をもらったアイリスエルの手には、線香花火。シリリッ、シリリッ、と小さな金平糖に似た光が散る。
    「こういうのも風流だね……」
     バケツの水の上に、本当に小さな火の球が映り込んだ。
     まだ、大丈夫か。まだ、彼らの休息は守られるか。
     小さな火が、震えている。

    ●鯨波のごとく
     ユークレースの仕込んだ回転コマ花火が、皆に歓声を上げさせた。その彼女の頭上で、パ、パッ、という音。
    「ん……?」
     くらげのような形の白煙がふわふわと漂っている。
    「んん?」
     皆の視線が火の粉散る夜空から中空、そして、目の高さへ。
    「あ」
     ぽふん、と落ちてきたものは。
    「落下傘」
     詞水の足許に花火の筒があった。ちゃんと用意していた。ファインダーを覗いて、皆をカメラに収める。
     しかし、小さなパラシュートが紛れてしまいそうなほど、いつの間にか夜空は闇を深めている。夜が来る。
     ユークレースが砂を掘ってお城を作り、詞水が心遣いの貝殻を拾っている傍ら、翔がキャンプファイヤーに薪を足した。フーゴが明かりを灯す。
     さくり、さくり。砂を掘る音。波が来る。作りかけの大きなお城は、まだ、押し流されずにいてくれる。
     皆、静かに火の元へと集まる。お城を手伝っていたレインも。車が到着する音は聞こえるか。
     ダメだ。聞こえない。
     波の音が切れ目なく、また、周囲では騒然とし始めた場所もある。持ち場を離れることはできないが、確実に空気が変わり始めていた。
     砂のお城が出来上がる。明るく走り回っていたフィーネはそろそろ瞼が重たい。
    (「やらなきゃいけないこともあるけれど、やっぱり来たからには楽しまないとなの」)
     こくっとなって顔を上げ、耳を澄ましてまた、こくり。
    (「でも、ずっと待ってるからなんだか眠い……の」)
     パチリ、と火が爆ぜたその時のことだった。
    「……!」
     鷹飛斗が頭を跳ね上げ、一点を凝視した。額のバンダナ『藍額布』の色がかがり火を弾く。DSKノーズがものをいう瞬間だった。
    「業だ」
     彼の声に応えて、仲間が布陣に散った。すかさず、戦闘開始のメールを流す。下準備が整っているので速い。先手が取れそうだ。
     ザクリ、という音が聞こえてくる。そして、唸りにも似た低く太い声が。
    「無粋とは言うまい?」
     ゆらりと揺れる炎の陰影を刻み、無骨な肉と骨の塊のような男が灼滅者たちの正面に立った。頂を目指す者だ。
    「闘え。本気を見せてもらおう」
     波が鳴る。アイリスエルの手でスレイヤーカードが解放され始めた。
    「さて、メインイベントの始まり始まり!……走れ雷光、殲滅の笛を鳴らせ!」
     迸る闘気を全身に浴び、続くレインの声。
    「その闇を、祓ってやろう」
    (「夏の頂へ、昇ろうか。……こういう時は、気持ちよく戦うものさ」)
     彼女の手の中で、マテリアルロッドがヴンッと唸る。その一撃に狂いはない。万全で小気味良く突っ込んだその初撃が、
    「……?!」
     巨漢の外腕で受け止められた。当たったと感じる暇もなく、骨の軋むような反動が返って来る。身軽に切り替えした彼女とビハインドが入れ替わり、振り払う一撃を受けて地に叩き付けられるのが見えた。
     半歩下がったアンブレイカブルは、硬く拳を握り直す。
    「当てたか。言うだけのことは、ある」
     一旦は体勢を整えるしかない。ロッドを握ったレインの手首が微かに痙攣を残しているのを見て、中、後衛のメンバーはしっかりとその持ち場まで下がる。
     翔の手に現れるのはWOKシールド。まずはワイドガードで及ぶ限りの守りを固める。堅実な動きを見て薄く口許を緩めたアンブレイカブルは、軸足をアイリスエルに向ける。
     彼女の選択もまた守りを固めるブラックフォーム。すっとスペードのスートの浮いた真正面へと、巌のような拳が襲い掛かる。
    「……っ、く!」
     吹っ飛ばされると思った瞬間、ダークネスの拳がわずかに揺らいだ。
    「……ぅん?」
     潮風を洗い流すかのような歌声が、巨漢の意識を揺すっている。口ずさんでいるのは視界の外に回り込んだフィーネ。何とか持ちこたえたアイリスエルは、体勢を低く落とすに留まった。それでも手痛い衝撃に、荒く咳き込む。アンブレイカブルが鈍く唸った。
    「やって、くれる……っ」
     重心を入れ替え、フィーネのビハインド・夢幻の公を掴み上げて地へと叩き付ける。
     ドォッという海嘯が皆の腹に響き、それは鉄を呑むに似た重たい緊張感へと変わった。

    ●信じていたから
     隙らしき隙が作れない。なっちんを前に出したユークレースは、状況を見て先手を攻撃に切り替える。フーゴは万全を期してのドーピングニトロ。今は遠くから少しでも当てるしかない。じわりと起こす黒々とした想いが凝り、攻撃的な弾の姿を帯び始める。
     鷹飛斗の腕が変貌を始め、それは巨大な砲台を思わせる姿へと。詞水は少し迷った結果の、フリージングデス。
     一気に三方から来る。それを見たダークネスが砂を蹴った。
     どぅっという一斉攻撃の轟音が爆ぜ、砂の城の一角が崩れる。炎の揺らぎに照らされて、アンブレイカブルの全身が鈍色のオーラに包まれるのが見えた。回復に追い込めたようだ。
     この間にと、距離を開けられた前衛陣が後を追う。陣形がばらけ、各人が入り乱れた。その時だった。
     ゴッ、という鈍い音が響き渡った。
    「――!」
     鷹飛斗の背が、鉄塊のような拳を呑んで大きく撓る。彼は敵に毒を打ち込んだ当人。変色しかけた頬を逆の腕で拭うアンブレイカブルの目は火を映し、燃え上がる赤がねの色。相手が少年であることを忘れたかのような一撃だった。
     砂を蹴散らしてその場に倒れ込む鷹飛斗の腕を、翔の手が掴む。殺されるわけにはいかない。シールドを翳して離脱しようと砂の上に転がった、そこに敵が踏み込んでくる。
    「逃さぬわ!」
    「お前もだ」
     フーゴが突き出したバベルブレイカーが巨漢の肩先を裂く。できる事ならば、救援が必要となる前にここで倒してしまいたい。鋭い一撃がその思いを敵の血飛沫へと変えたが、相手はまだ動いている。基礎体力がとんでもない。
     身を屈めたダークネスが殴り倒したのは、翔。大きく抉られた砂の上で、敵味方の影がもつれる。頼もしい腕が砂の上へと落ちた。
     苦渋であろうとも、決断を下さねばならない。
     黒々とした影が立ち上がるのを見て、詞水は仲間の手から花火を受け取った。意を決し、キャンプファイヤーの火を移す。
    「……うん?」
     波打ち際まで下がったアンブレイカブルが頭上を仰ぐ。上がった花火の色は青。パパッ、と火花が花開いた。この期に及んで美しい。その隙に、倒れた二人の元へとユークレースが走る。
    「まだ、戯れる余裕があったか、……」
     そう言って踏み出した敵の足が止まった。聞こえてくるのはライドキャリバーの駆動音。大きく揺れる炎の向こうから、新たな仲間が現れた。
     巨漢の重たげな瞼が持ち上がる。まさか、救援。だが、気付くのが遅すぎた。楽しげな彼らの様子に一杯食わされたのだ。いっそ笑いたげな艱苦の顔つきで、耳を澄ましている。
    「デウ、急いで!」
     届いたのは巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)の声。アンブレイカブルは、ユークレースの後ろ襟に手を伸ばす。
     掴まれてしまうというのか。銀の瞳が見返り大きく開いた、その瞬間、
    「ぐ、ア……ッ!!」
     突進してきたライドキャリバーを胸元へ受けてアンブレイカブルが一歩退り、車体を蹴り倒す。ホイールを空転させてキャリバーが消滅した。跳ね上がる濡れた砂。敵の硬い拳が下から抉り上げるのは、飴の顎骨。小柄な体が全てを受け止めて吹っ飛ぶ。
     その隙にフィーネとフーゴが倒れた仲間を引きずり離す。滅茶苦茶に蹴り乱された砂の上に、飴の背が落ちて大きく二度跳ねた。
    「強いアンブレイカブルとの戦い……、ご褒美、です、ね」
     ごぼり、と血の塊を吐いて動きを失った飴をユークレースが抱え、背後へと転がった。
    「……っぅっ!」
     汚れようが構わない。
     次々と駆け付けてくる気配がある。アイリスエルのエアシューズがギャンという摩擦音を立て、炎を吹いた。体勢を立て直そうというアンブレイカブルの胸の高さまで飛び、ぐるりと身を返して灼熱の蹴りを見舞う。軌跡が熱い。
    「ガッ……ッ!」
     両腕を顔の前に上げて、巨漢が膝をつく。炎が爆ぜ、焦げ臭い匂いが充満した。その前に踏み出したレインの腕にはバベルブレイカー。
     頭を振り上げたアンブレイカブルは、焼けた拳を固めて突進して来る。
    「ウ、ルォォォッ!!」
     凄まじい地響き。レインの横顔がすっと締まる。
     駆けつけた仲間の援護が飛んできた。敵の動きが鈍い。迎え撃つバベルブレイカーの杭が、分厚い胸板をドッ、と打つ。それは肉を穿ち骨を砕いて、背へと抜けた。
    「ォォオ、アァ――ッ!!」
     野太い断末魔。ビンッと震える夜の大気。振り回されそうだが、杭は引けない。ひたすらに耐える。
     やがて木っ端微塵の肉片となったアンブレイカブルは、踏み散らした砂の城へと崩れ落ちていった。それはとても長い時間のように見えた。

    ●目覚めの海
     ザザ、という潮騒が、砂の中から聞こえる。頭上には丸い月の冴えた光。
    「あ……」
     薄っすらと目を開けた飴の口許を、ユークレースがきれいに拭っていた。心霊手術のお陰だろう。全身を貫いた痛みが消えている。血の生臭さも薄い。
     友人から闇堕ちが出たこともあり、天覧儀の悲劇を食い留めようというユークレースの横顔は真剣だ。立ち上がる飴の背に手を添えて助ける。
     救援メンバーの許へと駆け戻っていく飴の輪郭が、キャンプファイヤーの炎に照らされて金色に見える。
     ありがとう。もう一頑張り、よろしく。
     しっかりと見送って、向き直る先は同じチームの仲間だった。
     鷹飛斗が目を開けたとき、頬の砂を拭っていたのはアイリスエル。被害が大きかったこともあり、手分けすることとなっていた。
     恐縮しつつ身を起こす彼だが、誰かが被らなくてはならない痛みである。皆、集まって無事を確かめ、ほっと息をこぼす。
     フーゴの手許では、今、翔が起き上がったところだった。大きな肩をフィーネと詞水が左右から支える。頭を振ると盛大に砂がこぼれた。そうしてしっかりと意識が戻ったのを知り、やっと全員の緊張が解け始める。
    「ああ……」
     踏み散らされた砂の城が、波の指先に崩されて静かに浜へと戻り始めていた。この場の襲撃は、比較的遅い時間だったのだろう。あちらこちらであがっていた戦いの騒ぎも、だいぶ、静かになっている。
     この調子ならば、武蔵坂の勝利だ。
     キャンプファイヤーの火が弱まり、東の空が次第に紫色に見えてくる。夜の天秤が大きく傾くと、その先に訪れるのは朝。
    「この分なら、明けたら泳げそうかの」
     翔の言葉に、皆、はっと顔を見合わせる。海の静けさは守られた。きっと、この分なら。
     可愛いの、格好良いの、きれいなの。思い思いの水着で休日を楽しむであろう皆の中、それを提案した翔の水着は――
    「それ、褌?」
     と問われること請け合いである。まさに全くもってその通りの大和魂。
     青い空。青い海。
     夜が明ければ、彼らは真夏のてっぺんに立つ。
     

    作者:来野 重傷:鼓郷・鷹飛斗(次代灯鳴・d23546) 峰山・翔(猫と山を愛す・d26687) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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