臨海学校2014~青い海に強者は来たる

    作者:悠久

     夜の海水浴場。暗い空の下、砂浜に面した芝生の上にはいくつかのテントが張られ、仄かな灯りと共に楽しげな声を響かせている。
     海水浴場を見渡す高台に立つ1人の少女は、苦々しい面持ちでそれを見下ろしていた。
    「……なぁに、あれ? 本当にわたくしの対戦相手なの? あんなに楽しそうに騒いで、勝ち抜きなんて余裕だと思っているのかしら? だとしたら、腹立たしいことこの上ないわ」
     縦に巻かれた長い金髪を手で払いつつ、少女は背後を振り仰ぐ。
     そこには黒塗りのバンが止まっていた。側面に白くプリントされた文字は――『HKT六六六』。
    「送迎ご苦労。もう行ってしまって構わないわ。……さぁて」
     バンが走り去るのを背後に感じつつ、少女はぺろりと舌なめずりをして、すい、と細い金属の糸を両手に纏わせた。
    「『武神大戦天覧儀』の最後の席、このエリザが頂くと致しましょう」
     覚悟なさい、と。
     少女はテント目掛け、素早く地を蹴り――迫る。

    ●武蔵坂学園にて
     急な話なんだけど、と宮乃・戒(高校生エクスブレイン・dn0178)は前置きして。
    「今年の臨海学校は、北海道の興部町で行うことになったよ。……というのも、武神大戦天覧儀が、遂に、次の段階に進もうとしているらしいんだ」
     戒の口から発せられた『武神大戦天覧儀』という単語。教室に集まった灼滅者達は、その顔に微かな緊張を浮かべる。
    「予測していた人も多かったんだけど、天覧儀を勝ちぬく最後の席を賭けたバトルロイヤルが、業大老が沈むオホーツク海の沿岸の海岸で行われるようなんだ」
     日本各地から天覧儀を勝ち抜いた猛者が、北海道興部町の海岸に集まろうとしている。
     それらのダークネスを迎え撃つため、今回の臨海学校は興部町の海水浴場、沙留海水浴場周辺でキャンプを行うこととなる。
    「敵がいつ来るか、正確な時間は分からないけど、海岸でキャンプをしていれば向こうから襲撃してくるだろうから。臨海学校を楽しみつつも、警戒も怠らないようにして欲しい……難しい要望かもしれないけど、皆なら大丈夫だよね?」
     戒はにっこりと笑顔を浮かべ、灼滅者達を見回す。
     今回の作戦は、天覧儀に参加していたダークネスを待ち構えて迎撃するものだ。
     少人数にわかれてキャンプを行うことで、ダークネスを警戒させずに、戦闘を仕掛けさせることができるだろう。
     敵は強敵だが、とどめを刺した灼滅者が闇堕ちするという事は無いので安心して欲しい。
     また、臨海学校で敵を待ち受けるのとは別に、戦闘を支援するチームも編成されている。戦闘開始後、ある程度持ちこたえれば、支援チームが駆けつけて戦闘に加わってくれるため、ダークネスを圧倒することができるだろう。
     と、戒は不意に真剣な表情を浮かべて、灼滅者達を見回す。
    「集まったダークネスを全て撃破することができれば、武蔵坂学園は天覧儀の勝者の権利を得る事ができるはずだよ」
     つまり、これは絶好のチャンスなのだ。武神大戦天覧儀、その真相を暴くための。
    「せっかくの臨海学校が天覧儀に邪魔されてしまったのは悔しいけれど……ダークネスを倒しつつ、出来る限り臨海学校も楽しんで来てね。僕は、君達の活躍に期待しているよ」
     緊張を和らげるように戒は再びそう微笑んで、灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    青柳・百合亞(一雫・d02507)
    九条・有栖(高校生シャドウハンター・d03134)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)
    ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)
    矢矧・小笠(蒼穹駆ける天狗少女・d28354)

    ■リプレイ


     北海道は沙留海水浴場へと到着した灼滅者達。
    「やったー! 海だぁぁ! 遊ぶぞー!! ……じゃなくて」
     広い砂浜。10km以上にわたる真っ直ぐな海岸線をぐるりと眺め、九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)は明るくそう叫んだ後、ふるふると首を振り、表情を硬くする。
     今日から1泊2日、楽しい臨海学校。
     だが、『武神大戦天覧儀』最後の一席を求め、アンブレイカブルの襲撃という重大なおまけ付き。
    「みんなとわいわいできるのは良いけど、なんでそこまで予定に入ってるんだよ!」
     ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)も頭を抱え。とはいえ、これも灼滅者としての宿命か。
    「絶対に楽しんでやるからな! ついでにダークネスだってぶっとばしてやる!」
     学園生活、楽しまねば損――と。応えるように、霊犬の田中・カラーサもひと吠え。
     美しく透き通った海でひとしきり遊んだら、夕方に向けて夕食作り。
     九条・有栖(高校生シャドウハンター・d03134)はバーベキュー用の食材を準備。定番の肉数種類に様々な野菜、さんまなども用意して、手際よく作業を進めていく。
    「……うっかり失敗しなければちゃんとこうやって料理できるのにね」
     と、有栖は小さくため息をついて。
    「何でここぞという時に失敗するかなぁ、私」
     死んだ目をした有栖の横では、高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)が大量の肉の下ごしらえを行っていた。
     下味を付けたり、金串を刺したり、切り分けたり……作業を進めるうち、一葉の瞳はきらきら輝き。
    「あー、早く食べたい!」
    「野菜もちゃんと食べないといけませんよ。お肉ばかりでは健康に障ります」
     たくさんの野菜をひたすらに切り分けているのは青柳・百合亞(一雫・d02507)。バーベキューもカレーも、と盛り沢山の夕食に必要不可欠の仕事だ。
     料理はあまり得意でないが、全員で協力すればきっと上手く行くはず。
    「灼滅者としても健康管理はしっかりしましょうね! 特に熱中症!!」
     北海道とはいえ、夏の盛りはひどく暑い。
     心得た、とばかりに機敏に立ち回るのは人間姿の石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)。夏の定番、麦茶の他、程よい酸味のサボテンジュースを用意し、夕食前であっても必要に応じて仲間達へ配っている。
     飲み物の準備が一段落したら、カレー作りの手伝いへ。肉、野菜を豪快に鍋で炒め、水を入れて。煮込み具合を確認したルクルドがルーを投入。辛さを追求しつつ鍋をかき混ぜていく。
    (「辛い方が格好良いですからねっ」)
    「ちょっとだけ味見……辛~い! けど、美味しいっ♪」
     横からこっそり近付いた一葉は満面の笑み。あちこちから漂ういい匂いに、夕食時が待ち切れなくなりそうだ。
     デザートのフルーツポンチを作るのは、若宮・想希(希望を想う・d01722)と矢矧・小笠(蒼穹駆ける天狗少女・d28354)。
     器にするのは、赤い部分を切り取った後の大きなスイカ。新鮮なフルーツを、想希の用意した星や花の型で繰り抜いていく。
    「外だしあまり手は掛けられませんが、こうすると華やかかなって」
    「はいっ! すっごく可愛らしいです!」
     穏やかに微笑む想希と、ぱっと笑顔を咲かせる小笠。最後に甘いシロップを注げば、器の中は涼しげな彩り。きっと美味しく出来上がっていることだろう。
     ごはんは多めに炊いて、舞がひたすらおにぎりに。
    「やーっぱりおにぎりって言えば梅干しとおかかだよね」
     しんなりしないよう、海苔は巻かず。鮭を持参できなかったのが少しだけ残念だ。
     やがて、陽はゆっくりと傾いていく。
     夕食中に襲撃がないことを願いつつ、灼滅者達は食事の支度を終えるのだった。


     何事もなく夕食を終え、灼滅者達はしばしキャンプファイアーを囲んだ。
     傍らには珈琲や紅茶。他愛のない話をしつつ、間近に響く波音へ耳を傾ける。
     夜空も、東京とは比べものにならないほど澄み切っていて綺麗だ。
     同じ空を見上げているだろうか、と。白鳥座に目を細める想希はそっと首飾りを握り、大切な人の顔を思い浮かべた。
     ルクルドと小笠が授業で習った夏の星座を探すうち、時計の針はやがて午前0時を指す。
     事前の計画通り、ここからは2時間交代で見張りと仮眠。4人はテントへ、残る4人はあまり立ち位置を離さないよう、緊張の面持ちで周囲を警戒する。
     間もなく、その時は訪れた。
     海とは反対側、キャンプ場を見下ろす高台から不意に接近する人影。――速い!
    「敵襲だよっ!」
     鋭い舞の声。あくびを噛み殺していた小笠がはっと背筋を伸ばし、目前まで迫る人影を鬼神変で迎え撃つ。
     が、強大な拳は掠めるに留まり、襲撃者の金髪縦ロールの髪が大きく揺れて。
    『御機嫌よう、皆様。わたくしは、アンブレイカブルのエリザ』
     エリザと名乗った少女はすい、と鋼糸を指先に纏わせ、好戦的に赤い唇を吊り上げた。
    『武神大戦天覧儀の末席、あなた方を倒し、このわたくしが頂きますわっ!』
    「いきなり現れて、好き勝手言わないでくれるかなっ!」
     ルクルドの声に応え、斬魔刀を咥えた霊犬がエリザへ飛び掛かった。その隙に、テントから飛び出してきた百合亞目掛け、ルクルドがソーサルガーダー。ここから確実に護りを固める方針だ。
     一方、あらかじめ登録しておいた救援チームとのメーリングリストへ、有栖は『敵襲撃』の報を送信。無事に送信できたことを確認しつつ、後衛から敵の様子を観察した。
     強敵だと事前に知らされている以上、油断はできない。
     一瞬で展開された結界糸のプレッシャーをものともせず、百合亞は妖の槍を携えて飛び込んだ。螺旋の一撃が敵を穿つも、浅い。
    「正々堂々、全力で当たらせて頂きます!」
    『望むところっ!』
     凛と告げる百合亞へ、愉快げに笑むエリザ。そこに音も無く接近するのは一葉だ。
    「私とも勝負だよーっ!」
     死角から閃く刃がエリザの衣服を齧り取るような跡を残し、僅かにその動きを鈍らせる。重ねてライドキャリバーのキャリーカート君が突撃、敵の体勢を崩した。
     華麗にバク転を繰り出し、一葉は退避。いつの間にかその手には夕食の残りの肉が出現。美味しそうに食べている。
     テントから移動した想希は丁寧に眼鏡を外し、いまだ燃え盛る炎の陰に身を潜め。不意を突くように閃くはクルセイドスラッシュ。
    「臨海学校は途中なんです。邪魔しないでもらいましょうか」
    『ならば敗者として地に伏せてはいかが?』
     返る鋼鉄拳の威力は想像以上に重い。破邪の白光に護られてなお、鈍い痛みが想希を襲った。
     大振りのフェイントを入れ、想希が後退。入れ替わるようにエアシューズで飛び出したのは、サボテンメイドへ姿を変えた鸞。
    「就寝後に不躾な訪問をされるとは、礼儀がなっておりませんね」
     スターゲイザーを繰り出せば、宙にきらめく軌跡。
    「戈を止めると書いて武、礼節のない武はただの暴力でしかございません。それを学んで帰っていただきましょうか」
     だが、エリザは鸞の蹴りを余裕で受け止め。
    『礼節など、純粋な強さには無用……いいえ、究極の強さこそがわたくしにとっての礼節! あなた方こそ、それに応えることが出来て?』
     優美に笑い、問いかけるエリザ。対峙する灼滅者達は皆それぞれに息を飲む。
     ――強い。
     油断はしていない。だが、相手は武神大戦天覧儀を数戦潜り抜け、力を付けたダークネス。灼滅者達は徐々に劣勢へと追い込まれていった。
     それでも戦意を失うことはなかったが、とうとうルクルドがエリザの拳に吹き飛ばされる。
    「っ……!」
    『守りに入るような者がわたくしに勝てると思わないことね!』
     その場へ崩れ落ちるルクルド。目にした舞が、乱暴に飛び出し、繰り出されたレーヴァテイン。
    「私の拳は燃えるんだよ! それ以上は許さないんだから!!」
    『ならば、力ずくで止めてごらんなさい!』
     エリザの体にぱっと火が付くも、返る拳が舞の腹部を重々しく抉り。
     不味い、と想希は咄嗟に前へ出た。深手を負った舞が回復のため後衛へ下がる。それを見抜かれないよう、援護するためだ。
     敵の攻撃の苛烈さから、一葉は前衛へ移るより回復優先。祭霊光を目の端に捉えつつ、想希は表情を厳しくする。
     絶対に倒れない。同じ星座の下、同じ浜辺のどこかで、きっと『彼』も戦っているはずだから。
    (「だから……俺だけ負けるわけにはいかない」)
     武器ごと指輪を握り締め、放つ斬撃は紅く。
    『わたくし、こそこそと逃げ回る輩が好きではないの』
     しかし、舞が後衛に移動したことをエリザはすぐに見抜く。
     とはいえ、彼女は近接攻撃が主体。前衛へは苛烈な攻撃が続いた。
     想希は確固たる決意でそれらを防ぎ、時おり後衛へと向かう鋼糸をも食い止めていたが。
    「若宮さんっ……!」
     舞の回復を終え、シールドリングを飛ばそうとする有栖が、唇を噛み、対象を鸞へ変更した。
     想希の消耗は激し過ぎた。ここで回復しても次の一撃で確実に戦闘不能となる。
     もう、間に合わないのだ。
    (「絶対に、倒れな……い……」)
     想い儚く、想希の視界は闇へと沈む。
     同時に舞が前衛へ復帰。それを確認すると、有栖は用意した青色の打ち上げ花火を足元で着火した。
     ――求む、救援。


     エリザの拳は勢いと破壊力を失うことなく灼滅者達へと襲い掛かる。
     ディフェンダー2名が戦闘不能に陥ったことにより、灼滅者達はさらなる苦戦を余儀なくされていた。
     鸞はサーヴァント達と協力し、前衛でエリザの攻撃と真っ向対峙。
     だが、仲間を庇い、ルクルドの霊犬はとうとう消滅。一葉のライドキャリバーはフルスロットルを繰り返し、ぎりぎりで踏み止まっている。
     封縛糸を受け止め、鸞はライフブリンガーで反撃するが、痛手を負った自身を回復するには心許ない威力。有栖と一葉、小笠の回復サイキックがその背を支えるも、限界は近いように思われた。
     守りが崩れれば、舞と百合亞は攻撃に専念できなくなる。後はただ追い詰められていくだけ。
    「なかなか厳しい状況ですね……」
     閃光百裂拳を繰り出す百合亞の額に、じわりと冷たい汗が滲む。
     しかし――。
    「さあ、楽しい殺し合いを始めましょう!」
     死闘の只中に響き渡る叫び声は、救援チームの有栖(d16900)のものだった。
     少し遅れて、他の7名――飴(d00471)、チセ(d01450)、暦(d02063)、葵(d04105)、法権(d12153)、華乃(d22909)、煌理(d25041)が戦場へと姿を現す。
    『新手!? なんて小賢しい……! 人数で戦力差を覆せると、本気で考えているの!?』
     苛立ちを露わにするエリザへ、好戦的な有栖をはじめ、救援チームは一斉に突撃。その隙を逃すことなく、消耗し切った灼滅者達は集中的に回復へと回る。
    「た、助かったぁ……!」
    「そうですね。ここはひとまず、回復と参りましょう」
     シャウトで自身を癒す舞の言葉に滲むのは、安堵。百合亞もほっと一息、集気法で己の体を癒す。
    「てんぐ様のお通りであるっ! えーいっ!」
     と、扇を振り、清めの風を生み出す小笠。天狗面を微かにずらすと、救援チームへ頭を下げて。
    「加勢、ありがとうございますっ! ……それにしても、同じ『有栖』さんでも、だいぶ違いますね」
     小笠の言葉に、メディックの有栖は微苦笑。――そう。僅かながらも、笑うだけの余裕ができたのだ。
    「とはいえ、油断は禁物ね」
     シールドリングを撃ち出し、有栖はエリザの様子を窺う。8人で戦っていた際は苦戦を強いられた相手だったが、さらに救援チームの8人が戦闘に加わったことにより、戦況はほぼ互角へと変わっていた。
     対するエリザはといえば、苛立ちも露わに指先を一振り。きらめく糸を周囲に展開させ。
    『弱い者ほどよく群れる……あなた方にお似合いの言葉だと思わないかしら!?』
     後衛を襲う結界糸。すかさず攻撃を食い止めた救援チームのサーヴァントが掻き消える。
     だが、鋼糸を巧みに避け、一葉はエリザへ肉薄。ライドキャリバーも主に続く。
    「全然っ! まったく! 思わないしっ!!」
     立て続けに繰り出された縛霊撃とライドキャリバーの突撃が、敵の体勢を大きく崩して。
    「今だよっ!」
     一葉の言葉を合図に、灼滅者達は一斉に攻勢へと転じた。
    「心得てございます」
     救援チームのサイキックが次々エリザへ命中する中、鸞は豪快なご当地ダイナミック。地面に叩き付けた際の爆発でエリザに残るエンチャントを吹き飛ばす。
     絶えず回復を行っていた有栖も、攻撃の機を逃さずエアシューズで滑り出し。
    「勝つのは、私達よ」
     グラインドファイアが、エリザの縦ロールをぱっと燃え上がらせた。
    『っ……わたくしは強い! 数を頼みにするばかりのあなた達に、負けるものですか……!』
    「問答無用! いよいしょぉぉぉぉ!!」
     力任せにエリザを掴み、舞が危険な角度で投げ飛ばす。宙を舞うその体の行く先には、凛と立つ百合亞の姿。
    「この戦いの勝利は譲りませんよ」
     心地よい緊張に身を任せ、微かな笑みと共に敵を見据え。一瞬の後、エアシューズで高く舞い上がる。
     確かに、灼滅者の1人1人はダークネスに遠く及ばないかもしれない。
     だが、灼滅者には連携がある。それぞれが力の限りを尽くし、敵と戦えば――勝機は、必ず訪れる!
    「さあ、決着を付けると致しましょう!」
     放つのはグラインドファイア。燃え上がる蹴りが、確実にエリザを捉えた。
    『……っ、まさか、このわたくしが……!?』
     胴を抉られ、炎に包まれ、地へと落ちるエリザの表情は驚愕。自らの敗北が信じられない、という風に。
     けれど、彼女は体を一度だけ痙攣させたきり、再び立ち上がることはなかった。
     夜空の下、訪れる静寂。――灼滅者達の、勝利だ。


     倒れ伏したエリザを、舞はおそるおそる見つめた。
    「た、倒せたの……?」
    「はいっ。私達の勝利です!」
     力強く頷く百合亞の顔には笑み。疲れの色も滲んでいるが、とても満足そうだ。
    「やったー! 終わったぁー!!」
     戦いの最中に感じた不安を吹き飛ばすように、舞は明るく笑う。
     有栖はメーリングリストに『戦闘終了』の報を送ると、倒れた想希とルクルドの傷の具合を確認した。
     幸い、2人とも大きな怪我をしている様子はない。少し経てば目を覚ますだろう。
    「よろしければ、皆様の傷を回復させて頂きたく存じます。……いかがでしょう?」
     と、鸞は救援チームの8人へ心霊手術を行うことを申し出た。
     予測されたアンブレイカブルの襲撃はまだ残っている。鸞達とは異なり、救援を専門とした彼らの戦いはこれからも続くのだ。
    「賛成っ! となれば、早くしなきゃだね」
     一葉は笑顔で頷く。ありがたい、と救援チームの8人も笑みを返した。
     心霊手術は回復量の多い鸞を中心に行った。だが、1回目が終わる頃、遠くで花火が打ち上がる。次の救援要請だ。
     慌ただしくその場を去ろうとする救援チームへ、意識を取り戻した想希が有栖と共に小さな包みを渡した。
    「ありがとうございました。よろしければ、差し入れを受け取って頂けますか?」
    「こちらの包みもどうぞ。保温パックに入れてあるので、まだ温かいはずですから」
     想希が渡した包みは、あらかじめ多めに作ってあったおにぎり。後ろでは、私のお手製だよっ、と舞が大きく手を振っていた。
     有栖が渡した包みの中には、夕食のバーベキューの肉や野菜がきれいに収められている。
     手短に感謝の言葉を述べ、救援チームは花火の上がった方角へと走り出した。
     急速に遠ざかるその後ろ姿に、意識を取り戻したルクルドが大きく手を振る。
    「頑張ってくださいね。応援してます!」
    「救援、ありがとうございました! とっても助かりましたっ!」
     天狗面を外した小笠も、たくさんの感謝と共に深々と頭を下げた。
     
    『武神大戦天覧儀』にまつわる戦いのひとつが決着し、相対した灼滅者それぞれに去来する想い。
     けれど、今はひとまず体を休めて。
     朝になれば、臨海学校2日目がやってくる。
     今度こそ、何の心配もせずに思いっきり楽しもう!

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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