臨海学校2014~乱入ダークネス

    作者:西灰三


     一人の男が黒いバンから現れる。バンは男を降ろすとそのまま走り去っていく。男はそれには目もくれず海側へと向かっていく、そこから立ち上る雰囲気は明らかに常人のそれではない、見るものが見ればダークネス、アンブレイカブルだと分かるだろう。
    「……なんだ、あれは」
     おそらくは激闘をくぐり抜けて来た男が興部町に辿り着いた時、武蔵坂学園の生徒達が集まっていた。上がる声は楽しむそれであり、まるでここで何か起こるのか分かっていないようにも見える。
    「まあいい。蹴り倒してみれば分かるだろう」
     波で湿った砂浜を悠然と歩いて行くアンブレイカブル、その足には拍車にも似た車輪が取り付けられており、各部に何かの染みらしきものがついていた。
     
    ●危ない臨海学校
    「北海道の興部町で臨海学校をすることになったんだって。それも急に」
     それをエクスブレインの有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)が言うということはきっと別の意味があるのだろう。
    「……武神対戦天覧儀が次の段階に進む関係らしいよ」
     そちら関係の話らしい、灼滅者達がその理由を悟るとクロエは話を続ける。
    「日本各地から天覧儀を勝ち抜いた猛者が、その興部町の海岸に集まってくるんだ。……つまりキャンプをしながらダークネスを迎え討って欲しいんだよ」
     武蔵坂学園の臨海学校が簡単に済むってことは少なそうである。
    「敵がいつ来るかわからないけど、海岸でキャンプをしていれば向こうから襲撃してくるから楽しみつついつでも戦えるようにしておいてね」
     まあそういうことらしい。
    「少人数で別れてキャンプをすれば相手を警戒させずに戦闘をすることができるよ。だからこういう風なんだ。あ、あと天覧儀だけど倒した人が闇堕ちしたりはしないからそれは気にしなくて大丈夫だよ」
     それに加えて、灼滅者達を支援するチームも別に存在すると言う。戦いになってからある程度持ちこたえれば、そこから支援チームが駆けつけてくれるのでダークネスに対して有利に戦いを挑むことができるだろう。なにせ天覧儀に参加しているダークネスは強敵だから。
    「せっかくの臨海学校が天覧儀に邪魔されるのは悔しいけれど、ばばばっとダークネスを倒して出来るだけ修学旅行を楽しんできてね。それじゃ、行ってらっしゃい!」


    参加者
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    天衣・恵(杭打兎・d01159)
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    大業物・断(一刀両断・d03902)
    メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)
    守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)
    菊水・靜(ディエスイレ・d19339)

    ■リプレイ


    「いつものことやしもう気にせんっち言うと嘘になるけど、……まともな学校行事っち何処に消えるんやろうなぁ」
     臨海学校である。ただし武蔵坂学園の。長く広がる砂浜と水平線を前に守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)のようにこの学園の生徒である灼滅者達の中にはそう言う思いを秘めている者もいるだろう。まあもっとも学園らしさを迎えるまでは普通の臨海学校と変わらないわけで。
    「いやっほー!」
     海と砂浜が揃えば飛び込まざるをえないと言わんばかりに、天衣・恵(杭打兎・d01159)が駆け出していく。
    「俺も負けてられへんわー!」
     続いて銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)が海へと分け入っていく、やはり楽しまなければ損だろうという感じだ。彼に続いて時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)や神楽が次々と参戦していく。
    「……ん」
     男性陣の勢いとは別に大業物・断(一刀両断・d03902)がとてとてと海岸に向かっていく。そんなはしゃぐ彼らを水着の上から黒羽織を纏った江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)が静かに眺めていた。

     同時間キャンプ場付近ではメルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)と菊水・靜(ディエスイレ・d19339)が荷物の確認や道具の準備をしていた。
    「何時頃、敵は来るのでしょうか」
    「さあな、だがまだ気にするには早いだろう」
    「それもそうですね」
     今回の敵について数度言葉を交わした以外は黙々と働く二人。
    「ところで」
     そんな中、靜がメルキューレに声をかける。
    「肌を晒すのが難しいのなら、少し休め」
     北海道とて夏である、多少なりとも体温調整には気を遣った方がいいだろう。


     日が傾き始め夕方にさしかかろうとする頃から、灼滅者達に僅かに緊張感が生じてくる。既に武神天覧儀の参加者が現れ始めるという時間に差し掛かっている。軽い緊張感の中夕食を過ごし、キャンプファイアーと照明で夜を照らす。……そして。
    「………」
     何事も無く八重華は目を覚ました。手元の時計を見ればやや早めの朝を示している。おそらく他の灼滅者達も眠りが浅かったのだろう、一人が起きるのに連れて次々と体を起こしていく。これまでにもこちらからKREMITHSに連絡は入れているが、特に意味がある連絡はしていない。
    「……まだ、か」
     恵が携帯電話を覗き込みながら呟く。少し薄暗かった周りはいつの間にか明るくなり陽射しも強くなってきている。
    「そうでもないみたいやで、お客さんがようやっと来たようや」
     警戒が続いている中、右九兵衛が木々の向こうを見据える。灼滅者達はスレイヤーカードを手にして同じくそちらを向いた。
    「朝早くから出迎えご苦労。お前らが俺の相手か?」
    「強くなりたいのは解る……でも誰でも傷つけていい……そんな訳がない……それがし達でお仕置き……灼滅する……」
     現れたのは男が一人、動きやすそうな服と使い潰されそうな革靴を履きその両方にはくすんだ染みがこびりついていた。その姿を見て断が言うが、アンブレイカブルは肩をすくめるだけだ。
    「ようやくメインディッシュのおでましか」
     竜雅が男の姿を見て呟く。
    「メインディッシュね、言っておくが俺はそれほど簡単に食われやしないぜ」
    「知ってるさ、だから昨日もあんまり眠れなかった」
    「おいおい、遠足前の小学生かよ」
    「そうだな、強い奴と戦えると思うと楽しみで、目が覚めちまうんだよ!」
     竜雅は剣を抜き切っ先を相手に向ける。即座に他の灼滅者達も武器を構える。
    「チェーンジケルベロース。Style:DeepBlue!!」
    「それがしは……一振りの刀……覚悟する……抜剣!」
    「いと高き神よ、私は喜び、誇り御名をほめ歌おう」
     メルキューレは解除と共にメールをKREMITHSへと送る、これで彼らがこちらが戦闘に入った事が伝わったはずだ。その間にも八重華が相手の攻撃を少しでも制そうと光弾を放つ。
    「地獄に堕ちる前に一つ覚えておくといい。喧嘩を売る相手は選べ」
    「ハッ、全力すら出していないお前達が俺を止められると? 面白い、やってみせろ! ……できるものならな!」
     光弾を片手で弾き、八重華に一瞬で間合いを詰める。そして炎を纏った蹴りを突き立てれば、一撃で彼の体は吹き飛び、炎に焼かれ地面に伏せる。
    「……あ、口先だけか? 一発くらいは耐えてくれるもんだと思ってたんだが」
     アンブレイカブルは倒れた八重華の姿を見下ろしてつまらなさそうに言い捨てる。が、かろうじて炎を纏ったまま彼が立ち上がろうとするのを見て口元を歪ませる。
    「離れろ」
     靜がその隙に近づいて鬼の腕で僅かにダークネスの腕に傷をつける。それですら大きなダメージとは到底言いがたく、むしろ当たっただけで僥倖と言えるものだった。
    「これくらいはやってもらわければな」
     アンブレイカブルはここに来てやっと本格的な構えを取る、それはここにいる相手が灼滅者達にとって恐ろしき強敵がついに本気となった事を示すものだった。


    「剣客衆……伝家の宝刀序列197位……大業物断……名乗れ……」
    「殺人狂にすらなれてないお前達に語る名など持ちあわせてねえよ」
     防御を固めているはずの断に放たれた雷の一撃は大きく体力を奪う。すぐにメルキューレが癒しの光を放つもののそれだけで傷は治らず、また体の芯に至ったダメージも無視できるものではない。
    「当たれっ!」
     機を狙っての恵の攻撃は確かにそれ以外の者が放つ攻撃と比べれば当たりやすいはずだ。だが相手も相当の手練でありそんなに簡単に攻撃を許したりしない。難なく彼女の盾の一撃を回避する。
    「……こんなん削れるん?」
    「そうして貰わんとただの弱い者イジメになるだけだからな、鍛錬にならん」
     右九兵衛の呟きに答えつつアンブレイカブルは回し蹴りを放つ。近くにいた者達をまとめて吹き飛ばして体勢を崩す。
    「くそっ!」
     すぐに竜雅が立ち上がり炎の翼を羽ばたかせる。幾分かは前衛の傷を癒やすが全快には程遠い。これによってもたらされた破魔の力も当てられなければ意味をもたせるのは難しい。
    「………!」
     靜の額に汗が滲む、前衛で戦っている者達の攻撃だけではなく、後方で狙いを定めている自分や恵の攻撃ですらも当たる回数は僅か。これでは隙の一つも作るのは難しいだろう。
    「……どうした? 本当にこんなもんなのか?」
     アンブレイカブルは落胆した様子で灼滅者達を眺める。息を荒げながら盾の力を広げる神楽を見て、防戦一方の灼滅者達に蔑みの視線を向けた。
    「まだ、まだ……」
    「もういい。さっさと終わらせる」
     盾を構えたままの神楽を掴んでそのまま勢い良く投げ捨てた。神楽はそれっきり倒れて動かない。
    「で、次は……」
     まるで掃除をする場所を探すようにようにアンブレイカブルは次の目標を決める。次に彼に捕まったのは八重華であり、最初に大きくダメージを受けていた彼も投げ捨てられ木にぶつかると同時に沈黙する。
    「……これでは……!」
     メルキューレは目の前で行われている戦い、いや惨劇というべきものを見て信号弾を撃ち上げる。青い煙が空中で爆ぜて周りに状況を知らせる。
    「これで通じてくださるといいのですが……」
    「ん? まだ何かあるのか」
     少しだけ喜色を声に滲ませたアンブレイカブルが犬歯を覗かせて笑う。力が、灼滅者を襲い続ける。


    「アカンアカン、ヤバすぎる、後退や!」
     信号弾を打ち上げてから少し、アンブレイカブルの攻撃は変わらずに灼滅者達を窮地に追い込んでいた、先程から動いていたビハインドのみやこも倒れていよいよ前線が怪しくなる。前線でこそこそと防御役の後ろから射撃をしていた右九兵衛は後方に周り回復に集中する。
    「……どうしよう」
     恵が呟く。今のところ彼女ら後衛には攻撃が届いていない。おそらくは相手にその手段が無いという事であるのだが、同時に前中衛に攻撃が集中するということでもある。そして今前衛には防御役の竜雅と断がいるだけだ。同じく防御役の神楽が倒されたのを見ると気を抜けば彼らとてあっという間に倒れてしまうだろう。そこで彼女は前に出て防御役になり彼らの負担を避けようと考えたのだ。
    「……もう少しで応援が来るはずだ、待て」
     靜が恵に言う、おそらくここで少しでも牽制しておかなければ応援と合流した時も厳しい戦いになるためだろう。恵は改めて武器を構え直し隙を伺う。
    「まだ楽しいかい、お前達は」
    「ああ、楽しいねえ!」
     アンブレイカブルと直接相対している竜雅は大きく武器を掲げる。その隣の断も指先の光で自らを癒す。メルキューレの回復と合わせてこれらで彼らは戦線を維持してきた。もとも度重なる強力な攻撃で、それらももうそろそろ限界に近づいて来ている。
    「さて、お前達にももうそろそろ眠ってもらおうか」
     アンブレイカブルはその言葉の速度を超えて断の背後へと立つ。そして彼女の長い髪ごと頭を掴もうと手を伸ばす。
    「危ない!」
     断が振り向くよりも、アンブレイカブルが声の主を見定めるよりも速く、断の小さな体が横から弾き飛ばされる。そしてアンブレイカブルが掴んだのはセトラスフィーノの腕。アンブレイカブルが即座に彼女投げ捨てるが、不自然な体勢からの投げは完全とは言いがたく彼女は受け身を取ってダメージを軽減する。それを見たアンブレイカブルは舌打ちをするが今度は自分の体に痛みが走っているのに気付く。
    「こいつは……!」
     痛みの方を振り向けば風香がにやりと笑っていた。
    「呼ばれたからな、妾たちの出番というわけじゃ」
     近くにいた彼女を振り払い、最初から戦っていた灼滅者達をアンブレイカブルは睨めつける。
    「これがお前達の切り札って訳か」
     新たに現れた8人の救援チームKREMITHSが形勢を逆転させる。
    「うへへ、どうや。この作戦!」
     右九兵衛は勝ち誇った笑いを上げるが、あふれる冷や汗が内心を表していた。おそらくは相当危ないと思っていたのだろう。
    「それでは、こちらの番だ」
    「頭数揃えただけで勝った気になるなよ」
     靜の言葉にギラリとした闘気で返すアンブレイカブル、戦いはいよいよ佳境に入ろうとしていた。


     アンブレイカブルは灼滅者の数が増えても依然変わらない勢いで戦場を暴れまわっていた。だが数の増えた灼滅者達は同じ勢いで崩されることはない。また防御に集中せざるを得なかった者達も攻撃に加われる様になると自ずと攻撃を受ける回数も増える。
    「いっただき!」
     多数の攻撃の嵐に紛れて恵が影でアンブレイカブルの体を縛る。それそのものの影響は僅かで振り払うのもアンブレイカブルにとっては容易だが、それまでのごく僅かな時間に一斉に攻撃が集中する。
    「頭の軽そうな小娘だと思ったら……!」
    「ふっふっふ、頭脳プレイと呼べー!」
     この勢いのままに灼滅者達はアンブレイカブルを攻め立てていく。癒やし手のメルキューレや右九兵衛も攻撃に参加する。それらの増えた攻撃を防ぐその隙に靜が踏み込む。
    「喰ろうて見よ」
     細くて青い流水のような杖がアンブレイカブルの体に突き立てられる。敵の体がぐっと曲がり、よろめく。巨木のような体を完全に絶たんと竜雅が両腕に力を込め地摺りの構えで走り寄る。
    「これで終わりだ!」
     相手を砕くように振りぬかれた一撃はアンブレイカブルの胴体を切り倒し灼滅した。
    「これでいい……悪戯に血を流すのは……悲しいの」
     断は消え去っていくアンブレイカブルを見て残心を解く、ここでの戦いはこれで終わったのだ。
    「おつかれがんばれ!」
     一方、KREMITHSの中で傷が大きかったセトラスフィーノに心霊治療を恵やメルキューレは行っていた。その間にも先に倒れた八重華や神楽も一緒に。
    「それではお気をつけて」
     メルキューレは次の戦いの為に離れるKREMITHSを送る。そして彼らの普通の臨海学校は再開される。


     鉄板の上で陽炎が踊る。竜雅が火の勢いを見ながらゴーサインを出す。それを受けた右九兵衛が両手のコテを手慣れた様子で弄ぶ。
    「つーわけで、こっからは俺の独壇場や!」
     そんな彼を遠目から見ているのは神楽で、お好み焼きの種をかき混ぜていた。本人曰く蒸し料理が専門だとか。残念ながらここには温泉は湧いていない。
    「それで、私達は何をしたら良い?」
    「そやね、とりあえず教えるからやり方見といてくれへんか」
     いわゆる関西風という感じの焼き方を靜の前で実践する右九兵衛、鉄板の上でぐるりと円盤になり音を立てて焼きあがっていく。その様子を見ながら鉄板の片隅で肉を焼いていた八重華が隅へと腰を落ち着ける。
    「お好み焼きってそうやって作るんですね」
    「……やってみて……いい?」
     食器類を準備していたメルキューレが覗き込み、断が自分もやりたいと言い出す。
    「よーし、それじゃ私も腕前見せちゃおうかな!」
    「俺が手取り足取り教えてもええんやで?」
     恵は右九兵衛の言葉を軽くスルーし、コテを打ち鳴らす。すごすごと引き下がった彼はおもむろに先ほど広げた生地の前に立つ。
    「ほらよっと」
     鉄板の上のお好み焼きをきれいな形のままひっくり返す、その動きをまじまじと見ていたのは神楽で、きらきらとした眼差しを向けていたのは断。彼女は二つのコテと目の前のお好み焼きをじっと見比べてから、挑む。
    「こうやって……こう返す?」
     皆の視線の集中する中緊張した面持ちでコテを動かす断。
    「……できた!」
     彼女の小さなチャレンジは成功する。右九兵衛は焼きあがっていくお好み焼きにソースをかける、すると香ばしく弾ける音と独特の香りが辺り一面に広がり空腹を刺激する。すぐさまに靜が皿を出し完成したお好み焼きを乗せてさいの目切りにする。
    「……一つ焼けた」
     靜は外れた所にいた八重華に皿を手渡す。彼は一切れを口にするとぐっと親指を右九兵衛達に立てる。
    「くっ、負けない!」
    「勝ち負けの話……?」
     妙に気合を入れた恵に神楽が突っ込みを入れる。その後力を入れすぎた彼女がひっくり返すのに失敗したり、おいしくなあれで何とかしようとしたり、それを料理に一家言ある神楽が口出ししてきたりと色々騒がしい。
    「熱いけど、美味しいです」
     そんな彼らを置いといて断の作ったものに対してメルキューレが感想を述べる。その言葉に彼女はうまくできたと笑顔を見せる。
    「……なあ俺の分ってある?」
    「あっ、今から焼くわ」
    「なるべく早くしてくれよ、さっきから腹が空いて」
     竜雅が頭を上げて催促する、そして鉄板の上で更に焼き上げられていく。賑やかな声と焼き立ての料理に彩られた昼食はまるで祝勝会のようでもあった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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