海沿いを走る黒塗りのバンから、流れる景色を眺めながら。
「この力や身体も、なかなか悪くないデース」
隣に動物型の眷属を従えたそのアンブレイカブルは、能天気に笑んでみせる。
いや、今はアンブレイカブル、と言うのがより正しいだろうか。
狐耳の如くピンとはねた癖のある髪に、獣の足を思わせるブーツ、太い尻尾の様な形のバトルオーラ。
改竄されたその身に僅かな違和感を感じつつも、ダークネスと成った後も理性的に思考出来る事が、この狐の様な印象の『彼』は思いのほか気に入っていた。
――そして。
「! チョット、車を停めてくだサイ」
ふと何かを見つけ、そう半ば強引に、自分を送迎する為に走っていた車をとめて。
『HKT六六六』のロゴが入った黒いバンから出ると。
「ワタシ、バトルロイヤルの前に用事ができマシタ。会場までは、用が済み次第自分で行きマース」
巨大な犬なのか狼なのか、はたまた狐の様でもある眷属と共に、海の香りがする方へと向かい始める。
そして、『彼』が見つけたのは。
「強い力を得る為の儀式、天覧儀の邪魔はさせないノデス」
臨海学校を行なっている――武蔵坂学園の生徒の姿であったのだ。
いや、己が強くなる為の儀式に邪魔だというだけではなく……堕ちたら素晴らしい強者になるかもしれないその存在は、護らねばと。
強さに貪欲な闇が渦巻くその瞳を、ふっと細めてから。
狡猾な笑みを一瞬浮かべ、そして闇の力を得た元・灼滅者の『彼』は。
武蔵坂学園の灼滅者達に、こう話を持ち掛けるのだった。
「ワタシが天覧儀のことを調べてあげマース。その代わりにワタシにこの身体をくだサイ」
灼滅者一人と引き換えにダークネスの下僕が出来マスヨ、と。
泣き荒ぶように海風が吹く中、あくまで明るく能天気な声で続ける。
己の拳に賭けて誓いマス――と。
●
「今年の臨海学校はね、急遽、北海道の興部町で行なう事になったよ」
飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は、集まった皆にそう告げた後。灼滅者達へとぐるりと視線を向けつつ、続ける。
「実は、武神大戦天覧儀が次の段階に入った事が未来予測されたんだ。天覧儀に参加して生き残っているダークネス達がね、業大老が沈むオホーツク海の沿岸に集まって『最後の席をかけたバトルロイヤル』に参加しようとしているんだよ」
遥河の言葉に、ざわめく教室。
だが……予測されたのは、それだけではなかったのだ。
「それで、そのバトルロイヤルに、先日武神大戦天覧儀の勝者となって闇堕ちした小夏も参加しに現われる事が予測されたんだけど……」
安藤・小夏(片皿天秤・d16456)は、先日の武神大戦天覧儀の依頼において、対戦相手のダークネスにとどめを刺し、闇に堕ちて行方をくらましていたのだが。
「未来予測によればね、『彼』の方から、臨海学校に来てる武蔵坂学園の皆に声をかけてくるみたいなんだ」
しかもその内容は、武蔵坂学園の為に、天覧儀のことを調べてくれるというのだ。
その代わり――小夏の身体を、完全にダークネスへと渡す事を条件に。
「そんなこと……!」
「『彼』が言ってくる事は、どこまで本気なのか分からないけど。その言動からも、まだ完全に小夏は闇に堕ちてはないみたいだからさ。小夏を救う、またとない機会でもあると思うんだ」
ダークネスは、ちょっと間の抜けた似非外国人のような口調で、明るく能天気に一見みえるというが。その性格は非常に狡猾で、強くなる事に貪欲なのだという。
また、すぐ傍に、動物型の眷属を1体連れている。
「小夏も霊犬と一緒だったけど……でもこのダークネスは小夏とは違って、己の強さへの欲求の為だったら眷属を切り捨てることにも躊躇しないし、プライドの欠片もないような様々な言動で、武蔵坂学園に取り入ろうとする態度をみせるよ。よく泣いて、命乞いとか逃亡とかもしようとするかもしれない」
そして戦闘になれば、得物のバトルオーラとエアシューズ、アンブレイカブルのサイキックを使用してくるという。そして眷属も、バトルオーラのサイキックに類似した攻撃や回復を使用するようだ。
「俺も以前、闇堕ちからみんなに助けて貰ったから。同じ霊犬使いだし、今度は小夏をみんなと一緒に助けたいぜ」
集まった灼滅者のひとり、伊勢谷・カイザ(紫紺のあんちゃん・dn0189)の言葉に、遥河も頷いて。
「もし今回助けられなかったら、完全に小夏は闇に堕ちちゃうかもしれない……でもまだ助けられる可能性は残ってるから。みんなで小夏を救い出して、彼も一緒に、臨海学校を楽しもうよ」
どうかよろしくお願いするねと、そう祈るように、赴く灼滅者達を見送るのだった。
参加者 | |
---|---|
桃山・華織(白桃小町・d01137) |
橘・千里(虚氷星・d02046) |
空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202) |
撫桐・娑婆蔵(泣き虫ヤクザ・d10859) |
御門・美波(堕天アストライア・d15507) |
北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495) |
ヘリヘルス・ヴィルチェ(下弦月・d23415) |
スペチアリヌイ・アフタマート(ペネトレイトアビスウォーター・d25565) |
●駆け引き
北海道の夏空の下、寄せては返すその色は、オホーツクの青。
「暑い事には変わりないけど、この時期の道東は東京に比べたら過ごしやすいな」
北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)は、料理道具を手にする撫桐・娑婆蔵(泣き虫ヤクザ・d10859)や皆と食事の準備をしながらも、吹く潮風にその青の瞳を細めて。ヘリヘルス・ヴィルチェ(下弦月・d23415)も頷きつつ、周囲にいる人々を見回した。
それは一見、臨海学校に勤しむ学生達の姿に見えるが。
どこか浮かない表情で感傷的に海を眺めるのは、桃山・華織(白桃小町・d01137)。
それもそのはず……彼女が待っているのは、闇堕ちした知人。
いや、今此処に居る全員が、『彼』を待っているのだ。
(「絶対に、連れ戻す。皆の為に、小夏の為に、美波の為に……あの子の為に!」)
(「今回はなるようになるじゃねぇな。必ず成し遂げる」)
そう強く決意を固める御門・美波(堕天アストライア・d15507)と共に、来たるその時を待つ空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)。
この場に現れる弱搦寂狐から――小夏を、取り戻す為に。
その時だった。
「……来たか」
華織が弁慶を撫でた後、ふと顔を上げて振り向けば。
そこには、知っているものと同じようで違う、ダークネスの微笑みが。
「ワタシが天覧儀のことを調べてあげマース」
そして『彼』が持ちかけた、取引。
「その代わりにワタシにこの身体をくだサイ。灼滅者一人と引き換えにダークネスの下僕が出来マスヨ」
だが、灼滅者達は即答する。
「割と心底興味がねぇ。ただ……友達は返してもらうぜ?」
「私は情報より、あんたの中にいる灼滅者が欲しいや」
空牙に続き、橘・千里(虚氷星・d02046)も迷いなく思いをしたためて。
「道化になりきれない道化に、なり切れている自分を見せて表に出ないようにしておるのかのぅ。だとしたら弱いの?」
スペチアリヌイ・アフタマート(ペネトレイトアビスウォーター・d25565)は、力を求めるダークネスを挑発する。
「狐のおね……お兄さんに媚びを売るのじゃったら……到底強くはなれぬのぅ?」
「個を軽く見ぬが武蔵坂、知らぬ訳ではあるまい。そなたもアンブレイカブルなら、こと此処に至れば己が拳で突破してみよ!」
「天覧儀を探る為にゃダークネスの下僕よか灼滅者の仲間が入り用なんでさァ!」
華織の声と共に弁慶が砂浜を駆け、狐の提案をバサリと切り捨てる娑婆蔵。
そして――Are you ready? そう歌う様に紡がれるのは、葉月の能力解放の言の葉。
「ガチ勝負と行こうか、安藤。火力なら俺も負けてないぜ?」
「禊の時間だ。始めやしょうぜ、安藤の兄貴」
「ウーン、悪くない取引だと思うんデスケド」
そんな提案を却下した灼滅者達に、ダークネスは狐の尻尾の様な影を揺らしつつ首を傾けるも。
「ならば、ワタシがお役に立てる力がある証拠をお見せしマショー!」
闇色の強烈なオーラを纏いながら、そう再び灼滅者達に微笑む。
●揺らぐ天秤
アンブレイカブルのその拳は、流石に鋭く重い。
だが、決して小夏から離れずに。
「貴方の力、その程度なの?」
狐を挑発する美波。
「小夏のほうが、その拳……もっと重かったよ」
そして眷属が闇色の連打を繰り出すも。
「あっしの殺戮経路はそこじゃァねえ!」
喧嘩上等、身を翻した娑婆蔵は、ぐっと寸鉄を握り締めて。
「ブチ抜いてやりまさァ!」
眷属へと、稲光る雷の如く、螺旋の軌道を描く肝臓打ちを見舞えば。
暴風を巻き起こす強烈な回し蹴りで灼滅者達を薙ぎ払いにかかる狐。
「天覧儀の力を得たアンブレイカブルは、流石に一筋縄じゃ行かねぇな……」
葉月はその衝撃の重さを改めて体感しつつも。
伊勢谷・カイザ(紫紺のあんちゃん・dn0189)や霊犬のゼロ、周囲の皆からの回復を背に、あくまで狐への攻勢を崩さない。
そして弱搦寂狐は、自分を取り囲む灼滅者サーヴァント総勢65名にも及ぶ学園の皆を見て。
プライドの欠片もない態度で、こう持ちかけるのだった。
「天覧儀が終わって強くなっても、大規模な武蔵坂学園には勝てる気がしないノデ、あなた方に完全に従属しマス」
だから。
「ワタシを灼滅するのを最後にしてくだサイ」
一人の灼滅者とダークネスを、再び天秤にかける。
だが、灼滅者の答えは明白。
「力に溺れて、闇に呑まれて。そのままダークネスに成果てるだなんて、お前はそんなタマじゃ無いだろ!」
狐にではなく、葉月は闇に沈む小夏に必死に声を掛けながらも。摩擦炎を纏った蹴りをダークネスへと叩き付けて。
「誰が灼滅などするものか」
仲間を庇う弁慶と共に地を蹴り、鋭利な螺旋の衝撃を眷属へ繰り出しながらも。
「小夏殿、そなたを慕う者がいることを私は良く知っている。戻らねばその者は悲しむし、そなたも生涯それを悔いるであろう。私はそれを見過ごすことなど断じて出来ぬ」
華織はその真っ直ぐな気質を曲げる事なく、続いて小夏へと思いをぶつけて。
「迎えに来たよ、小夏。久しぶり。元気……ではなさそうだ。とっとと帰って休むぞ」
ああ、その前に臨海学校かな、と。普段は筆談の千里も、合成音声で小夏に語りかけながらも。何も映さぬ刃に破邪の白光を宿し、霊的因子を止める結界を展開させる。
そして流星の如く煌くのは、追い風に乗った空の色。
「そんじゃ……狩らせてもらうぜ? お前の中のその闇を」
青のベストを風に靡かせ、闇をも割く飛び蹴りを獣の眷属へと叩き込む空牙。
だが――その時だった。
ぽろぽろと、涙を零し始める弱搦寂狐。
「ワタシを、見捨てるノデスカ? あなた方に完全に従属すると、この拳に賭けて誓いマス」
しかし、決して心揺るぎはしない。
「見た目で騙されてやるほど優しくねぇよ」
「にははー…お仲間ごっこは最早無意味じゃよ? そもそも君とは仲間でもないゆえ」
灼滅者もお花畑が多いがの? ダークネスも大概なのかの? と。
「そんな三文芝居、つまらぬくて欠伸がでるのじゃよ?」
にはー♪ と綺麗な水晶のヒレをはためかせたスペチアリヌイの流氷纏うブレスが眷属へと襲い掛かって。
「その手は喰わないよ」
確りと小夏に張り付き、手にした注射器を投擲しながらも。
「あまり、美波をなめないで」
悲しみを小悪魔の仮面に隠し、美波は笑う。
大切な人とその大事な存在を、この身を犠牲にする事さえ厭わず護る為に。
そしてヘリヘルスも、固めた拳に雷を宿して。
「その顔で泣くな。……これ以上、こちらの神経を逆なでするな」
涙するその顔を狙い、拳を叩き込まんと一気に距離を詰めながら。
「……貴様の拳に、我々のこころを、魂を動かすほどの価値はないらしい。ダークネスのあなたには、誰も用がないそうだ」
残念だったな、と周囲を見回す。
学園の暖かさはダークネスなんかに負けないと、そう信じて。
小夏を救わんと集まった皆の手助けをするべく動く、ヘリヘルス。
そんな前線の仲間達が、狐に攻撃を仕掛ける間に。
闇の中の小夏へと、沢山の声が投げかけられる。
大事で大好きな小夏に。魂のカードをみせ、一番に声を掛けたのは、ともの。
「小夏! 私と小夏のデュエル、決着つけるって約束したよ!」
陽もデッキケースを掲げ、また一緒に遊びたいと鈴莉や京夜が続く間。少しでも皆の声が届くよう尽力する智明。
小夏の居場所は自分達の所。だから帰ろうと言うのは、ヴィルヘルムと榮太郎。
小夏が泣き虫なはずがない、と、嶺滋も逃走阻止を。
情報よりも小夏に帰ってきて欲しい、富士鷹と共に動く智の思いも皆と同じ。
そして恭乃は、蜻蛉の護符を掲げ一言。実はすげぇ尊敬してます! と……今まで言えなかった気持ちを伝えて。
仲間の仲間は家族も同然。そして今後改めて知り合える為に、マルクも協力を惜しまない。
まほろも、大好きな言葉を送る――「帰ろう。帰れば、また来られるから」と。
そんな皆の言葉に、道化の如く大袈裟にリアクションを取る弱搦寂狐。
だが情が声を掛けるのも、狐ではなく小夏。
「やぁ、弱搦寂狐のこなっちゃん。元気そうじゃないか。安心したよ、全力で連れ戻せるからね!」
「……小夏、お前何をしている?」
十六夜は、世話を焼かせるな、と。獣の如き姿に堕落した弟分に説得を。そしてダークネスが口を挟めば、すかさずバサリ切り捨てて。
ミユと織兎も狐の前に立ちはだかり、声を。
「ここは通せません、先輩。銀庭の皆さんが待っています」
そう、小夏は大事なクラメンだから。
「強くなるより大事なこと、あることは自分でも分かってるんだろ」
今行くべき場所は天覧儀会場じゃなくこっちだろ? と。
そして、臨海学校は可愛い水着見繕ってあげないとね? と、ふふり笑む茨。
臨海学校、誰も倒れること無くこの後楽しみたい。勿論、小夏も一緒に……朔之助も回復や逃亡阻止に動く。
杣と共に動きながらも、優勝トロフィーを取りに行くの手伝いなさいよと、言葉を投げる銘子。
小夏が居なくなったら、困る事が一杯だから。
「小夏が戻ってくるまで僕はここをどかない!」
陽太も高ぶる感情のままに思いをぶつけて。
「……みんな小夏の帰りを待ってるよ」
グラジュは沢山の声に、改めてそう思う。
『HKT六六六』の黒バンはもう見当たらないが。六花も乱入防止や逃走阻止に十分気を配って。
「お前が大切なヒトに幸せになって欲しいように、オレたちだってお前に幸せでいて欲しいンだ!」
「やい小夏てめー、僕は天覧儀がどーのとか今はぶっちゃけどうでもいい! ごちゃごちゃぬかす前にとっとと戻ってこいよ!」
ヘキサと鴎もそう声を上げる。さみしいだろうがばかたれ! と。
そして小夏を救いたい気持ちは、過去同じクラブだった皆も同じ。
織久とベリザリオも二人組んで、逃走阻止等をしつつ声賭けを。
なつくんと駆けつけた理緒も過去、小夏のハイテンションさには随分助けられたから。
さらに小夏を救いたいという知人の力になるべく駆けつけている、鈴音やウサギに。小夏だけでなく弱搦寂狐にも言葉を投げる、級友の朱香。それに、以前一緒に依頼に臨んだ、さくらえやアルベルティーヌ、緋月と黎月の姿も。着ぐるみに身を包む毬衣は、小夏とは組結社で繋がった縁。それに小夏と面識はなくても。同じ灼滅者として彼の救出の手助けをする、璃理や有無や流希、緋祢や楓や舞。
さらに、皆の救出対象は小夏だけではない。
そう、くしながふるもっふを所望する、霊犬のヨシダ。
「ヨシダ、お前はそんな主人を守らなくていいんだ! 俺たち所に帰って来い!」
「ヨシダァッ!! 戻って来い!! そいつの傍にいたらジャイアントスイングかます人いないぞ!!」
天牙とナハトムジークも、むしろヨシダへと熱い説得を。
それから、龍翼飛翔! 高速突撃した芽生が、ダークネスにガツンと一発!
京も、ショウと共に、狐の前に立って。
「戻って来い、小夏! ……戻ってきてくれないと困るんですよ、『相棒』!」
太刀を握り締め、相棒へ声を。
そして迎えにきたと、小夏へと歩み寄るのは、心。
「私を置いていくの? ずっと、一緒にいるって言ったよね? 美波と、おにいちゃんがいなきゃ、心はだめなの」
そんな心の言葉や視線から逃げるかの様に、ふと顔を背けた弱搦寂狐に。
「小夏、いい加減に戻ってきなさい」
美波は、静かな怒りと悲しみを込めて。
「どんな理由があっても、あの子を見捨てるなんて認めない。貴方を信じてる皆を、美波を……あの子を置いていくなんて、絶対に許さない!」
そう言い放つと同時に、ぐっと握り締めた拳を叩きつける。
そして皆の説得の影響が顕著に見え始めても尚、炎纏う蹴りを灼滅者達に放った弱搦寂狐に。心は再び、声を掛ける。
「もう美波を苛めないで? 一緒に、帰ろ? お兄ちゃん」
●約束
振われる拳や燃え盛る炎を纏う蹴りが、灼滅者へと容赦なく襲い掛かる。
だが癒し手のカイザやゼロだけでなく、言葉をかける皆からも回復が飛んで。
闇の力を得たダークネス相手でも、戦場に確りと全員が立っている。
そして強さや強者を求めながらも尚、ぽろぽろと。弱搦寂狐は海風に泣く。
ただ……狡猾であった表情の印象は、いつからか薄れていて。
「そんな、寂しそうにするな。きっと誰かが傍に居てくれるから」
千里の合成音声にも、命乞いのような言葉を返す狐。
だが、誤摩化すな、と千里は言い放った後。
「守れよ。守る為の力でしょ。仲間を、好きな人を壊す力じゃないだろ。天秤の真ん中が壊れたらもうそれは天秤じゃないんだよ」
真紅のリボンを躍らせ、凍てつく死の魔法を編み出して。
「いいのか? これだけの人が迎えにきているのに、負けて。灼滅者としてのあなたは、そんなに弱い存在なのか?」
……大切な人たちが、泣いているぞ、と。ヘリヘルスは、仲間達を見回した。
もう……少女の悲しみを隠す小悪魔の仮面は、当に外れていて。
彼を救うという強い気持ちは変わらないが。
「美波との約束を忘れちゃったの……小夏」
涙を零しながら、思いと雷を宿した拳を、思い切り叩き込む美波。
「大切な人が幸せなら自身が消えてもそれで良い、とは言うがの?」
スペチアリヌイも水竜の尻尾を振るい、眷属を仕留めてから。
「その幸せの要因の一つに小夏の存在があったらどうするのかのー?」
そう彼に問うてみるも、狐はさめざめと泣くばかり。
そしてゴムで括った髪を靡かせ、空牙は纏いし畏れを斬撃に変えて。
「自分隠したいなら力に頼るな、縋るな」
その行為が綻びになると、そう告げた後。
「セッション参加者が『ツツェどーすんだー!』って叫んでたぜ? ……さっさと戻ってこいよ。お前の日常はこっちだろ」
けらけらと、いつも通りの笑みを小夏へ向ける。
「またTRPGで遊ぶって約束したじゃねぇか」
葉月も、交した約束を言葉にしながらも。
「もう一度考え直してクダサーイ! ワタシ、きっと有益な情報をあなた方に……」
「情報は大事だが、天秤にかけたらお前の方が重いんだ! 帰ってこい、安藤!」
狐の甘言に一切揺らぐ事なく。握る杖に刻まれし五連星の様に、小夏を闇から導くべく、全力で魔力を帯びた一撃を振り下ろせば。
我らが声、届いている筈と……そう信じて。華織は爆ぜる衝撃に身を揺らす弱搦寂狐へと、眩き拳の連打を叩き込む。
「この身を今こそ剣と変え、必ず! そなたを学園へ連れ帰る!」
さあ、目覚めの時じゃ! と。
そして、スラリと左腰から一瞬で抜かれた娑婆蔵の『暁光』が。
「こんな所で何賢しらぶって立ち回っておいでか、お前さんだきゃァ。狐風情に好き勝手させる前にテメエのやり残したことと帰りを待つ連中のツラ思い出しなせえ!」
叩ッ斬る! と、死角から鋭く振るわれた刹那。
「その性根、いっぺん撫で斬りにしてやりまさァ!」
「……ッ!」
夜明けの光の如き斬撃で、ダークネスを一閃――ついに斬り伏せたのだった。
そして。
「安藤の兄貴……お加減いかがでござんすか?」
「小夏!」
ゆっくりと身を起こした彼はもう、泣き虫な弱搦寂狐ではなく。
「……ただいま!」
「小夏のバカ。本当に、バカなんだから!」
緊張の糸が切れて年相応に泣き出した美波や皆を一人ずつ見回すのは、灼滅者の安藤・小夏であった。
●臨海学校!
少しだけ弟分の頭を撫でた十六夜が去った後。
「まったく世話を焼かせるな。……まあ、無事でよかった」
事前に作っていた海鮮風焼きそばを日陰で食べながらも、瞳を細めるヴィルヘルム。
でも、まだ終わりではありません!
「せっかくだ。臨海学校やって帰るか」
そう空牙が、とりあえず小夏を海に放り込んだ後。
「回帰祝いだ。景気よく遊んでこーぜ!」
「……え、ええっ!?」
「心配させたバツとして海賊団流くすぐりの刑に処すぜ!」
鴎は海賊団の皆と一緒に、小夏をこちょこちょ!
さらに小夏に大量の包帯を巻き付けて、「トンカラトンと言え!」と迫る娑婆蔵。
そして忘れてはいけない、臨海学校必須アイテムといえば。
「そなたの生は、まだまだこれからであろう。水着は持っておるか?」
「あ、小夏は水着もってきてないよね? はい、私がもってきたよ!」
ようやく微笑みをみせた華織のそんな言葉に。期待に満ちた表情で、とものがすかさず差し出したのは勿論、女物の水着!
さらに芽生が用意するのは、夏の定番・カキ氷!
「あ、こなっちゃん氷、買ってきてですよー!」
そんな中、ふるもっふさせて下さいーっ! と。
くしなにヘッドスライディングされる、霊犬のヨシダ。
「さて、ヨシダだせよヨシダ、はよ! ヨシダと海で遊ぶんだよ」
「よーし、取ってこいヨシダ!」
ナハトムジークや天牙、榮太郎も、ヨシダと一緒に臨海学校を満喫して。ヨシダを綺麗にしてあげる嶺滋。さすが愛されています!
その周辺には、うきわ装備でぷかぷか海を漂う智や、兄に付き合い学校行事に勤しむ織久の姿も。
そして千里はパラソルの下、体操座りで荷物番をしながら。
(「寂しそうな顔より、やっぱりあいつは笑顔が似合う」)
この空の下、みんなと、楽しく笑ってくれていれば良いな……と思いつつ。
沢山の仲間に囲まれた小夏の姿に、ほんの少しだけ、賑やかな風景映すその瞳を細めたのだった。
作者:志稲愛海 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 2
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