抜刀せよ

    作者:灰紫黄

    「安土城怪人が邪悪な陰謀を目論んでいることは必定。されば我らに従い、彼奴らを屠ることこそ仏の導きなり」
     純和風の邸宅に男の低い声が響き、老人はそれに熱心に耳を傾ける。子は独立し、妻に先立たれ、もはやこの家に一人残された彼にとって、誰かに必要とされることは嬉しかった。どうせ短い命。ならば何かを成して死にたいとも思っていた。
    「分かりました。この老いぼれでよければ連れて行ってください」
     老人の答えに頷いて、男……慈眼衆はほくそ笑んだ。けれど、それを妨げる者が現れた。頭が日本刀の形になり、そして腰にも刀を提げた怪人。
    「おいおい、なりふりかまわねぇとはこのことだな。人のことは言えねぇけどな!」
     刀剣怪人が抜刀するのと同時、ペナント怪人もそれに従い前に出た。
     琵琶湖を巡るダークネス同士の戦いは、新たな局面を見せていた。

    「ものども、出陣でござる!」
     野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)は開口一番そう叫んだ。コスプ……着る服によって雰囲気の変わる彼女だが、今日は男物の和服に身を包んだ侍スタイルだった。
    「天海大僧正と安土城怪人の戦いは、天海大僧正が優勢のようでござる。ゆえに、安土城怪人はさらなる戦力、刀剣怪人軍団を投入したのでござる」
     天海大僧正も湖西地域で強化一般人を増やそうとしており、刀剣怪人はその阻止のために動く。二者が戦えば、周囲に危害が及ぶ可能性も高く、放置するわけにもいかない。
    「どのように事件を解決するかはみなの判断に任せるでござる。拙者はただのエクスブレインに候」
     これらの事件への対応が場合によっては琵琶湖の戦いの流れを決めるかもしれない。また、一連の戦いを早く終わらせるためにどちらかに助力するということも考えられる。
     選択はいつも通り、灼滅者に委ねられている。
    「慈眼衆が現れるのは一人暮らしの老人の家でござる。そのしばらく後、刀剣怪人が現れるでござる」
     慈眼衆は一体で、神薙使いと断罪輪のサイキックを扱う。状況次第でここに老人が強化一般人として加わる。
     一方、刀剣怪人はご当地ヒーローと日本刀のサイキックを使う。ペナント怪人が二人ほどつき従っており、こちらもご当地ヒーローのサイキックで戦う。
     刀剣怪人側の方が優勢ではあるが、どちらが勝ってもおかしくはない。灼滅者の介入の仕方で結果は決まるだろう。
    「目標はどちらか一方を灼滅することでござる。では、武運を」
     そう締めくくる迷宵。その表情に憂いはなく、それは灼滅者への信頼の証だった。


    参加者
    和瀬・山吹(エピックノート・d00017)
    藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)
    神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)
    黒崎・奏(黒の旋律・d20980)

    ■リプレイ

    ●説法
     ところは滋賀県西部。琵琶湖を巡る安土城怪人と天海大僧正の戦いは新たな局面を迎えていた。以前は安土城怪人が戦力増強を企て、慈眼衆がそれを阻止するという構図だったが、今は状況が逆転している。
    「無関係なおじいちゃんを巻きこむのは許せませんです」
     灼滅者達はエクスブレインに教えられた老人の家の目の前に来ていた。普段ののほほんとした雰囲気とは違う、真剣な表情で日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)が言った。一般人を巻き込み、ましてや捨て駒にするなど見逃すわけにはいかない、と。
    「ごめんください」
     呼び鈴を押した夕永・緋織(風晶琳・d02007)が定型の挨拶を告げる。けれど、返事はない。そのまま出て来てくれれば戦闘に持ち込む予定だったが、これでは手段は選べまい。
    「仕方ねぇな、行くぜ!」
     手間取れば慈眼衆の説法に間に合わないということもあり得るだろう。スレイヤーカードによる封印を解除した多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)は霊犬のさんぽとともに門を飛び越えた。仲間もそれに続く。
     広い庭を少し進むと、男の声が聞こえてきた。そのものものしい雰囲気に、慈眼衆だと直感する。
    「安土城怪人が邪悪な陰謀を目論んでいることは必定。されば我らに従い、彼奴らを屠ることこそ仏の導きなり。……お主、我ら慈眼衆に加わるべし」
     慈眼衆の言葉に老人が頷きかけた刹那、灼滅者は二者の間に割り込んだ。
    「ようは捨て駒っちゅーことやろーが!」
     和服の袖をたなびかせ、藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)がツッコミを入れる。同時、老人は風の力で眠らせる。
    「お主ら、武蔵坂の灼滅者か。まさか我らの邪魔をしに来たのではなかろうな」
     まさか、と口では言いながらすでに臨戦態勢に入っている慈眼衆。断罪輪を両手に持ち、威嚇するように構える。想定外の事態だというのに、羅刹には動じた様子はない。
    「話が早いね。だったら、さっさと退場してくれると嬉しいんだけど」
     薄く笑みを浮かべて、和瀬・山吹(エピックノート・d00017)はさらっと毒を吐く。表面は温和なくせに、態度からは害意と悪意がにじみ出ていた。
    「そっちこそ、一般人に手を出して、私達が黙っているとでも思った?」
     怒りを隠しもせず、神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)は慈眼衆をにらんだ。一方の羅刹は肩をすくめ、せせら笑う。
    「そういえばそうであったな。まったくどこから嗅ぎつけるのやら」
    「どこでも、いい。おじいさんは、連れて行かせない」
     深く被った帽子の下から、強い意思を秘めた瞳がのぞく。自己満足でもいい。それでも、渡橋・縁(神芝居・d04576)は誰かが死ぬかもしれないのを、放っておくことはできない。
    「あなたの思惑通りにはさせません」
     今回が初めての依頼だという黒崎・奏(黒の旋律・d20980)は緊張を隠しながら戦いに臨む。大丈夫、と自分に言い聞かせて武器を手に取った。

    ●慈眼衆
     灼滅者達としては、いたずらに被害を出したくはない。老人と家を守るために、できれば屋外での戦いに持ち込みたいところだ。
    「狭いとこちゃうかったら攻撃出来へんほど、弱いっちゅーわけやないんやろ?」
     そう言い、裕士は不敵に笑う。その意図を正確に読み取り、慈眼衆もそれに応じた。
    「餓鬼の挑発に乗るのも一興か。そら、かかってこい!」
     先に庭に出た羅刹は再び断罪輪を構える。慈眼衆とはいえ、彼は暴力に酔う羅刹の本能は持ち合わせているようだ。
    「容赦はしません。……カミの力よ、私に宿り、その力を刃となりて敵を切り刻め!」
     他の仲間に比べれば、奏はまだまだ経験不足だろう。だが、だからこそ、油断なく一切の容赦なく、狙って、当てる。小さな手を振るえば、大気が意思を持ったかのように風となって羅刹に迫る。
    「これは痛いですよ!」
     翠の神剣が霊体化し、月光のような青白い光を帯びた。一瞬のうちに光が羅刹の体を通り抜け、その魂に一閃を加える。
    「その動き、止めさせてもらうわ」
     ちか、ちかとわずかに銀の光が瞬く。それは緋織の手から放たれた鋼の糸。不可視の速度で慈眼衆の体に絡みつき、言葉通りに動きを止めた。鋼糸が喰い込んだ手足から、血が少しずつ滴る。
    「くく、この前は我らの味方をしたかと思えば今度は邪魔するか。面白い連中よな」
     痛みなど感じないかのように、腕を引きぬく慈眼衆。分割存在のようで、、普通のダークネスほどの力はないように見える。それでも余裕を見せるのは、分割存在ゆえの不滅が理由だろうか。
    「笑ってる場合かい?」
     山吹の影が揺らめき、邪悪な笑顔を見せた。次の瞬間には無数の触手となって再び慈眼衆の体を縛りあげる。宙づりになった鬼は、それでもなお覆面の下からくぐもった笑い声を洩らした。
    「そうだな。やられっぱなしとあっては慈眼衆の名が泣くというもの」
     途端、二枚の断罪輪が巨大化し、羅刹の体を取り込む。体ごと大きな車輪となって、前衛に突撃した。が、紫の霊犬、久遠によって受け止められる。
    「ありがとう、久遠。こっちもお返し!」
     紫のエアシューズが加速し、摩擦熱で炎をまとった。まさしく電光石火の速度で踏み込み、緋キックを叩き込む。着物に焦げ跡を作ったが、羅刹の笑みは消えない。
    「さんぽ、お前も負けるなよ」
     仲間に回復を飛ばしつつ、相棒に声をかける千幻。一方のさんぽは無反応だが、仕事はこなしているため、これはこれでいいのだろう。
    「戦って死ねだなんて、そんな御仏の導きがあってたまりますか」
     縁の腕が鬼のそれへと変じる。怒りのこもった呟きは文字通りの剛力を伴って慈眼衆を吹き飛ばした。戦況は灼滅者に優勢だ。早く決着をつけるため、なおも猛攻でたたみかける。

    ●仏滅
     灼滅者達の攻撃は慈眼衆を容赦なく追い詰める。けれど、覆面の下の笑みは消えない。
    「自分達はさも正義であるかのように語り、お年よりを唆すなんて……許さないよ!」
     星の光を残して、紫の姿がかき消える。次に現れたのは背後。暗殺の技は、確かに彼女の中に息づいていた。
    「くはは、力はあっても所詮は餓鬼か。一般人の命など取るに足らぬ。これから起きるのはただ戦ではない。大戦なのだ!」
     老人や一般人を守りたいと思うその心を、羅刹は愚かだと嘲笑う。これから起きる大事においては、人の命など塵芥にも等しいと。
    「それはあなた達の都合です。無関係の人を巻き込まないでください」
     羅刹の言葉を、縁は切って捨てた。装飾を施された直刀が非物質化し、羅刹を貫く。急所を突かれ、慈眼衆もさすがに苦しげに息を吐く。かなりダメージが蓄積されているようだ。
    「たたみかけますです!」
     お払いのように振るえば、まるで神が宿るように翠の御幣に魔力が集う。光を帯びた一撃が羅刹を捉え、炸裂した魔力で大きく吹き飛ばした。
    「そろそろ俺も攻めようかね」
     灼滅者の優勢と判断した千幻は回復を中断し、攻撃に加わる。片腕を覆う縛霊手を力のままに振り上げ、そのまま叩きつけた。霊縄が出るのと同時、さんぽもくわえた斬魔刀で斬りかかる。
    「あなたにも、事情はあるんだろうけど」
     慈眼衆に目的があるように、こちらも譲れぬものがある。一般人を巻き込もうとするなら、排除するしかないのだ。緋織の指輪から放たれた魔弾が羅刹の動きを縫い止める。
    「そろそろ潮時じゃない?」
     山吹の唇から紡がれる残酷な旋律は、音楽という枠を超え、鋭い刃となって羅刹の精神に突き刺さる。虫の息の敵を眼中に納め、山吹はサディスティックな笑みを浮かべた。
    「おうおう、面白ぇことになってんな」
    「「!?」」
     突然、頭上からからかうような声が聞こえた。見上げると、頭部が刀になった怪人が邸宅の屋根に立っていた。
    「なんや、来るの遅かったな」
     慈眼衆はほとんど倒したも同然だ。刀剣怪人の出番はもはやない。警戒する裕士の藍色のオーラが瞬く。
    「いやいや、俺だって急いで来たつもりなんだがね」
     刀剣怪人は何をするでもなく、戦場を見下ろす。手を出す必要はないと思っているのかもしれない。あるいは、灼滅者を観察しているのか。
     その間に、羅刹が立ち上がる。死に体ではあったが、分割存在である彼らにとってはそれこそとるに足らぬこと。
    「容赦はしないと言いました。……影よ、伸びよ、そしてかの者を切り裂け!」
     凛とした叫びとともに放たれた黒い刃が、慈眼衆に引導を渡す。敵の灼滅を見届け、奏はほっと胸を撫で下ろした。

    ●抜刀せず
     慈眼衆を倒し、目的は果たした。けれど、それだけで済むかは彼次第だろう。ペナント怪人とともに屋根から飛び降りて、刀剣怪人はにやりと笑った……ように見えた。なにぶん頭は刀なので表情は分からない。
    「やるかい?」
    「私達の目的はおじいさんが強化一般人になるのを止めること。今、戦う理由はないよ」
     縁がそう答えると、怪人は肩を揺らす。おそらく笑っているのだろう。
    「そうかい? 楽できて助かるぜ」
     表面では笑っているが、灼滅者達が敵か味方かを観察しているのだろう。まとう空気は緊張感に満ちている。
    「……ふぅん、まぁいいや。じゃあな、少年少女達」
     刀剣怪人はペナント怪人を引き連れ帰っていった。今回のことをどのように報告するかは分からないが。
    「結局、なんだったのかな……」
     刀剣怪人が去った方を見やり、山吹が呟いた。安土城怪人と天海大僧正の対立と、それによる大戦。ブレイズゲートに囚われたダークネスが解き放たれるとの情報もあるが、多くは謎のままだ。
    「あ、そや。じいちゃんは大丈夫やろか」
     と裕士。
     庭が広いおかげもあって、邸宅には被害はない。老人にも被害はないだろうが、一応、確認しておく。
    「よく寝てますです」
    「はい。よく、寝て、ます……」
     影から様子を窺い、頷き合う翠と縁。老人は豪快ないびきを立てて寝ており、まったくもって無事だった。何かが違えば、この老人とも敵同士になっていたかもしれない。そうならなくてよかったと安心する。
    「私達の役目は終わったわね。学園に戻ろうか……」
     できれば人のままであってほしい。祈りにも似た願いは無事に叶った。そっと微笑む緋織である。
    「そだな。また近いうちに来ることになるかもしれねぇけどな」
     決戦の気配は確かに近付いている。けれど、まだ明らかになっている情報は少ない。不気味さを感じながらも、千幻は頷いた。今ここでやれることはもうない。
    「……大戦」
     自分の掌を見つめて呟く奏。灼滅者としての奏はまだ歩き始めたばかりだ。初めての実戦はうまくいったけれど、次はどうなるか分からない。それが大きな戦いとなればなおさら。
     灼滅者達は老人が目を覚まさないうちに邸宅を去った。今回のことはきっと夢だと思ってくれるだろう……というのは希望的観測だろうか。琵琶湖を巡る戦いが、今後どうなるかは未知数。けれど、羅刹の企みを阻止したこともまた事実だであった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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