守って!? 弁天さまっ!

    作者:春風わかな

     俺の名前は銭洗・水也(ぜにあらい・みずや)。
     他人からはバカだのアホだの言われるが特に自覚はない。学校の成績だって中の中……の下、くらいだ。
     そんなごく普通の中学生だったはずの俺の日常は道に迷った1匹のヘビを助けた日から大きく変わることになる。
    『お願いします、水也様……っ! わたくしに力を貸してくださいませ』
     宇賀神・沙羅(うがじん・さら)と名乗ったそのヘビは、自分は弁財天(見習い)の化身だと告げた。
    『今は霊力がないので天界に帰ることができないのです』
     沙羅の話によると、何でも天界では神様たちの跡継ぎ争いが勃発しているとかでてんやわんやなんだそうだ。
     その混乱に乗じ、弁財天の正式な跡継ぎだった沙羅も他の弁財天見習いたちの罠によって霊力を奪われヘビの姿に身を変えて命からがら逃げてきたらしい。
     だから、霊力が戻るまでの間守ってほしいという沙羅の頼みを迷うことなく即引き受けた。だって、困ってる人を放っておくわけにいかないだろ?
     そんなわけで沙羅を狙う神様見習いたちを撃退しつつ、彼女の霊力が回復するのを待つのが最近の俺の日課になったのだった――。

    「沙羅、大丈夫?」
     放課後、授業を終えて帰ろうとしたところを突然襲われた俺と沙羅は追手を振り切って無人の裏庭までたどり着いた。
    「わたくしは、大丈夫です……でも……嫌、信じたくない……!」
     乱れた呼吸を整えながら沙羅は何度も首を横に振る。
     ここ最近は毎日のように襲撃されてるから慣れつつある俺だったが、沙羅は毎回多少なりともショックを受けてる様子だった。
    「やっぱり襲われるのはショック?」
     俺の問いに沙羅は視線を伏せたままこくりと頷く。
     そりゃ、仲間だと思ってる人に命を狙われるんだもんなぁ。
    「そういえばさ、聞いたことなかったけど。見習い仲間って何人くらいいるの?」
    「正確な人数はわたくしにもわかりません……大勢いますよ」
     沙羅が言うには全国各地の弁財天を祀る寺社一つずつに実は神様(弁財天)がいるらしい。見習い弁財天たちはテストに合格すると『弁財天』を名乗って全国各地の寺社へ行き神様として人々を護る。その中でも最も優秀な者(=沙羅)が跡継ぎとして一番有名な寺社に行くのが習わしなんだそうだ。でも、有名な寺社にはやっぱりみんな行きたいから……それで今回の跡継ぎ争いが勃発したってわけか。
     ふむふむと頷く俺の腕に沙羅がそっと手を添え眉をひそめる。
    「あ、水也様……血が出てます」
     すぐさま沙羅が歌を口ずさむと俺の傷が癒えていった。
     日に日に沙羅の霊力は回復しているらしく人間の姿でいられる時間も増えつつある。でも、それは彼女が天界へと帰る日が近いというわけで。
    「水也様とずっと一緒にいられるなら、わたくしは……」
     ……俺も沙羅と一緒にいたい、帰ってほしくないって言っても赦されるだろうか。


    「淫魔が、一般人を手駒にしようと、してる」
     いつもと変わらぬ様子で久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)は淡々と視た内容を告げる。
     淫魔の名前は宇賀神・沙羅。『跡継ぎ争いに巻き込まれた見習い弁財天』という設定を勝手に作った沙羅は強力なダークネスになる素質を持った一般人男子に狙いを定めて接触し、様々な演出を加えて忠実な配下ダークネスとして覚醒させようとしているらしい。
     そんな沙羅の企みによって今回、彼女の標的となっている少年、銭洗・水也もまた闇堕ち直前という状況に陥っているわけだが……。
    「どうして、こんな話を信じたのか、不思議」
     ふるふると首を横に振る來未。だが、沙羅が行っている演出をうまく利用することで彼の闇堕ちを防げるかもしれない。
    「彼を、闇堕ちから、救って」
     水也の闇堕ちを防ぐことができれば、沙羅を灼滅するだけで済む。だが、彼が闇堕ちしてしまえば、沙羅以外に闇堕ちした強力なダークネスと戦わなければならなくなる。
    「解決方法は、大きく、3つ」
     來未はぴっと指を立てゆっくりと説明を始めた。

     其の一、迷わず速攻で沙羅を灼滅。
     この場合、水也の闇堕ちを避けることは不可能だと思ってほしい。
     なお沙羅が目を付けただけあって闇堕ちした水也は非常に強い。
     沙羅と水也、2体を相手にするのは相当厳しいので覚悟しておいてほしい。

     其の二、2人を引き離して沙羅を灼滅。
     沙羅は水也の傍を離れたがれないので2人を引き離すには工夫する必要がある。
     しかも、後で沙羅が灼滅されたことを知って水也が闇堕ちする可能性は高い。
     水也を闇堕ちさせないようにフォローして沙羅がいなくなったことを納得させたり、イベントを起こして彼女へのラブゲージを下げておかなければならない。

     其の三、水也を説得し、彼の目の前で沙羅を灼滅。
     水也が信じている『沙羅が作った設定』を利用して彼を説得する。
     それだけに難易度は高いが水也がその後に闇堕ちする心配もない。

     もちろん、ここにあげた3つ以外に他によい案があれば――例えば、わざと水也を闇堕ちさせた上で説得して灼滅する等それも構わない。
    「どれを選ぶか、皆で相談して、決めて」
     戦闘になると淫魔はサウンドソルジャーと天星弓相当の、闇堕ちした水也はご当地ヒーローと妖の槍相当のサイキックを使用する。
     淫魔だけなら灼滅者8人がかりで戦えば勝つことは難しくない。
     だが、ご当地怪人へと闇堕ちした水也は淫魔よりもはるかに強い。かなりの苦戦を強いられることは避けられないだろう。 
     水也は自覚していないが沙羅に相当惚れ込んでいる。
     彼は沙羅の言うことならばどんなハチャメチャな話でも一切疑うことなく信じるだろう。
     そんな彼の想いを覆すことが出来れば説得は容易なのだろうが……。
    「彼の目を、覚ましてあげて」
     教室の窓から差し込む夏の日差しを背に來未は灼滅者たちを静かに見送るのだった。


    参加者
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    ヴァルケ・ファンゴラム(大学生サウンドソルジャー・d15606)
    フェルト・ウィンチェスター(夢を歌う道化師・d16602)
    富山・良太(ほんのーじのへん・d18057)
    水野・真火(水あるいは炎・d19915)
    ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)
    緋室・赤音(ディープレッド・d29043)

    ■リプレイ

    ●第一幕――灼滅者は誘う
    「沙羅、今日は何か予定あるのか?」
    『いいえ、今日は何も。でも水也様と一緒にいたい……』
     授業を終え帰宅の途につく生徒たちで賑わう廊下を仲睦まじく歩く一組のカップル。あれが銭洗・水也と宇賀神・沙羅だと確信した富山・良太(ほんのーじのへん・d18057)はこっそりと2人の後をつけながら話しかけるチャンスを伺っていた。ちょうど人がいなくなった瞬間を狙い、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべ良太が水也に話しかける。
    「あの、すみません。失礼ですが、写真のモデルになってくれませんか」
    「え? モデルって、俺たち?」
    「はい、お二人がとても良い感じなの……」
    「あ、うん。いいよ」
     良太の話をさくっと遮り水也は迷うことなくあっさりと頷いた。
    「え、いいんですか……」
     これには声をかけた良太自身も驚きを隠せない。彼が渋った時に備え色々説得の言葉を用意していたのに拍子抜けもいいところだ。
    『み、水也様……! もう少しお話を聞いて……』
     わたわたと慌てる沙羅に向き直り良太は準備しておいた説明をすらすらと語り出す。
    「僕たちは写真部員なんですが、ちょうどカップルのモデルさんを探してて。2人の想い出にもなると思うし、ぜひモデルに……」
    「うんうん、わかった。だから写真でしょ、いいよ」
     再び良太の説明をばさっと遮り水也はこくこくと頷いた。
     ――予想以上に話が早いが油断は禁物。
     水也たちに気付かれぬようこっそりとヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)は良太とアイコンタクトを交わす。
    「では、悪いけど2人とも衣装に着替えてもらえるかな」
     すっと一歩前に出たヴィンツェンツが物腰柔らかく2人に話しかけた。
    「君、こっちへ一緒に来てもらえる? 部屋へ案内するよ」
     ヴィンツェンツが水也を促し待機部屋へと歩き出す。良太も交え、男子生徒3人は和やかに談笑しながら廊下の角を曲がり、そのまま彼らの姿は見えなくなった。
    『あ、ではわたくしも……』
    「あら、そっちは男子の部屋。女子用の部屋は別よ」
     何気なく水也の後を追いかけようとした沙羅をヴァルケ・ファンゴラム(大学生サウンドソルジャー・d15606)が鋭い声で制す。
    「私たちも行きましょう。案内するわ。着いてきて」
     ヴァルケはくるりと踵を返すとあらかじめ用意しておいた部屋へと向かって歩きだした。さりげなく緋室・赤音(ディープレッド・d29043)も沙羅の隣に立つと怪しまれないように他愛もない話で彼女の気を惹く。
    「悪いなー、うちの部活って荷物いっぱいあってさ。準備室を複数借りれたのはいいんだけど離れちゃったんだよなー」
    『はぁ……』
     ――作戦成功。灼滅者たちは予定通り水也と沙羅を引き離したのだった。

    ●第二幕――灼滅者は集う
     水也を待機部屋へと案内し終え、良太とヴィンツェンツは沙羅を誘導した部屋へと急いで向かっていた。
    「なんだか、簡単でしたね」
     良太の呟きにヴィンツェンツも苦笑交じりに頷く。
    「逆に申し訳ない気分になってくるよ」
     水也を待機部屋へ連れて行き、準備に手違いがあったと告げたところ彼は「わかった」と素直に頷いたのだ。水也はヴィンツェンツが用意しておいた雑誌受け取り、パラパラとめくる。
    「僕たちは宇賀神さんの様子を見つつ、準備を進めてくるよ。悪いが銭洗君はここで待っていてくれるかい」
    「ああ、いいよ。準備が出来たら声かけてくれな」
     ヴィンツェンツの話を疑う様子を微塵も見せない水也の純粋さに返って心が痛む。だが、それゆえに水也を淫魔の手から救いたいと切に願う。
    「絶対に、銭洗君を助けましょう」

     一方その頃。
     沙羅は着替えるように手渡された服を握りしめたままぼんやりと考え込んでいた。
    (『偶然にしては出来すぎているような……でも何でこんなことするのかしら……』)
    「おーい、支度出来たか?」
    『!? 少々お待ちくださいませ!』
     赤音の声ではっと我に返り、沙羅は慌てて服に袖を通す。何はともあれ、水也と離れているのは不安だ。彼と早く合流したい。
     着替えを終えてカーテンの陰から現れた沙羅を見て、ヴァルケはちらりと赤音に視線を向けた。
    「――どう? 私は最初に着た方が似合ってたと思うけど」
    「あたしは3番目のが良かったと思うけどな」
    『あの、わたくしはこれで良いと思うのですが……』
     沙羅はこれ以上着替えたくはない一心で反論を試みるがヴァルケと赤音は声を揃えて首を横に振る。
    「ダメよ。彼に一番可愛い姿を見せてあげたくないの?」
    「そうだよ、彼氏さんに惚れ直させたいだろ?」
    『は、はい……』
     沙羅は再びカーテンの奥へとひっこみ着替え始めた。彼女に見つからぬようにヴァルケと赤音はこっそりと視線をかわし時間を確認する。
     ――これは彼女たちの時間稼ぎであることに沙羅は微塵も気づきはしなかった。

    「あ! 銭洗くんのところから戻って来たみたい」
     フェルト・ウィンチェスター(夢を歌う道化師・d16602)が身を潜めていた教室の扉からひょこりと顔を出し「こっちだよ!」と良太たちを手招きする。
    「淫魔……宿敵、か……」
     いよいよ迫った初めての宿敵との対決を前に水野・真火(水あるいは炎・d19915)は大きく深呼吸を一つ。そして、真っ白な弓をぎゅっと握りしめた。
    「みんな、準備はいい?」
     アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)はぐるりと仲間たちの顔を見回すと皆無言でこくりと頷く。彼女自身、サウンドシャッターを展開し突入はいつでもOKだ。
     沙羅がいる部屋の前で耳をそばだて八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)は部屋の様子を伺う。どうやら足止めは成功していたようだ。
    「――では、行くかのう」
     仲間たちに突入の合図を送り篠介は勢いよく扉を開け放った。

    ●第三幕――灼滅者は戦う
    『え、ちょっと、何なの――!?』
     突如現れた乱入者。見覚えのある顔と初めて見る顔に困惑しつつ沙羅は状況を整理しようと灼滅者たちと距離をとる。しかし、間髪入れずにヴィンツェンツが殺界形成を発動させるとサッと沙羅の顔が曇った。
    『貴方たち灼滅者――!?』
     やはりこれは罠だった。だが、気づいた時にはすでに遅し。
    「中二病を利用するとは考えましたね。良いアイディアだと思いますよ」
     教室へ入り込むや否やサイキックソードで斬りかかる良太の剣筋を読み、沙羅は寸でのところで身を交わす。
    『中二病!? 何それ?』
     だが、慌てて沙羅が態勢を立て直そうとする隙をついてヴァルケが漆黒の弾丸を撃ち込んだ。
    「お前がどういう腹積もりかは知らないが、これ以上くだらない芝居を続けさせるわけにはいかない」
    「そうだよ! 銭洗くんの純粋な気持ちを利用して闇堕ちさせようとするなんて許せない!」
     ヴァルケに応戦するようにフェルトが澄んだ甘い歌声を響かせて沙羅の心を掻き乱す。
    「さあ、とっとと化けの皮剥いだらどうじゃ」
     ぐっと身を屈めた篠介がオーラを纏った拳を容赦なく沙羅に撃ち込んだ。目にも止まらぬ速さで撃ち込まれた連撃に耐えきれず沙羅は大きく揺れる身体が倒れぬように必死に堪える。形勢が不利であることを察した沙羅は反撃に転じる素振りを見せつつも素早く視線を巡らせた。――逃げれるとしたら、あの窓。
    「てめーが一人で考えたのか知らねーが、そもそも作戦がお粗末すぎんだよ!」
     窓から逃げようとする沙羅の動きに真っ先に気付いた赤音のデッドブラスターの方が速い。逃亡を阻止され、沙羅は悔しそうにキッと彼女を睨み付けた。
    『五月蠅いわね! 私の作り話をアイツが全部勝手に信じただけよ! 私だって、もっと色々考えてたのに……なのに、アイツが嘘みたいに簡単に信じるから!』
     口惜しそうに舌打ちをする沙羅へ真火が【白翼】の弦を引き絞り矢を放つ。放たれた矢は流星の如き軌跡を描きながらまっすぐに敵を射抜いた。真火の周りをひらひらと白い羽が舞い落ちる。
     灼滅者たちの攻撃を黙って受けているばかりではない。沙羅も負けじと灼滅者たちの心を惑わせんと魅惑の歌声を響かせた。だが、沙羅の攻撃は中君とエスツェット――良太とヴィンツェンツのビハインドたちがその身を盾に変えて仲間たちを庇う。
    「エスツェット、助かった」
     盾となってくれたビハインドに感謝の念を示しつつ、ヴィンツェンツはオルタナティブクラッシュで沙羅を容赦なく殴りつけた。
     すかさずアイティアが鬼の腕へと変えた自身の腕を振り下ろす。
    「ジャッジメント――レイッ!」
    『アナタ、何めちゃくちゃな名前言ってるの!?』
     アイティアのハチャメチャな掛け声に沙羅はツッコミを入れずにはいられない。だが、当のアイティアはものすごく満足気。
    「細かいことは気にしちゃダメっ☆ 言った者勝ちだよ!」
    『はぁ!? 意味わかんな……っ』
    「あなたの相手はこっち。余所見してる余裕なんてないでしょ」
     再び反論しようと口を開きかけた沙羅だったが、零距離格闘で一気に距離を詰めてきたヴァルケの攻撃を受け止めるのに手いっぱい。
    「――何か、最後に言うことは、あいつに言いたいことはあるか」
     赤音の問いに沙羅はフフンと鼻で笑った。
    『やっとあのバカの相手から解放されるかと思うと清々するわ』
    「そうか――やはり手前に銭洗は勿体ない男じゃ」
     篠介がドリルの様に高速回転させた杭を沙羅の身体に撃ち込む。そのまま、沙羅の身体は光と化し空へと還って行った。

    ●第4幕――灼滅者は演じる
     淫魔・宇賀神・沙羅は灼滅された。この作戦が成功したことの秘訣は水也と沙羅の引き離しが上手くいったことに尽きる。沙羅の作った設定に乗っていたらこんなにスムーズにはいかなかっただろう。
     だが、灼滅者たちにはまだやるべきことが残されている。それは、淫魔に魅せられた少年、銭洗・水也を闇堕ちの危機から救うこと――。
    「あー、もうめんどくさっ! でも、やるしかないよね!」
     アイティアの言葉に苦笑しつつ一同は急ぎ水也の元へと向かうのだった。

     ガラリと教室の扉が開く。
    「あ、沙羅―支度出来た? ……って、ん?」
     いると思っていた人物の姿が見えず、水也はきょとんとした顔で蛇(真火)を見つめた。
    「銭洗・水也様ですね――」
    「ん? 誰?」
     真火はESPを解いて人間の姿に戻ると恭しく水也に向かって頭を下げる。
    「私は天界の使いの者です。沙羅様は無事に弁財天様のお世継ぎになることが決定いたしましたので、その旨ご報告に参りました」
    「何!? いやー、それは良かった」
     ほっとした表情を浮かべる水也の前でフェルトがさっとスレイヤーカードを掲げると弁財天風の衣装に身を包み、琵琶(っぽいロックギター)を手にすっと水也の前に歩み出た。
    「宇賀神・沙羅は正式に弁財天様の跡継ぎとして認められました。ありがとう――キミのおかげだよ」
     水也の手を握り、フェルトは再び「ありがとう」とお礼の言葉を繰り返す。
    「いやいや、俺は別に、何も……」
    「いいえ! 貴方様が真剣に守ってくださったことには沙羅様本当に感謝していらっしゃいました!」
     熱い眼差しを向け真剣に語るアイティアの勢いに押され、水也は「いやぁ、それほどでも」と照れくさそうに頭を掻いた。
    「で、沙羅は?」
     やはり沙羅自身に直接祝福の言葉をかけてやりたいと水也はきょろきょろと沙羅の姿を探す。だが、篠介は申し訳なさそうに言葉を選びながら水也に事実を告げた。
    「彼女は弁財天の後継者として迎えの者と共に――ついさっき天界へ帰った」
    「え、そうなの!?」
     ガーンとショックを受けた様子の水也だが、沙羅がもうここにはいないということはあっさりと受け入れたようだ。
    「何だよー、帰ることくらい教えてくれたっていいのにー」
     不満そうに口を尖らせる水也のにそっと手を置きフェルトが優しく話しかける。
    「宇賀神くんは、言っていたよ――キミと会えば別れたくなくなってしまうって」
    「何……っ!? 沙羅はそんなことを……っ」
    「顔を見ると別れがより辛くなるからのぅ……神になればもうお前さんにも会えぬしな」
    「それで、沙羅様はこのように私達に伝言を託されたのです」
    「沙羅様は貴方へ感謝の想いを述べられておりました。直接伝えられないのが残念でならない、とも」
     4人一斉に何も言わずに去ってしまった沙羅の正当性をアピール。その結果……。
    「沙羅……俺のことなんて気にしなくていいのに……」
     灼滅者たちの言葉をすっかり信じた水也に彼らを疑う様子は微塵も感じられない。少々気の毒に感じながらも篠介は言葉を紡ぐ。
    「跡継ぎと認められた弁財天は『一番有名な寺社』へ赴くのが古くからの習わし。直接言葉を交わすことは出来ぬが、彼女に逢うことは叶うじゃろ」
     顔が見れるわけではないがな――。
     苦笑する篠介の言葉にはっと水也の表情が輝いた。
    「そうだった……確かに沙羅が言ってたよな! なんだ、簡単じゃん、俺が会いに行ってあげればいいじゃん」
     そうすれば沙羅の寂しさも紛れるだろうし、と嬉しそうに水也は言う。
    「そうと決まればガイドブックを買うぞー! 全国の弁財天を祀っている寺社を探すんだ!」

    ●終幕
    「これで一件落着、かな」
     陰からこっそりと様子を見守っていたヴィンツェンツがふぅと安堵の溜息をついた。
     傍らでじっと水也の様子を見ていたヴァルケも、もう大丈夫と緊張を解く。
    「銭洗君も闇堕ちすることはなさそうですね」
     良太の言葉に赤音もほっと胸を撫で下ろした。
     そこへ大役を果たしたフェルトを先頭に水也を説得していた真火たちが戻ってくる。
    「水也さん、信じてくれたみたいでよかったー!」
     嬉しそうに微笑むアイティアに篠介が「そうじゃな」と頷いた。
     作戦の相談をしていた時はなかなか妙案が浮かばず焦ったのも今となっては良い想い出だ。
     少年を闇から救うために一芝居を打った仲間たちを労いつつ、灼滅者たちは帰路へ着く。

     ――こうして弁財天に恋をしたごく普通の少年のちょっと変わった日常は静かに幕を下ろしたのだった。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 1
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