臨海学校2014~闘いに魅入られし戦姫

    作者:六堂ぱるな

     
     ぴっとピンクのネコ耳が向きを変える。青い海を臨む長い砂浜に、いくつものテントが立っているのが見えた。傾げた首と同様、疑問を表して二本のピンクの尻尾もくねる。
    「あれが妾の相手かにゃ?」
     だとすれば面白い趣向だ。武神大戦天覧儀の次のステージ、最後の空席をめぐる舞台で待っているのが灼滅者とは。だがこれはバトルロイヤル、多対一も承知の上だ。
     ふと何かに耳を傾けるように、彼女が小さな囁きをもらす。
    「……嘆くことはにゃい。ひと暴れすれば気も晴れるにゃ」
     バンが停まり、丁重に後部座席の扉が開かれる。差し出された黒服の手を支えに路上へと降り立ったのは、場違いに華やかな姿だった。
     花嫁衣装のようにも見える緋色に金箔の模様の入った色打掛けを羽織り、長い髪を一部結いあげて豪奢なかんざしと髪飾りで彩っている。豊かな胸が押し上げる色打掛けの下、ミニ丈の襦袢からすらりと白い脚が伸び、赤いぽっくりがころりと音をたてた。
     携えた身の丈の半分ほどもある鉄扇を軽々と揺らす彼女は、大きな紫銀の瞳かがやく童顔も、むにむにっと愛嬌のある口元も変わりない。
    「妾は妖媛なるぞにゃ! 妾を楽しませてくれる戦いを所望するぞにゃ!」
     黒服の男が『HKT六六六』のロゴのついたバンに乗り込み去ってゆくのに目もくれず、名乗りをあげたのは水沢・彩愛(ブルームストーム・d09400)、その人であった。

    ●そこに闘いがあるのなら
     天覧儀の勝利者となる最後の一席をかけたバトルロイヤル。
     その開催場所が判明した。北海道の興部町にある沙留海水浴場である。10キロにもわたる真っ直ぐな海岸線、水の透明度の高い綺麗な海が闘いの舞台に選ばれたようだ。
     武蔵坂学園の生徒は海岸でキャンプを行いつつ、バトルロイヤルに参加せんとやってくるダークネスを撃破することになる。
    「で、探し出したと言うよりは出てきてくれたという感だが。水沢先輩の参戦を察知した」
     埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)はファイルを手に、一同を振り返った。
    「彼女は現在、ねこまた・妖媛(あやひめ)と名乗っている。尻尾の数が増えて衣装がグレードアップしているが、外見上はほぼ変わりない」
     目的は勝負で力をつけ、業大老と拳を交えること。東尋坊近くの無人島・雄島にある「猫の小判」で対戦者を待っていた彼女が、バトルロイヤルへ参戦したのもその為だ。灼滅者たちとも『楽しませてくれるなら』闘っても構わない――あくまで前座扱いではあるが、それが妖媛の考えだ。
     彩愛は学園に帰りたいと強く思っているが、意識を妖媛に抑え込まれている。闘いで妖媛を満足させなくては、その奥で闇に沈みかかっている彩愛に声が届かない。
    「俺は包囲の手伝いをしよう。心配してる人がいるんだ、先輩には戻ってもらう」
     宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)に頷いて、玄乃は説明を続けた。妖媛はストリートファイターのサイキックの他に、手にした鉄扇を断罪輪のように使ったサイキック、履いたぽっくりでエアシューズ相当のサイキックを使ってくる。
    「妖媛は女子が大好きで食べ物に釣られやすい。出現時刻が13日の朝、場所が海辺である以上、薄着もしくは水着の女子と準備中の朝食が使えそうだ」
     見込みがあると思った相手を『嫁』――弟子らしいが――に勧誘することもあると思われる。その他では小柄であることや、舌足らずな口調を気にしている節がある。いささか気が引けるが、いざとなったら身長や口調を指摘することで怒りを誘えるだろう。
     場所はキャンプをしている砂浜、時刻は朝なので何ら戦闘に支障はない。闘いで妖媛を満足させつつ、彩愛に戻ってくるよう呼びかけることが重要だ。
    「なんとか今回で救出してもらいたい。それが無理なら、灼滅せざるを得ないことはわかっている」
     既に天覧儀で力を得た彼女は強力なダークネスだ。迷いや齟齬は命取りとなる。
    「これで助けられなければ完全な闇堕ちをしてしまう。そうしたら恐らく助けることはできないだろう。先輩を取り戻して来て欲しい」
     表情が硬い玄乃の頭を、ラズヴァンが笑ってぽんと叩いた。
    「妖媛が喜ぶぐらいめいっぱい闘って、彩愛先輩を引っ張りだせばいいんだろう? 最高に楽しいバトルロイヤルにしてくるさ」
     闘いを楽しむのはアンブレイカブルの一面。
     互いに満足できる闘いをすれば、きっと皆の声は届くだろう。


    参加者
    凌神・明(灼滅狩り・d00247)
    シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)
    織神・皇(鎮め凍つる月・d03759)
    曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)
    石動・勇生(投げる男・d05609)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    九条・御調(星謡みの陰陽師・d20996)

    ■リプレイ

    ●一
     時折流れる雲が太陽にかかると、それだけで少し気温が下がる。北海道にしては強い日差しが翳り、涼風がよぎる中、豪奢な衣をまとった姿が道路から浜辺へと下りてきた。
     アスファルトの上でころりと音をたてていたぽっくりが、砂に沈んできゅっと鳴く。
     優雅に鉄扇を広げ、花嫁衣装のような打掛けが風をはらみ、膨れ上がるは圧倒的な――ダークネスの気配。

    「ククク……ほう、おぬしらが相手とにゃ」

     九条・御調(星謡みの陰陽師・d20996)はわずかに身ぶるいした。
     肌寒さを感じただけだ、大丈夫。目の前で妖艶に微笑む、妖媛と名乗るねこまたと遊ぶにはちょうどいいだろう。
     同じ想いを抱えるシェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)もまた、並々ならぬ決意をもって妖媛の前に立った。
    「あやめん、誕生日に堕ちてるなんてダメだよ! ちゃんと戻ってきなさい!」
    「思いっきり戦いたいなら、相手になってあげる。その代わり、満足したらいっしょに帰るんだからねっ!」
     髪をかきあげながらの笙野・響(青闇薄刃・d05985)の言葉に、妖媛の頭でピンクの耳がぴぴっと動く。
    「楽しませてくれるのにゃらば、少し遊んでやってもよいぞにゃ」
     楽しげな笑みを浮かべて近づいてくる彼女には、悪戯っぽい響きこそあれ、嘲る様子はない。よい戦いとなるならば、相手が灼滅者でも構わないのだろう。こちらの土俵に上がってくれるなら大歓迎、石動・勇生(投げる男・d05609)はにかりと笑って持ちかけた。
    「俺たちとバトルロイヤル、しようぜ!」
    「水沢先輩、お相手お願いしますっ!」
     オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)の張り上げる声にも諦めの色はない。まず気力で負けない事。そうすれば、出来る事はある……彼女を逃がしてはならない。
    (「彩愛ちゃんは、私の大事な友達なの。絶対に取り戻す……!」)
     戦って傷つけるかもしれないと思えば、恐怖もある。それでも御調は退けなかった。
    「あやひめ、私たちと戦って下さい。必ず勝ちます!」
    「では一手指南しようではにゃいか」
     鷹揚な返答の後ろで、包囲を担う宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)がサポートチームと共に退路を断つ。
    「誕生日までには帰ってこいよ……つっても邪魔する奴がいるなら無理か」 
     同じ誕生日だが、過ぎてしまったではないか。嘆息する織神・皇(鎮め凍つる月・d03759)に並んで、曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)が小さな声で唸った。
    「彩愛さんを何が何でも連れ戻す。私は、こうして仲間が闇に堕ちてしまう事をほっとけないんだ」
    「……仲良くお喋りっつー温い関係じゃないが……ガチで殴って戻せるのなら、引き戻してやるだけさ」
     呟く凌神・明(灼滅狩り・d00247)の掌に、芒と盾の力が宿る。ぎしりと握りこんだ拳は意思のまま固く結んだ。
     言葉をかけるのは苦手だ。彼女も武闘家なら、拳で伝わるものがあるだろう。

     水沢・彩愛を取り戻す戦いの幕は、こうして上がった。

    ●二
     互いを読み合う間は、ほんの一瞬だった。
    「ひふみよいむなやこと、とこやなむいよみふひ」
     御調の解除コードが響いた、わずかに後。 翻る紅色の袖の残像を残し、無造作とも言える所作で放たれた鉄扇が宙を舞う。その回転は容赦なく明とシェレスティナを打ち、次いで響と勇生へと襲いかかった――が、明と皇によって阻まれた。明の跳ね上げた扇を受け取る妖媛へ、響が死角から斬撃を加える。
    「彩愛さんに似合うのはメイド服っ! 和服も良いけどやっぱりメイド服が似合ってるよっ!」
    「ではもう少し、和装を堪能するがいいにゃ」
     返しながらも、大きな水色のリボンをなびかせた響の水着が気になるようで。明が盾の守護を前衛たちにかけている間に、妖媛へシェレスティナが迫っていた。
    「かかっておいでよ! そしてあやめんはさくっと出ておいで!!」
     破邪の斬撃を受けようと怯む様子はない。御調の清めの風が明にしがみつくトラウマを消し飛ばし、駆けよる皇は鼻歌を歌いながら、巨大化した鬼の腕で殴りかかる。
    「Happy Birthday to you~♪ あやめーん。でもってダークネスにはお帰り願おう、ウチらが迎えに来たのはアンタとちゃうんでね」
    「水着は悪くないのに、つれないにゃ」
    「あいにく今年の新作じゃあねえけど……」
     かわしきれない妖媛がたたらを踏んだところへ、オリヴィエが蹴りを見舞う。
    「先輩は信じてって言った。必ず秘密を持ち帰るって言った」
     けれど今目の前にいるのは、悪戯っぽく微笑むねこまたであり。
    「今のままなんて、何て言われても信じない!」
     オリヴィエの悲痛な声を聞きながらも、華琳はシャツの裾からちらちらとブルマを見せつつギターを掻き鳴らした。
     女子は軒並み水着で臨んでいる。サポートの女子たちも水着のものがおり、もちろん妖媛を逃がさない為だ。あくまで逃走防止、他意はない。と自身に言い聞かせ、勇生は仲間たちにぐっと親指を立ててイイ笑顔を見せた。
    「皆、いい感じだぜ! そう思うだろ、あやめん!」
    「まったくだにゃ!」
     闘いの中で事故――という名のラッキースケベさえ期待できるかもしれないなんて、今シンクロ率が高い二人が思ったとか、明がため息をついたとか。
     勇生が妖媛とハイタッチ。事実上の抗雷撃だったが、弾ける雷光を掌で受けた妖媛にはまだ余裕がある。ラズヴァンのロケットハンマーも意に介さない彼女を、逃がさず攻略して行かなくてはならない。

    ●三
     言うまでもなく、闘いは長引いた。
     妖媛の肩、腕、脇腹と拳を連続で捻じ込んだ勇生が下がると同時、がらあきの後頭部へ炎をまとった真紅のぽっくりが迫る。その一撃を拳で叩き伏せ、明がわずかに舌打ちした。素早く距離を取る妖媛を追い、勇生がにかりと笑って振り返る。
    「ああ……頼りにしてんぜ、凌神ィ!」
    「帰ろう、彩愛さん。みんながお誕生日パーティの準備して、待ってるよっ!」
     響の繰り出した魔杖の打撃、流し込まれる魔力が体内を暴れ回り、妖媛が苦痛に顔を歪めながらも笑みをこぼす。衰えを見せないその姿に、明はかすかに苛立った。
     闇堕ちは命を繋ぐための非常手段として、仲間を救うために絶望する。
     自分のままでは勝てないと言う絶望で、闇を持って闇を倒す。
     だからこそ、仲間への手向けは決まっている。
     言葉より拳を。涙よりも血を。絶望には闘志をもって挑むのだ。犠牲は、無駄ではない。
    「戦いたいなら戦って寝かしつけてやるよ、猫又。叩き起こしてやるから寝ぼけんなよ? 彩愛の!」
     唸りをあげるバベルブレイカーが高速回転で獲物をねじ切らんと疾る。足の腱へと重ねられた響や皇のダメージは、今や妖媛の自由を奪いつつあった。
    「雛があやめんの好きなケーキいっぱい作ってくれるって! 誕生日ケーキ、食べられなくてもいいの? 皆でちゃんとお祝いしようよ!」
     脇腹にまともに食った小柄な身体が吹き飛んだ先で、訴えながらシェレスティナの放った死の魔法が発動した。あらゆる熱を奪う氷に蝕まれ、妖媛が苦鳴を漏らす。
    「言って聞かんなら殴って聞かせる……ストリートファイトの鉄則かね?」
     苦笑した皇が気を取り直し、回避を試みる妖媛の背後をとると深々と関節を切り裂く。よろけた体に素早くとりつき、皇がえいやとばかり胸を揉みにいった。
    「女子がすきなんだってなぁ――これか! これがええのんか!」
    「それは悪くないんだがにゃ~」
     素早く逃れながらもちらちらと、妖媛の目は焦らすようにスカートを脱ぐ華琳あたりから離れない。充分に妖媛を引きつけながら、華琳は眩い光条を明へと撃ち込んだ。彼の受けたダメージは決して軽くない。今共に戦う仲間たちも、取り戻さなくてはならない彩愛も。仲間がいるということの大切さを痛感する。
    「妾を満足させてくれるというからいるのにゃよ?」
     血を撒いて体勢を立て直そうとする妖媛との距離を、勇生が一気に詰める。
    「ああ、満足させてやんよ。そうしたら後はあやめんと皆で遊ぶんだ。あんたには引っ込んでもらうぜ!」
     脇腹から背中へと、かわしようのない位置から繰り出す拳の連撃。砂の上で一度跳ねた妖媛が素早く身を起こした瞬間、狙い過たずオリヴィエのクルセイドソードが白光を放って斬り下ろされる。
    「う、にゃ!」
    「力を使うのは、怖い……でも使わずに誰かを失うのは、もっと、怖いんです!! 天つ風よ、我命ずるは断罪の風刃……!」
     御調の放った風の刃が唸りをあげて砂浜をかすめ、正面から妖媛を引き裂く。その勢いを殺そうと、ねこまたが身軽に宙を舞った瞬間、異変は起きた。

    ●四
     ぽつりと、別人のように哀しみをまとった囁き。
    「……帰りたいにゃ……」
     発した本人が一番驚いた顔をしていたかもしれない。
     愕然とした妖媛が豊かな胸に手をあてた。
    「何を……力をつけ、思うさま戦いたいという想いは同じではにゃいか?!」
     裏切られたようなその叫びこそ、彼女の中で彩愛が抗い始めた証。
     時を逃すわけにはいかない。灼滅者たちは包囲の輪を縮めた。寄せ付けまいと妖媛が砂を巻き上げ回し蹴りを放ち、再び前列を薙ぎ払わんとする。その激しい一撃をシールドできれいに受け流し、シェレスティナを庇った明は目を細めた。
    「連れ戻すためにココに来たんだ。帰りたがってる奴をここで終わらせて堪るか!」
    「ダークネスになんてさせるわけにはいかないわ。ぜったい帰ってきてもらうんだから!」
     残る力を振り絞った明の踏み切りは響と揃う。素早く回りこむ響からの斬撃、明の雷をまとった拳撃。その正面からシェレスティナが渾身の力でクルセイドソードをふるう。
    「逃がさない。ここであやめんの中の闇は、満足して散らせるんだ!」
     今までは猫のようにしなやかだった妖媛の回避行動が、ぎくしゃくとして意のままにならないようにすら見える。
     逃れようと向きを変えた妖媛の前に、素早く倫道・有無が立ち塞がった。
    「役者を逃がすなどさせると思うかね? 君は魂の声を聞かねばならぬ。残念ながら誰一人として君を逃しはせぬ」
     放たれた糸のように細い影が縛りあげる。その傍ら、土御門・璃理が低い位置からタックルを仕掛けた。
    「意地でもここは通してあげません。一秒でも長く足止めしますよー」
    「ちょいと手荒になりますが……あぁいや、今目の前にいるあなたはそれを望んどるんでしたっけ?」
     とぼけた一言を呟きながら、ジョージ・ハチジョウがチェーンソー剣をふるう。
    「貴方には山葵製品をいろいろ一緒に考えて欲しいんですよ……こんなとこで、こうやってる場合じゃないでしょう!」
     したたかに斬りつけられた妖媛が、力任せにもがいて璃理の手を逃れる。その足元に再び影がからみつき、振り返ったねこまたに高宮・綾乃が困ったように微笑んだ。
    「……貴女の帰りを待ち望んでいる人は、ここにいる人達だけじゃない、他にも沢山いるんです こんなところでダークネスに押さえ込まれている場合じゃないですよ?」
     愕然とするねこまたの腹や胸へと拳をねじこみながら、皇が彩愛へと呼びかけた。
    「あやめーん、戻ればケーキがあるぜ? 誕生会企画してるやつだっている。そういえばウチと同じ誕生日やったな、一緒に喰おうぜ、ケーキ?」
     後に続くオリヴィエには、彩愛との大切な思い出がある。
     初めて目の当たりにした、仲間の闇堕ち。しかもクリスマスに家族連れを寂しく見ていた、両親も親類も居ない自分に優しくしてくれた人。
    「水沢先輩! クリスマスの時、僕、本当に嬉しかったんです……だから、絶対連れ戻してお返しします!」
     真摯な言葉が御調の覚悟を新たにする。展覧儀の情報は必ず学園に持ち帰らなくちゃいけない、彩愛を此処で絶対取り戻さなきゃいけない。
    「彩愛ちゃん、頑張って。私の作るケーキ、美味しいって言ってくれたじゃない。もっと食べたいって笑ってくれたじゃない。帰ろう、一緒に帰ろう!」
     仲間を癒す清めの風を吹かせながら声を振り絞る御調の隣で、皇の傷を癒しながら華琳も追随した。
    「朝ごはんを用意するし、私たちの元に帰ってきて!」
    「彩愛ちゃんの誕生日、帰ってから改めて皆でお祝いしよう? 私一杯お料理作るから! 彩愛ちゃんが食べきれないくらい、一杯一杯作るから!!」
     悲痛にすら聞こえる御調の言葉に、魅咲・貞明がそっと目を伏せる。彼の半身は浄霊眼で怪我人の治療を支援し、彼は側面へ回り込むと、携えた杖を繰り出した。
    「随分と、食糧の歓迎が待っているようでございますよ。折角の食べ物、心遣い。無駄にしては、貴方の心意気に反するのではないですか、彩愛」
     流し込まれる打撃と魔力。
    「お前と依頼で一緒だった時あたしは重傷を負っていた! それでもあたしを気遣い共に戦ってくれたことを忘れた事はない!」
     禰宜・剣には迷いはない。動きを鈍らせる斬撃を容赦なく加えて続ける。
    「お前は今も全力で抗ってるのだろうから……だから……今でているお前に我が全霊をぶつける!」
     あえて手を出し過ぎないよう、手控えていた九牙羅・獅央が眉をしかめた。
    「思いっきり暴れたところであやめん返してもらおうか」
    「どのような結果になろうともここでけりをつけるのがすじってモンだろうな」
     自身も天覧儀で一時的とはいえ闇堕ちをした紅羽・流希には、彩愛の覚悟のほどがよくわかる。
     説得は面識のあるものに任せるつもりでいる美馬坂・楓は、ひたすら支援に徹していた。加えられる畏れ斬りが、立っているのもやっとの妖媛へと浴びせられる。リングスラッシャーで攻撃支援に徹していた月姫・舞も、あえてかける言葉はなく。
    「戦えば気が晴れる……戦いのみで人は癒やされない。どれだけお前が戦いに飢えていたとしても、此処にはその飢え以上のモノをお前に与える者達が揃っている」
     だから、後はお前次第だ、彩愛。旅行鳩・砂蔵の声を振り払おうとするように、くらくらと首をふるねこまた。そのしおれたように下がった耳、力なく揺れる尻尾。
    「お前は優しさの中で生きるのが相応しい」
     皆の声は確かに届いている。勇生は確信していた。
    「今日だってお弁当作ってきたのよ! 早く戻ってきて、一緒に食べて、また感想言ってよ……!!」
    「聞こえるだろあやめん、過ぎちまったがお前の誕生日パーティーやるんだ。戻って来いよな!」
     御調の言葉を聞くまいとするダークネスへ、岸壁を蹴った勢いを殺さずぶちかまされた雪崩式御柱ダイナミックが、かわす暇もなくまともに決まった。

     胸の裡で必死に抗う魂に、ふと苦笑をこぼした。
     力を蓄え、いずれは業大老を超える。その好機だと思ったのだが、こうも迎えがぞろぞろ来たのでは。それにこの灼滅者たちとの戦いは、案外悪くなかった。
    「良き闘いであったぞにゃ。妾は満足にゃ……」
     吹く潮風を受けて翻った紅色の打掛けが、幻のように消える。ぐらりと傾ぐ体のまま、妖媛は楽しそうに笑った。疲れて眠くて、しょうがない。
    「……また楽しませてくれるがよいにゃ」
     広がるピンクの髪、力なく落ちる尻尾は一本がいつのまにか消えて。
     駆け寄る仲間達の真ん中でぐったりと崩れ落ちるのは、妖媛ではなく彩愛だった。

    ●五
     抱き起こされた彩愛の手を取った華琳が、囁くように優しく告げる。
    「おかえり」
     そして彼女を御調に預けると、脱ぎ捨てた服を拾って砂を払い、手早く朝食の準備にとりかかった。みんなお腹が空いている。
    「……良かったぁ……」
     知り合いが目の前で堕ちるのも、それを元に戻すのも初めてのこと。オリヴィエがすとんと膝をつく。安堵のあまり力が抜けた彼は、寄生体の力を余すことなく使いこなす騎士ではなく、ただの少年に戻っていた。
    「お帰りなさい、水沢先輩……」
     武具をおさめた明が、彩愛を一瞥して手近なキャンプチェアに腰を下ろす。なかなか苦労したが、甲斐はあったらしい。
     やっと頭がはっきりしだした彩愛の前に、人波を越えてくしなが飛び込んでくる。
    「にゃーん、くしにゃんですにゃー!」
     そのまま手をとり、少女マンガさながら浜辺でくるくると回転すれば、ミラが飛びついて彩愛の頭を撫でた。ほっぺたにちゅーっと熱いベーゼ。
    「おかえり……あやめ」
     そのまま看護するつもりの彼女は離れようとしない。と、響が「ハッピーバースデートゥユー」を歌い始めた。誕生日はもう過ぎてしまったけれど、彼女が無事戻った証。皇が、御調が、シェレスティナが続いて、皆で大合唱になった。
    「ケーキやごちそうは、帰ってから、だよー♪」
     響の言葉に彩愛がえーっと唇を尖らせた。学園に帰ってからのお楽しみだ。無事の救出成功に盛りあがる中、綾が悪気なさそうに笑顔で言い放つ。
    「あや、めーん、も含めて、どの水着、少女が、一番、グッ、と来たかー、ラズヴァン君に、審査して、もらいま、しょー」
     ぶはっとミネラルウォーターを吹き出すラズヴァンを尻目に、獅央が拳を突き上げた。
    「よーし一緒に泳ぐぞ! 騒ぐぞ!」
    「あやめんも一緒だぜー!」
     勇生がノリよく応じて周りの歓声が応える。

    「おかえり」

     さざなみのように彩愛を中心にして、その言葉が広がっていく。
     帰りを待っていた仲間たちの、万感の想いをこめたひとこと。
     だから想いを込めて、たったひとことがかえった。

    「ただいま、にゃ」

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 6/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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