臨海学校2014~路傍の花が見る夢は

    作者:瑞生

     北海道興部町へと向かう、周囲には何も無いだだっ広い道路を『HKT六六六』のロゴがでかでかと書かれた黒塗りのバンが走っていた。
     バンはやがて海岸沿いの道路へと辿り着く。
    「……あれが、あたしの対戦相手?」
     それは笑みであったか、苛立ちであったか。後部座席から窓の外を眺めて、女は口元を歪ませた。
     視線の先で、若者たちがはしゃいでいた。花火やキャンプファイアー……楽しげに笑う彼らには、己がどんな心境でこの地に辿り着いたかなど、理解出来ない事だろう。
    「余裕なのね。いい気なもんだわ……」
     はぁ、と溜息を一つ零して、女はバンの扉に手を掛けた。
    「この藤袴・路子(ふじばかま・みちこ)……どんな相手だって、叩き潰してやるわよ」
     横に立てかけていた鞭剣を手に取り、オーラを自身の肉体に纏わせて、女が唇を噛んだ。
    「だって、この戦いは……雑草のあたしが、美しい大輪の花となる為の……最後のチャンスなんだから!!」
     10km以上も続く真っ直ぐな長い海岸線――まさに、この戦いに相応しい場所だろう。
     武神大戦天覧儀。更なる高みを目指して執り行われた戦いは、正念場を迎えようとしている。
     オホーツク海に面した小さな町は今、激闘に巻き込まれようとしていた。
     
    ●路傍の花が見る夢は
    「見て下さい! このフリル、頑張ったんですよ。……って、あ、そうじゃなかった、ごめんなさい!」
     教室へと集まった灼滅者に野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)が新作の水着を披露した。ふんだんにフリルをあしらったパレオが愛らしい……が、本題は勿論、水着のお披露目では無い。はっと我に返って、表情を引き締める。
    「あの……武神大戦天覧儀が、次の段階に進もうとしている事が分かったんです。それで、急遽、臨海学校が行われる事になりました」
     武神大戦天覧儀。既に戦いを勝ち抜いた勝者が決まってゆく中で、最後の一席を賭けたバトルロイヤルがいよいよ行われるのだという。場所は、北海道興部町。業大老が沈む、オホーツク海沿岸だ。
    「天覧儀を最後まで勝ち抜く為、これまでの戦いを勝って生き延びて来たダークネスたちが、北海道興部町の海岸に集まって来るみたいです……」
     果たして幸いと言って良いものか、興部町の海水浴場、沙留海水浴場周辺――ここは、臨海学校にも相応しい美しい海だ。清らかな水で満たされた海に入れば海草の間を泳ぎ回る小魚の姿を見て泳ぐ事も出来るし、キャンプ場もある。
    「ですから、ここで、皆さんに、やってくるダークネスを迎え撃って欲しいんです。……海岸でキャンプをしていれば、そのうちやって来る筈ですから」
     その臨海学校が行われるのは、8月12日から13日にかけて。
     ダークネスに警戒されないよう、少人数に分かれてキャンプを行う事になる。
     襲って来るダークネスは、天覧儀に挑み生き残って来た猛者だ。
    「でも、今回はトドメを刺しても、皆さんが闇堕ちすることは無いみたいです。ちょっと安心しました……」
     それが、天覧儀としては最後の戦いとなるからか別の理由があるのか、そこまでは分からないが、ほっと迷宵が安堵の息を吐いて、表情を僅かに緩ませる。
    「それと、皆さんだけでダークネスを相手どる必要は無くなるかもしれません。敵を待ち受けるのとは別に、戦闘を支援するチームも編成されるみたいです」
     ある程度持ち堪える事が出来れば、支援チームが加勢してくれる。そうすれば、如何に強敵のダークネスと言えど、こちらが圧倒することも出来るだろう。
    「せっかくの臨海学校なのに、天覧儀に邪魔されちゃったのは、残念ですけど……」
     残念そうに迷宵が溜息をついたが、直ぐに気を取り直しすように首を振る。
     この戦いを無事に灼滅者たちが制すれば、武蔵坂学園が天覧儀の勝者としての権利を得る。
     そうすれば――武神大戦の真相を暴くチャンスとなるかもしれない。それも、また負けられない理由のひとつだ。
    「でも、出来る限り、臨海学校も楽しんで来て下さいね。行ってらっしゃいませっ」
     拳を作って、一生懸命声を出して。迷宵が灼滅者たちを激励した。


    参加者
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    本山・葵(緑色の香辛料・d02310)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    神薙・泳(中学生ストリートファイター・d04203)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)
    カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)
    桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)

    ■リプレイ


     ぱちぱちと炎が爆ぜる。
     北海道は興部町、沙留海水浴場。オホーツクの青い海は夜は満点の星空を映し出す。海面に散らされた星が漣に揺れ、波飛沫が月光に煌めき、世界は光で満ちてゆく。
     静かな夜の海岸は、花火をしているらしい今宵は陽気な少年少女の声で満ちていた。
     車を降りた女は、物騒な得物を手にして、つかつかと海岸へと歩いてゆく。目指すのは、月光よりも眩く輝く、キャンプファイアーの元だ。
    「――あなたたちが、あたしの相手って訳?」
    「おう、待ってたぜ!」
     威勢の良い声で本山・葵(緑色の香辛料・d02310)が応えたその声からは、既に戦意が満ち溢れていた。彼女たちが持っていた花火が、すぐに消される。
    「臨海学校って、結局大規模戦闘の口実だよね……まぁ、遊ぶ時間はあるけど」
     急遽臨海学校が執り行われた理由は……ダークネス関係だろうとは、分かっていた。墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)は一瞬遠い目をするものの、すぐにその碧眼を細めて女を睨みつける。
     灼滅者たちの反応に、話が早いわね、と嬉しそうに女が破顔した。
    「あたしの名前は藤袴・路子(ふじばかま・みちこ)よ」
    「名乗るのは戦の作法だけど……う~ん、キミに名乗るのもちょっとアレかな?」
     名乗った路子に対して、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)たちは名乗り返さない。
    「ああ、いいのよ、教えてくれなくて。だって覚える必要も無いんだし」
     気にした様子も無く、覚えられない訳じゃないのよ、と付け加えて路子が鞭剣を構えると同時、その身体を包むようにほわりと金色のオーラが湧き上がった。
     名を問わないのは、己の勝利を確信しているから。名乗らないのは、絶対に灼滅すると決意しているから。
    「さあ、狩りの時間だ!」
     敵に対する冷たい声で、皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)が宣言し。
    「La lumiere du noir de jais」
     カードに封じた能力を開放するカノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)の声からも、穏やかな色は失せ、険しいそれへと変わってゆく。
     他の灼滅者たちも思い思いの解除コードを唱え――それぞれの戦装束へと身を包み、その手に得物を携えて、少年少女は戦士へと姿を変えた。
     海から流れて来た潮風が、キャンプファイアーの炎を揺らし、火花が、『戦場』へと舞い散った。


    「ハァァァァァッ!!」
     灼滅者たちの解除が終わった刹那、路子が神薙・泳(中学生ストリートファイター・d04203)へと、雷を纏う拳を叩き込む。
    「わ……っ」
     鋭い衝撃に僅かな悲鳴が漏れた。
    「大丈夫ですか?」
     傷を癒し、そして前衛の守りを固める為、桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)が手甲の盾からシールドを展開する。
    「凍りつきなさい」
     夜空にも似た色の双眸を細めた黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)の周囲に冷気が立ち込めた。急激な温度低下によって足が凍った為に、路子の動きが僅かに鈍る。
    「ありがとう、りんごちゃんっ」
     その隙はけして見逃さない。由希奈が砂浜を蹴り、白く輝く聖剣を路子へと叩き込み、同時に自身の守りを固める。
    「アシュメダイさん!」
    「桜夜ちゃん、行きますよっ!」
     路子に向けたそれとは異なる穏やかな声で礼を言い、桜夜とカノンが同時に動いた。眩き光を放つ聖剣でカノンが路子へと斬りかかり、桜夜が突き出した槍が螺旋状にうねり路子へと伸びる。斬撃と刺撃のコンビネーションが路子を翻弄した。
     いろはが路子の懐へと肉薄し、鬼のそれへと変えた剛腕で路子を殴りつけた。
    (「……行くぞ」)
     常は無気力そうに見える泳の眼光も流石に鋭くなる。小柄なその少年が、自身より長身の女へと鋭き拳を叩き込む。
    「ふーん。筋は悪くないんじゃない?」
    「何だよ、上から目線で……!」
     まるで弟子に戦い方の指南でもしているかのようにこちらの攻撃を評価する路子の様子に、葵の眉が釣り上がる。彼女が繰り出すのもまた、鋼鉄の如き堅き拳だ。相手の隙をしっかりと見定め放たれた一撃は、路子の襟ぐりの開いたシャツから覗くデコルテを殴り、呼吸を圧迫する。
     立て続けの攻撃に、路子の表情が漸く僅かに歪んだ。
    「……気分が変わった。さっさと片付けさせて貰うわ」
     その瞳にぎらぎらとした闘志の炎を宿らせて、路子が鞭剣を振るう。目にも止まらぬ程の速度で振り回される蛇腹状の刃が齎す、台風のような斬撃が前衛陣を切り裂いた。



     風に、そしてそれぞれのサイキックによって起こった衝撃に、炎は激しく揺れる。戦いもまた、激しさを増していた。
     路子もまた無傷では無い。消耗は激しいが――それは、灼滅者側も同じだった。
     守りに秀でた者が少なかった敵の攻撃を率先して受け止める萌愛、そして癒し手として動き回るカノンの負担は特に大きい。前衛の数は5人。減衰されない範囲攻撃で纏めて前衛の体力を削がれ、そして次に確実な一撃を1人へと与えて来る、その攻撃が前衛陣の被害を大きくしていた。
    (「癒し切れない……!」)
     路子とて回復する回数は増えている。けれど、路子の体力を削りつつ、こちらも万全な状態へと戻すだけの時間はなかなか与えられなかった。
    「萌愛さん、しっかり」
     必然的に回復に回らざるを得なくなったタイミングで、泳が萌愛の前にシールドを張り、癒しを与えた。
    「あ、ありがとうございますっ」
     それでも消えない痛みに翠玉の瞳を細めつつも、萌愛がオーラを纏わせた拳の連打を路子へと叩き込む。
    「はぁ、しつこいわね……っ!」
     再び路子の鞭剣が唸り、竜巻の如く荒れ狂う。
     これまで前衛が崩れなかったのは、その大半の者が歴戦の戦士であったからこそ。だが、流石にその綻びが出始める頃合いだった。刃に斬り裂かれ、泳がそのまま意識を手放して砂浜へと倒れ込む。
     攻撃の担い手であったいろは、桜夜、相手を掻き乱すよう動いていたりんごがそれぞれ回復に回る。おかげで、バッドステータスの影響は少ない。
     だが、由希奈が攻撃に回り、神霊剣を叩き込んだそのすぐ直後だった。
    「葵さん、危ないです……っ!」
     跳躍した路子の狙いに気付いた萌愛が、攻撃を遮るように立ちはだかり――次の瞬間、萌愛の華奢な身体が、砂浜へと放り出された。巻き上がる砂埃の中へと沈んだ少女の意識がブラックアウトする。
     倒れた灼滅者は2人。一方の路子は、まだまだ余裕綽々と言った様子で鮮やかな紅の唇を弧状に歪ませる。
    「くそ……っ。花火、上げるぞっ!」
     舌打ちをして、葵が花火を上げた。
     夜空に青色の光の花が咲く。だが、それだけだ。
     再びサイキックが飛び交う中で、路子が笑う。
    「さっきの花火はお仲間でも呼んだのかしら?」
     それともこけおどし? からかうように呟いて、路子がりんごへと超硬度の拳を叩き込んだ。だがその瞬間、彼女の面に浮かんだのは驚愕だった。
    「――ッ!」
     振り返ろうとした路子の背中へと、幾つもの攻撃が降り注ぐ。
     攻撃の主は――援軍、ヤマト班の面々だった。


    「ホントに呼んでたとはね……!」
    「楽が出来る様に準備はきちんとしておかないと、ね」
     驚愕に満ちた路子へと笑いかけ、いろはが体勢を崩した隙だらけの女の死角から、【月下残滓】で斬りかかった。
     一時は8対1から6対1となった事で、形勢は路子に傾くかのように見えた。しかし徐々に積み重ねたダメージとバッドステータス。そして、ヤマト班がやってきた事で、形勢は完全に逆転していた。
    「私たちが壁になる」
     同じクラブの部員でもある一之瀬・暦の言葉に、桜夜が頷いた。これで攻撃へと集中する事も出来るだろう。心強い援軍の存在に背中を押されるように、軽やかに足元から影が伸び、路子を切り裂いてゆく。
    「次から次へと……くそっ!!」
     路子の鞭剣が竜巻のように唸りを上げる。サーヴァントも多く含むヤマト班のおかげで、路子からの攻撃はかなり分散出来たが、それでも更に戦いが進展する中で、サーヴァントたちの殆どが倒れる。相棒を失えど、主たちは必死に盾となり剣となって、路子との戦いを支援してくれていた。
     だからこそ、漸く終わりが見えて来る。
    「動き、縛らせてもらいます」
     路子は既に瀕死だ。それでも、これ以上の被害は出させない。柔らかく告げるりんごの声は、花のようにたおやかだ。けれどその花が持つのは毒か棘か、篭手から展開した結界が、更に路子の動きを制限する。
    「よーし、今だ!」
     葵がオーラを纏う拳を次々に叩き込む。狙いを外さない連撃に、流石の路子もふらふらとしていた。
    「血に染まった花は散らす……だけっ!」
     それでもなお抗う路子の前に、由希奈が立ちはだかる。至近距離から振り下ろしたロッドの先端から、膨大な魔力が注ぎ込まれた。
    「っ、――!!」
     流れ込む魔力を打ち払うだけの余力を、女は既に持たない。殆ど声にならない、微かな悲鳴だけを上げて、武力によって大輪の花となることを夢見た女の身体は、塵のように消えて行った。

    「さぁて、敵は片づけたし、心おきなく遊ばせてもらうぜー!」
     肩の荷が下りたとばかりに大きく伸びをして、葵が叫んだ。
     だが、彼らの戦いこそ勝利に終わったものの、救援チーム――ヤマト班の戦いはまだ終わっていない。まずは、彼らの傷を癒し、無事に次の戦いへ送り出す必要がある。
    「さて……急いで回復しないといけないですね」
     幾度も癒しに回っていたカノン、そして他にも余力のある者たちによって、救援チームを含めた戦闘不能者へと心霊手術が行われる。いつ次なるダークネスの襲撃があるかも分からない中で、10分の時間を掛けるだけの猶予があった事は幸運な事だっただろう。
     心霊手術による治療の末、戦闘不能になった者たちが起き上がり、戦いの中で倒れて消えたサーヴァントも復活し、主たちの傍に寄り添う。
    「救援お疲れ様。しんどいだろうけど……頑張れ?」
     いろはが労うと、高村・葵がそれに頷き立ち上がった。
    「ありがとうございます。皆さんのお役に立てるよう、頑張りますね」
     傷が癒えた彼女たちは、公道沿いの新たに花火が上がった場所を目指し、駆けてゆく。その勝利を信じて見送る灼滅者たちが勝利の報告を受け取るのは――もう少し後の事。


     翌日。
     戦いを終え、身体を休め、無事に次の日を迎えた灼滅者たちの眼前に広がるのは、青空を映し出す、美しくオホーツクの海。陽光に照らされた水面がきらきらと輝いている。
    「海だー!!」
     準備は万端。思い思いの水着を着た少女たちが、砂浜へと駆けてゆく。
    「あそこの岬まで行ってみたいな。いろは、ちょっと泳いで来るね」
     いろはが指差した岬はそう遠くは無い。5分か10分泳げば辿り着けるだろうが、泳ぐのが苦手な者からすれば、それでも厳しい距離だろう。
    「えっと、私は……この辺りにいますね」
    「泳がないのか?」
     葵の質問に、こくりと頷き返す。
    「えっと、私泳ぐのが得意じゃな……きゃあっ」
     浅瀬に辿り着いたところで、足を取られて萌愛が転ぶ。ちょうどそこに、ばしゃーん、と波が押し寄せて来た。
    「ぷはっ、しょっぱいです~」
    「……ああ、何となく分かった」
     それを支えつつ、成程、と葵が頷いた。
    「えいっ!」
     膝下まで水につければ、陽光に火照った肌が冷えてゆく。上体を屈ませて水を手で掬い上げ、由希奈、桜夜、りんご、カノン――同じクラブに所属する4人娘が、水を掛け合って笑い合う。学生としての生活と、灼滅者としての生活とを送る身にとっては、こうして皆で遊びに行くという機会は貴重なものだ。
    「カノンちゃんと遊ぶのは初めてだよねっ」
    「そうですね……りんごちゃんや由希奈ちゃんと遊ぶのは初めてです。誘ってくれてありがとうね」
     こうして遊ぶ機会を持てた事が嬉しく、由希奈とカノンが満面の笑みを浮かべる。そんな微笑ましい様子の2人の背後へと、そろりそろりと、影が忍び寄っていた。
    「隙ありですわ♪」
     りんごの悪戯っ気のある声が聴こえた瞬間。由希奈とカノンの後ろから、りんごと桜夜が抱きついた。
    「い、いつの間に後ろにっ……やぁんっ!」
     不意打ちの悪戯は、抱きつくだけにとどまらない。
     後ろから伸びた手に胸を揉まれると、由希奈が思わず甘い悲鳴を漏らした。
    「ちょっ、抱きつかないで……って、胸ダメぇっ!?」
     りんごの水着は白いビキニ。色こそ清楚な印象ではあるけれども、谷間ががっつりと覗く大胆な水着と同様に、たおやかに笑いながらも、悪戯する手は止めない。
    「また大きくなりました?」
    「そ、そうかな……」
     そんな風に問いかければ、由希奈の顔が赤くなる。
    「桜夜ちゃんったら。甘えん坊なのは変わらないね……って、胸揉んじゃ、ぁん!」
     胸を揉む桜夜の悪戯に、最初は笑っていたカノンも、声を出さずにはいられない。
    「甘えちゃ駄目ですか?」
     ――そして、そんな風に尋ねられてしまうと、駄目とは言いにくいもの。大人びた黒い水着の桜夜は、悪戯しているということもあって、今はどこか小悪魔的な雰囲気を醸し出していた。
    「カ、カノンさんの胸、とても大きいですね」
    「そ、そうかな……んぅ……」
     自身も豊満な胸を持ってはいるけれど――触った感じはそれ以上だ。驚いた様子の桜夜に答えつつも、少しその悪戯が弱まったように感じたその瞬間。
    「仕返しですよ?」
     くるり、振り返って、今度はカノンの反撃だ。桜夜の胸を、お返しにやわやわと揉みしだく。


     そんな光景は、見る者によっては天国だった事だろう。
     だが、1人海辺でゴミ拾いをしている泳にとってはかなり刺戟の強い光景だった。女子たちの声が聴こえる度に、こう思わずにはいられない。
    (「どうしてこうなった……」)
     自分以外にも男子がいればまだ何とかなっただろうが、自分以外女子、という状況は流石に所在無い。
     キャンプのテントに1人混ぜて貰うのも、1人で別のテントを占領するのもどうなのかと迷った結果の徹夜であったが、今日もやっぱり落ち着かない。
    「泳さんは泳がないんですか?」
     浜辺で貝殻やシーグラスを集めたりと、のんびりと過ごしていた萌愛が戻って来た。綺麗なものを選んで来たのだろう。白く小さな貝殻や、波に揉まれて角が取れたシーグラスが、白い手の上できらきらと、宝石のように輝いている。
    「え、あ、自分は大丈夫です」
     お気づかい無く、と必死で泳が手と首を振った。
    「? どこか具合でも悪いですか……?」
     泳の心境など知る由も無い。心配そうに、その顔色を確かめようと萌愛が顔を覗き込んで来る。
     ただでさえ、海に入って由希奈、桜夜、りんご、カノンが戯れているのだ。それがずっと視界に入るだけでも心臓に悪いというのに、水着姿の女性をこうして間近で見るのは――流石に、刺戟が強すぎる。
     萌愛の水着は、花をモチーフとしたピンクの、女の子らしい水着だ。極端に布地が少ない訳ではないが、白く細い腰やへそがしっかりと露出しているのだ。やっぱり、刺激が強い。
    「あれ……泳はいつの間に男の子になったのかな?」
     岬を目指して泳いでいたいろはも、目標を達成したのか否か、戻ってきていた。白を基調とした水着と褐色の肌とが互いを際立たせ、スポーティーな雰囲気と色気とを同居させていた。
     少年は、からかうと更に動揺した様子で、顔色を赤と青とに変えながら、あわあわとしていた。
    「せっかくだし遊ぼうぜー?」
     水鉄砲を持ってきていた葵が、3人へとぴゅーっと水を掛ける。葵の水着は緑色。色柄こそシンプルだが、その豊かな胸は、普段のじゃじゃ馬な口調の彼女からは少しギャップを感じるかもしれないくらい、女性的な身体だ。
    「きゃあっ」
     小さな悲鳴を上げた萌愛やいろはは水着だから良いが、泳が水着の上に羽織っていたTシャツも、水鉄砲の攻撃によって裾が濡れていた。
    「あはは。泳も濡れちゃったね、それならもう海入っちゃおうよ」
    「そうだそうだ、勿体ないぜー」
     ほらほら、といろはと葵が泳の手を引いて海へと誘う。混乱しながら連れて行かれる少年を見守りつつ、萌愛もその後を時折足を砂に取られつつ追った。
    「あ、皆さん、来たんですね」
     きゃあきゃあと戯れていた4人が振り返る。そういえば、周囲の目を気にせずにはしゃいでしまったな……と、自分の水着を見下ろして、桜夜が僅かに頬を赤らめた。
    (「だ、大丈夫かな」)
     由希奈も自分の水着を確かめた。清楚な薄青の水着の上、腰から巻いたパレオは解けてはおらず、ほっと胸を撫で下ろす。
     改めて女子たちが集まると、互いのプロポーションの話や、水着の話が始まった。その水着はどこで買ったか、そんな話でさえも、水着が気になってしまい、再び泳の顔色が赤と青を行き来する。
    「それっ隙ありぃ!」
    「きゃっ。お返しですわ♪」
    「こちらも行きますよっ」
     ばしゃっと葵が泳へと水を掛けた。その飛沫がかかったりんごが反撃し、カノンも続く。それを皮切りに、今度は8人全員での――泳は、女子たちに翻弄されっぱなしではあるけれども――水遊びが始まった。
    「うーん、やっぱり海って気持ちいいですね!」
     そんな萌愛の言葉と、皆の気持ちは変わらないだろう。
     今後、情勢がどうなるか――それを考えるのももう少し後。
     今は思い切り遊ぼう。それは次の戦いの力になる。
     夏の海は、そんな彼女たちを迎え入れるように、きらきらとなお耀いていた。

    作者:瑞生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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