臨海学校2014~青い海、赤い血の香り

    作者:高遠しゅん

    「興す部で『おこっぺ』、沙(すな)に留まると書いて『さるる』、か。この土地には不思議な響きの地名が多いな」
     海水浴場の看板を前に、淡い水色の髪が夏の潮風をはらんで揺れる。
     浜辺にはキャンプを楽しむ学生らの姿があった。どこにでもいる平凡な人間に見えるが、彼には分かる──彼らが、ただの人間ではないということが。
    「対戦者は灼滅者か。しかし愚かなのか、何なのか。馬鹿騒ぎにも程がある」
     赤い目を細め、『力』に導かれたヴァンパイアは独りごちた。
    「まあ、いい。オレはこの儀式の行く先と終焉を知りたい。邪魔者はこの手で排除するまで」
     ふと、目を閉じて呟く。
    「そう頭の中で騒ぐな。貴様は覚悟の上で、オレに体の支配権を渡した。そうだろう? 『システィナ・バーンシュタイン』」
     ほんのわずか、唇の端だけ上げる笑みを浮かべ。
    「さあ、華麗なる血の祝宴を始めよう。半端者の血はどれほど甘く芳しいのだろうな。楽しみだ」
     オーラに包まれたガンナイフを片手に、ヴァンパイアは優雅に地を蹴った。
     

     夏期休暇中の教室で。
     櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)は、手帳を開いて話しだした。
    「臨海学校を北海道で行うこととなった。興部町という、小さな町の海水浴場だ」
     内容とは裏腹に、伊月の表情は硬い。
    「その海水浴場で、『武神大戦天覧儀』の最終戦が行われる。そこで待機し、現れるダークネスを迎撃してほしい。……君たちの前に現れるのは、天覧儀の戦いの際に姿を消した、システィナ・バーンシュタインだ」
     集まった灼滅者の中から声が上がった。
     闇堕ちしてどれほど経っただろうか。一向に姿を現さなかったシスティナが、天覧儀の挑戦者として現れる、その意味は。
    「業大老が沈むオホーツク海沿岸のこの場所で、ダークネス同士のバトルロイヤルが行われる。勝ち残った者が、天覧儀の最後の席を埋める勝者となる」 
     システィナもまた、天覧儀の戦いに呼ばれたからのようだ。
     他の教室でも、ダークネスの対策にエクスブレインと灼滅者が話を進めている。最終戦ともあり、集まるダークネスも少なくないのだろう。
     
     襲撃の時間は12日の夕方、夕焼けが見える時間帯まで絞ることができた。
    「現れるタイミングまではわからない。また迎撃という作戦から、警戒している様子や緊張感を相手に悟られると、裏を読まれる危険性がある。臨海学校のキャンプや海水浴などで遊んでいる様子を演出し、さり気ない警戒を怠らない。難しいが、これが最も確実な迎撃態勢となる」
     現在のシスティナは、幾重にも重ねた天覧儀の『力』を身につけていることから、相当に強力な技を仕掛けてくる。灼滅者たちの戦法に隙があれば、確実にそこを狙ってくる。戦うことにためらいがあるなら、押し負ける。
    「言葉による説得がシスティナの心に届いたなら、戦闘力は半減する。また、今回はある程度まで持ちこたえたなら、支援のチームが駆けつけることになっている。合流したなら、ダークネスを圧倒できるだろう」
     だからといって支援を当てにしている暇はない。機会は一度きり。この機を逃したなら、システィナの精神はダークネスに押し潰されるのだ。

     伊月は手帳を閉じて深く息をついた。
    「楽しいはずの臨海学校が、大変な事態になってしまいそうだが、彼の出現を予知できたのは幸いだ。仲間を取り戻して臨海学校も楽しむ、それが最も良い結果に繋がるだろう」
     集結してくるダークネス全てを撃破したなら、武蔵坂学園が天覧儀の勝者の権利を得ることになるだろう。
     武神大戦の真相を暴く、大きなチャンスともなり得るのだ。
    「この時期に北海道とは、羨ましい限りだ。私は学園で吉報を待っているよ」


    参加者
    三上・チモシー(津軽錦・d03809)
    フゲ・ジーニ(幸せ迷宮回廊・d04685)
    熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)
    雛護・美鶴(風の吹くまま・d20700)
    田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)
    災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)

    ■リプレイ

    ●あおいうみ
    「そーれっ!」
     茜色の砂浜に笑い声が上がった。転がっていくビーチボール。
     空には雲もかかっていない、水平線がまばゆく染まる夕暮れ時。風は凪いで、潮騒が見渡すかぎりの海岸線を包み込んでいる。
     北海道は興部町、沙留海水浴場。武蔵坂学園の二日間にわたる臨海学校は、初日の夕暮れをむかえ盛り上がる一方だった。
     無論、学園がここに来たことには理由がある。
     この数ヶ月、教室を賑わせていた『武神大戦天覧儀』。ダークネスの儀式が、最終局面を迎える報せ。そしてこれまでの天覧儀の戦いで闇堕ちし、消息不明だった学園の仲間が、ダークネスとして儀式に参加するという、ある意味では朗報。
     ここでキャンプをするのは、仲間の一人であるヴァンパイアを迎え撃ち、灼滅者として目覚めさせることを目的とする班のひとつだ。
     ビーチボールを追いかけて、転がるように砂浜に頭から突っ込む。
    「もーやだ、砂まみれだよぉ」
     髪やTシャツから細かい砂を払いながら、三上・チモシー(津軽錦・d03809)は素早く辺りに視線を巡らせた。海岸線に沿う道路には、まだ何も誰も見えない。
    「勝ちは譲りませんよ!」
     ビキニの黒いフリルが揺れる。災禍・瑠璃(ショコラクラシック・d23453)もまた、笑顔のままボールを転がし、さりげなく周囲をうかがった。
     まだ現れない。エクスブレインの予知では夕焼けの時間に、『彼』が現れる。とっくに日は傾いて、空は真っ赤に染まっている。
    「ねー、まだご飯にしないのー?」
    「焼けるまで、時間はかかるみたい。もう一勝負ね」
    「え~?」
     相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)がへたり込んで声を上げ、ボールを拾い上げた田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)は、テントを張ってバーベキューの準備にいそしむ仲間を見やった。
     東京ではあまり見かけない羊肉も、この土地ではどんな小さな商店でも並んでいるのが面白い。炭火をおこしてジンギスカンの準備をするのは熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)。過ごしやすい気温でも、さすがに火の側は暑い。汗を拭うタオルの下から気配を探る。
     沖縄特産の豚肉を準備した奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)は、北海道と沖縄の共演となる鉄板の上を想像する。みんなで食べたなら、きっとより美味しいに違いない。
     必ず、連れ戻す。そのために来たのだ。
     過剰な警戒にならぬよう、慎重に、冷静に。油断を誘うように、賑やかな臨海学校を装い、灼滅者たちは気を張り詰める。
    「北と南で豪華だね♪ ──あ、それはまだ焼けてない」
     焦げた匂いが辺りに漂っていた。キャンプを始めて、どれほどの時間が経ったことか。焼きすぎて、待ちすぎて炭のようになった肉を、箸の先でつまみながら、フゲ・ジーニ(幸せ迷宮回廊・d04685)が、視界の端に黒い影を捉えた。
     海水浴場の看板の影、透けるような水色の髪を揺らす『彼』。自然と笑みが浮かぶ。
    「お腹すいたねー。早く……」
     雛護・美鶴(風の吹くまま・d20700)はビーチボールをわざと遠くへ強く打ち、返す指先にスレイヤーカードを閃かせた。
     ごう、と突風が吹きすさぶ。目の端にあった黒い影は、地面を蹴れば瞬く間に接近し、殺気に似た肌を刺す気配をぶつけてくる。
    「食べよう!」
     合図と共に瞬時に武装し、陣を組んだ灼滅者達は、待ちわびていた『彼』を取り囲んだ。
     無表情な中にも、わずかに赤い目を歪ませて。
    「生憎だが。油断させて襲う子供だましの罠にかかるほど、オレは愚かではないつもり……」
     ヴァンパイア──システィナ・バーンシュタイン。
     ガンナイフの刃をフゲの霊犬・天照の咥える刃に食い込ませながら、周囲の灼滅者の数に言葉を切った。
     同様に周囲で海遊びをしていたグループが、一斉に取り囲んできたのだ。
    「そうか、質より量で圧す戦法か。面白い」
     ヴァンパイアは唇の端だけで笑う。
    「今のオレに通じるかどうか、試してみるがいい」

    ●あかいそら
     空を切り裂くガンナイフの刃。緋色のオーラをまとった刃が、潮風を切り裂く。コートを翻したシスティナは、闇の貴族の名に相応しく優雅に舞うように、前に出てきた貴子を深く切り裂いた。
    「『首狩り』退治、お疲れさま!」
     笑顔は崩さない。ナノナノのてぃー太がふわりとハートを飛ばしてくる。
    「バーンシュタインさん、お迎えに来たよー!」
     これは自分の闘いでもあると、貴子は思う。あの海辺で、目の前で堕ちていくシスティナを、ただ見送るしかできなかった悔しさは、全力で戦い取り戻すことでしか癒やせない。
     右手を覆ったデモノイド寄生体が、巨大な鬼腕と化す。振り上げた爪がコートの端を捉え、引き裂いた。
    「今回も、最大の敵は自分達だね。私のことを覚えている?」
     血色の翼を顕現させ、瑠璃が纏うは白き衣。
     システィナと根源は同じ。だが造られたダンピールである瑠璃もまた、闇の貴族たる優雅な微笑を唇に乗せた。
     とん、と砂を蹴れば風に乗る。引き裂く爪が網状に霊力を広げ、ヴァンパイアを捉えた。
    「無茶して命を賭ける意味、あの時きちんと教えてもらったから」
     私は今、ここにいる。恐れを知らぬ紫の瞳が、赤い瞳を正面から見据える。
    「命を賭ける意味? オレの中にいる奴は、そんな事を言っていたのか」
     くく、と含み笑う声。
    「無駄死にしたいのなら、さっさと首を差し出すことだ。これでも多忙な身なのだよ、邪魔はしないでほしい……」
    「やっほー、システィナくん! 約束どおり会いに来たよぉ!!」
     口上を勢いよく遮るチモシーの声。片手にもふっとしたぬいぐるみを掲げ、ぶんぶん振っている。青空のような満面の笑顔に、虚を突かれたか。
    「……馬鹿、なのか?」
     目を細めるヴァンパイア。ほんのわずか、声が震えた。
    「ねぇ、やっぱりきみがいないと、いまいち盛り上がりに欠けるよ」
     だから。
    「戻ってきてよ」
     ぶん、とチモシーが振り下ろす龍砕斧に影が宿る。分厚い金属の塊を、2本の注射器で器用に逸らすヴァンパイア。天覧儀の『力』を重ねたダークネス、一筋縄ではいかない。
    「オレは忙しいと言った。貴様らの相手をしている暇はない」
    「人の苦境に便乗した、てめぇの様な闇は闇に帰れ」
     狛がかき鳴らすギターの音色が、ヴァンパイアを包みこむ。押し殺した声は低い。
    「便乗とは失礼だな。貴様らの言葉で言えば、オレを呼んだ奴の覚悟を讃えるべきではないのか? そうでなければ、命を失っていたのは貴様らの誰かだった」
     ガンナイフの刃が突きつけられる。
     まっすぐな瞳がヴァンパイアを見据える。
    「システィナ先輩も良いんですか? そんな闇に良い様にされて」
     明らかに気分を害したらしい、ヴァンパイアの手から注射器が放たれる。突き刺さった注射器から生命エネルギーを吸収されても、狛は表情を変えなかった。
    「あのね、見つかって嬉しいけど……怒っても、いるんだよ?」
     回り込んだフゲが、溜息交じりに呟いた。
     クラブの皆で心配した。長い間、ほんとうに長い間、発見の報せがなかった。学園祭も臨海学校も、楽しいイベントも一緒に遊ぶことができなかった。
     前に伸ばした指先が、裁きの光で輝き始める。
    「髪伸ばすくらいなら、背を伸ばしなよ」
    「どうして今、そんな事言うのかな!」
     反射的に怒鳴り返したヴァンパイア──否、システィナを、光条がばんばん貫く。霊犬の天照もざっくり斬魔刀で切り裂いた。
     思わずたたらを踏んで半身砂にめり込むヴァンパイア。
    「あ」
    「う」
     明らかな隙。フゲの耳が、ぴんと跳ね上がった。
    「システィナくんがいなくなってから、毎日寂しいんだよ?」
     砂を蹴立ててエアシューズが星の軌跡を描く。後方から美鶴が距離を詰め、軽く宙に跳んだ。立ち上がりかけたヴァンパイアの側面に回り込む。
    「お帰りなさいって言わせてよ。早く、私たちに」
     命中率は低いはずなのに、流星の蹴りはヴァンパイアの脇腹に深く入った。
    「オレの邪魔を……するな!」
    「邪魔はどっちよ、ダークネス」
     大小の日本刀。拵えを交差させ、美鶴の影から突き込みに入る紗織。
    「狸だ何だと、事あるごとに人を揶揄ってばかり」
     ガンナイフと鍔迫り合い、気魄で押し切り上段から斬りつける。
    「……ねえシスティナ。これでも私、君の事結構好きなのよ」
     言葉尻が震えた。視界が滲んでくる。こんな姿、システィナには見られたくないのに。
     ヴァンパイアの赤い瞳が揺れている。ダークネスの奥底に封じ込められた、システィナに言葉が届いていることを確信する。
    「こんな形で君を失うなんて、絶対認めない!」
     後退はヴァンパイアの誇りが許さないのか、囲みを破って海の方向へ身を翻す、その前に翔也が立ち塞がる。
     翔也だけではなく、補佐に来た灼滅者の多くがヴァンパイアを囲む陣を敷き、二重三重に退路を塞いでいる。
    「頼んでおきました。お前を決して逃がさないようにとね」
     システィナにほんの少しの恩返しだと、翔也は涼しげに微笑んだ。
     瞳に集めたバベルの鎖が、ヴァンパイアの動きを捕捉する。エアシューズが炎を纏い、ヴァンパイアを確実に弱らせる。
    「……八方塞がりとは、このことか」
     劣勢となっても冷静さを保った、誇り高き吸血の民。
     恐らくは蟻の這い出る隙間もない布陣に、乱れた髪を直し顔を上げる。魂の奥底でもがくシスティナを押し留めながら、軽く息を吐いた。

    ●しろいやみ
     明らかなヴァンパイアの変化に、補佐の者たちの中からも声が飛んだ。
    「バーンシュタインさんが戻ってきてはじめて、あの天覧儀は終わりだから……!」
     翔也を見、そしてヴァンパイアの中のシスティナに届けと呼びかける薫。薫もまた、目の前でシスティナが堕ちていくのを見送ったひとりだ。
    「帰ってこなかったら怒るからな!」
    「ああーっ、とにかく戻って来いっ!」
     宏人が、イオが叫び。
    「……背は伸びずに、髪だけ異様に伸びたな」
    「身長勝負、俺様に負けたまま逃げるつもりかぁ!?」
     クロードと輪の声にはヴァンパイアが、否、システィナが顔を向けた。
     【大神】クラブのメンバーたちは、手に手に水饅頭を掲げている。ちらちら気にするヴァンパイア……否、システィナか。
     この暑さの中で、もふっとした塊がいた。鳥の着ぐるみ姿の无凱だ。
    「君が居ないとねイマイチ……足らないンだよね」
     ふるふるとヴァンパイアの拳が震えている。
     清めの風を吹かせながら、神苑が声を上げた。
    「【天眼】の皆さんも、貴方の帰りを心待ちにしていますよ?」
    「システィ! 何が何でも、連れて帰るっから!」
     紫刃が赤くなった目をこすっている。
    「ああ、煩い。本当に煩い。雑音が、頭に響く」
     ヴァンパイアが頭を抱える。
    「オレは知らなければならない。知りたいのだ! 儀式の結末が、オレに何を示すのか」
    「一人での探索はここまで。これからは『皆で』天覧儀を探っていこう?」
     葉は静かに手を伸ばした。

     息を詰めるヴァンパイア。
    「灼滅者を、システィナをなめすぎよ」
     紗織が刀を構え目配せすれば、流れるような連携攻撃が始まった。
    「救出を信じ、闇に抗う覚悟はできてるはず……否と言うなら、今覚悟しろ!」
     斜めに突き入る刀が細かく刻んだ傷を広げる。
    「帰って来て……皆で一緒に待ってるグース」
     シーサーのオーラを纏う狛が、傾いだヴァンパイアの体をダイナミックに投げ飛ばす。
    「オレ、を……!」
    「逃がしませんと、言ったでしょう?」
     翔也はにっこりと慇懃無礼。以前助けた友人や義妹と同じように、絶対にシスティナも連れ帰る。炎を纏った蹴りがヴァンパイアの腹に決まった。
    「出しゃばりな悪い奴を懲らしめてー、押し付けられた『力』を置いてってー!」
     システィナが戻ってきたら、本当の『みんな無事』でめでたしめでたし! 貴子のスターゲイザーがヴァンパイアの足をもつれさせ、てぃー太のしゃぼんがダメージを与える。
    「もう一度最善を掴みとるために、また一緒に戦いにきたの」
     強敵なんてぶっ飛ばしてしまえばいい、そして、生きることを楽しむのだ。瑠璃が白衣をなびかせて、撃ち込んだ杭はヴァンパイアを吹き飛ばす。
    「知りたい……もっと、知識を……もっと」
    「きみはそんなヴァンパイアなんかに負ける訳が無い」
     信じているよと、チモシーはぬいぐるみを振り回しながら、ロッドの魔力を叩き込む。
    「お願い、ただいまって言ってよ!」
     弱音は吐かない。どんな状況でも希望を失わない。
     美鶴もまた、回復を補佐の者たちに任せ攻撃に入る。前のめりに行くと、決めていたから。半分は掠っただけの百裂拳も、充分にヴァンパイアへのダメージとなった。
    「こんなところで、オレは……」
    「逃すと……思っているの?」
     わぅん! と天照が吠え、フゲがにっこり笑う。
    「お帰りを言うまで、殴るのをやめないよ?」
     ぱしぱしと手のひらでロッドを鳴らす。ヴァンパイアの目が見開かれた。
     フゲが振り上げたロッドから、叩き込まれる魔力に耐えきれず。
     ヴァンパイアは砂の上に倒れ込んだ。

    ●くらくてもほしはかがやく
     気付けば日が落ちていたた海岸で。
     打ち寄せる波の音が少し高くなったとき、倒れたままのシスティナの目が開いた。
    「……水まんじゅう」
    「最初の言葉がそれなんだ」
     フゲが笑う。笑いのさざ波は周囲に広がり、安堵の息も漏れる。
    「なんだか、身長のことも言われた気がするんだけど」
    「気にしない気にしない」
     体を起こしたシスティナは、頭から全部砂まみれで。砂を手で払いながら、少し肩を落とす。
    「……心配かけて」
    「お、お帰りなさい……お帰り……うぅ……システィナくんが、帰ってきたよぅ……」
     緊張の糸が切れたのか、美鶴がうずくまって泣き出した。慌てるシスティナ。
    「ええと、ごめんね? じゃなくて、その」
    「お帰りなさい……先輩お腹空いてませんか?」
     狛が先ほどまでバーベキューをしていたテントを振り返れば。
     戦闘の余波でめちゃくちゃになったバーベキューセットを、片付けている翔也の姿があった。少し振り向き、頷いてまた片付け始める。
    「大人数だったもんねー」
     おかえり! とチモシーが笑う。
    「今年の臨海学校も、ただでは終わらないようね」
     瑠璃は遠くの音に耳を澄ませた。
     空気が運んでくるのは、戦いの気配。
     この海岸では、夜が明けるまでどこかで天覧儀の戦いが繰り広げられるとの予知だ。複数の戦いの援護に、一晩中駆け回る班もあるという。
    「みんなでお祝いしたいけど、学園に帰ってからだね!」
     でもおなかすいたー! と、貴子がてぃー太を抱きしめて言った。ナノ! とてぃー太もちいさな羽をぱたぱたさせる。
    「……な、泣いてなんか、いるわけ!」
     紗織はクラブのメンバーに宥められつつも、背中を向けて顔を見せようとしない。
     システィナは周囲を見渡した。
     大勢の仲間が、見守ってくれているのを知った。
    「これは君が紡いだ絆なんだよ」
     フゲの言葉に、ゆっくりと、深く頷いた。

     そうして、あちこちから差し出される水まんじゅうとぬいぐるみ責めに、声を上げて笑う。目尻に小さな星に似た涙がひとつぶ。
    「ただいま!」
     頬を流れて、砂に染みた。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 8
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