●天覧儀、最後の機会
黒塗りのバンが、砂浜に乗り入れた。そのバンの横面には『HKT六六六』のロゴ。そこから降り立ったのは、一人の女だった。年の頃は二十代後半。潮風になびくロングストレートの髪が印象的だ。
ざしゅっ、ざしゅっ。
女は無言で、砂浜を踏みしめる。やがてその先の視界に、カレー炊飯の準備をしている若者達を捉える。
「……あの子達が私の対戦相手? そうは見えないけど……良いわ、潰してしまえば同じことよ」
ぼろぼろの包帯を巻いた両手を握り、彼女は走り出した。卓越した格闘家の身のこなしで、その身に武器化した気を纏いながら。
●ビバ臨海学校! ……なんて一筋縄ではいかない?
「皆、集まったね」
篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)は、教室に集った灼滅者達を見回した。
「今年の臨海学校は北海道の興部町だよ。皆知ってたかな?」
頷く者もいれば、初めて知ったと目を見開く者。……しかし、ただの臨海学校のお知らせならば、エクスブレインが限られた数の灼滅者達を集める理由には少々弱い。
「実は、以前から展開されていた、武神大戦天覧儀が次の段階に進もうとしているらしいんだ」
閃は疑念の視線に答えるように言った。
「予測してた人も多かったけれど、天覧儀を勝ち抜く最後の空席を賭けたバトルロイヤルが、業大老が沈んでいるオホーツク海沿岸の海岸で行われるようだよ。日本各地から天覧儀を勝ち抜き、ラスト一席を求める猛者が、北海道興部町の海岸に集まろうとしているみたいだ」
複数のダークネスが顔を合わせれば、即戦闘となるだろう。
「皆には、興部町の海水浴場、沙留海水浴場周辺で臨海学校──キャンプを行い、やって来るダークネスを迎え撃ってほしいんだ。敵がいつ来るかはわからないけれど、海岸でキャンプをしていれば向こうから襲撃してくるだろうからね。臨海学校を楽しみつつ、警戒も怠らないように」
結構無茶なことを、さらりと言ってのける閃。
今回の依頼は、天覧儀に参加していたダークネスを待ち構えて迎撃すること。
少人数に分かれてキャンプを行うことで、ダークネスを警戒させずに、戦闘を仕掛けさせることが出来るだろう。
「敵は天覧儀を最後まで勝ち抜いた強敵──気を付けて」
ただし、今回の戦いで止めを刺した灼滅者が闇堕ちするということはないらしい。
「それと、臨海学校で敵を待ち受けるのとは別に、戦闘を支援するチームも編成されている。戦闘開始後、ある程度持ちこたえれば、支援チームが駆けつけてダークネスを圧倒することが出来るだろうね」
敵は一人だが、それを数で圧倒してしまえ、ということらしい。
「楽しい臨海学校が天覧儀に邪魔されてしまったのは悔しいけれど、ダークネスを倒すのはもちろん、出来る限り臨海学校も楽しんできて」
そして閃は何故か小声になって、
「集まったダークネスを全て撃破出来れば、武蔵坂学園は天覧儀の勝者の権利を得ることが出来るだろうね。そうなれば、武神大戦の真相を暴くチャンスになるかもしれない」
成程、小声になるのに充分な不穏当な発言だった。
参加者 | |
---|---|
宗岡・初美(鎖のサリー・d00222) |
黒曜・伶(趣味に生きる・d00367) |
神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262) |
靱乃・蜜花(信濃の花・d14129) |
大豆生田・博士(凡事徹底・d19575) |
アルディマ・アルシャーヴィン(詠夜のジルニトラ・d22426) |
フィーバス・ロット(太陽の約束・d23665) |
水無月・詩乃(高速戦闘型大和撫子・d25132) |
●黒髪の女、襲来
「北海道興部町みたいな遠くで臨海学校なんて武蔵坂はすげえだなぁ」
「今年の臨海学校もこの体たらく。流石は武蔵坂、一筋縄ではいかないな」
呟いた大豆生田・博士(凡事徹底・d19575)と、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が苦笑を交わす。
「本音を言えば、学園の行事は行事として楽しみたかったのだがな。とは言え、ダークネスとの戦いもまた私の役目だ。全力を尽くすとしよう」
アルディマ・アルシャーヴィン(詠夜のジルニトラ・d22426)もその会話に乗る。皆、思いは同じだったであろう。
「夏のたのしみ臨海学校なのよ! 私の故郷の長野県には海がないのでとっても楽しみなのね!」
年相応のはしゃぎっぷりを見せる靱乃・蜜花(信濃の花・d14129)。
「いつ敵が来るかわからない状況で楽しむのは難しいですね」
カレー鍋をお玉でかき混ぜながら黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)は言った。
「天覧儀も終盤、油断せず行かなければ……あ、カレーはもういい具合ですね」
水無月・詩乃(高速戦闘型大和撫子・d25132)が、良い香りを漂わせるカレー鍋を覗きこんだ。
「……来たみたいだね」
ふ、と。フィーバス・ロット(太陽の約束・d23665)が呟き、浜の一点を見る。そこには黒髪をなびかせながら走る女が一人。フィーバスと蜜花、摩耶、伶、そして詩乃のホイッスルが鳴り響けば、皆がそちらを向いた。
一方、気付かれたと悟った女もまた、ある程度の距離を保って止まる。
それに最初に声をかけるのは宗岡・初美(鎖のサリー・d00222)。
「僕の名前は宗岡初美という。さて、相対する君の名前は何かな?」
「……黒狼、とでも呼んでもらえると嬉しいわ」
そう名乗った女の顔も声も、海辺に吹く風のように涼しげで、凛としたものだった。力のみを追い求めるダークネスとは思えない程に。
「最初はただの学生キャンプ、と思っていたのだけれど、そうでもないみたいね」
「まあね」
そんな会話が行われている間に、皆が陣を整える。フィーバスが青い打ち上げ花火を上げた。また、初美も『戦闘開始』と携帯電話を片手で操作してメールを送った。
「……誰に知らせているのかしら? まあ、誰が来ても同じだけど」
「そうかな?」
「そうよ。私にはもう後がない……ならば、後は潰すか潰されるかだけ」
「なら潰してあげるのよ!」
初手に動いたのは蜜花。手にした槍を黒狼に向かって穿つ。しかし黒狼はそれを軽くいなし、逆に蜜花の腹に鋼鉄の拳を打ち込む。
「がっ……!」
それでも彼女は踏みとどまった。
「成程……実力はあるようね」
「なめてもらっちゃ困る、のよ」
強者が交し合う笑み。
「こっちも忘れてもらっちゃいけないな!」
続いて摩耶が白い輝きの軌跡を残す斬撃を、黒狼に浴びせる。流石に避けきれず、受ける黒狼。だが浅い。
「この程度? 違うでしょう!」
「もちろん。まだまだ行きますよ! 八対一ですが、お手合わせさせていただきますっ」
伶が彼女の死角から忍び寄り、影を一閃。彼女の脚に傷をつける。
「ぐ……」
「我が名に懸けて!」
スレイヤーカード解放のキーワードを叫び、アルディマも走る。その手には剣と槍、そして全身には黒狼と同じ気を纏い、更に足元にはエアシューズ。その足元から噴出する、大気中から取り込んだエナジーが推進力となり、飛び蹴りの威力を上乗せする。
「ちっ……!」
思うように動けず、舌打ちする黒狼。
「おらも!」
博士が攻撃を命中させやすいよう、脳内の演算能力を上げる。
更に彼のライドキャリバー『しもつかれ』が突撃、黒狼を轢いていく。
「うぐっ……」
「どうだべさ!」
「この……っ」
「おっと、よそ見はいけないね。ダンスを踊るのは僕としてくれ」
博士に向かおうとした目を、視界の端で動いた赤茶の髪が引き戻す。その主、初美は影の中からずるり、と影色をした恐竜の化石の頭部を引き出した。ソレには黒い鎖が繋がっている。
「行け、サリー!」
その影業は初美に使役される存在のように、彼女の意に沿って動く。その巨大な咢が黒狼を捉え、骨を噛み砕いた。
「ああっ……!」
しかしそれでも倒れぬ黒狼。灼滅者達が持久戦を目標にしていることも影響しているが、それにしてもタフだ。
「大丈夫? 今治すからね」
最初の一撃を喰らった蜜花に、フィーバスが光を顕現させ彼女の傷を癒す。
「余計な真似を……!」
「まだわたくしがいます。……武蔵坂の灼滅者として、また一人の武人として、武神大戦天覧儀、潰させて頂きます」
名乗りを上げた詩乃が、拳に炎を宿し走り出す。
「はぁぁああ!」
その拳が黒狼の鳩尾に食い込み、黒狼は一瞬呼吸を止めさせられた。
「──かはっ……!」
よろめく黒狼。更に詩乃の拳から炎が延焼し、彼女の身体を炎で包む。
「くぅぅ……!」
黒狼は耐える。そして、包帯に包まれた両の手を握る。これだ。これこそが闘い。アンブレイカブルが追い求める、力と力のぶつかり合い……!
「さあ、今度は私の……!」
「まだだ!」
と、瞳を爛、と輝かせた黒狼に、横槍が入る。なびく金の髪、輝く緑の瞳。桁外れの推進力……いや、加速突進力を持つエアシューズで戦場に突っ込みながら炎を撒き散らすのはフランキスカ。その火の粉は最前線を張る灼滅者達に降り注ぎ、蜜花の受けた傷を治し、また前衛の五人と一体に破魔の力を付与する。
「私達は『KREMITHS』。救援に来ました!」
そして救援班の名称を名乗る彼女の背後から、銀の輝き。アストルが放つのは、巨大な氷柱の弾。それは着弾すると同時に黒狼の身体を凍りつかせた。炎と氷、両方から苛まれることになる黒狼。
「僕の冷気もどう?」
「ちぃっ……」
舌打ちし黒狼が身体を無理矢理動かして、手近な詩乃を殴りにかかるが、そこにも割り込む影。明るく輝く橙の瞳。
「お待たせなんだよ。──っく」
武器で辛うじて攻撃を弾き、しかしなお迫る逆の拳に殴りつけられるセトラスフィーノだった。
「どうした、こっちもいるぞ」
彼女と同時に駆け付けた白焔。黒狼の意識を彼にも向けさせ、標的が散る。
「これは……どうしたものかしらね」
黒狼は呟いた。思わぬ救援、単純な数の差、前衛の多さ。惑うことは多いけれど、やることはひとつ。
そう──闘うのみ。
彼女は笑みすら浮かべ、とん、とんと一定のリズムを爪先で刻み、包帯を巻かれた拳を構えた。
●黒き女は砂地に沈む
「うぉらあああっ」
「うぁ……っ」
「くっ」
女性らしからぬ、しかし実に根っからの格闘家らしい雄叫びと共に、黒狼は髪を振り乱し、両腕を振り回す。そのダブルラリアットに乗ったサイキックの威力は、拳のそれと同等。摩耶と伶が、その攻撃に息を詰まらせる。
しかし黒狼の足掻きもそこまでだった。
「行くのよ! 沙留ダイナミック!!」
戦闘前にガイアチャージしていた蜜花が海水浴場の名称を叫んで、黒狼を投げ飛ばす。黒狼は着地点で大爆発を起こした。
「くぁっ」
更にそこへ、『KREMITHS』による追撃が突き刺さる。炎が舞い、氷が砕け、刃が奔り、拳が弾ける。
「ぐぅぅぅ……」
「長い黒髪の美女……キャラが被っているからな、そろそろ消えてもらおうか」
摩耶がそこはかとなく残念な台詞と共に、先程のお返しと言わんばかりに強烈な、非物質化した剣を叩き付ける。黒狼の外見には傷は見当たらなかったが、彼女の霊魂が傷ついたのは皆にわかっただろう。
「……おのれ……っ」
「有り余っているエネルギーいただきますねっ」
叫ぶと同時に伶が殺人注射器を黒狼に突き刺し、吸い上げるのは血液ではなく生命エネルギーそのもの。
「ううっ……」
「ごちそうさまですっ」
黒狼は残りわずかな力を吸い上げられ、伶の体力が回復する。
「これで……っ」
黒狼がよろめいた隙を突き、アルディマが魔の弾丸を撃ちこむ。その弾丸が着弾すると、第二波、三波の弾丸が連続して命中する。
「必殺! ご当地男体山ダイナミック!」
叫んだ博士の声と共に、投げ飛ばされる黒狼。この大爆発を、何度味わったことか。
黒狼は、とうとう膝を付いた。
「……私の、負けね」
彼女の身体が、爪先から黒い粒子へと変わっていく。
「天覧儀は貴方達が勝ち抜くことになるのかしら……まあ、今となっては私が知る由もないこと……」
そんなことを呟きながら倒れ伏した彼女は、やがて全身を粒子と化して消え去るのだった。
黒狼が消え去って間もなく。夕焼け空に青い花火が遠くで打ち上げられたのが視認できた。
「どうやら、次の班が待っているようだな」
「わたし達は救援に向かうんだよ」
白焔とセトラスフィーノが言うと、彼らは花火の上がった方へと駆け出していく。
「ありがとう! 気をつけて」
「うん。僕らにできることを頑張るよ」
「臨海学校、楽しんでくださいね」
アストルとフランキスカもその後を追った。
その夜、戦いを終えた灼滅者達は食事(カレーは絶品だった)の後、三時間交代で二人組の見張りを立てたが、彼らの下にそれ以上の敵が向かってくることはなかった。
他の班が戦闘を行っている様子はあったが、彼らが駆け付けるまでもなく、担当の班と救援班の働きで戦いは収まったようだった。
●そしてバーベキュー
翌日の昼。朝まで続いたらしい戦いも終わり、海水浴場には平穏が戻っていた。
「張りきってバーベキュー! 実家から長野牛を送ってもらいました!」
おー。ぱちぱちぱち。
蜜花の持参物に、肉派の者達から歓声と拍手が上がる。
「口直しの野沢菜だってバッチリなのよ! うっすらわさび&柚子風味でとってもさっぱりするのよ。おばーちゃん特製なのね! 私もいつかこの味をバッチリマスターしたいのよ」
野沢菜の容器を抱きしめて、故郷に想いを馳せる蜜花。
「バーベキューのやり方をこの前テレビで観たんだ。すっごく色々出来るみたいでビックリした」
フィーバスがその見様見真似でバーベキュー用の串に肉や野菜を突き刺していく。
「テレビの中の人たちは何だか本格的な料理をしてるって感じだった。野外でああいうのが作れちゃうってスゴイよね」
「そうですね。わたくしも山籠もり経験が多いので、ある程度のものなら美味しく作れますよ」
彼の倍のスピードで串焼きを準備する詩乃。
「本当? ならボクは簡単でとても美味しそうな焼きリンゴを作ってみたいよ」
「リンゴ……ありましたっけ?」
「うん、持ってきた」
数個のリンゴを持って得意気なフィーバスだった。
「果物って焼くととっても甘くなるから不思議だよね。女の子も妬いて甘くなってくれたらいいのになー」
「……そういうものでしょうか」
疑問符を飛ばす詩乃の逆隣りで、料理は得意ではないながらも黙々と準備を手伝っているのはアルディマ。スーツ姿(ただし上着は流石に脱いでいる)で砂浜に立つその姿は、異様……だったかもしれない。普段と同じ服装、かつ機能性(ESP)重視だったのだが。
「暑くないのかい?」
「ふむ、もう少し別の服装のほうが良かったか……?」
初美の疑問に、額から流れる汗を拭いながら答える。
逆に、準備万端なのが摩耶だった。水着の上に薄手のシャツを羽織り、ショートパンツにサンダルというスタイルで昼食準備を進めている。料理は苦手なので、完全にサポートに回っているが。
串の準備が出来た端から焼いていく伶。焼くことを重視するというスタンス通り、見事な串捌き。
「美味しそうに焼けてますね」
と、いそいそと瓶を取り出しながら、焼けていく様子を見る詩乃。
「……その瓶は何ですか?」
「自分用の超激辛特製ソースです。他の方が口にしたら悶絶必至の辛さですが……いかがですか?」
「……遠慮しておきます」
伶の頬を伝うのは、火元にいるための汗なのか、激辛ソースに対する冷や汗なのか。
「焼けているか? いるのか? ならいただきます!」
摩耶が遠慮なく串を取り、そのまま齧り付く。
「ふむ、空気が美味いと、肉も美味いな!」
「肉だけじゃなく、野菜もバランスよく食べることをお勧めしますよ」
「わかってる、わかってる。野菜も果物も、何でもござれ♪」
もりもりと食す摩耶。それを見て他の者達も、次々に串を取る。
「戦いの後のバーベキュー程美味いもんはねえべなぁ。おっ、その肉もらいだべっ!」
博士が我先にと金網の上に視線を這わせ、食べごろの肉串を奪っていく。
「ああっ、肉が!」
「もっと、もっと焼くんだ!」
そんな乱痴気騒ぎの隅で、密かに初美の袖を引く蜜花。
「ん? どうした」
「お肉、一杯食べたら……おねーさん達みたいにお胸も大きくなりますか? 新しい水着がつるりぺたり……なのよ」
哀しげな少女の悩み。しかし初美もどう答えたものかと、しばし悩まされることになる。
「どんな料理でも皆で食べると美味しいね!」
「アンブレイカブルの方々も、闘い以外にもこういう楽しみを知ったら良いのに」
フィーバスと詩乃が顔を見合わせて笑う。
逆に言えば、こういう楽しみを知っているからこそ、ヒト側の灼滅者でいられる……そんな考えが頭の隅をよぎった。
こうして、今年の臨海学校も無事幕を閉じることになったのだった。
作者:天風あきら |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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