無明の極み

    作者:鏑木凛

     痛んだ畳を橙色の陽射しが照らす。
     西日は、細く白んだ老人の肌をも染めていた。嗚呼、と声を漏らした老人の合掌は、眼前の男へと向けられる。妖の槍を手に、黒曜石の角を頭から生やした男――羅刹へと。
     ありがたや、ありがたや、と拝む老人を前に、袈裟を纏った羅刹は堅い表情を崩さずに、口を開く。
    「私の言葉に耳を傾けてくださったこと、感謝します」
    「滅相もない! こんな老いぼれを必要として下さるとは、幸福でしかありませぬ」
     老人はすっかり彼の言葉に惚れ惚れとしていた。
    「数多の経験と知識を蓄えた貴方こそ、仏敵との戦に欠かせませんから」
     淡々と述べる羅刹に、まだ活きる意味がわしにもあるとは、と吐息に近い言葉を告げて、老人は彼の望むまま――僧兵となった。
     強化一般人と化した老人は、尚も有り難そうに羅刹へ手を合わせている。そんな老人を急くこともせず、羅刹は老人の気が済むまで微動だにしなかった。
     突然の襲撃があるまでは。
     庭に面した縁側から飛びこんできたのは、刀剣を頭部で模した若者だ。否、頭そのものが刀だった。若者は三人のペナント怪人を連れ、盛大に足音をまき散らして畳を踏む。
    「遅かったってか、こんちくしょー!!」
     足音だけでなく、声まで大きかった。
     ゆっくりと振り向いた羅刹は、騒がしい男を睨み付けた。
     何をしにきたんですか、と羅刹が発した声は、傍に立つ老人が息を呑むほどに低い。
    「何しにきたかって!? おめぇらの悪巧みをぶっ潰しにきたっつーわけよ!」
     それぞれ得物を構える男たちへ向けて、羅刹は小さく息を吐いた。
    「奸計。そう捉えるんですね。……愚かな」
     両者の刃が交わるまで、あと数秒。
     
     慈眼衆と刀剣怪人が現れると、狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)は開口一番に告げた。
     琵琶湖をめぐる戦い――刺青羅刹天海大僧正と、悌の犬士安土城怪人は、灼滅者の働きにより、天海大僧正側が優勢になっているようだ。
     安土城怪人が現況を打開するべく戦場へ送り込んだのは、頭部が刀剣で出来た刀剣怪人の軍団。彼らは、慈眼衆の作戦を阻止するため、琵琶湖の湖西地域を訪れている。
     琵琶湖の湖西地域。そこは天海大僧正の勢力範囲内だ。
     勢力範囲内では、慈眼衆が強化一般人を増やし、戦力の増強を図っている。安土城怪人側からしてみれば、厄介なはずだ。だからこそ、刀剣怪人が湖西地域へ出向いているのだろう。
     今回の事件も、場合によっては、琵琶湖の戦いに影響が出るかもしれない。そこに係われば、すべてが無事に済むとも限らないだろう。
    「慈眼衆と刀剣怪人が戦えば、周囲の一般人に危険が及ぶ可能性もあるからね」
     だからこそ、見過ごせない。そう睦は強く言葉を吐いた。
     慈眼衆と老人がいるのは、二間続きの和室だ。少々荒れた庭に面していて、家具は一つも置かれていない。
     灼滅者が到着するのは、慈眼衆の説法により老人が心を突き動かされた直後だ。制止しなければ、すぐにでも老人は強化一般人になってしまう。
     そして、老人が強化一般人――僧兵となって間もなく、刀剣怪人が姿を現すのだ。
    「刀剣怪人は、ご当地ヒーローとチェーンソー剣のサイキックを使うよ」
     慈眼衆の武器は妖の槍だ。神薙使いのサイキックに加えて、妖の槍のサイキックも使う。
     また、刀剣怪人率いるペナント怪人は、ご当地ヒーローのサイキックのみを用いる。
     いずれも油断は禁物だ。
    「戦力で見れば刀剣怪人側が優勢だけど、どう転ぶかはわからないからね」
     灼滅者がどう介入するのか。そこが戦いの肝となる。
    「だから、よく考えて判断して欲しいんだ。現場の空気を知るキミたちだけが……」
     考えることができる。行動することができる。
     だからこそ、睦は微笑んで彼らを見送った。
     
     どちらかに肩入れするのか。両者へ刃を向けるのか。或いは、別の方法を採るのか。
     すべては、灼滅者たちに委ねられた。


    参加者
    海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    赤倉・明(月花繚乱・d01101)
    渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)
    名無・九号(赤貧高校生・d25238)
    赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)
    日輪・無明(汝は人狼なりや・d27549)

    ■リプレイ


     天高く掲げられていた陽も、すっかり傾いている。
     空が夜を招くより、少しばかり早い時間。庭に隣する日本家屋で、一人の年老いた僧兵が生まれた。妖の槍を握る羅刹――慈眼衆の前で。
     そして庭から差し込む橙の光に沿って、平穏を打ち破る荒々しい足音が畳に散る。足音の主は、頭部で刀剣を模した刀剣怪人だった。遅かったってかこんちくしょー、と喚きながら、三体のペナント怪人と共に地団駄を踏む。賑やか士へ向け、冷たい視線を送ったのは慈眼衆だ。
    「何をしにきたんですか」
     羅刹の問いに、悪巧みをぶっ潰しにきた、と刀剣怪人が胸を張り宣言した。
     斜陽を帯びた槍が刀剣怪人を狙い定めれば、負けじとチェーンソー剣が唸りをあげる。
     慈眼衆と怪人の戦刃が、今まさに交わろうとしていた――運命がそのままであったのならば。
     ほんの一瞬、西陽が陰る。
     直後、瞬く間に畳へ転がったのは幾つもの足音だ。対峙していた者たちが一斉に振り向く。
     だが、振り向くまでの僅かな時間さえ、突入してきた者たちの行動を阻む存在にはならなかった。御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)が殺界を形成し、名無・九号(赤貧高校生・d25238)は戦場内の音を遮断する。重ねて海野・歩(ちびっこ拳士・d00124)が、霊犬ぽちの背中を叩いた。
    「さ~て、ぽち、全力で暴れまくるぞ~っ♪」
    「わうっ!」
     霊犬と足並みを揃えた歩は、ペナント怪人へと殴りかかる。放射された網状の霊力が、ペナント怪人を縛り上げた。
     仲間への攻撃にぎょっとした刀剣怪人が、頭部の刀を震わせながら灼滅者たちに叫ぶ。
    「いきなり何すんだー! おめぇらそいつの味方か!?」
     彼の問いに頷く灼滅者はいなかった。
     その中で渦紋・ザジ(高校生殺人鬼・d22310)が、ペナント怪人たちの佇む地点を静かに指す。
    「俺はじーさんを助けたいんでね」
     ザジの指先が示した箇所に降る、死の魔法。ペナント怪人たちの熱を、身体の隅から隅まで一瞬にして奪う魔法だ。
    「怪人さんたちには、先にこっちを相手してもらおうか」
     もがき苦しむというよりか、凍り付いて苦しむことも侭ならないペナント怪人たちと、一手浴びせた灼滅者。突然起こった光景を目の当たりにした老齢の僧兵が、戸惑いを露わに慈眼衆をちらりと見遣る。しかし慈眼衆は黙したままだ。
     だが慈眼衆とて、そう悠々と立っていられるはずもなかった。ペナント怪人の二体が、ご当地の加護を得た蹴りと光線で慈眼衆へ容赦なく襲い掛かる。そんな彼らの前でサイキックソードを掲げた赤倉・明(月花繚乱・d01101)は、光の刃でペナント怪人を射抜く。明には、ペナント怪人よりも何よりも気になる風貌の主がいた。剣に触れ、剣を学び育った彼女にとって、刀剣は言うなれば馴染みある存在。その彼女ですら目にするのも初めてとなるのが、刀剣怪人の頭部だ。
    「……切れ味、確かめさせていただきます」
    「へっ! やれるもんならやってみろっつーんだ!!」
     耳を劈く大声で、刀剣怪人が言い返す。霊犬の東雲が、更にその言葉へ返すかのように、一鳴きした。
     一方、賑やかに始まった戦いの最中、セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)は駄目元で慈眼衆へ提案を試みていた。
    「慈眼衆。僕たちと共闘するのはどう?」
     ペナント怪人をあしらっていた羅刹が、ほう、と顎を撫でる。
     灼滅者たちは既に、刀剣怪人側への攻撃を開始している。慈眼衆としても、頭ごなしに拒む理由にはならない案だろう――案がそれだけであったのならば。
    「それともう一つ。これ以上、強化一般人を生みだすことは中止してもらいたいんだ」
     セリルがそう告げた途端、妙なことを、と羅刹は肩を震わせて笑った。
     誰が何処に属しているか。それは、セリルにとって関与することではなかった。阻止できればよかったのだ。強化一般人化されてしまうのを。
     ペナント怪人へ螺穿槍を仕掛けながら、セリルは主張を吐き出していた。一撃はしかし軽やかにかわされる。そして揺れぬ信念と偽りなき言葉を、羅刹は息で笑った。受け入れられない提案ですね、と。 
     一部始終を目撃していた刀剣怪人が、なんだなんだ、と只でさえ大きな声で叫ぶ。
    「そっちにつくわけでもねーってか!? わけわかんねーなぁ、おめぇら!」
     騒音のようなモーター音が和室に轟き、刀剣怪人の振りかざしたチェーンソー剣が、先刻、挑発にも似た言葉を零した明を襲った。
     刀剣を模した怪人の行動をよそに、赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)の手の平がもたらしたのは、風の刃。
     ――初陣……うん、どきどきする、けど、やり遂げないとね。
     慈眼衆と安土城怪人。そして武蔵坂。正に三つ巴だと胸の内で呟きながら、楓が生み出した渦巻く風は、ペナント怪人を切り裂いていく。
     風切の音が、突き刺さる橙の陽光に紛れて消える瞬間、戦場に歌声が響いた。日輪・無明(汝は人狼なりや・d27549)の声だ。幼さの残る身から溢れだす歌声は、猛々しい意志を秘めている――まるで咆哮のよう。
     睡魔を招く歌の合間を縫ったのは、一体のペナント怪人だった。慈眼衆の胸部へ、迷いの無い蹴りを喰らわせる。さすがの猛攻に慈眼衆も小さく呻いた。
     灼滅者を抜きにした戦力差で言えば、刀剣怪人側が優勢。灼滅者たちが重々承知していた事実だ。だからこそ灼滅者たちも意地を見せていた。慈眼衆が倒される前に、刀剣怪人側を殲滅しなければ、と。
     影へ寄り添うのように気配を消した九号が、異形と化した片腕でペナント怪人を殴打する。よろめくペナント怪人を続けざまに攻めたてたのは天嶺だ。槍に乗った螺旋の捻りは凄まじく、天嶺の唇をも震わせた。
    「螺旋を描き、敵を貫け……」
     突きだした矛先へ、月の輝きに似た光が集う。そして天嶺の意志とでも言わんばかりに瞬いて、槍がペナント怪人の胴を貫いた。
     仰臥するペナント怪人を目の当たりにし、なんてこったー、と刀剣怪人が頭を抱える。さすがに仲間がやられたことで動揺したのだろう。
     しかし彼らの素振りも露知らず、歩が高鳴る鼓動を抑えながら放ったのは、影そのものだった。
     ――こういった戦いは初めてだけど、がんばる!
     使い手の意気込みを汲んだのだろうか。影はペナント怪人を覆い、トラウマを発現させる。
     共闘になるか、三つ巴になるのか。そういった難しいことを考えるのは向いていないと、歩自身も思っていたのかもしれない。だから少年は堂々と告げる。煌々と瞳を滾らせて。
    「戦いを楽しむんだよっ!」
     あどけない目の輝きに、ペナント怪人と刀剣怪人が怯む。
     ――ダークネス同士の争い、ですか。
     厄介なことになりそうだと思いを巡らせつつ、明の手から撃ちだされた、一筋の光。弱っている相手から確実に仕留める。そう決めていた明の光刃は、ペナント怪人へと雨のように細く鋭く刺さった。
     その間にも東雲が明を癒し、二体残ったうちの一体のペナント怪人は、慈眼衆を軽々と持ち上げていた。そして突き抜ける程の高さから床へ男を叩きつける。地を伝う衝撃の強さに、慈眼衆の余力を懸念したザジは、手早く展開した祭壇により結界を構築した。細めた瞳に映すのは、同列に位置する怪人たち。
     ――見合うモンをばら撒くだけだ。
     結界は痺れにも似た感覚と共に、ペナント怪人を痛めつける。度重なる追撃にとうとう耐え切れなくなった一体が、ここで膝を折った。
     二体目の怪人が屈したことで、動き出したのは慈眼衆側だ。どうしましょう、と僧兵が戸惑いを隠さず慈眼衆の男へ尋ねる。男は一瞬、ほんの一瞬、灼滅者へ癖のある目つきを向けた。行動と言葉を吟味するかのように。
     刀剣怪人側から先に撃破する。それが灼滅者たちの方針だった。
     だからといって慈眼衆側を庇うつもりも、援護するつもりも彼らにはなかった――刀剣怪人たちの次に倒すべき相手。そう認識していたからだ。
     そして戦力の強化を目的としていた慈眼衆も、一般人の強化を阻止したい灼滅者に手を貸すつもりは更々ない。
     ならば、男がとる行動は一つ。
    「留まる理由はございません」
    「っ、待て!!」
     慈眼衆が先に倒されないよう、注意を払っていた天嶺が叫んだ。しかし踵を返した慈眼衆も僧兵も、足を緩めず庭から逃亡を図った。別れの挨拶など、勿論あるわけもなく。彼らを追う術を持たない灼滅者は、そのまま刀剣怪人との戦いを続ける。
     標的を見失ったペナント怪人の矛先は当然、灼滅者へと向けられた。刀剣怪人の無慈悲な斬撃とペナント怪人の蹴り技が、歩の胸もとを抉る。詰めた息を吐きだしむせる歩へ、楓がすかさず浄化の力を乗せた風を呼ぶ。
    「三つ巴の在り方は、混迷を極めていく。されどそのただ中に、光の射さぬわけではない」
     光明を見出すように呟いた楓は、口振りに違わぬ癒しを風に寄せた。仲間たちの戦い方を目に焼き付け、こちらの方が性に合ってるのかもね、とひとりごちる。
     楓の風に、白き炎が纏わりつく。無明が招いた色だ。癒しを重ねて仲間の背を後押ししながら、既に姿なき僧兵と化した老人へと、想いを馳せる。命の使い方は人それぞれだ。それを無明もよく知っている。迷いに迷って選んだ道が、もし、正しくなかったとしたら。
     心の内で駆け巡る思考を、頭を勢いよく横に振ることで無明は掻き消した。言葉を紡ぐ代わりに、ぐっと拳を握る。
     その間にも、仲間の猛攻は止まない。足元がおぼつかなくなったペナント怪人へ、天嶺が鬼神の威力をぶつける。
    「封印されし鬼神の力よ、顕現せよ!」
     異形化した豪腕を揮えば、吹き飛ばさんばかりの一撃が怪人を抉った。咄嗟に九号が、螺旋の捻りを這わせた槍で怪人を穿つ。よろめくペナント怪人へ殴りかかったのはセリルだ。見過ごせないから立っただけだ。揺るがない信念と共に拳から魔力を流し入れ、ペナント怪人を内側から破り、地に臥せさせる。
     残った刀剣怪人は、思わず声を震わせた。
     容赦ないなぁ、おめぇら、と。


     唸り声が、刀剣怪人の手から撒き散らされる。暴れん坊と言っても過言ではない勢いで、チェーンソー剣が音を吐き出し、楓の肌という肌を傷めつけた。鈍く伝う疼痛に、楓は眉根を寄せる。相手は一体。数では間違いなくこちらが優っているのだが。
     ――少しの油断が、命取りになりかねないね。
     一撃を喰らって改めて実感する、刀剣怪人の強さ。最初から羅刹に構わず、刀剣怪人側へのみ全力で攻撃に当たっていたことが、功を奏したのかもしれない。その策でなければ、ペナント怪人は早急に灼滅することは叶わなかっただろう。
     今に至るまでの流れを想起し、このままであれば大丈夫、と楓は頷いた。仲間の体力を気遣う回復の担い手だからこそ見えていたものは、多い。
     一陣の風と共に、戦場を二匹の犬が駆け抜けた。否、一匹は確かに犬だったが、もう一匹は歩だ。小柄な身で跳ねるように疾駆する歩は、ぽちと共に刀剣怪人めがけて一手加えた。犬を模った影が、文字通り怪人を喰らいつくす。
     咄嗟に、天嶺が気の力を拳へ集わせた。そして、攻撃を仕掛けたばかりの歩とぽちが着地すると同時に、天嶺は踏み込む。
     ――打ち砕かれよ。
     揮われた無数の拳が、刀剣怪人を仰け反らせた。
     耐えられますか、と続けて問いを投げたのは明だ。巡る血の炎を噴出させて、慣れた手つきで武器へと這わせる。これぞ我が炎と呼気だけで訴えながら、明の赤が刀剣怪人を貫く。苦痛にか、攻撃を受けた腹部を抑えながら、刀剣怪人が体勢を整える。
     そこへ飛びこんだのはセリルだ。殴打と共に流し込もうとした魔力はしかし、当たるかよおぉ、という刀剣怪人の叫びと共に避けられてしまう。
     回避のため後ずさった怪人へ向け、九号は螺穿槍を仕掛けた。だが矛先は頭部の刀を掠めることもなく、仕返しだとばかりに、今度は刀剣怪人がチェーンソー剣を振り上げた。激しい駆動音に違わぬ威力は、九号を崩すに充分だった。
     ――何故だ。
     ザジは抱き続けていた疑問を、ふつふつと積み重ねていた。何故、強化の対象となるのが老人ばかりだったのか。考えを巡らせれば巡らせるほど、疑念がザジの内を支配する。その闇にも似た情を吐き出すように、ザジは影で刀剣怪人を絡め取った。
     影が刀剣怪人を戸惑わせている隙に、楓と無明が顔を見合わせ、それぞれ癒しを呼び寄せる。
     えへへ、と笑い声が弾んだのは、そのときだ。爛々と目を輝かせた歩が、わんわんと名のついた得物を掲げて。
    「切り裂け~っ♪」
     歩の言葉通りに、非物質化した刃が怪人の霊魂を直に破る。何の音も無い。ただ、突きつけられた空気だけが鋭く、刀剣怪人の霊魂そのものを打ち砕いた。それだけだ。
     怪人はがくりと片膝をつく。その手足に、もはや余力は殆ど無い。
    「慈眼衆の野郎につくでもねえのに……俺らをぼこぼこにしやがって……なんだっつーんだ、全く」
     掠れた声で刀剣怪人が言い募る。
     崩れる刀剣怪人を前に、真っ先に口を開いたのは天嶺だ。
    「私はどちらの味方をする心算もないので……」
    「喧嘩両成敗、というわけではありませんが、見過ごすわけにいきませんから」
     明も天嶺に続けて想いを発した。
     口元へ指を添えていたザジは、個人に恨みがあるわけではないことを、肩を竦ませて告げる。恨みはなくとも無視はできない。改めてそれを伝えると、へっ、と刀剣怪人が吐息だけで笑う。敗北を喫した姿に、最初に知った勇ましさはもう見えない。
    「そいつぁ、面白い……言い分だぜ……」
     怪人の宿していた刃の輝きは、僅かにも残ることなく、消え失せた。
     静寂が、主を失った和室に蘇っていく。先ほどまで聞こえていた戦の音は、余韻すら残らない。穏やかに息を吐き、天嶺は庭へ意識を向けた。安土城怪人の勢力に慈眼衆。勢力図に関して考えると、頭痛の種になりそうだ。
     どっちもきな臭い動きをしていると、縁側へ出てザジは空を仰ぐ。つられるように庭先へ出た無明も、以前の記憶より緑が濃い季節に、想いを馳せる。そんな無明の側へ立ち、九号はくんと鼻先を鳴らした。戦いの長さを思い知らされる、色と匂いの変化。灼滅者たちが敏感に感じ取っているものだった。
     朱色の陽に、夜の匂いが混じり始めている。
     夜が訪れるのだ。羅刹と僧兵が消えた先から、灼滅者たちをも飲み込むように、夜はやってくるのだ。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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