きょうは、家族揃っての餃子デー。
――しかし、楽しみにしていた宇都宮餃子の店が、臨時休業だった。
ようやく入った店はぎちぎちの満席で、注文した餃子が一向に来ない。
来たら来たで、期待した餃子とは全く違っていた。
「違う! この餃子、俺が食べたいものと違うっ!」
「黙って食べなさい、陽坐」
「兄ちゃん食べないなら、俺が食うぜ~」
母も弟も、得に不満はない様子。
それが一層。納得いかない!
「だああああっ! 俺の食べたかった宇都宮餃子は、これじゃないんだ!」
椅子の倒れる音と大声に、店内の視線が一気に集まる。
「陽坐!」
「うおおおおっ!! ホンモノの宇都宮餃子を理解できるのは、俺だけだーっ!!」
あふれる衝動に突き動かされ、彼は店を飛び出した。行き場のない思いを抱え、勢いのままひた走る。
いつしかその顔は、まるごと餃子に変わっていた。
「餃子が語っています。闇堕ちして宇都宮餃子怪人になる少年がいると」
西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)はできたての餃子を灼滅者にすすめる。
「彼の名前は宮儀・陽坐(みやぎ・ようざ)。宇都宮餃子の店に家族で来店し、出された餃子が期待した味でなかったために、闇堕ちしたそうです」
たかが餃子と言うなかれ、食の問題は根が深い。
「陽坐さんは餃子が大好きで、この日を指折り数えて待っていたそうです」
通常ならば、闇堕ちしたダークネスは人間の意識を失ってしまう。しかし彼は元の人間としての意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない。
「陽坐さんを、闇堕ちから救ってあげてください。完全な餃子怪人になってしまうようなら、残念ですが……」
灼滅をお願いします、とアベルは続けた。
「陽坐さんを闇堕ちから救う為には『戦闘してKO』する必要があります」
KOすると、ダークネスであれば灼滅され、灼滅者の素質があれば灼滅者として生き残る。
陽坐は衝動のままに駆け出し、商店街の裏路地を一気に走り抜けようとする。そこで接触するといいだろう。広さはそこそこあり、人通りも少ない。
戦闘になれぱ、陽坐はご当地ヒーローのサイキックと、餃子用の麺棒を使って、ロケットスマッシュ相当のサイキックを使うという。
「また、陽坐さんの人間としての心に呼びかける事で、戦闘力を下げる事ができます」
期待し、待ち望んでいた餃子が食べられなかったことで、陽坐は世の中に理不尽さを感じている。また、同時に、真の宇都宮餃子を愛する者は自分だけで、理解者は誰もいないと思い込んでいるようだ。
このままでは、自分のつくった宇都宮餃子だけがホンモノだ、という間違った思いにとらわれてしまう。
「昨今の餃子怪人は、ロードローラーにひかれたり、ロシア化したりと、様々な運命をたどっています。そうなる前に、どうか彼を救い出してあげてください」
参加者 | |
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黛・藍花(藍の半身・d04699) |
森沢・心太(二代目天魁星・d10363) |
祟部・彦麻呂(破綻者・d14003) |
高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857) |
東・喜一(走れヒーロー・d25055) |
アガーテ・ゼット(光合成・d26080) |
浅巳・灯乃人(スターダスト・d26451) |
マルチナ・ヘイトマーネカ(スロバキアの農村ガール・d27835) |
●きょうの餃子は何餃子
商店街の賑わいが聞こえる、日の差さない裏通り。
東・喜一(走れヒーロー・d25055)は、路上に一皿の餃子を置く。ESPでおいしくした餃子には、「美味しいです」の看板付き。
喜一曰く、これもメイドとしての手厚いご奉仕。
「ご飯の思い出だけでダークネスになってしまうなんて、食事とはこうも業が深いのでしょうか!」
高2男子がごつい体をメイド服で包み、かいがいしく支度をする。その様子を浅巳・灯乃人(スターダスト・d26451)は、首を傾げながら見守る。
「昔食べた物がおいしくて、忘れられないことはあるけど……」
だからといって今の餃子を否定するのは、何だか違う気がする、と灯乃人は思う。
「餃子怪人って、ちゃんと闇堕ちで増えていたんですね」
「……なんだか、可哀相な事になる予感しかしません」
森沢・心太(二代目天魁星・d10363)かしみじみと呟き、黛・藍花(藍の半身・d04699)が頷いた。
ご当地怪人は各地にいるが、中でも餃子怪人に遭遇する確率は高い。陽坐が餃子怪人の列に加わらないよう、しっかり救出しなければ。
藍花が殺界形成を展開し、あとは陽坐を待つだけ。
「何とかして引き戻してあげれればいいけど……私の言葉、ちゃんと届くかなぁ」
祟部・彦麻呂(破綻者・d14003)は、不安な態度を隠し切れない。
「私、餃子とか普通になんでも美味しいって思っちゃうほうだし……」
「美味しいって思えることはとても素敵なことだべ。そのままの気持ちを伝えれば、きっと彦麻呂さんの言葉は届きますだよ!」
マルチナ・ヘイトマーネカ(スロバキアの農村ガール・d27835)が、曇りのない笑顔で彦麻呂に言う。
アガーテ・ゼット(光合成・d26080)は、考えながら口を開く。
「私は、今回のケース、特別甘やかす様な理由も無いかなって。陽坐さんを不要に傷つけたくはないけれど……」
淡々とした口調だが、アガーテが陽坐のことを真剣に思っていることはよくわかる。
「世の中には辛い事がいっぱいよ。今日みたいな事で自分を棄ててしまうようでは、この後もきっと求めている物には辿り着けない」
彼女達の会話を聞きながら、高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)は、一人、前を見据える。陽坐には、一言も二言も言いたいことがある。
(「お前の宇都宮餃子愛はそんなもんか!」)
楽しみにしていた餃子が食べられず、期待と違う餃子が出された、だから闇堕ちした。
――しかし、宇都宮餃子愛を語るなら、そんな狭量な理由で闇堕ちされてほしくない。
(「各店が色んな種類を出してるのも宇都宮餃子の特徴。宇都宮じゅうの餃子全部を愛せよ、陽坐くん!」)
麦はガイアパワーで全身を見たし、じっと陽坐の到着を待つ。
●右の餃子も左の餃子も
街路に駆け込んできた陽坐は、既に目鼻のついた巨大餃子の頭。そして、服装も餃子怪人のスタンダードスタイル。
「ヨウザさん! 餃子を愛する気持ち、おらは餃子をよく知らないだども、何かを大好きだって思うのは理解できますだ!」
マルチナの呼びかけに、陽坐の足が止まる。続いて現れた喜一と麦。喜一を目の前にして、陽坐は首を傾げた。
「何だ、あんたは?」
「はい、メイド服を着たメイドヒーローです! 常時メイド服を着ております!」
いや、聞きたいとこはそこじゃない。
喜一がくるりとポーズを決めると、丈長のメイドスカートがひるがえる。たくましい足と、フリルのペチコートがちらり、ひらり。
(「なんか………………まあ、いいか」)
堂々とした喜一のメイドぶりに、麦と、そして陽坐の思考がシンクロした。
「あなたのつらさは私には分からないけれど、あなたがつらいと思っている事は感じられるわ。つらいのに、それを分かってもらえないのはもっとつらいわよね」
アガーテは陽坐を威圧しないよう心がけながら、退路側へ回り込む。理解されたと感じたのか、陽坐の目が少しなごんだ。
「期待した餃子が食べれなかったらしいですね。良かったら食べますか?」
このために通販で用意した餃子を、心太は差し出す。
「食べていいのか?」
湯気のたつ餃子を、陽坐は一口。食べる前には「いただきます」。まだ、人間の心は少しは残っているらしい。
けれど。
「こんなんじゃ全然ダメだ! 真の宇都宮餃子にはほど遠い!」
「完食したのに!?」
灯乃人は思わず問い直す。
(「今、食べながら笑顔になってたし」)
事実、餃子は美味しかったのだろう。しかし彼は今『自分が期待した味』以外の美味しさを認めたくない精神状態にある。
「……あなたの認めたものだけが、宇都宮餃子なんですか……?」
藍花がぽつりと言う。彼女と瓜二つのビハインドも藍花に同調するように陽坐に顔を向けている。
「だって、おいしくなければ、宇都宮餃子じゃない!」
陽坐の体が輝き、ビームがほとばしった。路上にあった喜一の餃子が直撃を受ける。
「餃子を愛する気持ちが、おかしな方向に暴走してしまっているだね」
これ以上の説得は難しいと、マルチナはスレイヤーカードをとり出す。まさに餃子の暗黒面といったところか。
「陽坐くん、今の自分の姿を見てみなよ! キミが望んだのは、キミ自身が餃子になることなの?」
呼びかけながら、彦麻呂は陽坐に鏡を投げ渡した。
「私は、餃子が好きだよ」
餃子と白いご飯を一緒に食べるのが好き。たまにダブル餃子定食とか食べに行くくらいには好き。
そう彦麻呂が続ける間、陽坐は全身をぶるぶる震わせ、手鏡を凝視している。
「でも私、人の顔をした餃子は、餃子として愛せな……」
「イーヤッホォォォォウ! 俺はついに餃子になったんだー!」
「……え?」
彦麻呂の言葉にかぶさるように、陽坐の快哉が響いた。
「俺が、俺こそが、宇都宮餃子だああっ!」
それでいいのかとも思うが、本人は至ってハイテンションに、餃子を模したロケットハンマーを振り回し始める。
「……やっぱり、私の言葉は届かなかったよ……」
「この反応は予想できなくて当然だべよ」
がくりと肩を落とす彦麻呂を、マルチナがなぐさめる。
「期待はずれの餃子を食わせるやつは、みんな敵だーっ!」
殲術道具を手にする灼滅者に向け、陽坐はロケットハンマーを叩きつけようとする。
「バカヤロウ!」
一歩前へと踏み出した麦は、渾身の力で閃光百裂拳を繰り出した。
「食べたい餃子はこれじゃないとか そーゆーワガママふざけんなーっ!」
餃子愛いっぱいの連打が、陽坐を建物の壁へと吹っ飛ばした。
●餃子愛が世界を救う
「『今日はこの店じゃなきゃ』って気分の日もある……それは分かる……分かるけど!」
麦の全身を覆う琥珀色のオーラが、豊かな輝きで陽坐を撃ち抜く。
壁に叩きつけられ、焼きに失敗した餃子のようにべしゃっと倒れた陽坐へと、麦はあらん限りの声で叫ぶ。
「宇都宮餃子に歴史あり! 材料の小麦とか白菜生産に適した土地の恵みを活かして、老舗は味を守り、新しい店は新しい味で宇都宮全体で餃子を盛り上げてきたんじゃないか!」
「おぉ、さすが栃木のご当地……」
気迫と愛のあふれる麦の言葉に、彦麻呂は感嘆の声をもらす。一歩前に踏み出し、麦はなおも言葉を重ねる。
「どの店のどんな味でも全部愛してこそ、真の宇都宮餃子愛だろ!」
「……うるさい……うるさいうるさいーっ! お、俺の餃子愛は、ホンモノだっ!」
陽坐の語尾は、震えている。
身を起こした陽坐が、香ばしさあふれるビームを放つ。しかし威力は明らかに低下している。彦麻呂は反射的に、バベルブレイカーの引き金に指をかけた。
「だからって、餃子怪人になる事が陽坐くんの本意なはずはないよ!」
轟音が響き、グランドシェイカーの衝撃波がビームを真正面からうち消す。驚きに目を見開く陽坐の体を戒めるのは、藍花の伸ばす影。
「……宇都宮が餃子の街なのはなぜでしょうか。……それは、この街の人達が餃子を愛しているからではないですか?」
「誰も餃子愛をわかってない。俺の餃子愛のほうが、断然……!」
前に出ていた藍花のビハインドが、陽坐をなだめるように、首を横に振る。
「この街の餃子愛を否定するなら、ここはただの宇都宮で、餃子もただの餃子です……。……皆が宇都宮餃子を愛している事を、否定しないでください」
「陽坐くんの宇都宮餃子への愛は本物だと思うの。でもね、だからこそ色々な宇都宮餃子を見て欲しいな」
藍花と、それに続く灯乃人の言葉に、陽坐の餃子顔が泣きそうに歪む。
「俺、俺のこと誰も理解してくれないんだって……でなかったら、なんで何もかも、思うようにいかないんだあっ!」
ロケットハンマーを振り上げる陽坐、その動作より一拍速く、心太は日本刀で重い斬撃を振り下ろす。
「前衛以外は久しぶりですが、援護は任せてください」
心太に続いて喜一が、炎をまとう無敵斬艦刀『断魂刀』を振りかぶる。
「陽坐さん、ショックなのは分かりますが! 頑固になってはいけませんよ!」
喜一のつくる火にまかれ、香ばしく焼けていく陽坐へと、灯乃人が畳みかける。
「こんがり焼いちゃうんだから!」
エアシューズが炎をまとい、陽坐の餃子頭を蹴り飛ばす。ナノナノは灯乃人の前を飛びながらたつまきを飛ばす。
「あなたには、強い意志がある。宇都宮餃子を愛し、守り、広めるヒーローにだってなれる筈」
「ヨウザさんの餃子への愛を、みんなに教えてあげるだよ! みんなが餃子を本当に理解できるようになったら、それはとってもとっても幸せなことだべ!」
アガーテとマルチナは言葉を重ね、説得を続ける。マルチナの歌は傷を癒やし、アガーテは縛霊手を展開した腕を陽坐めがけて振り下ろし、網状の霊力で陽坐を縛る。
「今よ、麦さん」
「アガーテ先輩感謝ーっ! 俺の餃子愛を思いっきりぶちこむ、焼き・揚げ・水の三位一体ダイナミック!」
「うわああああっ!」
地面に叩きつけられ、陽坐の体がくたりと地に伏す。
「つ……伝わった……。これが、真の、餃子愛……」
一言残して倒れた陽坐の顔は、もとの人間型に戻っていた。
●餃子パーティ!
熱々ぱりぱりの焼餃子、ツルツルジューシーな水餃子、カリカリ香ばしい揚げ餃子。テーブルには、様々な餃子が並ぶ。
「宇都宮の餃子を全部愛する餃子愛。俺は自分の気持ちにとらわれ、それを忘れるところでした」
思い出させてくれてありがとうございました、と頭を下げる陽坐。
陽坐の救出を済ませ、灼滅者達は市内の餃子店へと繰り出した。
「高沢さんとか、陽坐くんのお薦めのお店に連れてってよ。食べ歩きしよっ!」
彦麻呂のリクエストに端を発した食い倒れツアーは、宇都宮おもてなしの定番・餃子店のハシゴにと発展していく。まずは、どっち派かで宇都宮市民まっぷたつの2大有名店から!
目の前の餃子を楽しみながら、麦はこれからのコースを頭に描く。
「次に行く店はどこにしよーか。柚子味、シソ味、チーズ味……あ、薬膳なんてのもあるなぁ」
「俺、ジャンボ餃子で行きたい店がっ」
最初は遠慮がちな態度だった陽坐も、すっかり打ち解けてている。
「柚子味やシソ味もあるんですね。あ、それもいいですね。僕のと一個交換しませんか?」
「私、水餃子も好きだなー!」
心太と彦麻呂も、餃子尽くしを楽しんでいる。
「ずっと餃子のことを考えてたから、なんだかお腹すいちゃった」
「これが餃子ですだか、初めて見ましただよ」
ナノナノをぎゅっと抱きしめ、灯乃人は餃子に目を輝かせる。スロバキアには餃子は無いと、マルチナも興味津々。
「……陽坐さん、武蔵坂学園に来ませんか?」
藍花は陽坐へと、学園の話を切り出す。家族に相談してから、と答える陽坐は、灼滅者の学園に興味を持ったようだった。
「学校の調理実習で餃子作りやるよね! 餃子包みは当然の一般教養!」
「えっ、それ、普通に全国の学校でやるもんじゃ?」
麦と熱心に話し込む陽坐を見て、アガーテは息をつく。もう、彼は不用意に闇に堕ちることはないだろう。
「今度こそ、宇都宮餃子を正しき方向に導いてくださいね」
訳知り顔の喜一に、はい、と素直に陽坐は頷く。続けて、さっきはせっかくの餃子を無駄にしてすみません、と頭を下げた。
「俺、頑張ります。宇都宮餃子の愛でみんなを守る、餃子のヒーローになります!」
そう答えた陽坐には、もう餃子怪人の面影はどこにもなかった。
作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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